ランドピアース。 かつて屈強な肉体を誇り長命種大勢力として栄華を誇りながらも、銀河帝国と相対し、大戦時に母星を失った彼の種族は、流民として長きに渡り広大な宇宙を彷徨うことになる。 母星を失い散り散りとなりながらも、彼らが種族としてのアイデンティティを保てたのは、その心を支える統一宗教があったからだ。 だがランドピアスを支える教義が、彼らの道をより困難な物とする。 急造された脱出船のシールドは完璧な物では無く、微量ながらも船体を貫通する宇宙放射線に彼らの肉体は晒されることになる。 数十世代にわたる放浪の間に遺伝子損傷は致命的な傷となり、肉体の脆弱化、多発する遺伝子病、そして短命化などの問題が加速度的に進行していった。 損傷した遺伝子を復元、それどころか改良する高度な科学技術も銀河文明にはいくつも存在する。 しかしランドピアースたる最後の拠り所である統一宗教は、その極めて優れた生まれ持った肉体を尊重するものであり、人の手による肉体改造を禁忌とするものであった。 時流に合わせ教義を変える道もあったかも知れない。 だが彼らはそれを選ばなかった。 母星を失い、屈強なる肉体を失い、最後に残った心まで失うわけに行かなかったのだろう。 優れた技術者でもあった彼らは、苦難の末に魂、いわゆる精神体へとアクセスし、肉体と精神体の分離、そして転移を可能とする技術を開発する。 以来ランドピアースは、この世に誕生するとほぼ同時に、そのか弱い肉体を時流凍結空間チャンバーに沈めて保存し、魂を移した船を己の体として生きる種族となったという。『紺玉機関へとアクセス。魂魄リンク開始……全機能限界突破開始』 フルダイブ完了と同時に、サポートAIイシドールス先生が、祖霊転身の開始を告げる。 仮初めの身体に降り立った時のまま瞼を閉じ麻紀は、その瞬間を待つ。 ランドピアース専用祖霊転身【リミットオーバーブースト】 それはランドピアースが母星と同時にコア素材を失った事で喪失したロストテクノロジー機関『紺玉機関』へとアクセスするギミック。 深い青色の光りを宿す紺色の宝玉にはランドピアースの先人達の魂が宿っている。 その紺玉をコアとする掌大の古式機関は、プレイヤーたるランドピアースの魂と共鳴して搭乗艦を光りで包み、限界数値を越えた高みへと導く……という設定らしい。 限界を超えるには徹底的に作り込んで、さらに無茶な設計をして、壊れるつもりで行かなければならない。 根っからのナード気質の麻紀的には、魂なんてあやふやな物で、簡単にスペックを越えれたら苦労はしないと思わなくもない。 しかも一度使用したら、魂が回復するまで冷却期間が必要で連発不可能とはどういう理屈だ。 制限を設けるのはゲームとして必要な設定だとは判っているが、少しだけ不満だ。『リミットオーバーブースト始動』 なぜならば……いろいろ思うところはあるとしても、肉体という縛りから取り除かれたこの解放感は、癖になるほどたまらないからだ。 目を見開いた瞬間に感じたのは、果てしなく広い世界と、その広い世界のどこまでもいけるという強い高揚感。 ワイヤーフレーム状にホクトの外観が表現され、その中心に麻紀は立っていた。 トレードマークのモノクル越しに見えるのは、冷たく荒涼とした古戦場に漂う無数の残骸。 その先に広がる見覚えのない星空は、どこまでも続く仮初めの世界。 祖霊転身状態となった麻紀はその世界を自由に駆け巡る高速宇宙船ホクトであり、高速宇宙船ホクトこそが自在に操れる麻紀の体だ。 船体を包むのほのかに温かい碧い光りの残滓を残しながら、ホクトは隠れていた残骸の中から飛び出す。「行くわよ! 徹底的に逃げてやるんだから! 全プローブとの情報リンク開始! ティアアップスキル発動! 敵艦『ビースト1』の行動予測!」 仮想体でももちろん選択したマントをひるがえした麻紀の意思に従い、周囲に無数のモニターが出現する。 それはこの小惑星帯に作り上げたプローブ通信網が活発に動き出した証だ。 祖霊転身状態でのみ使用可能な特殊スキル群により、プローブが次々と強化されていく。 祖霊転身時使用可能基本特殊スキルのうち1つが、『マシナリーティアアップ』 その効果は所有するメカニカル属性装備の一時的ティア上昇及び、プレイヤーのティア制限一部解除。 所有装備本来のティアからマシナリーティアアップスキルレベルによって、最大10段階までティアを上昇させる事ができて、さらには通常では使用不可能クラスの上位ティアも、最低限機能で補正無しだが、一時的に制限解除され使用が可能となるというものだ。 ゲームを開始したばかりなうえに、いきなり祖霊転身を使う羽目になると思っていなかったので、特殊スキルは初期状態。 だがそれでも三段階の上昇が望め、既存装備はティア4までティアアップし、ティア3までの装備を使用可能となるものだ。『ティアアップによりチャフ効果を76%まで減少。敵艦位置を特定。予測コンタクトまで37秒』 ティア1プローブは、最低限レベルの周囲の監視機能と、外観映像からわかる情報を少しずつ送ってくるだけ。 しかしティアアップの効果を受けたことで、ティア4プローブの持つ基本性能が一時的に使用可能となっている。 それは基本性能アップにくわえ、自己判断。抗チャフ。ステルス。高度分析。高速移動など様々だ。 ティアアップしたことで、ビースト1が変形時に撒き散らかしたチャフにより画像が荒れて白く濁っていた全周レーダーは多少のノイズ混じりではあるが復旧し、さらに敵艦移動速度から予測進路と推定到達時間が表示される。 敵艦の位置を麻紀が確認すると同時に、もっとも近くにいたプローブが自動追跡を開始。 正面に浮かんでいたメインディスプレイに、小惑星や瓦礫を次々に蹴り、全身に装備されたスラスターを自由自在に操りながら、こちらへと接近する機械仕掛けのフェンリルの姿が映し出される。 速い。そして上手い。 見事なまでの立体機動に思わず麻紀は息を飲む。 無数に浮かぶ瓦礫の中だというのに、狼はほとんど速度を落とすことなく、むしろ一飛びごとに加速していく。 βテスト中に参加したパルクール大会でも、これほど綺麗に、そして鋭く飛べるプレイヤーはいなかった。 アルデニアラミレットのメガビースト状態は、分類的にパワードアーマーに属するので、その操作方法は自分の肉体を動かすように、自分の意思で四肢を動かす直接操縦になる。 これだけ動けて、さらに上下左右がぐるぐると入れ替わるのに蹈鞴さえ踏まない足取りは、肉体操作そして仮想世界になれていると感じさせる物だ。「ふんだ。馬鹿ぽい癖にやるわね」 麻紀自身が望んだわけではないが、腐っても大手医療法人西ヶ丘グループ総帥の孫の一人で身代金目的の誘拐の危険性もあり、さらに『麻紀は体力があると碌な事しないから』と母親の沙紀の一言によって、護身術として、古武術やら合気道を習わされているので、多少は目が利く。 その動きを見ればどの程度相手が動けるか、少しは見抜けるつもりだ。 その麻紀の勘が告げる。 正直いって、自分より上手いと。 小惑星帯は相手にとって有利なフィールドで、しかも格上。 考えも無く逃げるだけではそうそう時間は稼げない。 祖霊転身状態で艦の能力はアップしているが、相手も祖霊転身しているのだから、絶対的な有利とはならない。 単純な追っかけっこでは、四肢を使いフレキシブルに動ける敵の方が断然有利なのは明白。 だが麻紀にもアドバンテージがある。 それは瞬間加速速度と最大速度。 相手は自由に飛び回れるが、その加速度は麻紀が勝り、高速航行では麻紀の足元にも及ばないと、プローブが取得したデータが示している。 麻紀一人ならば、さっさと小惑星帯を抜け出して、逃げを打つのも手だが、麻紀を見失った相手がクエスト宙域に行けば、今度は美月がピンチになるかも知れない。 今の目標は足止め。 少しでも時間を稼ぎ、敵艦の祖霊転身が切れるまで待つしか無い。 どうすれば相手のフィールド内で有利に逃げられるか、いかに相手を足止めできるか。 それを考えながら麻紀は狭い小惑星の中で鬼ごっこを開始する。「重力可変スラスターは温存して物理スラスターメイン! 航路は順次指示!」 麻紀の意思に従いノーウェイトでレーザー核融合スラスターがうなりを上げ、ホクトが一気に動き出す。 VR規制条例によりVRMMOは、脳内ナノシステム機能のうち8割までの性能しか使えていない。 思考補助や、反応強化などナノシステムに強い負荷をかける機能が使えないなか、PCOはプレイヤーにフルダイブの解放感を感じてもらう為にいくつかの小細工を施している。 その1つがあえてフルダイブ時以外で設けた指示実行までのウェイトタイムだ。 ハーフダイブ時に指示を出した場合は、ほんの少しだけ、時間にすれば0.5秒程度だがシステムが反応するまでの時間が設けられている。 僅か0.5秒。 しかしこの0.5秒の壁がフルダイブして解除されることで、プレイヤーは無意識にフルダイブ中の解放感を強く感じられるという仕掛けだ。 深い青色の光跡を描きながらホクトは小惑星帯を突き進む。 砕けた岩石の表面を削るようにスレスレで飛び、船体各所に設けられた姿勢制御スラスターを小刻みに吹かし、飛散している要塞艦残骸の隙間を縫っていく。 逃げる麻紀をみて、追いかける猟犬も速度を上げる。「来たわね!」 背中に感じる違和感。 敵艦のプレイヤーが、麻紀を、ホクトを、視界に捉えた証拠。 それは気のせいではない。 艦を己の体とするランドピアースは、相手の視線を感覚として感じる事が出来るパッシブスキルを初期所有している。 リアルであればよほど勘が鋭かったり、武道の達人でなければ感じられないだろうその細やかな感覚も、ゲームだからこそ、ゲームシステムの補助とVRだからこそ可能な感覚として、こうやってはっきりと感じる事が出来る。 ピリピリと感じていた違和感が一気に強まり、痺れるような感覚が背中を走る。 相手が攻撃態勢に入ったと知らせるアラーム。「緊急回避!」 考える間もなく麻紀は回避を指示しつつ、右足を蹴って横に一歩跳ぶ。 麻紀の動きに合わせ姿勢制御スラスターが緊急出力で稼働し、横滑りするように船が左へと流れる。 麻紀が回避すると同時に機械仕掛けの巨大人狼は、脚部スラスターを最大出力で稼働させ一気に跳躍し、ホクトに襲いかかる。『Ultimate weapon! go! チョウシンロウ!』 敵女性プレイヤーの叫びと共に、麻紀の眼前に強制的に新規ウィンドウが立ち上がり、今叫んだ技の漢字らしい【超振狼】という文字が流れる。 必殺技は叫ばなければならないという信念の元に生まれたスキル。 その効果はただ1つ。 自機を中心とした一定範囲の宙域にいる全ての船に、その魂の叫びと共に、黒字一色のオリジナル技名を表示する……それだけだ。 初期スキル選択時にしか選べないレアスキルであり、貴重な初期スキルポイントもしっかりと使ってしまうという罪深い業の元に選ばれた、もしくは選んでしまった勇者だけが使える、いわゆるネタスキルと呼ばれる、運営が仕込んだジョークスキルだ。「あんた絶対馬鹿でしょ!?」 必死に回避行動を取りつつも、聞こえてないと知りながら麻紀は思わず突っ込まずにはいられない。 まさかあんなネタ全開のスキルを本当に取るプレイヤーがいるとは。 だがそのネタ全開なプレイヤーに反して、そのプレイは脅威の一言。 機械仕掛けの人狼のエネルギー反応をモニターするウィンドウが、超新星爆発でも起きたかのように一瞬白く染まる。 画面を焼くほどの高エネルギーがその長大な尻尾に注ぎ込まれ、周囲の空間を揺らすほどの超高速で振動を開始。 人狼の背中のスラスターが弾けたように炎を噴き出し、その勢いのままに前転しながら揺れる尻尾が振り下ろされる。「っ!」 かろうじて回避が間に合い直撃は避けるが、掠ってさえいないのに思わず蹈鞴を踏むほどにホクトが激しく揺れる。 派手かつ速い大技の一撃を放った人狼は回避したホクトを一瞬で追い越して、その前方にあった数百メートルはあるであろう大岩に尾を叩きつけた。 打ち込まれた尻尾が、岩の表面をまるで綿埃のように軽々と弾き飛ばし、さらに大岩自体が超振動による共振崩壊で崩れて、細かな砂へと一瞬で崩壊する。 一連の動きを逐一監視していた監視プローブが、その攻撃速度や威力を計測して、サブウィンドウに表示する。 直撃で一発轟沈。 掠めただけでも艦HPの三分の一が持ってかれていたであろう大技。 一瞬でも回避が遅れていればほぼ勝負は決していただろう。「っ! なによ! 当たらなければたいしたことないわね!」 さすが近接戦闘特化型とゾッとしながらも、麻紀は強気の口調で己を鼓舞する。 当たれば負けるなら、全部避けるだけだ。 元々攻撃をするという選択肢が取れないのだから、それしかない。 大技を放った影響か、一時的に出力低下した人狼の動きが遅くなる。 その隙を使い再度距離を取りながら、周辺詳細星図を確認。 探査プローブが描き出す周辺星図を確認しながら、航路を選択して指でなぞる。 その指の動きに合わせ、ホクトはさらに加速。 速度維持で進める直線航路をメインにしつつ、細くなっている隘路を狙い、そこに積極的に飛び込んでいく。 ハーフダイブ状態でならば絶対に飛べない最低安全距離を無視したギリギリの飛行で狭い回廊をホクトは飛翔する。 そのホクトを追い、出力回復した人狼も再度四肢を使い残骸を蹴りながら回廊へと飛び込んでくる。 「重力可変スラスター発動。周囲の瓦礫を寄せて塞いじゃって!」 追ってくる敵艦を確認しながら、麻紀は温存していた重力可変スラスターを稼働。 本来なら艦周囲に発生する重力を人工的に変化させ推進力へと変換する機関を使い、デコイを作ったときの要領で人工重力で周囲に漂う残骸を寄せ集め始めた。 あまり大きな物は捕まえられないが、十数メートルサイズの瓦礫や残骸なら難なく確保できる。 麻紀は艦を飛ばしながら、可変スラスターと連動させた両手を伸ばして重力場を次々に生みだし残骸を集めていく。 無論それらは余分な重量。ほんの少しだけだが残骸を1つ捕まえるごとに艦の推進力が落ちていく。 だがこれも計算のうち。この手はなるべく引きつけてからで無ければ効果が薄い。「可変スラスターカット。慣性力零状態で置き去り!」 そして残骸がある程度集まったところで、残骸をその場に押しとどめるように調整を施してから、重力スラスターの出力をカット。 置き去りにされた残骸で出来た即席の栓が、ただでさえ狭い隘路の中央に陣取り道を塞ぐ。 さらに艦砲を敵プレイヤーが気づくように派手に動かし、作った栓に向かって弾を撃ち込む。 瓦礫に着弾した弾が突き刺さりこれ見よがしにビーコンを発信する。 麻紀が打ち込んだのは、殺傷力など微塵もないただの信号弾。 しかし相手からすれば、シグナルを発信するその物体の正体は不明。 目に見える地雷か。それとも遅延タイプの高性能広範囲爆弾かと、考えるのが普通でこの状況でただの信号弾を打ち込んだとは考えないだろう。 攻撃が出来無い麻紀が作り上げたのは、敵に考えさせ判断する時間を生み出す事で足止めする為の即席の関門。 ただの瓦礫の寄せ集めでも、その1つのアクセントが加われば、人は警戒する。 排除するにしても、正体不明な危険物を回避して別ルートで追うにしても、少しだけ時間を必要とするはずだ。 単純だが、確実に時間を稼げる手。 そんな小細工を重ねあわせて時間を稼いでいく。 それが麻紀の作戦であったが、あいにくと敵プレイヤーはもっと単純だった。 敵艦は速度を落としたり回避行動を取る所か、さらに加速。 肩から突っ込むアメフトタックルで、瓦礫で出来た栓をぶち抜いた。 壁があるならぶつかって崩せ。罠であるなら罠ごと崩せ。 実に単純な原始的な力尽くの答えで、麻紀の思惑をことごとく外してきた。「ちょっとは悩みなさいよ!」 迷うこと無い敵艦の動きとあまりに愚直すぎる力技に、麻紀は敵プレイヤーとの相性の悪さを自覚し、その感覚で子供の頃に近所で飼われていた大型犬に追われたトラウマを思い出す。 あの時に追われた近所のベス(ゴールデンレトリバー3才雄)は、半泣きで必死に逃げようとする麻紀を襲うとしたわけではなく、ヒラヒラと舞う麻紀のマントを見て遊びのつもりで追っかけてきたのだろうが、とにかく速くてそしてしつこく、最終的には捕まってもみくちゃにされてしまった。 あの時とは相手も状況も違うが、どうしてもこう思ってしまう。「あっーもうっ! 単純馬鹿犬なんてだいきらいなんだから!」 言動といい、その判断思考といい、あまりに脳筋思考の力馬鹿すぎて厭になる。 悪態を吐きながら麻紀は、それでも次の小細工を考えるために星図へと目を走らせた。 KUGC所属上岡工科大学四年金山直樹は、提携ギルドの情報屋プレイを目指すメンバーと共に空港内休憩スペースの一角に陣取り、あちらこちらから集まったり、ギルメン達から報告されてくるゲーム内情報を整理をしつつ、情報交換をおこなっていた。 メイン会場となったエプロンを見渡せる休憩スペースの足元には仮設されたフルダイブ用シート群と、その向こうに鎮座する巨大飛行船でありディケライア本社『蒼天』の姿があった。 下手にハーフダイブ用筐体に入ると情報交換にも苦労するので、携帯型の接続端末を使い、仮想ウィンドウにゲーム内情報を表示した最低限度のゲームプレイだ PCOは、プレイキャラクターの所有情報量や質によって、様々なメリット、デメリットが生じるうえに、やたらと広く、そして深い。 オープンしてからしばらく時間が経ったが、まずはどこから手をつけるべきかと悩むほどで、情報屋達は四苦八苦しながらも、ゲーム開始初期の手探り感を楽しんでいた。「しっかし、カナヤンさん来てくれて助かったわ。就活でゲームは半引退って聞いてたから」「一応就活中だっての。高校生新人ゲーマーにゲームのイロハを教えろっていう就職試験中。ちなみに企画立案シンタ先輩」 弾丸特急に所属する馴染みの情報屋プレイヤーの三井士郎。プレイヤー名ミツロウの言葉に、金山は適当に相槌を打ちつつ裏ルートに進んだ際に派生するクエスト情報をスクロールさせて確認しながらギルド情報板に書き込んでいく。「あー……あい変わらずだなそっちの初代ギルマス。さすが最強廃神の相方だ」 ゲームプレイが就職試験と、普通なら妙な話にもほどがあるのだろうが、三崎の名を出した瞬間、ミツロウだけでなく、周囲のプレイヤー達も一斉に納得したと頷く。「むしろそのウサギッ子原案じゃないの? ゲーム=人生だったし」「あり得るな。廃神こじらせてこんなクソ厄介なゲーム拵えてくるくらいだし」「いやぁ……そうなるとある意味あのコンビ相手に戦いでしょ。滅茶苦茶に苦労するよ、うちら」 KUGCの初代ギルマスと二代目ギルマスは、各々のゲームプレイのタイプは正反対に違えど、元リーディアンゲーマーではいろいろと有名なコンビだった。 それぞれ単独でも厄介なのに、二人で揃っているときは絶対に敵に回すなは、古参プレイヤーには有名な話だ。 しかも今回はその二人がゲーム開発の主催者側。 シンタとアリスがコンビを組んでいる。 その事実を再確認した元リーディアンプレイヤー達は、PCOの厄介さを改めて感じていた。 どこにどんな罠やら、仕掛けが施してあるか、件のマスターズとは長い付き合いの彼らでも未だに確信が持てないからだ。 そしてその予感は、次の瞬間には現実の物となる。 『祖霊転身プレイヤー間による正式オープン後の初戦闘を確認しました! 初戦闘を記念してただいまより会場内各スクリーン。蒼天メインスクリーンにて特別上映を開始いたします!』 鈴のような可愛らしい女性アナウンスの声と共に、PCOの宣伝映像を流していたあちらこちらのモニターが一斉に切り変わった。 特に圧巻なのは、巨大飛行船蒼天の船体の一部が形を変えて出現した超大型のモニタースクリーンだ。 どこかの小惑星帯を深い青色の光りを纏い高速で駈ける高速艦と、深紅のたてがみを荒々しく振り回し四肢を使い縦横無尽に跳ぶ人狼型巨大ロボットという、実に趣味的な映像がまるでリアルのような高解像度で映し出されていた。「いきなり祖霊転身を使っての戦闘かぁ。後先を考えてない人だね。プレイヤー名は『ニシキ』と……あ、これサイパルの初代チャンプ。カナヤン所の子じゃん」「おりゃ。また目立つ真似するね、こりゃ一気に有名プレイヤー入りかね。さすがKUGC」「しかし目立って名前を売るのはいいけど完全に晒されるだろ。下手なプレイを見せたらいい笑いもんだ。俺は勘弁だな……ん、どうしたカナヤン?」 初日から派手好きな連中がいるもんだと笑っていた情報屋グループだったが、メインスクリーンを見た金山が何故か深い息を吐いてのを見て首をかしげた。「いやなぁ……あの子もシンタ先輩の肝いりぽい感じで、あの子らが俺らの就活の試験問題なんだよ」 金山はそう答えながら今まで続けていた情報収集を一時中断し、始まった戦闘に関するデータ収集を開始する。 どうせすぐに必要になるだろうと予測しての行動だが、それはすぐに当たる。「ちょっと金山! あれ西ヶ丘ちゃんでしょ!? 相手は誰よ!?」 ギルメンでありリアル側の前部長でもある宮野美貴が、ジャンケンで負けて買い出しに行っていたドリンク入りの袋を重そうに持ちながらも、何とか走って戻って来るなり、焦り気味の声をあげる。 炭酸系が怖いことなっている気もするが、本人はそれどころじゃ無いようだ。「今確認中だっての少し待てよ」 こっちだって今知ったばかりなのにいきなり無茶振りするなと美貴に返したい所だが、何も知らないと答えるのは情報屋としての面子が許さない。 フレンド登録していた麻紀のいる宙域を確認。さらに宙域座標を指定してプレイヤー検索機能を使いそこにいるプレイヤー名を調べる。 相手がプレイヤー名を非公開設定にしていると判らないので、それを調べるのは少し厄介だったが、幸いというべきか、そのプレイヤーは自分の正体を隠す気も無いのか、すぐに判明する。「…………プレイヤー名は『チェリーブロッサム』って奴だな。エンブレムが桜の花びら柄のナイフ。エンブレムとか名前に覚えないけど誰か知ってるか? あの動きって相当に慣れたプレイヤーだろ」 麻紀が対戦しているプレイヤーは、桜の花びらが刻印されたナイフという特徴的な図柄のエンブレムを基本情報に登録している。 パーソナルエンブレムなのか、チームエンブレムなのか不明だが、アルデニアラミレットの祖霊転身を使ったチェリーブロッサムの戦闘は実に見応えのある物だ。 昨日今日ゲームを始めたばかりの初心者や、自称ベテランの中堅プレイヤーでも到底無理なもの。 いわゆる廃人クラス。それもトップクラスのものだ。 あんな動きが出来るのが無名のプレイヤーである訳がない。「リーディアンじゃいないわね……でもどこかで見た覚えあるんだけどあのエンブレム」 特徴的なエンブレムが記憶の片隅に刺さるのか美貴はモニターに映る敵プレイヤーの動きをじっと見つめる。 流れるような高速戦闘と、派手な大技。 チェリーブロッサムの戦闘は、派手な大技が目に付くが、その裏には確かな技術の影もしっかりと存在した物。 いわゆる魅せる動きというやつだ。「ひょっとしてあの戦闘マニューバってHFGOじゃない? ほらハイブーストの急接近からの大技ってHFGOの魅せ技の基本形だし」 美貴がチェリーブロッサムの動きから、その動きの基になったであろうゲームを推測する。 それは世界で最大のプレイヤー数を誇るゲームであり、同時にVRが規制される切っ掛けとなる死亡事故が起きたゲーム。 『Highspeed Flight Gladiator Online』 通称HFGO。 米国大手エレクトロニクスメーカーMaldives傘下の開発陣が作った超高速空中戦闘と敵MOBである巨大兵器をぶっ潰す爽快感を売りにしたゲームで、その戦闘マニューバは派手なことで特に有名だ。 事件を機に日本国内からは撤退してしまったが、未だ海外では不動の人気を誇る世界一のVRMMOと謳われている。「おーいわれてみればそうかもな。となるとあっち側の元有名人か?」 ここに集まっているのはベテランの情報屋ばかり。 その情報網はリーディアンのみならず他ゲームにも及ぶ。 ゲームさえ判れば話は早い。「あれか国内で出来無くなってPCOに流れてきたとかか。あそこなら強豪プレイヤー検索サイトあんだろ」 「あったぞ。カナヤン。ここだ」 自他共に認める世界一のゲームだけあり、攻略サイトや交流サイトはそれこそ星の数ほどある。 仮想コンソールを叩き目当てのサイトに飛んだ金山は、チェリーブロッサムというプレイヤー名を入力し、画像データとして取り込んだエンブレムのデータと一緒に検索をかける。 日本国内だけでも最盛期に200万人以上。 全世界で1500万人オーバーのプレイヤーが今も参加しているので、個人の特定に時間がかかるかと思ったが、該当するプレイヤーは一人だけだ。「……お、でた。ちっ英文かよ。まさか外人プレイヤーか? 翻訳かまして共有にあげるぞ」 思いのほか速くでた検索結果だったが、全部英文表示されていた。 訳しながら読むのも面倒なので、そのまま表示ページを全部翻訳ソフトにかけつつ、共有ウィンドウへと表示していく。「何これ!? 前年度カリフォルニア州ライトクラスクイーン!? 金山これ間違ってない!?」 そこに書かれていた思わぬ情報に、美貴が驚きの声をあげさせられる。 登録プレイヤー名『チェリーブロッサム』 通称CB オウカ オーガ 2076年度HFGO公式カリフォルニア州リーグ新人王獲得。VEP参加資格取得。 2077年度HFGO公式VEPカリフォルニア州リーグライトクラス年間チャンピオン。 2078年度Maldives主催HFGOVEP世界大会ライトクラス部門ベスト8。 VEP通算獲得賞金175万ドル その情報を信じるならチェリーブロッサムというプレイヤーは、米国のVEP(Virtualreality Expert Players)と呼ばれるプロリーグに参戦しているプロゲーマー。 しかも実働は三年と短いながらも、その経歴は紛れもなく一線級のプロゲーマーといっていい立派な物だ。「俺に聞くなよ。検索した結果がこれだって話だろうが。だけどHFGOのトッププレイヤーが、PCOでも史上最高額の賞金が出るからって話題になってるとはいえ、こっちに来るなんてあり得るか? プロ契約とかいろいろあるはずだろ」 美貴に言われるまでも無く、検索した金山自身もその結果に目を疑う。 賞金が出る大会に参加し、公式プロを名乗る以上、参加規約やらルールがいろいろと存在する。 ましてや契約社会のアメリカじゃその縛りの強さ日本の比ではない。「……なぁその原因これじゃないか? ゲームニュースサイトを探ってたら出て来た先月の記事」 信じられないと困惑している二人に、別方面から情報を探っていたミツロウが新たなウィンドウを提示する。 米国のVRゲームニュースサイトで、ゲーム内の映像と記事で紹介される記事の見出しには『CAチャンプCB屈辱のドロー』とでかでかと記されていた。 そんな見出しで始まった記事は簡潔に書くとこういった内容だ。 チェリーブロッサムことCBの世界大会ベスト8を記念した特別イベントとして、チャンプチャレンジと称した初心者プレイヤー達との対戦バトル企画が開催されたそうだ。 チャンピオン一人に対して、PvPが可能になったばかりの低レベル挑戦者達が大勢で挑むという物。 VRMMOを知っているゲーマーならすぐに判るが、高レベルプレイヤーと低レベルプレイヤーではプレイヤースキル云々以前に、ステータスレベルが違いすぎてまともに勝負にはならないのは常識。 だから対戦というよりも、要はトッププレイヤーの実力やら高レベルの強さを、初心者に肌で知ってもらい、楽しんでもらおうというお遊び企画。 しかし、しかしだ、このお遊び企画に参加したとある男女コンビが、空気も読まずガチ戦闘でチャンピオンを翻弄してしまったとのこと。 その男女コンビは、女が攻撃専門。その相方の男が防御専門という完全分業制で、速度やらパワーで圧倒的に上回るチャンピオンCBの攻撃を、男が防御スキルを使って完封しつつ、女は女で同レベルの攻撃力があれば10回は殺せるほどのコンボを当てつづけるという、一方的展開を最後までし続けたようだ。 もっとも挑戦者達は初心者ステータスなので彼らの削りよりもCBの自然回復の方が勝り倒せるわけもなく、結果的にはタイムアップで引き分けという形で勝負は終わったとのことだ。 その記事に付属しているゲーム動画には、勇ましくもウサミミをひるがえし大空を駆け巡る金髪女性キャラと、意地の悪い笑顔を浮かべながら的確に攻撃を弾き続ける腐れ外道な男の、実に息の合ったコンビプレイがこれ見よがしに映っていた。 そしてその二人の肩には、美貴や金山も実に見覚えのあるKUGCのギルドエンブレムである上岡工科大学の校章が刻み込まれている。「…………なぁ宮野。まさかと思うけど、これって逆恨みやら復讐って類いか? 西ヶ丘ちゃんがサバパル優勝の時に、うちの所属だってちょっと話題になったよな」 謎の流れ者に敗北した一流戦士が復讐のために海を渡り新天地に参戦。 同じ紋章を背負った戦士を見つけ、復讐相手にたどり着くために戦いを開始する。 金山の言葉で、どこぞの映画のようなあらすじが美貴の頭の中を流れた。「だぁぁっ!? なにやってくれてんの! あのマスターズは!? アッちゃんはHFGOにリーディアンが潰されたって理由で喧嘩売りにいくってやりかねないし、シンタ先輩の方は話題性になりそうだからって向こうのチャンプ全員を引き込むためにやりかねないし! どっち!?」 どっちが仕組んだのか、それとも両者の思惑が重なった末に起きたのか。 どちらかは不明だが、あのクラスの強敵にギルド全体が標的にされたのではたまった物では無い。「あーもう金山! KUGCギルメン全員に緊急警報! 一流プレイヤーにいきなり喧嘩を売られるかもしれないから警戒しろって!」「もうやってる。初日からハードモードすぎんぞ」「うぁ……ご愁傷様。屍は拾ってやるから頑張れ」「KUGC関係者はランキング入りしても賞金が出ない代わりに、シンタさん相手の給料天引き明細書完全公開イベントがあるから、本気でギルド潰しを仕掛けてきたかも」「だからってHFGOのトッププレイヤー一本釣りして連れてくる辺り、身内相手でもえげつない真似全開だなあの腐れ外道は」 美貴の悲鳴混じりの緊急警報をBGMにしながら、他ギルドの情報屋達は自分達のギルマスがあの名物コンビで無くて良かったと、ほっと胸をなで下ろしていた。