『成程、戦略単位の一つにまで伸し上がって、より能動的にエルンスト軍団を支援し、ペデンスを奪取させようと言うわけだ。邪魔者に靴の裏を舐めさせて』
「……あぁ」
『実に結構な事だよ。メイア3の安全を重視すれば、ペデンスは無血占領が望ましい。そうでなくとも主戦場にならないようにしなければいけないからね。ゴッチ、君の手に入れた支配力は実に有用な物になるだろう。あぁそうさ。メイア3の危険指数を1%減らすために五十人単位で人を殺すぐらい、大したことではない』
「そう……だな。……なぁテツコ、一つ良いか」
『何でも聞いてくれたまえ』
攻撃的な皮肉にげんなりとし、執務卓に頬杖つきながらゴッチは首を鳴らした
テツコの気配が変わっている。ちょっと前に話した時よりも、何というか……
随分と荒んでしまったようだ。テツコがグレてしまった
「随分と……こっちの空気に馴染んじまったみてぇだが、何かあったのか?」
『何かあったかだって? ははは、何時も何か起こっているよ。何といってもここはロベルトマリンだからね』
「ご機嫌だな……。良い事があったんなら幸いだがね」
『良い事尽くめさ! その中でも特にハッピーなのは、全く無意味な質問を日常的に投げかけられる事だ! 丁度今みたいに!』
ははははは、と朗らかな笑い声が響く。ゴッチは思わず天井を仰いだ。丁寧に磨き上げられた白石が鈍い光沢を放っている
テツコがイかれちまったようである。何時もコガラシの向こう側、物静かにゴッチに語りかけてきた鋼の女は、今や政治屋の隣りに並んでいてもおかしくない程の毒舌家になっていた
「あー……その……なんだ。まぁ、そんぐらいがイイんじゃねぇかな。俺らの世界じゃ舐められたら終わりだからよ」
『どうかしたかい? バディ。このぐらいのジョークは君達の所じゃ茶飯事だろう?』
「バディ、ね」
『不満かな?』
「まさか」
『では、私のデータ処理の時間を削らなければならない程重要な、君のごく個人的な好奇心を満たすための質問はまだあるのかな』
ゴッチは小さくで笑った。テツコ以外がこんな事を言ったなら、今頃コガラシを粉砕してしまっているだろう
背もたれに最大限仕事をさせながら伸びをする。随分と解れた気がした。体が、ではない。気分が
『おや、私のジョークも捨てた物じゃないね。君のような偏屈で、意地っ張りな男を笑わせるんだから』
「グッド。そっちの方が馴染むってモンだ」
『満足してくれたなら、ここまでにしておこうか。仕事がある』
「駄目だ」
『何だと?』
コガラシに顔を寄せ、囁きかけるゴッチ
「そんな物放っておけよ。俺と話そう」
『……なんだい、いきなり。ガミガミ嫌味しか言わない、金も権力も面白みもない下らない女となんて、話したくないだろう? もう切るからね!』
「もう少ししたら出かける。それまで付き合え」
訳が解らない。テツコの怒鳴り声
ゴッチはまた笑う。私室の扉の向こう側で、咳払いが聞こえた
控えめなノック
「ご歓談中失礼します」
「ロージンか。入れよ」
激務の続くロージンは多少顔がやつれていたが、気力は充実しているようだった。仕事が好きな人種だ
目の下のクマも何のその。ゴッチとコガラシに一度ずつ礼をして、羊皮紙を広げる
テツコはこれ幸いとばかりにコガラシをゴッチのベルトに張り付かせ、省エネモードに移行させた。肩をすくめるゴッチ
「革袋の毒の残党ですが、粗方。南に居る連中はビエッケの後釜を争うのに忙しいようで、報復に来たのは少数でした」
名簿です。ゴッチは差し出された羊皮紙を面倒そうに拒否する
見たって仕方ない
「ビエッケの面の皮を門から吊り下げてやったろ?」
「食いつきが悪かったですな」
「親の仇も取ろうともしねぇようじゃ、なぁ」
それほど貴方が恐ろしかったのでは。ロージンはその言葉を飲み込み、むにゃむにゃ言って誤魔化した
ビエッケとその側近たちの顔面は今でもジルダウ西門で風に揺れている
ゴッチ・バベルという男の力と凶暴な性を知って、その上であの面の皮を見れば、大抵の者は戦意を喪失すると言う物だ
「しかし評判が悪いですな、あの見せしめは。エルンスト軍団なんかは毎日苦情を入れてきます」
だろうな
ゴッチはその一言で済ました。誰が何と言っていようが、どうだって良い事だ
「ラーラが喜んで対応してる筈だな?」
「えぇ。気を吐いて一分も彼らの言い分を受け入れません。『一罰百戒である。文句があるか』と」
「アイツの好きそうな物言いだ」
どうした、もっとこい。ゴッチはそう呟く。ゴッチはエルンスト軍団の反応なんてどうでもいい
皮袋の毒だ。奴らは何をしてる。そんなモンじゃねぇ筈だ。ファミリーのトップが、最もその組織で偉大である筈の男がぶっ殺されて面の皮を剥がれ、晒されているのだ
何故これに怒らない。奴ら頭がイかれてんじゃねぇのか?
「……ご不満ですか」
ロージンは渋い顔をする。ゴッチの事は未だに解らない。妙に上機嫌だと思った次の瞬間、急に苛立っていたりする
「あの玉無し共に関してはお前に任せる」
「は?」
「お前に任せると言ったんだ。放っといてもいいし、こっちから思い知らせに行ってやっても良い。奴らに舐められる事さえなけりゃな」
「……場合によっては、お出ましいただく事になりますが」
「同じ事を三度言わせようってのか?」
「は! 一命に代えましても」
馬鹿、そういうの止めろよ。宮仕えじゃねーんだぞ
ゴッチは欠伸をしながら席を立つ。緩ませた襟元やシャツの裾、諸々の身だしなみを正しながら部屋を出ようとする
「どちらへ?」
「レッドの奴がちょっとな」
「はぁ」
「どこ行くのか解らん。アイツは多分馬鹿だから」
下らないとでも言いたげな口調で手をひらひらさせたゴッチは、しかし笑顔であった
――
レッドとゼドガンに連れられてゴッチは酒場巡りをするはめになった
この二人組のここ最近の行動ときたら、本当に馬鹿と表現するしか無い程で、ほぼ毎日食って飲んで歌って踊ってを繰り返している
ジルダウ大通りの一番大きな酒場に入れば、店主がまたかとでも言いたそうな顔をしていた。レッドはその時、給仕の女の胸元に顔を埋めこんで、張り飛ばされていた
「まさか本当に食い倒れツアーに巻き込まれるとはな」
「俺などここ暫くの間で大分太ってしまったぞ」
「よく言うぜ!」
飲み食いした分剣を振るのがゼドガンだ。無精髭を撫でながら言うゼドガンの肉体は、確かに以前より少し太くなったように見える。ただし筋肉でだ
「スパローダ! スパローダ! クソッタレども! ノイズ混じりの200年代ムービーの端っこ、クソみたいな面して写ってる! プライドと夢だけでしがみついてる! 笑う奴は笑え! 俺は笑わない! スパローダ! 俺の夢! 俺達の夢!」
実の所レッドはゴッチと合流する前に既に酔っ払っていた
赤ら顔でギターを掻き鳴らす様はジルダウ名物になっているようで、けたたましい演奏を聞いて様々な人間が集まってくる
「『スパローダ・グッドラック』か。ミーハーだな」
「俺の夢! なぁ兄弟! 兄弟の夢!」
「あーそうさ。聞いてたぜ、クレイジーパンプキン」
隣りの椅子に倒れ込んできたレッドからカスタムエレキを奪い取る
ゴツゴツと節くれだった指が、その外見に似合わず繊細に踊り始めた。『スパローダ・グッドラック』
「うひょー! 弾けるなんて知らなかっただぜ!」
「シガー、ウィスキー、バイク、ギター。後ダート。だろ?」
「サンズ・オブ・ロベルトマリンの嗜みだぁなぁ!」
「おい、ポンコツ兄弟。確かこうだったな?」
ゼドガンが大剣を背負ったまま見るに耐えないステップを踏み始める
あっと言う間に酔っ払いどもの輪が出来て、ゼドガンは得意げになった。アコースティックを抱えてそこに飛び込んでいくレッド
どっから出したそのアコースティック
「フラフラだぞレッド」
「俺もうダメかもだぜ!」
フラフラのレッドはもう一度給仕の胸元に顔面を突っ込んだ
矢張り張り倒される。しかしなんだかんだで給仕の女も悪い気はしないようだった
「グッドラックブラザー。血より濃い繋がり。クソみてぇな物」
「イィィヤッホォォー!」
ゴッチのトリックと歌に集まってきた荒くれ達は騒然となる
それはそうだ。ジルダウで一番怖い男が、毎日酔っ払って騒いでは給仕に張り倒される馬鹿と一緒になって、見た事も無い楽器を掻き鳴らし歌を歌っている
周囲の好奇心丸出しの視線も、ゴッチは気にならなかった
畜生、言いたかねぇが良い気分だ
ゼドガンが酒筒を放り投げ、大剣を一振りする。目にも止まらぬ速さ
くるくると回転する酒筒が綺麗に机の上に着地する。見れば、蓋がなかった。
「うむ、七点」
「何点中だ?」
「十点だ」
達人の技に酒場が歓声に包まれた。ゴッチは机の上でポーズを決めているレッドにカスタムエレキを放り投げ、手近にあった酒筒を次々とゼドガンに投げつける
数は七つ。剣閃も七つ
どの酒筒も綺麗に口だけ切り飛ばされ、大きな丸机に落ちる。歓声が大きくなった
「やる! 十点だなゼドガン」
「大道芸だ、こんな物」
ぎゃりぎゃりエレキを掻き鳴らすレッドが一番大きい歓声を上げている
支離滅裂な事を口走りながらゴッチに駆け寄ってくると、常からは想像もつかない素早い身のこなしでゴッチの横面に一発かました
ぶちゅっと
「ひーひゃひゃ! やっちゃった! やっちゃっただぜ!」
「ぐわぁぁ、テメエ、なんてことしやがる!」
「下品なサウンドに乾杯だぜ!」
盃を掲げるレッドに、ゴッチは頭突きをかました
悲鳴を上げてフラフラ逃げていくレッド。懲りもせず給仕の女の所まで逃げていくと、今度はその鎖骨あたりにぶちゅっとかました
ぱくぱくと口を開閉させながら、声も出せない給仕。レッドは「やっちゃった! やっちゃった! だぜ!」と叫んだ後、急に真面目な顔になる
「何点だぜ?」
給仕は赤い顔で俯いて、ぼそりと返した
「……十点」
レッドの頬にお返しの唇が触れる。酔っ払いどもから冷やかしの指笛が送られる
少しもじっとしていないレッド。喜色満面でのたうち回りながら、今度はゼドガンに飛びかかっていった
「うわ、来るな!」
「逃げんなだぜぇー!」
もうだめだ、何がなんだか解らなくなってきやがった
ゴッチは大笑いしながら酒盃を呷る
――
「ロック! 実に! だぜ!」
訳の解らない事を口走るレッド。ゴッチとゼドガンは顔を見合わせた
まぁ何時もの事か
「誰もが我慢してしまうことをこそ我慢せず吐き出す事! クソッタレにクソッタレと面と向かって言ってやる事! ロックの真髄だぜ!」
「あーそうだなクソッタレ」
「わひゃひゃ! 兄弟ったら実にロック!」
既に夜に成りかけのジルダウ。本日の御前試合も終了したようで、街は人の姿が増え、至る所に松明がたかれている
そこを三人で歩く。ゴッチの姿を認め、人々が道を開ける
「成程、ろっく、か」
「止めろよゼドガン。レッドみたいになるつもりか?」
「いやゴッチ、今奴は中々深い事を言ったぞ」
「へ、異次元の脳味噌だからな、多分」
「世界は広い。お前達を知り、全く未知の価値観に触れる事で、今まで解らなかった事が解るようになってゆく。全く、お前達に雇われて良かった」
「酔っ払ってんのかオメー!」
かくいうゴッチも酔っ払っている。ゼドガンの背中をバシバシ叩きながら、しゃっくり一つ
そこに馬車が通り掛かった。マグダラの紋章が入った馬車だ。全く珍しい事だが、侍女服の女が御者をしている。その女はゴッチを認めると親しげに笑って手を振った
「お久しぶりでございます」
「兄弟、知り合いだぜ?」
「いや、知らんぜ」
「酷い!」
ゴッチが覚えていないだけだ。ダージリンの侍女である
馬車の窓が下ろされ、フードを目深に被ったダージリンが顔を出した
「ゴーレム、随分と上機嫌だ」
「あぁ、まぁな」
「まだ飲めるか? 兄が良い酒をくれた。ゴーレムと飲めと」
レッドを見遣る。つまらなそうに頭の後ろで手を組んでいる
浮き沈みの激しい奴め
「……また今度にしよう」
フードの中で、ダージリンの目が細まる
「そうか……。その機会を楽しみにしている。ゴーレム、さらば」
ダージリンは馬車の窓を持ち上げ、侍女は一礼して馬車を歩かせ始めた
楽しみにしている。ダージリンにしては、随分と人間味のある言葉だ
もう一度レッドを見やれば、嬉しそうに飛び上がっていた
「へっへっへー! そうこねーと! よーし次の店だぜ!」
――
――
頭に水をぶっ掛けられて、ゴッチは一気に夢の世界から引き戻された
海、川、冗談ではない。ここは何処だ。相手は誰だ。畜生、完全に油断した
「うおぉ!」
ごろごろと転がって膝立ちになり周囲を警戒する。水中は死地である。そこで戦うことになれば絶対的不利は免れない
が、そこは海でも川でも無かった。ゴッチの屋敷の中庭で、水をかけたのはゼドガンだった
「……目覚めたか」
「…………ここは……俺の屋敷か?」
「大丈夫か?」
「……記憶が無ぇ」
「俺もだ。奴もだろうな」
ゼドガンが顎で示す先にはレッドが居た。井戸に据え付けてある桶を抱き締め、時折頬ずりしながら高鼾を掻いている
クソ、アホ程飲ませやがって。ゴッチは米神を抑えながら必死で記憶を掘り返す
ダメだった。記憶は虫食いにあったように穴だらけで、何処に行ったかすらまともに覚えていない。屋敷まで戻り、懲りもせず酒樽を持って来させ、飲み比べを始めたような気がするが
そこから先は完全に記憶が途絶えている
「誰が勝った……?」
「解らん。確か、レッドが真先に潰れたと思うが……」
「ここまで呑んだのは久しぶりだぜ」
ゴッチは上半身裸だった。近くの庭木にベストやシャツが掛けてある。省エネモードのコガラシも其処にあった
「酒に呑まれたな」
「……お前もな」
からかうようなゼドガンの言葉。酒浸りの馬鹿の一人が、よくもまぁ他人事のように言ったものである
ゴッチがにやにやしながら言い返せば、そう言えばといった風情で話を変えてきた
「それより、お前に客が来ているそうだぞ」
「あぁ?」
「今ロージンが対応している。行ったほうが良いのではないか?」
ゴッチは頭をブンブンと振った。まだ霞掛かったような感じがする
寝こけたままのレッドを蹴り転がし、全く反応しないのを見ると踵を返した
「済まねぇが、そのバカを頼む」
「……ほぉ、らしくない台詞だな。ま、良いだろう」
「ケ、言ってろ」
――
目の前で感謝の意を告げる貴公子に、ゴッチは全く覚えがなかったので、取り敢えず言ってみた
「何の話だ?」
「…………は?」
如何にも、といった感じの誂えの純白の服に、ワインレッドのサーコートを揺らめかせる青年は、ゴッチ以上に困った顔をしていた
ゴッチはむぅ、と唸り、顎に手をやって事の推移を思い出す
まず客室に入った。そこにはロージンとこの青年が居て、どちらもゴッチに対して丁寧な礼をしてきた
この時点でよく解らなかった。一目で高貴の身の上と言うのが解る青年が、ゴッチに対して敬った礼をする理屈が無い
取り敢えずと言った感じで机を挟んで向かい合わせに座ると、またもや青年が恭しく礼をした
ゴッチには全く行なった覚えのない、援助への感謝と共に
「ですから、銀貨と馬の礼です。銀貨二千枚、馬十五頭。我等全く立ち行かず、エルンスト様への拝謁を賜る事すら危うくなる所でした。感謝致します」
年は(見た目通りであれば)20行ったかそこら。エルンスト軍団に並居る騎士達の中では若輩である。まだ大人に成りかけのひよこと言う所か
しかし、所作はよく身についているようだ。サーコートと同じワインレッドの髪を揺らしながら、青年はもう一度真摯に礼を述べる
「…………?」
「ボス……」
首を傾げるゴッチにロージンは些か焦りながら視線を送る
銀貨二千枚とは、ロージンのような大商人であっても早々取引できない程の大きな金額だ
それにゴッチが部下達に使わせている、若くて頑健な馬十五頭とは、軍馬を欲しがるエルンスト軍相手に取引すれば銀貨二千枚の倍は引き出せる
それを援助とは、一体どういう意図があっての事か
「ふむ」
取り敢えずゴッチは考えた。正確には考えるふりをしてみた
だって考えるもクソもない。覚えがないのだから
しかし現にこの貴公子殿はゴッチに対し、まるで父祖達の霊でも敬うかのように接し、丁寧な礼を述べている
ひょっとして本当に援助したのか? ひょっとしなくても酔った勢いで?
「騙し取られた武具と糧食を買い直し、家臣達の面目を保つことも出来ました。ゴッチ殿が居らねばアダドーレの家名は大陸が滅ぶまで物笑いの種にされたでしょう」
「…………」
ゴッチは聞いたこともない家名に肩を竦めるばかりだ
その態度をどう捉えたのか、貴公子は控えめに頷いてみせる
「我等の風評を気にしていただく必要はありません。ここで貴方がどの様に呼ばれているかは知っています。が、私は胸を張って貴方に助けて貰ったのだと言います。これを我等は全く恥と思いません。アダドーレは恩を忘れません、決して」
ゴッチは暫し沈黙して
「あぁ、そうかい」
と漸くそれだけを返した
「言葉を尽くす事はお嫌いですか」
「……いや、なんつーのか。まぁ、べらべら口が回るだけの奴は、こっちの世界でも信用されんな」
「では後は結果をお見せします。我等の戦振りを、我等の神々と照覧あれ」
「神様に勝ち負けも捧げちまうクチか? お前」
何となく口をついて出た皮肉に、青年は酷く楽しげに笑った
「我等の戦は、我等の為の物です。が、民草やバヨネの神々が我等の戦を讃えるのまでは禁じ得ません。それは傲慢と言う物です」
既にして傲慢な物言いだった。ゴッチはふーむ、と唸る
よく解らんが、どうせこちらの世界の金にも、物にも、執着はない
それに一度やった物を返せと言うのは致命的に格好悪い物だ。隼団カポのゴッチ・バベルならば、八つ裂きにされても言える事ではない
じゃぁ、もうそれで良いじゃねぇか。ゴッチは投槍に結論を出した
「おう、ロージン。銀貨二千枚と馬十五頭、相応しい見返りは何だと思う」
「さ、さぁ……。相場は変わるものです。物には売り時と言う物が御座いますから」
妙な脂汗を掻いているロージン。ゴッチは笑いながら首を鳴らす
「まぁ、なんだな。俺も解る。金だけじゃなくて口も出す奴ってのは、こりゃ結構邪魔なんだ」
「中々面白い意見ですな」
「いつか、お前が妥当だと思う物を見返りに持ってこい。俺の要求はそれだけだ」
青年は拳と掌を打ち合わせた。目にはギラギラとした闘志が燃え盛っている
「あの酒場で、ゴッチ殿は私を大いに評価して下さった。未だ名成らず、若輩である私を」
「そうだったか?」
「ゴッチ殿は私を笑わなかった。騎士の華、咲かせてみせましょう」
これにて失礼。最後にもう一度礼をして、青年は去っていった
屋敷の門から肩で風を切りつつ去っていく。窓からそれを見送るゴッチとロージン。奇妙な沈黙が落ちる
「奇貨買い、と言う奴、ですか? 確かに覇気に満ちた男でしたが」
「俺の目が節穴かどうか、その内解る。そう考えりゃ面白いだろう?」
「……そうですな。そうかも知れませぬ」
ゴッチの事だ。尋常で測れぬ何かがあるのだろう。ロージンは神妙な面持ちで頷く
当然、そんな物ある訳なかった。しつこいようだが援助した記憶なんて無いのだから
酔った勢いと素直に言うのも、覚えてないと素直に言うのも
全く格好がつかないので、適当に話を流しただけなのだから
「なんて名前だ、アイツ」
「名も知らないままに援助したのですか?」
この惚れ込み用は本物だな。とロージンは都合良く勘違いする
「アロンベル・アダドーレと」
――
その夜、ホークが訪ねて来た
ホークは夜になっても寝台でうんうん唸っていたレッドを見舞った後、徐に切り出した
「東の小領主の長男が僅かな手勢を率いてきた。アロンベル・アダドーレと言う若者だ」
「……そうか」
「知っているぞ、随分気前よく援助した物だな。人嫌いのお前がそれ程入れ込むとは、余程の器なのか」
ゴッチは曖昧な返答を返す事しか出来ない
「ふ、お前の見立てなら目を掛けてみようか。より優れた物が上に立つのは、正しい事だ」
何だか勝手に納得して、ホークはニヒルな笑みを浮かべたまま去っていった
よく解らない。ゴッチは首を傾げる。態々そんな事を言いに来たのかアイツは
とか何とか考えていると、今度はカザンが訪ねてくる
「アロンベル殿を知っているな?」
お前もか。ゴッチは些かげんなりする
「賊が数を増している。我々としても頭の痛い話だが、アロンベル殿からこれらを駆逐するための共同作戦を申し込まれた。長旅を経てジルダウに着いたばかりだと言うのに、戦意は並居る騎士達の中でも有数だな」
ゴッチは矢張り曖昧な返事を返す
どうでも良い、全く興味のない話だが、アロンベルを援助した(らしい)立場としては口に出すと奇妙な内容だ
「……普段、軍団間の様々な利害があるため、こういった直接の申し出は受けない事にしているが……。お前が肩入れする人物だ、興味がある。受けてみるか」
言いたいことだけ言ってカザンも立ち去っていった。酒瓶を置いていっただけ、ホークよりは多少礼儀があるだろう
ゴッチはうんうん唸りながら考える。何だか話が一人歩きしている気がする
と、其処に現れるゼドガン
「今日は先客万来のようだな」
「なぁゼドガン、お前アロンベル・アダドーレって知ってるか」
「知らん。誰だそれは。明日の御前試合の出場者か?」
だよなぁ?
ゴッチはもう一度、うーんと唸った
――
後書
酔った勢いで書いた
うひ、うひひひ
何時も何時も投稿ボタンをクリックする時はドキドキする。何時だって我々は自信がないのだ。うひひひ
mazaki氏、無為無策氏のご指摘によって誤字修正
本当に有難く思うであります。