黒曜石の黒髪、溶岩の瞳、ただ一騎、勇者の軍勢の切先にあって、何よりも輝く
突けば勝ち、薙げば勝つ。荒馬を駆れば重囲を抜き、鋭く命ずれば堅陣を割く。やはり、ただ、勝つ
騎士カロンハザンこそ、軍神の寵児、戦神の化身。万敵のひしめく道なきに道を開く
「と、何処かのへっぽこ吟遊詩人が歌っていた。南方の対蛮族戦や、隣国スルガスとの戦いで絶大な戦功を上げたのは、確かだ」
「へへへ、ほんの数年前の、スルガスの奇襲攻撃の時は、凄かったんだぜ。バロウズのおっちゃんと、アラドアと、カザン、そして彼らの率いる二千で、スルガスの大軍を一蹴しちまったのさぁ。特にカザンは、万全の支援を受けた騎馬隊で、もう見てるこっちが可哀想になるくらい容赦なく敵を叩きまくって、最強を恣にしたんだぜ」
「レッド、お前、カザンは兎も角、他の二人とも面識があるような口ぶりだけどよ」
「あるよー? ありありよー? バロウズのおっちゃんとは、おっちゃんが馬を買い付けてる時にちょこっと。アラドアは、カザンに紹介されたのさぁ。一緒に酒を飲んだこともあったんだぜ」
「本当に顔の広い野郎だな……」
「レッド、お前、スルガス迎撃戦に参加していたのか? 初耳だが」
「聞いて驚くだぜ、何を隠そう、スルガスの奇襲攻撃を察知して、カザンに伝えたのは、俺なんだぜ!」
「…………あー、あー、解った。お前の冒険譚は、今は、ま、良い。今度酒の肴にでもしてもらおう。…………そろそろ、カザンとご対面だぜ」
鎧具足を身に付けたまま、休息を取る兵士達の一団が見えた。顔は一様に青く、挙動は機敏であるものの、激しい疲労が伺える
その中でただ一人休まず、槍を片手に遠方を睨みつける騎士。遠目にもハッキリと解る。騎士カロンハザン
視線が、こちらを向いた。ベルカを見、ニルノアを見、そしてゴッチを見つける
号令が放たれる。戦闘態勢、その一言で、休憩していた兵士達は飛び上がり、騎乗して、カザンの背後で隊列を整えた
ベルカ、ニルノア達を含めて、総勢百五十名程の騎馬隊だ。ラーラが顎を撫でながら、鼻を鳴らす
「……ここいらは、アナリア王国の勢力圏内。しかも体勢はまだまだ磐石。カロンハザンとやらが居るのは可笑しいと思ったが」
「久しぶりに、遠目に見ても、相も変わらず腹の立つ面だぜ」
「ボス? ……騎馬ばかりで百五十。しかも色濃い疲労具合。あの男、ただ一隊で突出して、相当好き勝手に暴れているようです。自分を無敵の勇者か何かと勘違いしているのではありませんか?」
「ラーラってば手厳しいィー」
ニルノアが馬首を返して荷馬車に突撃しようとするのを、矢張りベルカが必死に羽交い絞めする
騒ぎを横目で見ながら、ゴッチは立ち上がった。イーストファルコン・コロナを一本抜き出して、シガーパンチを減り込ませる
「火ぃ」
ゆらゆらと強い風に吹かれながらも消えない種火がラーラから差し出される。最早、制御は完璧であった。紫煙を立ち上らせながら、ゴッチは上を向いた
早朝だが、既に陽の光は強い。少し、熱くなるだろう
「兄弟、良い物を貸すんだぜ」
振り向けば、レッドがサングラスを放っていた。澱みなく受け止めたゴッチは、慣れた手つきでそれを装着する
カロンハザンと、ご対面であった
――
「無駄に話さない方が良いのだよな? くそう、惜しいな、あのカロンハザンが直ぐそこに居るというのに」
堂々と、凛々しくこちらを見据えていたカザンは、ゴッチの乗る荷馬車が至近距離まで来た時、何故か、僅かに顔を綻ばせた
気持ちの悪い思いをしたのはゴッチだ。ゴッチとしては、カザンに微笑み掛けられる覚えなぞこれっぽっちも無い
「久しい顔が二つ、興味深い顔が二つ、そして……、知己と良く似た、しかし違う顔が一つか」
「よーカザン! 久しぶり! 元気してた?」
「レッド、お前の自由な陽気さ、突拍子の無さも、相変わらずのようだ。まさか、ゴッチと一緒に、こんなところに現れるとは」
カザンは物言いたげな部下の視線を気にもせず、極めて砕けた話し方をした
二ルノアがまず納得の行かない顔をして、沈黙し、それから漸く言葉を放つ
「……君等、荷馬車から降りろ! カロンハザン様が、徒歩でおられるのに!」
「だとよ、カザン。お馬さんにでもお乗り遊ばせばどーよ?」
「ゴッチ、お前も、久方ぶりだな。………………ベルカ、ニルノア、説明せよ!」
二ルノアが、不満顔を一瞬で打ち消して下馬し、跪いた
「ニルノアが申し上げます! ペデンス方向五百の間に敵の気配は全く無し! 尚、斥候より戻る折、彼女らを発見しました! ロベリンド護国衆の長とその供回りを名乗る者達で、怪しく思い連行した次第で御座いますが、カロンハザン様の知己でいらっしゃいますか?」
「ロベリンド護国衆、今代の長殿と言えば、ティト・ロイド・ロベリンド殿か」
ニルノアが、ティトから押収していた槍をカザンに渡す
それを一瞥したカザンは一つ頷くと、丁寧な仕草で頭を下げ、槍を差し出す
ティトが、荷馬車の上からそれを受け取った
「荷馬車の上から失礼いたします。私が、ティト・ロイド・ロベリンドに御座います」
「間違いなく神槍ロベリンドとお見受けする。御無礼を御許し下さい、ロベリンドの長殿」
「気にしておりません。実を申しますと、私は半ば付き添いのような物です。レッド様やゴッチと旧知の仲でしたら、話も円滑に進むでしょう。どうぞ、私の事はお気になさらず」
「ニルノアはただ職務に従ったのみ。ご理解いただき、感謝します」
ラーラが割り込む
「大した職務であるな。素晴らしくて、涙が出る」
「ラーラ!」
「構いません、長殿。……君は?」
「私は名乗らない。だから貴方も名乗らなくて良い。名も呼ばぬ」
「文句は聞こう」
カザンの顔色は、変わらない。全て理解して、仕方の無いことと割り切った顔だ
ラーラが、ハッキリと解る程、眉を顰めた
「……今、貴方の開き直ったような面付きを見たら、その気も失せた」
「ニルノアが、どのような態度で居たのか、手にとるように解る。済まなかった。……しかし驚きなのは、ゴッチ、お前だ」
今にもラーラに噛み付きそうなニルノアを制しつつ、カザンはゴッチの方を向いた
矢張り、笑っている。居心地の悪さすら、ゴッチは感じた
「よく大人しく、ニルノアに従ったな」
「俺とて、何時も跳ね回っている訳じゃねぇ」
「ニルノア、良かったな。命を拾ったぞ」
二ルノアがツンとそっぽ向く。ベルカが嗜める
段々と、二人の関係が解ってくる。引き下がらない気質のニルノアは、ベルカにとって頭痛の種であるらしい
「カロンハザン様麾下の騎馬隊は最強です。つまり、我々も最強です。如何に相手が雷の魔術師とは言え、命を賭して戦えば、勝ちます」
「ニルノア、止めるんだ。カザン将軍の名に泥を塗るような真似をするな」
「ベルカ、私が何時……」
「噛み付いて回るのが駄目なんだって」
二ルノアは、完全に拗ねた。カザンがゴッチから視線を外して、さっきまでしていたように、再び遠くを見遣る
「……お前、変わったな。ニルノアの物言いを許すとは」
「俺の代わりに怒ってくれる有り難いのが居るんでね」
親指で背後を指し示す。レッドが、ラーラの口を塞いでいた。レッドも流石に学習したようで、苦笑しながらもがっちりラーラを離さない
「退くぞ。ゴッチ、馬を二頭貸そう。ここからは速度が必要だ。馬車を三頭引きにして、俺についてこい。敵を追い掛けて散々駆けずり回ったが、俺の見立てが正しければ、そろそろ完全包囲されている頃合だ」
「おう、カザン。ニルノアってぇ跳ねっ返りには、「ロベリンドに向かう」っつったんだが……。すまん、そりゃ嘘だ。本当はラグランに向かっている。どうしてもそこに行く必要がある」
「ラグラン……?!」
カザンの顔色が、俄に変わった。流石の猛将カロンハザンも、驚きを感じたらしい
「カザン、お前には貸しが一つあったな」
「忘れてはいない。…………だが、矢張り俺に付いてきた方が良い。この俺への包囲を上手く抜けたとしても、ここいらのアナリア国軍の備えは完璧だ。ラグランに到達する前に必ず警戒網に引っかかる。そうしたらお前、どうする? 世間では、牙四本角六本だの、雷の魔術師に対する凄まじい流言が飛び交っているが、流石にそんな物に踊らされて手配首を見逃したりせんぞ、連中は」
遣り様が無ければ、押し通る
とは言えなかった。ファルコンの言葉が、ゴッチの中でぐるぐる回っていた
「詳しい話は後で聞こう」
「…………良いだろう、エスコートを頼もうか。ラーラ、良いな?」
「?」
ラーラは、無表情で居る。何か思うところはあれど、ゴッチに逆らうつもりはないらしい
――
カザンになんだかんだと脅しかけられつつも、結局ペデンス付近のエルンスト軍団本陣に到着するまで、アナリア国軍と接触することは一度も無かった
「ティト殿は幸運の女神かも知れない」
と、冗談っぽく言ったのはカザンだ。ティトは少し気恥しそうに愛想笑いするだけであった
「……ちくしょー、バリバリに気合入れたってのによー、アイツがあんな平然としてやがったら、間抜けじゃねーか、俺」
「なんだよ、喧嘩したかったのかぁ?」
「……そうではねぇさ。だが、解らんか、どうにも、すっきりしねぇって言うか」
カザンに注文をつけまくって、用意させた天幕の中で、ゴッチは寝転び、レッドを相手に愚痴をこぼす。もう暫くすれば、日も傾き始める頃合だ
自分とカザンは、常に反目しあう物だと、ゴッチは感じていた。根拠らしい根拠は無いのだが、それが最も自然な形なのだと、心のどこかで思い込んでいた
ガン付け合って、ぶつかり合って、こういう言い方は癪だが、そんな無茶苦茶な関係の末に、何か得るものがある。そんな恥ずかしいことを、何となく思っていた
違うのか? 疑問であった。カザンには、ゴッチに対する敵意が無い。一方的に敵視していたのは間違いないが、あぁも自然体で相手をされると
「馬鹿か俺は」
相手にされていないのかと、そう考えてしまうのだった。これではまるで、カザンに構って欲しいかのようではないか。ぎりぎりと歯を食いしばる
「それより、これからどうすんのか考えねーと。カザンと色々話したいこともあるけど、取り敢えずはラグランに行く方法考えなきゃ、だぜ」
レッドはギターの手入れをしながら、至極まっとうな事を言った
「指名手配されてんのは俺だけなんだ。お前とゼドガンとラーラだけで、何とかラグランまで行けないか」
「そりゃないだぜ兄弟、超危険なんですけど! 兄弟の随伴ロボを飛ばして調べたりとか出来ないだぜ?」
「…………その手があったか。テツコは、俺から目を離すのに、良い顔しねぇだろうが」
「なんでそれぐらいの事思いつかないんだぜ……」
「だが、出来るのは簡単な調査ぐらいだ。コガラシをこっちの世界の人間に発見されたり、接触させたりするのは、原則禁止らしいからな。結局は人が出向かなきゃならん」
「あーあ、十キロ単位のレーダーが随伴ロボに積めればなぁ。そうすりゃ、アナリア国軍を避けて行くなんて簡単だぜ」
「マジで荒野やら、平原やら、開けた土地だったからな。隠れながら進むのはまず無理だろう」
「やっぱり、強行突破しかないかぁ……?」
「そりゃ、俺だけなら何とでもなるが、お前らの命の保証は出来んぞ」
「逆転の発想だ! 兄弟だけで行くとか!」
「あぁ? 道が解んねぇんだよボケ! ……いや、そうか、テツコに頼み込んで、位置を調べ、その上で俺が単独で出向けば」
「…………」
「…………ひょっとして、お前らがここまでついてくる必要性、0だったんじゃねーか?」
「いやん! 兄弟のいっけずー!」
レッドが体をくねらせる
その仕草にどうしようもない苛立を覚えたゴッチは、米神に青筋を浮き上がらせた。結構冗談ではない程の嫌悪感であった
その時、ブゥンと虫の羽音に似た駆動音を上げながら、コガラシが起動する
『余り賛成できないな……』
「お! てっこちゃん、元気でやってる?」
『あぁ、レッド君、お陰さまで』
ゴッチは懐を開いた。コガラシがふよふよと浮かび上がり、天幕の中を漂う
「用事とやらは?」
『一時帰還だ、また直ぐに出る。今の案だが……強行突破を行った場合、アナリア国軍の追跡は免れないだろう。どんな物があるのか、どんな人物が居るのか解らない場所に敵を引き連れて行って、どうするんだ? 不確定要素が多すぎる。メイア3はグレイメタルドールだが、戦闘行為やその他の危険を及ぼすのは、論外だと言うのを忘れないで欲しい』
「……了解。まぁ、仕方ねーわな」
テツコが、何か言いにくそうに息を漏らす。目ざとく、ゴッチは気付いた
「どうした? テツコ」
『……あー、いや、この際だ、話しておくよ。実は今、メイア3はペデンスに居る可能性が高い』
「あぁ? 何だと?」
『実働隊員ルークが得た情報だ。ペデンスで、メアリーと言う名の、首に一本線が入った緑髪の侍女を見た人物が居る』
「メアリー、メイア・スリーの愛称だな? オイ、テツコ、お前……その情報は、何時入ったんだ」
『……済まない』
ゴッチは頭を掻いた。視線をコガラシから外して、全く気にしていないように笑う
「いや、良い。俺は信じている。テツコや、ファルコンが、俺の不利に働くようなことをする訳が無い。そうだろう?」
『あぁ、誓うよ。コレはファルコンの指示だが、都合よく情報が揃ったのだから、纏めて調べてしまおうと、本当にそれだけだの事だ。ラグランの探索に不安要素があると解った今、強行する理由は無い。…………他意は無いんだ』
「よく報せてくれた。ありがとよ、テツコ」
『ゴッチ……』
しんみりした空気を醸しだしながら、テツコはバタバタと慌ただしい音を立て始めた
『済まない、もう出発しなければ。ゴッチ、できるだけ早く戻る。……そうだ、例えラグランにメアリーが居ないとしても、強行突破は下策だよ。この事は、ファルコンとよく検討しておく。今は…………』
「あぁ、解ってる、無茶はしねぇ。お前が戻るのを待ってるぜ」
テツコは、爽やかな気分だった。ゴッチの態度に真摯な物を感じ、とうとう己の誠意が悪餓鬼ゴッチに通じたのだと、感動すら覚えていた
仕事の同僚と言う間柄、で割りきってしまうつもりもなければ、極短期間と言って手を抜くつもりも無かった。テツコは常に勤勉である
努力が実を結んだ。テツコは、そう思った。上機嫌で通信を切断するテツコに、ゴッチは首を傾げる
「何か妙にご機嫌だったな……」
「兄弟、良かったのか? ……隠し事だぜ」
「気にする程の事じゃねぇ。俺はテツコを大事にしたいからな」
レッドは、顔には出さないが、地味に驚いていた
アウトローが、己への背信行為を許すはずが無い。どんな些細な事でも、どんな事情があってもだ
今回、ラグランを目指した道程も、事前にメアリーの現在地の情報があれば、どうだったか
行かないに決まっている。危ない橋を渡っても、何が出るか解らないのに
「変な顔すんなよ。テツコがあの調子なら、メイア・スリーの事を俺が知っていたとしても、ファルコンはラグランへ向かうよう指示した筈だ。どうせ、俺がグダグダ言うのがうざったかっただけだろ」
「…………いやぁ……へへ、なんかちょっとおっきくなっちゃったねぇ、兄弟」
そこで、天幕の外から声が掛かる
『話しは済んだか?』
「カザンか」
天幕の入り口が持ち上がり、カザンが姿を表した。身嗜みを整えたのか、妙にさっぱりとしている
鎧を身に付けたままであった。泥や返り血が落ちているから、整備が行われたようだが、それでも傷が目立つ
「盗み聞きとはお主も悪よのぅだぜ」
「誰が居るかと思えば、レッドだったか。…………ふ、何も聞いてはいない。今来たばかりだ。丁度、切りが良さそうな言い口が聞こえただけだ」
「……まぁ良い。で、カザン。業々人数分の寝床を拵えて貰って悪いがよ、何時までこんな所に押し込んどくつもりだ?」
「それだ。俺としては、直ぐにでも解放するつもりだったが、実は、北方辺境領主、ホーク・マグダラ殿がお前と話しをしたがっている」
ギターの手入れを終えてゴロゴロしていたレッドが、ほほぉー、と声を上げる
「へぇー、兄弟ってばモテモテだぜ」
「ゴッチだけではない。ミランダローラーゼドガン、歌の魔術師レッド、そして…………真なる炎の魔術師ラーラ。ティト殿以外の全員を御所望だ」
「……やっぱ、解るのかぁ、カザン」
「剣が教えてくれる」
レッドがジタバタしながら、嫌そうな声を上げた
苦しげなカザンを、意図して無視していた。同情されて喜ぶ男でないのは、ゴッチにも解る、レッドには、尚解っている事だろう
「どうした、座れよ、カザン」
身を起こしたゴッチが、探るような視線を向けながら言う。カザンはほんの少し黙考して、椅子に座った
粗末な寝床から起き上がったゴッチは、肩を解しながらこちらも椅子に座る
「言葉に甘えよう」
「席に着くぐらいで、大袈裟な野郎だ。そういう生真面目なのが流行りか?」
「俺が真面目かどうかは、比べたことが無いので良く解らんが、人の性質に、流行り廃りも無いだろう」
「将軍カロンハザン様の美徳だな」
レッドは未だに寝床でぐだぐだしている。心なしかげっそりしており、駄々をこねる子供のような有様であった
「レッドはここで何を?」
「自分の天幕に居たって暇なんだとよ。ゼドガンはスゲェ勢いで剣を振ってて相手してくれねぇんで、ならばここだそうだ」
「子供か」
カザンは穏やかに笑った。ゴッチも、薄く笑う
「どうせ昔からあぁなんだろ?」
「あぁ、まぁ、……いや、だが、お前は特に懐かれているようだ」
「おぞましい事を言うな。見ろ、鳥肌が」
そこで、漸くレッドが起きだしてきた。顎を撫でながら腕を組み、らしくもなく畏まった表情をしている
「うーん、君たち、何を言っているんだぜ。人を子供扱いするのも、大概にしたまえ、だぜ」
「……な?」
「嬉しくねぇぞ」
「聞けよなぁ~?」
ぶーたれるレッドを、カザンが小突いた。相当気安い中のようであった
「他の者達にも使いが行っている所だろう。炎の魔術師は、どうやら我々に含む所があるようだから、来るかどうか解らんが……。お前はどうだ?」
「マグダラか。……ダージリンは、どうしてる?」
「ダージリン殿は、今はここから北東の小砦に居る。以前の事件から、未だ回復していないようでな。ホーク殿も責任があり、自由に動けない身分。再会も適わず、やきもきしている所だろう」
ゴッチは腕組みし、天幕の天井を見上げた。気持ちはその先に飛んで、空を見ている
「……ホーク、ね。ふん、用事があるならお前がこいと」
「そう言うだろうな、とは思っていた」
「言いたいところだが」
「何?」
ゴッチは立ち上がる。ネクタイを締め直し、襟を正して、埃を払った
サングラスを装着する。暗いレンズの奥だと、ギラつく瞳が少しだけ大人しく見える
「興味がある、会おう。それに、俺の同僚とやらがホーク・マグダラの所に居ると聞いた。ここいらで顔合わせと行くのも悪くない」
「同僚……? まぁ、良い。お前にも事情があるようだ。だが、ゴッチ。矢張り以前のお前とは違うな」
「そう見えるかよ」
「嫌でも」
「ケ、なら良い」
天幕の入り口を乱暴に開き、出て行くゴッチの背を、カザンはじっと見つめた
ゴッチは直ぐに戻ってきた
「おいカザン、お前が案内しないでどうすんだよ。レッド、お前もとっとと来い」
――
周囲と比べてその天幕は異常に大きすぎた。二倍、三倍では効かない。十倍以上はある
背も高い。余りにも大きくて、目立ち過ぎである。地味に装飾も施されている
ゴッチ達に与えられた寝床代わりの物とはまるで違った
「ここだ。中でホーク殿がお待ちの筈だ。では、俺はここで」
「あ? 何だと?」
背を向けて足早に歩き出そうとするカザンの直垂を、ゴッチは有無を言わせず引っ掴んだ
「……あの方は、その、だな。どうも熱心すぎると言うか。会う度に、俺を直臣に、と誘って下さるものだから、どうも」
レッドが大声で笑った。カザンもモテモテだぜ、と呑気に笑う姿に、当然カザンはいい顔をしない
直垂を掴むゴッチの手を叩き落すと、居住まいを正してレッドを小突く
「笑ってはいるが、お前やゴッチとて他人事ではないぞ。ホーク殿は出自等に関係なく、有用であればその人物を取り込もうとする。明日、俺のように辟易としているのは、お前達かも知れんのだからな」
「あーあー、解った解った。もう行っちまえよ、ほら」
「ゴッチ、お前と言う奴は…………。ふ、まぁ良い」
楽しげに笑ったカザンは、今度こそ去って行く。ゴッチとレッドは、巨大天幕の入り口を睨み付けて、暫くジッとしていた
門番然として入り口に立っている二人の兵士が、戸惑ったように声を掛けてくる
「どうされましたか」
「…………」
二人は答えない。互いに顔を見合わせた
「やっぱ、アーリアでの事かなぁ?」
「それ以外に心当たりはねーよ」
呼び出された理由は、矢張りダージリンに関わることしか覚えがない。その場合、ゴッチ以外はおまけだろうか
しかし、魔術師二人と、ミランダローラー。先程のカザンの話しからすると、食指を動かしたとしても可笑しくはない
それに、ティトは呼ばれていない。実力的にも、立場的にも、ホークの眼鏡に適わなかったと言う事か?
ふ、と息を吸い込んで、ゴッチは天幕の入り口をまくり上げた。レッドがそれに続く。酷く乱暴で、遠慮のない動きであった
兵士達が慌てて声をあげる
「ゴッチ殿、レッド殿、御入来!」
丁重な受け入れどうも、そして、大仰な持て成しどうも。ゴッチは眉を顰めつつ、野獣のような笑みを浮かべた
巨大天幕の中には、一目で上等と解る鎧姿の者達がずらりと並び立ち、中央に道を開けて待っていたのである。在野の四人を歓迎するにしては、大仰であった。魔術師だからか?
開かれた一本道の先には、一際豪壮な男が居る。蜂蜜色の髪と髭、歴戦を感じさせる米神の傷、黄金色の華美な鎧と、深い青の直垂
コイツがホークか。ダージリンとは全然似てねぇな
ゴッチとレッドは、当然臆したりはしない。無遠慮にどんどん歩を進め、黄金の男の前に立つ
「ようこそ、ゴッチ君。初めまして、エルンストです」
悪餓鬼のような顔で、笑いを堪えながら言ったエルンストに、ゴッチは首を傾げざるしかなかった
――
クールに、エレガントに
もうソルジャーではない、カポレジームだ。指示に従って暴れまわれば良い訳ではない
己の行動が、ファルコンと言う偉大な男を象る一部となるのである。ファルコンとは詰まり隼団であり、カポレジーム、ゴッチ・バベルとは詰まり、隼団の一部なのだ
どんな相手にも、侮られてはいけない
「こりゃ、御丁寧にどうも。自己紹介は要らんようだな」
ハンドポケットの状態で、足を大きく開き、重心を左に偏らせた。顎を突き出して、見下すような視線を向ける
天幕の中には絨毯がひかれていて、エルンストと名乗った男が立っている天幕の奥の方は、何が敷いてあるのやら一段高くなっている
高みにある物を下から見下ろす。アウトローに相応しいガンつけだった
「エルンスト・オセ。エルンスト軍団首魁……」
レッドがぼそりと呟いた
成程、流石はエルンスト、とでも言えば良いのだろうか。部下の抑えが、よく効いている。ゴッチの態度は、まるで異質の文化であるここでも、礼を失しているのは間違いない
しかし、誰もジッと動かない。呼吸音すら抑えてゴッチを見ている
「しかし妙だ。俺が面会する相手は、アンタじゃねぇ筈なんだがな」
「いや、その通り。実はホーク殿がかの有名な雷の魔術師と、会って話しをすると小耳に挟んだ物で、少し悪戯をしてみようと思ったのだ。カザンに嘘を吐いたのがちと心苦しいが」
不思議と、目を離せなくなる男だった。立ち振る舞いの全てに、何故か興味がそそられる
何か、巨大な物を連想させる。表情、仕草、雰囲気、声、様々な物、それぞれに言い表せない魅力があって、それが天性の物なのだと納得してしまうのに、些かの時間も必要では無かった
「当のホーク・マグダラは?」
「さて、今暫く時間がかかるだろう」
「ならここに居ても意味はない。ホーク・マグダラが来たらもう一度呼んでくれ」
だが、アウトローは正しい物を折り曲げる職業だ。素直なゴッチなど、あり得ない
あっさりと踵を返す。まるでエルンストになど興味はない、エルンスト軍団など取るに足るものではないと言わんばかりの態度である
これには、流石にエルンストの家臣団も唖然とした。レッドが笑いを堪えながら、ゴッチに習おうとする
「つれないことを言うな、ゴッチ・バベル。さっきのは、ありゃ嘘だ。直ぐに来るだろうから、少しの間私と話をせんか?」
その時、入り口から兵士の大声が響く
「ホーク・マグダラ殿、御入来!」
強い存在感に、全ての者の視線が引き寄せられる
「これは、全く、本当に悪戯が好きな方で御座いますな、エルンスト殿は」
「ぬお、もう来たのか、ホーク殿」
兵士に天幕を開かせて、堂々と歩いてくる男達が居た。先頭を歩くのは、鉄の鎧に黒の直垂。どうやっているかは知らないが、髪をオールバックにしている
勇ましい釣り目で、見事な男振り。騎士、と言うよりも、どこか自分のようなアウトローに近い気配を、ゴッチは感じた
言い知れぬ男だ。油断無く、こちらの奥底までを見通そうとしている。人の思考の裏側で、人よりも更に何かを考えている目だ
「エルンスト殿が謁見の場を設けるとは、このホーク、まるで知りませんでした」
「いやいや、これは個人的な面会だ。部下達が、「俺も見たい俺も見たい」と皆引っ付いてくる物だから、少し大仰になってしまったが」
「ははは!」
「来てしまっては仕方がないなぁ。まだ何も話しておらんのに」
「先約は、私ですぞ、エルンスト殿」
ホークが楽しそうに笑う。エルンストは残念そうな顔を隠そうともせずに、隅っこに下がった
「ゴッチ・バベル」
「あぁ……、全く、誰も彼も、俺が名乗らずとも俺のことを知っているモンだから、やりづらくていけねぇ。妙な心地だ」
「勇名鳴り響いている。アーリアの精兵二百を、私の妹を守りつつ、たった一人で壊滅させ、傷一つ負わぬ武勇」
「ダージリンは強い女だ。それが生い立ちや、お前への引け目等に縛られて、無理に人間をやろうとするから行けない。本当なら、あの女に俺がしてやる事なんて、何一つ無かったに違いねぇのさ」
「あれは、私の責任だと?」
「ダージリンが、最高にいい女だって事だよ」
「豪胆な男だ。噂に違わん」
ホークは、頭を下げる。周囲の者達が、息を呑んだ
それ程のことであった。敵からどれ程の挑発を受けても、冷たい流し目一つで全て黙殺する男だ。それほど気位の高いホークと言う男が、在野の物に、頭を下げるなど、今ここに居並ぶ者達には、信じられなかったのである
「勇者には敬意を払う。そして、ダージリンの事に関しては、心から礼を言うぞ」
「そうか、別にお前に有り難がって欲しい訳じゃ無いが、それで気が済むってんなら、そうすれば良い」
「おっと、勘違いしないでくれだぜ。兄弟ってば素直じゃないから、照れてるだけなんだ」
「レッド、少し黙ってろ」
ゴッチのあまりの言葉に、堪らずレッドがフォローに入った。この男はこの男で、懸命にゴッチに気を使っている。その程度には、ゴッチのことを好いていた
確かに、レッドから見ても、カポを名乗るようになったゴッチは豹変した。意図して周囲を挑発するような部分が消え、自然体に威風を載せて振舞うようになった
だが、その自然体がそもそも人を人とも思わない、傲然たる態度なのだから、どうしようもない。不器用なゴッチを愛でくるんでやるのが、愛の魔術師の仕事であると、レッドは妙ちきりんな事を考えている
「お前が、レッド。神出鬼没の楽師」
「俺の事知ってんだぜ?」
「出鱈目な顔の広さをな。お前にも興味はあるのだが……」
凛々しく笑いながら、ホークはゴッチに向き直る
「ゴッチ、お前が欲しい。その堂々たる姿は、ただ魔術師であると言うだけでは身に付かぬ物だ。己を信じ切り、まるで動じぬ胆力、アヴニール三体を物ともせず消し炭に変えた武力、そして、守ってやった筈のミランダの者達にすら恐れられる残虐な性、お前は完璧だ。俺の元に来い、ダージリンも、間違いなく喜ぶ」
凄まじいことをあっさり言ってのけるのも、ホークと言う男の一面なのであった
ゴッチは思わず言葉を呑み込んだ。ゆっくりとサングラスを外して、懐に仕舞い込む
「それが俺を呼び付けた理由か?」
「その通りだ。お前の故郷の事は知らんが、アナリアでは破格と呼ばれる待遇を約束しよう」
「俺の故郷? あぁ、そうか、お前の所に居るんだったな」
「知っていたのか」
待ったが掛かった。隅に引っ込んだ筈のエルンストが、ワクワク顔で割り込んでくる
「まぁ待て待て、ホーク殿、何時も躍起になって人を集めているんだから、たまには私にも譲ってくれ。なぁ、ゴッチ・バベル。実はな、お前がこの天幕に入ってきた時から、ピンと感じる物があった。私は名剣の見極めと、人の見極めには定評があってな。すっかりお前の事が気に入ってしまったんだ」
豪放に笑いながら、エルンストはゴッチの肩を叩いた。あけすけな態度で、男女を問わずどれ程の人材を口説いてきたのか
予想だにしない、ホークとエルンストの歓待振りに、居心地悪くなったのはゴッチである。眉を顰めながらエルンストの手を払い除けた
「エルンスト殿?」
「ゴッチと言う男の風評を聞きながら、ずっとどんな男なのか考えていた。アナリアに恨みを持つ者か、ダージリン・マグダラ嬢に何か思う所があるだけか、それとも単に、冒険者か傭兵が金で動いているのか、そんな事をずっとな」
「おい、ホークと言いお前と言い、暑苦しい奴だな、ちょっと下がれ。男に好かれたって嬉しくねぇぞ、俺は」
「照れるな照れるな。お前は、どれでもない。全てのアナリア軍兵士に恐怖をねじ込み、数多の者から畏れられ、止まない興味を持たれていながら、全くそれらを意に介さないしなやかな流儀。今までに、私が全く見た事が無い男。だが、不思議と、馬が合いそうな気がせんか? 俺とお前は」
瞳が輝いている。ゴッチは、このエルンストと言う男が、エルンスト軍団を率いる所以を垣間見た気がした。この口振り、ゴッチでない他の者が聞いたなら、どれ程心惹かれる事だろう
エルンストの部下の一人が、声をあげる。堪えきれなくなったようで、動揺が声に現れている
「危うい! 危のう御座る、御主君! 伝わってくるのは想像を絶する獰猛な気性と、残虐な戦いぶり! 御主君、凶刃をそう易々と懐に入れてしまっては成りませぬ! ホーク殿も、その男が“完璧”と称される程の者に、本当に見えるので御座るか!」
反対側から、別の声が上がった
「いや! ゴッチ殿の戦いに、誤りは無かった! アーリアではエーラハの謀で処刑されそうになったホーク殿の妹殿を救い、ミランダでは民衆を守るため、ミランダローラーと二人きりで六体ものアヴニールを倒した! 聞けば、南方ではエピノアに苦しめられていた村を救ったとも伝え聞くぞ! 結果を鑑みれば、どれ程の気性であろうと、その心根の高潔さを疑う余地はない!」
高潔、の下りでレッドがぶは、と吹き出した。ゴッチを高潔とは、ゴッチと付き合った者達ならば、逆立ちしたって出てこない考え方だ
途端に、場は喧々諤々とし始める。自由闊達に、誰もが好き勝手に言い始める。エルンストは、全く咎めようとしない
「やかましいぃぃー! お前ら、好き勝手言ってんじゃねぇぞ!」
ゴッチの怒声に被せるように、頭に青い布を巻いた男が演説した
「仮にもオセ家、またはマグダラ家に使える人物は、鋼の規律を守り、序列を守り、その上で絶対の忠誠を誓う! そうでなくては、誰も納得しますまい! ゴッチ殿は確かに類稀な戦士だが、暴力に頼むお人だ! 何人にも縛られる存在では無いでしょう! 扱いきれねば、その残虐さが何処に向かうのか!」
「何処のどいつだ、前に出てから言え!」
「ホークの言を聞かせてやろう! 戦士とは!」
ホーク・マグダラ渾身の怒声。周囲の視線が、ピタリとその勇敢な笑みに集まる
「戦いは荒々しい物! 戦士とは本来、勇猛、決死、残虐、これらを備えている! 前二つを取り立てて戦を美化し、最後の一つを呑み込めない者に、戦士を率いると言う事の意味は解るまい!」
そうだ! と賛同の声。ほぼ同時に、再び待った、の声
「残虐であれば、それで良いと言う物でも無いのでは?! 我らのような者達がそれを受けるならば、まだ納得も出来ましょう! しかし、無辜の民にそれが向けば、どうか?!」
「俺は見ていたぞ!」
黒い革鎧、黒い外套の騎士らしからぬ騎士が、大声で笑いながら言う
「彼は三頭引きの荷馬車で顕れ、カロンハザン殿と談笑していた! この天幕に入り、我らがこうして勝手に言い合っている今までも、一欠片の殺気も無い! 口調は乱暴だが、凶刃、暴力等と言われ無ければならない程の物が、何処にある!」
「ほんの僅かの間見聞きしただけで、人物を測れるのか?!」
「俺は戦場で生まれた! 俺には殺気が見える! 仮に彼の佇まいが偽りで、腹の内に凶暴な性を隠し持っていたとしても、それは彼が伝え聞く凄まじい暴力を、見事に御している事の証明に他ならない!」
レッドは胃が痛くなった。そのように見えても、それは誤解だ
ゴッチは暴力を制御する必要が無いだけだ。抑えつける必要のない環境で育ったし、間違えれば必ずファルコンが正してくれたのだろう
御しているのではない。取り繕う気が無く、また、荒事が好きでも面倒事が嫌いだから、結果的にそう見えるだけなのだ
いや、そうか? と、レッドは自問した。ゴッチは、変わっていく。もっと悪辣に、己の力と影響力を理解し、それを利用し尽くすように、なっていくのではないか
「オセ家、マグダラ家の騎士の栄誉とは、実力、人格は元より、その出自、何よりも忠誠を試され、その上でふるいに掛けられ、残った者達に漸く与えられる栄誉。数多の才ある者達が、望んで手に入らぬ物です。それを、異国よりふらりと現れた何処の馬の骨とも知れぬ者が得ては、どれ程の者達が失望するでしょう」
エルンストが、がし、とゴッチの肩を掴む
「そうか? 見よ」
「あ、テメエ」
エルンストは、ゴッチのスーツを隅から隅まで見ている
「見たことの無い服だが、素晴らしい仕立て、素晴らしい刺繍だ。文化が違っても、良い物は輝いて見える。これ程の服を作れる職人が、今、アナリアに居るか?」
「ほぉ、これの良さが解るのか。……俺の養父が作らせた物だ。これの良さが解るってんなら、お前の目は本物だな」
少し前まで背中の隼に眉を顰めていた癖に、ゴッチは鼻高々である
「美しい鳥だ。そして、それを臆せず着こなす男が、ただの馬の骨に見えるのか?」
「そのような仕立てであれば、私も金に糸目を付けませんぞ、エルンスト様!」
どっと笑いが起きる。そしてまた憤然とした怒声が上がるのに、僅かの間もない
今度の声は、老女だ。しかし驚くほど張りがあり、大きな声であった
「着ている物で心根が解って堪るか! ゴッチ殿、貴殿、アーリアでは高笑いしながら数多の兵達を軽々屠ったと聞く!」
「婆やではないか、どうした、こっち来い!」
「エルンスト様! こやつら図体ばっかりでかくて、とても前には出れませんので、自慢の大喝で申し上げます! ゴッチ殿、確かに戦いは、荒々しい物、残虐な物! しかし兵士達は、決して戦うだけの肉の塊では御座らん! そんな中で喜びながら、さも嬉しげに殺す貴殿を、どう使えると言うのか!」
ホークが再び声を張り上げた
「使ってみせよう、ホーク・マグダラが! 何か悪いことがあったとしたら、それはゴッチ・バベルの気性が悪いのではない、使って使い切れぬ将が悪いのだ!」
「エルンスト様! この北のお若いの、てんで話しになりませぬ!」
ホークは続ける
「興が乗ったので答えたが、元々我が臣の用い方に、エルンスト殿の配下の方々の意向を汲むのも可笑しな話。そうではないか?」
「待てと言っとるのに、ホーク殿は、時々意地が悪いなぁ!」
ホークと、エルンストが、今度はゴッチの目の前でやり始めた
ゴッチが米神を揉み解す。あ、なんかヤバいな、とレッドは思った
「お前ら…………」
やべぇ、爆発するだぜ。レッドは身を竦ませる。その時、都合よく、天幕入り口から声が響いてくる
『ゴッチ・バベル殿は、使命あってアナリアまで居らした人です! 皆様方のそれは、皮算用と言う物!』
『あ、お待ちください! 今は、その、取り込み中で御座います!それに、貴方がいらっしゃるとは聞いておりません!』
「マグダラ客将、ルーク・フランシスカが失礼いたします!」
「良い! 衛兵、咎めるな!」
美しい金の髪、美少女と見紛うばかりの顔立ち、はきはきした声、若いながら堂々としており、しかし礼節を忘れない態度
剣も鎧も上等で、見事な騎士振りの少年である
ルーク、その無を聞いて、ゴッチが後ろを振り返った
「ルーク、こいつが?」
がやがやと、また違った喧騒が生まれる
「ほぉ、アレがホーク殿の所の。若いが、どうして中々」
「黒い河の騎士の生き残りと、あの豪剣アシラッドを従えていると聞くぞ。たったの五騎で、五十の賊どもを討ち果たしたとか」
「若い、若すぎる。養子に欲しいわい」
「良い噂しか聞かんな。下級の兵士達や、下男侍女達に、特に好かれておるようだ」
ルークはずんずん歩いてきて、ホークとエルンストに跪き、一礼した
「立ってよし。思ったより早かったな。ゴッチ・バベルは、引き入れた上で会わせようと思ったのだが」
「任された物は、急いで片付けてまいりました。解ってはいましたが、ホーク殿は意地悪な方です」
ルークは、キラキラした面持ちで立ち上がる
「初めまして、ルーク・フランシスカです」
ルークは、敬礼した。軍人。予想していなかった訳ではないが、ゴッチの眉が釣り上がる
「ゴッチ・バベル。ロベルトマリン、隼団の、ゴッチ・バベル」
「知っております」
「あぁ、俺もお前のことは知ってるよ。名前だけはな」
エルンストが興味深そうに、ルークの事を見ている
「ホーク殿が自慢していた騎士か。ゴッチとどういう関係なのだ?」
「彼と私は、同志です。簡潔に言えば、それ以外はありません」
「何? そりゃイカン! いや、イカンと言う事も無いが、うーん、それではホーク殿にまた持ってかれてしまうではないか」
今まで黙っていたゴッチだが、流石にこれ以上は黙っていられない
ルーク・フランシスカ、恐らく軍人。それ以外に知っている事は無い
ゴッチは、大嫌いなことが幾つもあるが、その中に取り立てて大嫌いなのは、弱い奴と組む事と、無能が隼団に入ることだ。今まではファルコンの慧眼からそんな事は起こらなかったが、このルークと言うのは少し異質だ
納得できねぇようなら、協力して仕事するなんてできねぇ
「待て。お前、何だ? お前は俺を知ってるのに、俺はお前を知らないってのは、フェアじゃねぇよな」
果たしてルークは、ゴッチの言葉を予想していた。緊張した面持ちを、ほんの少し朱に染めながら、マントを手で押し上げ、腰元のエンブレムを見せつける
ゴッチは息を止めた。ルークの腰元、機能停止状態のコガラシの隣で、邪悪に微笑むスカルエンブレムが輝いている
髑髏戦闘班徽章。ロベルトマリンの人間なら、そのエンブレムを知らない筈が無い
RM国統合軍第十二特殊作戦隊。通称ギロチン軍団。ロベルトマリン二十五万軍の中で、最も練度が高く、冷徹で、頭のイカレタ対テロ軍団
統合軍では数年に一度、不定期に、地獄巡りと呼ばれる厳しい試験訓練が実施される。それに受かれば給金や年金等の待遇が格段によくなり、箔も付く。地獄巡り参加者と言うだけで、大抵の者は道を譲る。しかし、試験を熱望する数え切れない屈強な男達の中で、受験を許されるのは僅かに六千人。当然、選定基準は日頃の訓練成績だ。そして、合格者と来たらほんの四十人程度
狭き門、と言うレベルではない。想像を絶する。そしてギロチン軍団の実働隊員試験とは、その地獄巡りを合格して、初めて受けられるようになる
ギロチン軍団実働隊員は、百二名。二十五万軍の最精鋭六千人から、更に選りすぐられた百二名だ。その百二名に渡される徽章が、髑髏戦闘班徽章
ゴッチの手が、僅かに震える。懐で葉巻を掴もうとしたが、上手く行かなかった
それに、ラーラが居ない。火種も、他の荷物と一緒にラーラに持たせている
「ギロチン徽章」
「はい」
「テメエ……それが、どういう意味か解ってんのか……?」
この如何にも甘ったれた餓鬼がギロチン軍団の実働隊員?
有り得ない事だ。何よりファルコンが、その事を伝えない筈が無い
嘘だ。ギロチン軍団の騙りだ
テロ屋でなくとも、震え上がるエンブレム。何も知らなさそうな餓鬼が、悠々とそれを身に着けている
ゴッチから殺気が溢れ出した。異様な雰囲気に、天幕の中が静まり返る。誰もが、ゴッチと、ルークを見ている
「どんなバケモノでも、良いか? どんなバケモノでもだ。どんなバケモノでも裸足で逃げ出す、ロベルトマリンの悪魔、戦争屋六千人が」
凄まじい形相に、稲妻が走り始める。バチバチと音を立てながら、眩く光り始めた
「どんだけ望んでも、与えられない徽章。ロベルトマリン最強の百人の、最強の軍団の……」
強いと言う事は正義だ。ゴッチは、暴力を信仰している。ファルコンですら、それを見れば平静では居られない徽章
顔はとうの昔に朱に染まっていた。キレ掛けのゴッチを前にして、ルークは冷や汗を流しながらも、堂々とした態度を崩さない
誰一人、声を発さない。しかし、誰もが皆、思っている
如何な人物であるのか、どれ程の者達であるのか。六千の悪魔とは、最強の百人とは
話の大きさだけが伝わってきて、詳しい所が解らない
ゴッチの怒り様は、なんだ、ルークとは、如何な身の上の者か
「ゴッチ殿の事は、主君であるマクシミリアン・ブラックバレー様からよく言い含められております。彼を見て、よく学べと」
平然とした態度に、ゴッチが撃発した
「お前のようなのがギロチン軍団で、その上あの怪物の直属だとぉ~~……!!」
ルークは、矢張り失敗したな、と胸中で呟いていた
ギロチン徽章は、ルークの物ではない。マクシミリアンが箔付けになるだろうと、徽章だけ送ってきたのだ
これでゴッチ・バベルを驚かすなんて、まず無理だろうとルークは思っていたが、矢張り失敗した
やっちまったな、そんな感じである
が、ゴッチは、大きく息を吸い、バリバリと歯を食いしばり
体から、力を抜いた。眩い雷光も、静まっていく
「雷の……魔術師。……この激しい力……御せる物では……」
誰かが呻くようにいった
ゴッチの腕が震えている。気に入らないと言う気持ちは、消しようが無い。コイツに取れるなら、自分にだって取れそうだ。ファルコンなら、尚の事取るだろう
だが、怒りには任せない。ギロチン徽章はあるだけで威圧感を感じるが、だからルークがどう、と言う訳ではない筈だ
「面白いじゃねぇか、同志よ。統合軍最強の百人の一人、それも、あの怪物マクシミリアンの直属だ。期待させて貰おう」
余裕を含んだ笑いを見せると、ゴッチは忘れ去られていたレッドの首根っこを引っ掴んで、勝手に退出してしまった
誰も、止める間も無かった。ルークは正直、凹んだ。まさかこうまで怒るとは
「……えぇい、雰囲気が変わってしまった。あと少しだったのになぁ」
ホークが何処がだ、と言うような目でエルンストを見た
――
後書
なんかスゲーグダグダしてたので悪あがきしてみる。
失速感がスゲーんだけど、うぬぬ。
男でも、女でも、名誉欲ってあるもんだよな。
俺もスゲーある。
尚、諸事情により、炎の子2.5は正式に3扱いだぜ!