ダカダカダカダカダカダカダカダカ
ぶつぶつ呟きながら、キーボードを叩くテツコは、日を追うごとに妖怪じみていく
その美貌と豊かな肢体が光を失っていくのに対し、縦に割れた琥珀の瞳は輝きを増していくのだ。鬼気迫る、という言葉が、今のテツコには相応しい
口に銜えた黄緑色の細い棒がぷらぷら揺れる。超小型の、空気清浄機とでも言うべき機械で、コレを通して息を吸い込むと、抜群の眠気覚ましになる
エアフィルター3345すっきりレモン味であった。テツコはここ最近このフィルターを中毒寸前まで使用している
ダカダカダカダと打ち続け、偶に空間投影ウィンドウで資料を漁り、様々な物事を照らし合わせ、舌打ちし、かと思えばニヤリと笑い
そんな時、コガラシ二型から聞こえてきた何物かの噂話に、テツコは動きを止めた
『聞いたか、ミランダだよ。雷の魔術師が、すげぇ大暴れしたんだとよ』
口を半開きにしたまま、テツコは沈黙した。ずるずると右腕を這わせて、ごく近くに置いてあった機器のスイッチを操作し、コガラシ二型に待機命令を出す
そして四秒ほど硬直した後、顔面からキーボードに倒れこんだ。ズゴン。眼鏡が吹っ飛んで床に落ちる
虫の羽ばたきに似た音を立てて、ウィンドウが開いた
『ん? テツコか? ん、オイ!』
「ファルコン、……ゴッチ……ミランダ……」
『テツコ? おい、どうした、何かあったのか! テツコ、気を確かに持て!』
テツコは、寝ていた
――
ミランダで再会したレッドは、出会い頭にゴッチと肩を汲んで、挙句地面の穴に躓いて転倒すると言う寸劇を演じた
その後、巻き添えになったゴッチがレッドに襲いかかったことは、言うまでもない
「さぁ兄弟、コイツが、兄弟へのお礼さぁ!」
兎にも角にも
冒険者仲介所の一室で、ゴッチ達悪餓鬼三人組は、机に着いて顔を突き合わせていた。暫くぶりに会うレッドは全く変りない様子で、ゴッチは再会を喜ぶどころか辟易した程である
妙に上機嫌で、曰く“ゴッチへのお礼”であるらしい、藍色の長方形の皮袋を差し出してくるレッド。レッドには、レッドのペースがある。生半では崩れない物だ
やれやれと良いつつも、少し楽しげに皮袋を開いたゴッチは、驚きの声を上げた
藍色のそれは、美しい艶を放っている。鰐皮を使った高級品で、内部の湿度管理の心配が要らない工夫がされている。ゴッチには見覚えがある
中には、一本一本それぞれが、丁寧に美しく仕込まれた葉巻が入っていた。焦茶色の姿。黒いバンドに金色で、デフォルメされた鳥のエンブレムが描かれており、葉巻全体からは品の良い香りが放たれている。因みにロングフィラータイプ
使用されている三種類の葉は、過去ロベルトマリンで計画された環境更生プロジェクトの折、科学技術によって生み出された特殊な植物の葉だ
使用者の五感を鋭敏にする効果があり、とある兵士の射撃技能試験において著しく結果を向上させたと言う話も、ゴッチは聞いている。中毒性及び人体への害毒等、こういった物によくありそうな障害は、そもそも相当な量を相当な濃度で接種しなければ、ゴッチ達の世界の頑健な住人にはまるで効かない
ファルコンはこの葉巻が好きなのだが、生産数が非常に少ない希少品だった。そして言うまでもなく、高価だ
銘は「イーストファルコン・コロナ」。この十四㎝の高級品をファルコンが好む理由は、最早言うまでもないだろう
「十六本入りワンセットが、魔道ギタリストレッド、大出血を覚悟で! なんと、なんと、なんと、更に二ダースッ!! だぜ!」
「何ィ?!」
どこから取り出したのか、レッドはずしりと重みある布袋を、据え置きの机の上を放り出した
中を確認してみれば、藍色の鰐皮が詰め込まれている。レッドの言うとおり、きっちりと二ダース。葉巻でありながら、特殊な薬物としても認定されている代物だ。二ダースプラスワンセットならば、世の男共が大勝負に準備する、給料の三ヶ月分の結婚指輪を二つ用意してまだ余る
いや、そもそも金を積めば手に入ると言うものでもない。希少品だ。それを異世界で求めるとなったら、もうこれは絶対に不可能だろう
「俺ってば顔が広いからさぁ、ちょろちょろっとあっちの方に転移して、ちょろちょろっと話を付けたのさぁ。んふっふ、因みに、ゴッチの親父さんにも、ゴッチの名前で一ダース程プレゼントさせて貰っただぜ。上手く言い繕って欲しいだぜ。……どうよ、かゆい所に手が届くこの有能ぶり」
「チ、お前、中々……気が効いてるじゃねーか」
ゴッチはレッドの仕事の細かさに思わず顔を綻ばせる。思わず、ファルコンが特注のスーツを着込んで、隼団のソルジャーを引き連れながら、葉巻を銜え、紫煙を立ち上らせる姿を想像した
「(一等だ。俺のオヤジ以上にこの葉巻の似合う男がいるか?)」
半端なく格好良い。暗黒街のどんな組織のどんなボスにだって見劣りしない。対等以上の貫禄だ
命懸けの仕事の対価としては納得行くかどうか怪しい所だが、そもそもゴッチはファルコンの養子とはいえ、ただのソルジャーだ。端金が原因で起きる揉め事で、それこそ虫けらのように呆気無く死ぬ事だって、無いとは言い切れない
何より、レッドのこの気の使い方に、ゴッチは骨抜きにされてしまった
皮袋の中には、葉巻の他にもシガーパンチが差し込まれていた。コレもセットの内容の一つであるらしい。益々ファルコン好みだ
にやにやしているゴッチの手から、ゼドガンが葉巻を摘み上げる
「煙管のような物か?」
「チッチッチ、ゼドガーン、一緒にしちゃぁいけないだぜ。こいつは……えーと、そうだな……煙管の……二百倍くらい、かな? そんぐらいの価値があるだぜ」
「この一本でか。ほぉ……」
「で、兄弟、気に入ってくれたか」
葉巻を掌でくるりと一回転させ、皮袋の中にストンと落とす。ゴッチは満足気に笑っていた。気に入ったと言っているのに等しかった
ほ、とレッドは安堵の溜息を吐く。しかし間を置かず、真剣な顔になった
「兄弟、ゼドガン、ラグランまで案内するのに否はないだぜ。だが、頼みがある」
レッドが本題を切り出した。ゴッチも、ゼドガンも、レッドが何か抱えているのは気付いていた。出会い頭、常軌を逸して快活な男が、少し無理をしているような違和感を感じ取ったのだ
ゴッチは皮袋の内の一つを、スーツの懐に仕舞い込む。椅子に座ったまま足を組み、少し沈黙した
場を取り持つように、ゼドガンが好意的のような、否定的のような、あやふやな事を言う
「ロベリンド護国集の依頼は継続中だ。内容は、ゴッチを手伝うこと。ゴッチが否と言わないのであれば、どんな事でも構わないさ」
ゴッチが、ゼドガンが弄んでいた葉巻の一本を取り上げて、皮袋と同じ場所に差し込む
「話してみろよ、贈り物の使い方が上手いよなぁ、お前」
ぱっと花咲くように笑って、レッドは話し始めた
「ラグランまでの旅程に同行させたい奴が居るんだぜ」
「ほぉ? 訳ありっぽいな」
「あぁ……炎の魔術師さぁ」
「あ?」
「炎の魔術師……? 神殿に篭っている筈のアナリアの巫女が、何故我々と?」
ぴくりと眉を跳ね上げて、ゴッチは不信感を隠すことなく表現した。ゼドガンも訝しげであったが、こちらはゴッチとは意味がちがった
炎の魔術師と言えば、ゴッチにだって関わりが無い相手ではない
ファティメアと言う魔術師もどきが居た。ゴッチは名前を覚えていなかったが、記憶が確かならば最早死んでいる人物だ
「ファティ……なんとかとか言う奴だろ? おかしな話だな。そいつぁ、もう死んでるんじゃなかったか?」
「巫女が既に死んでいる……?」
「何で兄弟知ってんだぜ?」
「聞きたきゃ教えてやる」
ゴッチはアーリアで起こした大騒動の顛末を、面白おかしく語った。ゴッチにこういった酒飲み話をさせると天才的で、酔わせてくれる素敵な液体は無い物の、レッドとゼドガンは盛大に大笑していた
気持ちよく笑いながらレッドはパシンと机を叩く
「アーリアにはほんの僅かしか居なかったのに、氷の魔術師の奪還劇に加えて、そんな事までやってやがったのかぁ! こりゃ、カザンにも話を聞きに行かなきゃなぁ!」
「んだよ、あの阿呆の事知ってんのか?」
「阿呆って、そんな事言うの兄弟くらいなんだぜ。ほら、カザンって、どうしても人目を引くし、良い奴だろ? 気になってちょっかい掛けてたら、何時の間にか酒を酌み交わす中になってたんだぜ」
「へぇへぇ、人気者だ事で」
「カロンハザンと言えば、勇猛と評判で、良い噂しか聞いたことが無いが。ゴッチには何か含む所があるのか?
ゴッチは先程までの愉快そうな顔から一転、苦虫を噛み潰したような顔になる
「あの身の程知らず、俺に説教をしやがった。喧嘩の理由をどうのこうのと、『俺と来ないか』だの、力を正しく振るう場所がどうのこうのと」
「成程、お前が反発しそうな話だな」
「チ、話を戻すか」
レッドが軽く頷く。レッド自身は、ファティメアが死んだことは知っていても、何故死んだのかまでは知らなかったようだ
アナリア王国が情報統制を敷いている。別段おかしな事ではない
「魔術師の才は、遺伝しない。それが発生する条件は全く不明で、ある日突然、膨大な魔力を持った子が生まれ落ちる、だぜ」
「……そこまでは俺も知ってる。その、ファティメアとやらの一族がおかしかったってのも」
「過去の文献によれば、何時の時代も魔術師は合計二十人前後。そして同じ属性を持つものは、常に一人のみ」
「ん?」
「魔術には様々な属性があるんだぜ。ダージリンの氷、俺の歌、……まぁ俺のはどう表現すれば良いのか良く解んないんだけど。文献漁って見てもダメだったし。兎に角、魔術には二十前後の決まった属性がある。そして同じ属性を持つ魔術師は、二人と存在しないんだぜ。詰まり、俺の歌の魔術を持つのは俺だけで、俺が死なない限り歌の魔術師は他に現れない。逆を言えば、俺が死ねば新たな歌の魔術師が生まれるんだろうなぁ、って感じさぁ」
聞けば聞くほど可笑しな話ではある。魔術師の総数が決まっていて、変動しないと言う事だ
魔術師の才能を持って生まれる者が極端に少ないとか、そういう話ではない。人知を超えた目に見えぬ何かが、人に魔術と言うものを押し付けているかのようだ
「この世界の神か悪魔が、人に乗り移ってんじゃねーかなとか、そう思ったこともあるんだぜ」
そう、それだ。言い表すならばそれも適当な物の一例である
「まぁいい。続きを」
「どういう方法かは知らないが、カノート神殿は、魔術の力を継承し続けてきた。でも次第に力は弱まっていたんだぜ。何故なら、本当の資質を持っている者は他に居たんだからなぁ」
「それが、今回我々に同行させたい者だと?」
「……最初は、ふとした違和感だったんだぜ。魔術師っぽいのに、そんな力なくて。どうしても気になってさ、でも、時々訪ねてって話すぐらいだった。最近までは、本当に何もなかった。でも、炎の魔術師もどきであるファティメアが、子を成さず死んだ為に、そいつは炎の魔術師に覚醒したんだぜ」
レッドは余り嬉しくなさそうに言った。ゴッチが胡乱気に見ていると、レッドは小声で、聞いてもいないのに話し始める
いや、話さずには居られないのか
「……魔術師なんて、ならない方が良かったに決まってるんだぜ。変な力がなくても、立派な心を持った、立派な奴なのさ。魔術師としての力が奴に何を齎すのか、奴をどんな風に変えるのか、……奴が目覚めてから、考えない日はなかっただぜ」
「…………もう良い、そいつについては解った。だが、何故そいつはラグランに?」
「そればっかりは、捜し物があるとしか言えないなぁ。訳あり、で許して欲しいところだぜ」
ふむ、とゼドガンが顎を撫でさすった
「で、どんな厄介ごとに巻き込まれるんだ? レッドが俺とゴッチにわざわざ頼み込むんだ、何かあるのだろ?」
「はっは、鋭いだぜ! できれば、怒らないで聞いて欲しいなぁ」
レッドは頭を下げた。帽子を取り、机に額を押し当てながら真剣な口調で語る
項垂れているようにも見えた。話しながら喜怒哀楽がコロコロ変わる男だ。哀しみを偽装する事は余り無い
「顔を真赤にしたアナリア国軍に追い掛け回されたりするかもしんない、だぜ。でも頼む、この通り」
頭を下げられた二人は、顔を見合わせて沈黙した。しばし見つめ合い、不思議そうに首を傾げ合うと、何でもなかったかのように告げる
「別段大したことではないな」
「詰まり今までと変わらんってこったろう」
「え? そういう反応?」
「俺と、お前と、ゴッチと、加えて炎の魔術師。最前線たるペデンスから零れた弱兵が、いったい何千人居れば俺達を倒せる?」
「負けるかよぅ、何人居たって。俺は今気分が良い。“兄弟”の頼みを、聞いてやろうじゃねぇか」
バッと顔を上げたレッドは、ゴッチの台詞に感極まったか、机を乗り越えてゴッチの分厚い肉体に飛びついていった
そして、当然叩き落とされた
――
「正しきを知らぬのであれば、先達の導きによって正しきに至らなければならない。そして導かれる中で磨かれた己自身が、正しきの更に先へと辿り着くのだろう」
「…………」
「その、こういう奴なんだぜ。コイツの故郷に、古学者が一人居たんだが、その古学者に学ぶ内に、こんな硬っ苦しい感じに」
レッドの手配した宿で待っていたのは、白い髪に赤い瞳の女だった。まるで、ダージリンのようだとゴッチは感じた
「……魔術師として目覚める前は、黒髪黒目だったんだぜ。魔力は当たり前だったものを平気で奪う」
通常は黒いフード付きの直垂をまとい、身形を隠しているらしい。ゴッチの前でしなやかな白い髪を揺らし、頭を垂れる女は、恭しく続ける
ラーラ・テスカロンと名乗った。特別裕福であったり、特別な何かがある訳ではなかったが、古い歴史のある血族らしかった
「レッドから話は聞いている。魔術師の先達と、高名な冒険者。それとは別に、市井の噂も」
「……で、何だ? 俺達に何が言いたい?」
「戦う術を教えて欲しい。私の目的にはそれが必要だと感じている。以前、竜に襲われたことがあった。弱点は知っていたのに、私は自分の力に振り回されて、結局出来たのは辺りを火の海に変えることだけだった。竜自体は倒した。だが、勝利したと思うことは出来ない」
「あー……、頼むぜ兄弟、ゼドガン。組み手もどきの相手をしてくれるだけでも良いからさぁ」
唐突なラーラの申し出に、レッドまで加勢した。ゴッチは唸りながら、まじまじとラーラを見つめる
ダージリンに似ていた。魔術師と言う存在が、そもそもこういうモノなのかも知れない
年齢はラーラの方が上に見える。髪も、ダージリンの青みがかった白ではなく、赤みがかった白。微々たる違いだが、銀と言うよりは金だ
そして、気性。真っ直ぐこちらを見据えてくる瞳には、ダージリンの諦めたような暗い光は無い。言動からも、覇気が見て取れる
ポジティヴって事だ
「ゴチャゴチャと、芝居がかってんな。冗談じゃねぇんだな?」
「私は至極本気だと、信じてもらいたく思う」
「レッドよぅ、コイツ、素人って訳か? 殺しの経験は」
「…………まぁ、ほぼ素人かな」
「ふぅん」
凛々しくこちらを見つめるラーラは、眉ひとつ動かさない
レッドの反応を見るに、多少は人を殺した経験があるのだろう。悪い子だ。ゼドガンをみやる
「レッドには悪いが俺はしない。俺は以前から、弟子を取るのであればただ一人きりと決めている」
「へ? なんでまた?」
「一子相伝と言う奴だ。格好良いだろう?」
固めを閉じて悪戯っぽく言ったゼドガンに対し、ラーラは正直に残念だと告げた
しかし怯むことなく、次はゴッチに対して視線を向ける
「正しきって何だ? あ?」
鼻を鳴らしながら、ゴッチはラーラを睨めつけた
「私にとって何もかもは不確実だ。戦う術も、当然。数多を戦った貴方に師事すれば、間違いの無い答えに行き着けると思った」
「ふぅん……まぁ、良いだろう。お前がそう思うんならそうなんだろ、お前の中では」
「受け入れてくれるか?」
レッドがそっと耳打ちしてくる
「なぁ兄弟、兄弟も、いずれは親父さんの後を継ぐんだぜ? その事を考えたら、女の子一人面倒見るぐらい、どうって事ないさぁ」
弟分の面倒を見るようなモンだ。とレッドが締め括る
レッドも知っていて言った訳ではないが、ゴッチには以前弟分が居た。ファルコンの図らいでゴッチが面倒見ていた、酒好き女好きのチンピラだった。だらしの無い奴だったが、兄貴兄貴と懐いて来て、それなりに可愛げのある弟分であった
エアカーに跳ねられて死んだのだが、最後の瞬間まで兄貴とうわ言で呼んでいた。喧嘩の仕方を教えた初めての弟子である
「ふぅん。…………ふぅん。俺みてぇな喧嘩を、するようになるかよ」
「それが私にとって相応で、可能ならば」
ゴッチは懐から先程手にいれたばかりの葉巻を取り出し、頭部にシガーパンチを減り込ませる。非常に手早く淀みない動作だ
それを口に加えて、短く言った
「火」
「?」
「ラーラっつったな。これは葉巻ってもんだ。煙管ってのがここにもあるみてぇだな? それと同じようなもんだ。お前の炎の魔術で、コイツの先端に火を着けろ。俺の荷物持ち、使い走り、後はライター……付け火代わり、それが道中のお前の仕事だ」
些か緊張した面持ちで、ラーラは近づいてくる。ゴッチの肩に手を添えて僅かな体制の安定を得ると、葉巻の先端に人差し指を向けた
額に汗が浮いている。緊張しているのが伺える
「その程度もできねぇか?」
「……貴方を焼き尽くしてしまう……」
「やれ。俺に逆らうんじゃねぇ」
レッドが思わず腰を浮かす。ゼドガンも、魔力が動くただならぬ気配に座ったまま身構えた
ラーラの指先に光が集まって行く。あ、とラーラが吐息を漏らした
レッドが叫ぶ
「上に逃がすんだぜ!」
瞬間、ゴッチはほんの少しだけ顔を後ろに下げた。ラーラの指先から火炎が吹き上がり、ゴッチの鼻面をかすめ、天井にぶつかる
凄まじい火力。炎が発生したのは一秒にも満たない時間だったが、火線の直撃を受けた天井は燃え始めていた。レッドが「ホワッチャァァー!」と奇声を上げながら、クリムゾンジャケットをバタバタと振り回して消火活動に当たる
ゴッチは何事も無かったかのように口内に煙を吸込み、ゆったりと吐き出した。些か乱暴だったが、葉巻には火が灯っていた
「あ……」
「良いかラーラ。俺はお前の望むモンなんぞ恐らく持ってねぇが、それでもお前が言う“間違いの無い答え”とやらがあると思い込みたいなら、暫くは俺のことをボスと呼べ。そして敬語だ。付け加えて、俺の邪魔をするな。足を引っ張るな。お前の仕事はさっき話したな? 以上がついてくる条件だ」
「し、従う。……そうか、貴方は私と同じなんだな。恐れる訳が無いか」
ラーラが、自分の掌とゴッチの顔を見つめて、ぼんやり確かめるように呟いた
確かに、ゴッチは雷の魔術師と言うことになっている。ラーラが自分の同類だと感じるのは当然だ
ダージリンも同じようなことを言っていたな、とゴッチは思い出した。魔術師と言うのは、どこまでも似る物なのだろうか
口を意地悪い笑の形にへし曲げて、ゴッチは高圧的に言った。弱いものに対しては、どこまでも居丈高になれる男であった
「敬語だ」
「……はい、失礼しました。以後気をつけます」
「成程、炎の魔術師」
消火活動を終えたレッドが、ひぃひぃ言いながら恨めしげな顔をしている。即座に行動に出た為に、僅かな被害しかでなかったようだった
「何綺麗に纏めちゃってんのォ?! 俺の頑張りはどーなるんだぜ!」
――
夜、篝火の隣に一人
葉巻を銜えながら、ゴッチは天を仰ぎ見て、にやりと笑った
何時ものように、威嚇や嫌悪感を与えるための笑みではない。意識して、多少品が出るような笑い方をしている
「(さっきの俺、ちょっとファルコンっぽかったろ)」
何れファルコンの跡を継ぐと言う言葉は、レッドが思うより遥かに、ゴッチに影響を与えていた
しかし、気分よさそうなゴッチのニヤニヤ笑いもそこまでである
ゴッチの目の前の、何も無い空間が、少し揺れた。咄嗟に身構えるゴッチの目の前に、裸電球に羽が付いたような物体が姿を表す
詳しく言い表すまでも無い。コガラシである。そしてコガラシを動かしているのは、主にテツコ・シロイシ。鋼鉄の女だ
ゴッチから血の気が引いた
『漸く見つけた』
「あ、お、よう」
『久しぶりだね、ゴッチ。本当に久しぶりだ』
「あ、あぁ、久しぶりだな。元気だったか?」
『あぁ、頗る快調だ。何せ、重大な懸念事項が今晴れたのだから。穏やかな気持だよ、ゴッチ』
「そうか……、それは良かった。お前が元気だと、俺も嬉しいよ」
『ふふふ、うれしいな、そんなふうに言ってくれるなんて。うれしい』
コガラシが、激しく明滅する
『そんな訳ある物か!』
「やっぱりぃ?」
『その葉巻は? どうやって手にいれたんだ?』
「口が軽い奴は、俺らの世界じゃ生きていけねぇんだぜ」
『ゴッチ!』
「悪いと思ってる! 本当だ! 確かに無茶した!」
『ゴッチ! そんな意識があって何故!』
「だが同時に結果は出したぜ! 明日、明後日には、ラグランに向かって出発する。極めて精度の高い情報だと俺ぁ思ってる! 捜索は進展する、不都合があるか?」
『他の者ならいざ知らず、私に対して開き直るのか? ゴッチは多少なりとも、私の事を信頼してくれていると思っていた!』
「してる、間違いじゃねぇさ、本当だ。だが事情がある!」
『……済まない、落ち着こう、冷静になろう、お互いに……。私は……正直、ゴッチがダージリンを救ったのは、嬉しい事だと思っている。貴重な現地協力者だし、私自身彼女のことは好ましいと思っているよ……』
「……宿を取ってる。そっちで話さねぇか」
『周囲に生体反応は無いよ。こちらの方が、安心できる』
「…………テツコが、さっき言ってた事が本当なら、もう良いじゃねぇか。事情があったし、テツコのサポートも無かった。仕方ない状況って奴だったんだよ」
『……五百を超えるアナリア国軍と、大立ち回りを演じるのがかい?』
「それにはすげぇ誇張が入ってる。実際には、五、六人ばかり叩きのめしただけだ。ちょろっと強襲して、ダージリンを抱えて逃げたのよ」
『……私は実地検分もしたんだよ』
「え?」
『君が暴れた広場は放置されたままだったし、君に打ち倒された百人を超える兵士たちには、特別な慰労が取り計らわれたと言う情報も入手している。私に、嘘をついたな……、ゴッチ、私に! アレが、君の言うような可愛らしい事件の跡か?!』
「つ……! あー、そうだ。テツコの言う通りさ。謝ろうじゃねぇか。囲まれて襲いかかられて、仕方なかった訳だ! ダージリン守りながらじゃな!」
『アーリアから脱出した後、独自に動き回っていたろう?! 私がどれ程探したか! 軽率な行動は謹んでくれと言ったのに!』
「ダージリンと一緒に、遺跡に迷い込んだろ? そのせいで、厄介なのに目を付けられて、それの処理をしてたんだよ! 詳しい話をさせてくれよ、そうすりゃ納得する筈だ!」
『知ったふうな事を!』
「テツコ! 信頼してる、マジだ。ならお前は、どうだ? 俺のことどう思ってる? 俺はガキか! 聞くだけ聞けよ!」
『バカ! 都合よく話を捏造する者に、二度目なんてあるもんか! 私がどんな思いで、どんな苦労をしたか、クソ! みんなクソッタレだ!』
「テツコ、なんか口調変わってんぞ……」
鋼鉄の女であるテツコに凄んだところで意にも介さないし、致し方ない部分があるとは言え、非はゴッチにある。道理が無ければ話が通らないのは、ゴッチ達の世界でも当たり前のことだ。それでも通そうとすれば、無理矢理ずくしかない
――無理矢理など、出来る訳が無かった。テツコはゴッチのサポート役だ。そうでなくても、コガラシ越しに何が出来ると言うのか
実はテツコの後ろで、ファルコンが一部始終を見守っていた
見苦しい状況ではあったが、ぶつかり合った方が仲も深まるかも知れない。とファルコンは思っていた
決して宥めるのが面倒だったわけではない。決して
本当なら直々にゴッチを叱責しなければならないか、ともファルコンは思っていた
しかし葉巻を加えて煙を吹くファルコンに、そんな心算は欠片も無くなっていた
加えている葉巻の銘柄は「イーストファルコン・コロナ」。黒いバンドに、金色の鳥のエンブレムが輝いている
――
後書
意味不明な程難産だった……。出来に疑問が残る人も居るかもしんない。ついでに誤字も
話は変わるけど
「べ、別にアンタのことなんて信用してないんだからね!」
とか主人公に言ってるキャラクター見たら
「べ、別にアンタに信用して欲しいなんて一言も言ってないんだからね!」
と言いたくならないかしらん
特にネットss見てると、そうやって言い返して良い展開及び境遇の物が大半のような気がするなぁ
様式美か何かかしら