「アシラッド、おい、何をしている」
「聞こえていますよ、五月蝿いですね」
「ふん、囲まれても同じことが言えるのか?」
ジャウが肩を竦めた時、家屋の中から首が転がってきた。アシラッドが斬り捨てた男の首である
切り口が足甲に触れて、血が着いた。ルークは眉を顰めて一歩引いた
「持ち帰れば、はした金になる首らしいですが、置いていきましょうか」
ルークは一同に手招きして、走り出した。敵の位置は、ある程度テツコが教えてくれる
大勢は広きを好み、小勢は狭きを好むと言うが、さて、どうするか。少なくとも一所に留まるのは拙かった
『前方、囲みの薄いところ。四人だ。倒せるか?』
「恐らくは」
『見張りの松明を回収するのはどうか? 火をつけて混乱を狙うのは?』
「燃え広がるまで時間が掛かりすぎます」
ルークは大きく息を吸い込んで、抜剣した。薄暗闇の向こうに人影が揺れる。ルークは叫んだ
「敵だぞ! 殺されるぞ!」
踏み込みの最中に相手の顔が見えた。出会い頭に怒鳴りつけられた声に、動揺している
正に敵である風体のルークに、「敵だぞ」と堂々と言われて、僅かに混乱したか。暗闇で、ルークの姿を確認しづらかったのも悪かった
振り下ろした剣が、頭蓋を割る。肉片だか骨片だかを撒き散らしながら鼻の部分までを断ち割った後、ルークはゆらゆらする身体を手早く引きずり倒した
悲鳴を上げて、薪を割る為の鉈を振り上げる男に狙いを定める。碌な装備が無いというのは、全く事実らしい
振り上げられた鉈が落ちてくる前に、がら空きの胴に身体ごと剣を捻じ込む。月並みだが、蝿が止まる早さであった。ルークを殺せる筈も無い
次、次を殺す。次々と殺す。ルークの目がギラギラ輝いて、次を狙う
先程の男の鉈とは違って、次はまともな直剣が相手であった。しかし、使い手が拙い。二人殺したルークを前にして、未だに抜剣していなかった
震える右手で柄を握り締め、引き抜こうとした時はもう遅い。ルークの手は、抜剣しようとする男の右手首を握り締め、がちりと押さえ込んでいた。首筋に刃を沿え、静かに引く。盛大に噴出する血液
「へぇ、流石」
自分が手を出す間もなく、接敵と同時に三人を葬った手腕に、アシラッドが感心したように言う
敵を確認したと思えばこれだ。流石のアシラッドも、驚いたようであった
「ひいぃぃ!」
最後、震える手でくたびれた槍を構える男に、ルークは早足に、しかし無造作に近寄っていく
傷だらけの鎧を見る限りでは、兵士崩れであるらしい。ルークはザクザクと音を立てて歩きながら、みっともなく涙を流す男の目を見つめる
男の目が、ぐる、と動いた。槍が突き出される。しかしルークの何気ない一振りが、槍を跳ね上げる
マントを翻らせて剣を斜めに振り下ろした。首筋に刃が減り込んだと思えば、そのまま何の抵抗も無く首を跳ね飛ばしていた。一拍おいて、思い出したかのように男の身体が倒れたのが、印象的だった
人間の肉体を完全に断ち切るのは、至難だ。普通ならば。それを悠々こなすからこそ、アシラッドも一目置く
「剣も腕も、良い仕事してますね。ルーク君なら50人ぐらい、軽くいけたんじゃないですか?」
「一人ずつ、正面からお行儀よく向かってきてくれたら、そうかも知れませんね」
ルークは素気なく言い捨てて、再び走り出した。もう少し進めば、広い道に出るはずだ
「(博士、敵の位置は)」
『分散し始めた、しかも纏まりが無い。矢張り、混乱しているみたいだ。指し当っては、後ろを追ってきているのが多数』
道が開けたのを見て、ルークは少しばかり乱れた呼吸を正しながら、後ろを振り返った
ジャウ達が追いついて、深呼吸する。アシラッドが後ろを首だけで振り返りながら、黒い髪を掻き上げる
通路の出口を押さえ込む。挟まれたらその時はその時だ
「追ってきてますね」
「ここで迎え撃ちます。狭い通路なら、数はあまり関係ありませんから」
「常道だな」
テツコが鋭く声を上げた。ルークは思わず身を翻した。その時、と言うのは、意外に早くやってきた
『ん? どうやら、察しの良い奴が敵に居るみたいだ。回り込んで反対からも着てるぞ、広い道の北だ』
「逆側からも来ている!」
『数は十二。でも、続々と来ている。ルーク、君ならやれる』
「ジャウ、三人がかりで通路を塞げ! アシラッド殿、やれますね!」
ジャウ達三人が、ニヤリとした
「任せておけ、ルーク殿」
アシラッドが背負っていた盾を放り出し、肩を回す
血に濡れた二本の剣が妖しく輝く。一振りすれば風が鳴いた
「やれない訳がないでしょう。私を誰だと思ってるんです」
――
「さぁ容赦せんぞ、皆殺しだ!」
ジャウの大喝は、敵を怯えさせ、味方を勇気付けるのに、十分な迫力を持っていた
長年の付き合いらしく、ジャウ、キューリィ、ジョノの連携は完璧だ。歴戦と言うだけあって無理をしないのもあり、相当な下手を打ちでもしなければ、賊相手では遅れの取りようが無い
その背後を、ルークとアシラッドが守る。囲まれていたが、前提条件として数が違いすぎるのだから、こればかりは仕方が無かった。このまま付け入る隙を与えずに、敵に出血を強いるしかないのだ
「(ステルスモードでの敵攪乱を)」
『解った。スタンスティックを使用して敵の後ろを削る』
小さな光を起こした後、消し去ったコガラシが、不自然な風を起こした。マントを揺らすそれにルークは身じろぎし、それを攻撃の予備動作と勘違いした男が居た
剣を振り上げ、決死の形相
雄叫びを上げて飛び込んできた男をルークが一太刀で切り捨てれば、後続はたたらを踏んだ。全く次元の違う強さを、僅かに感じ取ったようだった
「ほら、掛かってらっしゃい、一斉に。もしかしたら、万分の一ぐらいの確立で、私達に掠り傷一つくらい付けられるかも知れませんよ」
アシラッドがゆらゆらと双剣をゆらめかせる。挑発に乗って、また一人、飛び込んできた
アシラッドが動くよりも早く、ルークが迎え撃つ。筋骨隆々とした男が、鈍器で殴りつけるかのように、剣を振り下ろす
ルークは敢えて、右手のみで剣を持ち、それを受け止めた。涼しい顔をしていた
男はルークよりも頭二つ分背が高い。体格差を生かして、上から覆いかぶさるようにルークを押し切ろうとする
しかし、基礎体力が違った。ルークは涼しい表情を崩さず、男の剣を押し返し始める
額に血管を浮き上がらせながら呻く男は、ルークが右手一本で突き出す剣を圧し留めきれない。ルークの剣は次第に男を仰け反らせ、結局、ルークが押し付けるようにする剣を、男が必死に受け止めるような状況になった
立っていられず、膝を着く男。ルークは構わず上から剣で押さえ込む。じりじりと男の防御を押し潰していくルークの剣は、とうとう男の首筋にまで迫った
「やめ、止めろ! 止めてくれ! 頼む! 何でもしてやる! 俺に出来ることなら何でも!」
「なら、死んでもらいたい」
少しだけ、刃が首筋に埋まった。ぷつ、と皮が裂ける音がして、血が溢れ出す。周囲が、この異様な雰囲気に呑まれている
男は失禁している
「止めえぇぇ!! …………ッ」
刃がさらに少し進み、出血が激増したところで、男の身体から急に力が抜けていった
剣を持っていた両手がだらりと落ち、目の光が消える。ルークは一気に剣を引いた。毎度の如く血が噴出し、低い音を立てて首が落ちる
丁寧に斬った為か、血が溢れるまでに骨の断面を窺うことが出来た。それは暗闇の中でも、とても滑らかなように、ルークには見えた
死体を乱暴に蹴り倒して、血塗れのルークは周囲を睨み据える
「情けは掛けないぞ」
「ほらほら、一人ずつ丁寧に斬って回っても良いんですよ、私達は。闇から出でてバッサリと行きますよ」」
たった二人に、場を丸呑みにされた賊達が、絶叫しながら飛び掛ってくる
――
ルークは、思い出していた。人を一人殺すのは、全く容易であり、同時に至極困難である、と、マクシミリアンは言っていた
純粋人類と、大半の亜人は、何か先が尖った物が一つあれば、拍子抜けするほどあっさり死ぬ
同時に、純粋人類と、大半の亜人が、たった一人であろうとも全身全霊を掛けて戦おうとするのなら、これを倒すのは本当に至難の業だった
それを思えば、今し方、ルークが右肩口をばっさりと割った賊の、なんと他愛無い事か。腹部を貫いた賊の、なんと他愛ない事か
恐怖を押し殺して戦うのではない。恐怖に呑まれて逃避しているのだ
「剣を持って、絶叫と共に打ちかかってきていても、こいつ等は戦っているのじゃあない」
背中合わせに荒々しく剣を振るうアシラッドが、ニヤリと笑った
「掛かって、来なさい! 掛かって来ないか! 見事受けてみよ、剛剣アシラッドだぁぁぁぁーッ!!」
アシラッドに、左右から同時に賊が撃ちかかる。ルークは横目でそれを見送った。手助けが必要とは思えなかった
夜戦。だが、夜戦とは思えぬ程の冴え。ルークは特別夜目が利く方だが、アシラッドの迷いの無い動きもそれに劣らない
或いは、賊の数人が持つ小さな灯火だけで十分なのか。異常な月明かりだけでもスイスイと動いていたから、どうなのかよく解らなかった
アシラッドは踊るように両腕を天高く振り上げる。二つの妖しい輝きが、同時に撃ちかかってきた賊の剣を同時に叩き折り、破片を撒き散らした
「あぁーっはっはっはっは!」
振り上げた剣を、今度は振り下ろす。右手のそれは賊の頭蓋を割り、左手のそれは賊の左肩を割った。悲鳴を上げながら後ろに倒れこもうとした、生き残っている方が、凄まじい形相で今また一人を斬り倒したルークの背中にぶつかる
ぎょろん、と、振り向いたルークが冷たい目で賊を睨んだ。賊がカチカチと歯を鳴らし、冷や汗を垂れ流す。あ、と口を開いたその時にはもう、首を落とされていた
「(ヨーンで、兵士達の作戦を支援したときもそうだ。信じられない有様、汚らわしさ。銃で撃つのとはまるで違う結果。古代の戦闘とはこういうもの)」
背後で血飛沫が上がるのを全く気にせず、次の獲物に飛び掛るルーク。或いは荒々しく、或いは無造作に、ルークとアシラッドは血の池の面積を増やし、肉塊の量を増やしていく
「(こういうもの!)」
銃で撃ったとて、人の死に様と言うのは非常に醜い。しかしこの惨状は、まるで比べ物にならない。暗闇の中、賊の破れた腹から零れ出た臓物の臭いは、言うまでも無いが酷い物だった
マクシミリアンがさせたかった事とは、こういうことなのだろうかと、ルークはふと思った。殺せば、殺すほどに、相手がどうでもよくなってゆく
ハッとなって、ルークは血に濡れた篭手で眉間を揉み解した。米神には血管が浮き上がっている
べっとりと血を撫で付けたルークは、深呼吸した。ヨーンでも同じ事をしたな、とルークは思い出し、成長の無さに溜息を吐いた
「(殺しすぎれば面付に出る。命の価値を忘れてしまえば、卑しくなる)」
周囲の状況を捨て置いて、深呼吸を続ける。恐怖に青ざめながら周囲を囲む賊たちは、全く踏み込めないでいる
「(僕も流石に、取り繕えなくなってきたか? ……いや、僕はルークだ。好きで殺しはしない)」
表情から禍々しい物が消え去ったルークは、凛々しかった。黄金の髪の騎士は、凛々しかったのだ。若々しく、理性があった
頬に血化粧をしたアシラッドがギラギラした目で顔を寄せる。ルークは横目でそれを見て、直ぐに剣を構えなおした
「良い顔してます。よき戦士になりました。もっと素晴らしくなるでしょう、君は」
口の端に、柔らかい何かがぶつかる感触。視線を巡らせると、アシラッドは既に離れ、声を張り上げながら次の敵に飛び掛っている
口付けされたのだと気付いて、アシラッドは狂人であると、ルークはハッキリ確認した。高揚の仕方が度を越していた
殺しに酔っている
「アぁーーーッハッハッハッハッ!!!」
高笑いを背中で聞きながら、ま、良いか、とルークは結論した
アシラッド程度の気違いなら、ロベルトマリンには幾らでも居たからだ
――
溜め、突け、この二つの言葉で、ジャウ達は戦う
溜め、で槍を構え、突け、で言葉通り突く。三人の連携こそが勝利の鍵と知っており、一人では戦えないのだと、三人ともが理解していた
「前、前だ! それ、邪魔だ!」
ジャウが怒鳴り声を上げながら、賊の死体を蹴り転がす。少しずつ増えていく死体に、足場が悪くなっていく
胸の傷が熱を持って際どい状況であった。汗を噴出しながら戦う三人の中で、ジャウの顔色が最も悪い
しかし引き下がらない。立場的にも、事実的にも引き下がれない状況下にある。引くなどと言うのは、諦念のままに死ぬだけの、枯れ果てた唾棄すべき行動だった
追い詰められて弱い奴、逆に、追い詰められて強い奴、ジャウ達は、後者であった。傷を負いながら、着実に殺害していくうちに、賊達は腰が引けてくる
誰だって、他人に殺され、踏みつけになどされたくない。他人を踏みつけにして来た賊達も、それは変わらないようだった。さながら土と泥に汚れた獣の群れのように、ジャウ達には見えた
賊達も、己の末路ぐらいは理解できるようであった。ガチガチと歯を鳴らす者が何人も居た。一人、松明を持った者が恐れず進み出てきて、唾を吐く。火に照らされて、顔の影がゆらゆら揺れている
「カウスの騎士だな、クソッタレどもめ。手前らなんざ、死んでも認めねぇ。俺らがこうなったのは元々手前らのせいだろうが。好き勝手しやがって」
ジャウは笑った。今、アナリアがどうなっているのかなど、言われなくても知っている。この強盗集団がどういう経緯で発生したのかも大体は予想がつく
「おい、ジョノ」
肩を竦めたジョノが、次の瞬間進み出てきた賊に打ち掛かっていた。振り下ろされた槍が賊の剣を一撃で圧し折り、そのまま殴り倒す
倒れこんだ賊を、キューリィが突いた。キューリィは苦笑いしていた
「夢に出てくるぐらいなら、しても良いぞ」
堪らず、賊達は逃げ出す。一人が金切り声を上げながら走り出したのを皮切りに、次々と続いた。当然ジャウ達が、黙って見ている筈もない
鎧を着込んでいて尚、ジャウ達の方が、足が速かった。正に鍛え方が違うという奴で、賊達は一人ずつ、着実に死んでいく
完璧な勝ち方であることを、ジャウは確信した。たった五人で、その十倍にも及ぶ数を撃破したのだ。全く有り得ない戦果だ
最後の一人を押し倒し、馬乗りになった所で、ジャウはふと空を見上げた。陽が昇りかけている。どうりで先程から、明るい訳だ。ジャウは剣を抜いた
両手を翳して顔面を守ろうと、賊の最後の一人は無駄な抵抗をしていた。ジャウはその表情を一瞥すらせず、藍色の空を見上げたまま剣を突き降ろす
ジャウの剣は賊の両手を貫いて、その頭蓋を粉砕し、地面に減り込んだ。空を見上げたままのジャウは、ふん、と鼻で笑って立ち上がると、後ろを振り返った
一同を従えて、血に塗れたルークが居た。動揺に、血塗れの長剣を目の粗い布で拭い、布はそのまま放棄する。剣を鞘に収めたルークは、凛とした表情で言った
「勝った」
おぉ、とジョノが頷く。ふと、ジャウの足から力が抜けた。それは、キューリィやジョノも同じだった。アシラッドですら、壁に寄りかかっている
荒い息を吐きながら膝を着く。胸の痛みは限界に来ていた。夜が明けるまで戦い続けたのだ。寧ろ当然か、と苦笑が零れた
何人逃がしてしまったかな、とルークは首を傾げた。大半は討ち取ったから、余り咎められることも無いだろうが
ルークは座り込んだジャウの隣に立つと、遥か彼方を見遣る。サリアド公子オランの軍旗が見える。作戦の完遂を見届けて貰わなければならない
もう少し、見栄を張らなければならないのだ。ルークに問題はなかったが、他の者達が座り込んだままと言うのは、格好がつかない
「立つんだ。公子にだらしない姿を見せて、笑われたくはないだろ? ……立て、ほら、立て! 我々は勝った! 勝った奴には勝った奴の取るべき態度がある!」
ジャウが剣を杖に立ち上がった。寝転がっていたジョノを、キューリィが蹴り飛ばして立たせる。一人余裕のアシラッドが、それをからかっていた
「我々全員生き残った! 完璧だ! 私は、君達とこうなれて誇らしい!」
全員が剣を天に突き上げる。勝鬨が上がった
――
カウスの城の中庭で鳥を眺めながら、ルークはぼんやりとしていた。カウスの城は何時でも騒がしく騎士や兵士達が行き来している。呆けて座っているルークは、異質だった
中庭のルークを見つけた侍女や、下男達が、にこやかに会釈をしていく。人当たりの良いルークは、マクシミリアンの館でメイド達に混じって雑用をしていた経験を生かしたのもあって、彼らの信頼を得るのに成功していた。気さくに声を掛け、労わりの言葉を掛けるだけで全然違うものだ
カウス城の中庭は普段それほど手入れされている訳でもないため、特筆する程美しくもない
しかし、今のルークには少し緑があるだけでもよかった。地面から突き出した、猫の爪のような可愛らしい緑は、何とも滑らかな肌触りをしていた
ぼーっと、している。血塗れの鎧とマントは整備中だ。もしかしたらマントは血の色が落ちないかも知れない。ルークは少し憂鬱になった
後ろから、無遠慮な足音がする。草を蹴り払って近付いてくるそれに、ルークは振り向いた
緑の芝が、出血している幻想をルークは見た。後ろに居たのはアシラッドで、相変わらず完全武装の彼女が一歩芝を踏む度に、そこから血が滲み出す気がした
見る目が変わってしまったのである。剛剣アシラッドは、血を好む狂人だ。ホークに会うため、流石に身を清め、ある程度身形を整えていたが、カウスに帰還する道程ではまるで返り血を気にしていなかった
血と傷を忌諱せず、寧ろ戦場の勲章として好んでいるようにすら感じられる。確かに、戦いの象徴ではあった。それを纏ったアシラッドの存在感は、強烈だった
「アシラッド殿。ジャウ達はもう?」
「さぁ? まだ続いてるんじゃぁないでしょうかね。どの道、そんなに長くはならないでしょう」
全く興味がなさそうに、くぐもった声は言う。ジャウ達は、ホーク直々に処遇を言い渡されている筈だった
彼等は任務を遣り遂げた。何も心配する事は無い。しかし、それを差し引いてもドライだ
「聞きたいことがあるんでしたねぇ」
唐突にアシラッドが切り出した。ルークは一拍置いて、頷く
忘れていたのだ。すっかり
「えぇ、そうです。何の因果か、妙に遠回りしてしまいましたが、元はといえば」
「何がぁ聞きたいんです? 流れ者には、噂話一つも大切な飯の種ですが、ルーク君にならばぁ何でも教えてあげましょう」
「メイア・スリーと言う女性の事です」
「メイア……スリー?」
「行方を探しています。緑色の髪の、侍女の格好をした可愛らしい方ですよ。首筋に、傷のような刺青のような……一本線が入っています。かなり目立つと思うのですが」
アシラッドはひらひらと手を振って肩を竦める。何時もの人を食ったような態度の中に、違和感は無い
「…………さぁ、知りませんね、メイアスリーなんて侍女は。そもそもぉ、何で私が、そのメイアスリーという侍女の行方を知っていると?」
「詳しい話は……その、出来ないのですが」
「それはまた不愉快な事ですねぇ。たった一夜とは言え、背中を預けあった中ですよ、私達」
何とも気恥ずかしい言い方に、ルークの顔に少し朱が差す。ルークに反論は出来ない。隠し事をしながら教えろ、と言うのは、ルークだって矢張り気分が悪い
ここ数日行動を共にして、ルークはアシラッドが気分屋なのだという事を、よく理解していた。気分屋の気分を悪くしたら、何を頼んだところで通らない
「でもまぁ、良いですよ、教えましょう」
「え?」
「メイアスリーなんて侍女の事は知りませんがぁ、メアリーと言う侍女の事なら知っています。緑の髪なんて生まれて初めて見たから、よぉく覚えているんですよ。ルーク君の言う刺青もありました」
「何だって」
ルークは慌て立ち上がった。鷲面の兜、細長い覗き穴の奥、とぼけた目でアシラッドは笑っている
来た、とうとう来た。ルークの心は震えている。アシラと言う何のことかも解らない単語が、メイア・スリーに繋がった感触
目標に繋がる鍵、成功の気配
「ですが、条件があります」
「う」
ルークは呻いた。考えられる事態だった。レセンブラだか何だか知らないが、アシラッドと言う剣士は、気に入らなければ絶対に従わない
強硬に情報提供を求めるのは無理だ。予想は出来ていた
「私を使って貰いましょう」
「……どういうことです?」
「私を養ってくださいとぉ、言ってるんです。剛剣アシラッド、一介の客分が持つ私兵としては、破格でしょう?」
ホーク殿から少しくらいは給金が出てるでしょう、私は欲張らないから、大丈夫。とアシラッドは締め括った
ルークは意図して感情を隠さず、訝しげな表情を見せた。アシラッドは、自分は斜に構えてみせる癖に、素直な相手が好きなのだ
「何を疑うんです。これは自慢ですが、剛剣アシラッドと言えばぁ、あらゆる騎士団から是非にと招かれる程の名ですよ。事実、ホーク殿にも誘われました。あの御仁もかなりの人物でしたが、それを蹴っているんですから、私の面子も考えて欲しいですねぇ」
「それは……言い換えれば、ホーク殿の面子を潰しているのでは……。うぅ……あぁ、もう、解りました、解りました。しかし、私に雇われても、戦功を上げる機会があるとは限りませんからね」
「流石、決断してくれる子ですね」
メイア・スリーの情報は何に引き換えても欲しい。ルークの任務の根本であるし、ゴッチに先んじてそれを手に入れれば、ファルコンの鼻を明かせるとルークは思っている
だから、正直な事を言えば、ルークは余計なしがらみを増やしたくは無かったが、アシラッドを受け入れたのだ。その思惑は別として
誰にも縛られない、風のような水のような女性に、何れ慣れる時が来るのであろうか。それがルークは心配である
「それでは教えましょう。私が緑の髪の侍女、メアリーを見たのは、カウスからずっと西のペデンスの街です。もう結構前の事ですよぉ、彼女はとある高貴なお方の侍女をやっていました。何やら、身一つでポンと放り出されたような身の上らしく、半ば保護されていると言った感じでしたがね」
緑の髪、侍女、身寄り無く身一つで放り出されたような風情
ますます来ている。これはほぼ間違いないか。ルークは息を詰まらせる
手掛かりが見つかったのは良い。殆ど期待していなかったアシラッドからこうまで明確な話が聞けたのだから、僥倖である。文句なしだ
しかし、しかし、ペデンスとは、ルークの記憶が確かならば
「最前線、エルンスト軍が遮二無二攻め続ける激戦地……」
「ふふふふ……私を使って欲しいと言うのはぁ、それだからです。そろそろ戦場に出ようと思っていましたが、間抜けの下に着くのは御免ですからねぇ。どうやら只事ではない様子、ペデンスまで探しに行くのでしょ?」
「……私がホーク殿の元から出奔して、身一つで探しに行く可能性を考えなかったんですか?」
「信じてますよぉ、そんな下策を選ぶ子ではないと」
ルーク君なら安心ですよ。クスクスと笑うアシラッドに背を向けて、ルークは歩き始めた
「詳しい話を、また後で聞かせてください。取り敢えずペデンスに行ける様、ホーク殿に陳情しなければ」
ホークに会わなければならなかったし、テツコに報告せねばならなかった
――
『有効な情報だね。これは最近ジェファソン博士から聞いた話だが、博士はメイア3の事をメアリーと言う愛称で呼んでいたそうだよ』
「(それは、益々ですね。…………しかしなぜ、そんな重要な情報が)」
『それについては完全に私のリサーチ不足だ。本当に済まなく思っている。許して欲しい』
「(いえ……良いです。それより、ペデンスですね)」
ホークの執務室を目指しながら、ルークはテツコへの報告を行っていた
メアリーと言う愛称、期待度は、より高まる
テツコは硬い声で言う
『……しかし、最前線か。急がなければならない。最悪の場合、メイア3が無事でない可能性もある』
「…………? (それは、自己修復不可能なレベルで破損している可能性、と言うことですか? メイア3のスペックは、完全装備の統合軍教導隊員が梃子摺る程ですよ。破壊されるとは考えにくい。位置は掴めなくとも、メイア3のシグナル自体は確認できているのでしょう?)」
『…………』
テツコは咳払いした。僅かな沈黙に、ルークは足を止める
『……実は、少し前からメイア3のシグナルは途絶えている。機構自体が急場凌ぎの適当な物だったため、長くは持たなかったんだ。メイア3が大破したのか、シグナルの発信だけが出来なくなったのか、断言できない。ただ、君の言うように、破壊されるとは考えにくい、とは思っている』
「そんな」
ルークは思わず声を上げた。幸運にも周囲に人は居なかったが、そんな事は慰めにならない
『済まない、実働隊員の士気を殺ぐと思って、黙っていたんだ。…………ブラックバレー氏の指示だよ』
「(い、いえ…………、良いです。良いんです。……でも、出来るなら、ここから先、隠し事は無しでお願いします。……可能な限りで良いんです)」
『あぁ、解ったよ。私もそうしたいと本心から考えている。……悪かった』
基本的にグレイメタルドールは、致命的損傷を負うと大半のデータが消去される。ダッチワイフとして愛用される個体や、戦闘用ギミックを存分に活用する個体の事を考えれば、当然の処置だった
メイア3は破壊されてはならない。スクラップを持ち帰れば良いわけではないのだ。中身が無事でなければいけなかった
「(まだ、大破したと決まった訳じゃない。寧ろその可能性は低いんだ)」
しかしルークは、一抹の不安を感じずには、居られなかった
――
後書
ルーク「さぁ行くぞ、ドーンハn(ry」
テツコ「ドーンハンマーは使えないわよ」
ちょっと暫く
時間を掛けてかみパンを練り直そう