刺すような視線に肌が泡立つ。追剥で手に入れた旅装の内側で、ゴッチの肉体はギリギリと憤怒を溜め込んでいた
月の無い夜、人の気配の無い路地、篝火に照らされて、硬く鈍い光の揺らめきを跳ね返す石畳
何かが見ている。何かに、見られている。恐らく、人ではない何かが。ゴッチは頭を左右に振った
「ムカつくぜ、ムカつくんだよ」
視線を感じ始めたのは、カザンやダージリンと別れたその日からだ。夕日が山陰に沈みこみ、光が消え失せたその時から、ゴッチを見詰める何かが現れた
ジッと、ただ見ている。日が沈み、そしてまた上るまで、その気配は消えない
視線を感じはじめてから三日目、冒険者の町であると言うミランダに到達し、鬱陶しいアナリアの追手も漸く姿を見せなくなった頃、ゴッチの忍耐は限界に達した
「苛々させやがって……。よっぽど縊り殺して欲しいみてぇだな、オイ。ビビッてねぇで掛かって来いよ。来いよ、来いよオラ」
アナリア王国首都、アーリアで大暴れした時の爽快感など、その当日にどこかへ吹っ飛んでしまった。顔を隠すフードの内側で、ゴッチは凄まじい形相をしていた
「来いっつってんだコラァッ!」
夜の闇の中から、湿った足音が聞こえてきた。ヒタヒタと、ゴッチの真正面から、真直ぐ向かってくるように感じられた
篝火の炎にそれが照らされるまで、大した時間は掛からない。橙色に照らし出されて、暗がりの中に浮き上がる四肢。眼窩には眼球が無く、腐り落ちた皮膚からは筋繊維が覗き、存在しない左手は、肘から申し訳程度に黄ばんだ骨が突き出ている
ゴッチの背筋がゾクリとした
死霊兵だと?
「うおぉ?!」
死霊兵はクワ、と口を広げると、ゴッチに向かって疾走してくる。相変わらず、直接触れるのが躊躇われる相手だ。ゴッチは握り拳を解いて、右足を振り上げた
腐った米神に爪先が炸裂する。体を捻ってのハイキックをまともに受けた死霊兵は、首を限界以上に回転させ、気持ちの良い音をさせながら倒れこみ、動かなくなった。丁度良く、首の骨を破壊したらしかった
ヒタヒタ、と足音は止まない。ゴッチに足音で人数を割り出すような特殊な技術は無いが、かなり多数のように思える
何処から現れた。何時の間にきやがった? この街の人間が、一人として気付いていないのは何故だ
ゴッチはフードを剥ぎ取って、投げ捨てた。今しがた葬った死霊兵の死体を蹴り転がして自分のスペースを作ると、ストン、ストンとステップを踏む
まぁ、良い。何が何であろうと、やることに変わりは無い
「何だか知らねぇが来るなら来いや! お化け相手に腰抜かして、ママに泣き付く年じゃねーんだよ!」
周囲から呻き声が漏れ始めた。胸糞の悪くなる、あの声だ。取り囲まれている
小さな篝火を飲み込むような闇に紛れて、死霊兵がゴッチに襲い掛かる
――
何体蹴り倒したのか、ゴッチは途中から覚えていない。死霊兵どもの生気の無い腐った顔面を見るほどに、堪らなく憎らしくなって、我を忘れる
暗闇だろうが、囲まれていようが、ゴッチの獣じみた野生の勘には何てことは無かった。最後の一匹には、もう遮二無二馬乗りになって、怪力で以って引っぺがした石畳の一部を、狂ったように叩き付けていた
「あぁコラ! イラつくんだよ手前等! 多寡が腐った死体の分際で、誰に何しようってんだ!」
頭蓋が拉げて脳漿がはみ出しても、死霊兵の体はガクガクと震えて動いていた。ゴッチはまだ殴る。一度殴るごとに、気分は良くなった
「おい、もう止めとけよ、兄弟。そこらへんにしとくだぜ」
「?!」
ぐ、と力をこめて石を振り上げた所を、後ろから何者かに組み付かれた
ゴッチは咄嗟に肘打ちを放つ。拘束は一瞬で解かれ、ゴッチの体はバランスを崩して石畳の上を転がった
自分で思うよりも、遥かに体が強張っていたらしかった。三日間も奇妙な視線を受け続けたせいで、相当ストレスが蓄積していたらしい
「危ないぜ、兄弟。ほら、深呼吸するだぜ」
敵意を感じない、温かみのある声だった。ゴッチは唸りながらも立ち上がり、深呼吸する。そこでハッとした。何素直に深呼吸なんかしてるんだ、俺は
「何モンだ、俺から離れろ。ゆっくりこっちに来い、妙なことはするな」
「なんだよー、離れろって言ったり来いって言ったり。どっちかはっきりするだぜ」
「オイ、おふざけはそこまでにしておけよ。餓鬼の頃に習ってねぇのか? 疑わしきは打ち殺せってよ。勢い余って殺しちまうぜ」
暗闇の中を確りとした足取りで、まるで畏れず歩いてくる男が一人
壁にかかる篝火に照らされたその姿を見て、ゴッチは息を呑む。何て事のない男だ。悪戯っぽい笑顔は、幼くすらある。勇ましい吊り目の、何処にでも居そうな男である
だが、今ここに居てはいけない男なのだ
「お前、何だ? …………その格好はどういうことだ?」
くたびれた赤い帽子に、闇の中でも鮮烈な真紅のジャケット。赤錆色のジーンズには、銀の鎖が揺れていた
男がクルリと一回転してポーズを決める。背負った黒いギターケースには、血色のアルファベットが踊っている
RED。闇の中で、それは炎のように煌いた。この男の全てが、異世界には似つかわしくない。ゴッチのスーツと同じように
「俺の名はレッド! クリムゾンジャケット、魔道ギタリストのレッドだぜ!」
男は真紅のジャケットを翻らせた
取り敢えず死ね
――
顔面をゴッチの拳によってボコボコに腫れ上がらせたレッドは、それでも陽気に笑っていた。痛覚など、在ってないような物、等と、解りやすい法螺を堂々と吹いていたが
流石に締め上げられると苦しいらしい。口の端から泡を吹き出しながら、レッドは首を掴まれて宙吊りにされ、足をジタバタさせている
「うぐぐ、キツイキツイキツイ、兄弟、俺を本気で殺す気だぜ」
「まだまだ余裕がありそうじゃねぇか。応えろ、手前は一体何モンだ」
「わ、わかっただぜ。詳しく掻い摘んで話すから、取り敢えず手を離すだぜ」
「だぜだぜうるせーんだよ」
解放されたレッドは、大きく咳き込みながら地面をのた打ち回った。しかし物の二秒で復活すると、何事も無かったかのように、ジャケットについた埃を払う
「初対面の相手をいきなりとっ捕まえて、ボコボコにして、絞め殺そうとするなんて、兄弟、ちょっとは謙虚な心を持つだぜ」
「……クソ、何なんだコイツは、……調子狂うぜ。手前こそ、初対面の俺に“兄弟”とはどういうことだ。誰が手前の兄弟だ、このインチキギタリスト」
「インチキ? …………へへ、まぁ良いだぜ。なぁ兄弟、今時分の置かれている状況と、この俺の事、どっちが先に知りたい?」
ゴッチは散らばる死霊兵の頭を念入りに踏み潰しつつ、蹴り転がした。ドッカリと腰を下ろして、聞きの体勢に入る
当初、頭がイカレているのかとも思われた赤尽くしの男は、しかし理知的な目をしていた。ただの気違いではないように思われた。まともに取り合おうと言う気になったのは、堂々とこちらを見返してくるレッドの瞳に気付いたからだ
説明の仕方も理性的だ。何だかコイツの良い様にされている気がしなくもないが、ここは乗っておいてやろう。ゴッチは上目遣いに睨み付ける
「手前は一体何なのか、ちゃっちゃと説明して……」
その時、黒い霧のような物がゴッチの視界の端に移った。つい、と視線を動かせば、全滅させた死霊兵の体に、黒い霧が纏わりついている
声も出せずにその光景を見守っていると、黒い霧は音も無く、幾許もしないうちに消え失せてしまった。死霊兵と共に、闇に溶けるように
後には血痕すらない。ゴッチの暴れた痕跡が、残っているだけだった
ホラー映画そのままである。ゴッチは生唾を飲み込む
「…………先に、俺の置かれている状況とやらを聞いておこうか」
「俺もその方が良いと思う」
レッドが困ったように笑いながら言った
「では、簡潔に言うだぜ。兄弟、お前、性質の悪い輩に呪われてるんだぜ。生半な相手じゃない、世界を滅ぼしかねない相手だ」
「世界を滅ぼす? 急に壮大な話になったじゃねぇか、えぇ? オイ」
と言うかそもそも、どっちの世界だ。こっちか、あっちか
「こっちだぜ。あっちまで影響が出るかどうかは、俺には解らない」
「続けろよ」
「兄弟、最近アーリア付近の遺跡に侵入したんだぜ? 相当暴れたみたいだな、目と鼻の先で暴れられて、黙ってられないって訳だぜ、ソイツ」
マジかよ、とゴッチは唾を吐いた。よくよく考えれば、死霊兵なんて胸糞の悪い物を見たのはあの遺跡が最初だ。ダージリンによれば、早々現れるような化物ではないらしい
十体を越える死霊兵が、ゴッチだけに目をつけ、囲むように襲ってくる。“偶然”の筈が無かった。しかもここは街の内部である
魔術師遺跡怪物呪い、何でもござれだ。ゴッチは眩暈がした。だが、魔術があるのだ、呪いがあったって良いだろう。世界を滅ぼせる奴? 世界を滅ぼすような代物は、“俺の故郷”にはゴロゴロしている
総評して、居るなら居るで構わない。ただ、仕掛けてくるなら生かしては置けなかった
「…………チ、面倒臭ぇな。大体、何で今更だ? あの遺跡に潜り込んでから、何日も経ってんだぞ。何故今まで何も起こらなかった」
「兄弟、氷の魔術師と一緒だったろ。そして彼女と別れる前は、アーリアに居たんだぜ? それならちょっかい掛けられなかった理由が解る」
「手前、ダージリンを知ってるのか? もしかしてアイツの所にも、今頃死霊兵が?」
「それは多分ないかなぁ」
レッドは腕組みする。暫しの沈黙の後、徐に語った
「氷の魔術師には、兄弟に呪いを掛けてる奴よりも、もぉーっとヤバイのが取り付いてるんだぜ。だから手出しが出来ないのさ。それに、アーリアは古の魔道技術で防御されてる。アーリアと、氷の魔術師、兄弟は、この二つに守られてたんだぜ」
「はぁ……? 話が唐突過ぎるだろ常識的に考えて……。世界を滅ぼしかねん危険物と、それよりもヤバイ危険物だ? 手前、イカレてんじゃねぇのか」
「よく言われる。もう自分でも、正気か狂気かなんて解らないんだぜ。でもま、こっちの世界の偉いお姫様には、俺の話は正気扱いされただぜ」
ゴッチは頭をガリガリ掻いた。何もかもが唐突過ぎて、頭がよく回らない
「取り敢えず、手前の正体は置いておく。詳しい話を聞かせろ」
人懐っこい光が目には在る。しかし、不必要に踏み込んではこない光だ
相手と真っ向から向き合っていても、必要以上に相手に合わせたりはしない。自分が好む態度を取り、好むことをする。飄々としていて、好ましい光だった
少しだけだが、信用する気になった。この愛嬌は、レッドと言う男の、天性の才であろうとゴッチは思った
――
二百年程前の亡霊が相手らしい。レッドが語る言葉をそのまま信じるのであれば、だが
「アナリアの聖騎士アシュレイ・レウ。とは言っても、アナリア王国に反逆した裏切り者として称号は剥奪され、汚名を一身に受けながら歴史の闇に打ち込まれた訳だが」
まぁ、事実は違うだぜ。とレッドは悲しげに目を伏せた
「二百年程前、アナリアは愚王と名高いブレーデンの統治の下、最悪の状況にあったんだぜ。政治は蔑ろにされて、治安は乱れに乱れ、その隙に付け込まれて隣国の謀略を受け、かなーりヤバイ状況にあった。そこで一念発起したアシュレイは、要職に在りながら不正をする奴、他国に通じる奴を調べ上げて、様々な証拠を集めたんだぜ。で、まともな国ならここから先は非常にスマートなんだが、まぁアナリアはまともな国じゃなかったんだなぁ」
ゴッチは口を挟まず聞いていた。彼にしては珍しい、大人しい態度だった
「アシュレイ・レウはアナリアに誅殺されたんだぜ。でも、ま、アシュレイ自身もある程度予測はしていたんだろうな、殺される前に自分の部下達を引き連れて、不正役人どもを軒並み血祭りに挙げて回ったんだぜ。最後はブレーデンの前で収集した証拠を洗いざらいぶちまけて、その途中に額を矢で射抜かれちまって。何とも格好の悪い終わり方だが、結局これが呼び水になって、アナリアは改革されていった。でも、当時の政治的状況から、アシュレイの名誉は回復されなかったんだぜ」
「……ふぅん?」
「謀略を明るみに出して、他国と交戦状態に入りたくなかったのさ。そういうお国柄なのさ。身内を鞭で打って、他人の機嫌を取るんだぜ。なんて言ったって、六十年前も、十五年前も、似たようなことをしてきた国だぜ。きっともっとやってる」
「あん? 十五年前だ?」
「まぁ、それは良いんだぜ。アナリアの悪口ばっか言ってても仕方ないからな」
「……その、アシュレイとやらの話、それが事実だとして、お前、妙に詳しいじゃねぇか」
「一般には隠匿されてる。でも、ロベリンド護国衆は、歴史的事実って奴の資料をきっちりと保存してるんだぜ。俺はそこに顔が利くから、ちょこーっとな」
「ロベリンド護国衆?」
「あれ? 知らないだぜ? …………そうか、兄弟、まだこっちに来てから日が浅いんだな」
レッドは唸った。何から説明した物か、迷っているようである
うんうん唸って、よし、と頷くと、話を続けた。ロベリンドなんたらかんたらの事は一先ず置いておくらしかった
「それは後にしとくんだぜ。取り敢えずアシュレイはぶっ殺された。でも、アシュレイの恋人だった魔術師、ガランレイがこの事件にマジ切れして、話がヤバくなったんだぜ」
「魔術師が恋人? ガランレイってのは、女にしちゃ妙に勇ましい名前だが……。何にせよ、大した色男だな、アシュレイってのは」
「なはは、女性だぜ。兎に角、怒り狂ったガランレイは、アシュレイの死体を奪って、誰にも見つからない位置に悪の秘密基地を造った。アシュレイを復活させ、無念を晴らし、アナリアに復讐する為に。それがあの遺跡だぜ。……兄弟も見たろ? 遺跡の中に満たされたコバーヌの炎を。アレはガランレイがアシュレイの為に用意した物だぜ」
「“不老不死”」
馬鹿にしたようにゴッチは笑った
「そうだぜ。死霊兵を利用して、ガランレイは命を集めてる。悪魔の矢は奪った命をガランレイの元に送ってるんだぜ。そして、吐き気がするほどの命を注ぎ込んで、コバーヌの炎は漸く不老不死の秘薬になる。二百年前の死者を蘇らせる事ぐらい、造作も無いんだぜ」
「おい、ちょっと待てよ。……つまり俺を呪ってやがるのは、死人か? アシュレイもガランレイも、結局は二百年前の人物なんだろうが」
「亡霊だぜ、二人の。アシュレイもガランレイも、魂は滅びていない。アシュレイはあの遺跡の奥底で眠ったままで、ガランレイは魂だけになってもコバーヌの炎に魔力を溜め込んでる」
「…………やれやれ、幽霊と喧嘩か。訳がわからん、頭の痛い事態だが……手前の話を全面的に信用するなら、その亡霊どもをぶちのめしてやれば、鬱陶しく付回される事もなくなるんだな?」
「YES、だぜだぜ」
ゴッチは暫く無表情で居た。色んなことを考えていた
呆けたような顔が感情を取り戻したとき、そこに浮かんだのは怒りであった。二百年前のカビの生えた死人どもが、何を偉そうにしているのか
三日付回されて、襲われて、そうまでされたら、思い知らせてやらなければならない。ふと、あの巨大な骨の竜の事が思い出される。そういえば、奴には借りがあった
色んな要因が重なりあって、ゴッチは激昂した。外に漏らさぬ、己の体の内だけの、秘めたる怒りであった
「……面白いじゃねーか、アシュレイもガランレイも、纏めてぶちのめしてやる。死人だろうが関係ねぇや、もう一回殺してやる、だぜ」
……………………?!
ハ、とゴッチは頭を振る。あんまりレッドがだぜだぜ言う物だから、感染ってしまった
レッドが口元を押さえていた。空気が漏れないように必死に我慢しながら、顔を真っ赤にして笑っている
ゴッチは歯をむき出しにして威嚇する。有無を言わさず、レッドに襲い掛かった。レッドは、全力で逃げ出した
「コラァァァ! まだ手前の正体を聞いてねぇぞぉぉぉー! 態々俺に接触してきた理由も、俺を探し当てることができた理由もだァァァーっ!!」
小さな篝火しか無い闇の中を走ったので、二人は揃ってこけた
――
「俺の正体を話すぜ。俺は世間一般で魔術師と呼ばれる存在。ただし、ちょっと毛色が違う。俺はこのアナリアで生まれ、ロベルトマリンで育った。成りは“こう”だが、こっち生まれなんだぜ。餓鬼の頃から、俺には様々な物と対話する能力があった。俺の魔術の一端なんだろうと思う。風と歌い、大地と語り、化物扱いされながらもそれが苦にならない子供時代だったんだぜ。そんなこんなである日俺は、精霊たちがざわめく場所を見つけた。何の変哲も無い森だったんだが、好奇心に任せてそこをうろついてたら、突然! ロベルトマリンに居ました、って訳なんだぜ。そしてそこで俺は、運命的な出会いを経験した。……何とって、コイツだ、ギターだぜ。え? 話がそれてる? ニャハハ、取り敢えず、俺にも色々あるのさぁ。様々な紆余曲折の結果、俺は“ざわめく場所”からならば自由に世界を行き来できるようになったんだぜ。ただし自分だけな。…………何だよ、正直に話したんだから、信じろだぜ。……うーん、俺が兄弟の仕出かした、一連の事柄を知っていた理由かぁ。それは俺が口で説明するよりも、実際に見たほうが早いと思うなぁ」
ミランダは、街の規模はそれほど大きくないが、誰も彼も忙しく動き回っていて、アーリアの何倍も活気があるように感じられる
冒険者と言うのは多種多様な人物の集まりで、個性的な者達ばかりであったが、そんな連中の中にあっても、ゴッチとレッドは一際目立っていた。黒いスーツも真紅のジャケットも、異世界ではお目に掛かれない代物だ
追剥で手に入れた旅装は、価値の解らない貨幣以外全て捨てた。ロベルトマリンでみっちり鍛えこまれた警察機構相手に追われるならまだしも、異世界でまでこそこそするのは、流石に思い直したらしい。冒険者協会が極めて大きな影響力を持つミランダでは、アナリア王国軍も好き勝手し難いと言う事情が、それを後押しした
そんな事よりも、レッドである。取り敢えず数時間の仮眠を取り、体力の回復を図った後、ゴッチはレッドに案内されるまま、早朝のミランダを歩いていた
「俄かには信じ難いな。魔術師で、異世界出身で、テツコがヒイコラ言いながら管理運用してる技術を、直感だけで行使する、と。ついでにギタリストだと? …………まぁ……嘘は言ってない……ような気がせん事も無いが……」
ゴッチの直感ではそうだが
こういう馴れ馴れしい手合は、腹の中にどんな謀を持っているか解らない。それがロベルトマリンの常識だ。騙し騙されながら生きてきたにしては、「危機感が薄い」と言われるゴッチでも、警戒せざるを得ない
それに、信じる信じない以前に、テツコやファルコンにどう報告したものか、と言うのがある。真正直に報告したら、面倒な事になる予感が、ありありとしていた。出来れば何も無かった事にしたいのではあるが
「チ、朝っぱらからせかせか動きやがって。慌しい所だな、ここは」
「ロベルトマリンにゃ負けるだぜ」
「あそこに朝も夜もあるかよ。……それより、一体俺を何処まで連れてく心算だ? 言うまでも無いが、俺を嵌めたら殺すぞ、惨いやり方で。楽に死ねると思うなよ」
「そんなに警戒すんなよ、兄弟。俺と兄弟は同じロベルトマリンの人間、運命が人に厳しいこの異世界じゃ、身内同然だぜ。俺は家族を嵌めたりしないもんねー」
「手前の出身はこっちだろうが!」
「心の故郷はロベルトマリンだぜ! ギターも、名前も、俺は全て、あそこで手に入れたんだぜ」
あぁー、世界はー、夢に満ちー
レッドは投げ遣りな態度を隠そうともせず歌い始める。いい加減な歌い方なのに、妙に上手い
ゴッチは苛立ち顔を作って見せた。レッドは、意にも介さなかったが
「で、まだなのか、目的地は」
「もうー、すーこしぃー、おちーつーけよー」
ゴッチは右の拳骨を振り上げた
「うわぁ、落ち着くだぜ兄弟! 本当にもう少しだから!
「ジョークだ、バカ」
その時、レッドが道の凹凸に躓いた。あわあわと手を振り回しながら、ダイナミックに転倒する
その時、ギターケースがゴッチの即頭部を痛打した。仰け反るゴッチは突然の不意打ちに対応しきれず、こちらも転倒する
「…………~~ッ!」
「あは! 頬が赤くなってるんだぜ。……………………いや、その、御免だぜ。本当に悪気は無かったんだぜ」
ゴッチはレッドに襲い掛かった
――
ミランダには、宿屋が多い。らしい。レッドが言うには、通常の民家と宿屋の比率が少し異常なのだとか。基本根無し草の冒険者達の街であると考えれば、まぁ納得が行く
数ある宿屋の中でも非常に見栄えの良い一軒を指差し、レッドはがっくりと項垂れていた。頭部にはゴッチの拳骨で大きな瘤が出来ている。あまりにひりひりするので、レッドは帽子を被っていられなかった
ついでに、レッドはジャケットの襟を掴まれて、猫でも持つかのように運ばれていた。ゴッチとしては、これ以上レッドにふざけた真似をさせる心算は無かったのである
「ふん? あそこか。何があるってんだ?」
「……ロベリンド護国衆、その首領が居るだぜ。ロベリンド護国衆ってのは、何ていうか、……まぁ簡単に言えば宗教集団に近い存在で、その筆頭の座に着く者は、代々魔術に近しい能力を持つだぜ」
「宗教集団だぁ? …………嫌な予感しかして来ねぇな。……まぁ良い、能力ってのは何だよ」
「ある程度の未来予知と、千里眼。未来予知には当り外れあるけど、何もしないで静観すれば大概は予知の通りになるだぜ」
「未来予知? 俺を舐めてんのか。魔術どころの騒ぎかよ」
「本当だぜ。その二つの能力があったからこそ、俺はこうして兄弟に会いに来た」
ゴッチは人形を弄ぶかのように、レッドを振り回した。首が絞まってぐぇ、と呻くレッド。宿屋のドアを乱暴に蹴り開ければ、宿屋の主人らしき小太りの男が慌てて走ってくる
「お、お客さん? 帰ってこられたと思いきや、一体どうなさったんで?」
「いやぁ、ちょっと何て言うか、不幸な事故があったって言うか。まぁ心配ないんだぜ」
レッドが吊り下げられたまま、にゃはは、と歯を見せながら笑った。宿屋の主人も商人である、今まで様々な人物を見てきた。ゴッチの危険な臭いも、すぐさま感じ取ったようだ
「……そうですかい、なら良いんですが、暴れる時は外でお願いしますよ」
「兄弟、二階だぜ」
ゴッチは舌打ちしながらカウンター横の階段を上った。直角に左折して辿り着いた宿屋の一番奥で、レッドはある一室を指差す
ノックどころの騒ぎではない。ゴッチは宿屋の入り口にしたように、問答無用に部屋の扉を蹴り開けた
「おう、邪魔するぜ」
「今戻ったぜぇー」
突然の荒々しい訪問に対し、部屋の中から返されたのは、槍の穂先だった
「何者か! ……レッド殿? 何だ、貴殿、どのような関係であるかは知らぬが、少々礼が無いのではないか? レッド殿から手を離されよ」
「何だ手前は。偉そうな奴だな」
「兄弟の方が百倍偉そうだぜ。そろそろ下ろして」
突き付けた槍を下ろしながら、右耳の無い男は言った。片耳が無く、獣の爪痕のような三本線が刻まれた凶相であったが、それを除けば至極実直そうな男だ
背はゴッチよりも高く、肩幅も広い。ゴッチもそれなりに大柄な部類に入るが、この男はより巨漢であった。刈り込んだ黒髪には、所々白髪が混じっている
ゴッチは鼻を鳴らした。男が着ていた真っ白な服が、色は別にしても、アナリアの兵士が鎧の下に着込む服とそっくりだったからだ。少しだけ、身構えてしまった
レッドを解放したゴッチは男を無視すると、勧められてもいないのに、部屋の中にあった椅子にどっかりと座り込む。言うまでもないが無礼な行為だ。凶相の男は、何も言わない代わりに、盛大に眉を顰めた
「(コイツとは合いそうにねぇー)」
初見で、肌に合わないと悟ってしまった。まともに真正面を向いて話す気にもなれなかったのである
「おい、レッド、コイツがお前の言ってた奴か?」
「違うだぜ」
「……レッド殿、この無礼な男は? 我々は使命の最中、余計なことにかかずらっている訳にはいかぬ」
「余計でもないだぜ」
「コイツ一体何なんだよ。ロベリンドなんたらかんたらのボスってのは、何処に居やがるんだ」
「ロベリンド護国衆だぜ。こっちは護国衆総指揮官のバース・オットー。バース、こっちは…………」
レッドが肩を竦めた
「なぁ兄弟、どっちで紹介した方が良いんだぜ?」
ゴッチは何度目になるかも解らない舌打ちをする。何でもかんでもお見通しと言う訳だ。全くこのふざけた男は、何ともいえない不気味さを持っている
「本名で良い」
「こっちはゴッチ・バベル。俺と同郷だぜ」
「だからどうしたって訳でもねぇがな。ふん、二人の出会いを祝福して握手でもするか?」
「御免被る」
「なっはぁー、予想はしてたけど、初っ端から険悪だぜ」
頬を掻くレッド。ゴッチは備え付けに机に足を置くと、バースと睨みあう
バースとしては何故こうまで敵意を向けてくるのか解らなかったが、こちらもゴッチの顔を見ていると、沸々と沸いてくる何かがあった
部屋の奥の扉が、唐突に開いた。寝室らしかった
「おや、いらっしゃい。待っていました」
欠伸をしながら現れたのは、蒼い衣服に槍を背負った、細面の美女である
美女は美女であったが、腑抜けた空気を纏った美女である。薄く開いた流し目は、色っぽいとも、駄目っぽいとも取れる。日向で横に並ばれたら、そのまま眠りの世界に連れて行かれそうな感覚があった
起き抜けなのか、腰まで届く黒髪を縛りながらの登場であった。しかしまともに縛れておらず、光沢のある髪は跳ね返り放題となっている
とても、だらしなかった
「ほら、御待ちかねの、ロベリンド護国衆筆頭、ティト・ロイド・ロベリンドだぜ」
このとぼけた女がかよ
ゴッチはあからさまに嫌そうな顔をした
――
ティト・ロイド・ロベリンドは、髪を結び終わったかと思うと、唐突に踵を返した
「御免、やっぱ駄目だわ、君のような人物は」
今しがた出てきた寝室にとんぼ返りすると、慌てたように扉を閉め切る。焦るバース。ゴッチはその様を見て、唖然としていた
「長、長! 長殿! どうされましたか!」
「…………詰まり、なんだぁ、コレぁよ、俺は、喧嘩売られてるって事で良いのか?」
レッドが腹を抱えて笑い出す。ゴッチが胸倉を掴み挙げると、ひぃひぃ笑いながらも説明を始める
「違う違う。兄弟が駄目なんじゃんなくて、兄弟の周りが駄目なんだぜ」
「どういうことだ?」
「兄弟やバースには見えないかも知れないが、今兄弟の周囲は、凄い事になってんだぜ。ガランレイの呪いの印に引き寄せられて、そこいらの亡霊がうじゃうじゃと。ティトはそれが駄目なんだってよ」
ゴッチは首を傾げて自分の身体を見る。何処にも変わった様子は確認できず、疑問符を浮かべるばかりだ。そしてそれは、バースも同様であった
バースは眉をしかめて、存在しない右耳に手を添える仕種をした。途端に、顔色が変わる
「どうだぜ?」
「呪いの声が……、凄まじい数の呻きが聞こえる。これほどの呪いの声に晒されながら、お主、どうして生きて居れるのだ?」
バースが脂汗を流しながら一歩引いた。相変わらずレッドはケラケラ笑っており、ついイラッ☆と来てしまったゴッチは、反射的にレッドに拳骨を落としていた
「俺に言われても知るかよ。全然そんなの感じねーんだからよ」
頭を押さえて蹲ったレッドが、涙声で言った
「うぐぐぐ…………、そいつらには、兄弟に物理的なダメージを与えるほどの力が無いんだぜ。かといって、ちんけな呪いが通じる程兄弟のメンタルは弱くない。詰まり、手が出せないんだぜ」
「ふーん? 亡霊だ呪いだなんだっつったって、大した事ねぇんだな」
「大抵の奴なら二日持たないで狂っちまうんだぜ。だけど相手が悪いなぁ。…………兄弟、もし幽霊とかが「呪い殺してやる」って喧嘩売ってきたら、どうする?」
「ぶち殺すに決まってんだろ。幽霊が何だってんだ、もういっぺん殺してやる」
「そういう事だぜ」
ゴッチはげっそりとした顔つきになった。レッドの例え話は、常人には少し解り難い
バースがうんうん唸りながら、何かを聞き取っている。コイツも不可思議な能力の持ち主のようで、大変結構な事だ、とゴッチは皮肉っぽく笑った
「なるほど、合点が行った。お主が、長殿やレッド殿が言っていた、遺跡に潜り込んだ雷の男だな? 中々凄まじいことを言われて居るぞ」
「凄まじい事だぁ? 幽霊風情が、俺に何を言ってるってんだ」
「聞きたい?」
レッドが何時の間にかゴッチの背後に取り付いて、肩ににょっと顎を乗せてきた
重たい感覚に思わずゾッと来る。幽霊よりも得体の知れない赤い魔術師は、ニヤニヤ笑っている
「あぁ聞きたいね」
「兄弟の頼みなら仕方ねぇ、生中継してやるんだぜ」
レッドはゴッチから飛び退くと、一瞬の早業でギターを取り出した。黒いギターケースは空気に溶けるように薄れて消える。燃え盛る炎の波が描かれた赤いギターが、艶やかに陽光を跳ね返した
絃を弾く。滑らかな指の動き。スピーカーも何も無いのに、確かにエレキギターの音が響いている
「ふぁいやぁぁーッ」
レッドが叫ぶと、ギターを中心に青い光が弾けて広がった。ように、ゴッチには見えた
瞬間、世界が変わった。相変わらず陽光は部屋の窓から差し込んできていたが、少し薄暗くなった気がする
そして、ゴッチの周囲を、黒い霧が取り巻いているのが認識出来るようになった。その中から伸びる無数の手が、ゴッチを拘束していた
瞬きする前までは、存在しなかった物だ。多種多様な形の、病的なまでに白い腕たちが、ギリギリと身体を締め付けている
「おぉぉ?」
「これはまた……なんと」
「見えるだろ? でもまだ、それは氷山の一角、って所なんだぜ。流石はガランレイの呪印だぜ」
耳元でボソボソと何かが囁くのが解る。複数人の声だ。男だったり、女だったりする
ゴッチは耳を澄ませた。知らず知らずの内に、拳を握り締めていた
『死ね死ね死ねぇ、貴様の一族郎党全て殺してやる殺してやるぞぉ』
『暗いぞぉ、暗いぞぉ、ここはぁ。ひひひひ』
「うがぁー! うっぜぇぞコラァーッ!!」
雷を纏った拳が黒い霧を薙ぎ払った。黒い霧は成す術も無く吹き飛ばされ、消え去った。かのように見えた
が、十数える間もなく再び黒い霧は集い始める。何処からとも無く集まり、ゴッチの周囲を飛び回るそれは、幾度振り払おうと無駄なようであった
「隼団にはなぁ、手前等みてぇな犬のクソにやられるゴミ野郎は、一人も居ねぇんだよ。相手見て喧嘩売れよこのド低脳がぁッ」
「どーどー、兄弟、兄弟、そいつらと喧嘩したってしょうがないんだぜ。ガランレイと喧嘩しねーと」
「この亡霊どもも相当だが、お主も桁外れの男だな……、柄は悪いが」
獣のように暴れるゴッチに、レッドが飛びついて押さえ込もうと奮闘する
――
「えーと、だけどさ、殆どの説明はレッド様から受けてるんでしょう? 今更私から何か説明することってあるの?」
「……確かにそうだ。いや、そりゃ、手前の面を拝んでおこうと思ったのも確かだが……」
逃げ腰になりながらティト・ロイド・ロベリンドは言う。恐怖と言うよりも、不快であるようで、のんびりとした顔には苛立ちが滲み出ていた
急に口を抑えて、ぐぇ、と唸るティト。嘔吐だ。ゴッチは嫌そうな顔をして椅子から退いた。余りにも失礼すぎる小娘だった
「本当は良い奴なんだぜ、ティトは。でもやっぱり、そんな沢山お化けを貼り付けてるとなぁ。解ってやって欲しいんだぜ」
「ケ、腰抜け野郎に何を言えってんだ」
「野郎って……私女なんですけどー」
ティトは寸での所で嘔吐を堪えたか、垂れ目をトロトロと、眠そうに言った。初対面でも威圧的なゴッチを前に、迷う素振りは微塵も無い
逆にゴッチは、漂う黒い霧を鬱陶しげに払いのけながら、何を言ったものかと目を細めている。ティトとゴッチの邪魔をしないよう、背後に控えているバースが妙に威圧的で、有態に言えば邪魔であった
「千里眼とやらで、俺の事は知ってるんだったな」
「まぁねぇ、大体はねぇ。異世界の人ってのはレッド様から聞くまで知らなかったけどさ」
「雷男でお尋ね者で、傍若無人で傲岸不遜で、手癖も足癖も悪くて誰が相手でも容赦しないだぜ。そしてちょっと馬鹿だぜ」
言うまでも無くゴッチはレッドに襲い掛かった。ボロクズのようになったレッドは、床に突っ伏しながら神妙な面持ちで言った
「…………御免だぜ」
「仲が良さそうで、羨ましいなぁ。私も混ぜて欲しいよ。その亡霊達に近寄るのは御免だけど」
ティトは羨ましげにゴッチを見ていた。ゴッチは悟る。話すべき相手はこの女ではない
ゴッチにとって、未来予知も千里眼もどうでも良い物だ。確かにメイア3捜索には役に立つかも知れないが、宗教団体なんて物はアレルギーが出るほどに大嫌いである
ゴッチは床に転がっているゴミ屑のようなレッドを摘み上げ、椅子に座らせた
「レッド、まぁ大体の事情は解った。このとぼけた女が未来予知だとか、千里眼だとか、信じがたいが、正直俺にはどうでも良い話だ」
ティトは目をぱちくりさせている。未来予知も、千里眼も、どうでも良い、で切って捨てる男が居るとは、今まで夢にも思わなかったのである
「手前の目的は何だ? 態々俺に接触してきた理由だよ。どうやら後ろのバースとやらは、お前が俺にちょっかい掛けに来たのすら知らなかったみてぇじゃねぇか。何を考えてる」
レッドは机に肘を着き、両手で顔を覆っている。ふ、と視線を上げてゴッチを見たかと思うと、右目の端を吊り上げて奇妙な笑い方をした
「俺と、兄弟にしか解らない話だぜ」
それはティトと、バースに向けられた言葉だった
「ティトの能力でさ、兄弟の事はある程度見ていたんだぜ。あの浮遊タイプの随伴ロボットとの会話とか、氷の魔術師との会話とか。まぁ、ティトが千里眼を発動したのは、兄弟が遺跡から脱出した後から、随伴ロボットと別れるまでの間だけなんだけどな」
「……ふん、まぁ、予想は出来たが。気持ちよくはねぇな」
「ティトを睨まないでやってくれだぜ。……一応再確認するけど兄弟は、ロベルトマリンでブイブイ言わせてたアウトローだぜ? 亜人だよな。“混ざってるの”は?」
「ピクシーアメーバ」
「レアだなぁ。聞いた事があるんだぜ。高出力の電流で身を護る、無尽蔵の生命力を持つ不定形生物だな。ならやっぱり、兄弟も頼りに出来そうなんだぜ」
「手前の目的は荒事か」
「そうなんだぜ。正確には俺の、と言うより、ロベリンド護国衆の、かな」
レッドはティトに向けて肩を竦めて見せた
「ロベリンド護国衆はさぁ、戦争には関与しないんだけど、今こんな感じの、魔物とか、幽霊とか、そう言った関係のいざこざを解決する集団なんだぜ。俺はティトを手伝ってるだけ。アシュレイの遺跡は、ティトが前々からやべぇやべぇ言ってたんだぜ。でもどうしても対抗策が見つから無くてなぁ。で、何とかする方法を探してる内に、アシュレイは眠りから覚める寸前にまでなっちまったんだぜ」
大した鈍間どもだぜ、と呟きそうになって、ゴッチは口を抑えた
「…………俺とダージリンがあそこに入った時は?」
「半覚醒って所かな。兄弟、あの中で何を見たんだぜ?」
「鼻が曲がりそうなぐらいに臭ぇ、飛んだり撥ねたりする死体どもと、ドでかい骨の竜だ。死体どもは目に付いたのは全部始末したが、骨の竜はな」
劣勢になって、逃げた、なんて、口が裂けても言いたくなかった。どうせ今からでも逆襲に行く心算なのだ、負けてはいない
レッドは頬を掻いている。それがガランレイだぜ、とレッドの口から零れた時、ゴッチは間抜け面になった
「多分だけどな。その骨の竜ってのは、「ボー・ナルン・クルデン」。生前のアシュレイとガランレイが討伐した南の山脈の主だぜ。その亡骸を、ガランレイが操ってるんだぜ」
「まぁ……言いたい事は大体予想がついてたが。……アシュレイ、ガランレイ、そしてボー・ナルン・なんたらかんたら、こいつ等を纏めてどうにかするから、手伝えって事かよ」
「どうにかする方法が見つかんなかったから、結局力尽くでどうにかする事にしたんだぜ。うん、だぜ」
レッドはスナップを聞かせて右手を鳴らした
「兄弟の武勇伝は、既にあっちこっちで噂になってるんだぜ。兄弟の偽名の、『ファルコン』を名乗る偽者まで出る始末さぁ。力尽くって、大好きだろ? ここでもう一丁、俺と兄弟でレジェンドを作ってやろうぜ!」
「レジェンドねぇ? ちょいと調子が良すぎるんじゃねぇのか? ……仕事には報酬がなきゃぁいけねぇよな。リスクにはリターンがなきゃぁいけねぇよな」
「あっれれー、いくら兄弟が心身ともに強かろうと、このまま放置すれば何れは取り殺されるんだぜ。それでも良いんだぜ?」
レッドが椅子から立ち上がって、目をまん丸に開いてみせる。おどけた口調に、ゴッチは思わず苦笑した
「け、やっぱりそうきやがるか。だがなレッドよ、手持ちの戦力が足りねぇから、態々俺に接触して来たんだろ? 懐が見えてんだよ、くだらねぇ物言いは止めな」
「こういうのって、『利害が一致してる』って言わないだぜ? 兄弟を軽く見てる心算は無いんだぜ。ロベルトマリンのダーティな部分の恐ろしさは、十分知ってる。さっきのは冗談さ、兄弟には、出来る限りのお礼をするんだぜ」
「…………」
ゴッチはレッドから視線を外し、未だに自分に視線を向けてはその都度嘔吐を堪える失礼な小娘に、中指を立てて見せた
本音を言えば嫌ではあるが、腹は決まった。自分でこうだ、と決めたならば、もうグダグダ言う心算は無い
「おう、小娘、宗教団体ってのが気に入らんが、この頓珍漢の顔を立ててやる。ロベリンド護国衆の仕事、手伝おうじゃねぇか。俺に任せておきな、アシュレイも、ガランレイも、骨の竜も、纏めて跪かせてやるぜ」
――
以下、決して面倒くさくなった訳では無いが、進行を急ぐことにした
だぜ
――
ティト・ロイド・ロベリンドとゴッチ・バベルの会合の二日後、一行はミランダを出発した。強行軍にて、更に二日後にはアシュレイの遺跡へと到達する予定である
出発まで二日も要したのには、二つほど理由がある。一つはゴッチへの仕掛け、もう一つはロベリンド護国衆の戦士達、及び、雇用した冒険者との合流の為だ
ゴッチへの仕掛け、と言うのは、ガランレイから掛けられた呪いを弱める事であった。コレには、レッドが不可思議な魔術を以って対応した
ベタベタと、何処から持ってきたのやら、青い花をゴッチの全身に貼り付け、後はレッドが超長時間ぶっ続けでギターを掻き鳴らし、歌い続ける。ゴッチにとっては全く不思議な事に、これでしつこく着いて回る霧が消え失せてしまったのだから、全く大した物であった
しかし、定期的にレッドが演奏を行わないと、厄介な霧が復活してしまうため、ゴッチはレッドを自分の傍に置くようにした。夜中に死霊兵が襲い掛かってくることも無く、良い塩梅であった。レッドの方は元からその心算だったらしく、同じロベルトマリンで育ったと言う事もあってか、あっと言う間に二人は馴染んでしまった
今ではゴッチは、ついつい語尾に「だぜ」とつけてしまいそうになるのを、必死に堪えている。自分の無意識と戦い続けるゴッチのメンタルは、全く必要のない方向に鍛えられていた
合流したロベリンド護国衆十五名は、バースが直々に選出した精鋭中の精鋭である。らしい。レッドが言うには、だ
元々魔物との戦いにおいてロベリンド護国衆の名声は非常に高く、その中から選ばれた精鋭であれば、大陸の何処でも通用する。……のだそうだ。一体何がどう通用するのか、ゴッチには今一つ解らなかったが
余談ではあるが、「ロベリンドの戦士は誇りと名の為に戦うのではなく、信仰と無辜の民の為に戦う」と語ったロベリンドの若い戦士を、ゴッチがついイラッ☆ときて殴り倒してしまったため、ゴッチとロベリンド護国衆の関係は険悪になった
レッドはそれでも笑っていた。まるで気にしていない所に神経の図太さを感じさせる
まぁ、ゴッチにしてみれば宗教団体の事はどうでも良かった。興味を引いたのは、今回の作戦に同行する冒険者の方だ
一人の男。たった一人の男だったが、周囲を呑み込む強烈な存在感を持った男だった
只事ではない。只者ではない男だ。面付きからして違う、ような気もする。非常に高い名声と実績を持った冒険者で、雇用に当っては大変高額な報酬を前払いしたと言う
名をゼドガン。ミランダの冒険者協会所属で、なんとまぁ、ミランダローラーの称号を持つ大剣の使い手であった
「兄弟が現れなければ、俺とゼドガンがこのミッションの鍵だったんだぜ。勝率は三割って所かな。でも兄弟が協力してくれるなら、もっと高く見込めるだぜ」
「わくわくしていたんだ、伝説に残る強敵に。しかし、それに決して劣らぬ力量であろう者と共に戦えると言うのは、これもまた嬉しい事だ」
白銀の胸当ての内側で、引き絞られた肉がうねる様が、ゴッチには容易に想像できる。腰部からくるぶしまでを覆う腰巻の中で、複数の刃が息を潜めているのが解った
年若い髭面が浮かべた笑顔は、まるで子供のようだった。二十五かそこいらの年齢であるらしいが、雰囲気は遥かに若い。髭を伸ばして威厳を出そうにも、雰囲気のせいで上手く行ってないんだぜ、とレッドは悪戯っぽく笑う
「いい面構えだ。フレンドリーに……あぁーと、友好的に行こうぜ、ミランダローラー殿よぅ」
ロベリンド護国衆とはとことん合わないゴッチだが、冒険者ゼドガンとはこれ以上なく馬が合った。ゴッチ、レッド、ゼドガンと、三人揃えば、まとめて悪餓鬼の集団であった
兎にも角にも、ミランダ出発から二日後、目的地も近くなり、緊張感が高まる中での夜営時
一行は、数え切れぬ程の死霊兵から奇襲を受けた
――
後書
イラッ☆
……混乱しているようだ。
11月22日、ティトの名前を修正。ひでぇミスだ…!
御指摘ありがとうございます。