「キャシュラエリミネイト」
「ペペンタクル」
「モリアス」
「ケンドューク・アンス」
「……いつも思うのだが、君たちはなんの呪文を唱えているのだ」
小鳥とヴァニラウェア卿の会話にアイスが横から頭を抱えながら訪ねてきた。
聞かれたので小鳥が不思議そうに答える。
「ちょっと即興で独自言語を作って会話していただけですが」
「通じるのか!?」
「はあ。どうでしたかヴァニラウェア卿」
「要するに初歩でいいから魔法を実際に使ってみたいということじゃろう」
「通じてる!?」
なぜか驚いた調子のアイスであった。
*****
「こんにちは。コトリバコの制作者こと小鳥です。嘘ですが。
異世界に召喚されて早いものでもう一週間も経過してしまいました。
中世ヨーロッパみたいなうんこ垂れ流し疫病流行りまくりご飯は硬いパンとぬるいビール、未就学児が炭鉱で働かされるような場所ではなかったのが救いでしょうか。
朝ごはんを作ってアイスさんと一緒に学校に行って学びつつ夕方に定時で上がって夕飯を作る。まだ危ないからって一人歩きはできませんが。大体一週間そのライフサイクルです」
小鳥は一旦息を切って、手元の茶を飲んだ。
「ダンジョンにはまだ潜ってません。イカレさんはこの前稼いだお金でだらだらしているみたいです。でもそのうちまた潜るらしいので、その時は準備をしなくては。赤い米粒とかを。
とにかく異世界生活の多くはアイスさんと一緒に学校に通うことです。アイスさんは教師でわたしは生徒ですけれども。
わたしの直接の先生はヴァニラウェア卿という方になりました。年齢不詳、レベル不詳。吸血鬼ですがエロ魅惑能力とかそんな感じの容姿ではなく、白髪白鬚のお爺ちゃんです。帝国貴族の身分を持っているため色々と融通が効くらしいです。税金とか。
属性は闇ですが闇の近似属性である土系統を教員として普段は担当しています。
魔法には8つの属性があり、自分の得意属性を主に学びますが他も使えないわけじゃないのです。ただ効率が悪いからあまり覚えたがらないとか。各属性の初歩魔法──発火や製氷、簡単な治癒等の魔法までは覚えるのだけれども、中級以上になると厳しいらしいです」
じろじろと見てくるアイスと視線を合さずに、自分たちを眺めている俯瞰的な視点を気にしつつ、続ける。
「しかしこの魔法学校の校長兼宮廷魔法長は『アース・ウィンド・アンド・ファイアー』の異名を持つ、土と風と炎属性それぞれを高度に使えるレベル10の最強ランク魔法使いなのだとヴァニラウェア卿に教えられました。
また、現代には存在しませんがかつて居た『極光文字の魔女』などは全属性を極めていて一人で世界を滅ぼせる力を持った超最強チート魔法使いだったらしいです。
ちなみに学校に通う学生のレベルは2から4が一番多いとのことです。
多くの生徒は結構3ぐらいまで上がるのですが、それが4、5まで伸びるには大変で6になると働き口に困らず、7になると軍からスカウトがくるとか。8はもはや大魔法使いと言ってもよいぐらいで更にレベル9は個人でドラゴンを倒せたり都市区画破壊級の魔法を使えるレベル。純粋な人間であり20代でこのレベルに到達したアイスさんは確実に魔法史に名前を残す天才らしいです。レベル10は……残念ながら測定基準がレベル9で最大なので、そのぐらいの能力者の中から功績があったり強さを同格の魔法使いに認められたら選ばれるのだとか。まあ、少なくともレベル9ぐらい能力があるのですけれど。
らしい、~とかばっかりですけれども異世界来て一週間のわたしとしては聞いた話を鵜呑みにするしかないので仕方ありません」
話が終わったらしく、やや沈黙の後にアイスは尋ねた。
「……ええと、誰に説明してくれていたのだコトリくん」
「なんでそんなことを聞くんですか?」
「いや、だって独り言でそんな回想してたら怖いだろう」
「ですか? ねえヴァニラウェア卿」
「そうじゃぬーん。儂もよく二三時間ぐらい独り言してるし」
「ほら。うふふ、変なアイスさん」
「絶対におかしい……っていうかじゃぬーんってなんだ……」
そしてともかく今日、独自言語を使用してヴァニラウェアに魔法発動を申し出ました。
「案ずるより産むが易しという諺もわたしの故郷にあります」
「恐らくベビー用品メーカーの考えだした言葉だという予想は覆らないのう」
「ベビー用品メーカーが避妊具メーカーと共謀しているとの噂は耐えません。その線で捜査を進めましょう」
「犯人は子の中にいる……そういうことじゃな?」
世界は陰謀に満ち溢れていて衆愚はそれに洗脳されている。そういう意見はこの師弟の間で一致している。
「……ヴァニラウェア先生にコトリくん? 話がズレてないか」
アイスさんの言葉に話題の起動を修正することにした。
彼女はため息混じりの声で疲れたように言う。
「……入ったばかりの生徒は魔法を使いたがるのが常だが」
その言葉に黒いローブを翻してヴァニラウェアがこちらに向き直り真っ赤な瞳を鋭く光らせて、全身から暗黒色オーラを漂わせつつ叫び出した。
「闇の力に魅入られたか愚かな弟子よ……! 悪魔にも救世主にもなれると警告はしていたというのに……!」
「うふふ持った能力(チカラ)は有効に使ってこそですよ師匠。ダークサイドに身を置くことが闇の力を増幅させるのです」
それに対して小鳥も地の利を得つつ対応する。悲しくも怒りに身を焦がす最終決戦が今始まろうとしている。
「なんで唐突に盛り上がり出すのかこの師弟は……そもそも、コトリくんは魔法の杖も持っていないのではなかったか」
今ひとつノリに乗れないアイスが指摘した。
魔法の杖というものは高級品であり、収入が無く無一文の小鳥が購入できるものではない。
例えばアイスの持っている魔杖アイスクルディザスターなどはエンシェント級アイスドラゴンの脊髄が素材で使われているマジックバットで、氷魔法の増幅や打撃時の氷結作用などの追加効果があり、恐らく捨て値で売り捌いても帝都の貴族が住む一等地に庭付きの家が買えるほどの値段がする。
そもそも他にエンシェントドラゴンの骨などを素材に使った杖が世界に存在するか疑わしい程の貴重品だ。剥がれた鱗の一辺だけでも貴金属より高価なのだが、アイスは自分でドラゴンを撲殺して素材を取ってきたのだという。
基本的に魔法発動には杖、あるいはそれに準じる発動媒体が必要である。最初から魔法が込められている道具や、魔術文字を媒介にして発動する付与魔法は別だが多くは杖と声が無ければ使えない。
ヴァニラウェアは「そうじゃのう」といいながら研究室を見回す。
後ろの棚に適当に立てかけてあった、船を操る櫂のような形をした大きな長方形の物をひょいと持ち上げて見せた。
材質は固そうだが金属質ではなく、褐色をしている。
「このネフィリムボーンとかどうかのう? 儂が昔使ってた杖」
「うーん……わたしが使うには大きいですねえ」
なにせ、長さが150cm程もある。先端はやや欠けているので前はもっと長かったのだろうが、それでも小柄な少女の小鳥には大きい。
アイスが半眼でその巨杖を睨みつつ云う。
「……というかそれは確か堕天巨人ネフィリムの骨を加工して作った呪いの杖だろうヴァニラウェア先生。普通の人間どころか相当高位の魔法使いでも使えない筈だ。そんなものを生徒に渡さないでくれ」
「意外と使えるやつも居るんじゃが。はて? 誰だったかのう、昔貸しておったのじゃけど」
首を傾げて今度は机の引き出し──食玩や広告のチラシなどが詰まっているところを開けて探しだした。
学生には高価でも、いざという時のために複数の杖かその代わりは魔法使いならば持っているものである。アイスもつけている手袋が予備として使えるようになっているが、手のサイズが違うとそれも扱いにくいので小鳥には渡しかねている。
ヴァニラウェアはそこから白い小枝のような飾り気のない棒を取り出して、渡してきた。
「それじゃあとりあえずこの杖をくれてやろうかの」
「え。いいんですかヴァニラウェア卿。お高いんでしょう?」
「いやあ、物置から見つかったいつのかもわからん杖じゃからなあ……材料は、何かの骨だったけど忘れたから……たぶん大したものじゃなかろ」
「生徒にそんなものを渡すのか……?」
呆れた声のアイスはさておき、小鳥は硬質な白い杖をじっと眺めてなでたり振ったりしてみる。
「何の骨ですかねーこれ」
「うーむ、確か魔剣で落とした外法師の右手の骨……いや帝都大騒動祭の記念フライドチキンを加工したんだったか……そういえば天使を括り殺したときに何か材料にしたような……待て待て、日光浴で小麦色の肌を目指してうっかり蒸発した親戚の骨が立派だから貰った気も……」
「あーコトリくん? ヴァニラウェア先生は物忘れが激しい上に妄想癖もあるからあまり期待しても本気に受け取ってもよくないよ?」
「ま──どうでもいいことでしょう。大事なのは魔法の杖として使えることなのですから」
それより、と続ける。
「早速魔法使ってみましょうよ魔法」
「しかしコトリくん、体内の魔力循環だとか、魔力の制御だとかは覚えたのか? 習いだして一週間ではないか。勘が良ければ不可能ではないが……」
云うなれば、座学しか行っていないが簡単な開腹手術を行ってみる程度の難易度はあるだろう。暴発した時の危険度はそこまでではないが。
ヴァニラウェアは深々と頷いた。
「闇の教えにも『闇に心を委ねろ』というものがある」
「明らかにヤバイ系の言葉に聞こえるが」
「なに、とりあえずはやってみてダメならばまた勉強すればいいじゃろう」
そして彼は手元の闇属性魔法について綴られた[玄法典]をパラパラとめくり、あるページで止めてこちらに見せた。古代から伝わる魔法から現代に開発した魔法まで、閉ざされた本の闇より自動で転写される世に一冊しか無い暗黒の書だ。
小鳥はこの一週間の集中勉強によりある程度の文字は読めるようになっている。文字など記号の羅列に意味を理解し、法則さえ読み取れば難しいことでは無かった。少なくとも、彼女にとっては。
これは英語の成績が良い高校生ならば不思議ではないだろう。日本国は何のために中学時代から英語を教育させているのかというと、このような未知言語を読み解かすためだ。教育庁はムーの民の末裔によって構成されていると噂されているが、調べた者は誰も居ないことにされている。
ともあれ載っている呪文の名称をまずは確認のために読み上げる。
「えーと闇系上級術式、即死呪文『デスウィッシュ』……効果は対象を惨たらしく殺害する」
「こらあ──!! ヴァニラウェア先生──! 見習いの生徒にいきなりなに教えようとしているのだー!?」
アイスに超怒られた。
********
改めて。
「闇系術式『ダークナイト』」
力ある言葉と同時に小鳥の杖の先の空間から黒い靄のようなものが出た。
それは気体ではなく魔力が光を遮る為に起きた、いわば立体の影。
料理をかき混ぜるように小ぶりの杖に這わせ、影を広げる。それは50cm程、中空に浮かぶ球体状に空間を光のない闇へ変化させた。
無意識に止めていた息を吐き出す小鳥。
同時に制御から離れた影は少しづつ明度を上げ──やがてなにもなかったように霧散する。
拍手の音が聞こえる。それはアイスが驚いた顔で手を叩いたものだった。
魔法が成功したのである。
これは小鳥が特別な才能があったというよりも、頭の配線がズレている為に感覚を偶然捉えて発現したのであろう。しかし一度成功すればコツは掴める。
ヴァニラウェアは室内でも深く被ったローブに髭と眉毛と垂れた皮で表情の見えないまま云う。
「基礎の基礎、闇の発生じゃな。吸血鬼で闇の属性を持つものはまずこれを覚える。昼間でも日光を遮り過ごすのが楽になるからの」
「わたしは人間ですけどね」
「ふっ……一人だけ人間の振りをして楽しいのかのう?」
「わたしの体がどうなろうと──心は、魂は人間の誇りを持っています」
「ならば吸血鬼としての性根をワシが呼び寄せてやろう……!」
「だからクライマックスシーンごっこを唐突に始めるのは止めなさい……」
呆れた顔でアイスにツッコミを入れられた。なんか疲れているようだ。
ヴァニラウェアはぽんぽんと小鳥の頭を節くれだった手で撫でるように叩いて言葉をかけた。
「暫くは闇で魔力制御の練習をするのがいいじゃろ。闇魔法は即死だとか生命力吸収だとか存在消滅だとかが多いから制御失敗したら危ないしのう」
「……なんとも物騒な属性だな。土属性を中心に教えたほうがよいのでは?」
「土とて窒息や圧殺、撲殺に石化など危険ではあるじゃぬーん。どの属性も大なり小なり危ないのじゃから大事なのは基礎魔法で制御力をつけること……その点では闇の展開は持続性もあってよく鍛えられるじゃぬーん」
「おお……私が学生時代からボケてると評判だったヴァニラウェア先生がコトリくんという生徒を持って急にマトモなことを……あと鬱陶しいねそのじゃぬーんて。何? マイブームなの?」
鍛える、という単語で。
小鳥はふと思いついた事を、指を立て提案した。
「そういえばわたしは忍者という設定でしたね」
「設定?」
「ですからこの修行を影分身の術で増やした二人でやれば、経験値や修行効率は二倍になるってことですよ」
「うん……うん?」
首を傾げるアイス。ヴァニラウェアは成程といったように神妙な顔で言った。
「四人に分身すれば四倍……百人でやれば百倍ってことかの」
「つ、つまりどういうことだっていうのか」
「いや分身とか出来れば便利だろうなって」
「出来ないのに話題に出したの!? なんで!?」
「特に意味はありませんが」
再び頭を抱えて「ツッコミ役が……ツッコミ役が足りない……誰か助けてくれたまえ」と彼女が転がっているが、過労か何かだろうと特に気にしなかった。
労働組合にこっそり通報することだけが小鳥にできるアイスへの恩返しだ。モルダーだってアイスだってきっと疲れている。誰もが労働とストレスと疑心暗鬼の虜だ。
まあ何はともあれ。
「※小鳥の魔法使いレベルが1に上がった! HP-2 MP+8 力-1 魔力+3 素早さ+0 運+1
闇系魔法『ダークナイト』を習得した! 」
「自己申告!?」
「いけませんか」
と、ファンファーレを口にしながら云う小鳥にもはやアイスは呻くのみであった。
更に言えば魔法使いのレベルが上がるごとに特に力が下がるわけでもないが。
*******
専門のカリキュラムだけでなく、他の生徒に混じって普通の授業も小鳥は編入という形で受けている。
身分証明や学費など、ヴァニラウェアがどういう手管を使ったのか普通に通えている。
クラスメイトは結構年齢がバラバラであった。恐らく歳若い生徒は親が裕福だから通えて、年を取っている人は自分で稼ぐようになってから学費を貯めて魔法学校へ入学したのだろう。
東国出身の忍者で魔法使いという偽の身分の小鳥はやや目立つ。が、そこは忍法とかを披露してクラスメイトとの距離を縮めることに成功した。具体的には忍法親指離れるとか、忍法十個お手玉とか。忍法切腹スポーツとか。ナウなヤングにバカうけである。
その日受けていたのは魔法の基礎理論教育である。運良く新学期新学年の時期だったらしく、彼女も他の一年生も似たり寄ったり寄られたりの魔法知識──予備知識はともかく──である。
教卓に立った神経質そうな顔立ちの男性教師が声を張り上げる。
「いいかゴミ溜め生徒ども! 貴様ら一年はこの前の検便じみた測定により属性を測られたわけだが、自分の生グソ属性を頭に叩き込むのは当然、全ての属性のブルシット特性は理解しているだろうな!」
やけに言葉が汚いが、教育委員会もPTAも存在しないので問題はない。
それでもやけに薄汚く聞こえてしまうのは世界間で起きる翻訳のミスだろう。諦めよう。
「ではそこのファッキン女子! 説明してみろ!」
「これに返事すると自分がクソと認めるような気がしなくもないですねえ」
「鳥の糞と書いてコトリとかいうお前だ下げマンが!」
「やっぱりわたしでしたか。おのれ。イカレさんより愛の無い暴言です」
小鳥は聞こえない程度に呟きつつ、暗記した魔法属性の特性として教科書に書いていた内容を割とはっきりした声で言う。
「無属性がだいたい属性っぽくないもの全般な便利魔法で、炎と氷は温度操作、風は気体に水は流体の発生操作、土は金属土壌操作や変化、雷は電荷、光は光線放射線……そして闇は吸収を基本的な特性としますしおすし」
「クソが! 暗記しやがってガリ勉眼鏡が! 平常点プラスしといてやる!」
クソ正解といったニュアンスだろうか。教師は怒鳴り顔のままビシリと指を突きつけながら叫んだ。
「だいたいそんな感じだからケシカスの詰まったスポンジみてぇな頭に叩き込んでろスカトロマニア共!」
「曖昧だな! そして酷ぇ!」
ツッコミは生徒の叫びだった。
それに対して教師は頭を掻きながら答える。
「理屈なんか知るか! エネルギーも質量も魔力で補って神様がウンコ漏らすようなビックリ現象を起こすのが魔法で特性はおまけみたいなもんだ! バカ魔力とアホ構成力さえあれば自分の駄クソ属性なんぞ無視して魔法も使える! ファックオンザビーチ!」
「はーいはいはい、質問です! 先生はレベルいくらですか!?」
生徒の一人が手を上げて教師に聞く。誰もが自分のレベル──今のところ新入生は0か1である──を気にしつつ、それを教える教師はどの程度の実力者なのかを疑問に思っているのである。
やはり一番有名なのがアイスだ。若くしてレベル9の怪物。[氷結災害<アイシクルディザスター>]と呼ばれる帝都最強戦力の一人。生徒で憧れないものはいない。
とにかく、今担当している男教師は答える。
「おれはレベル5だ! 文句あるか」
「5……なんか普通」
「ジーザスクライストスーパースター!!」
謎の叫びであった。多分誤訳だ。諦めよう。
生徒の誰かの呟きに彼は地団駄を踏んで怒りを顕にしました。
「いいんだよボケ老人とゴミ女しか使えねえ高位術式なんざ殆どが大火力の殺人魔法なんだから中位まで使えてれば! 大体ショボいと思っていてもお前ら飯食ってクソに換えるマシーン共の一体何人がレベル5まで上がれるか楽しみだな!」
負け惜しみのような事を叫びながらも彼の授業は開始されたのであった。
実際に小鳥も、この教師は口こそ悪いが、
(新入生に施す魔法の基礎教育としてはわかりやすいのでござろうなあ)
と思う感じの授業で勉強になった。ござる口調は適当だが。人は見た目によらないけれどレベルや口癖でも判断は出来ないものである。
後で聞いた話だと彼はレベル5までの闇以外七属性魔法を根性で習得した万能型中級魔法使いなのだそうだ。
*********
「ショック、嘘で固めた……闇系術式『ダークナイト』」
空間に黒の絵の具をぶち撒けるように闇を創りだす。
光を魔力で吸収する術だ。闇系魔法の基本であり、あらゆる事に応用させる闇の発生。
闇が生まれた空間は自身の魔力が伝播しているので、闇を媒介に闇魔法の効果を伝える事ができる。闇に触れた相手の生命力を吸い取ったり、不可視の衝撃波を生み出したりと様々である。
闇の魔法の熟練者ならば小さな村ほどの範囲を、一切の光なき闇で包み込むことも可能だ。
ただ、小鳥はせいぜい時間をかければ宿屋の六畳一間が黒で埋まる程度である『ダークナイト』の魔法で、浮かび上がるものがあった。
虹色の髪の毛と目だ。
「怖っ」
「うぜェ」
バッサリと小鳥のイカレさんに対する初魔法お披露目は切り捨てられた。
そして虹色に光る目が細められつつ苦情を言われる。
「七曜防護の光は消せねェみたいだが……その分俺の魔力が消費されてくからさっさと闇を消せ」
「イカレさんの魔力を吸い取り、わたしはさらなる高みへ……!」
「アホか。つーか手前の魔力の源は俺からの供給だろォが」
「え? そうなんですか?」
意外な事実に小鳥は聞き返す。
イカレさんは不本意そうな顔をしながら顎に手を当てそっぽ向き答えた。
「そォだよ。召喚物に対する術士からの魔力の供給、及び増幅……召喚士だけが使える魔力運用術式の一つ『リオブラボー』だ」
「と、いうとわたしの魔力属性が闇なのもその影響ですかね」
「だろォよ。召喚士は魔法を使えねェが、召喚士からの異質な魔力を受け取った人間が魔法を使おうとした際、魔力がぐちゃ混じってそォなったんだと思うぜ」
小鳥は考えこむ素振りを見せた。
(てっきりわたしの体がいつの間にか吸血鬼化しているとか、地球における普通人がこの世界の吸血鬼に値するとか、F短篇集の流血鬼はハッピーエンドでよかったのかとかそんな思いがよぎります)
ともあれ、知らない間に吸血鬼化してたあげくヴァニラウェアに吸血鬼的覚醒を求められたら困るので良いか、とも思う。
「でもわたしって吸血鬼の素質あると思うんですよね」
「は? 血ィ吸うの手前。だったらデパートの食人コーナー行って格安の血ィ買ってこいよ」
「まあ血は吸わないんですが」
帝都に置いては、吸血鬼だけではなく狼人やグールなど、食人嗜好を持った種族も住んでいる。
彼らがどうやってそれらのタバコのように欲する衝動──つまり、耐えられる人は耐えられる──を抑えるかというとデパートでの豊富な食品売り場である。
もちろん法律により人を食べるのは合意のうえでも犯罪とされているから、人肉風味の肉や売血された血、エルフ味の野菜などが売られていてそれを食べるのである。
人種問わずに移民を認めることで発展した帝都であるが、少なくとも他者に害を与える衝動を我慢できる者でなければいけない。死刑こそこの国には無いが、能力剥奪刑と云う刑罰を受けたら一定期間とてつもなく虚弱状態にさせられ罪が重ければ一生牢で寝たきりになる。
吸血鬼であるヴァニラウェアも固形の擬似血液キューブをお湯で溶かして飲んでいた。若い頃──本人の話だと百年前か千年前か不明だが──は処女の血だとか天使の血だとか拘っていたそうなのだが。
それはともあれ。
「いえほら、わたしって肌の色素が薄いですから、陽に当たると赤くなって痛くなりますし。胸に杭を打たれたら経験は無いものの多分死にますし」
「胸に杭打たれて死なねェやつのほうがアレだと思うが」
「アレですか」
「アレだ」
アレが何かはわからなかったけれども。
「しかしアイスさんあたりなら胸に杭を打ち込んでも生きてるんじゃないでしょうか」
「いやァ、あいつでも無理だろォ。魔力とか料理の腕が逸脱してるけど一応人類だぜ? 分類上は」
「ほほう。では賭けますか」
「いいぜェ」
しばらくして。
宿の入口が勢い良く開かれた。
青い髪をしたスーツの女性が解放されたような顔で入ってくる。
「やっと残業終わった──! 食事は残しておいてくれたかコトリくん!」
「おいアイス」
「なんだいサイモンくん! 出迎えとは嬉しい限りだが──」
「ちょっとな、大事な用があるから──目を瞑ってくれ」
「えっ」
「いいから、俺を信じて暫く目を閉じてろ」
「えっ……あの……サイモン、くん」
顔を真赤にさせたアイスはあわあわと手を動かしたあと、目をぎゅっと瞑った。
そしてやけくそのような声を出す。
「きゅ、急にデレ期に入るとは驚きだなサイモンくん! い、いいとも。いつでも来い……あ、あの、でもゆっくり」
「ああ、任せろ」
そういってイカレさんは白木の杭──小鳥がどこからとも無く用意した──と木づちを片手にアイスへ近寄る。
杭の先をアイスの胸の中心にそっと触れさせて、ハンマーを軽く振りかぶった。
アイスは困惑したような興奮したような声を上げる。
「い、いきなりぼでぃーたっちとは大胆な……! で、でもサイモンくんがその気なら──!」
無表情でイカレさんは木槌を振るった。己の興味のために死んでくれるならば彼女のために墓参りをしよう。一度ぐらい。そういう優しささえ目覚めるかもしれない勢いで。
男には引けない時があり、彼は男なのだ。いざ血しぶきが出るか大胸筋で弾かれるか……!
「って馬鹿か────!」
木槌が杭に当たる瞬間、アイスが杭も木槌も払い落とした。
ぷりぷりと怒ったアイスと、全く悪気も無ければ好意とかそんなんも無いイカレさん。
そんな状態でも強制的に口にすれば多幸感を覚える小鳥の夕餉でなんとか仲直りをした。たとえ親兄弟が死んでもおいしいと感じてしまう程度の味付けは世界を変える。世界というか、そのつまり脳を。
ちなみにキーマカレーだったのだが二人の第一声は「ウンコ」だったことは小鳥も寝る前に恨み腸捻転帳に記しておいた。この世界ではスープカレーがメジャーらしい。
「これだから道民は困ります」
今までに一度も北海道人なんて見たことはなかったが、小鳥はそう言ってかぶりを振った。