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No.30747の一覧
[0] 【完結】イカれた小鳥と壊れた世界【異世界召喚ファンタジー】[佐渡カレー](2014/08/23 17:54)
[1] 1話『イカレと小鳥と異世界召喚』[佐渡カレー](2014/08/23 17:55)
[2] 2話『DIE脱出』[佐渡カレー](2014/08/24 18:07)
[3] 3話『冷厳なる氷剣の儀式』[佐渡カレー](2014/08/24 22:14)
[5] 4話『デイアフター』[佐渡カレー](2014/08/26 19:14)
[6] 5話『郷愁教習』[佐渡カレー](2014/08/26 19:17)
[7] 6話『魔法学園は国立なのに学費が高い』[佐渡カレー](2014/08/26 19:18)
[8] 7話『流血鬼』[佐渡カレー](2014/08/27 20:10)
[9] 8話『ワナビー』[佐渡カレー](2014/08/28 21:19)
[10] 9話『三月兎』[佐渡カレー](2014/08/29 18:12)
[11] 10話『バニーボーイ』[佐渡カレー](2014/08/30 20:24)
[12] 11話『死』[佐渡カレー](2014/09/02 07:57)
[13] 12話『みかん』[佐渡カレー](2014/09/02 07:58)
[14] 13話『多分次の話ぐらいにほだされる孤高の魔剣士』[佐渡カレー](2014/09/02 18:01)
[15] 14話『壊れた世界の魔剣とアラサー』[佐渡カレー](2014/09/03 18:12)
[16] 15話『魔剣士と魔法使い』[佐渡カレー](2014/09/04 18:01)
[17] 16話『心以外が折れる音』[佐渡カレー](2014/09/06 18:11)
[18] 17話『開き直れる勇気』[佐渡カレー](2014/09/06 18:10)
[19] 18話『マイペースジャパニーズ』[佐渡カレー](2014/09/07 19:28)
[20] 19話『発狂未遂事件簿』[佐渡カレー](2014/09/08 18:13)
[21] 番外1話『酒を飲むあいつら』[佐渡カレー](2014/09/10 18:04)
[22] 20話『世界』[佐渡カレー](2014/09/11 18:17)
[23] 番外2話『結構襲われてるこいつ』[佐渡カレー](2014/09/12 18:06)
[24] 21話『ただ、日々を笑って過ごせるように』[佐渡カレー](2014/09/13 18:12)
[25] 22話『大バザールで御座る』[佐渡カレー](2014/09/14 19:03)
[26] 番外3話『海に行くやつら(前編)』[佐渡カレー](2014/09/15 18:02)
[27] 番外3話『海に行くやつら(後編)』[佐渡カレー](2014/09/16 18:08)
[28] 23話『希望の未来へレディー・ゴー』[佐渡カレー](2014/09/17 18:08)
[29] 24話『隠し味にタバスコ入れて』[佐渡カレー](2014/09/18 18:41)
[30] 25話『続く』[佐渡カレー](2014/09/19 18:02)
[31] 26話『③ATTACK』[佐渡カレー](2014/09/20 18:09)
[32] 27話『天の翼は全て敵』[佐渡カレー](2014/09/21 18:14)
[33] 28話『ハッピーエンドに憧れて』[佐渡カレー](2014/09/22 18:07)
[34] 29話『異世界ファンタジー帰りの男は』[佐渡カレー](2014/09/23 18:02)
[35] 30話『私の兄はテロリスト』[佐渡カレー](2014/09/24 18:31)
[36] 最終話『これよりラ=グース神の軍団との戦い3000年に及ぶ』[佐渡カレー](2014/09/25 18:05)
[37] 『アイテム図鑑』[佐渡カレー](2014/09/25 18:05)
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[30747] 27話『天の翼は全て敵』
Name: 佐渡カレー◆6d1ed4dd ID:633fad5d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/09/21 18:14
 ※前回までのあらすじ。
  パルからタマタマを揉まれるように懇願された小鳥はモラルが低下するやり取りをした後にやむを得ずパルのタマタマを握り潰したのだった。





「えいっ」

 くしゃっ。
 パルは倒れた。

「う、ううう……」

「……なに自分から望んだのにうめき声を上げてるんですか。喜んでくださいよ。罪悪感でも植えつけるつもりですか」

 もはや苦みばしった顔で、片タマを潰した手を嫌そうにワキワキさせながら小鳥は、殺人鬼にチェーンソーで解体されたほうがマシみたいな顔つきになり涎を垂らして内股で痛みに震えているパルを見た。
 痛がっているパルだけではなく、イカレさんも渋そうな顔で内股になっているし志半ばで倒れているアサギもそこはかとなく魘されていた。
 睾丸は意外と柔らかい。忌避感から潰されることが少ないが、非力な女子でも躊躇いのない握撃をすれば容易く機能を失う。この「躊躇いのない」という行動を行えるのがある意味問題ではあるのだが。
 人の頭目掛けてバットをフルスイングできる思い切りの才能。それが鳥飼小鳥という名の女子高生にはある。
 男連中が無邪気なスプラッタに苦しんでいる時に遠くから声が響く。ラスボスこと絶光鳥ヴェルヴィムティルインである。いい加減やり取りも前話からの間に長すぎて気づく。めっちゃ気づく。

「愚民ども! そろそろ我は攻撃してもいいのかあ!?」
「すみません今取り込んでまして。生ごみの袋とかあげますから少し待っていて下さい」

 と食品廃棄物を詰めたポリ袋を投げて渡す小鳥。
 何故そんなものを用意しているのか。イカレさんは疑問に思うが地面に落ちた袋の中の残飯を本能的に突く烏に似た絶光鳥である。

「ほう……中々いい唐揚げ弁当の残りだな。純度が違うよなあおい!」
「純度ってなんだよ」
 
 ジト目で尋ねるイカレさんだが、無視された。
 ともあれ絶光鳥が何を考えているかは知らないが時間はできた。
 呻いているパルを蹴りつつ怒鳴る。

「おいコラ。タマァ潰したら真の力発揮とかフカシこいてたじゃねェか。とっとと起きろ」
「ひっ……ひぐぅ……こんな想像道理に最低最悪外道下郎な痛みだから最後の手段にしたかったウサよ……」

 片方砕かれたパルは未だに涙と涎を流しながら、股間を押さえて吐きそうな声音で立ち上がった。
 それでも及び腰になりながら、食いしばった口を開き彼は言う。

「性欲を魔力に変える兎人族の最大にして一生で2つ使いきりの魔力タンクを砕いて使ったウサ……! 故に、今だけは未熟ではあるシスターのボクが最高の奇跡を使えるウサ!」

 パルは大きく息を吸い込む。
 世界には神が居る。神は信仰を力に変えてその存在を具現する。だが、その信仰という形のない力は時にそれ以外の信仰者のエネルギーを糧に増幅することができる。
 例えばそれが膨大な魔力でも。信仰心や修行期間を超越して覚悟として神に捧げられるならば、それは[秘跡]を超えた[奇跡]を返す。普通、奇跡は単独では起こせず、使えるものは[奇跡者]として聖者に近い扱いを受ける程の一つの宗派に数名しか居ないような高等能力だが。
 歌だ。
 歌神を進行するパルは魔力と睾丸を犠牲に、捧げられた聖歌の真の力を汲み出す。
 行こう、と彼は思った。
 歌おう、と心の底から。
 犠牲なんて気にしない。
 ただ、愛する人たちのために歌おうと思った。
 それにきっと神は答えるのだと確かな信仰心を魔力で増幅させて。

「聖歌『時告げる空神の軍楽隊』──凌駕詠唱(オーバーソング)」

 最も効果的な──仲間のために歌う唄を謡った。 



「『空は深く彼方まで(アメイジング・グレイス)』」





 *******



 ダンジョンの中は吹き抜けの通路だった。高さにして8メートル、幅4メートル半ほどの空洞が続く場所で、一部は絶光鳥の砲撃により極端に広がっているだけの地下である。
 だが。
 歌神信仰シスターパルの歌と同時に世界は一変した。
 どこまでも広がる緑の草が生えた地平と限りなく透明に近いブルーの大空。
 数百キロメートル先から変わらないように吹いてくる涼しげな風。
 小さく、乙女のゆったりと歌う声が聞こえてくる。
 そこにパル達4人と絶光鳥が突然出現した場違いな侵入者のように存在した。

「なっ、なんだというのだ? これは!」

 周囲をきょろきょろと見回す絶光鳥。十数年ダンジョンの中で過ごしていた為に突然の環境の変化に戸惑いを隠せない。
 凌駕詠唱──幾つか有る歌神の聖歌バリエーションの1つ。神の加護を最大限に卸し、現実を塗り替えとんでもない奇跡を起こす神の威光を発揮する。
 戦いと空の聖歌『時告げる空神の軍楽隊』の力を開放すればいかなる場所だろうと深く彼方まで広がる大空を生み出し──その下にいる仲間たちに様々な加護を与えて敵を殲滅することができる。見た目は綺麗であるが現実と重なった亜空間を強制的に優先可能性世界にするよくわからないけど凄い奇跡状態なのだ。
 そして安らかな空間には似つかわしくないほど凶悪に顔を歪ませる男が居た。
 イカレさんだ。
 彼が浮かべたのは笑みだ。とても笑みとは思えないような、快楽殺人者が女子小学生に農薬飲ませて悦に浸っているような表情を浮かべる。

「いいィィィィィィィ歌ァ持ってんじゃねェか色ボケ兎ィ!! そォだ! 糞狭ェダンジョンでストレス溜まってたんだこちとらよォ!!」

 彼は両手を大空に捧げるように掲げる。
 理解できないほど高く想像だにしないほど広い空はどこよりも恐ろしく何よりも自由である。
 その自由を満喫できる存在。
 それは鳥だ。
 鳥のように窮屈も我慢も嫌うイカレさんという名の召喚士は、魔力を解き放った。 
 空を埋め尽くす模様があった。百や千ではない数の召喚陣が無限に広がる青空に現出する。
 
「大盤振る舞いだァ……よォこそ俺の殺戮空間へ、クソ鳥野郎!
 超多重召喚領域……行くぜェ! 埋め尽くせ俺の『屠鳥殺宮』……!」

 一万か、百万か、はたまた一億か。
 数えるのも馬鹿馬鹿しい程の数の殺人的魔鳥が青空の世界に現れた。
 一匹一匹が人間程度の生物を壊すには十分の威力を持つ凶悪な空の狩人達だ。肉食鳥というのは飛ぶというそれだけで地上の獣よりも上位の捕食者になる。
 召喚する空の範囲を無限に広められた。
 それで彼にとって、召喚士一族の中でも無類の物量戦を仕掛ける事ができる。
 単純な破壊力では竜召喚士に劣る。広範囲攻撃力では精霊召喚士に負ける。召喚数では蟲召喚士よりは下になる。
 しかし数と攻撃力と魔力消費のバランスにおいて、鳥召喚士は誰にも負けない最強の領域を作り出すことができる。

「数ばかり揃えても!!」
 
 空を埋め尽くす蝗のような鳥の群れに数百条のビーム光を打ち込む絶光鳥。
 それにより千羽ほどの鳥が消えるが──残りすべてが瀑布のように突っ込んできた。
 
「この程度!」

 鳥類空手回し受けで数十羽同時に捌き消し飛ばす──が、当たるも当たらないも無視して数万羽突っ込んでくる魔鳥の群れ。絶光鳥の位置を通り去った後はターンして再び特攻を繰り返す。
 絶光鳥の体はフォロウ・エフェクトで包まれている。故に、ぶつかり来る鳥の衝撃を受け止めるためにエフェクトを高出力で維持する魔力がどんどん消費されていく。
 特性である魔力吸収を試みるも、鳥の群れの殆どは絶光鳥に一撃の体当たりを与えただけで魔力体が消滅するようなハリボテ同然の──それでいて攻撃力だけはある召喚鳥だった。これでは、百羽分解・吸収しても一発攻撃を防いだだけで魔力が赤字になってしまう。

「テメエの魔力が底をつくまで、付き合ってもらうぜ絶光鳥ちゃんよォ!」
「こ……このままでは!」

 申し訳程度に数百のビームを乱射しても鳥の数は一向に減らない。
 消滅しても即座に再召喚される。いくら体がフォロウ・エフェクトで守られていると言っても衝撃により金縛りにあっているようだった。
 このままでは、という絶光鳥のセリフの通り。
 このままいけるかと期待した。
 が。

「──なんてなあ! フヘハハハハハハ!!! 喰らえ必殺『明けの明星』ォォォォ!!」

 絶光鳥の体から指向されない強烈な光が発生した。



 ********



『明けの明星』
 絶光鳥の術であるその一撃は深く広がる空に新たな太陽を作り出すようだった。
 周囲を万に焼きつくす焔のコロナで、無数の鳥の群れのおおよそ三分の二を焼きつくし消し飛ばした絶光鳥は見下すように余裕の目を高慢に向けた。

「どうしたぁ? 意外そうな顔をしているなあ召喚士!」
「はっ、ホザいてろ鳥頭。強力な術を使えば使うほどテメエの魔力は減って弱る──」
「わけでも無いんだなあこれが! 我をそんじょそこらのデク召喚物と思うなよ?」

 ヴェルヴィムティルインは翼を広げて、胸に赤く浮かび上がっている紋様を魅せつけた。
 それは太陽を表す形に輝いている。

「我の体内には魔力恒星があるのだ。この身はヴェルヴィムティルインにして火烏──太陽の力を持つ霊鳥である!」
「あーなんかイカレさんがそんな事言ってたような……本人も忘れてたっぽいですが」

 こくこくと頷く小鳥。やおら彼女がポーチを漁り始めたが、それとは別に状況は進む。
 ヴェルヴィムティルインは翼でイカレさんを指しながら驕った声で宣言する。

「つまりもはや必要無いのだ! 貴様ら召喚士などこの宇宙には! 召喚士になぁ、我の服従など出来るわきゃねえだろおお!!」
「うぜェ知るかッ! 再度集いやがれ屠鳥の群れども!」

 再び大空に億千の召喚陣が生み出されるが、ヴェルヴィムティルインは笑い声を上げながら対応。

「何度繰り返しても無駄だ! この忌まわしい亜空間ごと破壊してくれるフヘヘヘヘ! 貴様ら召喚士の魔力が無くともなあ! 我は無限に魔力を行使できるのだ!! いくぞ!

『天に光を地には盃を──終わりの花と再生の羽根よ──烙印刻まれし魂に於いて──幾度も書き直される黒き暦!』」

「げ。まさかあのクソボケ鳥……崩壊神域を作り出す気かよ!? やべェ!」
「と言われますとイカレさん」
「崩壊因子を込めた光羽を鬼広範囲にバラ撒く術だ! 物質も魔力も全て土くれに返す文明埋葬の光が来るぞ!」
「名前的にまさかとは思いましたが」
 
 ぼんやりと言いながら手持ち無沙汰に杖を振る小鳥。
 危機感がないわけではないが、こんな時でも彼女の対応は変わらない。そもそもパーティメンバーで最弱もいいところの小鳥が、ラスボス相手に何らかの有効な攻撃手段を持っているわけでもないのではある。
 兎にも角にも崩壊神域『散朽光』を阻止しなくては大空に閉じ込めた凌駕詠唱どころか、この場に居る全員が塵へと分解されてしまう。魔力の繋がりすら破壊する光はあらゆる生物、魔法そして召喚術にとって天敵そのものだ。
 かつて神が地上から天上境へ逃げた際に、世界ごと魔王を滅ぼそうと概念存在として多次元から創りだしたのがこの終末の鳥である。神の使いにして神すら屠る最終を告げる神域召喚鳥。
 異世界における太陽の化身火烏でありアポロンの使いであり地獄烏であり太陽を食らうヴェルヴィムティルインであり全ての風を起こす巨人フレスベルグであり架空の魔鳥バイアクヘーでもある、多次元存在を内包したのが彼だ。
 イカレさんは舌打ちをしながら、詠唱により神霊護光の光りに包まれたヴェルヴィムティルインに攻撃するように魔鳥の群れに指示を出すが、数を優先して生み出したそれらは直接ヴェルヴィムティルインに触れる前に護光で消滅するほどである。
 魔力を大量消費して神霊護光を破れる強力な魔鳥を召喚するには魔力が不足していた。いくら時間で回復するとはいえ、短時間に消費したものは補えない。
 攻撃力として突破できるのは倒れているアサギのマッドワールドが効果的ではあるが──この世界の生物には持つことすら出来ない。小鳥に持たせても死ぬほど不安だった。
 そうこうしているうちに崩壊の時が訪れる。
 詠唱が完成したのだ。

「フヘヘヘハハハハ! 貴様らはなぁあああ! 土に成ればいいのだああああ! 崩壊神域『地朽光』であぁぁぁぁる!!」

 絶光鳥は高笑いしながら滅びの羽根を広げた。
 だが、それだけだった。何も、特別な事は起こらなかった。

「──むう?」

 不思議そうにきょろきょろと見回す。
 不発に終わった大技と同時に彼の神霊護光も収まりつつある。
 いや、それどころかフォロウ・エフェクトの出力すら弱まっていくように、体全体が輝いていた光が点滅しだした。

「なにが不調だというのだ!?」
「うふふ」

 含むような、無表情でありまったく面白くなさそうに口に出すのが特徴的な笑い声の小鳥へと目を向けた。
 彼女は手に何か酸素ボンベのような大きさの物体を掲げていた。
 道具袋の中に入っていたガラクタであり──今ぐらいしか使い用の無いアイテムだ。

「『マジカルニュートロンジャマー』起動成功。太陽の働きすらマジカル抑制するとはとんでもないものですねえ」
「なんだと!?」

 緑色の点滅が各所のメカニカルな箇所から発生して正常に稼働していることを示している、バザーの売れ残りアイテムであった。
 核分裂だろうが核融合だろうがP-Pチェイン反応だろうが超新星爆発だろうがマジカル的に反応を阻害させてしまうオーバーマジカロジー兵器である。効果範囲が狭いのが難点だが──結界の中に閉ざされているこの場で使用するには十分にヴェルヴィムティルインの魔力恒星も範囲内だった。
 もはやヴェルヴィムティルインの魔力自動回復機能は失われ、残存魔力は時を追うごとに減っていくようになった。
 
「チャァァァンス! っしゃァ死ねカスボケェ!!」
「ぬうううう!?」

 相手が弱ったと思った瞬間テンションの上がるイカレさんである。
 魔鳥の群れに指示を出して雹嵐のようにヴェルヴィムティルインに打ち付け始めた。体を包むフォロウ・エフェクトに打撃は阻まれるが、その分相手は弱っていく。
 
「よくやった手前ェ! 後は引っ込んでろ!」
「お礼は9本でいいと謙虚さアピールしながらジャマー持って隠れるわたしでした」

 珍しい褒め言葉を受けながら小鳥は、さりげない動作で発動させた魔法『ダークナイト』により生み出された闇の中に隠れて消えた。

「このちっぽけな小娘がああ! そこか!? 喰らえ!」

 大空と草原になっているフィールドの地面にはあちこちに黒い暗黒空間が斑に発生しており──そこに隠れれば外部からは姿を捉える事は出来ない。
 やってること地味だが強制ステータス低下させたまま戦闘離脱とかなり嫌らしい事をする女である。
 何条もの光線が地面をなぎ払うがヴェルヴィムティルインから小鳥を捉えることもMNジャマーを破壊することも不可能だ。
 
「おいおい、無視すんじゃねェぞ? ヒャハー死ねェ!」

 地上に意識を向ければ空中から数千の魔鳥が食らいつくように嘴や爪を突き立て、音を切り裂くような速度で特攻を仕掛けてくる。
 一発一発は対した威力を通さない攻撃も、秒間百発も食らえばバカにならない魔力の損傷になる。
 苛ついたヴェルヴィムティルインは怒鳴りながら全身からビームを乱れ撃つ。

「ふざけるんじゃあない! 我を誰だと思っているのだ、この程度おおお!!」

 一発の光線が並の竜ならば穴を空ける威力を持つそれを無数に乱打する攻撃力は凄まじいが。
 その千以上の軍勢はハリボテ同然でいくらでも湧いてくるとなれば威力も意味を成さない。
 驕り高ぶった絶光鳥とて阿呆ではない。さすがにこのまま削りきられては分が悪いと、もしかしたら、或いは、少しの可能性程度に思い浮かんだ。
 現状──最強である自分を危機たら占めている要因は3つだ。
 自分の力を封じ込める道具。
 鳥召喚士が攻撃する為の空間を形成している歌神司祭。
 前者はいつの間にか地上へ点在する闇の中に姿を隠してしまった。上空から狙い撃ちにするのは難しく、そちらに攻撃を向けている間により鳥からの攻撃を受けてしまう。
 ならば、狙うは司祭だ。
 兎の耳を持つ司祭はただ只管、輝いている様子で歌を唄い続けていた。歌神の奇跡を発揮するには目立つことも必要なので隠れる事もできない。
 ヴェルヴィムティルインは思う。あれを潰せば、この亜空間を解除できて闇に隠れる二人の隠れている空間も狭まり、攻撃の手も十全に飛行できない洞窟内では収まる。
 故に攻撃を仕掛けた。

「死ねえ──!!」

 歌い続けるパルに光線が放たれた。


 
 ***********



 パルは口から祈りにも似た歌詞を唱え続けながら眼前に迫る光条を見つつ、身じろぎもしない。
 恐怖はなかった。 
 むしろ愛の為に命とかゴールデン玉とかを犠牲に歌う自分格好いい……マジこれ終わったらスケベするわ……とか脳内は煩悩で満ちていた。
 かつて暗殺者だった自分を救ってくれた歌神の神父は死の間際に言った。

『泣いて眠らないために、明日を笑って迎えるために歌はあるんだよブラザー』

 その言葉で歌神信仰を引き継ぎ、多くの人のために声を出してきた。
 だから今、プレミアな犯罪感のそそる小鳥やヘタレ受けっぽいアサギ、ホモレイプされるのが似合うと個人的に思っているイカレさん。それらの愛する人たちのために。
 歌は彼の口から澄んだ音と清められし詩と共に紡がれる。

《大いなる恵みのなんと素晴らしいことだろう────私のような者まで救って下さる》

 負けて泣かないように。皆の笑顔をこれからも見て寄り添えるように。

《かつては彷徨っていたが、救われ……かつては目を閉ざし見えなかった恵みも、今は見え──》

 彼は只管歌を歌い、その純粋で清らかな思いと勘違いした歌神も彼に力を貸す。
 ビームが着弾する。

《──貴方の恵みが私の心に恐れることを教えてくれた》

 悲鳴など無駄なノイズは出さずに、ただ凌駕詠唱である曲を歌う。空の音を奏でる光の旋律を紡ぎ上げる。
 物質化寸前まで高熱化された魔力の粒子により収束されたビーム光はパルの右腕を焼き落とした。
 追撃が無数に飛んでくる。優しい歌と対照的な無慈悲な光の戦慄だ。
 
《──その恐れから心を解き放ってくれた》

 再び体の欠損。左手首の先が千切れ飛んだ。右足の膝が吹き飛び、左足は根本から断ち切られた。
 歌う、唄う、謳う。
 自分の歌が愛する人の役に立っているのならば。
 それは自分が愛されているのと同じ事だ。
 自分の歌で相手が苛立って攻撃をしているのならば。
 それは相手を感動させたのと同じ事だ。
 兎の少年はただ謡う。

《私が貴方を信じてから──》

 光が手足を寸刻みに削り取っていく。もはや立てない彼は四肢損失して大地に背中を預けながら声を上げている。そんな状態でも輝きながら、歌を響かせている。
 
「……何故トドメをさせんのだあ!?」

 いくら攻撃を放っても、手足や体の末端に当たり一向に致命傷にならないことに苛立ったヴェルヴィムティルインは怒鳴る。
 攻撃をパルに向けている分だけ、ヴェルヴィムティルインは周囲の魔鳥に向ける攻撃が減りダメージを受けているというのに。
 どれだけのビームを放とうとも、パルの体に直撃することはなかった。
 
《──どれほど尊いものを貰っただろうか》

 歌とともに輝きを増すパルの体にヴェルヴィムティルインは気づいて、悪態を吐いた。
 彼の体は最上位の加護、神霊効果ジーザス・エフェクトに守られている。それも手足は無視して、体──腹と喉と頭に強力なものが。
 歌神の大奇跡を降臨させるほどの術を使っているのだ。
 その触媒である『歌』を守るためにパルの歌に必要な部位は神が守っている。手足がもげても歌は歌えるということか。体がどれほど欠損しても構わず歌い続けられるパルの精神も異常であったが──愛など異常でなければならないという思いがあってこそだ。
 やれるだけの事はやる。
 最後に負けるとは思わなかった。自分の愛する仲間たちが最良の結果を収めてくれる。
 その為にどれだけ怪我をしても怖くはない。
 
(ボク、これが終わったらアサギさんとコトリさんとサイモンさんと、まあその他諸々に愛の告白するウサ……なんつって)

 胸中で冗談のような死亡フラグを立てるほど彼は満ち足りていた。
 自らが受ける攻撃に対しての反撃として歌の効果により生み出された稲妻砲が轟音を上げて敵へ襲いかかる。
 涼し気な乙女の歌であるだけではなく、この歌は天使と人との戦いの歌なのだ。爆裂する雷榴弾がヴェルヴィムティルインを包み、或いは降臨する天使の火が熱衝撃波を乱舞させて深い空に赤い花を咲かせる。

《──数多の危険や苦しみ、誘惑があったけれど》

 自分ではなく誰かの為に謡うことはなんて気持ちがいいのだろう……!
 日頃に溢れている性愛ではない、本当の愛を仲間たちの為に言葉に謳う。
 1人で謡ってた時の寂しさも仲間のために歌う時は感じない。
 その為なら何もを失って構わない。

《私が帰りつく場所へ辿り着いたのは──》

 これがたとえ報われることのない愛でも。
 それが或いは救われることのない恋でも。

《──貴方の恵みによって》

 歌うことにこそ、意味がある。
 みんな。
 大好きだよと叫び続けるために。

《これから何万年経っても──》

 愛する人達の希望をつなげる為に。
 戦いが勝利に終わったならば、自分の愛が伝わった成果だと満足するために。
 パルは歌う。
 体が壊れても心が砕かれても──愛の為に。仲間の為に。好きの為に。恋の為に。どれでも良い、誰かの為に歌い続ける。

《──太陽のように輝いて、貴方の為に歌うよ》

 空色の音符を重ね続ける。届く事を信じて。
 彼は未来を手に入れるために、歌は次の楽章へと移り歌い続けた。

(──ボクは、歌うよ)


《初めて歌った時よりも、ずっと上手に──》




 **********

   
 

「く、くくく、こうも付きまとわれるとはなああああ! 人間ごときが!」

「ほざいてろ」

 神より作られた合成神鳥であるヴェルヴィムティルインは笑い叫び光線で周囲の敵を蒸発させながら怒鳴る。
 体の不調はもはや無視できない程に進行している。戦闘時間をこれ以上伸ばせば弱り体を維持できなくなるかもしれない。
 異世界より来訪した他の神域召喚獣と違い、ヴェルヴィムティルインだけはこの世界の神が異世界の存在を模倣して創りだした生命だ。魔力の枯渇は、死を意味する。
 自分が戦っているのは矮小な人間だ。だが、かつて竜召喚士の呼び出した異界の悪竜アジ=ダハーカと存在の喰らい合いをした時よりも消耗している。
 無限の魔力発生器官が無くなっただけではなく、魔力の限界を超えて力を与えてくれる召喚士が今は居ないことも理由に挙げられるが。
 この人間どもが強敵なのだ。
 認めた瞬間怒りが膨らんだ。傲慢を二つ名に持つ自分が矮小な人間を脅威に感じるだと?

「うおおおおおお!!」

 自分を弱らせる魔道具を持ち逃げまわる小娘はどうでもいい。
 鳥召喚士に有利なフィールドを創りだす司祭もどうでもいい。
 手間のかかる相手を無視して──攻撃するのは纏わりつく鳥の群れではなく、それを使役する鳥召喚士だった。
 今まで狙おうと思わなかったわけではない。ただ、奴の仕掛ける全てを粉砕してから殺そうと思っただけで。もはやなりふり構わなく、闇に紛れても虹色に輝く頭を持つ鳥召喚士へ殺意の光線を向けた。

「ちっ──!? 危ッねェなァおい!」

 転がるように避ける。ヴェルヴィムティルインの周囲の鳥を消滅させながらイカレさんに向かって飛んでくるビームを転がるように避ける。
 だが、次々とそれは飛来する。

「っべー! うっぜェんだよクソが!」
  
 イカレさんは走り回り光線から逃げながら悪態をつく。時折頑丈な鳥をビームに叩きつけて直撃弾を反らしながら動きまわった。
 走りながら逃げるという行為の苛立たしさに顔を歪めるイカレさん。基本的に攻められるのも見下されるのも嫌いな彼は、一方的に攻撃蹂躙できる環境のみを好む。 
 逃げながら地道な攻撃を繰り返すなどやりたくはない。
 そろそろあの馬鹿チキンに効果的なダメージを与えるために攻勢に出たい。だが魔力の回復がイマイチで……

「イカレさん」
「ふォう!? いきなり話しかけんなウンコ!」
「ウンコ扱いは初めてですね……」

 暗がりから突然出てきた小鳥に驚くイカレさん。
 何故出てきたのか、と問い詰めると彼女は至極当然のようにこう言った。

「いえ、頭蓋骨が落ちてたので『怨』って文字を額に彫ってみたんですがその出来栄えを見て欲しくて」
「バーカ手前バーーーーカ!!」
「ナイスデザインといって欲しかっただけなのにこの扱い」

 いつもながら意味不明な行動を起こす小鳥を怒鳴ったあと尻を蹴りつけるイカレさん。
 しながらも手にもつ頭蓋骨を見て、彼の虹色の瞳はそれに宿る特殊な魔力に気づいた。

「……おい、それは俺のクソオヤジの髑髏じゃねェか」
「ならばこれを盃にして一杯ぐいっといきますか。あ、ノブノブって下戸だったらしいですね。パフォーマンスで無理しちゃって」
「知るか趣味わりィ。っていうかそォだったなクソオヤジの白骨死体も転がってたっけか……ケヒヒッ丁ォ度よかったぜェ」

 にたりと髑髏を持ちながら悪い顔で笑うイカレさん。小鳥は咄嗟に通報しようとしたが、圏外だったので止めた。
 
「よしゃ、これがありゃァ……後は盾だが──あ、クソッ逃げんな!」

 危機察知スキルにより嫌な予感を覚えた小鳥は即座に振り向かずに闇の中へ逃げていった。この戦場での脅威は運命力で禊いで攻撃命中率を陳腐化させられる敵ではない。理不尽な味方だ。本当に味方なのかも怪しい。つまりはチンピラだ。
 即席バリアを逃した彼は飛んでくるビームをスーパーサイモティックアクションで回避しつつ、ある術の詠唱のために時間を稼がなくてはならない為に身を隠せるところを探す。だが、周囲はパルの歌により異界化しているため遮る者のない平原と大空しかない。
 
「うん? パル公?」

 イカレさんはビームの直撃を無効化していた、仲間のために手足欠損しても頑張っている健気な司祭へ目をやった。
 
「アレ使えるじゃねェか」

 彼はナチュラルに外道だった。
 吐き気を催す邪悪のような溝の濁った色を目に浮かべて意気がったチンピラの如く笑いながらイカレさんはパルへと走って近寄り、彼の襟を掴んで持ち上げた。 

「よォしエロ兎、手前を盾にするけどいいよなァ? ダメならダメって言えよ?」

 歌を中断することも出来ない為に返事もできない。涙目で訴えるがそんなものは彼には通用しない。
 げひゃひゃと笑いながら飛んできたビームをパルの体で防ぐ。はらはらと涙を零しながらパルは歌い続けた。
 ひと通り攻撃を無効化して笑った後に彼は持っている頭蓋骨を使うことにした。親指の腹を噛んで小さく出血させ、意味もなく怨と書かれた頭蓋骨の額に押し付けた。
 召喚士は召喚術だけではなくそれに付属する魔力運用術も使える。
 そして召喚術が遺伝で継承されるように、召喚士の体は特殊な魔力を帯びているのだ。たとえそれが死んだ後の骨だとしても。
 呪文を唱える。

『恵みの血の雨が染み込んでゐる。麗しき肉塊潰して奏でるには偈にも愛しき囚人を縊り。おお見よ犬の雑巾が空を飛んでおる』

 召喚士なら誰でも知っている呪文だ。奇怪な言葉を唱えて遺骸は薄く虹色の魔力を帯びる。
 ビームが飛んでくるが全てパルで防いだ。詠唱は続く。

『砂利道を走る裸足の屍に障る聖者の列め。黒い4つの太陽に飛び込む羽虫が反吐を飲み込む。腐る密林すら悲しい悲しいと笑みを浮かべて千と一日』

 頭蓋骨が光の魔力粒子に消え、イカレさんの体に吸収される。
 これは召喚士の持つ魔力をその死体から受けとる術だ。召喚士の肉体は魔力が豊富なために死体すら他者に狙われることがある。それをさせないために死体を魔力に変換して吸収する術──通称『継承盃』と呼ばれるそれを使う。

『よかろう、欠片も許さぬ万事解決……!』

 詠唱が完成し──死骸に残されていた大量の魔力がイカレさんに流れ込んだ。
 気分が悪くなるような量の特異魔力を吸収しつつ、無理やり生卵を一気飲みしてテンションを上げたロッキーのごとく顔を笑いに歪めて吐き気を堪えた。
 彼の魔力量は召喚士一族では中の上程度だったが──遺体の魔力を吸収して強制的にブーストされる。
 
「ぐぎゃ、ぎゃぎゃぎゃぎゃががががががが!! きひひひひひひ!! ヒャーハハハハハハアアア!! オーケイ最高だ。糞オヤジ直伝の召喚術行くぜ! 出やがれ『ラグナロック鳥』!」

 一際巨大な召喚陣が生み出された。
 小さな旅客機ほどもある大きさで、焼け付く赤と炭のような黒の羽根を持つ鳥がゆったりとした動作で生み出される。イカレさんは盾にされているパルを掴んだままはその頭に乗り、その鳥のスケールからすると虫のような鳥の群れに襲われている、これも大きさが十分の一以下のヴェルヴィムティルインを指さした。

「神でも干渉不可能特異点的な神殺しの概念が固まって鳥になったみてェなのが『ラグナロック鳥』だ。神に生み出されたテメエにぶつけるにゃ丁ォ度いいぜ」
「ふっ……──舐めるなああああああああ!!!」
「ぶちかませェェェェェラグナロォォォック!」

 正面から激突する。
 空中にて巨大なラグナロック鳥とヴェルヴィムティルインが空間を震わせる轟音を出しながらぶつかり──拮抗した。
 次元を切り裂く程の絶対威力のラグナロック鳥の突撃をヴェルヴィムティルインが仮想光翼により数十倍に大きくなっている両翼をクロスさせながら受け止め、激しく周囲をスパークさせ溢れ出す魔力を暴走させながら押し留まる。 
 ラグナロック鳥だけは魔力分解して吸収することは出来ない。神殺しの鳥の因子を吸収したら神性を持つヴェルヴィムティルインにとって猛毒だからだ。 
 
「ぬうううう!!」

 収縮した魔力発生器官炉をフル稼働させて無理やり魔力をひねり出しながらヴェルヴィムティルインは対抗する。
 魔力さえ完全ならば……触れずとも消し飛ばせるというのに。知恵も特殊な力も無い、ただ神類に対する強烈な殺意と剛力だけの鳥に押されてしまっている。
 押される? この我が。絶光鳥は怒りを覚えた。

「ふん──!」

 己の魔力を大幅に削ってでも矜持を守ろうと力を発揮するヴェルヴィムティルイン。 
 迸るエネルギーが空間を歪曲させる仮想光翼を生み出して本来の翼の何十倍もの大きさに広がり、それを持ってラグナロック鳥を受け止めて弾き飛ばそうとした。
 拮抗の時間は数秒間だっただろうか。
 突然、それはヴェルヴィムティルインの背後に出現した。
 まったく艶のない、空間が裂けて虚無が現出したような漆黒の剣を片手に構えた忍者が、空間を跳躍してそこに現れた。もう片方の手にはキューブ状のエピタフを持っている。空間転移の宝遺物『無限光路』だ。
 小鳥が倒れたアサギから装備を剥ぎとって奇襲を仕掛けたのである。剣を握っている間は空も飛べないので無理やり転移を使ったが、脳髄が蒸発しきれないような激痛が小鳥を襲っている。

「小鳥の勇気が世界を救うと信じて……ご愛読ありがとうございました」

 振るわれる刀身を見た瞬間、光の霊鳥であるヴェルヴィムティルインは宇宙規模の闇を凝縮させた魔剣の危険に気づいた。
 切られたら終わる。
 そう認識した瞬間、彼はラグナロック鳥を防いでいた二本の翼のうちの一本を前面の防御から小鳥への攻撃へと移した。神殺しの鳥の攻撃よりも、ちっぽけな小鳥のほうが危険だと判断したのだ。
 薄さ1ミリに高濃度魔力エネルギーを圧縮させた光の翼が、小鳥の両腕をずるりと切り落として彼女の体を風圧だけで吹き飛ばした。
 分断された両腕と自由落下を始める小鳥の体。杖を持って魔法も使えないし、無限光路も手放してしまって──というか手ごと吹っ飛んでしまっている。
 魔力で焼き切られて失血死はしないだろうし、痛みによるショック死もしなかったが、

「あ、死んだ」

 小鳥は呟きながら堕ちた。

「おいいィ!? 隠れてろっつったろォがボケ女!! ええい、ともあれ今だラグナロック! ぶちのめせ!」
「ええいこうも後手に回るとは……!」

 ラグナロック鳥は翼の防御が弱まったヴェルヴィムティルインに向けて、自らの赤黒い翼を全力で打ち付けた。
 山を砕くような威力のそれを受けて、衝撃をフォロウ・エフェクトで緩和しつつ超速度でヴェルヴィムティルインは地面へと撃墜された。自然落下する小鳥よりもいち早く大地へ激突してクレーターを作り出す。
 そして落下する小鳥を救出しようとイカレさんが思ったが──距離が既にかなり離れていた。
 追いつけない距離ではないが、ラグナロック鳥を始めあまり高速で飛行する鳥は人命救助に適した性能ではない。ヘタすれば相対速度で串刺しにしかねない。
 舌打ちをしながら適当な鳥を召喚しようとしたが──地面から飛び上がってくる黒い影に、振り上げた手を下ろした。

「これが最後の言葉になります。シズマを、シズマを止めるんだエマニエル夫人。ビデオレター残しておくから」
「もうツッコむ気力もわかんわ君は──!」

 超外装ヴァンキッシュ──小鳥が装備を剥がそうとしても脱げなかった──を装備したアサギが飛行してきて剣と無限光路を持った両手を回収し、小鳥の体を受け止めた。
 剣を背中の鞘に納めて光路を腰のホルダーに直しながら慌てた様子でぼーっとしている小鳥に話しかけた。

「何がどうなってこうなってる───っていうか小鳥ちゃん両手千切れてるし───何これ!?」
「アサギくん……? 本当にアサギくんですか……!?」
「いや今そんな反応する展開じゃなかったよね───!? オレ寝てて起きただけだよね───!?」
「わたしの最後の言葉……これだけは覚えておいてくださいアサギくん……鳥取砂丘は実は日本で一番大きい砂丘ではないのです……」
「そうなの──ってどうでもいいよ──!? ああもう───それより腕出して!」
「はあ」

 言われるがままに肘から先がピンク色の切断面をしている両腕を前に出す。
 痛みはそこまで無いのは脳が麻痺しているのか神経伝達物質の効果か、ともあれ現実感の無いような状態だった。

「せっ──」

 アサギは千切れて固まりかけている両腕の切断面を、無理やり小鳥の肘に傷口が潰れそうなぐらい押し付けた。
 骨髄同士を擦り合わせた激痛が走った。

「ちにゃー!」
「我慢───しろ───」 

 足をばたつかせて苦しむ小鳥を抑えこむ。

「ア、ア、アサギくん痛い死んじゃう……! あ、なんかエロ系みたいなセリフ……いやどうでもいいけど超お痛いです。ドラッガーちゃんから貰った赤い薬を下さい死にます」
「落ち着け──とにかく腕をくっつけなければ──この薬『オッサンーヌの逆鱗』を飲むんだ──」
「オッサンーヌって鱗がある生物(ナマモノ)なんですか?」

 驚きに口を開けた瞬間、オブラートに包んだ物体を放り込まれた。
 瞬間、小鳥の眼前に半透明のオッサンが現れて寂しそうに、それでいて怒りをこらえているように佇んでいる。髭を剃るのに失敗したかのような絆創膏が顎に張られていた。

「アサギくん何かオッサンが、オッサンが目の前に。スタンドみたいなのが」
「半日ぐらい──オッサンの幻覚に苛まれるけど───無害だから気にしないでくれ」
「地味に凄く嫌ですねこれ……、あ、腕が繋がった」

 腕の切断面が薄い傷跡を残してくっついているのを小鳥は確認した。手に力は入らず、指を動かすことも出来ないが少なくとも形は繋がっている。神経や骨の接合面が回復するまでは時間がかかる。
 ばさばさと──重力干渉により宙に浮いているので翼を動かす必要はないのだが──こちらに飛んでくるラグナロック鳥とその頭に乗っているイカレさんが盾をぶら下げながら「おーい」と声をかけた。

「ともかく地上に降りっぞ。そろそろ歌の効果も切れそうだってなんかこー必死に耳で訴えてるみてェだからこの兎」
「──なんか見ないうちにパルがダルマ状態になってるんだが」

 両手両足を根本から欠損しているパルを見て顔を曇らせながらアサギは言った。
 さすがに手足が消滅した状態を治す薬は無かった。ああなれば義肢を調達して魔術的に調整しなくてはならないだろう。
 緊急的な対応とはいえ自分が戦闘不能の間にとんでもないことになったものだと小さく溜息を吐いた後、4人は地面に降り立った。
 やおら、聖歌の効果が切れて世界はほころび始め元の洞窟の中へと戻る。
 ラグナロック鳥を消して腕を組みながらイカレさんは10メートルほど先に堕ちて倒れているヴェルヴィムティルインを睨んだ。なお、盾はその辺に捨てた。
 
「そこまで魔力を削り取りゃあ抵抗も出来ねェよなァ絶光鳥クゥゥゥゥン? ひゃはは」
「イカレさんの見下し優位モードが来ましたね……さっきまでクソが、とか、マジべーわとか言いながら逃げまわってたのに」
「コイツもちっとは怪我すればよかったのにな──」
「外野ァ黙ってろ。さ、絶光鳥クン、俺様々様と奴隷チックな契約をして手駒というか雑兵というかそんなんになって貰ォか。一番契約歴若いから他のスズメくんとかウズラくんみたいなバイトリーダーには敬語を使うんだぞォ?」
「嫌がらせの為だけに言ってると信じたいウサ」

 本当にそんな規則あったら嫌だなあと思うパル。
 ニヤニヤとチンピラックスマイルを浮かべながらにじり寄ろうとする。
 だがその前に、ヴェルヴィムティルインは再び宙に浮かんでイカレさんをまっすぐに見た。白光に包まれた体は弱々しく点滅しており、そこはかとなく体に汚れもついている。見るからにボロボロとなった姿で、再び笑う。

「ふ、ふふへへへへへへははは」
「気でも違ったかァ?」
「ヒソヒソ……いっちゃあなんですがさっきからイカレさん三下の悪役みたいなせりふですよね」
「無駄に力のある小悪党って厄介だなあ──」

 こっそり話しあう小鳥とアサギはともかく。
 ヴェルヴィムティルインは揚々と宣言した。

「撤退する!」
「逃がすわきゃねェだろ!」

 イカレさんが再び鳥を多数召喚。前後の通路を埋め尽くすように壁を作った。 
 それを見ても何ら竦まずヴェルヴィムティルインの体を包む光は増す。

「バカめ! 我の逃走を邪魔することは許さん! そもそもだ、我の最高飛行速度に付いてこれる生物なんざ居るわけねえだろおお!!」
「……やべっあのクソバカ光速飛行モードに入るつもりだ!? 光の早さで逃げられたら追いつけねェ!」
「この忌まわしきジャマーの外に出れさえすれば、我の力は蘇る! その時にまた相手をしてやろう! さらば!」

 ヴェルヴィムティルインが体の向きを変えて背後に向かい光速で飛行する仕草を向けた。特殊な移動空間を創りだして光速に等しい速度で飛行することが出来るのも彼の能力であった。 
 そこが惑星上ならばどこへでも一瞬で移動し、その気になれば宇宙へでも軽く逃げ出せるだろう。
 光の霊鳥にのみ許された速度の領域である。無論、移動という行為しか出来ず光速で体当たりなどは出来ないのであるが……
 状況を把握したアサギは即座に超外装ヴァンキッシュを操作した。
 システム[Augmented Reaction mode]をアクティブへ。肉体強化、スラスターのリソースを全て反応速度増幅へと回す。警告。人体や精神への悪影響が懸念と脳に浮かぶが即座に許可。通常駆動から最大駆動、そして過剰駆動(オーバードライブ)へエネルギーを増大。警告を尽く握りつぶす。設定を0コンマ1秒へ。
 同時に無限光路へと精神のパイパスを通す。隠された機能──と言うよりも普通にはまったく使えない機能を起動させた。超光速移動経路を手動に切り替える。これにより光を超えた速度を決められた直線ではなく自在に動くことが可能であるが──空間の情報を知覚処理することが不可能である。
 だがその光を超えた速度を知覚できる能力があれば──だがそんな精神と情報処理の領域に人間の脳は耐えられない。
 奥歯に含んだ赤いカプセルを噛み潰して飲み込んだ。薬師ドラッガーから貰った、あらゆるバッドステータスを後回しに出来る奇跡の或いは禁忌の薬『レッドドーン』だ。
 体や精神にかかる悪影響を一時的に持ち越して、限界を超える。
 空気の粒子すら停止したように見える空間にアサギは居た。
 そこでは時間が体感で長く感じられすぎて、動くもの全てが相対的に停止しているも同然なのだ。彼の神経伝達はもはや通常ではなくヴァンキッシュから生み出されたレイズ物質によって補われている。
 無限光路は量子的な瞬間移動装置ではなく、その場の空間に時間の流れが大きく異る重積亜空間を上書きさせてプラスとマイナスの境界面に座標を移動し逆行する時間粒子を共通する重力で捻じ曲げて熱量の増大が齎す軛から解き放たれるのだ。よくわからないが凄いのである。
 そして、動き出したものが一つだけあった。
 光速で逃げようとするヴェルヴィムティルインだ。アサギは剣を構えてゆっくりと歩くような速度で飛ぶヴェルヴィムティルインへ迫った。
 動く度に時間と空間の修正力により体からちりちりと青白い光の薄膜が生まれるようだったが、無視。
 アサギは少なくとも、小鳥の両腕を切り落としたヴェルヴィムティルインを逃がす気はなかった。
 危うく死ぬところだったのだ。ただの女子高生が、異世界で家族とも再開できずに。アサギは怒りにより心が酷く冷えていた。
 
「な──」

 ヴェルヴィムティルインの口が開く。音としてではない特殊な空間のテレパシーのようなもので言葉が伝わった。

「なんだというのだ!? たかが人間が、我が光の速度に付いてこれるとは!?」

 誇りを傷つけられたように言う傲りの絶光鳥を彼は鼻で笑ってやった。

「残念だがその速度は既に──インフレ済みだ」

 この世界では光が最速なのかもしれないが。
 異世界最高の速度である光速の876倍でアサギはヴェルヴィムティルインの翼を切り落とした。



 ***********


『システムオーバー。強制冷却モードに入ります』

 その機械的な声が突然流れ、そちらに3人が目線をやれば、離れた場所で蒸気の揺らぐマントを靡かせたアサギが剣を収めて、その足元にヴェルヴィムティルインが倒れていた。
 第三者目線からすると突然ヴェルヴィムティルインもアサギも消えて、いつの間にか勝負が終わっていたという結果だけ見せられるのでさっぱりであったが。
 ともかく、アサギは片翼を失ったヴェルヴィムティルインを掴んでイカレさんの方に投げた。
 魔力を奪うマッドワールドに切られたことによりもはや魔力は枯渇して存在自体が消滅寸前である。
 
「逃げよォったってそォはいかねェぜ? おいおい、チョーシ悪そうじゃねェか鳥くん。冷たい飲み物でも欲しいのかァ? あァん?」
「すごい……自分の手柄のように威張ってます……」
「何を言っても無駄ウサね……」

 もはや首を上げることすら出来ないヴェルヴィムティルインを嗜虐的に見下ろして、満足がいったのかまだ血の滲む親指をその体に押し付けた。

「ほんじゃまァこいつ死にそうだし、契約無理やり結ぶとするぜ」
「ぐぅぅぅぅやめろおおお!!」
「かはは遅ェ遅ェ喰らえ! 血の呪縛によって汝を遣う! 召喚契約術『スタンドバイミー』!」
「ヌアレエエエエエエエエ!!!」

 召喚士の血から生み出された極細の鎖がヴェルヴィムティルインの体に絡みつく。
 束縛すると同時に対象の持つ魔力抵抗を抑えこみ、その魂へと契約術式を刻み込む。普通の鳥ならば弱らせなくとも契約可能なのだが、規格外の相手となると相手の持つ魔力を召喚士自身の魔力が凌駕しなければ契約は成功しない。
 普段から魔力がケタ違いに多い相手と契約している竜召喚士や精霊召喚士は特殊というか召喚士一族の中でも化け物レベルなのだが。
 プリズムのような光が数秒間放たれ魔力のぶつかり合いが周囲に放電して数秒。
 怒鳴り声をあげていたヴェルヴィムティルインは黙り……やがて何もなかったかのように羽を広げて宙に浮かんだ。
 
「あらー誰かと思ったらサイちゃんじゃないのー久しぶりだわさー」
「いや、テメエゼッテー普通に俺だと認識して攻撃しまくってたよな」
「何言ってるのよやだわーあら? そっちの皆はお友達かしらー」

 緊張感の無い声を出したヴェルヴィムティルインに小鳥は呟いた。

「オカマ声になった……」

 口調は柔らかくなったが声色は成人男性のままだ。しなを作ってる分だけ、やたらカマっぽく聞こえる。
 憑き物が落ちたような妙な声を出して切られた翼も再生し、心なしか大きさも鳩ぐらいに縮んでいるヴェルヴィムティルインはなんというか先ほどまで戦っていたラスボスの風格が完全に抜け落ちていた。
 オカマバード一号だった。
 
「んもーここ十年大変だったのよーサイちゃん。ヴォロルちゃんにここに連れてこられたはいいけど肝心のヴォロルちゃんは角獣の尖兵とメイドにぶっ殺されちゃうし遺体に残った残存魔力に縛られて遠くへもいけないしー。我様、イライラしちゃって適当に暴れてたのよん」
「クソオヤジが厄介なところで死ぬのが悪ィんだ。つゥかボスじゃなくて手先にやられんなよだっせェ」
「我が戦ってる間に暗殺されたらしゃーなしなのだわさー。でもまーサイちゃんはお仲間が居るみたいだし? 我を仲魔にしたからには炎獣ジャバウォックでも蛇王アナンタでも連れてこいって感じよオホホホホ」
「やられたばっかなのにすぐ調子コキやがって……」

 何度もやられかけたのに即座に調子に乗っていた召喚士は呆れたように言った。
 オカマバードと会話しているイカレさんはともかく。
 投げ出されてあんまりだったパルをぬいぐるみのように抱きかかえた小鳥は元の通路の途中にあった隠し部屋へ足を進めていた。なお、元から体重が軽かったパルは手足を失い小柄な小鳥でも軽々持てる軽量化を果たしている。
 アサギも呼ばれたのでついていき──半ば崩れたような部屋の惨状を見た。
 
「うわー……ここに怪しげな召喚陣があったんですがねえ」
「──というと?」
「フラグ的に元の世界へ戻れそうな。ほら、ここに陣の痕跡が。ひび割れて壊れてますけれど」
「これじゃあ使えなさそうウサね」
 
 小鳥の記憶した、魔王の日記に記されていた召喚陣と断片的に一致するそれは、イカレさんもぶちかました死呼椋鳥の衝撃波やヴェルヴィムティルインのビーム流れ弾でほぼ破壊されていた。
 
「グッバイワールド……アサギくん、この世界に骨を埋めましょう。わたしのお墓は荒野に前のめり」
「そんなソッコー諦めないでくれ──」

 悲しそうにアサギはかぶりを振った。
 実際にその召喚陣とやらを見たわけではないが、妙なところで鋭いこの娘の判断もある程度信用でき──認めるのも嫌ではある。
 どうしようか、と悩んだら一人と一匹──イカレさんとヴェルヴィムティルインがこちらにやってきた。

「なにやってんだァ? とっとと帰るぜ」
「すっかり忘れてますねこの人……いえ、ここに帰還用の陣があったのですがこのとおりでして」
「ん? そォいやなんか妙な魔力が漂ってるが……まァ陣は潰れてて再現不可能だなこりゃ」
「むう──」

 あっさりと肩をすくめて絶望的な事を言う召喚士に言葉を詰まらせる。
 13年間、帰ることを夢見続けていたその希望がここにあったかもしれないのだ。
 次に帰れる希望を見つけられるのはいつになるか──或いはもう無いか。
 くらくらと頭痛を覚えるような思いでアサギは表情を暗くした。
 だが、

「待て、我にいい考えがある」
「本当ですか司令官。あ、失敗フラグ」

 ヴェルヴィムティルインが上げた声に小鳥がよくわからないツッコミを入れる。
 特に誰にもネタが通じなかったようでスルーされて、オカマ口調から頭脳派参謀のような感じの声音に戻ったヴェルヴィムティルインの提案は続く。

「サイモンよ、我に魔力を寄越すのだ。改めて我の力を示してくれよう」
「テメなに偉そうにしてんだ」
「サイちゃ~ん、我にあっついやつ頂戴♪」
「キモっ死ねっ」

 言い直したオカマ言葉に嫌悪感を示しつつ、イカレさんはヴェルヴィムティルインに魔力を追加で増幅させる『サロゲート』の術式を使った。
 ヴェルヴィムティルインの体の白光が強くなり太陽の紋章が再び輝き出す。魔力が凄まじい勢いで供給されて霊鳥・ヴェルヴィムティルインの能力が万全となっていく。

「フヘヘヘヘヘハハハ! 中々良い魔力ではないかあああ! 竜召喚士のお兄さんだけはあるでなあああ!!」

 そして翼をひろげて、薄青色に輝く光羽を周囲に撒き散らす。アサギは気味が悪そうにそれを避けている。ちなみに、マジカルニュートロンジャマーは解除していた。
 これはヴェルヴィムティルインが持つ崩壊神域ではないもう一つの能力。
 
「時が未来に進むと誰が決めたんだぁ? 暦を新たに書き直す!! 『リタァァァァァン』であ──る──!!!」
 
 叫びと同時に羽根に込められた魔力が発動する。
 光の速度は時をも司る。そして光を支配するヴェルヴィムティルインは流れるように進むだけの周囲の時の流れをある程度かき混ぜて操作することが出来るのだ。
 光羽に触れた部屋の惨状が元の綺麗な部屋に、ビデオの巻き戻しのように戻っていく。
 パルの両手足が冗談のように綺麗なまま出現した。
 小鳥の両腕が切り飛ばす前のように正確に神経も肉も血管も繋ぎ合わさり、動くようになった。

「おお、これは時空操作。便利な能力を持ってるじゃないですか」
「フフンもっと褒めろ愚民ども。まあ、魔力を媒介に操作してるから周囲の魔力だけは時間を遡らないのではあるがな」
「……あ、本当ウサ。千切れた手足は戻ってるのに砕かれた片タマはそのままウサ」

 もにゅもにゅと元に戻った手で股間を揉んでいるパル。兎人族のタマタマは物理的と言うよりもマジカル的というかスピリチュアル的物質なのである。剥ぎ取り率3%基本報酬5%のレア素材だ。
 それはともかく。
 復元された召喚陣に屈んでイカレさんが調べている。僅かに虹色に光るそれは魔王の魔力残滓があるようだ。
 
「えーと上に門、下にスパゲッティ・モンスターを配置して五重封絶紋と二重螺旋、フリーメイソントライアングルの中に真実の眼。確かに文献にあった異世界送還用っぽいな」
「使えそうですか?」
「なんとかな」

 素っ気ない返事に小鳥が「いえー」と棒読みをしながらアサギとハイタッチをした。アサギもぎこちなく応えるが、手を上げた瞬間パルが下半身にセクハラしてきたので手首をコキャった。パルは倒れた。
 
「これで帰れますよアサギくん。よかったですねえ」
「──ああ。そうか、帰れるのか……元の世界へ。やっと──また家族に会えるんだな」
「そうですね。ほらおみやげの帝都薄皮饅頭も買いましたし。コンビニで」

 アサギが珍しくほっとしたような顔になっていた。
 この世界に来てからはずっと旅をしていたようなものだった。日々を戦いと警戒に費やして得たものも失ったものもあるが、心休まる安全な家は無かった。比べるべくもなく現代日本は平和であり、懐かしい実家の布団は高級な宿よりも渇望を覚える。
 彼は疲れていた。誰も疑わず命のやり取りをせずにただ休みたかった。元の世界ではそれが叶う。
 だが。
 イカレさんが言葉を出す。

「喜んでるところ悪ィんだが……あん? なんで悪ィんだ? 別に俺が悪いわけじゃねェよな。ああ、別に悪くないから聞け」
「なに自分の言葉尻に苛ついてるんですか」

 彼は半目でアサギと小鳥を見ながら口を開く。

「この召喚陣な、異世界召喚士である魔王ヨグがいねェから陣に残った魔力で転送するしかねェんだが」

 一呼吸置いた。



「……残った魔力だとどっちか一人分しか元の世界へ送れねェみてえだぜ」



 どっちが帰るかは手前らで決めるんだな、とイカレさんは肩をすくめて、そんな事を言った。
 その言葉に、アサギは凍ったように固まった。

 
 一方で小鳥がきょろきょろとカメラを探しながらフェードアウトをしようとする。



「残された椅子を奪い合い勃発するマジカル忍者小鳥とダークフェンサーアサギが史上最大のラストバトル。その力、神か悪魔か或いは……次回、『死神の見る夢は、黒より暗い暗闇か』です。また地獄に付き合ってもらおう」
「次回って何ウサ」

 

 


 
 


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