『大事なことに気づいてしまったので、恐らくこれが最後になるでしょう。恐るべき真実ですが、これを読んだ誰かに知っておいて貰いたいです。
いいですか、鳥取砂丘とは───』
(鳥飼小鳥の日記はこの文を最後に途切れている)
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「ダンジョンへ行きましょう」
何故アイス・シュアルツにトーストを焼かせただけで不味くなるのか、アサギとイカレさんが真剣に話し合っている朝の事であった。
いつもより遅めに起きだしてきた小鳥は挨拶も二の次に、建設的な事を言い出した。
アサギは持っているコーヒーをそっとテーブルに置いて──微かに震えていた為、小さく音がなった──涼やかな笑みを彼女に向ける。
「ダンジョン──懐かしい響きだな──」
「そもそも俺らなんでダンジョンなんて通ってたんだっけか」
「はいはい、そういうボケはいいですから」
きっぱりとボケを封じる小鳥に、常なら無い意欲を感じたアサギが問いかける。
「急にやる気が──?」
「ええ。やる気モリモリマッチョマンの州知事ですよ。ほらこの雑誌にも今週の運勢、『設定年齢17歳蟹座のB型のあなたは天中殺!』って書いてありますので今回はうまく行きそうな」
「いや──なんでこの世界の雑誌に十二星座とABO式の血液型分類な占いが載ってるんだ──」
半目で呻くアサギに、小鳥は実際に雑誌を渡した。確かにこちらの世界で活版印刷された週刊誌である。
ただ、占いコーナーには意味不明な単語で占い結果を書き連なっており──拡散榴弾型で特質系の人は右肘が生えますとか、西海岸に住むマリンコープス族の方は今すぐ死んでおけばよかったと思うような激痛に見舞われますとか──その中で奇跡的に蟹座のB型という単語が一致したのだろう、と納得した。
しみじみと小鳥は言う。
「小さい頃は蟹座を恨んだものですが……ええ、しかし今は蟹座の恩恵受けまくりタイムなのでレツゴーです」
「──君は聖闘士星矢世代じゃないだろ?」
「なんで女って盲目的に占いとか信じるんだろうなァおい」
「ちなみにマンモス団地はのりピー語じゃないんですよ?」
「しらねェ」
かぶりを振り、イカレさんはのそりと立ち上がって小さく伸びをした。
あくびの混じったような声で言う。
「んじゃ適当に出発すっかァ。途中エロ兎拾って」
「折角なので縁起のいいフラグでも立ててから行きますか」
「ん?」
意味のわからないように聞き返すイカレさんを横目に、とりあえず見本を示すようにアサギに手を向けた。
「まずはアサギくんから」
水を向けられたアサギはフ、と少し悲しげに笑い胸元から一枚の古ぼけてすり切れた写真を取り出した。
そこには幼い可愛い少女がアサギの膝の上に座って笑顔を向けている写真であった。
「故郷の妹だ──可愛いだろう? こいつが嫁に行くまでには戦いを終わらせて帰ってやらなくてはな──」
「……」
次に小鳥が前に出てカメラ視点を探しながら言う。
「今度の仕事でわたしはアシを洗おうと思っていましてね……もし帰れたら小さな店でも開きましょうか。殺人犯と同じ部屋にいられません、わたしは自分の部屋で寝るからもう何も怖くない、怖くは無い」
「色々混ぜすぎて意味わかんねェことになってんぞ」
呆れた様子のイカレさんは肩を竦めて言う。
「手前ら、如何にも死にそうなセリフを吐くのは勝手だが俺を巻き込むなよ。死ぬときゃ一人で死ね」
「おっと? こういうセリフを言う人に限って」
「庇って先に死ぬんだよな──」
「うっぜェ……」
ぐだぐだと死亡フラグも立て終えたいつものメンツは、やはりいつも通りにだらだらとダンジョンへ向かうのであった。
もはや倦怠すら感じるようになった日常の光景。
それでも時が未来に進むように物語は落丁したような速度で唐突に進んで行く。風が吹いたからでも、桶屋が潰れたからでも切欠はどれでもいいが。或いは作為的に作られた占いの結果かもしれない。
こうして奇跡的か偶然的かわからないが、彼と彼女にとっての別れの冒険は始まったのである。
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乾燥した空気が流れていた。
幅4メートルほどの道を4人は進んでいる。周囲は人工的な明かりが天井に設置されているために見通しが良かった。壁や床も樹脂のような金属のような謎の物質で作られており、あちこちに用途不明のパイプやケーブルなどが見えて工場の地下のようだ、と小鳥はなんとなしに感じた。
ダンジョンの構造はかなり謎に包まれている。岩肌の見える洞窟風の道もあれば膝下まで水に浸かるような水路、霜の降りた冷凍庫のような大部屋、胃袋の中のような有機的でグロテクスな空間など様々な空間を作り出す。
道の選択は多くあり、熟練の冒険者がマッピングを行い徐々に中層ぐらいまで解明していくのだが、半年に1度はその努力も無駄になる。ダンジョン初期の正確な内部情報は時価として高めの値段で取引されているほどである。
特に最難である今期は遅々としてダンジョン攻略の手は進んでいない。浅い層で既に並の冒険者では手が出せないような魔物が多く出現するからだ。深部まで挑めるのは冒険者の中でも小鳥らのパーティー以外では数えるほどしか居ないだろうし、それほどの実力のある冒険者もわざわざ危険を冒して挑まずとも蓄えや他の仕事がある。
単純な金稼ぎ以外の明確な目的を持ってダンジョンに挑む人間は少数派である。
先頭に不意打ちを警戒するアサギが歩きその後ろに罠感知のための小鳥とメイン火力のサイカレさんが並び、最後尾にパルが付く陣形である。
反政府ゴリラの群れを打ち倒し、仕掛けられたベトコン仕込みのトラップを解除した4人は足音を響かせながら硬質な道を進んでいるのであった。
「いやあ、反政府ゴリラは強敵でしたね」
「むう──やはり地味に遠距離攻撃を持っている相手は危険だな──ゴリラの癖に銃器を使うとは」
剣を片手に持ちながらアサギが同意する。彼の増幅された動体視力と加速された反応速度を持ってすれば銃弾を避けることも切り飛ばすこともできるが──後衛はそうもいかないからだ。
いざという時に最大の防御力を持つのが、決して折れない剣と生半可な銃弾は貫通しないマント、付加効果の電磁障壁を展開できる自分なので気を張らなくては、とアサギは思う。
「だから相手が銃とか持ってたら後ろに下がっていろよ──」
「おいおい、舐めんなよォ? たかが銃弾ぐらい俺の七色の視力を持ってすれば見てから回避余裕だっつゥの」
「ボクの驚異的脚力で飛びまわれば銃弾なんてかすりもしないウサ」
「主人公には当たらないのですよ。ジョン・ウーみたいに台車に乗って滑りながら避けますとも」
「──危機感無いパーティだ」
溜息混じりに表情を濁らせるアサギ。
ダンジョンを潜ること十余年、世界も数年旅をして危機も窮地も土壇場も味わったアサギからしてみれば随分と気楽な心構えであった。
特になんら実力ないのに自分が生き残る確信だけはメタ視点から持っている小鳥。この女子高生の根拠のない無駄な順応力と危うさはどこから来るのかアサギも疑問である。鳥取という特殊で醜悪な県民性なのだろうか。
せめて死にそうに無い、或いは死んでも転生できるこの世界の住人である他の仲間よりも、故郷で家族の待つ小鳥を優先して守るべきかともアサギは思う。
ともあれ四人は通路を進み、やがて広間へと出た。
地下工場の通路のような風景からそのまま、何らかの機械や作業用の設備が並んでいる体育館ほどの大きさの部屋だった。何をしているか、調べてもわからないだろうと高校生程度の知識量な小鳥とアサギは思う。そもそもダンジョンの不思議など殆ど理屈ではないのでから気にしても仕方ない。
死角や遮蔽物が多くごちゃごちゃとした室内。アサギは嗅覚で危険を感じた。何かが潜んでいるような息遣い──そしてオゾン臭が僅かにした。
仲間に声をかけようとした瞬間、
「──!」
突然10メートル程前方の物陰から集団が飛び出して来た。都市迷彩服の上からボディアーマーのような物を着込んだ体格の良い軍人風の男たちだ。人間か、とも一瞬迷ったが、男たちは無言で大型のアサルトライフルに似た武器を構え──発砲しようとした。
高速知覚・反応が可能なアサギはマシンガンでも相手の発砲後に避ける事は可能であるが、脳裏に響く嫌な警告に従い手を伸ばして捕まえることが出来た小鳥とパルを掴んで銃口から逃れるように、大きな機材のようなものの陰に凄まじい勢いで飛び込む。
銃弾を見てから避けれると言っていたイカレさんが奇襲の餌食になった。
「あン?」
それでも半端に、銃口から身を躱していたイカレさんは肩と右太腿に妙な違和感を感じて──転ぶように倒れる。
血は出ていなかった。ただ、穴が貫通していた。
傲りではなく、事実撃たれた銃弾を見ることもできる彼の眼にも何が飛んできたかまるで把握できない。
攻撃を受けたイカレさんを側面から見ていた小鳥は告げる。
「服の焦げと傷跡、武器の形状からしてあれは……レーザーライフルです!」
「んだそりゃァ!? ──ッ『鉄朱雀』!」
再び銃口を照準されていることに気づいたイカレさんが咄嗟に鉄製の嘴と羽をしている雀を大量に生み出して目の前に壁を作った。
鳥の壁の隙間から乱射してくる光線。穿たれた片足を庇い、跳ねるようにイカレさんも遮蔽物へ下がる。
「くっそがァ!」
「いきなり文明が進化しすぎですね……」
小鳥が隠れたまま感心したようにぶつぶつと呟いた。
「光の波長からしてフッ化水素レーザーだと思われます。軍事用にも利用されている高出力化学レーザーで、携行火器サイズに収めているというのに人体を容易く貫くのは怖ろしいですね」
「──なにこの女子高生──いや、ともかくオレがなんとか処理するからお前らは隠れ──」
アサギが指示を出しかけた瞬間、パルの耳がぴくりと動いて眼を見開き、近くの空間を睨んだ。
そこは何もない空間であった。他の誰も気づいていない。パルは言葉に出す前に動いた。
強靭な脚力で金属製の床をへこませるほど強烈に蹴り、飛び上がった。勢いのまま、何もないように見えた空間に激烈な飛び蹴りを放つ。
空振りするようにしか見えないパルの動作に一瞬仲間たちは驚き──そしてパルの蹴り足が『何か』に当たった瞬間それは姿を表した。
場所に滲み出るように現れたのは銃を持っているのと似た軍人風の敵だ。歪な手甲をつけた巨大なアームで蹴りを受け止めたが、数メートルほど後ずさりしつつ透明化が一時的に解除されている。そして再び空気に溶けるように消えた。
光学迷彩機器による透明化であった。4人が遮蔽物に隠れたのを見越して、隠密のまま攻撃をしてこようとした敵を音に敏感なパルが気づいて反撃したのである。
パルは耳を回すように周囲を索敵して叫ぶ。
「マズいウサ……まだあちこちに居るウサよ!?」
「ステルス迷彩にレーザー銃だと──こいつら何者だ──!」
アサギが超外装ヴァンキッシュによる短域パルスサーチ機能を発動させながら口に出した。
すると意外に、相手側から声は返ってきた。最初に現れたレーザーライフルで未だにこちらを狙っている、部屋の奥にいる相手からのようだ。
軍人風の格好にベレー帽も被っているリーダー格と思しき男は冷たい眼にサディスティックな光を灯しながら言う。
「くくく愚かな冒険者諸君、ここまでこれた事は褒めてやりたいが新型の我らに遭遇するとは不幸だったな。そう、我ら光学武装強化サイボーグ特殊部隊『シャイニング・フォース』と出会ったからには死んでもらう!」
「シャイニング・フォースですって……!?」
小鳥が驚いたような声を上げる。
どこかのんびりした声色でいつも喋る彼女が驚いていることにアサギは不審を覚えて尋ねた。
「知っているのか──?」
「いえ、ただなんか漫画とかにすっごい出てきそうなカマセ部隊だなーって思いまして」
「どうでもいいよ──!」
叫び、周囲の索敵状況に唸る。予想外に潜んでいる敵がいる上に特殊な電磁波を帯びているサイボーグは、周囲に散らばり互いに干渉しすぎてヴァンキッシュの機能を使っても正確に場所は把握しづらい。
一人だったならば高速移動と撹乱で何とかなる自信がある。
だが戦闘力の乏しい小鳥や既に負傷しているイカレさんが狙われる可能性は大いにあった。
アサギは作戦を適当に立ててさっさと伝える。時間を掛けていてはいつ包囲殲滅されるかはわからなかった。
「おいサイモン──飛べるな!?」
「ったりめェだうっぜェこいつらぶっ殺してやんぜ」
「小鳥ちゃんはサイモンと一緒に空へ──!」
アサギは小鳥に有無を言わせず首根っこを掴んでイカレさんへ放り投げた。小鳥を受け取ると同時に同時にイカレさんはビッグバードを召喚して天井の高い部屋の宙空へと舞い上がる。
飛び出したのを狙っていたサイボーグ兵士がレーザーライフルで狙撃をするが、高濃度の魔力で召喚生成した大きな鳥は一条や二条穿っても飛行に支障はない。質量や衝撃波のある銃弾ではなく、傷口を焼き切り痛みも少ないレーザーであるというのも幸いした。
さらには小鳥がイカレさんへ放り投げられる前にアサギに渡された幅広の剣斧『ロートレイターアクスト』の鏡面に当たったレーザーなど、正しく反射されてしまいライフルのうち1つが破壊された。
サイボーグ兵士の動揺冷めぬうちにアサギが物陰から飛び出して接近する。
「パルは耳を使って逃げ回り───消えてる奴を小突いて注意を引いておけ──!」
「そんな事を言われてもボクは格闘家じゃないウサ……おっと」
パルは透明化したまま接近してきたサイボーグ兵士のナイフをしゃがんで躱し足払いをした。足音で近づいてきていたのはわかるので軸足を払うのは眼を瞑っていてもできる。
前のめりになったサイボーグ兵士の顎を蹴りあげる。強化筋肉やボディアーマーで武装していても脳に衝撃を与えれば容易に人体は気絶する。
手放された透明化されたままのナイフを危なげなく避けて軽い跳躍でその場を離れ、次の獲物へと向かった。敵の持つナイフも高周波振動ナイフなので音による居所は直ちに分かる。
軽く踏みつけるような攻撃を潜んでいるサイボーグに当てながらパルは跳び回る。
「動きが読まれているぞ! 狙撃しろ!」
サイボーグ兵士が怒鳴る。が、レーザー兵器と光学迷彩は併用できないのか離れた場所で姿を現し、銃を構えると、
「オラオラァ行けよ『伝承朱鷺』」
空を飛ぶイカレさんが魔鳥を召喚。独特の鳴き声をした死灰色の朱鷺が襲いかかってきた。
大人でも柔拳を使って軽々と投げ飛ばす鳥だ。かつ、知能が高く勘がいいのでレーザー当たらないように飛行していく。
或いは空のイカレさんを撃ち落とそうと気を向けていたら、
「──悪いな」
アサギが地上から接近。切り伏せる。切られたサイボーグ兵士はやはり魔鉱を核に生み出された魔物である証として、存在を剥奪され石へと戻った。
魔剣士に向けて銃口を向けても彼は銃口の向きから正確に──レーザーは必ず直進するので読み易かった──光線を見切り、魔剣で受け止める。いかに高出力のレーザーとて光すら逃さないブラックホール製の魔剣の前では無意味だ。
的を3つに分散させられたサイボーグ兵士らが統率を取り戻さないうちに、
「じゃあちょっと魔力を貰いますねイカレさん」
「別にいいが──おい何俺の傷口ペロペロ舐めてんだ」
「普段より多めに魔力を貰うには血とか体液が必要だという設定を今考えました」
「こいつ死ねばいいのに……」
イカレさんの背中にしがみつくようにしている小鳥は、袖口から骨の杖を取り出しながら呪文を唱える。
それはアイスや幼女先輩が使っているのを見て便利だと思い会得した術、
「水系術式『オープンウォーター』」
周囲の水分を増幅させて水を発生させる魔法だ。
イカレさんから供給される魔力を注いだそれは、小鳥の実力以上に量を作り出す。
薄い水の幕が地面を覆う。そして小鳥は道具袋から一枚の道具を取り出した。
水が熱湯になる円盤。
それの効果を発動させながら床に放り投げた。すると地面に滴っている水が沸騰しだす。
「ほォ。熱湯作戦か。でも嫌がらせぐらいにしかならねェんじゃね?」
「いえ、大事なのは湯気なのです。ついでにこれも」
そう言って取り出すのは蒸気の魔剣、[スチームブリンガー]を取り出す。
「力を発揮してください、スチームブリンガー」
言葉と同時に秘められた蒸気精霊の能力により、大量の濃密な水蒸気が部屋中に発生した。
それにより、
「……隊長! レーザーライフルの威力と射程が!」
「水蒸気とはな……! くっ光学迷彩にも異常か……!」
消えていたサイボーグ兵士らは軽いスパークを起こすような現象に戸惑い──目敏いアサギに次々と狩られて行く。
イカレさんも余裕のチンピラスマイルで、狐狩りだァと言いながら次々に魔鳥を上空から打ち込んでいく。
しみじみと小鳥が、
「レーザー兵器には水蒸気。これもよくあるパターンですね」
「そォなのか?」
「ええ。なんかもう意気揚々と登場してきてなんですがシャイニング・フォース苦笑みたいな扱いにしちゃって可哀想でした。彼らの活躍ってイカレさんの太腿と肩をぶち抜いたぐらいで」
「改めて言われるとむかついてきたな。召喚『爆撃ペリカン』はっはっは踊れ踊れェ」
液体炸薬を唾液にしているペリカンを大量召喚して無差別爆撃をするイカレさん。
無論下にはアサギとパルもいるのだが、そんな事を気にかける男ではない。
一方、やられサイボーグ兵士の隊長は悔しそうな顔で部屋に置かれていたコンソールの1つを操作していた。
「こうなったらこの区画ごと奴らを仕留めてやる……!」
『隊長、操作は自分が! 隊長は残存兵力を連れて撤退を!』
「馬鹿者! 貴様らこそさっさと退いて体勢を立て直すのだ。ここは俺に任せて先に行け!」
叱責するが、通信で聞いていたサイボーグ兵士たちは笑いながら連絡を取り合う。
『隊長を一人には出来ません! まだこっちには高振動ナイフとタクティカルアームがあります!』
『そうだな、やろうぜ皆』
『おうよ、むしろこそこそしなくてよくなった分気楽になったってもんだ』
『散開だ。兎は囲み捉えろ。剣士はグレネードで範囲攻撃だ』
「……お前ら」
未だに抵抗を続ける兵士ら。彼らが時間を稼いでいる。ここにいては確実に自爆に巻き込まれるというのに。
だがまだ戦うと決めたのは彼らだ。戦士の覚悟を無駄には出来ない。
隊長は区画に仕掛けた空間歪曲エネルギーを暴走させる操作を行う。アサギは異変に気づきパルを庇うような位置で周囲を警戒した。上空では何も気づいていない小鳥とイカレさんが飛行している。
そして操作から数瞬後、空間が反発し振動が周辺へと爆発的に膨れ上がり──部屋にあるすべてを吹き飛ばした。
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小鳥が眼を覚ました最初に見たのはイカレさんの姿だった。
髪の毛が気を失う直前よりもややボサボサに乱れたイカレさんは、適当に包帯を足や肩に巻きつけているところだった。
次に地面を気にした。
そこは国道二車線のトンネルほどの広さの通路で、ごつごつとした岩肌が床も壁も天井も覆っている。明かりは近くに彼が召喚した夜光鳥が一匹いるだけだ。
起き上がりながら、意識が戻ったことを伝える言葉を出す。
「むくりなう」
「言わんでもわかるわアホ」
視線を上げもせずに言って、彼は再び傷の様子を伺った。
「少しは肉の盛り上がりで塞がったよォに見えるけどよォ、完全に穴貫通してんだが治るのかこの傷」
「うーん少なくとも包帯では治らないと思いますが……くぱぁって広げないでくださいよ痛々しい」
小鳥はポーチを漁って小瓶のポーションを渡した。一瞬嫌そうにしたが見た目以上に痛みがあるのだろう、イカレさんは諦めてオッサンのような薬を飲み干した。ゲップが出るほどオッサン臭く、ゲップすらオッサンのような感じでともあれオッサン。
ともあれ、小鳥は尋ねた。
「そういえばお仲間の人たちは? イカレさんがこっそり始末して金品だけ奪いました?」
「その時は真っ先に手前を殺してるっつーの。知らんが変な爆発でふっ飛ばされて居なくなったみてェだな」
「なるほど……あっけない死でしたね、意外と」
「……いやまァ死んでるかはしらんが」
淡白な反応で死を受け入れた小鳥に向かってイカレさんは半目で呻いた。
小鳥は指を立てて感情を感じさせない声で言う。
「冗談ですよ冗談。きっと別のところにふっ飛ばされているのでしょう。アサギくんのようなチート男爵がここで死んでたらかなり大爆笑です」
「どっちにしろ、ここでぼーっとしてても始まらねェな。どっちが入り口だか出口だかしらねェが、とにかく進むか」
「そですね」
適当に。
軽くいつものように特に思慮も無く方針を決めて二人は歩き出した。
前に進むも後ろに進むも、適当にコインを投げすらせずに決めたことであったが、これが違えば或いはまったく違う結末になっただろう。
どこ時点で運命が決まるのかは、風にも桶屋にも蝶の羽ばたきにも、ピンポイントな占いを書いたとある女性作家にもわからない。
ただ二人は当然のようにダンジョンを進み。
数十分後、『絶光鳥』という名ではあるが見た目はその逆、白く光る大鴉を──そして虹色に光る異界へ通じる召喚陣を見つけることとなる。
そして──誰かの物語は終わりへと始まり……