「海に行くだァ?」
宿屋のテーブルで、荷物の整理をしている鳥飼小鳥とアイス・シュアルツから聞かされた言葉を、イカレさんは小馬鹿にしたように返した。
いつもどおり彼はダルそうな顔でテーブルに沈んでおり、氷水に砂糖を入れて飲んでいる所だった。
小鳥は大きな背嚢にごつい磯竿を仕舞いながら答える。
「校外授業ってやつです。二泊三日でビーチリゾートに行って主に水属性の集中講義が行われるので、それに参加してきます」
「ふゥん。の割には遊び道具を持って行ってるみてェだが」
「集中講義といっても修学旅行のようなものだサイモンくん。まあ生徒にやらせることはあるのだが実質は殆ど遊びという」
引率教師の一人であるアイスも水着やかき氷機などをカバンに詰め込みながら言った。
季節は夏。この世界ペナルカンドでは季節の巡りが早く、一年のうちに何度も夏や冬が訪れるのが特徴である。話ごとに寒かったり暑かったりしているのはそういうことだ。
ともあれ、帝都でもサマーシーズンが到来した。臨海都市である帝都近郊には海岸は多く存在し、リゾート地として多くの観光客が訪れる。元砂漠だっただけあって砂浜には事欠かない。
小鳥も海といえばイリエワニの生息地となっている危険極まりない地元鳥取の白兎海岸を初めとして、日本海には危険が多いので海水浴にはあまり行ったことはなかった。
そこはかとなく嬉しそうに荷物を纏めている。
「そんな訳でイカレさん、2日ほど留守にしますけど大丈夫ですか? 何なら一緒に来ます? アイスさんとかイカレさんに見せる予定もないのに水着選びで迷いまくって……ですから見てあげたほうが供養に」
「だだだ黙らっしゃいコトリくん!」
赤面して小鳥の口を手で塞ぐアイスだったが、イカレさんは興味なさそうに、
「行くわけねェだろ。つーか俺ァ明日から仕事あんだよ」
「……幼児や老人などを恐喝して金銭を要求するのは仕事とは言いませんよ?」
「はっはっは。マジでぶっ殺すぞ手前」
彼の見た目から判断した最も一致しそうな金稼ぎの手段だったのだが、と小鳥は残念そうに肩を落とした。
「宮廷召喚士っつーかドラッガーの仕事補助だっつーの。詳しくは聞いてねェが、竜召喚士と鳥召喚士が呼ばれるぐれェだから高機動殲滅戦とか大規模破壊活動とか蛮族の虐殺パーティとか、まァそんなんだろ」
「ううん、何か超黒い仕事の影が見え隠れするので追求しませんが」
小鳥は指を立てて告げる。
「暇してたアサギくんとパルも同じビーチに遊びに来るらしいのでイカレさんをハブっている感じになりましたね」
「どォでもいいぜ」
口癖のような投げやりの言葉を返すイカレさん。
彼は仲間たちが海に遊びに行くと聞いても別段羨ましく思う気持ちはなかった。海が特別好きなわけでもない。暇つぶしは寝るか空を鳥に乗って自由に飛ぶかに限る。金もかからないし腹も減らないからという彼の少ない趣味である。
仕事は若干煩わしいものもある。強固に拒否すれば別段行かなくても良いものだったが、竜召喚士である妹一人暴走させるのもどうかと思っての参加だった。
召喚士族は一族での家族意識が強いのである。
ともあれ彼が顎をテーブルにつけながら準備している二人を眺めていると、宿の扉が開いた。
外からこの宿の住人の一人である浅薙アサギと、貧民街の教会住まいのシスター・パルが入ってきたのだ。
「おや、水着を購入しに出かけていたアサギくんとパロゴンくんじゃないですか」
「凄く──説明的だな──」
「ウササ、アサギさんのオゴリで水着買ってもらったウサ!」
「マネキンに発情してるこいつをさっさと連れ戻したかっただけだが───まあいい」
うんざりと頭痛を堪えるような仕草をしながら云うアサギ。彼の背中には大きな風呂敷が担がれていた。
ふう、と息を吐きながら宿のテーブルに風呂敷を下ろし、広げる。
妙なボールにパンパンに張ったスイカ。油のような液体の入った瓶。大量の乾燥わかめ。よくわからないラインナップだった。
不審そうな目でアイスが尋ねる。
「アサギくん、これは何だ?」
「フ──いちゃついているカップル撃退用の唐辛子ボール。楽しくスイカ割りしようとした瞬間周囲を吹っ飛ばす爆裂スイカ。こいつを海に流しこめば泳いでる奴は温かいまま凍死するマジカルハッカ油。とりあえず嫌がらせで海に撒く乾燥わかめだ──」
「何をしに来る気満々だこの男!?」
「一夏の思い出──学生の海遊び──リア充の集まり──一有罪(ギルティ)だ──くっ『群鮫丸』を売ったのが悔やまれる──!」
「最悪! 最悪だこの若作り三十路は!?」
なんのために付いてくるというのか、しれっとした真顔で言うアサギ。
彼はこの世界で海水浴を行ったことはない。一人でどう楽しめというのだ。すっかり楽しみ方を忘れた彼にとって、素直に楽しめる若者たちはそれだけで逆恨みの対象だった。嫌がらせする気満々である。かなりたちの悪い男であった。
パルが自分用に抱えていた紙袋を抱えて、風呂場の方へとトテトテ歩いていった。
「新しい水着つけてみるウサ~」
「行ってらっしゃい。そういえばアサギくん、アサギくんのお水着は?」
「オレのか──あまり使わないが確か自前のがあったな」
そう言ってマジックポーチの中をゴソゴソと漁り取り出す。
「ふんどし──!」
「それは大根です」
「間違えた──こっちだ」
彼が取り出したのは東国風の紐下着──黒ふんどしだった。
「水泳用ふんどしでな──以前東国を旅した時に購入した」
フ、とキメ顔で言うアサギにやや小鳥は首をひねりながら。
「時々変なセンスがありますよねアサギくん」
と、小鳥は率直に言った。。
以前学友と下校していると、公園の木の根元でアサギが口笛とか吹いてて鳩が近寄ってた事を思いだした。一昔前のPVの撮影かと思って周囲をキョロキョロ見回したがカメラは存在しなかった。吹いている曲は懐かしのアニソンメドレーだったのが一人分かった小鳥は妙に痛かった。それで学友の少女らは「あの人格好いい」という評価なのだから堪らない。
「ちなみに水泳時の装備なのですが」
「マントは外したくないな──魔剣は元よりマジックポーチに入らないから背負ったままになる──ポーチは盗まれないように腰につける」
アイスと小鳥はマントをつけ剣を背負った腰にピンク色のポーチ付きふんどし男一応イケメンを想像した。
ヒソヒソと女子会議を始める。
「アイスさんどうなんでしょうそれ」
「……何故か凄く残念な気持ちになってくるのは不思議だ」
二人でガッカリしていると、風呂場の方からぺたぺたと裸足の足音が聞こえた。
「着替えて来たウサ~♪」
そこには純白でふわふわしたレース付きのトップスとスカート水着のようなパンツの組み合わせ──女性用の水着を着用したショタシスターが走ってきた。
なにも恥じることなど無く、満面の笑顔で。
「アホかァ!」
「死ね──!」
「ぐえーウサ!?」
即座に男衆二人からツッコミのクロスボンバーが発動。ラリアットの境界線上に挟まれたパルは首からごきりと嫌な音を立てながら床に倒れ伏した。
小鳥はぽつりと呟く。
「男性には二種類のタイプが居ます。ホモの存在を認めるタイプと頑なに拒絶するタイプ」
「いやまあそんな分け方をすれば何でも二種類に分けられると思うが」
「ちなみにホモの存在を認めるタイプは潜在的にホモです。頑なに拒絶するタイプはそこまで否定する態度が怪しいということでやはりホモです」
「……サイモンくん、そうなのか?」
「知るかァ! キモいんじゃボケ!」
吐き捨てて椅子を蹴飛ばすようにイカレさんは再びテーブルについた。
床に倒れたパルの顔面をアサギは掴み上げる。
暗い瞳で怯えたパルの碧眼を覗き込みながら告げた。
「人の金で──何を買ってるんだ貴様──」
「う、ウサウサ。ボクに似合う水着だって店員のお姉さんに勧められたウサ。胸が無いのはふわふわした飾りで誤魔化せるし、ティンの膨らみはスカートである程度隠せるウサ」
「最初から女装用水着かよこれ──! ええい、いいからせめて上だけでも脱げ男らしくない──!」
「ウサー! レイパー! もっとー!」
「黙れ──!」
無理やりトップスを剥ぎ取ろうとするアサギに嬉しそうに身をくねらせるパル。
残った三人は落ち着いた様子で椅子に座ってお茶を飲みながら生暖かい視線を送って居た。
そして何とかパルのトップスを脱がしたアサギ。
雪のように白い肌に映える淡い桜色の乳首をもじもじと隠している羞恥により顔どころか手足の関節まで少し赤くなったパルが、涙目でじっとアサギを見た。あくまで男の子の上半身裸なのでセーフセーフ。
ともかく。見た目は無理やりトップレスにひん剥かれた貧乳の金髪ウサ耳少女にしか見えなかった。
アサギは一瞬硬直してげんなりと、
「御免やっぱ上も着ろ──何この犯罪感──最悪だ───オレは悪くないのに──」
魂ごと吐き出しそうな溜息。蒼白に血の気の失せた顔を逸らしながら酷く疲れた様子で椅子に座りテーブルに沈んだ。
「しかしパプリオくんの水着結構ローライズ仕様ですね」
「ウサ? ああ、ケツ毛を出すために半ケツになってるウサ」
「それ兎の尻尾じゃなくてケツ毛だったのか!?」
「あ、ウサウサ! ええっとその、尻尾通称ケツ毛なだけで本当のケツ毛じゃないウサよ!?」
近くでアイスと小鳥とパルが楽しそうに海の話題で盛り上がっているのもどこか虚しく響いた。
浅薙アサギ30才。好みのタイプは家庭的で守りたくなる大人しい系の日本人女性かデコ出し強気お嬢様隠れドM。彼は至ってノーマルである。
*********
帝都の移動手段は幾つかある。一番メジャーなのが乗合馬車。馬車と一応呼んでいるが原動力はゴーレムだったり地走系動物だったりするものの、ともかく荷台車で走れるように道路が整備されている。
一部の航空系種族ではタクシー便として飛び回っているものも多い。
それ以外にも魔法やダンジョンから発掘された技術を転用して移動用の道具を作っている研究者もいるが、あまり普及はしていない。機械技術を組み合わせた車両などは帝都より、工業都市イクサと呼ばれるドワーフの国が発展している。
魔法学校の旅行生らが目的のビーチに貸切馬車で到着して早速、水着に着替えて浜辺に集合している頃。
やや離れた道路沿いの場所にようやく追いかけてきたパルとアサギは辿り着いた。
移動手段は原動機付自転車を二人乗りしてきた。最近ダンジョンで発見したものである。異世界でも安心の日本製エンジン。エンジン付き乗り物の中で原付は世界一売れた実績は伊達じゃなく、ちゃんと動いている。あまりガソリンが手に入らないから特殊獣脂とエタノールとほんの少しのガソリンを混ぜた混合油を燃料に使用しているが、排ガスが香ばしいだけで問題なく動く。
排気のやや香ばしい獣脂の焦げる匂いの中、アサギの背中に捕まっているパルが片手を離して双眼鏡を目元にやった。
「ビンゴウサ! 見慣れた巨乳と貧乳がいるウサよ!」
「やっと辿り着いたか──どこかのバカが嘘ついてヌーディストビーチに誘導しようとしたから遅れたが──」
「ウササ、ボクとアサギさんの仲じゃないウサか」
「死なないかな──このエロ兎──」
「まあまあ、男は皆エロいものウサ。アサギさんも双眼鏡で眼福するウサ。普通に見るより覗いてる感じの背徳感がナイス」
開き直りつつあるパルにいらっとしながらもアサギは双眼鏡を受け取り、確かに目的の浜辺であることを確かめることにした。
ピントを合わせながら遠くの浜を確認する。
そこには服の上から見る以上に、柔らかくも張りのある擬音系の胸部と臀部がビキニの水着のアイスがいる。あれは男子生徒から色々重宝されているだろうな、とアサギも納得する。
「うむ──」
「うさ」
納得の声に予備の双眼鏡でパルも見ながら同調した。
そしてもう一人の知り合い。
鳥飼小鳥の姿を探し──発見。
何故か囚人服みたいなシマシマの全身水着を着ていた。ついでに手枷みたいなファッションと足に鎖鉄球めいた飾りも付いている。
色気もエロ気もなかった。
胸は平坦であった。
「──うむ」
「……ウサー」
(時々彼女って凄い変なセンスあるよね……)
と、二人して思った。時々というかいつもっていうか。
哀れみの視線を送っていると、何故かレンズの向こうの小鳥はキョロキョロしだして──
そして遙か遠くから隠れて見ていたパルとアサギと、レンズ越しに目線を合わせて手を振った。
「──見えてる!?」
「たまに思うんだけど妙な視線というか視点と言うかそんなものを持ってる気がするウサよねコトリさん……」
小鳥が『貴様見ているな』というプラカードをこちらに向けて掲げ出したので気まずくなって目線を逸らすと、
「──?」
何故か砂浜の近くに空から。
大きな鳥とドラゴン。そしてそれに乗った虹色頭の二人組が降り立っていた。
アサギの顔が引きつった。パルも新たに出現した、皺だらけのローブを着ている男とマイクロビキニ姿の色白い少女の姿に見覚えがあり声を出す。
「あ、サイモンさんとドラッガーさんウサ」
双眼鏡の向こうで、何やら嫌味そうな顔でアイスに話しかけているイカレさん。何故か砂に転げるように潜り始めた奇行を起こしたドラッガー。
砕ける音。
パルがぎょっとして隣を向くと、アサギが忌むべきブルジョワジーを見つけた主義者のような怖ろしい顔で双眼鏡を握りつぶしていた。
恐る恐る声をかける。
「ア、アサギさん?」
「───あのイカレポンチフラグ召喚野郎──仕事だとかほざきながら妹同伴でリア充イベント発生地点こと海へノコノコと現れやがった──!」
「……」
「見える──アイスの身体にオイルだかローションだか媚薬だかを悪態つきながら塗りつけたり──夜の海辺に二人で座ってどうでもいい話をしながら距離を詰めたり──日焼け跡をアイスから見せられるあのむっつりリア充の姿が──!!」
「うわーウサ……」
「許せん──!! パル──カタパルト設置してここから爆裂スイカをぶん投げるぞ──! リア充に死を──! 狼は生きろ──カップルは死ね!」
「ウサー……共犯者にされるウサ」
********
テンションが急上昇したアサギが海岸から離れた道路で投石機を設置し始めているのを遠目に見ながら。
小鳥は『この落書きを読んで振り向いたときお前は死ぬ』と書かれたプラカードを下げ、空から現れた虹色兄妹へと意識を向けた。
「糞あっちィ……おいアイスいいところに居たなちょっと周辺の気温10度ぐらい下げてくれねェ?」
という言葉で先に声をかけたのは、鬱陶しそうなローブ姿のイカレさんだった。部屋着もそうであるしダンジョンに潜るときも大体同じだ。というか面倒なときは着ながら風呂に入ったりもしている。彼の体臭が染み付いているようだが時々アイスに洗濯されたり、小鳥に洗濯されたり、まあ他の女性に洗濯されたりしている。時折本人ごとタライに漬け込まれる。どっちが本体なのかわからぬ。
アイスは突然現れた彼に、
「サイモンくん!? 仕事と言いつつやはり私に会いに来てくれるとは……任せてくれこのビーチを暫く氷河期にしてあげよう!」
「やめて先生やめて」
「落ち着いてマジで先生マジで」
必死の形相で止める生徒ら。海に遊びに来たというのに何が楽しくて氷河期にされなければならないのか。
一方で彼と共に砂浜に降り立ったもう一人の少女、竜召喚士ドラッガーは、
「ダーンダダーン! ダンダンダンダーダダーン! アーアアー! アアアーアーアアー!」
などと叫びながらマイクロビキニ姿で砂浜をゴロゴロと転がっていた。淡く虹色に輝く髪の毛に砂粒がつきまくるのも考慮せずに、何かに取り付かれたように、或いは薬がヤバヤバ系ベクトルに決まったように転げまわる。
生徒がマジ引きでしているのを、イカレさん登場に目を引かれていたアイスも気付き、苦笑いと薄く汗を浮かべて話しかける。
「や、やあドラッガーくん。今日も奇抜な動きだなあ?」
「デデン!? 小生に話しかけて欲しくないでありますればああああ!! 冷血女に話しかけられた! 耳が凍傷でもげましゅううう!!」
「うう、超嫌われてる……」
めげたように項垂れるアイス。
睨めつけるような目線をアイスに送りながらドラッガーはイカレさんの手を引いた。
「お兄様! そんな雪女と雪男の間の子と関わっていたら末端からモゲモゲDSじゃねえの!? この超下心満載の青髪ピアス! きっと脇毛とか陰毛も青いわよきゃあああブルーゲイル輝く力!!」
「生えてないよ!!」
謎の罵倒に言い返すアイスだったが、周囲の生徒らの「……生えてないんだ」という呟きの連鎖を聞いて更に顔を紅潮させる。
「え、ええい散りなさい! 暫く自由時間!」
バットを振り回す教師の言葉にともかく遊びに来た生徒らは喜んでビーチボールやパラソルやサンオイルなどを持って追い立てられた鼠のように沖に向かって泳ぎに行く。海の何処にパラソルを立てようというのか。
イカレさんは二人のやり取りを聞きながらケケ、と笑う。
「相変わらずアイスの事嫌ってるなァドラ子よォ」
「ウンコの付いたウンコの次ぐらいに嫌い!」
「酷くないか!? それただのウンコだよね!?」
「知るかああああああ!! 小生は酷くぬえええ!! チョー寛大っていうかもうダメこれ異常雪女の言葉聞いてたらサブイボがメインイボに昇格する」
「するのか!?」
「あっこんな寒い世界に唯一の希望ことトリちゅあああんだ! わーい砂浜でキャットファイトしよー!」
「急にモラルが低下した!?」
いきなり矛先を変えられて標的になったのは近くで砂のモニュメント『文字に表せない不安感』を作成していた小鳥だ。文字通り見ただけで不安を煽る正気度が下がりそうな物体が出来ている。
きりもみ回転をしながら突っ込んできたドラッガーを小鳥はさっと避け、ドラッガーは作りかけの砂像に直撃した。
「うおっトリちゃん思った以上に砂っぺえ……うきょおおお! 小生は負けないとあの日不眠勝負をした爺ちゃんに誓ったのだった! クソジジイめトイレに立つたびに猿と入れ替わっていたとは……お、お、大人って汚い!」
などと一人暴れているドラッガーを哀れな目線で見ながら小鳥はイカレさんに話しかけた。
そして目を白黒させながら、
「い、イカレさんじゃないですか! なんでこんな所に!?」
「言うタイミング変だろそれ!」
「イカレ先輩じゃないっすか~マジナニしにキタコレっすかパネーブクロ」
「すっげェムカツク!」
イカレさんが歯をむきながら怒鳴るが基本的に気にしない小鳥はいつも通りのとぼけた無表情である。
彼はイライラした表情で、親指を立て暴れドラッガーを指さしながら言う。
「仕事だ仕事。何でも有害指定魚の駆除とかでェ? 海に広範囲で活動できるのが俺とドラ子だけだっつーからよォ」
「ほお。お魚取りですか」
「ったく、くだんねェ仕事任されたもんだぜ。牛のヤツにもやらせりゃいいだろ。ウミウシとかカイギュウとか出せたはずだぜ。もうなんかマジやる気ねェ」
「出せるんだ……でも多分草食ですよそれ」
ちょっとぐらい生態が違っても名前が似てたりすると召喚属性の一致で召喚できるのである。イカレさんも哺乳類のコウモリを召喚したり、ドラッガーも蛇やトカゲを召喚することも可能だ。
ともあれ。
ドラッガーがロンパった目付きで涎を出しながら砂をまき散らしている光景に、アイスと小鳥は別の視線を感じて同時に振り向いた。
「フハハ砂に隠れて奇襲だ死ねアイス・シュアルツぐえー!」
「グレフー!?」
爆破されたのは突然砂の中から布団たたき片手に飛び出した犬系獣人のグレフである。
飛び出したと思った瞬間砲弾のような物に当たって吹っ飛んだ。幼女がそれを目撃していつも通り叫んでいた。
周囲に赤黒い液体をぶしゃあとまき散らしつつ錐揉み回転で海まで吹っ飛んだグレフを無視しつつ、砲弾が飛来してきた方向へと意識をやる。ちなみにアイスと小鳥が気づいた視線とは、なんか犬の地味に失敗した奇襲ではなく遠距離砲撃手の殺気である。
もう一発。砲弾──緑色で黒い縦縞の入った球体、スイカである──が加速で半ば亀裂が入りつつ飛んでくるのをアイスは確認した。
とりあえず避けた。
背後で暴れてたドラッガーの足元に直撃して真上に吹っ飛んだ。
「うぼあああああー!!?」
「ああっすまないドラッガーくん……!」
流れ弾を送ったことでドラッガーのアイスへの好感度は底値だ。
続けてもう一発。なんか次に避けたらまた危ない気がしたアイスは手元のバットを構えた。
腰を落とし、水平に両手の位置を離して握ったバットを射線に合わせる。
「セーフティ!」
言いながら、バントの構えで迎撃する。
空気抵抗だけで崩壊寸前の爆裂スイカである。通常状態で軽く殴っただけで爆裂四散する危険性すらある一種取り扱い注意果実であった。柔らかい砂に着弾しようが水面に落ちようがキャッチしようが、恐らく爆発するだろう。
だがそれをアイスはバントの絶妙な力加減とバランス感覚で作用反作用の法則すら凌駕し、爆裂スイカの運動エネルギーを完全に消滅させ無傷で足元に転がした。
同時に足元に転がったそれに、上からドラッガーが降ってきて直撃しまた上空に吹き飛ばされた。
「タイムリいいいいやっはあああ!!」
「ああっ……その、運が……悪かったかな?」
最期にもう一発。「ウサアアアア──!?」という音を立てながら体育座りのような格好で丸まったウサ耳獣人が回転しながらカッ飛んできた。
「後で治すからすまないっと」
受け止めたら卑猥な事をされそうだったのでぶん殴った。
なんか死にそうな勢いで撃ち上げられ──やはりズタボロになりながら滞空中のドラッガーに激突。
もはや叫ぶ元気もなかったドラッガーの
「お前マジもう死ねや……」
と、いう呟きにアイスは少し冷や汗を流した。
半目でイカレさんが彼方の無人になった投石機が設置されている場所を睨みながら、もう危険は無さそうだと判断して呟く。
「つーか何ィ? 最近のビーチはスイカで爆撃されるのがデフォなのかァ?」
「散らばった爆撃スイカの破片は後でスタッフが美味しくいただくのでセーフですと視聴者に配慮した物言いをしつつ──」
きょろきょろと小鳥が周囲を見回すと、糞暑い浜辺に唯一君臨する漆黒の剣士がいつの間にか出現していた。アリバイ作成の如く高速で投石機から転移して離れたのだ。
地面に墜落してゴミクズのように絡みあって倒れ伏しているドラッガーとパルのうち──誤射した引け目からかドラッガーを抱き起こすようにした。なお、パルは気絶したふりをしてドラッガーの胸を揉んでいた為に適当にその辺に投げた。
「──大丈夫か?」
「はっ……あ、あああ、アサくん。やだ、アサくんに抱かれて胸とか頭がどくどくする。これは……」
「出血──だろうなあ──」
「痛EEEEE! うああああんアサくんあの親の腹に体温を忘れてきた女から三連コンボ食らって死にそうだヨオオオオ!! クソコンボだ! 調整を要求する!」
「ああ──とんでもないヤツだな──」
「私が悪いのか!?」
何か理不尽な物を感じるアイスだったが、さんざん彼女の前では不平不満を全身で表していたドラッガーが頬を血とかスイカ汁で染めつつ心配顔のアサギに抱かれている青春シーンを見て妙に嫌気が差した。周囲にファンシーなケシの花が咲いている錯覚すら覚える。
アイスは所在なさ気にジト目で、彼女の兄のイカレさんへと視線をやった。妹が取られますよと言わんばかりに。味方が欲しいのである。
「ほら見ろ手前。こっちの破片は結構でかい中身がついてて食えるぞ」
「危険果実ではあるのですが味は中々ですね」
地面に落ちたスイカの破片を小鳥と処理していた。
時々種と砂を吐き出している図はさもしく、悲しさを堪えて目を逸らした。
「……ぅー、わかった。私がドラッガーくんに治癒魔法をかければいいのだろう?」
「え? いや別に? 信用してないし要らないなう」
「……」
即拒絶の言葉にアイスの笑顔が固まる。
彼女は青いバットを足元で転がっている死体、もといパルの身体に向けて魔法を詠唱した。
「身体修復術式『レジデントエビル』」
杖先から優しい光がパルを包む。複数の属性を内包させた高等魔法である。
嫌な方向に曲がった関節が適正な位置へとミシミシ音を立てながら無理やり戻っていく。ちぎれ飛んだ皮膚や筋繊維が一度ドロドロに溶けて再融合する。神経を無理やり一本ずつ怪我の部位へと縫いつけていく。
足りなくなった血液の分だけ強制的に複製した擬似液を注入される。出血した内臓部位が腐り落ちて細胞単位で新たに形成される。
へし折れた背骨を嵌めこむように結合させ脊椎に食い込んだ骨片が無理やり剥がされていく。
ぐじょぐじょと粗悪なホラーのように。或いは猟奇的に。パルは痛いとも叫べずに意味のわからない、彼にとって信仰に必要な最も大事な喉が潰れるような痛々しい大きな悲鳴を上げるが、破れた声帯すらも痛みをそのまま回復させていった。痛みのあまりに自決しようと噛み千切った舌ですら回復させた。
単純な体の構造の生物や、身体の一部分だけならまだしも人体全てを修復しようとすると途轍もない苦痛に襲われるのが難点の魔法である。
パルは小さく「殺して」と呟いて涙と涎を垂れ流したまま光のない瞳を開き──浜辺に残酷な治癒をされきった体で横たわっていた。その心は完全に壊れている。
ドン引いた。
イカレさんやアサギどころか生徒ら浜辺に居た全ての人が引いた。リア充バンザイのリゾートビーチはスプラッタに静まり返った。
アイスはやり遂げたような顔で「ふう」と汗を拭い、完全回復したパルを満足気に眺めた後。
「……じゃ、次はドラッガーくん」
「『じゃ』じゃねェよ寝言は寝て言えェェェェェェ『デススターリング』×200!」
「私は悪くない───!」
イカレさんのツッコミ替わりに放った200羽の魔鳥により、軽く城壁を抉れる威力となった衝撃波がアイスを遠く海の彼方に吹き飛ばした。
ついでに砂浜も抉れたし海も浅いところまで割れるという影響があった。魔法学校以外の自主的にこのビーチへ遊びに来ていた観光客らは静かに帰り支度を初める。二度とこのビーチへリゾートに来ないだろう。
嬉しい誤算だがリア充どもを存分に台無しにしたことへと満足を覚えつつ、アサギは自分に抱きついて震えているドラッガーへと視線を戻した。
「その──大丈夫か?」
「小生はまったく心当たりがないけれども不自然に傷の治りが早いから平気でヤンス」
「それ逆に怖い気が──」
「と、いうかアサくん」
がしり、と力強く彼の服を握った。
そして引きつった笑いと青ざめた顔を向けて、か細い、彼にしか聞こえない声で言う。
「何も言わずにちょっとお姫様抱っこで海の中にそぉいって感じで投げてくれませぬかゲヘヘ」
「───」
なんかこう、じんわりと彼女と密着した体から感じるスイカ汁以外の水気から察して、彼は無表情のままドラッガーを持って立ち上がり、学ラン姿のまま膝位の水位の海に運び投げずに、彼女を抱えたまま座った。
アサギの首に手を回したまま抱きついているドラッガーがやや顔を赤らめて「おおう」と声を出しほう、と息を吐いた。
「ううっアサくんの気遣いが優しくて逆に恥ずかしいと思う感情が小生にもあったとは……こうなったら開き直ってしまおう。海水がなんでしょっぱいか知ってる?」
「言うな──はしたない──っていうかそんな理由であってたまるか」
「別に小生あのドラゴンバスター女が怖かったわけじゃなくて膀胱的な問題というかアサくんに引っ掛けたかっただけというか。マーキング! マーキング!」
「──後者の理由最悪だな!」
「仕方ねえなあじゃあアサくんも一緒に連れショっていいからなう!」
「するか──!」
波打ち際で、彼自身が憎むようなリア充の如き体勢でドラッガーと座りながら溜息混じりに会話しているアサギを見ながら。
小鳥は感慨深そうに頷いた。
「……まあ元はスイカをぶん投げてきた人が全力で悪いわけですが」
「つゥかアサギだろアレ。理由は知らねェが。なんつゥんだっけ? 自作自演?」
その光景を見ながら、倒れていたパルが身動ぎしながら手を伸ばして二人を睨む。
「このままじゃマズイウサ……ボクのルートに修正するためにちょっと体動かないからアサギさんをこっちに呼んで欲しいウサ……」
「もォ復活したのかよコイツ。精神崩壊でもしたのかと」
「果たしてあの治癒で再構成されたボクは同じ記憶を持っているけれど本当に連続して同じ個体なのか不安になったけれど、走馬灯でエロい記憶思い出してたらなんかすっきりしたウサ」
「ブレないナマモノですねえ……」
海辺ではびしょぬれになった服をアサギが脱いでマントふんどし男になり。
それを見てどういう反応なのかドラッガーが鼻血を流し始めたり。
パルが「ゆるさぬぞ~」とか唸りながら匍匐前進で生まれたての亀のように海に向かったり。
小鳥も気を取り直してウニとかサザエとか探しに行ったり。
普通に海の上をアイスが走って帰ってきたり。
もうなんか仕事やる気無くして勝手にパラソル立てて寝そべり、アイスにかき氷──唯一彼女が作ってマトモな味になるものである──を作らせて団扇で扇がせるというくつろぎモードにイカレさんが入ったり。
まあどこだろうがマイペースなやつらではあるのだった。
<続く>