「オレがここに来て10年以上経つが──故郷はどんな感じだ──?」
「ええと、太平洋戦争が終結しました」
「古すぎるだろ情報──! オレは──南方前線に取り残された──旧日本兵か!」
「ソ連が崩壊しました」
「それも──ちょっと古い」
「ここまで言えばわかりますね……第三次世界大戦。感染症パンデモニック。隕石の衝突。ポールシフトとグレイの侵略。全てはノストラダムスが予言していたのですよ!」
「なんだって──!?」
「そんな訳で世界は絶賛終わらない世紀末。そんな中にある清涼、鳥取名産『20世紀末梨』をよろしくお願いします」
「故郷の味を宣伝された──!? っていうか──露骨に嘘だろ!」
「……何か盛り上がってるな、あの二人」
「どォでもいいぜ。んなことよりメシだメシ」
「張り切ってコトリくんを庇いに行った私が馬鹿みたいではないか」
「過保護すぎんだろ馬鹿が」
日本出身者と知って孤高の魔剣士こと冒険者、浅薙アサギと同じテーブルで小鳥が彼の知りたがっていた日本の時事を適当に答えていると、少し寂しそうに遠くからアイスが不満の声を上げているのであった。
*******
浅薙アサギ。
東京都台東区出身でこの世界に来るまでは鳥越高校二年生。17歳の時に偶然か故意にか異世界転移をしてしまいそれから現在──10年以上この世界で過ごしてきた。
(やはり転移に必要な条件は17歳……)
小鳥は納得した。
彼の体は背中のマント──超外装『ヴァンキッシュ』の効果で来た頃から成長と言うか、老化が止まっている。それ以外にも身体能力向上や高防御力、噴出力による移動能力に反応速度上昇など様々な恩恵のある貴重なダンジョン産魔法道具である。
10年以上もほぼ一人で、異世界と繋がっていると思われるダンジョンに潜り続けて、帰郷することを夢見ていた彼は、初めての同郷者に興奮気味である。
しかしながら、
「妙に癖のある話し方をしていますよね、アサギくん」
小鳥がそう指摘すると彼は憂いを帯びた無駄にイケメン風な顔付きで、
「芸風──だし──長文を喋る──時は面倒だから──少なくなる」
と、云う。彼なりの個性なのかもしれない。
とまれ、小鳥は自分がここに来た経緯を説明することにした。
「わたしはですね、ほらあそこにいる召喚士の方に異世界召喚されたのですよ」
脳天キャッチザレインボウのイカレさんを指さして云うと、アサギは椅子から立ち上がって剣呑な目でイカレさんを睨みつけた。
吐き捨てるように、
「それは───誘拐だ───! 異世界に───同意無しで呼び出して────使い魔として使役するなど───もしくはエロ系契約──!」
「別に使い魔じゃないですけど。エロ系とかも無いですし」
「まず──召喚士という名前が気に入らない───支配っぽい───」
「ぽい言われても」
彼の非難がましい視線に気づき遠くのアイスがイカレさんを突っついて教えている。
「あ、サイモンくんサイモンくん、例の魔剣士なんか睨んでるよ君のこと」
「あァん? 知らねェ」
「ウサふへへへへへサイモンさぁん……」
「うげっ抱きつくなアホウサギ!」
「くっ……パルくんを引き剥がしたいが私に絡まれても面倒極まるので触りたくない!」
アサギくんは華麗なステップを踏む地団駄をしながら言う。
「モテてるのもムカつく───!」
「地味に僻みっぽいなあ」
というか、
「女の子から人気のダーククールな雰囲気男子じゃなかったのですか、アサギくん」
と小鳥がやや引きながら事情を聞いてみると、
「いやほら──オレに近づいてくる女の子って大体ハニートラップか金目当てじゃん──?
今までちょっと誘われたかと思ったら──魔剣盗まれかけた事もあったし──
高校の時も靴箱に入ってたラブレター信じて──体育館裏で5時間待ったことあるけど誰も来なかった。
彼女ができたと思ったら死霊のはらわたⅢがアリかナシかで喧嘩して1日で分かれた──」
「……まあ、好きですよⅢ」
「だよなあ──異世界で死霊のはらわたの話が出せるなんて懐かしい──きっと名作だから元の世界ではⅤぐらいまで出てるはず──」
日本でもきょう日、死霊のはらわたの話題で盛り上がることはあまり無い気もするけれど彼が感極まっているようなので指摘はしないでおいた。あと続編は無茶だ。キャンベルもいい加減拒否る。
話を戻す。
「それで──オレはダンジョンが元の世界に繋がる場所だと思っている──見てくれ──今日拾ってきたものだが──日本のカップ麺のゴミだ──」
「わたしが持ち込んでポイ捨てしたものですが」
落胆。
まあそんな感じでアサギはがっくりと椅子に再び座り込んでしまった。
「──ラーメン───食いたいなあ───」
「いえまあ手作りでいいのならご馳走しますが」
「なん──だと──作れるのか──!?」
「いまどきの女子高生ならクッキングパパぐらい全巻読んでますよ。わたしが美味しいインスタントラーメンを作ってあげましょう。普通のラーメン作る数倍は手間がかかりますが」
「女子高生がクッキングパパって読むか──? それに別にインスタントじゃなくていいからね──!? 普通のラーメンが食べたいからね──!?」
「うふふ、いいですよ。命のお礼ですから」
嬉しさのあまりスタイリッシュな小躍りを始めたアサギ。
やはり遠巻きに見てる女の子からは黄色い声援があがる。何故かというとイケメンだからだ。
(モテてるというけど珍獣だよねこの人。顔はちょっと格好いいけど)
とにかく、小鳥はこのはしゃぐ三十代を落ち着かせた。
「フ──オレとしたことが──」
「まだ取り繕うとしてるあたり図太い気もします。というか、わたしと会話してる時ぐらい格好つけた喋り方しなくていいですよ。ウz……ごほん。聞き取りにくい面もありますしね。でも個性がなくなっては嫌なので他の人を交える時はぜひこのままで」
「む──わかった」
小鳥の要求にアサギは思案顔を見せた後、もう一度咳払いをして会話を続けることにした。
一応喋りにキャラを作っている自覚はあったようだ。
「──ところで、君は何故ダンジョンなんて危ないところに?」
「アサギくんと同じですよ。ダンジョンの中にですね、異世界へ送還用の仕掛けがあるらしいとあの召喚士さんが調べてくれまして。異世界を観光したりしながら時々ダンジョン生活です」
「送還用の仕掛け──!? やはり、あるのか……」
「うーん、というか闇雲にアサギくんがダンジョンを探し回っていたというのが驚きですが」
彼は苦い顔をしながら顔を逸らして言う。
「仕方ないだろう。孤高なんだし。帝国図書館で一応魔王が異世界召喚をしていた程度は調べたんだが」
「そもさん、何故に孤高。っていうか自分で言うのですか孤高て」
「だってオレを騙して装備を奪おうとするヤツばかりなんだもん」
「もんとか言われても。人間不信すぎですなあ」
顔を曇らせるアサギ。
10年を越えた年月を誰にも頼れず異世界で過ごして、僅かな情報に希望を持って命がけのダンジョンへと冒険に繰り出していたのかと思うと哀れですらあった。
他人に高価な薬を使って見返りを求めない程度に貯金はある。
或いは元の世界に帰る事を諦めて装備を売ってしまえば、もう危険なことをしなくても異世界で不自由なく暮らしていけるというのに。
それでも諦めずに一人で戦い続け、カップラーメンのゴミを拾って静かに喜んでいたのである。
「……アサギくん、元の世界に戻るには召喚士の知識と能力が必要なのですよ」
「───そうか」
「だから、孤高……ぶふっ、くすくす、いえ一人はもうやめて……一緒に探しませんか? 帰る方法を」
「───」
神妙な顔で──孤高というとつい笑いが漏れそうだったが堪えた──告げる小鳥の差し出した手を、躊躇うように見るアサギ。大丈夫バレてないバレてない。微笑みの爆弾で誤魔化す小鳥。
なにせ丁度パーティに前衛がいなかったから丁度良い──ではなくて、同郷の人と協力して帰ろうと思うのは当然である。
彼を諭すように小鳥は云う。
「さあ、わたしをオメオメと信用しきってこの読みにくい契約書類に軽はずみなサインをするのです」
「さっきから地味に胡散臭い気配を感じるよ君!?」
*********
「はいそれでは今回仲間になったアサナギ・アサギくんです。特技は切った張った。どうぞよろしく」
「───これも──魔剣の導き──いや、必然の運命といったところか───」
「……」
「───なんかもう───こういうセリフ──癖になってるから───気にするな──」
格好いいポーズを取りながらアサギは主張する。
他人を寄せ付けないようにしつつ威圧感だとか虚勢だとかそんなものを出すために、何かこう意味不明に気取ったセリフが習慣となってしまったのだという。いわゆる職業病である。
アイスは眼鏡の位置を正しながらアサギを見て問いただした。
「本当に大丈夫なのか。彼の体から禍々しい魔力が出ているのだが」
「魔剣───それに魔銃からだろう────どちらも呪われし武器だからな────迂闊に触らぬほうがいい」
「君は平気なのか?」
「フ───オレには──呪いなど効かないからな──」
アサギはキメ顔でそういった。
銃や剣に呪いがかかっているのはその通りで、特に彼の持つ魔剣は盗もうとした者が柄や鞘に触れただけで昏倒してしまう程に強力な呪いが掛かっている。
呪いの装備というと、それに込められた魔力が装備者の持つ固有魔力を汚染したり撹乱したりすることで起こる異常のことだ。
このペナルカンド世界の者は大なり小なり魔力を持っていて、それが減ると精神疲労という形で本人に不調を与えて、無くなれば自然回復するまで気絶するのである。その点アサギは地球世界人なので魔力を持たない為に魔剣の呪い効果を受けない。
やや不審そうな顔をしているアイスを小鳥は彼に紹介することにした。
「えーとアサギくん。こちらはパーティのゲストメンバー兼最強戦力のアイス・シュアルツさんです」
「知っている───確か前回の帝国格闘決勝大会で4位だったからな───観戦していた──」
「……アイスさんって」
「い、いや前回は単にサイモンくんに出てみろって言われたから出ただけであって!?」
「ったく、折角俺が2位のヤツの弱点予め教えてやったのに別のやつに負けやがってよォ。掛金がぱァだ」
「武器無し魔法使用禁止で人獅子族最強の相手に殴り勝つというのは私でも無理なのだ……」
落ち込んだように肩を落とすアイス。実際魔法使いが、人外集まる帝都の格闘大会で4位になるだけ尋常ではないのだが一応身体強化術式『ザ・シング』のみは使用可であった為に良い所までいったのだ。なお彼女にその時付けられた二つ名がゴリラウィッチであった。
出場してから暫くの間その二つ名で呼ばれまくって悩まされた事を思い出して顔を曇らせるアイス。
「続けてこちらは……死んでますが……」
指さしたそこには氷の彫像があった。
透明度の高い氷の中に眠ったようにウサ耳シスターが埋め込まれている。
「あァ。あんまりにウザかったんでアイスの魔法でちょっとな」
「氷系術式『アイスエイジ』……氷の中に相手を閉じ込めるだけの非殺傷魔法だ」
ベタベタとイカレさんに発情したりマーキングしようとしたりしたのだろう。あまりアイスも罪悪感は覚えていないようであり、彼の対応への雑さが見える。
パルも悪い子ではないのだが……酒癖と性欲に忠実なだけで。
するとアサギはパル氷の前に立って魔剣に手をかけた。
「よくは知らんが───あまり放っておくわけにも──いくまい───」
そして漆黒の刀身を持つ剣を一閃。そのままパルごと両断──するかに思えたが、魔剣の切っ先が氷に触れた瞬間、魔法が解除されてパルは氷の戒めから開放された。
カッコいいポーズを意識しながら剣を構え、彼は己の武器を名乗る。
「『狂世界の魔剣(マッドワールド)』───魔力を吸収する力を持つ剣だ───」
イカレさんが剣の銘を聞き嫌そうに体を少し引いた。
「げ。マッドワールドっつーと魔王の右手切り落とした魔剣じゃねェか……詳しくは知らんが材料に固形ブラックホールだかが使われてるとかいう厄い代物だって話だが……おいさっさと物騒なのをしまえ」
「ふむ、ギルドが出している情報誌にも乗っていた。冒険者アサギの持つ狂世界の魔剣……これまでの歴史上で使用者は殆ど居ない魔剣らしいが」
「フ────」
ちゃきり、と澄ました顔でアサギは背中に背負った鞘に剣を戻した。
(まあ……こっちの世界に来た場所の宝物庫みたいなところで拾っただけなんだが)
と、思い出しつつ言葉には出さない。目についたよさ気な装備を拝借していなければ彼もここまで戦いの日々は送れなかっただろう。
ダンジョンの最深部にある魔王城宝物庫、そこにはこの世界のみならず様々な世界の強力な道具があると言われている。彼は偶然そこに現れて、事情も掴めぬまま剣と他数点を持って宝物庫の外に出て──二度とそこにまたたどり着けることは無かったという。
「ウササ~助かったウサ~」
よろよろとパルが床に座り込んだ。
そんな彼を紹介する小鳥。
「マスコット兼歌シスターのパーフェクトソルジャーちゃんです。実は修道服の下はバニースーツ」
「なん──だと──」
動揺を隠し切れないアサギにパルは抱きつく。
基本的に見境はない。
「ありがとうございましたウサ! お兄さんとってもいい人でウサ!」
「フ────……?」
即座にアサギくんが固まった。
そして勿体付けない口調で確認する。
「あのすみませんこの小ウサギちゃん、股間に何か固いうまか棒のようなものがあるのですが」
「だってそいつオカマ野郎だしよォ」
「アサギさんは攻めウサ? 受けウサ? ボク、どっちでも頑張るウサ」
「─────ぎゃあああ」
「うわすごい勢いのムーンウォークで後ずさった」
ボーイズなラブに理解の無いお兄さん達である。
もう何も信じるものかと呟きながら再び人間不信に陥りかけている彼はともかく。
「ちなみにわたしの初めて見たBLは釣り著しく好き少年とその兄的完璧超人のネタでして」
「思い出を汚さないでくれないか──!」
「『サンペーくん、竿を握りたくてウズウズしてるようだな』」
「ありそうな台詞を裏読みするのはやめろ───!!」
「……二人は何のネタで盛り上がっているのかね」
「さァ?」
不思議そうに顔を見合わせる二人に小鳥は説明補足を入れる。
「実はアサギくんとわたしは同郷でして。ちょっと故郷のあるあるネタを」
「ほう。そうなのか? アサギくんもトットリの里から?」
「いえいえ、彼は東京の里という場所から。まあ似たようなものですね。砂漠ですし」
「砂漠じゃ──無いぞ──!?」
「でも東京砂漠とか言うじゃないですか。きっと蠍とかコブラ系とか住んでるのでしょう、鳥取砂漠みたいに」
「鳥取ってそんなん生息してたっけ──!? 行ったことないけど──行ったことないんだけど!」
なにかこう、現実とのギャップ的なものに頭を悩ませるアサギ。自分が居なくなっている間に東京が砂漠化しているのではないかと若干不安な意識さえ芽生えた。
もちろん小鳥も東京などと云う都会には行ったことは無いのでイメージで語っている。東京人は言葉の語尾にブクロとかついてそうだと思っているのである。
「機会があったら鳥取にも来てみてください。オススメの設定甘めなパチ屋を案内しますので」
「──なんでパチンコ!?」
「それはそうとこちらのお方が海産物的な名前と爬虫類的な名前が合体事故を起こした」
イカレさんを紹介しようとしたら小鳥は頬を餅のごとく引っ張られた。
「はいうぜェ。サイモンだ。金持ちは財布スられろって常日頃から思ってるけどどォぞよろしく」
イカレさんがイマイチ機嫌悪そうに言う。金持ちに対してはひがみ根性丸出しである。最近はイカレさんも羽振りがいいというのに。
ダンジョン攻略を始めるまではイカレさんは無職だったで、アイス手作りの毒料理で栄養をとるか一日中寝て消費しないように生活するかが基本だったのである。ブルジョアジーに反発する勢いの無消費人間だ。
やや腹ふくるる思いを込めた視線をアサギも返す。
「オレも───リア充は乳首とかもげてキノコ生えろと思ってるが──よろしく」
「だァれがリア充だ、誰が」
「アサギくんアサギくん、イカレさんはですね。あの隣にいる巨乳眼鏡女教師幼馴染とか義理の妹とか図書委員系女子とかと付き合いがあるのですよ」
「調子にのるなよクソが──」
「なんでほぼ初対面からそんな辛辣なセリフいわれないといけねェんだおい!」
目から血の涙を流しながら妬みオーラを出しまくるアサギ。
密かに女子から人気はあるのですが実際にモテているわけではない上に警戒して女とは付き合えない立場なので甘い青春とは程遠い生活だったのである。
リアルが全く充実していない。
「ま、まあ二人ともそう睨み合わなくてもいいではないか。これから仲間になるのだから」
アイスが苦笑しながら間を取り持つ。
「大丈夫ですよ、男の子なんてああやってぶつかり合って仲良くなるものです……もちろん性的な意味で」
「性的な意味で!?」
「なんならわたしが二人をネタに同人誌でも」
「二重の意味でやめろォ! 絶対俺の似顔絵とか描くんじゃねェぞ! ショックで寝込むかもしれねェから!」
「うふふ」
慌てた様子のイカレさんは、小鳥が絵の練習と称して一晩中描いたスケッチブックのイラストを眠っている彼の部屋にこっそり貼り付けまくったことを思い出したようである。早朝人のものとは思えない悲鳴と同時に窓ガラスを突き破ってイカレさんが部屋から脱出したのはちょっとした笑い話だ。
もちろん純然たる悪気のない悪戯だったと無罪を主張したが小鳥はゲロを吐くまで殴られた。ボディをえぐるような拳はかなり効いたという。
「とにかく、多少コミュ障ですがアサギさんは重要な金づr──仲間です! これからよろしくですね!」
「待って今──不穏な単語が」
そんなこんなで、新たに東京都民の魔剣士が仲間になったのである。
***********
「あ、そうだマスター。厨房貸してくれませんか? ラーメンを作るので」
「んん? そーだねえ……」
「──頼む」
アサギの差し出したチップにマスターは快諾。世の中は金で他者の意思すら曲げる習慣が蔓延っている。革命の時期は近い。
小鳥はラーメン屋の店主の必需品、手ぬぐいを頭に巻いて腕を組みやや顎を上に向けるポーズを取ってから厨房へ向かい、ラーメンをてきぱきと作りだした。
この世界では恐らく小鳥やアサギのように異世界転移してきた香川県民が過去に居たようで、うどんは常識のように存在する。その麺を鮮やかな包丁さばきで細く切って麺にする。この店で使われているのは灰汁を混ぜた弾力のあるうどん麺だったので、ラーメンにも使えるだろう。
スープは調味料を怪しげな配合で混ぜることで見た目と味を整える。薫製肉とゆで卵に似せた何かを盛りつけて具にする。
適当に完成させたのは口に入れると味蕾が作為的に反応して美味と錯覚するような美味しいラーメンである。麺ぐらいしかちゃんとした材料は使われていないが、ラーメンに規格や限界など無いのだからまあその別にいいだろう。
丼に入れてアサギの前に出した。
箸を突っ込んで麺を啜る。
「──」
「……」
スープを一口。
「───」
「……」
また麺を食べて。
「─────────────」
「なんっか言えやァァァ!!」
「はっ──」
業を煮やしたイカレさんの絶叫で我に返るアサギ。
そして一旦姿勢を正して決めポーズを作りつつ、
「言葉では言い表せないほどだな────敢えて言うなら───とてもうまい──」
「表現力ゼロだな、おい手前。俺の分は?」
「当然のように要求してくるのをわたしは予めわかっていました。はい」
仕方ないのでイカレさんの分のラーメンも出してあげる小鳥である。最近はもはや彼の行動言動を予想することも楽にこなす。
そして彼はフォークで麺をすくって口に入れ、スープを飲む。
「……敢えて言うなら、すげェうめェ」
「同レベルですなあ」
若干がっかりしつつも、アサギが幸せそうにラーメンを食べているからいいか、と小鳥は思う。
しかし注目を集めていたので他の冒険者さんたちもそこにに寄って来た。
「ねーお嬢ちゃん、あたしもそれ注文していい?」
「あ、こっちのテーブルにもお願ーい」
「ふむ。メニューではないのですが」
云うとアサギが顔を上げ、
「──材料費と手間賃はオレが出そう───作ってやってくれ──」
と、言った。美味の感想を分け与えたかったのだろうか。金持ちの余裕かもしれない。
「おお。冒険者の皆さん、今日は元孤高だった魔剣士さんがオゴってくれるそうですよー」
すると酒場から歓声が上がり、アサギを褒め称えるような女の子の声が聞こえましたが──当人はラーメンを食べるのに夢中のようである。
そんなわけで即席にラーメン屋開業。酒場にいる3時間ほどで、数十杯はラーメンが出た。パルにも手伝わせたが中々に大変であった。
材料も途中でどんどん切れていったけれど他のものを使って誤魔化しながら作っていた。塩と胡椒と小麦粉さえあれば無理やり美味以外の感情を剥奪する味の似たものは作ることなど、家庭科の成績が良い女子高生なら出来て当然である。
後日料理屋で働かないかとか、他の冒険者の人からまた作って欲しいとかいわれてちょっと困る小鳥が居たという。
「そういえばアサギさん、どれぐらい貯金があるのですか?」
「ふむ───これが通帳だが」
「……バブル時代の社長みたいな額ですね。丸がいっぱーい」
「正直───あまり減らなくて───困ってる────」
命がけでもある冒険者は儲かるのだが、分配なしのソロで10年以上やってたアサギはそりゃあもう貯めこんでいた。