導火線に火は付けられた。
黙示録に等しい終末は刻一刻と迫っている。三人の目の前で悪鬼羅刹の毒は数秒後にも撒き散らされようと、その場に佇んでいた。
僅かに硝煙の臭い。煙を伴うそれが一時的に毒の悪臭を抑えるが、それも爆発してしまえば消え去る。
導火線の命が尽きるまで。
滅びを目の前にしても小鳥と、イカレさんと、パルはそれを強ばった顔で見ていた。
じじ、と爆発物へと繋がる導火線が短くなる音と、息を飲む音が聞こえる。音に、光に、臭いに。三人の冒険者は敏感になっていた。
震えた膝を、僅かにパルは後ろへと下がる。
「も、もうダメでウサ……! こんなところにはいられないでウサ!」
そう言い残して彼は罠の範囲外へと逃げ出した。誰が彼を臆病者と罵れるだろうか。小鳥と、イカレさんだ。
(あとでめっちゃ罵る。わたしを守るとか言っていたのは何話前だったか)
そう小鳥は心に決めつつ。
イカレさんは脂汗を僅かに掻きながら言う。
「おいィ……もうやべェんじゃねェか? とっとと逃げるんだな」
「うふふ、イカレさんも、恐怖を感じない召喚士と言っていた割には怯えているように見えますよ?」
「言ってろ。はん、これしきのこと、誰が逃げるかよ」
そう言いながら、口を引きつらせて彼は一歩前へと進んだ。
前にあるは死地。逃げても臆病者かもしれないが、賢くはあるというのに。行くは破滅。そう知っていても彼は前進する。
そんな彼を一人だけ行かせてもいいのだろうか。
いや、良くない。何が良くないかと言うと気分が良くない。チンピラに格好良いことをさせたら碌な結末にならない。
だから小鳥も前進して彼の隣に並び立つ。そこがいかに危険だとしても。
「ちっ……ガキの出る幕じゃねェんだよ。引っ込んでろ」
「いいえ。わたしとて、いつまでもイカレさんの背中に隠れている無力な存在ではないのです」
嘯いて焦る心を静める。
クレイモアの正面。ドラゴンの顎の前。突きつけられたファランクス。そんな危険な状況だろうと、怯んではいけない。
目を背けてはいけない。たとえ死んでも、そこで後悔しないために。
導火線が縮まる。寿命がそれに伴いが縮まっていく。
今からでも振り返り、全速で逃げれば間にあうだろう。でもそうはしなかった。意味は後からついてくるものだ。
たとえ死んでも、誇りは見せつけられる。
「それに、死ぬには慣れています。これでも」
「大げさだぜ。少なくとも、俺ァ死ぬ気はねェがな」
「しかし、どちらかがやられるのは確実ですけれどね……!」
小鳥は胸に手を当てる。そこにはアイスに渡されたお守りが入っていた。
熱く焦がれた心を落ち着けるような冷たさを持つそれに祈りを込めながら、目を凝らし最後の瞬間を待つ。
イカレさんは髪を掻くように頭に手を当てながらぎらついた目を向けていた。
……来る。
確信した。最後のタイミング。最高のタイミング。それを逃さぬように護符を出す。
氷の壁を生み出す氷系術式が込められた魔術文字による術符──
「『氷結符』!」
同時にイカレさんも云う。目と髪の虹の発光を強め──目は金色に輝き髪は全ての色を綺麗に混ぜた白銀色へと変化した。
「『白光防護(フォロウ・エフェクト)』!」
そうして、二人の目の前にあった──
爆竹の刺さった犬のウンコは爆発四散したけれどそれぞれの防御術式に阻まれてウンコまみれにならずに済んだのであった。
*******
「──すまない、もう一度説明してくれるか。私が魔法を込めた護符の魔力を使い切った理由を」
アイスが自分の額に指を当てて考えこむポーズを取りながら尋ねてきた。
ダンジョンから帰ってきて一日の土産話を聞かせていた時である。
小鳥はいつも通りのしれっとした顔で答える。尋ねられたら世界や宇宙の真理でも答えるだろう。信ぴょう性はともかく。
「爆竹犬のウンコチキンレースをして発動させちゃいました。引き分けでしたけど」
「なんだそれは!」
「犬のウンコに爆竹を刺して最後まで逃げなかったほうが勝ちという競技です。まあ、煽ってイカレさんを犬のウンコまみれにしてやろうと思ったのですが隠し技を相手も控えてまして」
普段の七曜防護(レインボウ・エフェクト)から更に魔力を込めて短時間のみ使える白光防護(フォロウ・エフェクト)。視線や呪い、恐慌や咆哮などの効果どころか、物理的に体を害する攻撃を防御、軽減させる能力である。
魔力消費が大きいから魔力の回復が出来る召喚士といえども連発や長時間使用は疲れるのだが。それで犬のウンコは防がれてしまったのだ。
(チキンレースに安全策を持ち込むとは無粋な……)
小鳥はそんな己を棚上げをしながら憤る。本気を出すと銀髪になるなんて中二臭い設定のイカレさんめと心のなかで罵る。
アイスが不満そうな表情で腕を組んで眉根を寄せながら言った。
「……ダンジョンに仕掛けられていた危険な罠だよな? そういってくれ」
「いえいえ、ダンジョンの中ではなくて帰りしな三人で街ブラしてたら犬のウンコを見つけたのでちょっと遊んでみまして」
「馬鹿かー! なんで意味不明なところで魔力を開放するのかー!? 竜の火炎ブレスでも防ぐ術式を!」
ぐっと小鳥は力を失ったお守りを握りしめて云う。
「アイスさんが最期に残してくれたお守り……わたしは、彼女が死んでまで世話になってしまいました」
「死んでないから!? 最近死にかけたの君だから! 大体お守りじゃなくてもサイモンくんの背中に隠れろって言ったではないか!」
「ずっと誰かに守られているだけじゃダメなんです! 自分を守るためにも、大事な仲間を守るためにも……! わたし、戦います!」
「やっぱり微妙にズレてるよねこの子ー!」
悲嘆したように叫ぶアイスに小鳥は生優しい視線を送りつつ。
「まあまあ、おやつにダンディーケーキを作ったから許して下さい。苦目のお茶と合うんですよ」
「……ダンディーケーキというと、材料にダンディーを使ったアレか」
「全然違います。なんですかダンディーって。材料ですか」
「一度作った時は食べたサイモンくんが一時的にダンディーになって困ったのだが」
「それお菓子じゃないですよね? 魔法薬の類ですよね?」
こっちの世界では違うらしいがダンディーケーキはイギリス料理のマーマレードとかをふんだんに使ったケーキのことせある。出来てから数日間寝かせてから食べるのがよし。ひと月以上腐らないこともある。
「英国ワールドカップ優勝バンザイ。チップス&フィッシュ大好き。ダンディーケーキも。ゲシュタポの長官を10年間やっていました小鳥の異世界日常が今日も始まります。ゲシュタポは嘘だけれど。ナインナイン」
「また虚言癖が始まった……」
*********
「わたしが帝都に来てはや3年の月日が流れた……」
「流れてねェが」
イカレさんの残酷なツッコミを受けつつ今日もダンジョンの入口にある酒場へと繰り出す小鳥とイカレさん、そしてアイス。
アイスも休暇が重なれば一緒にダンジョンに潜ったりするゲストメンバー的お助けキャラとしてパートタイム冒険者を続けている。
今日はダンジョンに潜るわけではないが、夕飯も兼ねて酒場へと外食へ出かけた。目指す先の店は『黄金のピラミッド』である。ここしかストロベリーサンデーを出す場所が無い。
コンビニで雑誌などを購入しつつ酒場へ向かう。
帝都には24時間営業のコンビニが日本の地方都市程度には存在している。夜間の店員として清潔なゾンビとかスケルトンなどが働いているので、異世界人ならずとも他所から移入してきた人は驚くだろう。帝都の住人は彼らのような夜行性種族も多い。
夜道を歩く時はなるべく大通りの道の真中を。そう小鳥は教えられている。帝都の夜道ごとき歩けなければダンジョンなんて潜れないとも思ったので何度か一人でコンビニまで出かけた事はあるが警戒は絶やさない。実はこっそりとその度にアイスや召喚された殺人梟が護衛として付いているのだが、彼女は気づいていない。
今日のようにペカペカ目立つイカレさんと、不意打ちで打ち込まれたボウガンの矢すらホームランするアイスがいれば余程のことがない限り大丈夫であろう。
夜の移動ではイカレさんの怪鳥飛行便は使えない。鳥目だからだ。
ネオンの輝く店の前にたどり着くと、何やら怒号が聞こえ──
店の扉を突き破り、中から大男が吹き飛んできた。
「あれ? 店の入口ってカタパルトとか仕掛けてましたっけ」
「いや、誰かに吹っ飛ばされたんだろォよ」
大男──全身筋肉の上にうっすらとした脂肪を残した身長2m程の巨漢である。リベット尽きの黒光り皮服を着込んで顔面に刺青を入れたスキンヘッド。シャバよりムショ、更に言えば世紀末荒野が似あってそうな、鳥取ではよく見かけるタイプのゴロツキだ。
腰には大ぶりのナタを抜き身で下げていまる。転んだ拍子に刺さらなかったのは日頃の功徳の成果だろうか。
男は地面に転がり二転三転すると起き上がって、店の入口を睨み上げた。
「て、テメエ!」
男のダミ声と同時に店から姿を現したのは──
上下黒の衣服で身を包んだ、十代後半ほどの年齢に見える黒髪黒目の青年である。背中には黒いマントと無骨な木製の鞘に収められた剣。右手には肘から手首までを覆う無骨なガントレット。腰に切り詰めたショットガンを下げている。
見たままの年齢にしては恐ろしい程に殺気が漂っている彼は怜悧な視線を男に向けて、無感動な声を響かせた。
「───失せろ。今日は機嫌がいい───見逃してやる」
「見下しやがってクソガキがぁ! ぶっ殺してやるぜ!」
「フ───無為な事を───まったく折角の良い夜だというのに────邪魔だ──」
チンピラ──イカレさんで無い方──は腰の大鉈を構えて顔を真赤にさせながら、意味にならない罵り言葉を叫んだ。
それを聞き流しながら両手をフリーにした少年はゆっくりと店の入口から離れる。彼の離れた後は入り口から女冒険者達が何人も顔を出して喧嘩を見物したり黄色い声を上げていた。
小鳥達はやや離れた場所から見守っている。
「しかしぶっ殺すとは言っても、あの黒い人がわざわざ近寄ってきたからいいもののショットガンで一方的に銃撃されてたらあのおっさん死んでますよねえ」
「ふむ。殺人は重罪だからなあ。その程度の常識はあるのだろう。それに、銃を使わなくても勝てる自信があるか」
少年は男の数メートル手前で一旦立ち止まり、右手を前に出して殴り合いの構えを見せながら軽くステップを踏んだ。鉈で武装した相手に背中の剣は使わずに、素手で戦うようである。
激昂した男が大鉈を構えて大きく横になぎ払い──避けたり受けたりしないと確実に人が死ぬ勢いで──踏み込んだ。
同時に少年はダッキングで上半身を下げて紙一重でナタを避けつつ前進──男の懐に潜り込む。
は、と声を出して隙だらけの男の顔面にカウンター気味の右拳が突き刺さる。一瞬だが、その右手を覆う金属製らしいガントレットが光ったように周りからは見えた。
鼻の軟骨を潰す音を立てて男の顔面に入った拳は一撃で仕留めようとした威力ではなく、打撃を受けて怯んだゴロツキへ即座に二連打が同じ箇所に叩き込まれる。続けて息をつく間もなく繰り出された左フックがコメカミを抉る。
男の顔面がフックで大きく右に動いた瞬間、少年が見越して放った右肘の回転エルボーが人中へと吸い込まれた。
これにはたまらずに大きくのけぞり、武器を取り落とす男だったが、追撃の手は緩まない。
怯んだ隙に右拳を強く握りしめて、やや屈んで溜めたアッパーが男の顎に綺麗に入る。歯を何本か叩き折った音を立てつつ、男より頭一つ小さい黒い少年のアッパーは巨漢を軽く浮かせた。
浮いた男が落ちてくると同時に追撃で正拳突きを打ち込む。腰に力を入れて放たれる全身の体重を腕に乗せた強烈な一撃に、男の体は水平に吹っ飛んで路地裏のごみが積まれた場所へ叩きこまれるのであった。
あまりに一方的な、数秒間で終わった試合展開。
どこかの壁にぶつかった音を聞きながら少年はその方向に背中を見せ、月を見上げながら言う。
「──やれやれ──月がよく見える夜は──気が荒ぶる輩が多いな──」
キメ顔とキメポーズで言いながらマントをなびかせて酒場へと戻っていった。その際女の子達からキャイのキャイのと騒がれたりしたけれど少年は華麗にスルーしている。
小鳥は感想を云う。
「意味はわからないけれど自信たっぷりなキメセリフでしたね」
「手前……それを言うなよ」
「まあ、満月の日や新月の日には一部の種族は力が増すけどね。チンピラはどうだか知らないが」
一応フォローのようなものを入れるアイス。
しかしそれにしても。
「あれが『孤高の魔剣士』ですね。やっと会えました」
「コトリくんを助けた冒険者か? 確かに戦い慣れた様子ではあったが」
「10年は冒険者を続けているって聞きましたが、随分若い様子でした、それに──」
『孤高の魔剣士』の特徴の一つ、黒衣。決して防御力は高くない黒の服。理由は不明だが彼は鎧などを使わず、その服を愛用しているという。
(でもさ、学ランだったんだけど。彼が着てるの)
小鳥は訝しんだ。
***********
黄金のピラミッド亭ではやはり女性比率が高い。というかイカレさんとパルと孤高の魔剣士しかいない。
出される酒や料理もそことなく女性向けが多いので、男とパーティを組んでいる女冒険者も仕事後には別れてこっちに来るぐらいである。
やはり虹髪で男性のイカレさんなどは入ると女性冒険者からやや品定めをするような目線を送られるがどこ吹く風で気にしない。女児用下着売場に来ても平然としているイカレさんを甘く見てはいけない。後ろ指を差されようが余裕で無視できる。
店内ではわいわいと陽気な騒動で賑わっている。女三人寄れば姦しいと云うが、ここは言うなれば姦姦姦姦姦嬲姦姦嫐姦姦といった状況である。何故か文字に現すと非常にエロく見える。
ともあれ、顔なじみになったマスターの居るバーの席へと三人で座った。そこにはぐったりとしているパルもいた。
「パロールの魔眼くんどうしましたいきなりぐったりと……死んでるんだぜこれ……」
「生きてますウサ」
揺さぶり起こすと気だるげにパルは起きた。
口からは強烈な揮発せんばかりのアルコール臭。サケクッサーという擬音が聞こえるようだ。
「あんまりアルコールばっかりやってると喉が潰れますよ? それはそうと日替わり定食を3つ注文しつつ先ほどの騒ぎはなんだったのかとパルくんに聞きます」
「ウサウサ……人は何故争うのかウサ。夢、希望、未来……どこから来てどこに行くのかウサ」
「うわ。ダメクサイ。マスター、なにがあったんですか?」
店主は笑みを零しながら言う。
「いやあ、ここは女ばっかりの店だからさっきみたいな荒くれも時々来るんだよ。いつもは店内の女冒険者達で袋叩きにするんだけれど、たまたま魔剣士が居合わせて───それでさっきの男も魔剣士の噂は半可通だったんだろうね。喧嘩を売った挙句にあのザマ」
「ほほう」
「ああいう輩に絡まれるのも魔剣士は慣れてるからね。それに今日はダンジョンでいいお宝でも見つけたのか、いつもはさっさと酒場から出るんだが、そんな時だけうちでストロベリーサンデーを注文するのさね」
「甘党ですか。あざとい設定追加ですね……」
ちらり、と店の奥、魔剣士が座っているテーブルを見れば何やら遠目からは見えないが、器のような白い容器を前に涼し気な笑みを浮かべて目を瞑っている。あれがお宝だろうかと注視した。
それをやや遠巻きに女性冒険者たちが見ながらヒソヒソと話し合っていた。顔の様子から見て、嘲笑われているのではなく単に好奇心や興味、イケメンへの何らかの評価をしているようであった。
アイスもそちらに視線をやりながら顎に手を当てて言う。
「確かに何か全身から常人とは異なるオーラを感じるね。強力な魔道具の波動も感じる」
「そりゃあの魔剣士の装備を全部売り払えば孫の代まで遊んで暮らせるって噂があるぐらいだしねえ───はいこれ」
マスターは小鳥の前にストロベリーサンデーを置いた。
「確か用があったんだろう? これを届けてくるついでに前のお礼とやらもしてきな。まあ、あんまり会話を好まないやつだけど今日は機嫌が良さそうだしね」
「おォそーだそーだ。てか例の薬の代金を請求してこねェよォに言っとけ」
「イカレさん……」
微妙な顔になりながらとにかく、ストロベリーサンデーを乗せたお盆を持って小鳥は立ち上がった。
お盆を水平に保ったまま歩き、奥のテーブルに向かう。鳥取のパチンコ喫茶で短期アルバイトをした経験があるので配膳に問題は無かった。パチ喫の問題は、異常に五月蝿すぎて注文とかマジ聞こえないところなのである。鳥取ならばだいたい何処にでもあるからお勧めだ。
魔剣士に近づくとなにか妖気のようなものを感じた。彼の背負う剣と、テーブルに立掛けられているショットガンから特にヤバめな雰囲気がする。
ともかく、テーブルにストロベリーサンデーを運ぶ。
「お待たせしました~」
「───」
……。
(いや、───って言われても)
口には出してないが、僅かにこちらを見て興味をすぐに無くしたような視線に込められた謎のラインに小鳥は胸中でツッコミを入れる。
とにかくお礼をしなければと話しかけた。
「あのーこの前はありがとうございました。命を救われまして」
「さて───誰だ? 覚えて───無いな」
「ええと。ほらオッサンーヌまで使っていただいたニンジャですよう。覚えてません?」
「──どうでもいい」
小鳥には視線も移さずに、スプーンでサンデーを掬って口にし始めた。
やはり孤高というだけあって愛想は良くない。予想の通りなので小鳥は特に不快には思わなかったが。
ふと、彼のテーブルに載せられたお宝の器を見ると、
(あ、これわたしがこっちに持ってきたカップ麺、鳥取ラーメンの容器だ。イカレさんがダンジョンのどこかにポイ捨てしたやつ)
見覚えのあるそれに、小鳥は気づいた。
「これがお宝……ですか?」
「──他人に価値は───わかるまい」
少し淋しげに彼は首を振りながら言う。
価値と言われても、鳥取市内のスーパーでメーカー希望小売価格180円のカップ麺なのだが……。
「あ、それと最後に質問を」
「一人に──してくれ────」
会話を拒絶するような彼の言葉に逆らわず返すことにした。
「はあ。それではお食事中申し訳ございませんでした。お礼を言いたかっただけでしたので」
頭を下げて離れることにする。まあ初対面も同じような人から根掘り葉掘り聞かれるのもいい気分はしないだろうと小鳥も思った。
彼は孤高と呼ばれているのだ。普通に人とコミュニケーションが取れるなら孤高ではないのである。つまりは元からコミュ障気味なのはわかっていた。わかっていたなら、特に感慨はない。
しかし、気になることは。
背中を向けて歩き出しながら呟いた。
「なんで学ランだったんでしょうか。応援団なのかしらん」
「待て──……!」
小鳥の呟きに、魔剣士が反応した。
彼女の手を、彼が掴んで引き止める。
やや離れたバーのカウンターでアイスが少し緊張した面持ちで杖に手をかけているのを見ながら振り返ると、ギラギラした目で孤高の魔剣士は小鳥を見ていた。
そして半開きになった口から、信じられないとばかりに声を出す。
「今──なんと言った──!? 学ランを───知って──いるのか──!?」
「? ええ、男子中高生の制服ですよね。わたしの高校はブレザーでしたけど」
「高校──!? まさ───か、君は───!」
どうでもいいけど喋り方が独特で微妙に謎だ。
「おおっと手が滑った」
遠くからよく聞こえる声。そして一瞬後に、小鳥と魔剣士の近くの床に魔杖アイシクルディザスターが突き刺さった。
凄まじい破砕音と、打撃力を加えたことにより発生した冷気が酒場の空気を完全に凍りつかせる。
注目を浴びながら眼鏡を光らせたアイスが足音を立ててこちらに近づいてくる。
「いやあすまない。うっかり手からすっぽ抜けて杖が飛んでいってしまった。ところで、私の連れが何かしたか?」
と、魔剣士が掴んでいる小鳥の手を指さして尋ねてきた。怖い雰囲気だ。保護者オーラが出ている。
ううむ、どうしたものやらと小鳥は考える。アイスは彼を警戒しているようであるが話はしたい。
ひとまず魔杖が飛んできた瞬間から魔剣の柄に手を当てている魔剣士へと向き直り、改めて挨拶をする。
「ええと、まあここは合言葉的で確かめましょう。『風』」
「……『谷』? いや、何度目だロードショー! ──や、やはり、日本人なんだな!?」
うれしそうな顔で彼は小鳥の手を両手で握ってきた。
日本人ならどの年代でも当然だが風の谷の合言葉は通じたようだ。何度繰り返しても何度でも見てしまうそれには怪しげな洗脳作用があるかもしれない。
故郷の日本へと帰る事を十年以上目指している、かつて異世界トリップしてきた孤高の魔剣士・浅薙アサギと最近異世界に来た鳥飼小鳥の出会いであった。
そして彼と、彼の持つ魔剣との出会いが、物語を巡らせていくことになる。