キールさん曰く「いつものところ」に交代を終えたハリスさんに案内してもらうことになった。どうやら二人はたまたま勤務シフトが重なることが多いらしく(というよりもキールさんが資金集めのためにほぼ毎日勤務していた所為だろうが)、一緒に食事を取ることがよくあるのだそうだ。
「安くて美味しいんです」
とハリスさんが嬉しげに案内してくれた場所は、意外や意外、大変メルヘンな外観の喫茶店だった。
「クロニクル・オンライン」ではプレイヤーが「商店」を出すことができ、なおかつその管理をするスキル「経営」が存在している。一大チェーン店を確立することもできれば、頑固一徹職人の店、を気取ることもできるのだ。
尚且つ、商店の外観・内装・商品は完璧にプレイヤーの好みで決められる(そしてそれには懐事情もおおいに関わってくる)為、城下町「シュメール」には多種多様な商店が軒を連ねていた。
どう見てもプレイヤー経営のそのお店「プリンセス」は、内装も外観を裏切らずにピンクと白とハートと星に溢れていた。
生粋の女子である私にも恥ずかしいこの店内……恥ずかしげも無く「いつものところ」と言い切ったキールさん、通いなれている様子のハリスさんには脱帽するしかない……。
うんざりするようなピンクの洪水の中には、当然の如く女性プレイヤーしかいなかった。
――――キールさん以外には。
自分以外の男性プレイヤーが全くいない中で、キールさんは特に肩身を狭くするでもなく、ハート型のイスに座って実にナチュラルに存在していた。
先ほどまで「体育会系ワンコ」だと分析していたキールさんの新たな一面を見る思いである。
私は迷いもなく彼のテーブルに向かって歩いていくハリスさんの背中に隠れるようにして、キールさんの元へ向かった。
ハート型の椅子は意外にも座り心地がよく、日差しが差し込む店内は天井を吹き抜けにしてあるせいか実際の広さ以上にゆったりとしている。空調をどうにかしてあるのか、爽やかな風がゆったりと店の中を漂って、そこここに吊るされている星型の飾りはシャラシャラと控えめな音を立てていた。
「プリンセス」の店内は内装の趣味はともかくとして居心地はいいようだ。
目の前でにこにこと楽しげにメニューを広げてこちらに差し向けるキールさんと、隣で各メニューの詳細を解説してくれるハリスさんに集まる視線さえなければ、の話ではあるが。
二人とも、「クロニクル・オンライン」ではわりと珍しい正統派美形(各々のタイプは違うが)であり、なおかつ店内で二人だけの男性プレイヤーであるため、否が応にも注目の的なのだ。
正直な話、居心地はあまりよくない。
「スイさん、メニューは決まりましたか?」
「あ、オムライスで」
私が居た堪れずにハート型の椅子に座りなおしている間に、キールさんとハリスさんはメニューを決めてしまっていたらしい。というか、常連らしい二人のことだから初めからメニューは決まっていたのだろう。私を待っていてくれたのだ、と気づくと、女性客の視線ごときでキールさん達をないがしろにしてしまった申し訳なさに少し落ち込んだ。
「ここのオムライスは可愛いですよー」
「そうそう、うちのは可愛いですよ」
私の注文にハリスさんは少し意地悪そうに口元を歪めたけれど、それに追随するようにお冷を持ってきたウェイトレスのお姉さん(プレイヤー商店で働いているということはこのお姉さんもプレイヤーである)がにこにこと同じ台詞を繰り返したせいで毒気を抜かれたらしく、すぐにつかみ所のない微笑に切り替えた。
「ご注文を繰り返します、オムライス、日替わり定食、パスタBセットでよろしいですか?」
メイド服っぽいピンクのひらひらした衣装を着こなしたお姉さんはハキハキとメニューの確認を行い、テキパキ食器の確認をして去っていった。
ところで、ゲームの中で食事?と思われるかもしれないが、クロニクル・オンラインでは食事は必須である。まあ、ただ飲み込めばいいものもあるにはあるが、それだけじゃ味気ないだろう、ということでNPCの経営するレストランが設置されているのだが、ここの料理はとにかく美味しくないのだ。
不味いわけではなく、「美味しくない」のがポイントである。結果、だったら俺が作ってやらあ!とばかりにプレイヤーが勝手に始めた「レストラン」が大当たりし(これは本来開発側は予定しておらず、そのために急遽「料理」スキルを急造する羽目になった)、それがきっかけで様々な国籍の料理が作られるようになった…らしい。
というのも、「神々の時代」で「レストラン」をやるような酔狂なプレイヤーは皆無(なんといっても初心者にそんな金の余裕があるわけがない。プレイヤーの「料理」は高いのだ)だったため、私がプレイヤー作の「料理」を食べるのは今回が初めてだからである。
「私、料理人さんの作るものって初めて食べます」
「……ええっ!?」
「ああ、ずっと神々の方にいらしたんですよねえ」
正直ワクワク感を抑えきれずに二人にそういうと、二人ともトーンの違いはあるがそれぞれ「珍しい生き物」を見る目で私を見た。
泣きたい。
本格的に拗ねはじめた私を気遣ってか、キールさんとハリスさんは「シュメール」の様々な噂話や抜け道、お得情報などなどを教えてくれた。
一通り聞きたいことを聞き終わったあと、まだ料理に時間が掛かっているようなので随分かかるなあと思いながら(実はこの店の待ち時間が長い訳ではなく、私の感覚が麻痺している所為だった。何しろ「神々の時代」ではNPCに料金を支払って三秒で出てきたのだ)先ほどの4人パーティの話題を切り出した。
「ところで、気になっていたんですけど」
「なんでしょう?」
私の問いかけにハリスさんはゆったりと応え、水を飲んでいたキールさんはただ小首をかしげるだけに留めて先を促した。
「さっきの四人パーティの弓使いさん、妙に突っかかる方でしたけど……」
じっくりと話を聞いたのであろうハリスさんと、聞きかじってはいるのだろうキールさんが、同時にお互いの顔を見つめあった。
おお、アイ・コンタクト。こんなことまでできるようになったバーチャルリアリティ技術の進歩は凄まじいなあ。
「それをお話したくて、キールさんとスイさんのデートに着いてきたんです」
「……ええ、ってえぇっ!?ハリスさん!?」
真面目な調子で話し始めたハリスさんは、そのままのトーンでキールさんをからかいだした。
なんだか二人の日ごろの関係がこの一場面で透けて見えるかのようである。
それにしてもキールさん、この気恥ずかしい店内に毛ほども動揺も見せず我が家のようにくつろいでいた人間とも思えない慌てっぷりだ。
「と、まあ冗談はこれくらいにしてですね」
ひとしきりキールさんの愉快な狼狽を楽しんで満足したらしいハリスさんは、白とピンクのストライプになにやらキラキラとした星が踊っているテーブルをコツコツと叩いた。
どうやらハリスさんが真面目になるときの合図らしい。
キールさんは急にしゃっきりと背筋を伸ばして神妙な顔をした。
「先ほどの彼らの話ですが、」
「はい」
ハリスさんは人差し指で星の形をなぞりながら、なんでもないことのように言った
「あのパーティーはですね、実は悪質なMPK(Monster Player Killの略。モンスターの大群(または数匹)を他のプレイヤーにけしかけてそのプレイヤーを殺すこと)に遭って命からがら逃げてきたところだったそうです。そのあともしつこく囁きTELLをあの弓使いの彼に送ってきていたらしいです」
「……それはそれは」
そういう話を聞かされると私は途端に弱い。向こうが一方的に突っかかってきたのも事情があってのことらしい、ということをハリスさんにさわりだけ聞かされただけで、あの弓使いさんと闘士さんのフレンドリスト候補除外を取り消してしまいそうだ。
「まあそれが本当の話だとしても、無関係のスイさんに八つ当たりして薬品を掠め取ろうとしたことが帳消しになるわけでもありませんけど」
そんな私の気配を察したのか、ハリスさんはサクっと言い切った。
言ってしまえばその通り。
「まあ、スイさんにはご迷惑でしたでしょうが、早いうちにあの手合いと関われたのは良かったと思いますよ」
「…………?」
ハリスさんはそう結んで、お冷のグラスを口元に運んだ。
その言葉にキールさんは考えを巡らすように眉を寄せ、私は小さく頷いた。
迷惑なプレーヤーは「神々の時代」にいなかったわけではないが、「神々の時代」はそもそも取り合いになるような狩場は無かったし、MPKも存在しなかった。
ギルドシステムもNPCのもの以外なかったし、パーティプレイもあまり盛んではなかった。
私はそんな「神々の時代」で中級レベル周辺まできてしまったのだ。
けれど、「暗闇の時代」は違う。
人と人とが何らかの形で必ず関わってくる「時代」なのだ、ここは。
それが好意であれ、悪意であれ、その関わりの中に広まっていく。
人恋しさに「神々の時代」から抜け出した身としては、怖いような、嬉しいような、複雑な気持ちである。
私はなんとなくもやもやとした気持ちを抑えきれず、机のストライプ模様の溝をがしがしと爪で削ることでそれを誤魔化した。