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No.2889の一覧
[0] クロニクル・オンライン[柚子](2008/04/13 13:52)
[1] 赤魔術師スイの受難[柚子](2008/04/14 18:52)
[2] 赤魔術師スイの受難  -初めての冒険 序-[柚子](2008/04/14 18:53)
[3] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の洗礼 上-[柚子](2008/04/14 18:54)
[4] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の洗礼 下-[柚子](2008/04/12 17:57)
[5] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の事情 上-[柚子](2008/04/14 18:57)
[6] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の事情 下-[柚子](2008/04/14 18:58)
[7] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の日常-[柚子](2008/04/14 18:59)
[8] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の忠告 上-[柚子](2008/04/14 19:14)
[9] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の忠告 中-[柚子](2008/04/14 19:35)
[10] 赤魔術師スイの受難  -暗闇の時代の忠告 下-[柚子](2008/04/14 20:06)
[11] 不真面目な幕間 -「衛兵」キールの憧憬-[柚子](2008/04/15 22:46)
[12] 不真面目な幕間 -「文官」ハリスの野望-[柚子](2008/04/15 23:04)
[13] 幕間 ― クエスト『忘れられた部屋』 上―[柚子](2008/04/16 19:38)
[14] 幕間 ― クエスト『忘れられた部屋』 下―[柚子](2008/04/16 19:49)
[15] 赤魔術師スイの受難  -ギルド『竜と錬金』 序-[柚子](2008/04/16 20:01)
[16] 赤魔術師スイの受難  -ギルド『竜と錬金』 その1-[柚子](2008/04/18 00:49)
[17] 赤魔術師スイの受難  -ギルド『竜と錬金』 その2-[柚子](2008/04/19 17:53)
[18] 赤魔術師スイの受難  -ギルド『竜と錬金』 その3-[柚子](2008/04/20 16:45)
[19] 赤魔術師スイの受難  -ギルド『竜と錬金』 その4-[柚子](2008/04/21 21:25)
[20] 赤魔術師スイの受難  -『竜と錬金』の内情 その1-[柚子](2008/04/22 20:38)
[21] 赤魔術師スイの受難  -『竜と錬金』の内情 その2-[柚子](2008/04/23 21:36)
[22] 赤魔術師スイの受難  -『竜と錬金』の内情 その3-[柚子](2008/04/24 22:22)
[23] 赤魔術師スイの受難  -『竜と錬金』の内情 その4-[柚子](2008/04/28 23:15)
[24] 赤魔術師スイの受難  -『竜と錬金』の内情 その5-[柚子](2008/04/28 23:32)
[25] 赤魔術師スイの受難  -『竜と錬金』の内情 その6-[柚子](2008/04/28 23:56)
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[2889] 赤魔術師スイの受難  -『竜と錬金』の内情 その4-
Name: 柚子◆90f3781e ID:34cbca9c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/04/28 23:15




城下都市シュメールの街並みは、整ってはいるものの、どこか雑多である。
それはプレイヤー達が数多くひしめいている所為でもあり、またプレイヤー商店の多種多様な外装が軒を連ねている所為でもある。

しかしまた、その猥雑さはシュメールの魅力の一つでもあった。
やはり、都市と人の活気とは切っても切り離せない関係である。賑わった街並みと人々の声には、尽きせぬ引力があるのだ。中にはそれを嫌って奥地に拠点を築くものもいたが、大抵のプレイヤー達は、このシュメールという都市に惹かれている。
何しろ、中世の街並みそのままの光景が広がり、自分はその中を行きすぎる冒険者であったり、根を下ろす商人であったり、ひたすら製造に明け暮れる職人だったりするのだ。
あらゆるプレイヤーが、あらゆる楽しみ方を見つけられる都市、それがシュメールの最大の魅力なのだろう。

今日も、褪めた赤を基調とした道には、ありとあらゆるジョブとレベルのプレイヤー達が、あるいはのんびりと、あるいは急ぎ足で行き交っている。
スイもまた、その街中をどこかどんよりとした足取りで歩いていた。






「はあ……」
「スイさん!」


本日の”混沌の迷宮”で得た戦利品を売り払うべく、商店に向かう途中で、突然声を掛けられた。
なんだかんだで、迷宮探索もそこそこ順調に進んでいる。
進んでいるのだが、それ以外に頭の痛い問題が数々持ち上がっている為、どうにもこうにも浮かない気分だった私は、ついついため息と共に振り返ってしまう。
が、そんな憂鬱な気分は、すぐさま振り払われた。


「……キールさん!」
「お久しぶりです!」

すれ違った時は一瞬分からなかったのだが、キールさんは甲冑とマントが良く似合う、美青年騎士になっていた。
やはり、非常に眼福である。門番や兵士の時の甲冑姿も中々似合っていたが、上級職の装備は一味違う。実にキラキラしく細々とした装飾は、どうかするとゴテゴテとした品の無い印象に捉えられがちだが、彼にはそれが良く似合っている。

「わー! 騎士装備似合いますねー!」
「あは、ありがとうございます」

素直にそう褒めると、キールさんは照れたように笑った。
相も変わらず癒し系好青年だ。流石は私のお友達第一号なだけのことはある。

「スイさんもギルド加入おめでとうございます!……ってこれ、前にも言いましたね」
「何度言われても嬉しいからいいですよー」

先ほどまで曇っていた心が洗われるような、なんとも爽やかなキールさんの言葉に、なんだか嬉しくなってしまう。
……まあ、同時にギルドのアレやらコレやらを思い出してしまった所為で、完璧に洗い流されはしなかったものの、彼の微笑みは私の精神を安定させるのに十分な効果があった。


「あ、そうだ。実はこれから、ハリスさんが俺の騎士昇格のお祝いに奢ってくれるらしいんですよ。スイさんも良かったら一緒に行きませんか?」
「え? ハリスさん今、”暗闇の時代”にきてるんですか?」


意外な人物の名前に、思わず目を丸くすると、キールさんは頷いて、リングを指し示した。
その指示に従って、リングでフレンドリストを確認すると、確かにハリスさんはこの城下都市シュメールに来ているようだ。
それならそれで、連絡の一つもくれたらいいのに。

「あ、ほんとに居る。……私もご一緒していいんですか?」
「えーっと、今ハリスさんに聞いてみたらどうぞ、って言ってましたよ」
「おー」

実は、キールさんとはかなりご無沙汰である。
彼が「騎士」に昇格した時に二人でお祝いして以来だから、かれこれ三ヶ月ぶりだろうか。
TELLでやり取りはしていたが、彼は”神聖騎士”目指して各地を走り回っており、私は私で”混沌の迷宮”に潜り続けていた所為で、中々会う機会がなかったのだ。

「じゃ、お言葉に甘えて。キールさんとも久しぶりにお話したいですし」
「はい!」
「私もお食事代持ちますから、ちょっと豪華にいけますよー」

冗談めかして言うと、キールさんはどこか慌てた雰囲気で、大きく首を振った。

「いやいやいや! そんな、前にもお祝いして貰ったのに……」
「気にしないで下さいよー。お祝いなんだから何度やってもいいですよー」

ああ、つくづくいい人だ。
ここの所、ワガママなお姫様やらその取り巻きやらの問題で、ちょっと気力を消費していただけに、キールさんの純粋さが眩しい。
是非このまま、その長所を失わずに、聖騎士ルートを攻略していってもらいたいものである。

「ままま、行きましょうか。やっぱり”いつものところ”ですか?」
「あ、はい。そうです」


まだ戸惑っているようなキールさんは、歩き出した私の歩幅に合わせて隣に並ぶ。
二人連れたって歩くのは、本当に久しぶりだ。
沈んでいた心が、うきうきと波立つのが分かり、私は自分の単純さに少しだけ感謝した。
やはり、ギルドマスターのリョウさんの口癖の通り、『ゲームは楽しく』あるべきである。






喫茶店「プリンセス」は相変わらず実にメルヘンだった。
今月のテーマである”お花畑”は、意外なことに好評らしく、店内に咲き乱れる花々に戯れで触れては幸せそうに微笑む女性プレイヤー達の姿がそこかしこで見られた。
やはり、”埋め尽くされる程の花”はいつの時代も女性の憧れのようである。
見事に客層のニーズに応えた「プリンセス」は、今日も沢山の女性プレイヤー達で賑わっていた。



「やあ、いらっしゃい」

ハリスさんは、花に埋もれつつにっこりと笑う。
古典的な少女漫画で、美形が微笑むと花が飛ぶ、という表現はよくあるが、まさかその実写(バーチャルだけど)にお目にかかるとは思わなかった。
妙にハマっているのが、なんだか微妙に腹立たしい。

「お久しぶりです!」
「はい、久しぶりですね、キール。スイさんは、この間会ったばかりですが、またお会いできて嬉しいです」
「……こちらこそー」

こちらも花を飛ばさんばかりの笑顔で、キールさんがにこやかにハリスさんに再会の挨拶をすると、ハリスさんは鷹揚に片手を上げて応えた。
やはり戦いの時代で部下を引き連れている(らしい)所為だろうか。その仕草は妙に貫禄があり、まるでキールさんが新米の部下のようである。

「さて、何にします?」


私たちがハート型の椅子に着席したのを見計らい、ハリスさんはキラキラと光るチェーンを揺らして問いかけた。
どれだけ中身が変な人であると知っていても、やはりカッコイイものはカッコイイ。
ハリスさんに熱い眼差しを送っている女性プレイヤーに密かに同情しつつ、キールさんを伺う。


「今日はキールさんのお祝いですから、キールさんの好きなもの好きなだけ頼んでください。私も出資させてもらいますから」
「え、あ、いや……その」

私の言葉に遠慮がちに言葉を詰まらせるキールさんは、困った顔をしてはいるが、どことなく嬉しそうでもあった。
照れているのか、ひたすら頭を掻いて唸っていると、折角の凛々しい騎士姿の魅力も半減してしまう。
しかし、そんなところがまた、実に可愛いらしい。

「ま、ここは私が持ちますから、キールは遠慮せずに好きなようにしたらいいですよ」
「私も払いますってば」


たまには私に格好つけさせて下さいよ。
食い下がる私に、ハリスさんは有無を言わさない微笑とともに言った。
微塵の照れも感じさせない涼しげな微笑みは、ある意味キールさんと対極である。
つくづくいいコンビだよなあ、と思いつつ、まだ迷っているらしいキールさんへと視線を向けた。


「……決まりました?」
「いくら本日の主賓だからといって、レディをお待たせするのはいけませんよ、キール」
「あああ! もーちょっと待って下さい!」

ハリスさんの言葉に、キールさんは心底慌てたようで、凄まじい勢いでメニューを捲りはじめた。
とりあえずは(かなり強引だった気もするが)気持ちの整理がついたようである。
ますます人の扱いが上手くなっているらしいハリスさんの手のひらで転がされた感はあるが。





「――――、以上でよろしいですかっ!」

何か吹っ切れたらしいキールさんの怒涛の注文に、ウェイトレスさんは鬼気迫る気迫を持ってそれを繰り返した。魔術師の「詠唱」もかくや、という長さの復唱に、心の中で彼女に拍手を送る。
「プリンセス」の制服であるピンクのひらひらメイド服を着込んだ彼女は、その甘ったるい装いとは裏腹に、相当デキる店員さんのようだった。
テキパキと食器とグラスの確認をして歩み去る姿には、尊敬すら芽生えてしまいそうだ。



「……そういえば、スイさん、ローブを変えたんですね」
「おや、本当だ。良く似合っていますよ」

なんとも目聡いお二人だ。
これは、リアルでもかなり女性慣れしている事だろう。特にハリスさん、さらりと褒める、という高等スキルを手にしている彼は、きっとリアルでモテモテに違いない。



ギルドイベントでの、ミルネリアさんとクロミネさんの一件で思わぬ大金を手にした私は、早速それを使い込んだ。
有り金はたいて新しいローブを購入したのである。
流石に、”神々の時代”から持ってきたローブではそろそろ能力的に厳しく、買い替えを迫られていた為、実にいい機会だった。
ローブにお金を掛けすぎた所為で他の装備品にまで手が回らなかったのは若干悲しかったが、”名つき”の代物を購入することができたのは僥倖だった。


「クロニクル・オンライン」において、装備を入手する方法は大きく分けて三つある。
まず一つは、定番も定番、「店売り」と呼ばれる、NPC商店で購入する方法。これはもっとも手軽なのだが、その分装備の能力値は全体的に低めである。

もう一つは、ドロップアイテムで装備品を揃える方法。モンスターのレベルにもよるが、大分にして店売りのものよりは能力値が良い場合が多い為、初心者~中級者まではこれを利用するものが多い。

最後は、「職人」ジョブのプレイヤーが作った装備品を購入する方法。職人のレベルにもよるが、総じて能力値が高い為、中堅以降のプレイヤーは大抵これを利用している。
中でも”名つき”と呼ばれる、特殊なスキルの組み合わせや素材の組み合わせによって生まれる装備の事である。能力値も勿論だが、その希少価値とグラフィックの美しさが指示されて、人気の高い一品だ。
ちなみに“名つき”の由来は、その職人の名前が刻まれる事にある。



密かに自慢だったローブを褒めてもらえた事で、私はちょっと舞い上がってしまう。
かなり前から目をつけていた装備を、交渉に交渉を重ねて、ようやく売って貰えたのだ。
看板商品を失いたくないらしい店主との、長い長い商談はようやく実り、私は晴れてこのローブを手に入れる事ができた。
それを褒めてもらえて舞い上がるのは、人間としてごく自然な反応だろう。



「ありがとうございます!」
「うん、似合ってますよー」

思わず顔が緩んでしまう。
さぞかしニヤニヤしながら答えただろう私の言葉を、キールさんは他意なく、にっこり笑って受け止めた。
咲き乱れる花を背景に、きらめく金髪を靡かせながら微笑むキールさんは、実に正統派な王子様的美形さんである。ちょっと天然で体育会系な内面に目を瞑れば、どこに出しても恥ずかしくない好青年だ。

「そういえば、スイさん、ギルドの方は随分大変みたいですね」
「はい……」
「あれっ? そうなんですか? なんか聞いてる限りでは楽しそうでしたけど」

ハリスさんがさらりと出した話題に、私は思わずため息をついてしまった。
その様子に、どこか腑に落ちない、といった態でキールさんは首を傾げた。
そういえば、キールさんにはなんとなく、この一連の騒動を話しそびれていた。

「ああ、えっと、ちょっと今、ゴタゴタしてるんですよね」
「ゴタゴタというか……まあ、アレですね」
「なんか、大変そうですねー。やっぱりギルドって、大きくなるほど問題も増えますもんね」

キールさんは、未だにギルドには所属していないらしいが、暗闇の時代でのプレイが長かった所為か、ギルド事情にも詳しいようだ。
私とハリスさんが言葉を濁したの見て何かを察したらしく、うんうんと頷いている。


「ソーヤとも話してみたんですが、話し合いは決裂したみたいですね」
「ですねー。最近、ちょっと荒れ模様です」


ハリスさんは既にソーヤさんと連絡を取り合っていたらしく、『竜と錬金』の最新情報まで入手済みだった。
結局、クロミネさんとソーヤさんの話し合いは、実を結ぶことはなく、二人の間の亀裂を更に深める結果になってしまったらしい。私も詳しくは知らないが、やはり元々が”正反対”だったという二人には、互いに歩み寄ることが難しかったのだろうか。
そんなサブマスター同士の反目の気配がギルドメンバーにも伝播したのか、現在の『竜と錬金』には少しピリピリとした空気が漂っていた。


「うーん……、なんか、話はよく分かりませんけど、ギルド内の雰囲気が悪いと、居心地良くないですよねえ」
「そうなんですよー。もう、ここの所ほとんど毎日ソロで迷宮に潜ってます」

慰めるように微笑むキールさんに、そう愚痴をこぼすと、彼は吃驚したように口をぽかんと開けて、まじまじとこちらを見つめてくる。
ああ勿体無い。折角の美貌がただの間抜け面と化してしまっている。
キールさんにしてもハリスさんにしても、容姿のいい人は少しそれを自覚して貰いたいものだ。

「おや、ソロでダンジョン攻略されてるんですか? すごいですね、スイさん」
「ですよね! 俺なんかダンジョン行ったら一層で死にそうですよ」


ハリスさんの言葉に、キールさんは力強く同意して、キラキラと目を輝かせた。
賞賛の眼差しを受けてしまった私は、少し面映く、しかしかなり嬉しくなってしまう。
ついに先日、”混沌の迷宮”の七層の壁を突破したのだ!
フロアボス(各階層を突破する為に倒さなければならない、ボスモンスターの事)との対決では両手の指では足らないくらい死んでしまったが、やはり嬉しい。


「”混沌の迷宮”に行ってるんですけど、この間七層をクリアしたんですよ!」
「おおおお!」

ついつい弾んだ声で自慢すると、キールさんは興奮したように唸り声を上げた。
眩しい程の尊敬の眼差しである。かつて、私が彼にエンチャントを掛けてあげた時以来の、この視線。
ダンジョン攻略、頑張ってて、良かった……!

「すごいですねえ、おめでとうございます」
「おめでとうございます」


二人は口々にお祝いの言葉を口にした。
ああ、あの辛く厳しい日々の苦労の数々が今、報われた気分だ。

内心、感動に咽び泣く私をよそに、空気を読まずにウェイトレスさんが大量の料理を運んできた為、私たちはその料理をいかにしてテーブルに納めるか四苦八苦する事になった。






キールさんの頼んだ料理は、彼が「一度頼んでみたいけどどうしても注文できなかったもの」を基準にして選ばれただけあって、手をつけるのが少々躊躇われる代物ばかりだった。
全体的に妙にメルヘンちっく、それこそ私が初日に注文した「うさうさぴょんぴょんのオムライス」のセンスを十倍に煮詰めたような料理が所狭しと並んでいる。

何故かパステルカラーのサラダ、淡いピンク色をしてスープには美しいハートマークが描かれ、星型のふんわりとしたパンが添えられている。
見ているだけで胸焼けを起こしそうな、実に乙女チックな品々だ。


「……すごいですね」
「すごいですね」
「はい、すごいです!」

珍しく、テンションの違いはあれど、三人の意見が一致した。
何故か嬉しそうなキールさんは、そわそわと料理を見つめている。子供染みた行動をしても、魅力が全く損なわれないのは、キールさんのセールスポイントの一つだ。
やはり、少年の心を忘れない男性に、世の女性は弱いものである。
……この場合に、それが当てはまるかどうかは別として。


「えーっと、じゃまあ、とりあえず」
「そうですね」


そんな彼の様子にちょっと引きながらも、私とハリスさんは、グラスを掲げてキールさんを見つめた。
キールさんも私たちの意図に気づき、水色の液体が入ったグラスを掲げて、にっこりと笑う。その晴れやかな笑顔で見つめられると、見ているこちらも晴々とした気分になってしまいそうだ。

「キールさんの騎士昇格を祝して」
「乾杯!」
「ありがとうございます!」

代わる代わる言った私たちの言葉と共に、手にしたグラスをキールさんのグラスにぶつけ合う。
がしゃがしゃとぶつかるグラスから、淵に刺さっていた紙製の小さなパラソルが落下したのはご愛嬌だ。

「では、頂きましょうか」
「はい」

ハリスさんと私は、嬉しげに料理を平らげるキールさんを微笑ましくも胸焼けのする思いで見守りつつ、食事を進めた。
見た目はともかく、お味の方は例によって大変美味であったことを、「プリンセス」の名誉の為に付け加えておこう。






「そういえば、スイさん」
「なんでしょう?」

食事が一段落して、そろそろデザートが運ばれてくる段階になった。
テーブルを占領していた料理の皿もあらかた片付けられ、ようやく人心地ついた気分である。

「ダンジョン探索してるんですよね?」
「してますよー」
「今度、俺も一緒に連れてってもらえませんか?」

キールさんが何気なく言った言葉に、どう返していいものやら戸惑う。
ソロで潜り続けるのは寂しいが、かといって最初に決めた「ソロ攻略」という目標を放り出すつもりはない。
しかし、やっぱり寂しいものは寂しい。一緒に攻略してくれるお仲間にキールさんが加わってくれる、というのは実に有難い申し出である。

「え、えっと……」
「そのうちでいいですから!」
「あ、はい」

私が迷っている様子を察してか、キールさんは少しだけ寂しそうにつけ加えた。
ものすごい罪悪感である。

「あ、あの……キールさんさえ良かったら、一層から順に、一緒に攻略していきませんか?」
「いいんですか? 俺、実は騎士職になったはいいけど、クエストこなすばっかりでスキルとかあんまり使いこなせてないんですよ。だから、スイさんと一緒に鍛えられたらいいなって思ったんですけど……」

本当に迷惑じゃないですか?
キールさんは一転して嬉しそうな顔で再度尋ねてくる。
なんとなく、昔の私を見るような思いだ。あの頃から、少しは私も成長しているのだろうか。

「大丈夫ですよー。それに、私もそろそろ一人で攻略してるの寂しかったんで、嬉しいです!」
「そうですか! 良かったー」

本当に安心したようにキールさんはため息をつき、そんな彼の様子を微笑ましく眺めていると、ハリスさんが言った。

「本当に、良かったですね。お二人とも、頑張ってください」
「はーい」
「スイさんも、ギルドのことで色々大変でしょうけど、何かあったら連絡して下さいね。私はもうギルド員ではないので具体的に何かすることは出来ませんけど、愚痴くらいならいつでも聞きますから」


優雅な微笑みとともに言ってのけるハリスさんは、やはりリアルでも相当おモテになりそうである。
なんというか、乙女のハートをときめかせる台詞と微笑みをよく心得ていらっしゃる。
これで、あの眼鏡に対するちょっと偏執的な思い入れと奇矯な振る舞いすらなければ、「クロニクル・オンライン」の王子様にもなれるだろう。
だがまあ、そうならないからこそ、ハリスさんはハリスさんなのだが。


「ありがとうございます。そのうち愚痴るかもしれませんけど、その時はよろしくお願いしますね」
「はい、いつでもどうぞ」
「俺にも、いつでも言ってください!」

ここの所ギルド内のぎすぎすとした雰囲気に気力を消耗していた私は、暖かいフレンド達の言葉に、ほろりときてしまった。

「ううう、ありがとうございますー」
「そんなの気にしないで下さいよ、友達じゃないですか」
「そうそう」

あまりのいい人ぶりに、二人の頭上に天使の輪すら見えるようである。
ハリスさんは、自分が元所属していたギルド内の揉め事だからして、義務感も多少あるのだろうが、キールさんにとっては全くの他人事だ。
こんないい人すぎて、この人これから大丈夫なのか、と心配になってしまう。

「……キールさん、気をつけてくださいね」
「え? 俺ですか? でも今大変なの、スイさんの方じゃないですか」
「スイさんが言っているのはそういう意味ではないと思いますよ」

ハリスさんは少し呆れたようにため息をついて、キールさんを嗜めた。

「キール、あなたは裏表がなさすぎます。それはあなたの長所ですが、大抵の人間には裏も表もあるんですよ。その辺りの事も、ちゃんと考えにいれた方がいいですよ?」
「はい」

一気にしゅん、と項垂れたキールさんに、ハリスさんはやれやれといった様子で首を振った。
落ち込んだ様子のキールさんは、耳を伏せた大型犬を彷彿とさせる。

「まあ、お祝いの場で言う事でもありませんでしたね。すみませんでした」
「いえ、あの、俺こそなんていうか……」

なんともいいコンビだ。
どちらも正反対の性質でありつつ、実にいいバランスを保っている。
今は冷戦状態の『竜と錬金』のサブマスター達も、かつてはこんな感じのやり取りをしていたのだろうか。





「ああ、そうだ。忘れてました」
「…………?」
「騎士昇格のお祝いです、どうぞ」

無事にデザートを片付け、そろそろ店を出ようか、という段になってハリスさんは思い出したように言った。
訝るキールさんに、彼はセンスの良い装飾が施された小さな箱を取り出した。

「え、いいんですか?」
「随分と遅れてしまいましたが、どうぞ」

遠慮がちにそれを受け取ったキールさんに、ハリスさんは鷹揚に頷いた。
開けてもいいですか?と断って、キールさんはその小さな箱の蓋を開いた。


…………!


好奇心でそれを覗き込んでしまった私は、思わず固まってしまう。
ハリスさんがキールさんにプレゼントしたのは、案の定、眼鏡だった。
しかも、ただのノーマルな眼鏡ではなく、恐らく裏クエスト関連と思われるその眼鏡は、いわゆる髭眼鏡だった。
眼鏡に作り物の鼻と髭がくっついている、例のアレである。
ハリスさんも中々どうして冗談がきつい。
さぞや戸惑っているだろうとキールさんを見ると、やはり彼は小刻みにふるふると震えていた。
もうそれ、怒っていいと思いますよ。



「うわ! これ、欲しかったんです!」

マジですか。
どうやら彼の震えは、感動の震えだったようだ。理解できない。
本当に喜んでいるらしいキールさんに、ちょっとだけ距離を感じてしまう。

「ええ、手に入れるのが大変でしたが、喜んで頂けて嬉しいです」
「大事に使いますねー」

にこにこと微笑み合う彼らは、もう既に私とは違う世界の人間のようだ。
ていうかそれ、使うんですか、キールさん。

「嬉しいなあ。ありがとうございます」
「いえいえ、どういたしまして」

お礼を言いつつも髭眼鏡を片時も手放さないキールさんは、憧れていたトランペットを手に入れた少年のように純真な瞳をしていた。






…………できれば、私と”混沌の迷宮”に行く時はそれ、装備しないでくださいね。
キールさんの無邪気な喜びように水をさすような真似は憚られて、私の心の中の呟きは結局言葉にはならなかった。

思えばこの時、伝えておけばあんな事にはならなかったのに。
後悔した所でやり直せる訳でもないから、虚しいだけだが、しかし実に悔やまれる。

意気揚々と髭眼鏡を装備して待ち合せ場所に現れたキールさんを見つけたときには、つくづくと己の不明を嘆いたものだ。












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