ギルドには、ギルドスペースと呼ばれる空間が与えられる。
これは、ギルドを設立すると自動的に作られる場所で、後々そのギルドの人数や功績等によってその広さや設備が変わっていく。
このギルドスペースの基本的な設備は大体三つで、その数や大きさはギルドの規模によって異なるが、大まかなところは変わらない。
まずは、ギルドマスター(主にギルドを設立した人間がなる)とサブマスター(ギルドの大きさによって異なるが大抵二人ないし三人)、そして彼らに許可されたギルドメンバーだけが入室できる『会議室』。
そして、ギルドメンバー達が持ち寄った装備を集める(基本的にギルドメンバーであれば持ち出し自由。ただし、ギルドの共有財産として持ち寄る為、売却は厳禁である)『倉庫』。
さらには、ギルドメンバーは原則的に出入り自由なため、主に溜り場として利用されている『広場』である。
内装等も各ギルドがある程度自由に弄くれる為、そのギルドの特色がもっとも出やすい場所だと言われている。
スイは、初めて訪れることになった『ギルドスペース』への期待が膨らみすぎて、ちょっとソワソワしていた。
隣で歩いているリュウザキにも何度かからかわれたのだが、それでも子供のようにはしゃぐ気持ちを抑えきれず、スイは自然軽快な足取りで目的地に赴いた。
「スイちゃん、はしゃぎすぎ~」
「……すいません」
自分のローブとリング端末に描かれることになったギルドマークをにやにやと眺めていた私は、リュウザキさんの少し呆れを滲ませた嗜めに素直に謝った。
リュウザキさんの真摯な忠告を受けた後、私は彼女のギルド『竜と錬金』にメンバーとして加入することになった。リュウザキさんの『勧誘』をもらって、私もギルドメンバーの一員である。
『勧誘』とは、ギルドマスター(通称ギルマス)かギルドサブマスター(通称サブマス)に認められたプレイヤーが行うことのできるギルド専用スキルだ。
『勧誘』はその名のとおり、相手を自分のギルドに勧誘することができるスキルだ。
勧誘を承諾すると、そのギルドのメンバーとして登録されることになる。
私はこれによって「ギルドスペース(暗闇の時代では基本的にシュメール城周辺に存在する)」に自由に出入りできるようになり、「ギルドチャンネル」も使えるようになった。
正式にリュウザキさんのギルドのギルドメンバーの一人になったのだ。
承認が終わって私のリングと装備に「ギルドマーク」が描かれるのを確認したリュウザキさんが「折角だし、スイちゃん、ちょっと装備とか見においでよ」と、私を誘ったため、今は二人で「ギルドスペース」のある城周辺まで歩いているところだ。
先ほど入会の挨拶をしたばかりの「ギルドチャンネル」(ギルド内で行われる会話などを表示する。音声のオンオフ切り替え、表示のオンオフ切り替えが可能)では賑やかに文字が飛び交っている。
「混乱するから街中じゃ表示だけにして、戦闘中とかパーティ中とかは表示も音声も切っといた方がいいよ」というスイさんの言葉通りに表示だけに設定したチャンネルは、私のちょうど右側にぽっかりと浮いていた。
確かにこれでは戦闘中も気が散って、さぞかしやりにくい事だろう。
「そうそう、さっき言った元赤魔の”錬金術師”ってうちのサブマスでさ、スイちゃんの話したらアドバイスしてもいいって言ってたわよお!」
「おお! ありがたいです」
「ていうか、”赤魔術師を伝授してやる”って。生意気よねえ。スイちゃん、もし苛められたらアタシに言うのよ?」
リュウザキさんは、そう言って口元をにやり歪めた。
なまじ可愛らしい姿をとっているリュウザキさんは、意地悪そうな笑い方をすると途端にものすごく邪悪に見える。悪の組織の女幹部のようだ。
「いやいや、多少厳しくても教えてもらえるのは有難いですよ」
「んもう。……スイちゃんのそういうとこ、アタシ好きだけど、気をつけなきゃダメよ?」
「…………?」
実際、さっきのリュウザキさんの叱咤によって目から鱗が落ちたような気分の私にとって、今一番必要なのはどうすれば「赤魔術師」を楽しめるのか、という指針だ。
元だろうが同じ「赤魔術師」さんからのアドバイスは多少厳しかろうが有難い。
リュウザキさんの指摘が腑に落ちずに目で問うと、リュウザキさんは複雑な顔をした。
「スイちゃん、わりと人の言うこと鵜呑みにしちゃうとこあるでしょ?」
「ありますねえ」
ずるずるとローブを引きずりながら歩いていたリュウザキさんは、立ち止まって私を見下ろす。
リュウザキさんの身長は、愛くるしい顔に似あわず、すらりと高い。
平均よりも低めの私と並ぶと、それなりの身長差がある。
それはリアルでも彼女のコンプレックスらしく、以前にも「もっと小さくしたかったんだけど、制限に引っかかっちゃったのよう」と愚痴っていた。
(「クロニクル・オンライン」ではリアルデータを採用してプレイヤーキャラを作るのだが、その際に加えることのできる「修正」にはそれぞれ限度があり、身長の修正限度は±20センチまでである)
「実際、ネットの情報とか、色んな人の言うこと丸呑みして”赤魔”のことも正直諦めてたでしょ? 人の言うこと素直に聞けるのはスイちゃんのいいとこでもあるし、悪いとこでもあるわよ。人の意見は参考にする程度にして、後は自分で判断しなくちゃ。人の話なんて話半分に聞いとく位でいいのよ」
「うーん、確かに。……でも、そうすると今のリュウザキさんの話も話半分に聞いといた方が良いんですか?」
リュウザキさんの尤もな指摘に、ちょっとした反発と悪戯心を覚えて問い返すと、彼女はンフフ、と愉快そうに笑って答えた。
「そうよーう、アタシの言うことも半分ぐらいに聞いとくくらいでいいのよう」
何しろ、アタシ自身が半分半分なんだもの、とリュウザキさんは微笑んで自分を指差す。
私のちょっとした反撃は、どこまでも余裕のあるリュウザキさんに軽くあしらわれてしまった。
やはり彼女には、どう足掻いても勝てそうにない。
「……気をつけマース」
「そそそ。まあでも、スイちゃんのそういう素直なとこ、アタシは好きよ」
うなだれた私を覗き込むようにして、リュウザキさんはそう言うと器用に片目をつぶり、華麗なウィンクを一つ飛ばした。
「ほらほら、お楽しみの”ギルドスペース”はもうすぐそこよ?」
言いながら、彼女は私を急かすように背に手を当てて私を押し出す。
目の前には、かつてないほど近くなった「シュメール城」がその美しい装飾を誇るように大きく左右に塔を伸ばして私を見下ろしている。
リュウザキさんのギルド『竜と錬金』のギルドスペースははもう直ぐそこだ。
着いてこないと追いてっちゃうわよう、と言うや否や、リュウザキは乙女走りで走り出した。
彼女の白いローブの端に見える、きらきらと金色に光るギルドマークを目印にして、スイは彼女を追いかける。
ひらひらと揺れるローブを翻して駆け出す二人の追いかけっこは、彼女たちの目的地であるギルドスペースの入り口に辿りつくまで続いた。