魔術師ジョブの二人連れは、意外に目立つ。
それも、二人ともが全力疾走をしていれば尚更だろう。
私とリュウザキさんは、かれこれ一時間ほど、走りづめだった。
「暗闇の時代」には、数々のクエストが用意されているが、中には完全に開発者側のお遊びで作られたとしか思えない、悪ふざけじみたクエストもある。
それらのクエストは通称「裏クエスト」と呼ばれており、クエストを受ける為の制限(ジョブ・レベル・スキル)が殆ど無く、誰でもチャレンジすることができる。
大抵は、微妙な経験値と微妙なアイテムの入手で終わるが、中には「驚くような」アイテムが貰えるクエストというのも存在するらしい(真偽は甚だ疑わしいが)。
――――「クロニクル・オンライン」攻略サイトより抜粋
面白そうな「裏クエスト」の話を見つけたから一緒にやりましょうよう、とリュウザキさんに言われた時は特に予定も無かったため(ソロプレイヤーの身軽さである)、すぐにOKを出した。
ここのところ、彼女はパーティプレイに重点を置いていたため、なかなか会えなくて正直ちょっと寂しかったのだが、リュウザキさんもそう思っていてくれたのだろうか。
いつもなら、わざわざ探してまではやらない「裏クエスト」へのお誘いに、そんな期待を抱きながら待ち合わせ場所へと向かった。
「スイちゃーん! ここよーう!」
待ち合せ場所に先についていたらしいリュウザキさんは、私が彼女の姿を探しているのに気づいたらしく、大声で居場所を教えてくれた。
いつも閑散としている待ち合せ場所の広場は、意外にも人が多かった。
「リュウザキさん、こんにちは」
「はいこんにちはー、ごめんねえ。ここ、最近新しくカジノが出来たらしくて、人通りが多くなってたみたい。忘れてたわあ」
クロニクル・オンラインの「カジノ」は様々な種類のギャンブルを提供している。
が、定期的にその場所を変えるため、素人にはなかなかたどり着けない事で有名だ。
ギャンブルはとかくトラブルに結びつき易いため、そういった方法でプレイヤーの入れ替えを計ろうとしたのが逆に失敗した、という一例である。
「いえいえ、お待たせしちゃったみたいで、すみません」
「いいのよーう、アタシがはやく着ただけだから…ってやだ、なんかデートみたいね」
クスクスと口元を覆うリュウザキさんの手元には、以前は見なかった水色の指輪が嵌っている。水色といっても、安っぽい印象は受けず、内側から自然に空の色がにじみ出たような、透明感のある美しさがあった。
「これ、こないだ別の”裏クエスト”やった時にゲットしたの」
「へー……いいアイテムも出るってほんとだったんですねえ」
私が指輪を見ていることに気づいたリュウザキさんは、私に手の甲を向けて指輪を見せた。
間近で見ても、やっぱりキレイだ。罠クエストとか呼ばれてても、いいアイテムも出るんじゃないか。
そんな感想をそのまま述べた私の言葉に、彼女はんふふ、と笑って言った。
「でもねえ、これ、本気でオモチャなのよ。グラフィックは綺麗なんだけど、職もレベルも関係なく装備できるし、何より効果は”食欲増進”よ? どうしろっていうのよ」
「……さすが”裏クエスト”、クォリティが高いですね」
「死ぬほど無駄だけどねえ」
効果”食欲増進”のおかげで食べ物が美味しくて困るわあ、とボヤいたリュウザキさんは、気を取り直すように、今回チャレンジする”裏クエスト”について説明を始めた。
その”裏クエスト”はどうやら時間制限制らしい。
内容としては、制限時間内に各指定場所を周る、というスタンプラリー形式のお使いクエスト(プレイヤーが指定されたアイテムを入手し、それを指定されたNPCに渡す形式のクエスト)らしい。
制限時間とはいってもゆるやかなもので、ようはブラブラ街を巡るついでにこなせるクエストなのだそうだ。
「久しぶりにスイちゃんとのんびりしたかったし、ちょうどいいと思って」
そう言って説明を終えたリュウザキさんは、にこっと微笑んだ。
嬉しいなあ。「のんびり」する相手に私を選んでくれるなんて、すごく嬉しいなあ。
「うん、面白そうですねー。私、まだ上級者門の近くには行ったことが無いんで楽しみです」
「アタシがばっちり案内してあげるわよーう!」
任せなさい!というように胸を叩いたリュウザキさんと二人で笑いあって、さっそくその”裏クエスト”を設置しているという場所にむかった。
「ここ、ここ」
「……うわあ、分かりませんでした」
「でしょーう? ていうか、最初にこのクエスト見つけたプレイヤーって、誰だか知らないけど相当変わり者よねえ」
ま、こんなとこに仕掛ける開発者の捻くれ具合には適わないけど。
リュウザキさんの言葉は反響して、ぼやけた具合に聞き取りづらく響いた。
私たちがやってきたのは、「シュメール」城下の先ほどの広場の真下、である。
全く知らなかったが、城下都市シュメールの下には地下坑道がいくつもあり、それに関連するストーリークエスト(ストーリーが存在するクエスト。そのストーリーに沿って、イベントが進んでいくクエストの事)も存在するらしい。
リュウザキさんが指し示したのは、見つけづらい坑道への入り口よりも更に見つけづらい、巧妙に壁に偽装した扉だった。
「ていうか、普通気づきませんよねえ」
「そーよねえ」
「私も何かある、と思って見たから分かりましたけど、普通通り過ぎますよ」
暗い地下道の壁、しかも偽装されているとくれば、気づくプレイヤー等滅多にいないだろう。
「まま、おかげでクエスト楽しめる訳だし、行きましょ行きましょ」
「はいはい」
この”裏クエスト”を発見したどこかの酔狂なプレイヤーに感謝しつつ、私たちはその扉を開けた。
その部屋は書斎のような設定らしく、分厚い本や羊皮紙を丸めたものがそこかしこにうず高く積まれていた。当然だが窓も何もない部屋には、妙な圧迫感がある。
私たちが部屋に入ると、本の山に埋もれて座っていた老人突然立ち上がり、片手を胸に当てて一礼した。
すると突然、重厚なBGMが緩やかに流れはじめる。クエスト発生の合図だ。
『ようこそ……ここは忘れられた地下坑道の中で、更に忘れられていた部屋』
頭上に黄色いクリスタルを光らせた、長身の老人が静かに語り始める。
この黄色いクリスタルはクエスト関連のNPCの特徴で、クエストをクリアするとクリスタルは砕ける。繰り返し受けられるクエストの場合は、一定期間を過ぎればまた頭上にクリスタルが復活するが、一度きりのクエストの場合はそのままだ。
クエストを受けた後は、進行途中ならクリスタルの色がくすみ、クエストを完了すればクリスタルが光りだす。
老人は滔々と、自らの事情を装飾過多に語り続けていく。
『ようこそ……ここは最果ての地、ここは始まりの地、全てが循環していく地』
「これ、長いらしいのよね」
「でも、聞かないとヒント貰えないんじゃないですか?」
「大丈夫といえば大丈夫なんだけど……情報がデマだと困るし、とりあえず聞いておこっか」
リュウザキさんはそう言って、しばらく時間を取られることを諦めたかのように壁にもたれかかった。
「クロニクル・オンライン」でのイベントNPCとの会話、というのは非常に面倒だ。
何しろ相手はえんえんと”設定”通りに話し続けるのだ。しかも、その話にはクエストのヒントも含まれているので聞き飛ばすことはあまり賢いやり方ではないときている。
「リピート」と呼ばれる巻き直し機能で、何度でも話を聞けるのは有難いが、いかんせん「スキップ(会話の一部を飛ばして、NPCの話を短くする)」機能はその間隔が長いため、重要な部分も必要ない部分も飛ばしてしまう。
そのため、よほど使い古されたクエスト以外は、大人しく全て聞いておいた方がまず無難である。
ネットの情報やプレイヤー同士の噂話では、デマも多々含まれているので、まずは自分で聞いて判断する、というのが重要なのだ。
それに、一見クエスト自体に何の関わりももっていないような台詞の中に「未開の迷宮」と呼ばれる隠しダンジョンの手がかりが紛れ込んでいることもあった。
そのため、謎解き好きなプレイヤーは、こぞって様々な情報をかき集めては考えをめぐらせ、二つ名「未開の探求者(”未開の迷宮”を発見すると得られる二つ名)」をゲットする為に各地のクエストに東奔西走している。
という訳で、リュウザキさんが聞いていた話と比較し、情報に間違いがないか確認している間、私は抑揚なく話続けるNPCの見事なカイゼル髭に見入っていた。
「んん、おっけー」
「あ、もう大丈夫なんですかー?」
「うん、聞いてた話とぴったり同じだわ。時間取らせちゃってごめんねえ、スイちゃん」
リュウザキさんは小首を傾げて、私を覗き込むようにしてそう言った。
なんていうか、よく気の回る人である。
こんなに人を気遣えるプレイヤーなんてそうはいないのに、リュウザキさんは中身が「ちゅ・う・か・ん」だというだけで避けられることが間々ある。
理不尽な話だ。
「リュウザキさんのが大変なんだから、そんなの気にしないでいいんですよー。それに私、今日は一日リュウザキさんと遊べるってだけで嬉しいですもん」
素直にそう言うと、リュウザキさんはいきなり感極まったように抱きついてきた。
細い腕のどこにそんな力が、と不思議に思えるほど彼女の力は強く、万力でキリキリと全身を締め上げられているような気分である。
痛いには痛いが、それよりも嬉しかったので、私も特に振り払ったりはしなかった。
「いやーん、スイちゃんたら! ね、ね、今のもっかい言って?」
「えええええ、勘弁してくださいよう」
悪戯に光る薄茶色の瞳に、からかいの色を滲ませたリュウザキさんは、何故か先ほどの台詞のアンコールを強請ってきた。断ると、もう一度聞きたかったのにぃ、とぶつぶつ言いながら私から離れていく。
恥ずかしいから、絶対イヤです。
「ほら、早くクエスト受諾しましょうよ」
「んもう、照れちゃってえ」
渋々、といった様子で私から離れたリュウザキさんは、小さく肩を竦めるとリング端末の操作をはじめた。私もそれにならってリングを弄り、クエストの受諾を実行した。
「クエスト”忘れられた部屋”」――――受諾