*「不真面目な幕間」は本編で出せなかった設定供養的小話です。
*本編「暗闇の時代」でのどこかでのスイとハリスの一場面です。
*ハリスのキャラが少し違います。
-「学者」ハリスの野望-
「おや、スイさんじゃないですか」
「……ハリスさん?」
その日はなんとなく狩りをする気分ではなかったので、街をぶらつくことにした私は、まずはしばらく覗いていなかった装飾品専門の「エリクシエル」に向かった。
「エリクシエル」の商品はまだまだ私が手を出せる値段ではなかったが、繊細で美しいアクセサリーがキラキラと輝く店内は、見ているだけで楽しい。
本来の用途から外れて、ゴテゴテと飾り上げられたガントレットや、細かい細工がびっしりと施されたサークレットなんかをひやかしながら、店の中を歩き回る。
ふと、カウンターで商品を受け取っているプレイヤーに、見覚えがあったような気がして振り返ると、そこにはおそらくハリスさんがいた。
なぜ「おそらく」ハリスさんなのかというと、彼がトレードマークでもあるメガネを今日は掛けていなかったからだ。
どうするべきか迷っていると、会計を終えたらしいハリスさんが私に声を掛けてきた。
「最初気づかなかったですよ、メガネはどうしたんですか?」
「ああ、今日はオフなので外しているんです」
装備品でもあるメガネを外している理由は、今日はハリスさんが「文官」クラスの仕事がない、という事らしかった。
「メガネって”学者”ジョブ装備でしたっけ?」
「そうですよ。私がメガネを掛ける為に選択したジョブですから、間違いありません」
「…………」
優男系眼鏡男子、委員長属性であるはずのハリスさんから、思わぬ言葉が漏れて、私は一瞬言葉を失った。
「メガネはいいですよね。私はリアルでは生憎目は悪くないので、いやこの言い方は失礼ですね。まあ、とにかくメガネはいいです。スイさんもそう思うでしょう?」
「……メガネ、好きなんですね」
オフだと言うのにカッチリした口調を崩さないハリスさんは、しかしやはりオフだからこそ、熱く語り始めた。
「好き、というのは少し違いますね」
「えーっと……」
「私がメガネに抱くのは、そう、純粋な憧れに近いものがあるでしょう。届かないものへの憧れは虚しいかもしれませんが、虚しいだけだからこそ、その憧れは純粋になりえると思うんです」
なにやらメガネについて語っているはずなのに精神論的な訓話まで飛び出しそうなハリスさんは、私ににじり寄ってくる。
「私の最終目標が、”軍師”なのは知っていますよね? スイさん」
「ああ、はい……前に聞いたことが」
ハリスさんは現在は「文官」だが、「参謀」を志望している。
「参謀」は「戦いの時代」が導入されてから「学者」系列のクラスツリーに新たに加えられた特殊クラスである。
このクラスは、他のクラスと上位職への転向の仕方が異なり、他のクラスはレベル規定だが、「参謀」は純粋に能力によって上位職へと転向していく。
まずは「小隊参謀」からスタートし、スキルと自らの頭脳で作り上げた「作戦」を実行し、成功させることによってさらに上位の「参謀」へと昇格していくのだ。
最終的な目標である「軍師」ですらも、その地位は安定しておらず、勝率が50%を下回ると即座に「降格(他のクラスにはない概念である)」または「解雇(こうなると、また小隊参謀からやり直しだ)」される。
非常にシビアかつ、厳しいクラスだが、「戦いの時代」の戦場での頭脳職の花形である。
「”軍師”になったら、私は軍団チャンネルでこう言いたいんです」
「……はあ」
ハリスさんは、どこか固い決意を湛えた瞳を反らさずに、そう言った。
正直、話の展開についていけない。
ちなみに「軍団チャンネル」とは、「戦いの時代」で軍に所属すると使えるようになる会話チャンネルである。もっとも、一般兵などは聞くか見る*ことしかできない。
(*見る=戦場で使われることが多い、という特性から、軍団チャンネルは音声切り替えの他に「表示切替」かできる。表示モードではデフォルトで右上に、魔術師の「詠唱」のようにつらつらと音声を文字にしたものが現れる。)
ハリスさんは、いいですか、と押し殺した声で私に尋ねた。
訳も分からず首を縦に振った私を見て、彼は大きく息を吸い込んで、言った。
「見ろ!人がゴミのようだ……!」
「それはマズいんじゃ…」
ないんですか、と言いかけた私は、ハリスさんの無言の迫力に押し黙る。
ていうか、めっちゃ反感買っちゃうんじゃないでしょうか、それ。軍師的に絶対マイナスですよ。
そんな私の心の声に気づいたのか否か、ハリスさんはジロリとこちらを睨むようにして呟いた。
「私の、長年の夢です」
「……そーですか」
「軍師の特別席では、モニターから戦場の各所の状況がチェックできるのだそうです。私の作戦を実行する軍の動きを見ながら、そう言いたい、それが、私の夢なんです」
「…………」
それはまさしく、血を吐くような、魂の訴えだった。
ああ、ハリスさん、一体何があなたをそこまでかき立てるのか。
罪深きは子供の頃の無邪気な思い出、そしてそれを忘れないハリスさんの純粋さだろう。
でも、正直私にはよく分かりません。
その後もハリスさんは、人から見れば心底しょーもない夢を熱く熱く、喫茶店「プリンセス」に移動してまで(一応奢っていただいた)語ってくれた。
他意なく楽しげに話すハリスさん、という大変珍しいものが見れた私は、思えばなかなか運が良かったのかもしれない。
「ではスイさん、また」
「はーい、はやく”戦い”で『青二才』って呼んで貰えるようになるといいですね」
「ええ、努力するつもりです!」
ハリスさんとフレンド登録まで交わし、固く握手をして別れた私は、第一印象なんて当てにならないものだなあ、とつくづく思った。
それにしても、彼は一体どんな努力をするというのだろう。
知りたいような、知りたくないような。
本編中で出せなかった「参謀」クラスについての設定供養のための小話でした。
折角なのでハリスさんの元々の裏設定、「ちょっと変人」設定お送りしました。
ハリスさんの元ネタ、分かっていただけると嬉しいです。
次回の更新は"真面目な幕間"ことスイとリュウザキの「裏クエスト」編と本編ギルド編の序章を予定しています。
本編が一段落したので(しているといいな)、むしゃくしゃして書きました。反省してます。