大半が人族からなる正体不明の戦士たちは、恐ろしく静かで信じられないほど素早かった。
村の外れに出ていた洞窟オークたちを音もなく殺害すると、そのまま村の中心近くまで一気に突き進み、物音に慌てて出てきた者たちを片端から殺戮していく。
混乱した洞窟オークたちは、連携を取ることも纏ることも出来ずに分断されたまま、村の各所で次々と討ち取られていった。
戦の詰めに至り、漸く生き残った十名弱の洞窟オークたちが合流したものの時は遅し。
その頃には、戦の状況は覆せないところまで劣勢になっており、もはや手の尽くしようがなかった。
村で唯一の頑丈な倉庫の一角に陣取り、塩辛声を張り上げて仲間に纏るように呼びかけていた老オークが、叫ぶのに疲れたのか。声を休めて背後にいる仲間たちを振り返った。
「中々、手強い連中みたいだな」
嘯いている恰幅のいい老オークの額には、真冬にも関わらず、びっしょりと珠のような汗が吹きだしていた。
寄せ手の短弓や投石器の石が、身を潜めた倉庫の土壁に当たってパラパラと音を立てる。
恰幅のいい老オークは苛立たしげに眉を顰めると、先ほど倉庫に駆け込んできた新参者を、倉庫の片隅にへたり込んでいる年若のオークたちを数えていた別の老オークに怒鳴った。
「そっちは何人だ!」
怒鳴り声が返ってくる。
「八人!」
「八人か」
老オークは暗澹とした貌つきとなって悄然と呟いた。
老人や若年者も含めれば、男手だけでも、トリスにはまだ四十近くも洞窟オークがいた筈だ。
過半は討たれたのだろうか。
物影に隠れながら、そっと怒号と喧騒の渦巻く外の様子を覗き見る。
奴らは、いい武装を持っているし、満を持して攻め込んできおった。
おまけに飛び道具まで持っている。
断じて野盗なんかじゃねえ。どこぞの豪族の兵士なのは間違いねえな。
土壁に飛び道具が当たる音を聞いて、倉庫に隠れている幼女の洞窟オークがすすり泣いた。
「当たりゃしねえよ!こっちは小さいからな」
安心づけようとしたのか、誰かが下手な冗談を口にした。
「そりゃ、違う。やつらがでかいのさ!」
せめて軽口でも叩かないとやってられない。
敵は多勢だ。此方は老いたオークか、さもなきゃ若僧ばかりだった。
恰幅のあるオークは、身体中に傷跡が残っていた。
かつては他のオーク族の為に傭兵として働いた事もある古強者だ。
先ほどまでは目の前に現われた敵に果敢に打ちかかっていたが、どうにも分が悪いとみて、生き残りを纏めながら、村の中央へと退いてきたのだ。
次々と薙ぎ倒されていく洞窟オークたちは怯み、しかし壊乱には陥らずにいたのは、老オークの指揮と鼓舞の賜物だろう。
先ほどからは、まともに挑むのではなく、矮躯を活かした一撃離脱の戦い方に転換した。
建物の影や物影に潜んで、敵を襲ってはすぐに隠れる事で、せめて女子供が逃げる時間だけでも稼ごうと考えたのだ。
流石のリヴィエラが手を焼いていた。
一撃で決められる目算を抱いていたが、人里離れた渓谷に棲まう洞窟オークの分際で存外にも戦馴れしているのか。中々に崩れなかった。
音高く舌打ちしながら、素早く方針を転換して、味方の待ち構えている後方に下がるように指示を下した。
「一端、退けい!見通しの開けた所で迎え撃つ!出来るだけ派手に逃げろ!」
「おう!」
人族やホビット、ゴブリンなどからなる戦士達が波が引くように退いていく。
「一端退いたぞ」
「やった!追い駆けろ!」
押されっぱなしだった若者達が、逃げていくようにも見える敵を見て誘われるように追い駆け始める。
「追うな!」
老オークが声を枯らして留めようとするが、よそ者の老オークや若衆も多かったのだ。
烏合の衆の悲しさで誰も云う事を聞かず、流れはどうしようもなかった。
「せめて、女子供を逃がさんと……」
「駄目だ。反対側にも人影がちらほらと見える。槍を連ねてるぞ。此方を一人も逃がさん構えだ」
「それに村人も幾人かは向こうに合流しておる」
「糞ッ!こうなりゃ、敵の大将を討ち取るしかないわッ!」
誘い込まれるように開けた広場へとなだれ込んだ洞窟オークたち。
そこで攻め手の兵士たちは、西日を背中にして陣取っていた。
誘われるように敵を追い、誘い出されたオークたちだが、開けた広場で徐々に強くなっていく強烈な西日を目前にして流石に怯みを見せた。
暗い所で暮らす彼ら洞窟オークは、強い日差しが大の苦手なのだ。
足を止めて顔を見合わせるが、今度は豪族の兵士達が喊声を上げて吶喊してきた。
目を晦ませながらも打ちかかるが、盾や槍などを連ねた長身の人族の兵を相手に不利は否めない。
ゴブリンやホビットも、厚手の防具や鋭い刃などで武装しており、かなり戦い慣れている風情だった。
元々、襲撃者の方が武具や体躯でも、戦える人数でも、ずっと勝っているのだ。
場慣れした兵士たちによる奇襲であり、おまけに集団の戦いにも慣れていた。
衆寡黙さず洞窟オークたちは次々と倒れていく。
彼らから見れば、巨躯を誇る人族が振り下ろす巨大な武具は、まともに喰らえばその衝撃だけでも命取りだ。
剣戟と怒号の入り乱れる広場に踏み込んで、古強者の老オークは覚悟を決めた。
敵の首魁を見つけて、せめて刺し違えてくれようと目ぼしい敵のうちで見回していた。
「あいつが頭目か」
意外にも女。両手に各々剣を持っており、少し下がった箇所から攻め手を鼓舞していた。
「やつを倒せば……」
呟いた老オークは、剣を握り締めると叫びながら一直線へ敵将へ向かって走り始めた。
一匹のオークが己を目指して突っ込んでくるのを見て、リヴィエラは嫌そうに眉を顰めた。
剣を構えながら、突っ込んできたオークへと斬りかかる。
意外にも受け止められた。強い打ち込みに、郷士の娘は眉を顰めた。
互角か。意外と強い。思いながら、改めて向き直る。
相手が酷く老いているのにリヴィエラが気づいたのは、その時だった。
手にも足にも全身に深い傷が刻まれている。顔など片目が潰れていた。
にも拘らず、もうひとつの目には凄まじい気迫が宿っていて、リヴィエラをしっかと睨みつけていた。
こいつは手強いな、と舌打ちすると、次は自分から動いた。
低い姿勢で矢継ぎ早に打ち込んでいくが、洞窟オークに後退しつついなされてしまう。
洞窟オークが反撃に転じた。おう!裂帛の気合を叫びながら、死力を尽くして打ち込んでくる。
剣をまともに受けた瞬間、その威力に腰が砕けそうになり、リヴィエラの瞳が驚愕に大きく瞠られた。
リヴィエラは、膂力に優れているものの、剣士としての修練はそれほど積んでいない。
気配を消しての不意打ちが得意技なだけに、けれんに頼る分、真っ当な打ち合いになれば、正当な剣を磨いていない弱味が技に出る。
けして弱い訳ではないが、強敵が相手だとまともな戦いを避ける傾向があった。
そしてこの時、リヴィエラにとって強敵になろう筈がない老オークの必死の気迫が、膂力の差を打ち消した。
周囲では味方が優勢な中、老オークの死に物狂いの猛攻にリヴィエラは独り追い込まれていく。
老いた洞窟オークは、気迫といい、太刀の鋭さといい、洒落にならない強敵だった。
振るわれる一太刀一太刀が相打ちに持ち込もうとでも云うのか、必殺の気迫を孕んでいた。
「糞ッ!」
左の小剣でオークの剣を懸命に防ぐものの、敵の威力の強さにリヴィエラの剣が泳いだ。
体軸が揺らいで隙が生まれた。
老オークが裂帛の気合と共に一気に踏み込んで剣を突いてくる。
素早く飛び退ったものの、刃先に浅く腹部を薙がれていた。
リヴィエラの高価な革鎧が裂けている。
いやな顔をしてから、ひゅっと息を吐くと素早い動きで反撃に移る。
剣による突きは一撃必殺の威力を誇るが、躱された時の隙が大きい。
リヴィエラの剣が強かに洞窟オークの肩を切り裂いた。
血飛沫が飛び散って、だが、切り裂かれながらも、洞窟オークは丸まって突っ込んでくる。
こいつ!命を捨ててるのか!
据わった眼を見た瞬間、郷士の娘の背筋を冷たい戦慄が駆け抜けた。
老オークの瞳は、何も移していない。ただ鏡のようにリヴィエラのみを捉えている。
突っ込んできた洞窟オークにとっては、矮躯がいい方に作用した。
背を縮めれば、長身の相手が剣を振り下ろそうとも浅くしか切られない。
「があっ」
左手の短剣で凌ぎながら、リヴィエラは必死で右手の中剣を振るう。
青白い火花を散らして刃が噛みあった。
死神の息吹を耳元に感じながら、郷士の娘は辛うじて持ち堪える。
リヴィエラとて、百戦錬磨の剣士である。
死兵と化した相手と戦ったのも、一度や二度ではない。
命を捨てて掛かってくる危険な敵を相手に廻して、粘り強く持ち堪えながら、今も冷静に勝機を探っていた。
何より、リヴィエラは若く、生命力に満ちており、対する老オークが全盛期の体力を誇っていたのは何十年も昔であった。
如何に古強者とは言え、年には勝てない。老オークの息が上がってきた。
それを見逃すリヴィエラではない。
横っ飛びに洞窟オークの剣先を躱すと、外套の中から目潰しの砂を取り出して投げつけた。
独眼に入ったか。目元を一瞬だけ押さえた老オークが歯軋りし、憤怒の叫びを上げながら突っ込んでくる。
だが、リヴィエラはすでに横合いに跳ね飛んでいた。
「死ね!老いぼれ!」
必殺の剣が今度こそ老オークの横っ腹を布地ごとに切り裂いた。
荒い息を吐きながら、リヴィエラはきりきり舞いして倒れる老オークを見つめていた。
「やった……か?」
呟いた瞬間、老オークががばりと起き上がった。
「ぐああああおい!」
凄まじい叫びと共に飛び掛ってくる。恐るべき執念だった。
流石に肝が冷えたが、郷士の娘は油断していなかった。
後ろに仰け反りながら突き出した刃が老オークの貌を強かに切り裂いて、臓物を撒き散らしたにも拘らず、老オークはなおもたたらを踏んで立っていた。
「いい加減に……倒れろッ!」
背中に冷たいものを感じながらリヴィエラが叫んだ瞬間、横合いから突き出された槍の穂先が老オークの胸元に沈み込んだ。
がぶっと血を吐きながら、流石の老オークも地面へと崩れ落ちた。
「……パリス」
汗だくのリヴィエラが見ると、幼馴染のパリスが横合いから槍で老オークを突き刺していた。
「危なかったか?リヴィエラ」
問われたリヴィエラは、地面の老オークをじっと見つめた。
その形相の凄まじさ、目はカッと見開き、口元は歯を剥き出しの恐ろしい断末魔の表情に苦い表情を浮かべる。
「……いや、一人でもなんとかなったよ。でも、手強い敵だった」
一対一で倒したかった気もしたが、危険を侵す必要もなかった。
深々と溜息を洩らすと、リヴィエラは身を屈めて老オークの手にしていた小剣を拾い上げた。
よく手入れされていたのだろう。中々に切れ味が鋭いので戦利品として貰っておくことにした。
「うん……助かったかな」
老オークが死んだとは思うものの近づいて確かめる気になれず、リヴィエラはパリスの槍を借りて念のために離れた場所から止めを刺してみた。
穂先が沈み込んでも、ピクリとも動かない。やはり死んでいる。
荒い息を整えながらリヴィエラが改めて周囲を見回してみれば、大勢は決したようで、大半の洞窟オークが打ち倒されていた。
「やったな……見事な勝利だった。大したものだ」
淡々とした口調ながらも、パリスはリヴィエラを惜しみなく賞賛した。
郷士の娘も疲れた表情ではあったが、少しだけ嬉しそうに唇の端を歪めた。
顔を撫でて左右に視線を走らせてから、パリスは空を仰いで嘆息した。
「確かに女子供と老人が大半だったが……梃子摺らされたなぁ」
地面に転がっているのは洞窟オークばかりだが、寄せ手の兵士達も身体の彼方此方を朱に染めているのは、返り血ばかりではないだろう。
味方の手負いに下がるように指示しながら、リヴィエラも相槌を打った。
「最初から負けっこない戦だったけど、思ったよりも手強かったね」
手負いは出たが、それでも味方に深手を負った者や死人は一人もいなかった。
制圧したトリス村の中を忙しげに幾人もの兵士たちが歩き回っていた。
解放されて歓ぶかと思いきや、虜となっていた村人たちの表情はどうにも鈍かった。
奴隷にされていたとは言え、さほど過酷な扱いを受けていたわけではないようだ。
オークは大概、異種族や異民族、時には同じオークであっても、奴隷を手酷く扱う事例が多かったから、此れはパリスやリヴィエラたちには意外だった。
いまだに叫び声や悲鳴が村の彼方此方から聞こえてくるのは、勝者となったクーディウスの兵士たちが逃げ惑い、或いは隠れている洞窟オークの女子供を表へと引きずり出しているからだ。
十戸少しの小屋が点在しているだけの小村落に、逃げ隠れできる場所がそれほどある訳でもない。
戦の間に逃げなかった以上、見つかるのも時間の問題だろう。
リヴィエラの背後から、髭面とアイパッチの郎党二人が駆け寄ってきた。
耳打ちされたリヴィエラは、そっと顔を上げると離れた場所にいるパリスを窺った。
豪族の息子は、生き残った村人の代表者たちとなにやら話しこんでいた。
「生き残ってるのは、餓鬼が十匹くらいですね」
「あとは女が十四、五に男が五匹か、六匹」
部下たちの報告を吟味したリヴィエラは、怪訝そうな表情を浮かべて形のいい眉を上げた。
「……子供が少ないな」
「まだ隠れてる奴もいるでしょうから、探せばもう少しいるでしょうが……村人も一緒になって探せば、すぐ捕まえられますよ。
餓鬼が少ないのは、ここ何年かは不作が続いてましたからね」
「ああ」
合点がいったというように呟いてから、部下の問いかけに鋭い眼差しを向けた。
「で、こいつらはどうします?」
「パリトーは近くだし、半日で戻れる。
出来るだけ生かして捕まえたら、奴隷に売りさばこう」
部下たちは顔を見合わせる。
「穴野郎共じゃ高くは売れんでしょうよ」
「ティレーの市に立たせりゃ、小遣い銭くらいにはなるだろ」
「連れて行くのも手間隙かかるぜ」
部下たちの言い合いに暫らく耳を傾けていたリヴィエラだが、やがて危険な笑みを浮かべた。
「全員、連れて纏めて売れば、それなりの額にはなるだろう。
お前たちにも、ちょっとした小遣いをやることが出来る」
リヴィエラの言に、部下たちは顔を明らめて肯いた。
と、其処に部下の報告を受けたパリスが、リヴィエラのほうに歩み寄ってくるのが見えた。
「期待出来るとは思わんが、綺麗どころがいたら好きにして構わないよ。
ただし、パリスに見つからんところでね」
二人の郎党を一瞥してから囁き声で告げると、リヴィエラはパリスに向かって歩き出した。
「流石に話が分かるぜ、お嬢」
アイパッチがにやけながら云うと、髭面も陰気な表情に餓えたような瞳で捕虜の少女をねめつけた。
「後で連れ帰ってから、楽しめばいいさ。幾らでも機会はあるしな」
リヴィエラも、その部下たちも、争いとは無縁でいられる土地の住民から見れば、その考え方や習慣は忌むべきものに思えるかもしれない。
辺境の基準で見ても、彼らは冷酷で悪辣な人種の類ではあったが、しかし、其れでもベーリオウルの郎党たちからすれば、リヴィエラは餓鬼の頃から見知った信頼も信用も出来る彼らのお姫さまだった。
戦いの始まった頃に斬りつけたものの、逃がしてしまったみすぼらしい老オークのものだろう。
地面に残された血の跡と引き摺ったような足跡をリヴィエラとパリスは追い駆けていた。
その後ろを数名の郎党たちが付き従っている。
村の中央に建っている他の小屋より少しだけ佇まいの立派な家屋へと血痕は続いていた。
血の跡に導かれて、その裏手へと廻ると老いた亜人が倒れていた。そして
「見つけた」
郷士の娘が呟いた。
夕刻の日差しに照らされたあばら家の裏庭。隅のほうに積み重ねられた薪の向こう側に子供と大人の丁度、中間くらいの背丈の小さな生物が息を潜めて隠れているのが丸分かりだった。
「逃げなかったのか」
訝しげにパリスが挟んだ疑問に、リヴィエラは小さく笑って肩をすくめた。
「逃げられなかったのさ。わたしたちが村の中央で戦っていたから。
周囲でいきなり戦が始まって、どうするか迷っているうちに時期を逸したんだ」
すぐに逃げ出す決断を下されていたら、きっと逃がしていただろう、と付け加える。
襲撃を幾度もこなして来ただけに、襲われた側の行動や心理について詳しかった。
物思いに耽りながら、パリスはオーク小人たちの隠れている薪の影へと声を掛けた。
「いるのは分かってる。大人しくしていれば手荒には扱わん。出て来い。」
暫しの沈黙の後、薪の陰から小さな人影が三つ、立ち上がると恐る恐る進み出てきた。
老いたオークと年増のオークに守られるように中央に立っている女オークを眺めて、パリスは考え深げに肯いた。
「こいつは他の洞窟オークたちより、ちょっと立派な服装をしているな」
「ふふん、当たりかな」
得意そうに鼻を鳴らしたリヴィエラを、少しだけ微笑ましそうに一瞥してから
「なんか偉そうだ。まず間違いない」
パリスの言に肯きながら、リヴィエラは微笑んだ。
背後に控えている数人の郎党たちになにやら合図を送ろうとして、
「逃げてくだせえ!奥方さま!」
いきなりそう叫んだ老婆が懐から小さな刃物を引き抜いた。
枯れ枝のように細い手で振り回しながら、小娘と侮ったのか。
リヴィエラへと飛び掛ってくる。
「……えい」
相手にもならない。鞘に入った剣にそのまま頭を張り飛ばされ、小さな身体ごと吹っ飛んだ老婆のオークは、壁に叩きつけられるとそのまま動かなくなってしまった。
「ナ……ナス!」
召使いのオークが恐怖の叫びを上げ、族長夫人が前へ進み出てきた。
「他の者に手出しするのは、お止め!用があるのはあたしにだろう!」
オーク小人如きとは言え、族長の伴侶となればさすがにそれなりの貫禄を持っているようだった。
「逃げも隠れもしないか。今さら、逃げ隠れできる場所がある訳でもないが」
パリスは、堂々とした女オークの態度に多少の好感を抱いたが、しかし、リヴィエラはせせら笑いを浮かべていた。
「ガーズ、小僧たちを連れてきて」
「へい!」
郎党に声を掛ける。
すぐに表の方から茶髪の女兵士に連れられて、洞窟オークの少年たちが裏庭へと連れて来られた。
裏庭で顔を見合わせた五匹の洞窟オークたちは、虜になった互いの姿を見て息を呑む。
「ウィ・ジャ!」
入ってきた痩せた少年を見つめて、召使いの女オークが駆け寄ろうとした。
「母ちゃん!」
痩せた少年も一目散に母親の所へ行こうとするが、リヴィエラに肩を掴まれる。
「……まだだ」
「な、なんで……云われた通りにしただろう!」
蔑みと憐憫の入り混じった光がはリヴィエラのヘイゼルの瞳に走った。
「確かに一番、立派な家にいたな。
小僧。よくやった。約束どおりに母親とお前の命は助けてやろう」
馬鹿な餓鬼だと言いたげに痩せた少年の耳元に囁くと、リヴィエラは肩を掴んで母親のほうへと押しやった。
だが、会話を聞いていた召使いの女オークは、強張った顔つきで立ち止まっていた。
「お前……なんてことを!
お前が案内したのかい、まさか、お前が!」
色々と限界になっていたのか。険しい顔つきで母親に凝視され、激しく詰問されて、痩せた少年はあっさりと白状してしまう。
「御免、母ちゃん。
だ、だけど、あいつら。言う事聞かないと、母ちゃんを、こ、殺すって」
言い訳は、だが、耳に入っているのか。
慙愧の念に苛まされる痩せたオークの少年は、救いを求めるように母親に駆け寄ろうとして、しかし、息を飲むと目を大きく瞠って立ち止まった。
「ぁ……かあちゃ……」
だけど母親は、まるで忌まわしい者から遠ざかろうとするかのように後退りをすると、ただ息子に嫌悪と侮蔑の入り混じった瞳を向けていた。
母親の小さな瞳に浮かぶ強烈な拒絶の昏い眼差しが、痩せたオークの少年に胸に突き刺さって、その足を石のように重く動かなくさせたのだった。