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No.28634の一覧
[0] フリップ・フロップ・フラループ[どめすと](2011/08/13 20:29)
[1] だいにわ![どめすと](2011/08/13 20:30)
[2] さんわめ![どめすと](2011/08/01 15:15)
[3] 一章エピローグ[どめすと](2011/10/17 23:29)
[4] 2-1面[どめすと](2011/10/17 23:29)
[5] 2-2面[どめすと](2012/04/27 22:21)
[6] 2-3面[どめすと](2012/05/20 22:32)
[7] 2-4面[どめすと](2012/09/17 22:34)
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[28634] 2-4面
Name: どめすと◆baf7dd72 ID:bc230272 前を表示する
Date: 2012/09/17 22:34
 レースを円滑に運営するために、協会は各惑星ごとにステーションを最低でも一つは所有している。
 無論開催されるレースの規模にも寄るが、原則的に中程度のものを擁しており、それはここユリマキでも例外ではない。
 このステーションには選手用の小さめのピット・ドックが16、扇形に広がるように割り当てられている。各ドックはそれぞれ通路であり支柱となる巨大なパイプで接続されており、それらは最終的に付け根となるホールに繋がっている。またここから反対側が協会の使用するエリアで、それはステーションの3分の4を占めていた。
 つまりホールが選手と協会を繋ぐ窓口の役目を果たす。登録やクレーム処理、その他の手続きもここで行う。順位発表も、表彰式も。
 だからレースが終わると全員まずこのホールに集まる。中心には巨大なホログラムスクリーンが据え付けられており、時間になると順位と共にラップタイムが掲示されるからだ。
 ――今回のレースの予選終了後も同じであった。シスコもカウノも、皆顔を出している。
 そして時間通りに画面が切り替わり、上位から次々に成績が刻まれていく。今回もシスコが一位だ。誰も驚きの声を上げない。いつものことであるからだ。しかし二位が発表された時、だれかが小さく勝鬨を上げた。これもいつものことだ。三位、四位と発表される度に、誰かが唸り、誰かが顔を綻ばせる。
 そして五位に、漸くカウノの名が刻まれる。
 シスコは失望と共に、人混みからカウノを探した。周囲に目を向けるも、しかし少年の顔はついぞ見つからなかった。彼女の背は低く、カウノの背も決して高くない。それが原因かと思っていたが、彼女は遂に悟った。カウノは成績を見た途端、いたたまれずにその場を後にしたのだと。

(――まさか、)

 このまま消えるようにレースを辞めてしまうのではないだろうか。シスコの胸中にそのような懸念が過ぎった。
 それはあり得る話だった。ここ最近レース後のカウノの表情は決して明るいものでなく、いかにも感情を内に押し込めているといった顔をしていた。こんな筈じゃない、だけどなにが悪いのかも分からない、といった風な表情。
 しかし、とシスコは目を閉じ、溜息をついた。もしそうなっても仕方はないだろう。自分だって突然調子を崩した挙句こんな惨めな走りばかりするようになってしまえば、どうなるかは分からない。残念ではあるが、これもレース、これも人生だ。何処かでコクピットを降りるときが来る。私にもその時がきっと来るのだろうと、シスコは自身の名が最上段に刻まれたモニターを見上げ、感傷に浸った。



 一方その頃。カウノはホールから離れ、自身のチーム『レフトラ』に割り当てられたピットへと足を向けていた。
 シスコの懸念とは裏腹に、彼の表情は決して暗くはない。足取りも重くもなく、ごくごく普通、といった具合であった。

「――おい、なにやってんだ」

 歩みを止めることなく、カウノが口を開く。
 眼前では、誰もいない廊下に、モーリェが実にそれっぽい面立ちで、腕を組み、片方の眉を器用に上げながら、壁にもたれ掛かっていたのであった。
 見れば服装も異なっている。いつもの白いワンピースではなく、エナメルでできた黒色のライダースーツの様なものに身を包んでいる。つるりと光る合成のラバーが身体のラインにぴっちり張り付いているが、悲しいことに、モーリェは所詮少女であった。つまりそのスタイルは、寸胴そのものであったのだ。

「その調子じゃ、首尾良く行ったみたいね」

 小首を傾げながらの台詞に、カウノは眉宇を顰めた。

「……今度は何のマネだ」
「いやいやカウノさん……ちょっとはノってくれても良いんじゃないですか」
「目的がわかんねえっつうの」
「今回のコンセプトはですね、ド直球でスペオペです。古き良きSFですよ。
セクシーアンドクール、グラマラスなハーフのサムス・ア○ン嬢を目指しております。
鳥人間コンテストでぶっちぎりの優勝ですよ!」
「おまえ、俺より年下なのにグラマラスも何もねえだろう」

 鼻で笑いながら通り過ぎるカウノの前に、慌ててモーリェは飛び出した。

「まあまあ。それはさておいて、どうですか、結果は」
「――」

 カウノは目を閉じて少し仰ぐような真似をしてみせたかと思うと、

「――五位。2分と、コンマ355」
「なるほど」

 ニマニマと笑いながらモーリェは右手を出して、

「まずは、計画通り、ということですね」
「そうだな。まあ、ここまでは、」

 カウノも同じように右手を差し出すと、

「計画通りだ」

 互いに手を握り返しあった。



 ――ここで、話は一度、一ヶ月ほど過去へと遡ることになる。




     ◇  ◆  ◇  ◆  ◇




「で」

 折りたたみ椅子に座ったカウノの目の前を、濛々と煙が立ち上る。
 視線を落とせば七輪があり、その上には二匹のサンマが油を際限なく沸き立たせながらほどよく炙られていた。
 ――ここはカウノのアパートから目と鼻の先にある公園である。
 気絶したモーリェはほどなく意識を取り戻したが、『サンマパーティに付き合ってくれるまで機嫌直しませんからね』とへそを曲げたため、苦々しい思いでカウノはそれに同行することに決めた。
 結果、近所の子供が怪訝な表情で見詰める中、二人顔をつき合わせ延々とサンマを焼き続けるという形になっていたのであった。

「肝心の、レースの話なんだけど」
「おおうそうでしたそうでした! いやあすいません、サンマがおいしくってついつい忘れておりました。
しましょうレースの話を!」

 両手に持った割り箸でビールの缶をドコドコと叩き、モーリェは言った。

「さってなにから始めましょうかねー。まあ細かい部分は除きましょう、カウノさんもいちいち確認するのもイヤでしょうし。
大目標はレースでの優勝ですけど、もうちょっと具体性を持たせるためにですね、説得力のある仮説を一つ立てていきます。
今回は、そうですね、カウノさんがいつも通りの力を発揮しつつ、かつあのシスコちゃんの力を封じることで勝利する、みたいな。
……シスコちゃんクソ強いから、どのみち対決は絶対避けて通れませんよ」

 少女の言葉に、カウノは首肯した。

「そうだ。あいつはここ半年以上、ずっとポールポジションに張り付いているからな」
「ちょっと強引ですが、どちらにしろあの女を引きずり下ろせばほぼ優勝確定なわけですよ」
「それが難しいんだよ。あいつの強さはとにかく安定していることだ。
100%でないにしろ、常に八割以上の力を発揮できる。どんな状況でも、だ」
「そこをなんとか――と言うわけで、ここでデータを振り返りましょう」

 モーリェはそう言うと懐から端末を取り出し、七輪から少し離れた場所に置いた。
 すると端末は宙に画像を投影し始めた。薄く光る青の窓には幾つかの数字が並んでいる。
 それらは全てオートレースのデータであった。どうやら全てモーリェの自作らしい。カウノは心中で密やかに舌を巻いた。

「わたしビックリしました。シスコさんってレースの全時間中の85%を一位で過ごしているんです。
とにかく順位を落とさないんですね。予選のスタートから」
「そんなにか。強いとは思っていたけど……」
「というわけで、まずは予選で彼女の順位をできる限り上げないことが勝利の秘訣ですが、こりゃ無理ですね」
「まあ、な」

 予選は各チーム、単独でコースを周回する。
 他の機体が干渉しない分相手のミスを祈るしかなく、過去カウノの祈りは一度もシスコに届いた試しはなかった。

「ので、本選に賭けましょう。本選で、シスコさんの順位を引きずり下ろすんです」
「だからさ、どうやって」
「そこはホラ、実際のレーサーであるカウノさんに、ご意見を」
「あんたね……」

 最後の最後で放り投げるような態度を取ったモーリェに、カウノは苦笑した。

「まあ、なきゃ、ないよ」
「ほら! ほらきた! さっすがカウノさん!!」
「相手の順位を落としたいならやることは一つだ。
前でも後でも、とにかくずっとへばりついている」
「なるほど」
「やり過ぎるとペナルティ貰うから加減が難しいんだけどな。
それに」

 カウノはサンマを突っつきながら、

「あいつにずっとついていくのは、何にせよ大変だぜ。
神経がすり減る」
「そうなると、なにが足りませんか?」
「足りない? そりゃ、俺の操縦技術だけど」
「それ以外ですよ。MECEを思い出して下さい。
レースを構成する要素を一つずつ思い出して下さい」

 モーリェの言葉を聞いた瞬間、カウノの脳は条件反射的に考えを巡らせた。
 刷り込みの結果である。丸一日呟いていたせいで、否応なしに構造的な思考が出来るようになっていたのだ。

「機体の性能」
「はい」
「天候」
「はい」
「ピットストップの回数」
「はい」
「それと燃料の配分」
「はい」
「他のチームとの位置関係」
「はい」
「当日のコース状況」
「はい――それくらいでいいでしょうかね」

 彼女はそう言うと、顎に手を当てて思案を始め、

「あとはちょいと、もう一声が必要ですね」




     ◇  ◆  ◇  ◆  ◇




 そんなモーリェとの会話を心中で反芻しながら、カウノは眼前の操縦桿をいかにも手持ち無沙汰だと言わんばかりにつま弾いた。

「一声、一声ね――その一声が難しいんだけどな」

 言いながらも、彼の意識はやや胡乱だ。と言うのも思い出されるのはサンマの香ばしい臭いに、ホクホクとした青身、舌上全ての味蕾を締めるような粗塩――またもモーリェの持ち出すなぞの食事のインパクトに興味を持って行かれてしまっていたのであった。いかんいかんと気付く度に首を振り、雑念を振り払おうとする。雑念は敵だ。紛う事なき敵だ。なんせ今は思考と精神を整理するべき大切な時間、決勝レース直前その時なのだから――

「くっそ、はら減ったなあ」

 気を紛らわせようと、カウノはコンソールに手を伸ばした。彼が幾つかの操作を行うと、コクピット内のそこかしこに埋め込まれた薄膜スピーカーから、僅かな雑音と共に音楽が流れてきた。ラジオの音楽だ。
 通常レース用の船にはこういった娯楽要素を積み込まないのがセオリーだが、このクラスのアマチュア・レーサーは往々にして船の改造を好み、レースに影響を及ぼさない程度の改造が横行していた。これはアマチュア・レーサー間に伝わる文化と言っても過言ではなく、先輩レーサーから後輩レーサーへと脈々と伝えられていた。歴史は古く、ルーツを遡ればそれこそ千年単位になるであろう。そしてカウノも例に漏れず、先達に仕込まれたやり方でこっそり協会の目をくぐり抜ける改造を行い――もっとも協会側も見て見ぬふりをしている節があるのだが――こうして試合前に精神を落ち着かせようとラジオをよく聞いていた。
 今の時間では一体何の番組が流れるんだっけか。カウノの思案を余所に、スピーカーから広告音楽らしきものが流れる。ス○ャータ、スジ○ータ、るーるーる。直後にきっかり三つ柔らかい電子音が鳴り、間を置かず、長めの電子音がもう一度鳴った。具体的には、ポン、ポン、ポン、ポーン、みたいな。それはこの時代にはまったくそぐわないものであり、カウノはドリンクホルダーから伸びたストローに口を付けながら首を捻ると、

「最近の悩みなんですが。
同居人の思春期の男の子のおにんにん、剥ける気配が一向にありません!(エフェクト:エコー)
宇宙少女モーリェの、神聖ソリャリス帝国!」

 なんか始まった。

「う、うえっほ、ごほ、ごっほ、ぐほ、」

 こちらは気管支まで豪快に液体を吸い込んでしまった当の同居人である。

「さあ今週も始まりました宇宙少女モーリェの神聖ソリャリス帝国略して聖ソリャ、リスナーの皆さんお元気ですか-。元気ですかー。カウノさーん! 元気ですかー! 聞いてますか-!」
「ごほ、うおっほ、ぐ、げっほ、げっほ」
「改めましてこんばんは、神聖ソラリス帝国のゲプラー総司令官ことモーリェです。
さっそくお便り一通紹介しましょう、らじおネームしそ○ぱお姉ちゃんから頂きましたありがとー!
えー、『モーリェ御大将ユニバース!』ユニバース!
『先日、わたしは初めてロックフェスなるものに行ってきました!
日頃はスフ○アとかミ○キィとかアイ○スのライブにしか行かないのですが、友人に誘われて意を決して行ってきました。
殆ど知らない海外のバンドが多かったのですが、その分曲が新鮮で楽しかったです!
モーリェ閣下はロックフェスに行ったことがありますか?』
……あー。フェスねー。ロックフェス。
あります! わたしも行ったこと。まあ、実はわたしも、色々行ったことがあります。去年か一昨年くらいだったっけな? 一口にロックフェスって言っても色々あるんですけど、その時はどうしてかラッパーの人とかもいっぱい出てて(笑)」
「ごほ、ご、うおっほ、は――っごっほ」
「あのですね、そのわたしが行ったときなんですけど、スタジアムを丸ごと貸し切ってやってたんですね。その日朝お仕事だったんで、終わってから昼過ぎくらいにスタジアムに着いて。
で、友達と合流した後、ビールとかケバブとかグッズ買って、メインのスタジアムの外野席に陣取ったんですよ。最初にとりあえず酒と食料を確保する習性があるのがわたしたちらしいと言うか(笑)で、そしたら最初に、えっと確か、KRE○Aさんがその時歌ってたんですよ。きゃーKRE○Aだきゃーとか言ってたら、行ったのが遅かったせいで二曲くらいで終わっちゃったんですけど(笑)」
「は、ひゅう、っぁおっほ、ごぉ、ごっほ、」
「でしばらくしたら今度はですね、なんと矢○の永ちゃんが出てきたんですよ! 超かっこよくて、その時真夏だったんですけど、いつもの白い背広を裸の上に羽織って、でですね、永ちゃんのファンの方達がですね、既にスタジアムの最前列に、KRE○Aさんのステージが終わった瞬間から陣取っててですね(笑)この方々、ホンっとプロですよね。アイドルの追っかけの人たちも凄いですけど、この方々も相当凄かったです。みんな永ちゃんスタイルって言うか、上下真っ白の背広に、あのYA○AWAって書かれたタオルを首にかけて、わーいなぜっにいぃ、みたいに全員で一糸乱れぬ統率を見せるんですよ。わたしがこの時見た中では一番凄いファンの人たちでした、はい。
……で、このあと、面白かったのが、みなさんはけるのも早くって、なんでかって言うと(笑)次N○Sっていうアメリカのラッパーの人だったんですよね。もう本物のヒップホップって感じの。そしたらさっきの永ちゃん達、誰一人残らず退場しちゃってました。俺たちもう関係ねえぜ、みたいな(笑)」
「ご、はー、ご、ぐご、っ、は、ひゅー、」
「でも、楽しかったです。凄かったですよ。わたし、ああいう風に、外国のヒップホップ、生で、ライブで聞くの初めてだったんで。ああこういう感じなんだって。ちょっとしたカルチャーショックでした。ね。
はい、では続いてのお便り参りましょう、らじおネーム『セクハラスメイト』さんから頂きました。ひどい名前ですね(笑)
えー。『モーリェさんカウノさんこんばんは』こんばんわー。あ、カウノさんの名前呼ばれてますよーカウノさーん!
えー、『生理がきません。どうすればいいですか』
しらんわ! ちょっと、なんですか、コレ! スタッフさん! もー!(声やや遠ざかる)
……えー、あのですね。そういう質問はわたしよくわかりませんので、なんでも知ってるシスコのお姉ちゃんに聞いて下さい」
「っ、ごほ、おっほ、おうごほっ、ご」
「え、って言うか、これでジングル行くんですね(笑)
はい、では宇宙少女モーリェの神聖ソリャリス帝国略して聖ソリャ、最後までじっくりおつきあい下さ『――まもなくレースが開始します。各人スタート位置について下さい』」
「お、ご、ちょ、ちょっと、ごほ、待っ――」
『5、4、3――』
「ま、待っ、ごほ、待って、まっ」

 スタートのブザーが高らかに、コクピット内に響く。
 実に幸運なことに、カウノが大きく咳き込んだ途端、彼は操縦桿をめいっぱい倒す羽目になり、見事なスタートダッシュを成功させた。
 どん、と爆発的な加速がカウノの全身を打ち付ける。
 同時にコクピットの座席がしなやかに身体を包み、更にパイロットスーツが蠢動して筋肉を圧迫する。急激な加速による一過性脳虚血、いわゆるG-LOCを防止するための機能だ。スーツは見た目に反してセンサーとアクチュエーターの塊であり、どの部分に血液が集まり、どの部分に乏しいかを判断すると同時に微細な音波や電気パルス等で内外部から血流を操作する。
 ――果たしてそれらの衝撃が功を奏したのか、カウノを悩ませていた気道の違和感はぴたりと消えた。
 前を向けば、

(――おいおい、)

 四位でスタートしたチーム『フオヴィ』のマシンのテールがすぐ目の前まで迫っている。
 驚いたのか、『フオヴィ』の機体はあからさまにノズルを広げ、ブーストを吹かして更に前へと詰めた。
 間を置かず、カーブに差し掛かる。先頭の機体――シスコのものだ――から始まって、続く四機は滑るように左へと流れて行く。出口を抜けたところで、カウノは脇に浮かぶバックビューに目をやる。距離は縮まっていない、むしろ開いただろう。翻って、前方。シスコのラインを上手くなぞっているのか、今のところ差は開きすぎず、詰めすぎずといったところだ。自分を含めたこの五機が、まさに先頭集団を形成していた。

「できすぎ、だろっ」

 呟くや否や、再度カーブに突入する。ここは確かS字――いや、最後に縦方向へひねりを加えた三次元的な連続カーブだった筈。カウノの脳が言語による思考を開始するその前に、既に操縦桿は倒されている。身体にかかる加速度が神経に焼き付いた記憶を引きずり出していたのだ。
 ヘアピンを抜け、直線に入る。前の四つの機体が、それぞれに色とりどりのプラズマを一際瞬かせる。カウノの『TG-II』も負けじと炎をまき散らし、前へと迫った。肺を押され、血が引いていく。視界にちらつくものが混じったが、それらは宇宙に浮かぶ星々の中に溶け、糸を引き、消えていった。
 傍から見れば順調そのもの、先頭集団はハイペースを規律正しく保っていた。
 ――しかし。

(今のとこは、ついていくのが、やっとだ)

 当の集団を率いるのはユリマキのチャンプ、シスコその人である。
 機体がなぞるラインは教科書通りで、カウノが思い描いた理想と狂いなく一致する。『ヨーツェンAX』のテールも大きく振られない。俺たちはこんなバケモノによく離されずに着いていっているものだと、カウノは内心自身も含めた四人を褒めそやした。
 彼らがシスコに離されずに済んでいる理由は二つ。シスコが通るラインをなぞることで判断ミスを大幅に少なくできることと、カウノが最後尾から集団のペースをコントロールしていることにある。
 離されつつある、と感じればカウノは前の『フオヴィ』の機体に接近する。『フオヴィ』は距離を取ろうと前へ出て、更にその前の『ヘルムホルツ』の機体が距離を取ろうと前へ出て――といった具合に、彼は陰からレースを作ろうとしていた。
 そのため、カウノはあえて、予選で五位という結果に甘んじたのであった。

(集団をコントロールするには、ラインを読まなくちゃならない。できるだけ余裕を持って。
だからラインのなぞり手であるシスコから距離をとらなきゃならないけど、取りすぎると今度は俺が置いて行かれる。
だったら間に他のマシンを入れればいい。だけど入れすぎると、今度はそれがリスクになっちまって当初の目的から外れる。
――俺とシスコ、この間に三機。本当は二機が理想的だったけど、十分妥協できるラインの範疇だ。
それにこれだけの数が後に控えているとなると、)

 彼には覚えがあった。後にぴたりと張り付かれていると、それだけでかけられるプレッシャーは桁違いに跳ね上がる。例え一機でもだ。
 そしてその数が、二機、三機と増えていくと――

(ミスを誘発する。例えシスコ、ヴァルマのおまえでもだ)

 追う者と追われる者。シスコがいくら絶対的な王者として君臨しているとは言え、心理的には前者が圧倒的に有利だ。カウノはそれを利用し、シスコを引きずり下ろそうと画策していたのであった。
 再度、カーブに差し掛かる。シスコの描くラインに、二位の『カンナスコルピ』が乗りかかる。『ヘルムホルツ』がそれに追従し、『フオヴィ』が後に続く。

「詰めるぞ」

 呟くと、カウノは小刻みに操縦桿を倒す。同時に『TG-II』はシスコのラインの更に内側へスライドした。しかし機体は徐々にアウトへと膨れあがる。立上がりが終わると、『TG-II』は『フオヴィ』の機体に再度接近していた。カーブの中でも減速を最小限に抑え、スピードを最大限まで高めたがためであった。
 突如、先頭のシスコを初めとして前の機体が急減速を開始した。カウノも慌てずそれにならう。コース『モンジュイック』特有の連続カーブ、その入り口が巨大な桃色の光のリングで縁取られていた。間違いなく、このレースにおいて一つのポイントとなるカーブである。カウノは息を少しばかり多めに吸い込むと、エンジンを吹かし、『フオヴィ』の横へあっという間に並んでみせた。
 しかしそれだけでは終わらない。カウノは全速全開のままライン取りを変えずに、『ヘルムホルツ』の背後へと徐々に忍び寄った。再度カーブに差し掛かる。動揺したのか、前方の機体はラインに乗せるタイミングがやや緩慢だった。カウノはそれを見逃さない。鼻先を強引にねじ込もうと試みたが、しかし『ヘルムホルツ』もすぐさま体勢を立て直すと機体を詰め寄せ、気勢を削いだ。

(簡単にはいかない)
「そりゃそうだろ」

 心中で思ったことに対して、少年は独り言を呟いて返事した。これは彼特有の癖であった。恒河の砂粒が如き星々、千や万のセルシウス度に達す炎を振りまき散らすとは言えど、彼らパイロットを包む宇宙という洞はあまりに深く、あまりに黒い。強く保っていなければ人の自我など霧散してしまうだろう。わずかななことでいい。人の意識なんて幻想と現実の区別もろくにできない欠陥品だ。音楽や会話、特定の波長の可視光。心中の灯台はその程度で十分なのだ。カウノの場合は、それが独り言であっただけのことだった。
 しかしそういった茫洋とした恐怖と鉄板一枚隔てて常に隣り合わせであったにも関わらず、カウノはオートレースを辞めようとしなかった。それには理由がある。趣味は人それぞれだが、カウノにとってのオートレースとは、九割の犠牲を一割の快楽が支えるといった類のものであった。練習に刺激がなくとも、勝利の味を希求せずとも、メンテナンスの面倒さに嫌気が差そうとも、一つだけのもののために全てを我慢できる、そんなもの。その一割の快楽のため、カウノはなんとかオートレースを続けることが出来たのであった。
 カーブを抜けた。同時に前の機体が次々とバックファイアを吹かせ、矢のように飛んでいく。カウノも操縦桿を一気に倒した。全身にくまなくかかる加速度。恐怖に彼は口を開いて歯を見せた。

「あー、はは」

 彼は笑っていた。恐怖に、内蔵を襲う違和感に、笑わざるを得なかった。なにより彼はこの瞬間が好きだった。思考を切り捨ててただアクセルを全開にするだけのストレートは、長さはまちまちであれどんなコースにも用意されている。彼が得意とするのはカーブだが、悦びを憶えるのはこういったストレートだった。身体は締め付けられているが、精神は逆に指一本分前に浮かんでいる気分。視界ではちかちかきらきらと十八色の光が整列してポップに弾ける動作を繰り返している。平常では得られないその感覚を味わいたいがためにだけ、少年は一人でもオートレースを続けていたのであった。
 しかし長くは続かない。船はあっという間に長い距離を駆け抜けて、セカンドラップへと突入した。つまり、

(あと、二周)

 苦しい。早く終わってくれ。焦燥感に背中を炙られるような気分を堪え、カウノは操縦桿を控えめに倒した。


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