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No.28634の一覧
[0] フリップ・フロップ・フラループ[どめすと](2011/08/13 20:29)
[1] だいにわ![どめすと](2011/08/13 20:30)
[2] さんわめ![どめすと](2011/08/01 15:15)
[3] 一章エピローグ[どめすと](2011/10/17 23:29)
[4] 2-1面[どめすと](2011/10/17 23:29)
[5] 2-2面[どめすと](2012/04/27 22:21)
[6] 2-3面[どめすと](2012/05/20 22:32)
[7] 2-4面[どめすと](2012/09/17 22:34)
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[28634] さんわめ!
Name: どめすと◆baf7dd72 ID:bc230272 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/08/01 15:15
 ただいま さんげん の でんごんを おあずかり しています

 あたらしい でんごん いっけんめ

 さんびゃく にじゅう にねんまえの ごがつ むいか

 ごご じゅうじ さんじゅっぷん です

 ぴー




     □  ■  □  ■  □




「いいえ」

 シスコは俯いたまま呟いて、上目遣いにカウノを見ると、小さく微笑んだ。
 彼女の輝く美貌が、窓の外に街灯の光が走る度に、暗がりの中で周期的に浮かび上がる。
 その表情は、カウノの心を温めた。シスコとカウノが恋人同士になってから、およそ三年。しかし三年経っても、シスコの美しさが陰ることはなく、むしろ増す一方だった。

「そうさ」
「いいえ、違うわ」

 否定の言葉ではあったが、シスコの顔は綻んでおり、カウノの瞳に絡まる視線は少しの恥じらいと媚を含んでいた。言葉とは裏腹に、彼女はカウノの肯定を欲しがっているということが、傍目にも、そして当人達にも瞭然であった。カウノは勿論、シスコ自身にも。

「才能がないのよ。私には。
正確には、才能が中途半端にしかなかったのね」
「そんなことはない」
「ここまで来ることが出来たのは、貴方のお陰よ。カウノ」

 彼女はそう言ってみせるが、その表情からは隠しきれない幸せが溢れていた。

「引退するなんて」

 冗談だろう、といった風に、カウノは苦笑いして言った。

「せっかくプロまであと一息だってのに」
「だからこそ、よ。青春は鮮やかに、美しいまま記憶の海に浮かべておきたいと思わない?」
「怖いかい? プロの世界で通用しなくなるのは」
「怖いわ。勿論、それも。でも、時間を失うことも、私は怖い」

 時間。カウノは疑問符を眉間に浮かべ、首を傾げ、単語を復唱した。

「何の時間?」
「貴方との時間。貴方との、未来。それを紡ぐための、時間よ」
「――きみは何でもはっきり言うな。俺には、少し、恥ずかしいよ」
「はっきり言わないと、伝わらないでしょう?」

 ヴァルマ人であるシスコの感情は、一見乏しい。星系で最も論理的な種族、と呼ばれる彼らは、その隙間を埋めるように、言葉を重ねる。

「でもプロになるのと、俺との時間を共有できなくなるのは、別問題だろ?」
「プロになれば、私はレースに心も時間も割かざるを得なくなる。
そうなれば、私の中の貴方が少なくなるわ」
「君の中の、俺?」
「そして、貴方の中の、私」

 シスコはじっと、カウノの瞳を見つめた。

「今の私は、カウノ、半分以上が貴方で出来ているのよ」
「大げさだな、シスコは」
「大げさ? いいえ、まさか」

 シスコの口元から笑みが絶えることはない。彼女は長い睫を瞬かせ、首を振り、

「私は一日の半分以上を貴方と過ごしているし、貴方のことを思っている。
貴方のために料理を作るし、貴方のために化粧をする。
自分自身のこと以上に、貴方のことを考えているのよ。
だからこそ」

 シスコの顔が照らされる、その間隔が長くなり、同時に黒く塗りつぶされている時間も長くなる。

「時間を無駄にしたくないの。今も、未来も」

 緩やかな減速感が、カウノの内蔵を包む。
 彼らの身体を全く揺らすことなく、列車は静かに駅へと滑り込んだ。




     □  ■  □  ■  □




「私のような無神論者には、貴方のそれは、歯に衣着せずに言うと、少し滑稽に映るの」

 シスコは白ワインで唇を濡らし、伸びた髪をかき上げ、やや気怠げにカウノを見詰めた。

「食事の前の祈り。貴方が敬虔なクリスチャンだってことは分かっているし、尊重もしている。けれど愛する人――私の家族となるかもしれない人が、私の分からないことをしている、し続けているのは、どうにも不安になるのよ」

 シスコの仕草が、オークのテーブルに乗った蝋燭の炎を微かに揺らせる。
 同時に、その横に立てかけられた写真立ての影も揺れる。中にはカウノとシスコが二人で仲睦まじく写っている白黒写真が飾られていた。
 カウノはそれを横目に、クラッカー――アボガドディップ、ゴルゴンゾーラ、生ハムをトッピングしたもの――を一息で口中に放り込み、二三咀嚼して、一息に飲み干すと、漸く口を開いた。

「あまり気にしないでもらいたいな。君の気持ちも分からなくはない。
俺だって、他の宗教の祈りを見ると、むず痒くなる」
「それでも、止めないのね」
「勿論。これはただの習慣で、習性だ」

 カウノは人差し指を立て、宙で小さく円を描いた。

「そもそも宗教とはなんだろう、シスコ?」
「哲学的ね」
「この問題に万人が納得する明快な解を示せた者はきっと一人もいない。
なぜなら、宗教は人の意識に直接関わる。人の数だけ答えがある」
「それでも共通するものがあるでしょう。教義が異なれ、悪魔崇拝であれ、それも宗教。
やっぱり」

 シスコは微笑んで、

「超自然的なものを扱う?」
「そういうこと」

 カウノは微笑み返した。

「当然例外はある。そういうものを排除して教義だけ残したがっている連中もいる」
「私の様に?」
「君は教義だけがあればいいと、そう思うタイプ?」
「倫理を広義の教義と捉えれば、そうね。そういう意味では、私はキリスト教が好きよ。
『愛』の宗教だから」

 シスコは安っぽいアイドルの様に、指でハートマークを作った。

「『愛』は好き。人類が生み出した最高の発明品の一つね」
「俺だって好きさ。クリスチャンで良かったと思うよ」
「そうね。でも」

 肩までかかる長い髪を指先で弄りながら、シスコは再び拗ねた表情を作った。

「割れる海、処女懐胎、肉体の復活。
最後のものはともかく、貴方たちの語る超自然は、最早超自然ではないわ」

 ――人類が宇宙に飛び出して幾星霜。
 光より速く星々を渡る術を身につけ、なおそれでも「天にまします」と呟くのは、シスコにとって矛盾を孕んだ行為に見えて仕方ないのだった。

「それで?」
「きっとこれから、私たちはそれ以上の思いもつかない生物や現象と相対するのよ。
クラシックなSF小説で散々行われた思考実験みたいに、人間の意識そのものに踏み込んでいくことになるわ」
「思考実験――ねえ。『バットの中の脳』に、『哲学ゾンビ』、『スワンプマン』?」
「聞いた時は、よくもまあ屁理屈を上手い具合に飾り立てたものだと思ったけれど。
どう? もう一つの地球が現れて、そこに全く私と同一の生き物がいたら、貴方は変わらず私だけを愛してくれるかしら?」

 カウノはワイングラスに口をつけ、意地悪だな、と苦笑いし、視線をシスコのそれにぶつけた。

「当然。君を愛しているから」




     □  ■  □  ■  □




 絹が擦れ合う音がやかましい。
 塵が舞う。埃が舞う。慌ただしく、シスコが衣類をボストンバッグに詰め込んでいるのだ。
 古いのも新しいのもごちゃまぜに、一心不乱に詰め込む。
 一頻り詰め込んだのか、一度手を止めると、シスコはファスナーを一気に上げ、そのまま外へ走り出そうとしかねない勢いで部屋を飛び出した。

「――待て!」

 その後ろ姿に、遅れてではあるが、何とかカウノは声をかけることに成功した。

「待て、待ってくれ、シスコ!」

 シスコは気にせずそのまま出て行こうとしたが、足の力が抜けてしまったらしく、二三歩だけ前に進んで、それきり立ち止まってしまった。

「出て行くなんて、何も言わずに! どうして!」

 怒気すら孕ませてシスコに近寄ったカウノであったが、ゆっくりと振り向いた彼女の顔を見て、口を閉ざした。

「わからない?」

 シスコの顔から表情は消えていた。いや、彼女はあくまで必死に表情を消そうとしているだけで、実際には拭いきれない怒りが、表情筋を緊張させていた。
 カウノはそれに気付いた。しかし原因までには思い当たらない。怪訝な表情だけを浮かべ、眉を顰めた。

「わからない。僕が理解できるのは、君が怒っているということだけだ」
「――そう」

 シスコは小さく首を傾いで、目線を下へ向け、そのまま踵を返そうとした。

「待って!」

 カウノは彼女の手首をとり、無理矢理その顔を自分の方へを向けさせた。

「どうして!」
「どうして? どうして、どうしてって!?」

 シスコは初めこそ冷静に見えたが、次第に目を剥き、息を荒げ、

「カウノ! あなた、オートレースのナビゲーター、プロテストを受けたでしょう!
そして合格した! おめでとう、わたしもとても嬉しいわ!
わたしに黙って、あなただけ勝手にプロの世界に飛び込んでくれて!」
「そんな、僕は!」
「わたしは諦めた! あなたとの時間を失いたくないから!
あなたの子供を産める身体でいたいから!
男は良いわね、そんなこといちいち考えずに済むんだもの!」

 カウノはシスコの剣幕に気圧され、色を失い、ただただ黙り込んでいた。

「そんなこと気にしないで、気にもしてくれないで、さぞ楽しかったことでしょうね!」
「そんなつもりじゃない! 僕は、ずっと、それが、」
「耐えられないわ。他の誰かなら気にしない。でもあなたが! 他の誰でもない、あなたが、わたしの愛する、オートレースの世界に居座っているなんて!
わたしは、諦めたのに! あなたのために! あなたの次に大切なものを、あきらめたのに!
あなたは、あなたは!」




     □  ■  □  ■  □




 気付けば、カウノはテーブルの前に座っていた。
 テーブルには安っぽいクロスがかかっており、その上にはコップ一杯の水に、幾つかの錠剤が置いてある。

「それで」

 部屋の中には誰もいない。生活の臭いは絶えて久しい。
 奥の部屋は寝室の様であった。ベッドがあり、そしてその上に寝ている誰かの足だけが見えた。肌の色からは血の気がとうに失せている。やせ細り骨張ったそれは、男のものか女のものかも区別がつかない。

「いい加減、俺も付き合いきれなくなったんだけど」

 淡々と、彼は言葉を紡いだ。誰もいない空間に向かって、ごく淡々と。

「説明しろよ」

 テーブルの上には、もう一つ別のものが乗っていた。
 写真立ての中には、男女のカップルが仲睦まじい様子で写っている。カウノにとって、全く見覚えがない二人が。

「モーリェ」

 カウノは席を立ち、キッチンの傍へと歩み寄り、受話器を取り上げ、

「モーリェ!!」




     ◇  ◆  ◇  ◆  ◇




 ぱちん、と控えめで乾いた音が、まずカウノの耳に飛び込んだ。
 それが両手を緩やかな速度で合わせた音であることに、一拍遅れて彼は気付いた。

(ここは――)
(――操縦席――『ビッグフット』の――)

 思考ははっきりしている。ただ唐突に切り替わった視覚や聴覚に慣れていないだけだ。
 彼は自身にそう言い聞かせて、努めて冷静に振り返った。そこには相変わらず小さな身体で大きな座席を支配し、ぷらぷらと所在なく両足を揺らしている少女がいた。

「おはようございます」

 モーリェはにこりと笑った。
 カウノは彼女をきっと睨んで、何か言おうと口を開きかけたが、結局止めて、ゆっくりと立ち上がった。

「調子はどうですか」
「……いいとは、言えないね」
「そうですか。すんません」

 微笑んだままのモーリェに向かって、しかしカウノは何と言えばよいか考えあぐねていた。
 先程の体験をどうやって表現すればよいだろうか。ただの夢? しかし夢にしてはリアリティがある。胸に広がる喪失感は、14年で体験したことのない大きさだ。だったら薬物の類による幻覚? それも推測に過ぎない。

 ただ、

(ただ)

 カウノは確信を抱いていた。何にせよ、この女の仕業である、と。

「今のは、何だ」

 白いモーリェの顔が、青に染まる。その次は、黄色。赤。緑。灯りが彼女のかんばせを照らしているのだ。
 カウノは光源を探し、振り向き、気付いた。この二日、漆黒に包まれていたモニターに、大きく陣取る巨大な円がある。
 円は輝き、揺れ、膨れて、縮み、その様はまるで呼吸をしているようであった。

「その前に。一つ前の、カウノさんの質問に、答えます。
『そもそも、わたしは、この船に乗っているか?』 答えは、ノー、です。
わたしは、この船に、乗っていません。乗れません。小さすぎて。
わたしは、それ・・なのですから」

 モーリェの指さすのは、モニターの中心の、まさに円であった。
 恒星のようであるが、表面をうねるプラズマの蠢動はあくまで穏やかで、暖かみを感じさせるものだった。

「あれ、か」
「はい」
「星、で、いいのか?」
「わかりません。
なんせわたしたちは最近まで自分達を定義してきませんでしたから、そう言っていいものやら」
「――なんだって?」
「あなたたちに接触するまで、わたしたちはただ宇宙を漂って、分裂して、膨らんで、消えて、それがずっと続く感じでした。それまでは個という概念すらなかったんですよ」
「じゃあ、本当に、あれが、あんたの、本体なのか」
「そうです。
最初にわたしたちを見つけた人は、その個のことをソリャリス、ソリャリスのモーリェと呼んでいました」

 星は緩やかに色を変えては、プラズマのうねりを振りまく。
 それは実にゆったりした周期で、カウノの故郷の春を感じさせるような暖かさを含んでいた。

「ここにいるあんたは、何だ」
「カウノさんの意識上に投影した像です。以前お会いした方が、この娘に会いたがっていて、わたしたちはそれを再現しました。その時を思い出して、コピーして、わたしの代役にさせて頂いています」
「――コピー」
「わたしたちは、自分で何かを作り出すことはできませんから。
ついで、つないで、ひっぱって。コピペを繰り返すだけです」

 モーリェはあくまで微笑んだまま、カウノをじっと見据えていた。
 カウノはその様を不気味に感じて、嫌悪感を剥き出しにするように唇を歪め、吐き捨てる様に言った。

「あんたたちは、人の脳みその中を覗けるのか」
「いえいえ、そんな失礼な真似しません。皆さんが教えてくれるんですよ」
「教える?」
「わたしたちは、まず声をかけました。声は波です。波は空間を伝わって、皆さんのところに届きます。すると皆さんはそれを返してくれます。波が跳ね返ってくるんです。それをまた、わたしたちが返します。それも返されて、そのうちわたしたちの送った波と帰ってくる波が同期して、それで像が完成します。わたしたちと皆さんで一つの記憶を共有できるんです。
――そんな顔しないで下さい、わたしたちはノックしているだけなんです。あとは皆さんが教えてくれるんです、本当ですよ」

 カウノの眉間には疑念による皺が深く刻まれていたが、目を丸くしてぱたぱたと掌を振るモーリェの仕草に毒気を抜かれる形で、ふん、と鼻を鳴らしてみせた。

「俺の脳みそも覗いているのか?」
「だから違いますってー。カウノさんが教えてくれるんですよ?
それに、もうそういうことするのは止めました。
この方法、ちょっと欠点があって」

 言い淀むモーリェだが、カウノが意に介する様子はない。
 彼の興味は既に別の問題へと移っていたからである。

「俺たちに、あんたたちが、接触した理由は、なんだ」
「えっと、正確には、そちらから、です。わたしたちはただ宇宙をぶらりんぐしてただけで、そこに皆さんがやってきて、いろいろと」
「――色々と?」
「わたしにはよくわかりませんが、調べられていたみたいですよ、いろいろと。
で、わたしたちもなにか返事をしたかったのですが、あいにくやり方を知らないので。
五十年くらい経った頃でしょうか、ふと思いついたんです。そうだ、とにかく真似をしてみよう」
「真似」
「はい。おおよそ全ての創造は模倣から始まります。
――というのは極論な結果論ですが、まあとにかく、わたしたちは皆さんを真似ることにしたんです。できるだけ接触しやすいように、皆さんの一番近い存在を投影しました。これなら言葉や文化の問題もありませんし、何より方法として簡単でした。ので、しばらくその『コピー』に馴染んでもらって、それからわたしたちの言葉を伝えよう、と。
……でもそれは失敗でした。どうして失敗したかはわかりません」
「……失敗ってのは、どういうこった」
「失敗は失敗です。だってみなさん、死んじゃうか、逃げちゃうか、どちらかでしたから」

 カウノの喉がゴクリと鳴った。

「死んだ?」
「はい」
「……どうして」
「わかりません。殺し合ったり、自分で毒を飲んで死んじゃったり。像の方も自殺を選んだりして、結局はステーションから誰もいなくなっちゃいました。こんなの成功とは呼べませんよね。だから失敗なんです。
――上手い方法だとは思うんですよ。その人に一番近しい人をわたしたちの代役に、っていう発想は。致命的な間違いがあるとは思えません。
だから、どうしてあんなことになったのか、今でもわかりません。あんなことにするつもりじゃなかった」

 モーリェは深い溜息をついて、寂しげに首を振った。

「そういういきさつが何度もあって、わたしたちは決めました。
新しいキャラクターを作ることのできないわたしたちは、せめて出会った人の知らない誰かを映そう、って。知っている人、特に一番近い人を作るのは、どうしてか破滅しか呼ばないから。
上手くいくかは半信半疑でしたが、結果はご存じのとおり。カウノさんは今までで会った人の中で、一番まともに見えます」
「じゃあ、あんたのこの姿も、」
「はい。いつかは忘れましたが、わたしの会った人の一番近しい人の、一人です。わたしの知っている中で、一番可愛い人を選びました」
「――一体、元は誰なんだ」
「えっと、名前までは忘れちゃいました。わたしの会った人の娘さんだったらしいです」
「その、父親は」
「わたしの作った娘さんと一緒に、心中しちゃいました」

 カウノはそうか、と呟くと、操縦席に腰掛け、こめかみに爪を立て掻き毟った。
 それきり、しばらく『ビッグフット』の船内を、沈黙が包んで満たした。

「あんたは、なんで俺に接触した?」

 ぽつりと、カウノの口を疑問が突いて出た。それはあまりに唐突で、そのくせ自然だったので、言った本人のカウノも驚きに目を見開いた。

「そうですね。ええ、理由がないわけではなく、ですね」

 モーリェはそう言ってしばらく黙ると、しかし口を開いた。

「わたしは、ある女の人を、探しています。
さっき、シスコさんに代役をしてもらった、女の人です」
「――代役」
「そうです。どうですか、わかりやすいと思いまして急遽シスコさんに熱演して頂きましたよ。情景がひしひしと伝わったと思ったんですが」

 カウノは先程見た幻覚を思い返し、どきりとした。そこでは、彼とシスコが将来を約束した恋人同士、という設定だったのだ。愛を語り、身体で確かめる行為を幾度も繰り返した。カウノはまだ14だから、そういったことに興味があるが、経験はない。突然浮かんできた情欲を努めて表情に出さないようにと目を閉じ、隠すためにわざとらしく鼻を鳴らした。

「どうだか。第一、途中から似せる気なかっただろ。
俺も、シスコ――相手の女も」
「はい。ずっとカウノさんが変な顔してましたから、失敗したなあ、とは思ってたんです」
「そりゃあな。シスコはあんな女じゃないし、肌の色も白じゃない、髪も長くはない」
「そうなんです。わたし、応用力、なくって、下手っぴだから」

 てへへ、と後頭部をぽりぽりと掻いて、モーリェははにかんだ。

「それで、女の人はわたしが投影したのですが、わたしが実際に会ったのは、男の人の方だけだったんですけど。
だからわたし、女の人にはまだ会ってなくって、それで、この女の人に、会いたいんです。
そう思ってたら、ちょうどそこに、カウノさんがぶらりと」

 その少し支離滅裂な言は、カウノにとっては意外なものだった。モーリェが少なからず戸惑いを覚えていることがわかったからだ。
 彼はゆっくりと振り返って、

「会いたいのか、その女の人に?」
「はい」
「会って、どうするんだ」
「謝りたいんです。この男の人は、死んでしまいました。わたしのせいで。
ごめんなさい、って」
「――モーリェ」

 カウノはモニターの先――幾何学的な稜線の集合である発光体――を見ながら、少女の方を向かずに、僅かに逡巡して、挙句口を開いた。

「あんたがその人に会ったのは、随分昔のことだろう。俺が見た景色からして、大体三百年くらい前の話だ。
そしたら、多分、もう、その人はいない」
「あ――そうなんですか」

 モーリェは一瞬ぽかんとした表情を浮かべた。

「そうだ。俺たちの肉体は百年も保つように出来てないからな」
「そうなんですか。じゃあ、もうあの人は、いないんですね。
それは、知りませんでした」

 それきり黙り込んだモーリェを、カウノはじっと見詰めた。
 しかしかける言葉は見つからない。彼は再び前に向き直り、モニターに映る星へと目を向けた。

(どうして、こいつは、俺たちに興味を持ちだしたんだろう)

 後にいる少女は、あくまで、いつかどこかにいた誰かの模倣でしかないらしい。
 そして、彼女の本体とも言うべき相手は、目の前の星。
 変わってはいるが、ただの星にしか見えないこれが、意識を持って、人間やその他に接触を図ろうとしている。
 何故か?

(……なんでもいい。もう、疲れた)

 カウノは溜息をつき、モニター横ですっかり汗をかいたジーマに手を伸ばし、一口だけ含んだ。
 二酸化炭素ガスは随分と抜けてしまっていたようで、ぬるく刺激もない液体が、カウノの喉に流れ込んだ。

「なあ」
「――はい?」
「あんた、これから、どうするんだ」

 答えはしばらくの間返ってこなかった。
 あの快活すぎる少女が黙りこくっている。カウノはそれに違和感を覚え、横目でちらりとモーリェを視界に入れた。

「……わかりません」

 しかしモーリェは小さな身体を更に縮こませるようにして、じっと俯いているだけであった。

「わかりません」

 モーリェはもう一度言った。

「そうか」

 カウノは何か声をかけてやりたいと思ったが、適当な言葉は見つからず、それしか言えずにいた。
 再びモニターを見る。惑星は相変わらず美しい。曲線は絶えず作り出され、色を変え、しばらく宇宙をたゆとうと消えることなく星に戻り、新たな曲線を作る。

(今日は――疲れた――)

 星の鼓動はあくまで緩やかで、引きずられるように、カウノは眠りに落ちた。


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