「どこだよ、ここは・・・」
目の前には青々と茂った一本の大樹。
その大樹を囲むようにひっそりと生えている小さな木々が、風に靡いてザザザァっと音をたてている。
辺りは薄暗いはずなのに、なぜか大樹だけは太陽の光を一身に浴びて風に揺れることなく佇んでいる。
おかしい。
俺は新潟の某スキー場で、俺の勤めている会社の取引先の上役と接待ゴルフならぬ接待スキーで神経をすり減らし、宴会の席でベロンベロンになるまで酒を飲まされてトイレに駆け込んだはずなのだが。
気がつけば森の中とか・・・。
どう見ても夢です、本当にありがとうございました。
きっと酔っ払って寝てしまったんだな、俺は。
しかしさ、手の甲を抓ると痛いし、夢だとわかっても中々覚醒しないんだ。
嘘みたいだろ?まるで現実みたいなんだぜ。
意識は異常なくらいはっきりしているし。
しかも、いつまでたっても夢から覚める前兆がこれっぽっちもないなんて・・・。
一時間ほど夢から覚めるのを待つために、大樹に寄りかかりボケーっとしていたら強烈な尿意が襲いかかってきた。
うっほ、いい尿意。
この夢空間の森?にトイレなどあるはずもなく、立ちションしようと重い腰を上げふと気がついた。
「ここで立ちションしたら・・・まさかの寝小便フラグが立っちまうような気がしてならないが我慢できんのだよ!」
所詮は夢と侮るなかれ。
目が覚めたら寝小便とか、数え歳で30にもなる俺が-----まさかな・・・。
確か同僚と同じ相部屋になるはずだったから、きっと酔いつぶれてトイレで寝てしまった俺を部屋まで背負いベットまで運んでくれているだろうから。
朝起きたらお漏らししていて、同僚に見られる・・・・・・・・・すごい気まずいなw
しかし、膀胱がレッドゾーンを今にも越えてオーバーヒートしそうな現状に俺は抗がえなかった。
彼此一時間ほど座っていた寛ぎスポットの近くで小便をぶちまけるわけにはいかないので、少し離れたところで用を足そうと一歩踏み出したのだが-----盛大にズッコケた。
それはもう、顔面から。
夢のはずなのに理不尽なほどの痛みを顔に感じ、一人でのた打ち回る。
「おぅふ、さんおぶあびっち!」
一通り転げまわった後、足を引っ掛けたであろう物体に目をやるとそれは自分の衣服だった。
立ち上がるまで確かに自分の体にフィットしていたはずの見慣れたスーツはダボダボになり、複雑に足に絡みついていた。
そしてずれてくる下着。
なぜかとてつもなく低くなっている目線。
尿意も忘れ、恐る恐る自分の体を見てみるとそこには-----
「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁ」
ダブダブのスーツを身に纏った、小さい小さい幼児ボディーだった。
- - -
起こった事をありのままに話すぜ。
酔ってトイレに駆け込んだら、知らない場所だった。
そして用を足そうと立ち上がったら小さくなっていた。
しかし、既に痛みとして感じるほどの尿意を我慢できるはずもなく、ブカブカのスーツを脱ぎ捨て立ちションしようとしたら息子のジョン(30年来の愛棒)がいなくなっていた。
あまりの出来事にシャーという音を出しながらお漏らししていた。
何を言っているかわからねーと思うが、俺も何をされたのかわからなかった。
頭がどうにかなりそうだ。
夢だとか現実だとか、そんなチャチなもんじゃ断じてない。
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ。
いくら夢でもこれはひどい。
果たして俺に幼女になりたい願望などあったであろうか?
否、断じて否だ。
なのに何故幼女になっている!!!
夢は自分の願望が反映されるというが、これはないだろと声を大にして言いたい。
まぁ、リアルじゃないからいいけど。
これが現実に起こっている事だったら脱糞ものだったわ。
相棒で愛棒の息子のジョンが家出とかマジで誰得だよ!?
どうせ夢だし、覚めるまでの間は反抗期のジョンの家出を認めてやらないでもないが----夢から覚めたら慰めてやるか。
ここの所ご無沙汰だったし。
洩らしてしまったせいで途中までずらしたトランクスがべちょべちょに濡れてしまったので、地面に埋めて証拠を隠滅する。
べ、別にお漏らししたのが恥ずかしいわけじゃないんだからね!
どうせ夢だし。
・・・・でも自分の精神衛生上あまりよろしくないので処理しておくに限るな。
また大樹に戻り、ボーっとしているのが飽きてきたので一人ツンデレをしているとお腹がグゥーっとなる。
それにしても不思議な夢だな。
お漏らししたら大抵の場合目が覚めるはずなんだが。
小さい頃の経験は今でも俺の黒歴史です。
目が覚めないだけでなく、お腹まで減るとは。
しかしこのままではまずいな。
お腹と背中がくっつきそうだ。
夢の中で餓死体験とか・・・。
そんな体験を冗談でもしたくないので飯でも探そうかと再び重い腰を上げる。
「どっこいしょっと、あーだるいわ。飯でも振ってこねぇかな」
なんて言いながら一歩踏み出すと-----
ポタポタと音をたてて空から何かが落ちてきた。
ってリンゴにミカンにバナナ!?
ちょw嘘だろwwwwマジで降ってきたよ!!!
ビックリして上を見てみるが、そこには青く生い茂った葉っぱを揺らす大樹のみ。
どっから降ってきたんだよ!!!
万が一、この大樹が果物の木だとしてもリンゴにミカンにバナナが一緒に生るわけがない。
もし生っていたら新種の果物の木を発見したことになるわけだが・・・果物は木からしたら種、つまりは子供に当たるわけだから別種の物が生るわけがない。
遺伝子学的に考えてありえないだろw
いくら夢の中でもないわー。
ま、どちらにしても食べるんだけど。
怪しくてもお腹も減っているしモリモリ食べるよ!
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・
うますぎワロタw
ちょい甘でまさかの俺好み。
でも-----
「このラインナップならマンゴーもほしいかったな、もちろん完熟マンゴー。それがあったら120点あげるところだったが・・・98点!」
そう一人でニヤニヤしながら残りのバナナを齧っていると・・・・再びポトリと何かが降ってきた。
まさかのマンゴー襲来、夢の中はなんでもありだな。
果汁たっぷりのマンゴーで餓えと渇きの両方を満たした後、実験も兼ねてもう一回おねだりしてみる。
「惜しい、実に惜しいね!食後の〆のラフランスがあったならば120点どころか200点。そう、100%中の100%を完全に凌駕する200点をあげる所だったのだが・・・実に惜しい」
俺はマンゴーにしゃぶりついているときにある仮説を立てていた。
この大樹は夢の中のお菓子の家的な何かで、願えば食べ物が降ってくるのではないかと。
そしてどうやらその仮説は正しかったようだ。
ポトリと降ってくるラフランス。
どこから落ちてくるかずっと上を見ていてわかったのだが、軽く40メートル以上ある大樹のさらに上。
目を凝らしても見えないような位置から降ってきていたのだ。
しかもそんな高さから落ちてきても傷一つ無い果物。
テラファンタジーw
しかもこの木、意思みたいなものがあるのか的確に俺のほしいと望んだ果物を降らせてくる。
あなたが神か!
餓えと渇きに苦しんでいた俺はもういない!!!
お腹一杯になると体は現金なもので幼女ボディーゆえか、燦々と降り注ぐ暖かい太陽の光と澄み切った空気と優しい風のコンボにより眠りの世界へ誘われてゆく。
夢の中でも眠くなるなんて・・・疲れていたのかな最近。
未だ結婚していない、もう少しで40になろうかというお局様のヒスに当てられたせいかもしれないな。
睡魔に誘われる心地よい環境の中で、大樹を背を預けて目を瞑る。
するとすぐに意識が遠くなっていく。
目が覚めたらまた接待の続きだな・・・。
もうこのまま夢から覚めなければいいのに。
それにしても----
あぁ、気持ちいい。
なぜかは知らないがこの木にくっついているとすごく気持ちいいんだ。
薄れゆく意識の中で誰かが俺の頬を撫でたような気がしたが、目を開けて確認する気にはなれなかった。
- - -
「ありえないだろ、常識的に考えて」
目を覚まして一番最初に視界に入ってきたのは大樹でした。
嘘だろ、おいw
目が覚めたらチェックインしていたホテルのベットのはずだろ!
何故また夢の中なんだよ。
「まさかこれもあの夢で寝たときの夢なんじゃあ・・・」
頬をぷにぷにの手のひらでペチペチ叩いてみるがやっぱり痛い。
これはまさかまさかの現実なんじゃ・・・。
いや、なんとなく気がついてはいたんだ。
これが夢ではない可能性を。
それでもその可能性が恐ろしくて考えないように現実逃避していたのは間違いなくこの俺。
昨日食べたリンゴの芯やバナナの皮が近くに落ちているのを見て、疑惑は確信へと変わっていく。
変色して、腐り始めているそれを見た時に俺はある考えに及び至った。
夢の中で時間を感じることなどあっただろうか?
そんなこと今までに一度もなかったし、夢の中で腹が減ったり痛みを感じたりしたことも一度もない。
そよ風の心地よさや太陽の暖かさなどももちろんのこと。
「ははは、なんだよこれは。出来の悪い夢みたいな現実ってか」
渇いた笑い声を洩らしながら、定位置と成りつつある大樹に体を預けながらしばらく呆然としていると、生まれてから数え切れない衝動が体を駆け巡る。
昨日食べた大量の果物、それには大量の食物繊維が含まれている。
つまりは-----
「腹痛ぇぇぇ・・・」
こうなる。
・・・
・・・・・
・・・・・・・
「ふぅ、すっきりした」
人体とは不思議なもので、生理現象や三大欲求のどれか一つを終えると落ち着いてすっきりするようにできている。
それらの行為は自然と心を満たし、感情を整え、次なる行為への欲求や欲望に繋がるようになっている。
そんな生理現象の一つを終えた幼女は、やってやったと云わんばかりの清々しい顔で先ほどまでの暗い顔はどこへやら。
幼女になって知らない森に放り出された現状を受け入れている。
上司にどやされたり、お局様の愚痴や小言、などなどから開放されたとポジティブに考えるようになっていた。
どうせ親父もお袋も俺がいなくなったところで心配なんてしないだろうし。
あのおっさんとしての人生に未練も何ももうないわけだ。
出来れば幼女ではなく男児になっていてくれたならもっとうれしかったのだが。
まぁそれはいいとして。
新たな人生の出発地点に立った今、俺は晴々とした気分だったのだが・・・。
しかし、しかしである。
今が良くても未来の無い人生は歓迎できない。
よってこれからどうやって生きていくのかが今後の最重要課題。
未来の為に問題となるであろうことは山積みである。
今現在で問題になるものは大きく分けて三つ。
まず第一に戸籍。
おっさんとして生きてきた俺は既にもういない。
あるのは幼女の身ただ一つ。
人里に降りられたとして、どうやって過ごすのか。
第二に現在位置。
確かに俺は新潟にいたはず。
なのに今は雪の一カケラも見当たらない森の中。
常識的に考えて東北ではないのは一目瞭然。
周りには南国に自生しているような不思議な木。
そして見たこともないような大樹。
なぜかは判らないが、願った果物が降ってくる謎の多い木だ。
第三に俺は今素っ裸だ!
職場にいつも着ていくくたびれたスーツは小便まみれで、パンツと一緒に昨日地面に埋めてしまった。
掘り起こして体に巻きつけるという選択肢もあるが・・・やめておこう。
生きていくだけなら大樹頼みで水分と栄養素は賄えるだろうが、一生この森で暮らすのはどう考えても無理がある。
もし、大樹が果物を落とさなくなったら餓死一直線だし・・・。
肉食の獣が襲ってきてもアウト。
幼女ボディーでなくても無理あるわ。
熊とか猪に出会った時点でバッドエンド確定。
こう考えるとこれからクリアしていかなければいけないものが沢山あるけれど-----
グゥ~と鳴る大きいな腹の虫。
今は果物でも食べながらゆっくり考えるしか出来そうなことはないな。
「今日は若干渋めのビワが食べたい気分なのだ!!!」