「最近さぁ、誰かしらねえけど、毎日俺にエロ本をプレゼントしてくれる奴がいるみたいなんだ、お前なんかしらねぇか?」
そういえば、と。
ボクのすぐ隣の席に座るやたらと体の大きな男子生徒、山本大和(やまもとやまと)君が机を探る手を止め、不思議そうに声をかけてきました。
「へぇ、それは不思議なこともあるんだね、ちなみにボクは何も知らないよ、見当もつかない」
見た目、言動は粗暴だけれど割と人の良いクラスメイトは、「そっか」とだけ言って、ボクが入れておいたプレゼントを自分の鞄に移した。
閑話休題……
ところで皆様、学校生活において、昼食の時間は最も心が休まる時といっても過言ではないでしょう。
窮屈な授業からいったん開放されるひと時、限られた空間、時間とはいえ、なんともいえない開放感をボク達にもたらしてくれます。
「やぁ、君はお弁当かい、私も今からなんだ、よかったらと言うか、是が非にでも一緒に食そうじゃないか」
そんな中、現れたのは仄村灯、彼女はそう言うと、返事も聞かずに離れた自分の席から椅子をとって、机をはさんでボクの座っている正面に腰掛けるのでした。
「ボクはご飯は一人でゆっくり食べる派なんだけど」
「おいおい、何を寂しいことを、食事は誰かとするほうが美味しい、そして楽しいと聞いたことがある、ここは主義を変えてみてはどうだろう」
一人で食事をとる派、まぁ、そうは言ったものの、実のところ特にこだわりがあるわけでもなかったので、ボクは彼女の要求を大人しく呑み、お弁当箱を少し手前にずらして仄村のためにスペースを作りました。
「おっと、すまないね、気を使わせて、しかし……その弁当、ずいぶん可愛らしいがひょっとして自作だったりするのかい?」
「ひょっとしなくてもそうだよ、好きなもの食べられるし、作るのは朝の眠気覚ましにはちょうどいいから」
「ほうほう、それは是非ともご相伴に預かりたい所だ」
くれ、という事でしょうか。
「まぁ、いいけどね……じゃあ、はい卵焼き」
「あーん」
差し出した卵焼きを迎え入れるように、そう言って口をあけて待つ仄村、そして食べさせろと……?
抵抗しても無駄だと感じたので、仕方なく箸で掴んだ(わりと自信作である卵焼き)を、いつまでも目の前で開いたままになっている口に放り込むことにしました。
「というかさ、仄村、一緒に食べようって言うけど、お弁当も何も持ってないじゃないか、何を食べるつもりなの?」
そういえばと、一緒に食べようと誘っておきながらも、手ぶらの仄村をみて、ふと気になったボクはそう聞いてみることにします。
「ふむ、これは中々……おっと、そういえばそうだった、私も食べるとしようかな」
仄村はそう言うと、ジャージのポケットから5cmくらいの厚さの黄色い四角い箱を取り出すのでした。
……カ○リーメイト?
それを、もしゃもしゃと食べる様は、とてもおいしく食べてるようには見えないものでした。
「仄村、君ってばお昼はそんなものしか食べないの?」
「おや、そんなものとは随分だなぁ、君と出会うまでコレは名前の通り唯一の仲間だったというのに」
……その告白は、とても心が痛みますが。
第一カロリーのメイトであって仄村の仲間ってわけではないのでは……まぁ、そんなこと言いませんけどね。
「……うん、ご馳走さま」
「はやっ、もう食べ終わったの?」
所要時間2分弱、一人で食べるのは寂しいとか、コレでよく言えたものである。
「あぁ、そういう君はまだ半分も食べていないのか、随分とのんびりしているな」
「のんびりと言われてもね、量もあるけど、単純に仄村が早すぎるんだよ」
「そうは言うけどな、貴重な休み時間だ、あまり時間をかけても損だろう」
まぁ……そういう考えもあるのでしょうけどね。
「そういうわけでどうだろう、もしよかったら君の弁当の処理の手伝いをしてもいいんだが、具体的にはさっきの卵焼きとか……」
どういうわけだ……
確かに、女子にしては背の高い仄村からすればあのくらいの量じゃあ足りないのでしょうけど、食べたいなら素直に食べたいと言え。
「か、勘違いしないでくれよ、べ、別にお腹がすいてるわけじゃないんだからね」
えと、何でしょうコレ、ツンデレってやつでしょうか……って、前にも同じ事をいった様な。
気のせいでしょうか?
「……だめかな?」
そんなことを考えながら、しばらく黙っていますと、沈黙を否と受け取ったのか、なにやら不安そうにも見える表情でそう聞いてくる仄村。
んぅ……なんだか捨てられてる犬っぽい感じ。
「うーん、じゃあ……お手」
「わんっ」
……即答でした、冗談でしたのに。
「……おかわりっ」
「わんわんっ」
やばい……
コレは良くない、このまま続けると、僕の心の中でイケナイ何かが目覚めてしまいそうな気さえしてきます。
「くぅーん…」
そんなボクの気も知らず、仄村は机の上にあごを乗せて、上目遣いでねだるような声を上げます。
というか、この娘、何でそんなにノリノリなんでしょうか。
「いや、ごめん、もういいよ、ボクが悪かった、お弁当なら全部あげるからもう止めて」
頭を下げて、押し付けるようにお弁当箱を差し出すボク、何でしょうか、罪悪感とか背徳感がものすごい、あと周りの白い目も。
「そうか、ではありがたく頂くとしよう、しかし何だな、この程度で要求が通るとは、効果はばつぐんというやつか?」
満足そうにそう言って、遠慮なく僕のお弁当を確保して食べ始める仄村。
「今後、君に何かを頼むときはこの手でいくとしようか……」
「……それはやめて、できれば二度と」
「おや、それは残念だワン」
ため息混じりにそう口にするボクを見るその様は、ずいぶんと楽しそうに見えます。
「……ふぅ、ご馳走様、食べた食べた、いやぁ、君は料理が上手なんだな、こんな美味しいものは久しぶりに食べた気がするよ」
「お粗末さま、そう言ってくれると食べられたかいはあるね」
やっぱり早い。
自分であれば少なくとも倍の時間はかかった事でしょう、ものの数分で食べ終えたお弁当の器を回収しながら僕はそんなことを考えます。
「まったく、君はいい嫁になりそうだ、どうだい、家に嫁いでくる気はないかな?」
「遠慮しとくよ、ボクは嫁に行くつもりもないしね」
もちろん婿に行くつもりもないです。
「そうかい、ではやはり愛玩用雌犬としてご主人様として私を飼ってもらうのが一番なのかな」
「もっとないよ、ていうかそれ引っ張らないで」
「そうはいうがな、私に犬のまねを強要しているときの君はいい顔をしていたぞ?」
「なにそれ、人聞き悪っ」
そんなはずはありません、ありませんよ?
「そして、実は私、もう少しで新たな道に目覚める所だった」
……あぁ、だからあんなにノリノリに、そっちも危なかったのですね。
調子に乗って続けなくてよかった、本当に良かった。
「もう少しで君との美しい友情が、肉欲混じる爛れた何かになるとこだったな」
「何かって何!?仄村のなかでどんなことになる予定だったのさ」
「ん、聞きたいかい?」
「聞きたくないよ!」
と、そんな風に、仄村との会話がヒートアップしたあたりでしょうか。
不意に後ろから、僕の頭を鷲づかむ人物がいました。
「アンタ等ね……」
はい……誰であろう、閂一さんその人です。
「人が美味しくご飯食べてるときに、大声で雌犬だの肉欲だの調教だの言ってんじゃないわよっ!!」
見れば、周りのクラスメイトも僕等に冷ややかな目を向けています、閂の言うことはまったくの正論でした。
……でも、調教とは言ってなかったと思います。
「なに?何か言いたそうね?」
「な、なんでもないです」
勿論そんな余計な事を口にする気もありません、お叱りは甘んじて受けるのが良いでしょう。
幼い頃よく聴いた言葉があります、食事は皆で楽しく、ただし騒いではいけません。
頭蓋骨のきしむ音と、閂のお説教を聞きながら、その日ボクは昔からよく耳にする言葉を思い返し反省するのでした。