華月は周囲の風景に呆然となった。「なんだ、ここ……」「これがドラグ・ダルクの全容です」 目の前には高々と聳え、周囲をぐるっと囲んでいる山脈があり、そこに出来た広大な盆地に幾つも街のようなものが作られていた。山脈の山にも小さい穴が幾つも穿たれていて、何か在ると解る。 街のようと表現したのは建物の間に道が無く、緑で埋められている為で、建物の間が狭いところが集落の単位なのだろう。幾つか広場らしき場所も見えるが、自然に開いていた場所をそのまま使っているのだろうと思われる。「四方をヴェネスド山脈に囲まれ、大陸と繋がっているのはごく僅か、おまけに山脈の向こうは海です。つまりドラグ・ダルクは半島にある国となります。 ドラグ・ダルクには基本的に闇黒竜種(ダークネス・ドラゴン)のみが住み、山にドワーフと、森の一角にエルフが少数居ます。若干、竜騎士を従える竜が居ますが、圧倒的少数ですし、貴方を含み竜騎士は人間では在りません。したがって人間は皆無です」 そこで、テレジアは鋭い視線を華月に向ける。「我ら竜種、それも特にダークネス・ドラゴンは人間を嫌悪しています。私も人間が嫌いです、個人的に。しかしながら竜騎士の皆さんはそれぞれが才覚を見初められて、高潔な精神を持ち此処に居ます。貴方がそうなるか否かは貴方次第です」 そしてふいっと顔を逸らす。何と言っていいか浮かばなかった華月は黙っている他無かった。「行きますよ。まずは貴方の基礎身体能力を確認します」 大人しく後をついて行くと、皇宮の下部には訓練施設らしき場所があった。 天然石で囲われ、地面が剥き出しになっている。そこの中央にテレジアが佇み、華月を見ている。「出来るものなら私に一撃入れてみてください。もう始まっていますので」 そう言われ、華月は自分の身体を意識する。何かが変わっているのだろうか? それとも身体能力自体は以前と同じなのだろうか。既に馴染んでいるのか変わっていないのか、感覚で解る事は無かった。 軽く囲いに使われている天然石を殴ってみる。以前なら間違いなく痛みを感じるだろう力で。 だが、痛みは無く、むしろ石が若干ずれた。「……」 無言で重心を落とし、軽く前傾姿勢を取る。 両脚で思いっきり地面を蹴る。 今まで感じた事の無い風を切る感覚。 急激に迫るテレジア。「でやっ!」「……」 華月の右ストレートはテレジアの半身だけズラす見事なスウェーで回避された。「あれっ!?」 むしろ引き残したテレジアの足に躓かされ、派手に真正面から地面にダイブする羽目になる。「……擦り傷も無い?」 地面を盛大に転がったはずなのに、体には傷一つついていなかった。 そうなると、無様に転がされた事実が華月の頭に染み渡り、怒りを巻き起こす燃焼源となる。 羞恥と不甲斐無さで握り締められた拳が、華月の怒りの度合いを窺わせる。 ゆらりと立ち上がり、自然体を装う。 そしてあくまで自然に、前のめりに倒れこむ。「?」 テレジアがその動きを怪訝に思ったときにはもう華月は行動に移っていた。 右足で思い切り地面を蹴り、全力で走り出す。 移動速度が人間の枠を超えていた。 顔を上げてテレジアの位置を確認し、彼女の間合いの外で鋭く方向転換。以前では考えられない鋭い動きで背後を取る。 左足を軸にし、右の回し蹴りを放つ。「甘いですよ」 それはテレジアの右手で掴まれていた。 そのまま足を持ち上げられ、上空に放り投げられた。軽く十メートル程飛ばされ、落下する。下ではテレジアが迎撃する様子も無く立っているが、何もしないわけは無いだろう。「このままだと、一回殺されるな……」 確実な死の予感を感じるが、最早怖いとは思わなかった。感じなかった。 想ったのは――。「やられっぱなしってのは、面白くないな」 姿勢を変え、足を地面に向け蹴りの形を取り、空気抵抗を出来るだけ減らせると思われる体勢を取る。 空気抵抗を抑え、急加速しながら降下する。これを強襲降下(パワーダイヴ)と言うのだが、当然華月はそんな事は知らない。最も、生身でそんな事をすれば地面との接地時に足を大々的に損傷し、良くて再起不能、普通なら死亡となるだろう。 急に加速した華月の動きにもテレジアは見事に対応した。 自分の脚技の間合いに華月の足の裏が入った瞬間、自らの右足の裏を突き出し華月の重力加速度まで完全に相殺した。「取りあえず、見事と言っておきましょう」 一瞬の停滞時間でそう告げ、再び重力に引かれた華月を今度は左足で蹴り飛ばした。飛ばした先は周囲を囲う天然石の側面だ。普通の人間なら骨折その他で生きているかも解らない状態になる速度が出ている。「……痛く、ない?」「当然です。貴方の身体は最早竜種のそれと同等。先ほど説明したとおり、主の祝福を受けた竜血には激痛と引き換えに人間を竜化する効力が在るのです。体験したでしょう。それにより人間を殺すには十分な力程度では痛みなど感じません。 さぁ、きなさい。まだ終わりませんよ。次からは、その竜化した身体でも軋む私の普通の力で反撃します」 挑発する。徹底的に実地で学ばせる気だ。「上等だ!」 華月は無謀――いや、果敢に挑んで行った。