ぼさっと変身動作を見ていても意味が無いと、晶は別のものに意識を向ける。
(さっきから見えているこの少女達はいったい? 妖精みたいなものか?)
晶が溺れてから見えるようになり、魔術を行使すると何処からか寄って来るのだ、魔術に関係しているぐらいしか分からなかった。
先ほどから漂っている少女を目で追う、緑や白の少女がマリアやユナ目の前を通るが、視線が一瞬も行く様子がまったく無い、ということは見えていないのだろう。
先ほど死に掛けた者が見えていない物を見えていると言い、それが少女だと言うのだ、精神に異常をきたしているとされるのも無理は無い。
改めて思い返す晶は自身の滑稽さに苦笑すると同時にふとある仮説が浮かんだ。
死にかけて見えなかったものが見えるようになる、それは幽霊が見えるようになると同じではないか、ということであった。
自分しか見えないのではとても少女達のことは周りに言えなかった。
「どうしたの……?」
小さな少女の事に関して考えにふけっていた晶は声をかけられ思考を中断、声をした方に振り向くといつの間にか首をかしげているメイがいた。
「なんでもない、ところで勇は疲れるほど繰り返したのか?」
メイの後ろに肩で息をする勇が目に入った晶はちょうどいいと、追求を避けるため話を変える。
「おうよ! 何度も頼むから一号、二号はもとよりV三からアマゾン、昭和ライダーのオンパレードやってやったぜ!」
晶に向かって親指を立てる勇の姿はやり遂げた感がすごかった。
「素晴らしかった……」
メイの表情の変化は無いが少し赤い、言葉の雰囲気から若干興奮気味のようであった。
「この宝玉一つで魔王と戦えるのか? 俺の戦闘技術とか経験が必要なのは分かっているが……」
勇が自身の鎧姿を見下ろしながら疑問を投げかける。
勇者が使用したと伝えられる物だけに、防御性能に問題ないだろうと晶は見当が付いていたが、外からでは身体能力が上がった様子は無く、立派な鎧と細剣としか感じられなかった。
「それだけではまだ駄目のようですね、今は封印状態なので世界の何処かにある鍵で解かないといけません」
マリアが本を片手に口答した。
「世界の何処か? なにか情報等はないのか?」
勇と同じ事が聞きたかった晶も渋い顔つきになってしまう、何もなしで探すとなると世界中くまなく探さなければいけない、世界は広いものである。
あてずっぽうに探すと途轍もなく手間がかかるのが目に見えた。
「え~と……これかもしれません、先の錠、灼熱と砂の世界に眠りし石の蔵、影に篭りし空間にて眠るだろう、後の封、凍てつく吐息に晒されし山の恵み、深く沈み、青き世にて目覚めを待つ」
全員に聴こえるようにマリアは朗読する。
「先の錠と後の封、封印は二つか……」
「そして解く順番も決まっているみたいだな?」
ユナの言葉に勇が続け、なるほどとばかりに晶も頷いていた。
わざわざ先と後と付くのだ、順番が決まっていると考えていいだろう。
「先に行く場所は灼熱と砂から砂漠の可能性が高そうだな。凍てつく吐息は吹雪か? 北の寒い地域位しかわからないな……」
漠然としかが分からないためだろう、勇は少し不安げな声を上げる。
「砂漠はオキ砂漠がある……寒い地域は範囲が広すぎる……」
「じゃあ……始めはオキ砂漠か? 他の細かいことは其処の近くにある村や街の伝説とか、言い伝えとか聞いて推測するしかないな、勇者に関係することだから何かあるだろう」
メイの情報から目標をきめた勇の意見に全員頷く。
「その前に、勇が何処まで通用するか試したらどうだ?」
行き成り都から出て戦闘するのはどうかと、晶が手を小さく上げ口を挟んだ。
「そうだな、勇殿一つ手合わせ願おう!」
やはり騎士というだけあって戦闘に興味があるのだろう、ユナが嬉々として願い出た。
「おう! 良いぜ!」
勇も楽しみなのだろう景気良く答えていた。
大きな広場には所々に木で出来た案山子のような人形が立っている。
晶が周囲の壁に目を配ると多種多様な武器が置かれているが、不必要に怪我を増やさないためか一部を除いて木材で作られていた。
そこは修練場と呼ばれている場所である、流石に神殿で模擬戦を行う訳にもいかないと此処へ移動したのだ。
「実はユナ、お前に興味があったんだ」
勇はフェンシグをやっているだけに、強いも者との勝負には興味があるのだろう、しかし目を細めながら言った台詞は晶が聞いても告白じみたものであった。
「な! なにをいきなり!」
勘違いしたのか、途端にユナは顔を赤く染め上げ仰け反っていた。
自身が言った言葉がどのように相手に聞こえたか、勇の態度で分かっていない事が晶には一目瞭然であった。
「なにをいきなりって、なにが?」
「…………」
首を傾げる勇の姿から同じく理解したらしいユナは、顔を赤らめたまま目を逸らして押し黙る。
「わたしは神官ですけど戦えますよ」
いまだ頭を捻っている勇のそばにマリアが近づき軽く袖を引っ張っていた、マリアの期待が込められた眼差しから、ユナに言った言葉を同じく言ってほしいのが明白である。
「ほほう、そいつは楽しみだな」
「あの、そうではなく……きょ、興味が……その……」
マリアがなんとか言葉を引き出そうと四苦八苦していたが、効果がなかったため肩を落としていた。
そんなのじゃ勇には分かってもらえないと晶は首を振る。
「では……始めるか」
咳を一つして気を持ち直したユナは壁に掛けられた木刀を持ちだし、そして同じくかけられていた金属でできた練習用レイピア――練習用のため先端が丸められている――を勇へと放り投げた。
「おう!」
ユナが正眼に構えると勇も受け取ったレイピアをフェンシングの独特の体勢になる、鎧を着けないのは純粋な戦闘技術が何処まで通用するかを図るためだと晶は推測した。
そいえばと晶は先ほどのマリアの行動を思い出し、楽しめそうだと密かに笑みを浮かべる、そして回りに気付かれないようにマリアへそっと近づく。
「マリアさん」
「ひゃ!」
落ち込んでいる時に突然声がかかった感じだったのだろう、晶が声をかけるとマリアが驚きの声を上げた。
「いつ来たのですか!? 驚かさないでください!」
「話しかける人に大概言われるよ」
どんな相手でも晶が普通に話しかけると大概驚かれていたのだ、しかし例外はいるもので勇と両親は慣れたのか驚かれる事は余り無い。
「少しいいか?」
「駄目です」
凍えるような瞳を向け容赦なく断るマリアだったが、晶は引かなかった。
「勇に関すること――」
「なんですか? 早く迅速に即効で話しなさい」
勇のことを出した途端に、掌を返すマリアに晶は内心釣れたとほくそ笑み、声を小さくして話す。
「勇に誤解されたくないだろう、だから少し離れよう」
晶は声を潜め、そしてそのまま勇に気づかれないようにマリアと離れていった。
勇に気づかれて晶とマリアがお互いに気があると誤解をさせないためである。
「マリアさんは神官で、回復といった魔術関係が使えたよな?」
「はい、使えますが?」
マリアも同じく声を潜め、自然と周りに聞かれないように二人してしゃがみ込み、ヒソヒソと話す。
「なら勇が怪我したときが好感度を上げる時だ」
ジッと晶に視線をおくるマリアは一言一句聞き逃すまいと真剣である。
「実力差がどれ位有るか分ないが、多分二人が手合わせすると白熱して無傷ではいられないはず、そこで勇の傷を優しく癒せ!」
「貴方に言われなくても行います」
侮辱されたと勘違いしたのかマリアの眉間にシワがより、厳しい視線を晶にぶつけてくる。
「たしかにそうだろう、しかしただ治すだけで勇の場合効果は薄い、そこで癒した後ニコリと微笑を浮かべる、それだけで大分違ってくるさ!」
しばしの沈黙のあとマリアは一つ頷くと勇達二人の近くで待機し、その様子を見ていた晶は上手くいきそうだとほくそえむ。
実は前の世界で勇を取り巻く女性達のゴタゴタをこっちの世界でもやろうと画策しているのだ。
元の世界では勇の周りに色んな女性がいた。
ウェーブがかった赤い髪に青い瞳の整った顔立ちのうえ優しさと武力の高さもある、まさに女性からすれば理想の一つだろう、当然勇に関わった女性たちは皆勇に惚れていった。
それに伴い周囲の男性は嫉妬に駆られるのも当然の結果であり、最初は晶もその一人であった、だが勇にいじめを助けてもらってからというもの、行動を共にすることが多くなっていった。
あまりに多くの女性に言い寄られる勇に、晶は嫉妬をするのが馬鹿らしくなったのである。
晶が馬鹿らしくなっても女性は増える一方であり、それを見ていた晶はあることに気が付いたのだ。
嫉妬せずに見ていて意外と楽しいのである、それはまるでハーレム物の小説を見ている感覚だったのだ。
それから晶はもっと楽しもうと影の薄さを利用し、裏から色々画策するようになったのである。
ゆっくりと二人の間合いが詰められていく。
「せい!」
気合と共に勇は仕掛ける、狙うは鳩尾、一直線に突き出していた。
「は!」
しかしユナが木刀で左へ受け流し、そのままレイピアを伝い滑らせるように首へなぎ払ってくる、とっさに勇は後退し回避、大きく下がり間合いが開いた。
「やっぱり、これ位じゃ駄目だな」
「ふふ、当然だな」
まだまだ練習程度なのだ、お互いの楽しげに笑うがその周囲の空気が張り詰め、重くなっていく。
先ほどよりも遅くじっくりと間合いを詰める。互いに機会をうかがい、次の瞬間ユナが一気に詰め寄った、振るわれた刃は様々に変化している。
「せい! やあ!」
フェイントを交え、上段、中段、下段と素早く的確に打ち込んでくるが、勇はいまだ捌けていた。
「なんの!」
勇も負けずそれらを素早く回避、受け流す。
僅かな隙を見つけて鳩尾や喉など急所を狙っていくが、ことごとく弾かれていた。
「はあああああ!」
「おおおおおお!」
二人の裂帛の気合と共に速度があがる、蝶のように舞い蜂のように刺す、互いの攻防が目まぐるしく変化していく姿は正に演舞であった。
「いくぞ!」
拮抗状態から脱するためかユナが一気に攻め始め、素早く繰り出し勇の反撃を封じる。
あまりの猛攻に全て防ぎきれなくなり勇の体に所々掠り始めた、好機と思ったのだろうユナは回転数をさらに上げる。
急所は回避している勇の体力に限界がきた、ついには踏ん張りが利かなくなりバランスを崩す。
「もらった!」
「まだだ!」
ユナは一気に振り下ろす、しかし強引に体勢を崩したままやぶれかぶれで勇が振り払ったレイピアがぶつかり、激しい衝突音と共に二人は弾かれるように離れた。
「はあ、はあ、流石勇殿」
「ぜえ、そ、そっちこそ」
息を切らせ二人の顔が愉悦に歪む。
「ふー、これで最後だ」
ユナは正眼に構え直しながら呼吸を整え始めると、気迫が増しているのが勇には肌で感じ、何が来ても対処できるよう気合を入れ迎え撃つ態勢をとった。
「はあ!」
大きく一歩踏み出し大上段から振り下ろすと同時に、切っ先から青白い衝撃波が地面を抉りながら勇に襲い掛かる。
勇は驚いたが一瞬で気を持ち直し、レイピアを横に構え衝撃に備えるが衝突し空気が爆ぜるとともに勢いよく勇が吹き飛んだ。
「うぐ、な、なんだ今の?」
身体が痛むが、勇はなんとか上体を起こす。
「熟練の戦士なら、誰でも使える、まだやるか?」
リスクがあるのだろう、切っ先を向けるユナは息が荒い。
「無理! 俺の負けだ!」
体力の限界と身体の痛みで立てそうに無い勇は負けを宣言して、力を抜きぐったりと仰向けに倒れるのだった。
「大丈夫ですか?」
マリアが勇に素早く寄り添い優しく触れる。
「光よ、浄化の力をもって癒したまえ」――ヒーリング――
マリアがそっと触れる手先から白く淡い光が見て取れ、傷が治りそれと共に勇の息も整っていく。
「へぇ、傷だけじゃなく体力も回復するのか、マリア、ありがとう」
「気にしないでください」
勇は自身の体を見回して礼を述べる、傷が治ったのを確認したマリアは安心したような柔らかい笑顔を浮かべ、それを直視したのだろう見ほれているような勇なのであった。
その様子を晶は凝視していた、マリアと勇を見て楽しんでいたいが、別に気になるものが見えたのだ。
魔術を行使したとき飛行していた白い少女が近寄ったのだ。
(白い少女が魔術を手伝った? いやむしろ少女達が行使するほう?)
客観的に見れたせいか晶がかけられた時よりも詳しく観察できていた。
先ほどマリアの手先が光っていたとき白い少女が三人集まり傷へ手を翳し、手から発せられる光を当てていたのである。
光が当たる場所の傷は治療されていき、小さな足を懸命に動かして勇の周りを走り、傷を次々に治していったのだ。
ユナにヒーリングを施しているのを見るがやはり同じである。晶から見るとマリアが治すというよりも、少女達が治しているようであった。
「そういえばメイさんは魔術師だよな?」
ふと魔術関係ということで思い立った晶は、メイに問いかけるとメイは頷きで答えた。
「すまんが、魔術を見せてくれないか? 実際に見ておけば、使われても動揺しなくなると思うのでだが?」
「そうだな、一度見ておきたいな」
勇が同意していたが晶の目的は言葉通りではない、色の少女達が魔術と関係しているか確認したいためである。
「分かった……」
メイは了承し案山子の人形に正対すると、持っている杖を軽く掲げる。
「火よ、燃え盛る炎をもって焼き尽くせ」――ファイヤーボール――
杖の先端から人の頭ぐらいの火球が現れ打ち出される、かなりの高速で飛び、人形に当たると爆発を起こし煙に包まれた。
風に吹かれ煙が晴れるとそこには頭部消失し、炎上する胴体を残す案山子があるだけだった。
「すげー!」
勇が興奮した様子で叫ぶ、その瞳が好奇心で輝いているのが分かる、褒められたメイは自慢げにちょっと胸を張っていた。
やはり少女達は魔術に関係してそうだなと晶は神妙な顔つきで結論をだしていた。
詠唱――火よ、燃え盛る~の部分――すると二人の赤い少女がメイに近づき、頷くと杖の先端へ移動、唱えると同時に小さな紅葉の手を翳したのだ。
火球が現れ、そして少女二人は喜色満面の笑顔で転がし始めたのである。
火球が爆発した時は爆風に巻き込まれ吹き飛んでいたようだったが、これまた楽しそうであった。
攻撃の魔術を小さな少女が興じる、なんともシュールな光景である。
その後メイの近くに行きジッと見ていたが何処かへ行くのであった。
怪しまれないよう晶は全員から少し離れてしゃがみ込む、近くにいた青い少女に視線を向けると晶へ振り替えった。
ためしに小さくおいでと呼ぶと青い少女は晶に近づき見上げる。
(呼ぶと近づくな……青いから水関係? 水が出せたりするのか?)
突如青い少女が両手を突き出したかとおもうとその手から、如雨露のように結構な量の水が出た。
(声に出した? いやそんな覚えは……思考を読んだ?)
出し終えたのか青い少女が晶をじっと見詰める。
(そういえば頭を撫でると嬉しそうだったな)
選定の時に肩に乗っていた少女を晶は思い出し、青い少女にそっと手を伸ばす。
怖がるかと思ったがそのような様子もなく、そのまま頭を撫でると青い少女は目を閉じ気持ちよさそうであった。
「ありがと」
晶が小声で礼を言い、手を離すと少女は嬉しそうにお辞儀をしてどこかへと歩いていく、見送った晶は次々に各色の少女を呼び、手から出してもらった。
(ふむ、赤い子は火、青い子は水、緑の子は風、茶色の子は土、白い子が光で残りの黒い子は多分闇といったところか? 使ってもらってもオレが疲れないのはいいな)
両手の先から赤い子は火種を、青い子は如雨露のように水を、緑の子はそよ風を、茶色の子は拳大の石を、黒い子は黒い霧を、白い子は光を発生させていた。
戦闘に使えるか思ったが赤い子と茶色の子はある程度しか変えられず他の子は両手から形も決めることすら無理であった。
共通してただ出すだけなので、戦闘にはまったく使える様子は無かったのである、ちなみに黒い子の霧を晶は触ってみたが何も感じず、思い切って顔を突っ込むと真っ暗なだけであった。
(二人以上は無理か、さてオレのことはこれぐらいかな?)
勇に視線を向けると杖をもって唸っているが、どうやら魔法の使用を試しているみたいだった、しかし残念なことに少女が集まる様子が無く、全く発動できる兆候すらなかった。