燕尾服のような正装を着た晶はテラスから眼下に広がる町を眺めていた。
普段は夜と共に殆どが暗闇に消える城下町だが、現在は煌々とランプの火が灯っている、それだけではなく、老若男女分け隔てなく盛り上がっているのが大通りで煌々と燃える、大きな焚き火から容易に想像出来た。
魔王を倒したと報告すると、王が祝杯だと王都全体で祝う事になったのだ。
一日がかりで準備を行い、その翌日王の宣言と共に開催された。
貴族達達はこぞって着飾って城のダンスホールで踊り、一般の民は所々で大きな焚き火を作り、酒を飲んだり、曲を演奏し踊ったりして楽しんでいるようであった。
「ふー、少し疲れたな」
大広間から出てきた勇が肩を回しながら晶の隣に立つ、白を基調とした軍服に似た服装で正装した勇の姿は非常に良く合っていた。
「お疲れさま、人気者は辛いな」
城下に視線を向けたまま晶は労をねぎらう、勇は女性達に入れ替わり立ち代り踊っていたのだ。
「晶、ありがとうな」
「突然なんだよ?」
「いやな、俺に巻き込まれて迷惑掛けているなといつも思っていたんだ、今回は特にそう思った」
自分の右手に勇の視線が向けられたのを晶は感じていた、直ぐに直ったとはいえ右腕を失したことを思い出しているのだろう。
「何をいまさら言っているんだ? 気にしなくて良いさ、それにこんな異世界召喚なんて普通なら一生味わえない出来事を体験も出来たんだ、それだけで今までの苦労もチャラにしてやるよ、なんならこれから先の苦労も帳消しにしてやってもいいさ」
「……そうか、ありがとう、俺に何か出来ることがあれば言ってくれ、全力で答える」
晶は町から勇に視線を移し、姿勢をただし勇へと手を差し出す。
「ん、これからもよろしくな」
「おう」
二人は笑いながらお互いにしっかりと握手を交わすのであった。
「そういえば勇は元の世界に戻るんだよな?」
「ああ、マーガレットに元の世界に戻るための魔術があるか聞いてみたらあるそうだ。召喚の魔方陣に手を加えて、帰還用にするらしい」
「マリアさん達のことはどうするつもりだ?」
「申し訳ないけど、諦めてもらうさ」
勇は笑いながら話すがその口調は寂しそうである。
「よくマリアさん達が許したな」
「それなんだが……実はまだ言ってないんだ」
肩を落とす勇に若干呆れる晶であった。
「早く言ったほうがいいと思うが……」
「分かっているんだけど……言いづらくてな……そ、そういえばお前はジャースに言ったのか?」
これ以上追求されたくないのか話を変え始め、晶は仕方がないと話しに乗る。
「何を?」
「何をって、告白しないのか?」
「な!? なんの、ことだ?」
「惚れているんだろ? 知らないとおもっているのか?」
驚きによって挙動不審になる晶をみて、形勢逆転と見たのか勇はニヤニヤと笑っていた。
「惚れている!? オレが!?」
「違うのか?」
勇に問われて晶は考え込む。
ジャースが側に居ると嬉しく思い、逆に勇の側に居たりすると不安と共に嫌な感じもしていた。
指輪をあげようと思い立ったがその理由は特に無かったが、今思えばどうでもいい人に理由も無く装飾品を送ろうとは思わない、そして何よりも冷静になって好きなのかと自問自答するとあっさりと頷く自分がいた。
「……違わないな」
自身が出した答えに晶は納得して頷く。
「で? どうするんだ?」
「そりゃあ、機会があれば――」
その時ダンスホールから声が届く。
「勇者様?」
「こんな所にいたのか」
「早く……踊ろ……?」
「そうよ」
マリア、ユナ、メイそしてマーガレットである、各々煌びやかなドレスを身に纏っており勇を呼んでいた。
「ほら、眉目麗しい女性達が呼んでいるぞ、行ってこい」
急げとばかりに晶は背中を押す、押された勇はたたらを踏み振り返った。
「さっさと行け」
追い払うように手を振る晶、勇は晶に笑顔を送り女性達の元へ向かうのであった。
「よう」
一人になった晶に声がかかる、淡い青い色のドレスに薄っすらと化粧を施しており、非常に女性らしくなったジャースであった。
「……」
「なんだよ」
思わずジッと見てしまう晶の視線に晒されながらも、気にしていないのか凛として立つジャースである。
「ああ、綺麗だなと」
「そうか? こんな服装初めて着るからな自分ではよく分からなくてな」
ジャースは自身の身体を見回しながら華麗に一回転する。
月の光に照らされた独特の青白い世界で、褐色の肌と淡い青色の色合いとドレスの裾を軽く広がせ回るジャースの姿に晶の鼓動が高鳴る。
「ジャースさん」
ふと気付くと晶は片手を差し出し、自身でも驚くほどに落ち着き払った声で名を呼んでいた。
いままでに無い雰囲気と真剣な声に察したのか、ジャースも真剣な顔をしながら無言で手を重ねてくる。
静かな夜と月光に照らされた独特の世界で、互いに手を握り二人は無言で見詰め合う。
「ジャースさん、貴方のことが好きです」
今言わなければならないといった使命感も無く、鼓動が高くなりつつも緊張すらすることなく、自然と息をするかのようにするりと言葉が出た。
突然の告白にジャースも流石に驚いたのか目を見開いていたが、緩やかに笑みを浮かべる。
なにか大切なものがやっと手に入ったような笑顔だった、そしてジッと晶の瞳を覗き込んできた。
「そうか、じゃあ返答しないとな」
そう言うと同時に晶の頬に両手を伸ばし、顔を近づけていく、月に照らされた二人の影が一つになっていった。
「オレは戻らないよ」
「はあ!?」
思わぬ答えだったのかジャースは驚き振り向く、晶は視線に晒せれながらも自然体でいた。
告白したあと暫く抱き合っていた二人だったが、ジャースが何処と無く寂しげに元の世界に戻っても忘れないとか、お前だけをずっと思っているなどといい始めたのだ。
「ジャースさんが居るからな、自分を好きになってくれる人がこれから先に居るとは到底思えないし、それに意外と此方の世界の方が好きだしね」
安全だが人付き合いの少ないコンクリートジャングルで暮らすよりも、魔物に襲われる危険性が高いが、その分お互いを助け合う素朴なこの世界のほうが晶は好ましくおもっていたのだ。
「勿論、親には申し訳ない気持ちはある、だから勇にオレの親へ一言伝えといてくれと頼むつもりだ、自分は幸せに暮らしていると」
「だけど――」
「自分で考え、自分が決めたことだ、誰かの責任にするつもりも無いさ、だからジャースさんは自分の所為とか考えなくていい」
晶が手を伸ばしジャースの顔を慈しむように頬を撫で、優しく笑いかける。
「それにこのまま終わらせるつもりは無い」
「晶?」
先ほどとそれ程変わっていない笑顔だが晶の雰囲気がやたらと黒くなっていく。
「クックック、実はマーガレットさんが召喚の魔方陣を帰還用に変えることによってオレ達は元の世界に戻るらしい、ならば上手くすれば往復できるように、つまりこの世界とオレ達の世界を行き来できるようにマーガレットさんにしてもらう! もちろん出来ない可能性があるかもしれん、その場合は世界中を旅してでも探し出す!」
晶は黒い笑いをしながら楽しそうに話しだす、それを見たジャースはあっけに取られていた。
「繋げてあっちの世界に居る勇に惚れた女性達も此方へ呼び、全員と結婚してもらう、そして存分に俺を楽しませてもらおう」
大笑いする晶、そんな様子を見るジャースは大粒の汗を流し呆気に取られていた。
「あ、ジャースさんが止めるつもりなら止めるぞ、勇で楽しむのも大事だがジャースさんの方が優先順位高いからな」
「晶が危険に晒されないなら止めるつもりは無いさ」
ジャースは肩をすくめ晶は礼を述べる、微笑む二人を優しく満月の光が照らすのであった。
勇達はある場所に来ていた、天井は高くドーム状になっており、四角い石で積み上げられた壁にはステンドグラスがはめ込まれている。
目の前には祭壇、まさに教会といった風情、勇達が召喚された場所であった。
以前とは違い地面には大分変わった魔法陣が敷かれている。
「いざ帰るとなると寂しいものだな」
学生服姿の勇が一人呟き周囲を名残おしく見回していた。
その先には今まで旅をしてきた仲間達が居る、マリア、ユナ、メイの三人は別れてしまうのが寂しいのか目を潤ませている。
「さあ、始めますよ」
マーガレットが手を翳すと魔方陣が光り輝き始めた、初めは淡く、そして徐々に輝きが増し最後には眼が眩むほどの光を発する、しかし緩やかに光が収まるとそこには長方形に輝く枠が出現していた。
「あの! 私忘れませんから……」
マリアが呼び止めるかのように涙声で叫ぶ。
「ああ、勇殿との旅は非常によい経験だった感謝する」
気丈に喋るユナだが涙目はどうすることも出来なかった。
「……」
メイは喋らなかった、ジッと眼に焼き付けるように勇を見つめ続けている。
「ふふ、私の旦那様は貴方ですから」
三人とは打って変わって相変わらず笑顔のマーガレットだった。
「ああ、皆今までありがと、俺も絶対このことは忘れない」
流石の勇も目じりに涙がたまっていた、そして光の枠に手を伸ばす、そこには扉のような板がはめ込まれており、押し開いた。
「あれ?」
勇が素っ頓狂な声を上げると立ち止まり、次の瞬間五人の女性達に押し倒されていた。
押し倒した五人の女性達は二度と離さないと言わんばかりに抱きついている。
「ちょ! ちょっと! なんで!? というか消える! 戻れなくなる!」
こちら側に押し倒されたので枠をくぐれなかったのだ、焦るのも無理は無いだろう、そんな勇に晶は声をかける。
「大丈夫だ」
勇の姿を晶はニヤニヤと楽しげであった。
「実はひそかにマーガレットさんにお願いして往復できるようにしてもらったんだ、通れるようにするためには魔力が必要だけどな」
国を挙げての宴が終わった後、マーガレットに聞くと今までの魔王の知識を総動員すれば、もしかすれば出来るかもしれないとがわかったのだ。
そのことをマーガレットは勇に伝えようとしたが、晶は皆を驚かせてやろうとマーガレットに頼んで黙っていてもらったのだ。
「ほ、本当なのか?」
女性達に抱きつかれまくって動きにくそうに、なんとか問うことが出来た勇を見ながらマーガレットはにこやかに頷く。
「それは良かったです、ですが、この人たちは?」
マリアの迫力ある声が勇に向けられる、勇に抱きつく女性達への嫉妬でその姿は黒かった。
「彼女達は元の世界にいた、勇に惚れている人達だ」
もみくちゃにされている勇に変わって晶が説明する。
「ほほう」
「離す……!」
「あらあら」
頬を引きつらせるユナと米神に井桁を浮かべたメイ、変わらず笑うマーガレットは引き離そうとする、それに気が付いた元の世界の女性達は敵対心を見せ口論に発展し始めた。
「なるほど、これはクローゼットの扉を後ろからみた姿だったのか」
晶は光の枠をくぐり様子を窺う、クローゼットの扉を境に世界が繋がっていて、そこは元の世界にある勇の部屋であった。
飲みかけのコーヒーカップが散らばっているのは、勇の部屋にいた女性達の目の前に突然勇が現れ思わず抱きついたのだろう、
「本当に勇者はもてるな」
戻ってきた晶にジャースが呆れながら話しかける。
「まったくだな、能力的にもほぼ完璧、容姿も良く、老若男女に優しい、主人公みたいだよな、だからこそ見ていて楽しいのさ、自分は脇役に徹して近くでその様子を面白可笑しく見続けるつもりだな」
勇の修羅場の様子を楽しそうに眺める晶なのであった。