「お前が町を襲った奴か?」
問いかける勇は瞳に怒りを込め睨みつける。
「いかにも、ワタシがそのヴァンパイヤだが、なにようかね?」
余裕の表れなのだろうか、ヴァンパイヤは非常に紳士的な態度であった。
「即刻町を襲うのを止めろ!」
「嫌だといったら?」
「お前を殺してでも止めるさ」
「フハハハ! ワタシを殺す?」
勇が言い放った言葉に対し笑うヴァンパイヤは本当に楽しそうに笑う、その姿が勇にはやけに癪に障る。
「フン、果たしてワタシを殺す事が出来るかな?」
同時に詠唱が響き渡る。
「闇よ、死を司りし者としての力を開放せよ」――ホラーグラディエーター――
瞬間何処からか人魂や半透明な人間が浮遊し始め、地面を割りながら腐乱死体や白骨死体が起き出して来た。
「――!」
「お、おい!」
メイが声にならない悲鳴を上げ、思い切り抱きついてきたため勇は身動きが取れなくなる、離して欲しかったが人間必死になると、とんでもない力を発揮するものであり、引き離せないでいた。
その間にもますます増えるゾンビ達、それを見るメイは涙を流し身体が振るえ、恐怖で凍り付いて動けないようであったが、ゾンビ達が目の前の床一面に埋まった時に変化が起きた。
メイは勇から身体を離し一歩前に出て片手に杖を、もう片方は掌を掲げた。
「メ、メイ?」
勇が声をかけるが聞こえないのかメイは完全無視でゾンビ達を睨みつける、次の瞬間。
「消えろぉぉぉぉぉぉぉ!」
メイの絶叫と共に目の前が灼熱の炎に包まれる、余りの恐怖に何かが切れたのだろうメイが炎系の魔術を連発し始めたのだ。
即座に目の前の物を消し去りたいのか、何も唱える様子も無くただただ炎の何かを飛ばす、本人はそのことに全く気が付いている様子は無かった。
炸裂する爆音、眼を焦がすような閃光、灰になりそうな熱、この世の終わりでも訪れるような地獄の業火が全てを飲み込み、焦がし、灰へといざなう。
掃討したため落ち着いたのかメイの魔術が止む、辺りは火の海になっておりゾンビ共は一片の欠片も残さす消滅していたようである、跡にはメイの洗い息遣い響き渡るだけであった。
「おーい、皆生きているかー?」
その場に蹲っていた勇が後ろに居た仲間に声をかけると、しっかりと全員分の返事を聞いてホッとする。
「メイ、大丈夫か?」
勇がメイの肩に手を置く、メイはビクっとした後勇に振り向き。
「怖かった……」
涙目で抱きついた、勇の腕の中で涙を流し、肩を振るわせる姿は年相応の少女の姿であったが、やったことは途轍もなく恐ろしかった。
「アレだけの熱量があれば全て解けてしまうかと心配しましたが、それに耐え切れるこの氷は凄いですね、というかもはや氷ではないかもしれません」
マリアが周囲を見回し驚きの声を上げる、直撃部分には焦げた跡などが出来てはいるが、あれだけの高温に晒されながらも周囲の氷は全く溶けているようすは無かった。
「そうだな、それにヴァンパイヤも生きてはいまい」
ユナに視線を辿るように勇も炎の中に視線を送る、ヴァンパイヤを中心にゾンビ達が量産されていったのだ、爆心地にいたのは間違いない。
「あれだけ派手なことやってこれで仕舞いか、あっけないものだな」
ジャースが肩をすくめる。
「いえ、まだまだですよ」
全員声がする方を向くとそこは火の海である、その中に立ち上がる人影が一つ。
「言っただろう、ワタシを殺す事が出来るかと」
全身黒こげの人が歩く、そのたびに焦げた組織が落ちていき、中から何の外傷も無い平然としたヴァンパイヤの姿であった。
「ワタシは不老不死なのだ、このようにね」
ヴァンパイヤは貴族姿の己が身体を見せ付けるように両腕を左右に広げる。
「ワタシの身体は死が訪れない、心臓を貫こうが、首を切り落とそうが、貫かれても動き続け、切り落としても元に戻る、全身焼かれてもこのように再生する、さて貴方達はワタシを殺せるかな?」
無理難題を吹っかけているのがわかっているのだろう、ヴァンパイヤは馬鹿にしたような笑いを浮かべていた。
「一つ手合わせ願おうか?」
余興なのかヴァンパイヤは腰に差してある得物をスラリと抜き放つ、いちいちやる事となす事すべてがオーバーアクションである。
「フランべルクか、ということは勇と同じフェンシングを使ってきそうだな」
ヴァンパイヤの手の中にあるのは、レイピアの刃を波打たせた形状の細剣である。
「そうだな、こいつは腕が鳴るぜ」
まともなフェンシングで戦うのは久しぶりであるからか、勇は楽しげに言い放ちながらメイの頭をなでてそっと離しレイピアを構える。
メイはゾンビを吹き飛ばしたせいか、はたまた視界に居ないせいか、いつもどおりに落ち着き、名残惜しそうに離れていった。
「ほう、貴方も同じ技術を持っているのか」
ヴァンパイヤも似たような武器で同じ構えの勇に興味を持ったらしい、二人のとった構えはほぼ同じ、互いに睨みあいゆっくりと距離を詰める、刃が交差した瞬間、激しく火花が舞った。
宝玉の効果で身体能力が向上している勇だったが、ヴァンパイヤも負けておらず拮抗する形となっていた。
「すげぇ……」
ジャースが感嘆の声を上げる、皆その様子を瞬き一つせず見入っていた。
ユナやジャースは太刀筋が見えているようだったが晶にはほとんど分からない、しかし飛び散る火花や響き渡る金属音それらが戦闘の激しさを物語っていた。
激しい戦闘ということはヴァンパイヤの意識は勇に向かっているということである、それが分かった晶はなにか作戦は無いかと思案し始める。
一騎打ちというものはそれ程時間が掛かるものではないため、出来る限り素早く考えジャース達へ音も無く近づき策を伝える、その時勇が動いた。
「はあ!」
勇が気合一閃、激しくエペで打ち据える、大きくそらされたヴァンパイヤに向かって一歩前進そのまま喉へ突き刺した。
静まり返ったその一瞬、勇は勝利を確信した顔をしたが素早く後退した、直後勇の居た場所に刃が通る。
「おや? 大概は致命傷を負うのですが……さすが勇者といったところですね、そうでなくては面白くありません」
平然と喋っているがその喉には穴が開いている、突き刺されながらそのまま反撃に出たのだ、しかもその傷跡は徐々に塞がり今ではどこにも見られなかった。
「次はどうするつもりかね? なんだったら全員で来ても――」
――ウインドエッジ――
語るように話すヴァンパイヤの右腕がメイの魔術で吹き飛び。
「せい!」
一気に接近したユナにより左腕が切り飛ばされ。
「……」
止めとばかりにジャースが背後から首を切り落とす。
「これでどうだ?」
晶は一気に多人数で攻め込めば致命傷を与えられると判断し、勇が戦っている間に全員に策を伝えていた。
腕を落として反撃できないようにしたのち、首を完全に切り落とす事により脳からの信号を遮断すれば動けなくなると考え、余裕で話し隙だらけのヴァンパイヤを狙ったのだ。
「おやおや、話しの途中で襲い掛かるとはなんとも品の無い」
「うげ!」
不気味な姿に晶は声を上げ全員顔を顰める、地面に転がる首が喋り始めたのだ。
その首の切り口はウゾウゾと蠢きながら肉の触手が伸び、同じく右腕左腕も同様に触手が伸び地面を這う、首と腕が無い胴体からも伸びて這いずりながら絡み、互いに引っ張り合い一気に元の場所へと戻っていった。
「ですが残念でしたね、先ほども言いましたがこんな程度では死にませんよ」
ヴァンパイヤはつまらなそうに鼻で笑う。
「では次は此方からいくぞ」
「風よ、渦巻く刃となりて切り刻め」――ストームナイフ――
突き出した右手から放たれた、横向きの竜巻が地面を抉り、空気を乱しながら一直線に勇達に襲い掛かる。
「でやぁ!」
しかし勇は素早く避けそのまま接近する、魔術で起きた砂埃を目晦ましにしたのだ。
わき腹を突き刺すが、ヴァンパイヤは何事も無かったように左手を翳す。
―ファイヤーボール――
爆音が響くと共に勇が吹き飛ぶ。
直後砂埃を吹き飛ばし高密度の炎がヴァンパイヤに襲い掛かった、メイの魔術である、直撃炎上するが燃えながら右手をかざし。
――フレイムロード――
同じ系統の魔術を放たれる、距離があったため、防御壁を張るメイに届く前に晶は赤い少女を呼び寄せぎりぎり魔術をかき消した、何が起こったのかわからないだろうヴァンパイヤ目を見開く。
「はあああああ!」
その隙を突いたのだろう、いつの間にか近づいていたユナが飛び掛りそのまま袈裟切り、肩から腹部の途中まで断ち切った、しかし直後ユナの目の前に両手が掲げられていた。
――ストーンフレイル――
球体の巨石が激突、石はそのまま粉砕するが咄嗟に防御したのかその姿勢のままユナは思い切り弾かれた。
ほぼ同時にヴァンパイヤの心臓に刃物が背後から突き刺さる、首を百八十度回転させ背後にいるジャースと目をあわせ、右腕の間接を逆に曲げて強引に襟元を掴み、そのまま力任せに前方へ放り投げて左手を突き出す。
――コールドジャベリン――
唱えるが今度は発動さえしなかった、不思議に思ったのかヴァンパイヤは周囲を見回が、誰がなにをしたのか検討がつかないようだった。
「貴様ら何をした?」
「答えるとでも?」
ヴァンパイヤの問いに勇は憮然とした態度で言い返す、わざわざ敵に教える必要は無いのだから当然であろう。
このとき何かしたのは晶であった、相変わらずヴァンパイヤから認識されておらず、ジ咄嗟にヴァンパイヤに集まる青い少女を一人呼び寄せたのである。
「まあいい、所詮どのような手だろうと私を殺すのは無理な話だ」
「チッ、ヴァンパイヤか……アレがあればな」
勇が舌打ちして身構えている所へ晶は声をかける。
「アレってコレか?」
晶が手にしているのは木製の杭であった。
実は相手がヴァンパイヤなので晶は弱点と思しき物を町で集めていたのだ、その一つがこの杭である
「とりあえず持ってきたが……効果はあるのか?」
ヴァンパイヤといっているが晶達の居た世界とは違うのである、同じ弱点か分からないため晶は浮かぬ顔つきであった。
「正直分からんが……やれることは全部やる」
勇は少し悩んでいたが意を決して杭を手に取る、あれだけ切ったりしても死なないのだ、もう些細なことでもやるしかなかった。
「他の弱点つけるか?」
「いくつか思い付くのはあるから皆に声をかけてくる」
そういい残した晶はそそくさとジャース達のもとへ移動していく。
「見知らぬ輩が何かしたようだが……そろそろいいかね?」
晶の準備が終わるまでわざわざ待っていたのか、腕を組みながらヴァンパイヤは不敵に笑っていた。
「ああ、いいぜ」
勇は片手にレイピアを持ち反対側に杭を構える。
「何のつもりか知らないが、そんなもので殺せるとでも?」
ヴァンパイヤは勇が持つ杭をみて呆れ果てるようだった。
「わかんねえよ、しかし効果がありそうなのはすべてやる!」
勇は全力疾走で近づき、体重を乗せ思い切りヴァンパイヤの心臓目掛け突きだした、それを防御もせずヴァンパイヤは真っ向から身体に受けていた。
「勇殿!」
杭が刺さった直後ユナの声と同時に勇は素早く下がり、替わるように飛び掛ったユナがバスタード・ソードを振るった。
「はあぁ!」
胸元に横、頭頂部から股下まで垂直、十字架の形で切り裂かれる、直後ヴァンパイヤの目に何かが突き刺ささった、それは銀のナイフとフォークであり、後ろに回り込んだジャースが突き刺したのである。
――ウェーブスプラッシュ――
勇達が素早く離れた所へメイが放った局地的な津波が襲い掛かり、一気に流され壁に激突した。
「やったか?」
勇は口ほど倒したとは思っていないのだろう、構えたままであった。
「とりあえずオレが知っている弱点、心臓に杭、十字架は無いのでその形の切り傷、銀の弾丸の変わりに銀製品、最後に流水は渡れないということから水が流れる形の魔術を撃ってもらったが……」
全員の攻撃は晶が話した弱点であった、しかし晶自身も半信半疑だったため言葉に自信が感じられない。
「後は日の光とニンニクだが……光はすでに射しているから効果なし、ニンニクはあくまで苦手というだけだからな」
室内は日の光が乱反射して明るい、その中で平然としているのだ、日の光が弱点ということは無いだろう、ニンニクも食わしたら消滅するとは思えなかった。
「ぐう! ハァ! ハァ!」
声が響く、そこには融解したような傷を負ったヴァンパイヤが片膝で座り込んでいた、しかし杭と銀製品が自然と外れ、遅いながらも再生し始めたのである。
「こ、こんな痛みを味わうのは初めてだな……」
杭と銀製品を炎の魔術で壊すその顔には、余裕の表情が無く怒りに染まっていた。
「思いのほか傷は深かったが殺すことは無理だったな、しかしこの痛みは返させてもらおうか」
ヴァンパイヤの視線はしっかりと晶を捕らえている。
「うおおおおおおおお!」
勇がさせまいと襲い掛かりユナ達もそれに続く、しかしヴァンパイヤはいくら傷つけられようと意にも返さず晶に狙いを定め、手を翳した。
――フレイムロード――
晶はその身に襲い掛かる圧倒的な殺意に震えていた。
いままでは見つかっても一瞬といっていいほど直ぐ勇達に意識が行き、晶の存在はあっというまに忘れられてきた、しかし今までに無いほどの時間殺意を持った視線に晒されていたため晶は恐怖で身体が振るえ、動けなくなっていたのだ。
死を直感した晶の視界には全てがゆっくりと流れている、地面を焦がしながら迫り来る炎、重い身体を動かし本能的に防ごうと右手を突き出す、突如横に引き倒された瞬間全ての速度が元に戻った。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
隣には荒い息を吐くマリアが居た、回復に専念し後方に控えていたアリアが晶を引っ張ったのだ、激しく転倒した晶は一瞬の出来事に呆然としていたが、マリアに助けられたと分かり起き上がりながら礼を述べる。
「マリアさんありがとう」
晶が右手を差し出したが。
差し出した右手は既に無かった
二の腕の途中から炭化しその先には何も無いのである、晶は又も呆然としていたが何が起きたか理解した。
「う、うあああああああああああああああああ!」
右肩を掴みうずくまる、マリアが回復させると綺麗に元へ戻ったが、一時とはいえ腕が無くなっていたことに恐怖心に満たされる。
「おや? 死ななかったのか、残念」
ヴァンパイヤの楽しそうな声を聞き、晶は振り返ると愉快に笑うヴァンパイヤがいた。
「ふむ、では今度は確実に殺せるよう心臓を一突きと行こう」
フランベルクを抜き放ちゆっくりと歩くヴァンパイヤに晶は身体を震わせる。
「ユナ! メイ! ジャース! 手足を狙って動けなくするぞ!」
檄を飛ばす勇の瞳には怒りが込められていた、全員でなんとか動けなくしようと手を切り落とし、足を切断する、時には首を断ちヴァンパイヤの動きを止めようとした、しかし不老不死であるため切ったその場から修復が始まりまた歩きはじめる、多少おそくはなったが確実に晶へと近づいていた。
「いい加減鬱陶しいな」
ヴァンパイヤが口にした途端大爆発が起きた、勇達は巻き込まれ吹き飛んでいく、その中でも勇は最も近くに居た所為か壁をぶち破るほど吹き飛ばされていた。
「自分に魔術をぶつけた……!?」
メイが目を見開く、それもそのはずで大爆発が起きた場所にはヴァンパイヤの下半身のみ残されていたのだ、つまり自分自身に爆発する魔術を発動させ爆発する威力で周囲を吹き飛ばしたのだ。
「これで良いだろう」
触手が生え形を成して元に戻るヴァンパイヤ、また悠々と歩き出す、不死であることを利用したやり方であった。