日も落ちて薄暗い町の中、一階が酒場になっている宿パウノはにぎわっていたが隅にあるテーブルではある一行が暗い雰囲気を漂わしていた。
明るく酒を飲みたい客が多いのだろう、その周囲には誰も近寄る様子は皆無である。
「どうする?」
一行の中に居る腕を組んでいる美男子、勇はため息混じりに晶達に質問する、暗い雰囲気の一行は勇達が出していたのだ。
「どうしましょう? まさか何も無いなんて思いもしませんでした」
心底困った表情のマリアが言うようにこの町及び周囲の地域には噂どころか伝承も御伽噺もなに一つ無かったのだ。
「明らかにおかしいよな」
「そうだな、普通子供を戒めるためや教訓を伝えるためとか、さまざまな理由で残されているものだ。せいぜい出来たばかり、歴史の浅い町なら無いことも分かるが、この町グリンは結構古くからあるからな」
眉を顰める晶と同じ思いなのだろう、同意するユナの表情も大分厳しくなっている。
「魔王の……仕業?」
メイの意見がもっとも納得いく理由であった、しかし町一つに影響与える力を持っているなど認めたくないのか誰一人驚きもせずに黙り込んだ。
「封印の文章を元に探すしかないな」
「それしかないか……」
勇の意見に全員同意する。
「後の封、凍てつく吐息に晒されし山の恵み、深く沈み、青き世にて目覚めを待つ、ですね」
マリアが文章を読み上げ、全員に見えるように本を開いてテーブルの中央に置いた。
「凍てつく吐息は……多分寒い地域……または吹雪で……あっていると思う……」
「だな、山の恵みってなんだ?」
「果物や木とかでしょうか?」
「それだと深く沈みってのに繋がらなくないか?」
「たしかにそうですね、中に入っている場合だと沈むとは言いませんし」
「晒されている……外にあるもの……? 沈む……水中……?」
「水中で深い……海か? 元の世界に青の洞窟ってのがあったが……いやそれだと山の恵みにはならないな」
勇とメイそしてマリアは身を乗り出してどんどん話が進んでいく、三人とも頭を使うのが得意なのか次々と出てくる。
「ユナさんは参加しないのか?」
晶は黙って座っているユナを見る、頭が悪いわけではないのに背もたれに身体を預け、ジッと見詰めているだけで疑問に思ったのだ。
「大概言われているからな、出る幕はないだろう、二人はどうなんだ?」
同じく参加していない晶とジャースに疑問の視線をユナは投げかける。
「色々考えてはいるさ、オレ達が居た世界に青い場所っての何があったか思い出したりな、海岸沿いにある洞窟とか雪に埋もれているとかな、でもユナさんと同じく勇に言われたりしている」
「興味ないな」
晶は苦笑を浮かべて手を振り、ジャースは我関せずとばかりにコップに口を付けるだけである。
「だとしたら……湖?……」
大分話し合って絞り込んできたのだろう、メイが一つの答えにたどり着く。
「可能性はありそうだな」
湖と聞こえ、あることが思い浮かんだ晶はポツリと呻く、思いのほか大きかったのか全員の視線が集中し先を促していた。
「湧き水で出来た湖なら山の恵みに当たるかもしれない」
晶の言葉で思い出したのだろう、勇が嬉々として続きを喋りだした。
「そうか! 湧き水は山に降った雨がろ過されて出てきたもの、この町は天然温泉も湧き出るから湧き水は豊富だ!」
晶も同じ意見なので頷く。
「そうですね、それが一番理にかなっていますね、でも……」
マリアも納得顔だったがすぐさま困惑した顔つきになった。
「湧き水が豊富なら多くありそうですね」
「そりゃ……そうだよな……」
瞬間勇は頭を抱えて座り込む、やっと問題が解決しそうになったところで又も新たな問題がでたのだ無理は無いだろう。
「あー、くそ!」
よほど煮詰まっているのか苛立つ様子で髪をかきむしる。
「一度問題から離れて、スッキリさせたほうがいいのかもしれませんね?」
苛立つ勇を初めて見た所為かマリアは恐る恐る勇へ進言する、その指差す先には温泉の印がある暖簾が掛かっていた。
「そうだな……久しぶりに温泉にはいるか」
勇も気持ちを切り替えた方がいいと判断したのだろう、席を立とうとした時声がかかる。
「勇さん?」
メリハリのある豊満な体、笑顔絶やさない表情、大人の魅力を放つ美女がいた。
「マーガレットさん!?」
勇は思わぬ所で聞き覚えのある声だったためか驚きながら振り返った。
「あらあら、お久しぶりね、こんなところで出会うとは思わなかったわ」
頬に手をあて微笑むマーガレットの服は大分変わっている、寒い地方独特の頭まで覆う毛の生えた防寒着着込んでいて多少着膨れしている感じだが相変わらず様になっている。
「久しぶりだな」
「ええそうね」
握手して再開を喜ぶ勇とマーガレットであった、しかし嫉妬による鬼の気配が特定の二人から発していることに気が付いているのだろうか?
「だれだ?」
初めて顔合わせするジャースが晶に耳打ちする。
「彼女はマーガレット・デイ・シーさん、一般市民だけど何だか行く先々で会う人だな」
「ふーん」
晶の説明を聞いた後、ジャースは探るような視線をマーガレットに向けていた。
「晶はあんな女性のほうが良いか?」
「あんな女性とは?」
ジャースの質問の意図が掴めず晶は聞き返す。
「出る所は出て、引っ込んでいる所は引っ込んでいる、そんな女性」
どうやらマーガレットの体つきに多少嫉妬を覚えているようである。
「うーん……オレとしては全体に細くてしなやかな体っていうのかな? 簡単に言えばジャースさんのよう名体つきの方が好ましいな」
悩みながらも自分の理想を並べる晶は自身が恥ずかしいことを言ったのを自覚し、赤面して頭をかいていた。
「そうか」
そっぽを向いくジャースの言葉は少なかったが、何処となく嬉しさが含まれているのを晶はなんとなく感じたのだった。
「そうだ! いまから温泉行きますが一緒にどうですか?」
言いながら勇は笑顔で片手を差し出していた、知り合いとはいえ温泉に誘うのはいささかなれなれしいのではと晶は勇の行動に疑問をもったが、勇の目的に気が付きすぐさま勇の襟首を掴み引っ張り耳打ちをする。
「お前まさか、女湯覗こうとしているのか!?」
「そんな訳ないだろう、純粋に温泉であったまろうと思っているさ、それに知り合いを誘って何が悪い」
途轍もなく怪しく思う晶は勇の目を食い入るように睨み真意を探る。
「いいですよ、入りましょうか?」
しかし率先して暖簾をくぐるマーガレットとそれに続いて女性陣も入っていき、そして勇も晶を振りきり入っていく。
「どうなっても知らんぞ」
勇に聞こえないと分かりつつも呟き、肩をおとしながら晶も続いていった。
カポーンと何処からとも無く音が鳴る露天風呂、勇達しか客がいないうえ露天なのに音が響くのは謎極まりないが気にしないでおこう。
温泉に細く引き締まった白い足を差し入れる、掛け湯をしっかりとしたのだろう、伝わる雫は玉になって落ち、無駄な贅肉が見当たらない臀部、及び腹部が順次湯に浸かっていく、赤い髪がしっとりと濡れ雫が毛先から落ち、肩まで入り暖かさに声を上げた。
「あ~気持ち良いな~」
とろけそうな顔した勇であった。
「やっぱり寒いときに入る風呂は最高だな~」
同意する晶も勇と同様頭にタオルを乗せ、肩まで浸かり目じりが下がっていた。
(さて、とりあえずまだ行動には移していないな……覗いて痛い目見るのは勝手だが、ジャースさんの裸を見られるのはどうにも癪に障る)
暖まりながらも晶の視線は勇と確りと捉えていた、晶の後ろには男女に仕切られた木製の仕切りがあり、一つの大きな温泉を真ん中で男女に分けている構造になっている。
「そんなに睨むなよ、覗かないって」
何時までも見られて参ったのだろう、勇は縁に座りながら肩をすくめていた。
「どうだか?」
勇の行動から高確率で覗こうとするのが分かる晶は全く信用せず、直ぐ動けるよう腰を浮かす。
「……」
「……」
盛大にガンのくれ合いをする二人の間に火花が散る、そしておもむろに勇が肩まで右手を上げた。
「なんのつもりだ?」
勇の一挙手一投足も見逃さない晶は勇の行動に疑問を投げかける。
「こういうつもりだ」
次の瞬間勇が邪悪な笑みを浮かべると同時に上げた右手に宝玉が現れた。
宝玉は持ち主が望むとどんな場所であろうと、どんな状態だろうと手元に転移する機能が備わっていた、それを利用し更衣室に置いた宝玉を呼び寄せたのである
「貴様そうまでして覗きたいか!」
「マーガレットさんが入っているんだ! 覗きたいね! さあ退け! 晶!」
宝玉を握り突き出す勇は脅しにかかった、しかし晶は鼻で笑いまったく退くつもりは無かった。
「本当に其れが使えるのか?」
「何?」
今度は勇が眉を顰める、そして何かに気が付くと舌打ちをして再び湯に浸かった。
「フ、気が付いたか、宝玉を使えばマリアさん達に力がわく、突然そうなればマリアさん達は何かあったと気が付きすぐさま温泉から出てしまうだろう、諦めることだな」
「そうだな、宝玉なしで覗くにはお前が邪魔すぎる、今回は諦めるか」
得意げな晶の話したとおりになることが分かったのか、勇は本当に諦めたようであった。
「さすがに惚れた女の裸は他の男に見られたくないよな」
「ば! 馬鹿やろう! そんなんじゃない!」
ニヤリとする勇の突拍子も無い言葉に一瞬晶の心拍数が跳ね上がる。
「本当か?」
ニヤついた顔で勇は晶へ近づき肩を組んで追求する。
「本当だって! あ、あくまで一般常識的に――」
顔を赤らめながら説明しだした晶だったが、突如両手が動かなくなった。
「そうか、じゃあ覗いても構わないよな」
晶が後ろに回された手を見ると手首の部分をタオルで縛られていたのである。
「いつのまに!?」
驚く晶を尻目に勇はゆっくりと、見せびらかすように晶の頭に乗っていたタオルを掴む。
「こんなこともあろうかと、練習していたのさ」
勇は言うと同時に目にも留まらぬ速さで、驚きに硬直していた晶の足を縛り上げた。
「し、しまった!」
急いで外そうともがく晶だったが全く外れる気配は無い。
「安心しろ、後でタップリと聞かせてやるからな」
「安心できるかー!」
勇は生き生きと隅に置いてあった桶を山の形に積み上げていく、あっというまに完成するあたり非常に手際が良い。
山積みの桶を上り仕切りに手を掛け、勇は懸垂の要領で身体を持ち上げる。全ての工程を無音で行う勇の姿に勇者の面影は無い。
しかし勇が楽園にたどり着きそうになった時、ミシミシと嫌な音が聞こえ始める。
思わず動きが止まる勇だったがさらに音が大きくなる、それにつれ勇の顔も青くなっていくのが晶にも見て取れた。
そして不思議なことに勇を中心に両側一メートルぐらいに縦二本のヒビが綺麗に入り女湯側へ倒れていくのであった。
「そんな……」
マリアに戦慄が走る、隣で目を見開いているユナも予想外だったのだろう、その視線の先にはマーガレット、ではなくメイの姿であった。
背は低いがその体つきはメリハリがある。ローブとマントで分かりにくかったが脱ぐと凄かったのだ、心なしか胸をはり自慢げに見える。
「あら、メイさん大きいわね」
真打登場である、マリアは思わずは視線を背けたくなるほど、凄まじいものであった。
本人は分かっていないのか、腕をまげ頬に手を当て笑っているが、曲げた腕に押し潰されてより強調されている。
「なにしているんだ?」
そんな様子を見ていたジャースが呆れ顔で立っていた。
褐色の身体は脂肪が少なく、引き締まっているがよくよく見ると女性特有の丸みは失われていなかった、全体的に猫を髣髴とさせるしなやかな体であったが一部もまた脂肪がなかった、よく見ると僅かながらふくらみが見て取れる程度である。
(ジャースさんが一番小さい)
それを見て失礼と思いながらもホッとするマリアであった。
「いえ、マーガレットさんが凄いな、と思いまして……」
マリアの視線の先はマーガレットのとある部分。
「あらあら、マリアさんも女性らしくて素晴らしいですよ」
マリアは自分の身体を見下ろすがため息が出る。全体に脂肪がついてとても女性らしいふくよかな体である、といっても別に太っているというわけではないし、程よく柔らかそうなのだ、しかし残念なことに一部は一般より少し貧しかった。
「それにユナさんも綺麗ですよ」
マーガレットの視線の先にはユナの胸元、ユナはマリアが嫉妬してしまいそうなほど形が綺麗であった、標準的な大きさだがハリが良く重力に逆らうように保っている、また鍛えているので全体に細く引き締まっており、手足が長いので余計に格好良かった。
「あ、ありがとうございます」
ユナが礼を述べるが内心複雑そうなのがマリアには分かった。褒めている本人が理想的な体の持ち主なので素直に喜べないのである。
「先に入っているからな」
肩をすくめながらジャースはさっさと先に行く、身体を隠すことなく歩く姿は堂々しており全く気にしている様子は無い。
マーガレットの身体で本来の目的を忘れかけたマリア達はハッと気が付き後に続いていくのだった。
身体を洗いさっぱりして温泉に入る女性達、他の入浴客がいないため各々好きな場所に入っており皆顔が綻んでいた、そんな時マリアはジャースに近づき疑問をぶつける。
「ジャースさん、先ほどはなんだか自分は関係ないって感じでしたけど、身体に自信あるのですか?」
女性として負けた気分になるマーガレットの前でも、物怖じしないジャースに何か秘訣でもあるのかとマリアは思ったのだ、メイ達も気になるのかいつのまにか集まり耳をそばだてている。
「ああ、気にならないな」
「どうして……?」
メイが首をかしげる。
「ある男がオレの身体の方が良いと言ったから、その辺の有象無象の男達の視線を集めることよりも一人の男の視線一つを釘付けに出来ればそれだけで良いんじゃないのか? だからこの身体でも良いと思っているのさ」
言ってのけるジャースは非常に男らしく格好よいマリアは思わず小さく拍手する。
「そうだな! 大きかったり凹凸がはっきりしていたりしても、好きな人が見向きもしないと意味はない!」
嬉々としたユナの意見にマリアも同意、落ち込みから一転して光明が差しはじめる。
「あくまでオレの意見だからな、勇者がどんな身体に眼が行くかはわからんぞ」
「あらあら、確かにそうね」
ジャースの意見に賛成なのだろうマーガレット、メイも頷いていた。
その時何処からか音が聞こえ始め、全員が視線を彷徨わせ音源を特定、その部分を注視した。
丁度温泉の縁にある仕切りにヒビが入っていくのが眼に入り、それが上まで入った途端女湯側へ倒れこんできた、その倒れた仕切りの上には男性が一人乗っていた。
勇が仕切りごと女湯へ倒れこんだあとしばしの沈黙が流れる。
「き、きゃああああああああ!」
現状を理解したのかユナと思わしき悲鳴が上がり、そして強烈なまでの衝突音と激しい破裂音が響き男湯に木片が僅かに飛んできた。
「これは、クフ! 桶の破片か? ブフッ! どんな勢いでぶつけんただよ……」
晶は肩を震わせながら湯に浸かっていた。勇のギャグのような状況に笑いを堪えているのである。
もう堪えてすぎて変な挙動になっていた、たまにプヒョ! とかブフ! とか声が漏れている、何か聴こえ始めたので震えながら晶は耳をそばだてる。
「どうしましょう?」
「勇殿しっかり! ああ……気絶している……本気で投げつけてしまったからな……」
「とりあえず……脱衣所まで……運ぶ……」
「そうね、運びましょう」
「こ、このままだと、その、こ、こ、こ、擦りそうだから表に向けないといけませんね」
「う、うむ、そ、そうだな」
「……」
「……」
「……」
「……」
「まあ」
ブハッと噴出す晶は面白すぎて笑うが声が出なかった、抱腹絶倒とはまさにこの事であった。
「たしかに面白いな」
晶の背後から同意の声がかかる。
「あれはこの先見ること出来ない……だろう……な……」
振り返りながら同意する晶の声が途切れていく、其処にはジャースが腕を組んで立っていたのである、瞬間首を横向ける晶だったが脳裏に焼きついて真っ赤になっていた。
「だけどオレがいることも配慮して欲しかったな」
「これでも止めたんだがな、勇の方が上手だった」
ジャース呆れ気味に一息つき、まあいいか呟いて晶の隣に浸かり、なにを思ったのかジャースの視線が下がっていく、それをそっぽ向いた晶は肌で感じていた。
目的地に気付き危機感を抱く晶だったが現在足と後ろに腕を縛られた無防備な姿である。
「うん、ちゃんと大き――」
「何を言うつもりだ!」