「ここに居たのか……ずっと海を見ていたのか?」
甲板にでたジャースが目にしたのは、船の縁に寄りかかり海を眺める晶の姿であった。
「ああ」
晶の素っ気ない返事にジャースは眉をひそめる。
「砂漠しか知らない身としては、あたり一面水で覆われているのはどうにも不思議だな」
「ああ」
「……晶?」
「ああ」
「…………お前って女だったんだな」
「ああ」
あまりにおざなりな態度にムカついたジャースは晶の頭を挟み、無理矢理振り向かせる。
「ハゥ!」
グキリと音がして晶が呻いたが、無視を決め込み目を合わせた。
「なんだその態度は? ん?」
「ご、ごめん、ちょっと、考え事」
「考え事? 悩んでるのか?」
妙に慌てる晶を力まかせに押さえ付けジャースは促す。
途端に顔を赤らめて目が泳ぐ晶に疑問を浮かべていたジャースだったが無視を決め込んだ。
「そ、それよりも、近い」
晶に言われいまどういう状態か理解する。
相手の頭を両手で支え顔を近づけているのだ、客観的に見るとそれは口付けを交わそうとしているようだった。
「だからどうした?」
「うぇぇ!?」
驚きからか、目を見開き奇声をあげる晶だがジャースは違った。
この状態になんら不快感は無い、自身も心拍数は上がっているがむしろ心地良いぐらいであった。
晶が教会に潜入した時にあんな些細な事でやたらと腹が立ったが、そのあと謝りにきたときの言葉が嬉しく感じたのを不思議に思いしばらく悩んでいた。
気晴らしに町へ出たときである、幸せそうな家族を見たさい夫婦を自分と晶に見立て、そして晶と家庭を持ちたい事に気がついたのだ。
正直に晶へ告げようとしたが、いままでに無い変な緊張と断られたらという恐怖感から告げられないでいた、しばらく臆病風に吹かれた事に酷く落ち込んでいたものである。
その反動なのかはたまた元の性格からか、行動で示したりする事にそれほど恥ずかしさは無いジャースであった。
「それで? 悩みは?」
「わかった! わかったから離してくれ!」
晶は何とかこの恥ずかしい状況から抜け出そうと白状することにした。
ジャースが渋々と手を離す、正直名残惜しかったがあの状態ではまともに話す事は出来なかっただろう。
どうにも教会の件からジャースが接触をはかってくることに晶は困惑していた。
オレに惚れたのか? などと考えたこともあったが昔女子にも苛められていた事、そして足手まといな自分に惚れる理由が無いため、勘違いだと自分に言い聞かせている。
そう足手まとい、それが晶の悩みの種であった。
「教会に潜入したとき捕まっただろ、それにジャースさんと知り合ったときも人質になった、オレって役立って無い、というか足手まといだなと思ってな」
「人質になってもそこからオレを引き込んだし、教会では騙したりしただろ?」
失笑する晶を見兼ねたのかジャースがフォローしてきた。
「それは結果論だろ? 捕まる時点で駄目な事決定だ」
溜息混じりに言い放つ晶は再び海へと視線を向ける。
「出来る事は猟師として罠を張り狙撃したり存在感を無くしたり、あとはこの小さな少女達に頼む事ぐらいだな、もっとも魔術があるから狙撃出来る武器が無い、少女達も小さなことしか出来ないからなぁ」
力無く笑ったあと溜息を盛大につく晶であった。
「暗殺術も教えたが、上手くいかなかったしな……」
多少は上達したがあくまで多少で、実戦に使うにはまだまだ先である。
「そういえばその少女達は何なんだ?」
ジャースがふと思い出したように問い掛けてきたので晶は改めて少女達を観察する。
「実はオレもよく分からない、分かっているのは、呼びかけたら来る、各色に応じて火種をだしたり水を出したりできる、あ、そういえば魔術を使用しているようにみえるな」
「魔術を? どういうことだ?」
「魔術士が手をかざして発動しているけど、オレから見たら手をかざしているのは少女達だな、例えばファイヤーボールだと魔術士が手をかざして唱える、すると赤い子が二人近寄って同じく手をかざす、その先に火球が発生して赤い子達が楽しげに笑顔で火球を転がして行く、そんなんじにオレは見えるな」
晶は顎に手を当てて思い出す、他にも氷柱を三人で頭上に掲げて走る姿もあった。
「何だその子供の遊戯は?……ん?待てよ……」
呆れた感じのジャースだが何か閃いたのか手を叩く。
「ちょっかい出したらどうだ?」
「ちょっかい?」
どういうことだと首を傾げる晶に対し、名案だといいたげにジャースはニタリと笑う。
「晶は少女を呼べるんだろ? だったら唱えている間に呼べば阻害出来るんじゃないか」
「成る程、確かに出来そうだな」
いけるか? と思ったがすぐさま晶の顔が渋くなる、その顔ジャースは何だと疑問符を浮かべているようだった。
「魔術師は遠距離で放つんだろ? その距離までオレの声が聞こえるのか?」
そんな晶の答えにジャースも困ったようだが直ぐに口を開いた。
「だったら……試してみるか?」
「試す?」
「魔術師に実際に撃ってもらって何処まで通用するか試す」
「え? いや、ちょっとまて! それって色の少女のことを話さないといけないだろ!? また少女好きとか言われたくないぞ!」
晶は又蒸し返されるのかとジャースを止める。
「別にいいだろ? オレは晶が普通の女が好きだって信じているからな。 信じれない奴等は無視しておけばいいさ。」
なも言い返せない晶は手を振りながら歩いていくジャースを見送るしかなかった。
ジャースが扉を開け放ち、全員集まっている一室に入ってくると実験をするから来いとメイの腕を掴み連れ出した、メイは突然のことで混乱しかけるが驚きながらも勇が引きとめたため正気に戻り説明を求める、晶の実験に必要だが見たほうが早いという説明にならない事を言われ、引きずられるままに甲板につれていかれるのだった。
「連れてきたぞ」
ジャースがそう言いながら甲板に出ると晶が諦めた顔で立っていた。
「本当にやるのか?」
「当然だろ」
「上手くいかなかったらどうしよう・・・・・・」
肩を落とす晶をよそにジャースが海に向かって何でもいいから魔術を放てとメイにいうが、なにがなんだかわからないと首をかしげるメイ達である。
「なんなんだ? いい加減に説明してくれないか?」
「実験だからな、成功したら説明するよ勇、メイさん頼む」
「・・・ん」
勇が聞くが晶は肩をすくめてるだけである、益々理解が出来ないメイであったが放てば分かるようになると頷く。
魔術を放つには己の中にある魔力を息と共に空気中拡散して周りの魔力と掛け合わせる、その際頭の中で形状、射程、範囲、発動するために必要な正確な魔力量等を思い浮かべるのだが、唱詠することにより明確にすることができるのだ。
「!?」
あり得ない感覚にメイはめを見開く、魔術をいつも通りこなすメイであったが突如魔力が霧散した、正確には自分の魔力を残して空気中の魔力のみが散っていったのである。
失敗したかと思ったが今までに体験したことが無い事だった、いったい何が起こりこうなったのか皆目見当がつかない、メイは一番怪しいのはジャースになにをしたのかと視線をなげかける。
「どうしたの?」
一向に魔術を打たないメイを不思議に思ったのだろう、マリアが首を傾げている。
「魔術……放てなかった……」
「ええ!?」
同じ魔術を使うものとしてマリアの驚もひとしおのようである。
メイ達は何かした様子すら見受けられなかった、ジャースと晶に驚きの視線を向けるのだった。
「成功したみたいだな」
「オレもこんなに上手くいくとは思わなかったな」
ジャースに肩を叩かれ頷く晶は先ほどの現象を思い出していた。
メイが唱詠すると周囲にいた青色の少女が三人反応し集まり始める、集合したところで晶は一人を凝視すると、視線に気づいたようで顔を向けてきた。
晶はこちらに誘うと青い少女は躊躇することなく晶の側によってきたのだが、残りの二人は首をかしげたあとにどこかへ飛んでいったのである。
ふと視線を感じ振り向くと勇達が困惑した顔で晶達をみていた、見えていない者からすれば何が起こったか全く分からないだろう。
「今やったのはオレだ」
晶は手を挙げて主張する、勇達の視線が集まり先を促してきた。
「勇者の選定覚えているか? あそこでオレが溺れてから少女が見えるといったげど、あれはまだ見える」
「あのとき治ったんじゃないのか?」
「治って無いよ、お前がオレを少女趣味にしようとしたからだろうが!」
「え? 違うのか?」
「違う! そこも不思議そうな顔しない!」
晶が指差す先にはユナ達三人がいる。
「兎に角オレには少女達が見えて、そいつらでメイさんの邪魔をしたんだ」
更に先ほどの現象を詳しく説明するが、やはり見えないものを信じて貰うには難しいものである。
勇達が疑惑の表情を浮かべているが、だめ押しに晶は茶色の少女に頼んで石を大きめに出してもらった。
「なんだそれ!?」
突然人の頭ぐらいの石が虚空から出現したようにみえるのだろう、驚くのも無理はない。
「今の現象メイさんとマリアさん、魔術を扱う者から見てどうだ?」
勇を無視して茶色い少女の頭を撫でながら二人に聞くと、頭のなかで分析しているのか晶を凝視して考え込んでいるようだった。
「……よく分からない……予兆も……魔力をが集まる様子も……まるでなかった」
「そうね、本当に突然出てきた、という感じね」
「そんな風に見えるのか……」
二人の意見に思った以上に使えそうであった。そして先ほどの少女達の行動から一つ予測をたてる。
「じゃあ次の実験だな、メイさんもう一度撃ってくれないか」
「……ん」
再度海へ放つため手を掲げる、同じ魔術なのだろう再び青い少女が三人集まる、今度は凝視せずに見送った。
三人青い少女が手をかざし氷柱をつくり、頭上に持ち上げるようにする、それをつかみエッチラオッチラ走っていった。
小さな少女が行い可愛いがかなり速度があった、なんとか一人を目で追いこっちへおいでと誘うと晶へ顔を向け、氷柱を離し晶の元へ飛んでいく、 途端氷柱は消え去り取り残された二人の青い少女は首をかしげたのちどこかへ跳んでいくのだった。
「途中で……消えた……!?」
かなり驚いたのだろう、あまり表情の変わらないメイの顔が驚愕に染まっていた。
「ふー、飛んでいるのはとらえるのはきついな」
魔術の速度は総じて速かったが、自身に飛んできた場合には距離があれば対処できそうであった。
「いまのは?」
「放った後に呼んでみた、唱詠中にできるなら撃ったあとも出来るかと思ってな」
「なるほどな、しかし少女達には晶の方が優先順位が高いみたいだな」
ジャースの言葉に晶も頷く、唱詠中にしろ放った後にしろ晶が呼べば中断して寄ってくるのだ、魔術師よりも晶の方を優先しているのが分かる。
「俺には見えないが本当に居るみたいだな」
「見えませんからにわかに信じられませんが居るのでしょうね」
「同意……」
「私にも見えないが、一体なんなんだろうな?」
各々意見を述べながらも不思議そうに晶を見ている勇達である。
晶は青い少女を撫でてあげながら魔術に対して優位に立てると嬉しく思っていたが、欠点が浮かびうな垂れる。
「どうした晶?」
「いや、防御は良いとして結局攻撃には向かないな……と」
ジャースがなんとも言えない顔になっていた。
「情報収集とか索敵とかならいけるんじゃないか?」
「どういうことだ?」
勇が何気ない感じで口にしたが晶には妙案に思え詳しく聞きだす。
「つまり気配が無いから隠密行動可能、結界とか張られてもかき消せるから進入も容易、それにタウロの時みたいに神話とかの話も色々知ってるから、そこから弱点探るとかちょっとした作戦練るとか、魔術師に張り付けば魔術を封じれるだろ」
「完全に補助へ回るということか……それぐらいしか役に立たなさそうだな」
晶は少しでも役立てる道をみつけたことに嬉しさを感じているのだった。