満月が照らす王城の一室で、椅子に座り紅茶らしき物を啜る勇が口を開く。
「話しがあるって?」
丸い机を挟んで座る晶は腕を組み、神妙に頷いた。
「ああ、実はマリアさんの事なんだけど……あの状態を何とかしたいと思ってな」
下手をすると聞かれてしまう可能性があるため、顔を近づけ声を潜める。
「あの状態か……確かに……」
平然と受け答えしているようだが、よく見ると瞳の焦点合っておらず、コップの中身も小さく波打っていた。
「しっかりしろ勇! 上手くいけば、アレが無くなった優しいマリアさんになるかもしれないんだぞ!」
晶は肩を掴み揺さぶる。
「晶……そうだよな、そのとおりだよな!」
希望を見出だしたのだろう、勇の顔が気力に満ちていく、勢いよく立ち上がるとそのまま片手を差し出した。
「頑張って行こうぜ!」
「ああ!」
晶も立ち上がりガッチリと握手をかわすのだった。
「だけど何かあてはあるのか?」
再び座りなおした勇が疑問を口にする。
「怪しい所はあった、まあ直接関係あるかはまだわからないけどな」
「怪しい所?」
「今日オレが迷っていた時に偶然教会にたどり着いてな、その中でマリアさんを見かけたんだ、その時の様子があの病んだ感じだったけどどこかおかしかった、もしかしたら病んだことに関係ありかと睨んでいる」
手を組み、口元を隠すような体勢の晶は核心が持てないため、推測だと付け加えた。
「成る程な、ならまずその教会を調べてみるか」
「済まないがそこはオレがやる」
やる気がやたらある勇は晶に水を差され眉間に皺がよっていた。
「なんでだよ?」
「勇にはマリアさんの相手をしてもらいたい」
晶の言葉に納得いかないのだろう、無言で先を促した。
「オレはマリアさんが居た教会を調べてくるからその間マリアさんの側にいて欲しい、もし教会で鉢合わせになると色々と面倒くさい」
「なるほど、顔見知りが居ると色々と動きづらいか、あとユナやメイも何か知っているかもしれないから、聞いておこう」
勇の意見に晶は頷く。
「勇なら信頼されているから話しやすいだろう、そっちは頼む」
「晶気をつけろよ、実際何があるか分からないからな、それほど複雑じゃなければ良いが……」
「わかってるよ」
晶は笑いながら立ち上がり、続いて勇も立ち上がる。
二人の雰囲気は先ほどの悩むようではなく、互いを傷つけるような荒い空気がながれていた。
「さて、これからは現状の問題だ」
余裕の笑みを浮かべる勇は片手を突き出し
「く!」
晶は苦虫を潰したような顔になった、しかしすぐさま両手を出していた。
「まて! 実力行使は勇の方が有利じゃないか!」
「そうだな、だったら他の勝負でもいいぞ」
勇はどんな勝負事でも何でもそつなくこなすため自身があるようだった、その間晶はなにか勝てるものはないかと思考をめぐらす、そのとき天啓がひらめいた、荷物をあさり出し、あるものを勇へ投げ渡した。
「そいつで一発勝負」
貴様もやる勇気があるかとニヒルに笑い晶は挑発する
「これは……なるほど、面白いじゃないか」
受け取った勇は一瞬驚くが楽しげにソレ握りこんだ。
見せ付けるように勇は突き出した拳を開く、その掌には百円玉があり、親指に乗せると再度握りこむ、そうコイントスである。
ちなみに百円玉は晶着ていた学生服のポケットに入っていた。
「行くぞ」
「こい!」
弾かれるコインが蝋燭の光を反射しながら勇の目の前に落ちる、同時に手の甲と掌で挟み込む。
「数字だ」
晶が宣言すると同時に重々しく開く、そこには100と描かれた面が上を向く百円玉があった。
「おっしゃー! オレがベッドだ!」
「くそーソファかよ」
拳を突き上げる晶とうなだれる勇という対照的な二人が行っていたのは、どちらがベッドで寝るか決めることであった。
今回もまた晶の存在が無視されたのである、宿に止まるというもったいない事をするわけにもいかず、仕方なく勇の部屋に泊まりこむことになったのである。
前回と同じ部屋であるためベッドは一つのためどっちが寝るかという問題が又も発生した、実力行使では勇に分があり平等にするためにコイントスをしたのだった。
しかし晶が喜びはいきなり扉が勢いよく開かれたと同時に終わりを告げた。
「なりません」
開かれた扉の向こうにはマリアが居た、しかも底冷えする雰囲気を纏っていたのである。
「な、なぜ駄目なんでしょうか?」
下手な抵抗はできない晶は敬語でたずね、そばに居た勇も脂汗を流しながら無言で頷く。
「勇者様のために用意した部屋です、勇者様が仰るので仕方なく同質を認めましたが……そんな貴方がなぜ勇者様を差し置いてベッドで寝ようとするのですか?」
「わ、わかり、ました」
呪い殺すぞといわんばかりの瞳に晶は降伏するしかなかった。
晶は城門前の大通りに歩いていた、此処までの道のりは勇に簡単な地図を描いてもらいここまで来た、しかしそこから教会までの道順は覚えておらず、道行く人に聞いて向かうことにしたのである。
壁に寄り掛かりながら大通りを歩く人を物色する、といっても道を尋ねるだけなので、適当に目の前を歩く女性に声をかけた。
「すみません教会は何処にありますか?」
「きゃ! な、なに!?」
話しかけるまで気付かなかったのだろう、素朴な感じの女性は酷く驚き脅えていた。
「あー、何もしませんよ、ただ教会は何処かと……」
両手を挙げて何もしないという証明の代わりに両手をあげ笑顔をむける。
「驚いたー、あ、教会ですか? この道を真っ直ぐ行って――」
晶の態度に安心したのか、安堵ため息をついた女性は笑顔になり、道を教えてくれるのだった。
晶は礼をのべ、教えられた道を歩く、進むにつれて徐々に一定方向に向かう人が増え始めた、皆教会へ向かう人々なのだろう。
「ここか」
見覚えある場所に辿りついた晶の目の前には、両開きの扉から多くの人が出入りしている建物があった。
「改めてみると結構大きいな」
「ここがライレウス教の本拠地らしいからな、一番でかいだろ」
「へー……なに!?」
独り言に返事が来た事に驚きを隠せない晶が勢いよく振り返ると、そこにはジャースがしたり顔で立って居た。
「お、驚かすな! 心臓に悪いぞ!」
胸に手を当てて、落ち着こうとする晶を見てジャースは楽しげに笑う。
「怒鳴るなよ、晶もいろんな奴に同じ事してるだろ?」
「オレは……不可抗力だ」
胸を張って無罪を主張するが、確信犯的な部分もあったため目が泳いでいる。
「と、ところでライレウス教ってなんだ?」
多少強引に話しを変える晶に、ジャースは呆れた様子で嘆息しながらも話しに乗ってきた。
「お前知らないのか? 世界出一番信仰されている宗教だぞ」
ジャースいわく光をつかさどる神、ライレウスが世界の闇を葬りさって人間を作ったということらしい。
典型的な神だなと建物の入り口を見ると、細かい彫刻が満遍なく柱や壁に刻まれており、両開きの扉は非常に大きく作られている、扉の両側には建物の二階に達するほどの石像があった、それは布を頭から布をかぶった女性で後頭部の位置に後光のような輪がある。
「この女性の像がライレウスだ」
「なるほどね、さて、表向きはどうなっているのかな?」
堂々と扉をくぐり入っていくと、外に負けず劣らずの装飾の数々があった、最奥には入り口と同等の女性の石像が鎮座し、それに向かい赤い布が一直線に敷かれ挟むように長椅子が多く並んでいる。
大概の人は石像へ祈りをささげているが、椅子に座っている人は一人一人両脇にある個室へと入っていく、よくよく見ると椅子に座っている人は怪我をしているが多く、中は人が多いにも拘らず静かな雰囲気が漂っていた。
「もしかして病院もかねているのか?」
「ビョウイン? なんだそれ?」
「傷や病気とかを治療する場所だけど、無いのか?」
「そういうのは教会の神官達がやるだろう?」
晶はジャースの顔を見るが本当に病院というのもを知らないらしい。
あらためて見ると個室から出てくる人は皆傷一つなくなって出てきていた、気になった晶はそっと部屋を覗くとそこでは神官らしき人物が魔術で治療している姿があった。
おそらく病気も治せるのか医術などは発達せず、治す魔術が発達したため医者といった職業は発生しなかった、または取って代わられたのだろう。
「目が虚ろとか無気力な歩き方とかは無し、これといって変な様子は無いな」
しばらく角で全体を見回していたが皆健全のようであった。
「肝心の裏側はどうなっているのやら」
「さっきから何しているんだ?」
外へ出た晶の肩を掴み、問いかけるジャースは困惑した様子である。
「実はな……カクカクシカジカ」
「いや、わかんねえよ」
「……スマン、一度言ってみたかったんだ!」
本当にカクカクシカジカと言ったのだ、それで理解したのなら凄いものである。
改めて説明するとジャースは眉間を押さえため息をついた。
「確かにあの神官のアレはおかしいが……なんでお前がこんなこそ泥みたいなことするんだ?」
「役割分担かな、完璧なあいつだけど苦手なのがある、それが見つかり難く行動することだからな、それとマリアさんの注意を引き付けてほしいというのもある」
晶はジャースを連れて一旦外に出た、そして塀を辿り前回と同じ場所へと向う。
「マリアさんがあの状態のときは気付かれる気がするからな、用心のため勇にあちこち連れて歩いてもらっているのさ」
勇が相手ならほぼ間違いなくいうことを聞くだろうと晶は確信があった、ただ残念な事はその二人の連れ歩き、つまりデートの様子が見れないことであった。
しばらく塀伝いに歩いたあと晶の足が止まり振り返る。
「さてと、ジャースさんはここまでだ」
「……はあ!? 何言ってんだお前!?」
最後まで着いて行くつもりだったのかジャースには寝耳に水のようであった、自身が不要なのかと晶を睨みつける。
「何をって今回は勇者の封印とか、そういった事じゃなく個人的なことだからな、手を借りるのはなんだか申し訳ない」
「申し訳ない?」
ジャースの言葉に怒気か篭り視線が鋭くなる、それに気付いた晶は思わず後ずさった。
「そーかい、オレは些細な事でも頼れない奴なんだな! そーだよな! 所詮は他人だからな! 分かったよ!」
口にしている内に益々熱くなったのだろう、最後には怒鳴り付けて踵を反していた。
予想外な展開に晶は茫然と見送ってしまうのだった。