「おーやってるやってる」
などと言いながら戦闘地域を晶は足音を立てず、しかし迅速に迂回していた。
「どこいくつもりなんだ?」
「ちょっと試してみたい事があるんだ」
後ろに付いてきたジャースは質問に若干棘があった。
戦闘中は大人しくしていろということなのだろうが、晶は答えながらも気付かれないだろうという自信があった。
「しかしよく気づかれないな」
暫く移動してもいまだこちらに意識が向かないミノタウロスに、ジャースは首をかしげる。
「それはな、戦っているのが勇だからだ」
晶は小走りに移動しながら理由を説明する、勇の存在感は凄い、それに加え容姿もよく声もよく通るのだ、遠くからでも人ごみに紛れてもあっさり見つけるほどである。
そんな存在が戦いというかなり意識が集中する事を行えば、視線等その他諸々が持っていかれるのは当然のことである、ゆえに存在感の無い晶にはまったくといって良いほど意識されないのだ。
しかも現在敵対しているのはミノタウロスのみである、多勢ならばれやすくなるが一体の場合は顕著になり、ゆえに晶が気付かれずに単独行動が可能となるのだ。
流石に派手な行動、たとえば攻撃したり、大きな音を立てたりするとバレてしまうので、出来るだけ音を立てて走ることが出来ず、先ほどから音がしないよう注意するため遠く迂回しながら小走りになっているのである。
「そういうものなのか?」
ジャースは怪訝な面持ちである。
「喧嘩した相手に聞いた話なんだけどな、オレが体験したわけじゃないから」
肩をすくめる晶であったが、事実未だに気付かれていないのである。
迂回しながら、しかも全力疾走できないため意外と時間がかかる、そんななか晶はもう一つ気になることがあった。
「そういえばこっちも聞きたい事があるんだが良いか?」
「なんだ?」
晶は口を開こうとするがどう聞いてよいか迷っていた、その質問は非常に相手にとって失礼極まりないことであるため、どうしても躊躇してしまうのだ、しかしジャースに促され思い切って質問した。
「ジャースは……その……女性なのか?」
「そうだが、それがどうした?」
特に気にする様子も無くジャースは答える、晶が様子を窺うが別段怒っているようでは無く、胸を撫で下ろした。
「いやな、最初は男かと思っていたんだよ、でもミノタウロスから女性って聞いてさ、どっちか分からなくなったんだ」
晶は改めて隣にいるジャースを見ると。日よけ用の黒いマントの下には、袖なしのシャツと短パンにくるまれた、褐色に焼けた細く引き締まった身体があり、目つきも鋭い、パッと見は男っぽいが女性だと思って見ると、無駄な脂肪が無く鋭さを感じさせるかっこよい女性に見えた。
「本当に……わからなかったよ」
感慨深げに言いながら晶は手を握ったり開いたりしながら視線をある部分に固定し、押し倒した時のことを思い出していた。
起き上がるときにジャースを押さえつけたが、その手の位置は胸部であったのだ、しかし全くといっていいほど感触がなったのである。
「なにを思い出していた?」
晶が気付いた時にはすでに首に刃物が添えられ冷や汗を流す、隣を一瞥すると不機嫌な顔つきしたジャースが睨んでいた、やはり女性だからか胸の大きさは気にしているようである。
走りながらだと振動か何かの拍子に切られてしまうと晶は慎重に速度を落とし立ち止まる。
「べ、べつに……」
言い返す晶だったがジャースの剣呑さは消えるどころか増し、刃も僅かに食い込む、流石に降参した晶は正直に話ことにするのだった。
「えと……む、胸の感触が……無いな~と……」
一歩間違えば胴体とおさらばしそうな状況に晶は戦々恐々である、それでも嘘は通じないと思った晶は正直に話したのだ。
「それで?」
「うぇぇぇ?」
感想を言えという事に、意表を突かれた晶は変な声を上げしまう、再度ジャースを見ると真剣な眼差しで晶を見るだけであり、とても真意は掴めそうに無かった。
晶としてはつり橋を渡った先に、今度は縄を渡れといわれたようなものである。
「……別にとくには思わなかったが……あの時は男性と思っていたからな、男の胸触って嬉しくも何とも無い! ジャースさんが女生と分かって嬉しかったぐらいだ。健康的で黒すぎない褐色肌に、無駄な脂肪が無い引き締まった肢体、鋭い瞳の凛々しい顔つきとか男勝りな所とかが、個人的にはカッコいい女性だと思っているさ!」
落ちる時は落ちると考えた晶は開き直って小声で叫ぶというようなことをしながら全て話す。
言った言葉はお世辞でもなく真実であり、晶にとってジャースは直球ど真ん中であった。
(あーあ、言ってしまった……オレに言われて怒り狂い、首が飛ぶのか……)
晶は心の中で滂沱するが、押し当てられていた刃物が離れていくのを感じジャースの様子を窺う。
「ふん、まあいい、許してやる」
心なしか機嫌がよくダマスカスナイフを腰の後ろにしまうジャースの様子から、助かったと大きく一息つき、聞こえて来る剣戟の音から現状を思い出した晶は進みだすのであった。
「ジャースさんは、あっちに加わらないのか?」
晶に付いて来ているジャースを不思議に思い視線を送る、ミノタウロスが憎いのだろう、、しかし攻撃に攻め込まないでいるのだ。
「あいつはたしかに憎いが、正直お前の方が心配だ」
ジャースは肩をすくめる、知り合って間も無い勇達よりも晶の方が気になるらしい。
「あー、ありがとう」
自身が弱いことは自覚している晶は気に掛けてくれたことが嬉しく、少し熱くなった頬を掻きなんとか熱をさます、砂漠を二人きりで歩いたことにより晶自身がジャースに仲間意識があり、それをジャースも同じ意識かあると知り嬉しく思ったのだ。
「やっとついたな」
そうこうしている間に目的地に到着した晶の目の前には祭壇があった、壁を四角にくりぬき、両サイドには複雑な装飾が施された柱があり、中央には琥珀色した小さな宝玉一つ台座のうえに、四つ角の松明に照らされて鎮座していた。
「なにも書かれていないな」
台座の周囲を回り、文字等を確認するが何も見当たらず晶は悩みじっと祭壇を見つめる。
その間ジャースは何をするのかと訝しげだったが次には目を見開いていた。
「お、おい!」
ジャースが慌てた声を上げるが、それもそのはず、晶がおもむろに宝玉へと手を伸ばしたのである。
どんな仕掛けがあるのか分からない、そんなものに準備も無く触るのだから危険極まりない。
「何してんだ馬鹿!」
何事も起きなかったことに安心したのか、無用心な晶にジャースは目じりを上げ怒鳴る。
「ごめん、でも他に方法が思いつかなかったから、こうするしかなかった」
心配かけたことに晶は素直に謝るが祭壇周囲には何も書かれておらず、危険を冒すしかなかったのだ。
「まったく、しかしこういうのは、タウロを倒してから取りにいくものじゃないのか?」
納得出来ていないのだろう、ジャースは呆れ顔であった。
「そうかもしれないけどな、でも取れるなら取ってきたほうが良いだろう?」
得意げに晶は鼻を鳴らし、口ぶりからさも当然と言外に含んでいた。
「こそこそと盗んでいるんだぞ、余り威張れることじゃないな」
「ぐはぁ!」
半目で言い放たれたジャースの一言に、心の隅に思っていたこと的確に言い当てられた晶は、精神的な痛みに胸を押さえる。
「うう、さっさと戻って勇へ渡そうか……」
落ち込みながら激しい勇達の戦闘を尻目に迂回し、かつ気づかれないように足早に戻る晶達であった。
「くそ、このままだとじり貧だぞ!」
勇は悔しげに口走る、ミノタウロスも勇達もお互いに無傷とはいかず、所々怪我を負っているが勇達が劣勢に立たされているのだ。
ミノタウロスは血だらけで、見た目の傷は多いが殆どが表面もしくはそれに近い所のみで致命傷は無い様子である、対し勇達はマリアが治すのでほぼ傷は見当たらないがマリアが大分疲れを見せていた。
「どうする」
「勇」
己に言い聞かすように呻き、睨みあっている勇に晶の声がが耳元で囁いた。
「なんだ?」
戦闘中に突然耳元で囁かれたが、ほぼ毎日晶が唐突に話しかけるという状況に慣れている勇は平然と聞き返していた。
「これを使ってみたらどうだ?」
晶が懐から出した琥珀色の球を勇へと渡す。
「おう! ってこれ祭壇にあったやつじゃね?」
何を言っているんだと疑問に思ったのだろう、ミノタウロスとマリア達が勇が持つ宝玉をみてすぐさま祭壇の方へ振り向く、しかしそこにはもぬけの殻になっている祭壇があるだけである。
「き、貴様! それをどうやって!?」
目を見張るミノタウロス、自分の知らぬ間に祭壇から持ってかれているのである、驚きもひとしおであろう。
「皆が戦っている間にスイスイと」
身振り手振りを交え晶は簡単すぎる説明をする。
「取ってきたのか?」
「盗ってきました!」
勇の問いに胸を張って晶は宣言していた、もはや開き直りである。
「情緒というのをしらんのか!? 強敵を打ち倒しそして手に入れるからこそ! 有り難味があるというものじゃないのか!?」
ミノタウロスは蹄で晶を指差し、目を真っ赤に充血させながら激昂する。
「そんなもの犬にでも食わせておけば良いんだよ!」
腕を組み見下ろす晶の瞳は、何を下らないこと言っているんだと物語っていた。
「……とりあえず使うぞ」
晶の言葉にそれはどうだろう? と思いつつも勇は宝玉を使用した、使いかたは宝玉を持った瞬間感覚で分かっていた。
一旦武装を解除、その後琥珀の宝玉を左手に、白の宝玉を右手に持ち変身と念じると白と琥珀の宝玉が繊維の如く細くなり、互いに絡まりながら勇へと纏わり付いていく、形成されていく姿は白の宝玉一つの時とは著しく変化していた。
より刺々しさが増し、先端にいくにつれ徐々に琥珀色に染まっている、武器であるレイピアは柄が竜の三本指の形を模して生き物の鋭い爪のような様相を呈していた、よく見ると全体に薄っすらと鱗のような模様が浮き出て、兜も竜の装飾が顔半分を覆うほどに大きく、残った口周りは同じく簡素なマスクに覆われ、全身に施されていた竜の意匠、そして白さに透明感が加わり神聖な雰囲気がより強くなっていた。
「こいつは!」
勇は装着した感覚が良くなったことに感嘆の声を上げる。
前回は非常に着心地がよい頑丈な大鎧という感じだったが、今回は大分違う、途轍もなく軽く違和感がまったく無い、つまり着ていないかのように感じるのだ。
また、身体の奥底から湧き上がる大きな力が身体全体隅々まで巡り、何でもできる気がするのだ。
「いくぞ」
視線をミノタウロスへ移し構え勇はレイピアを握った左手を前に出し半身になる。全身のばねを使い弾け飛ぶ様に一気に距離詰め突き出す。
「っ!」
ミノタウロスの予想以上の速度で間を詰められたのだろう、非常に驚いていたが素早く反応しレイピアを蹄で挟み受けとめられ、レイピアと蹄が擦りあい火花が散る。
「はあああああ!」
「ぬううううう!」
勇とミノタウロスはお互いに力を込める、全身に巡った大きな力の感覚は正しく、拮抗しているかに見えるせめぎ合いは僅かながら勇が勝っていた、証拠に徐々にレイピアがミノタウロスへと近づく。
「よっと!」
突如勇がレイピアを引っこ抜く、唐突な行動にミノタウロスは反応できず体勢を崩した。
勇は高く垂直に飛び上がるとその直後にミノタウロスへ氷の矢が襲い掛かる、真正面から受けふかぶかと突き刺さると同時に衝撃波が駆け抜けミノタウロスは吹き飛び壁に激突し崩れた瓦礫が降りかかる。
「凄い……」
「ああ」
打ち出したメイのアイスアローとユナの魔技術の威力を見て本人達が驚いているようだった。
勇は姿が変わると同時にいままで溜まっていた疲労と傷が癒され、力が湧き上がる感覚があったのだ、声からして二人も同じことを感じていたのか、それならばマリアも同じ感覚があったのだろう。
「まだだ!」
瓦礫を吹き飛ばし立ち上がるミノタウロスだったが、身体のいたるところから血を流し胸元には大きな痣が出来ていた。
「こんな、こんな馬鹿なことあってたまるか! いままで俺が勝っていたんだぞ!」
この状況が認められないのも無理もない、いままでの優位があっという間に逆転されたのである、目は血走り、息も荒い、怒髪天を突くとは正にこのことであった。
「残念だけど」
瞬時にミノタウロスとの間合いを詰め勇は構える。
半身の構え、胸元に持ってきたレイピアが青白く輝いている。
「本当の事だ」
同時に打ち出される弾丸の衝撃波はミノタウロスの胸元に吸い込まれる、微動だにしないがその胸元には大きな穴が一つ開いていた。
「ち……くしょ……う……」
か細く呻くミノタウロスは同時に白い灰へと変化し崩れ去るのであった。