「ここが祭壇のある部屋か……」
晶達はジャースの案内によって、罠を回避しながら一直線にたどり着いた先には、細かい装飾が施された石造りの重厚な扉が鎮座していた。
「行くぞ」
振り返り全員の確認を取った勇は扉に手をかけ、力を込め思い切り押すと石を擦り合わせた重量感ある音と共に開いていく。
「待っていたぞ」
声が聞こえた方を向くと最奥には、黒い牙の頭領タウロが仁王立ちで立っていた。
傍らにはカットラス――断ち切ることを目的とした五十センチほどある幅広の刀剣――を地面に刺しており、彫りの深い顔に縮れた髭と髪を携えて、際どいパンツ姿の相変わらず触りたくないと思わせる風貌である。
余程己の強さに自信があるのか勇達に蔑んだ笑みを向けており、その後ろには石で出来た台座と、そこに鎮座する琥珀のような色合いの球が一つあった。
「ようタウロ、張り倒しに来てやったぜ」
タウロをぶちのめすのが楽しみなのだろう、ジャースは獰猛な笑みを浮かべながら、木目のような模様が浮かぶ全鋼製のナイフ、ダマスカスナイフを構える。
「お? ジャースじゃねえか、生きていたのか? 勇者達と一緒に居るって事は、盗賊団から追い出されて正義の心に目覚めたってか? それとも女には見えない貧相な身体でも使って、勇者に取り入ったのか?」
酷く馬鹿にしたタウロは大口開けて笑っていたが、晶達は女性という情報にジャースを凝視していた、とくに晶には聞き逃せないことであったため、晶が真意を問おうとするがその前にジャースが口を開く。
「はん! そんな訳あるか、お前の目論見潰す為だ。わかっているぞ、魔物や罠で消耗した勇者達を相手取ろうとしたんだろ?」
タウロの裏をかいてやったとジャースの小馬鹿にしていた。
「たしかに、予定では勇者達はすでに疲れきっている筈なんだが……そうじゃないようだな」
ジャースに計画を潰されたことを認めるタウロだったが、その態度はいまだ余裕である。
「まあ、そんなことはあまり関係ないがな」
「どういうことですか!?」
ニヤリとするタウロの雰囲気が変わったことに嫌な予感がしたのか、マリアは質問をしながら獲物を握る手にかなり力が篭っていた。
「俺は人間じゃねえよ、魔王様に俺の後ろにある封印の玉を守れと、そして勇者達を殺せと直々に命令されて来たんだ!」
(雇い主は魔王そのものか!)
晶に戦慄が走る、そしてかなり不利な状況にありそうだと判断した。
いままで姿形も見せなかった魔王が確実に居ることが確定したのだ、なによりもその魔王にこちらの行動が筒抜け、または予測されていた可能性が高い、なにせここへ来るタイミングはその場で決めていたのだ。
しかししっかりと祭壇へ向かった時に合わせてきたのだ。勇も同じ結論に達したのか苦々しい顔つきである。
「黒い牙に入り込むために人間の姿なっていた所為で、前回は本気でいけなかったが今回は違う!」
タウロから異常なまでに威圧感が高まる。それはかなり強く、身構えた勇達は動けないでいた。
「俺の本当の名はミノタウロス、貴様ら脆弱な人間に負けることなどないわ!」
姿を変えるためか蒸気がタウロを包み込む、蒸気に写されたタウロの影が徐々に変化していくのが見てとれた。
「ミノタウロスだと!?」
「あのミノタウロスらしいな」
晶が名前から想像できた姿に冷や汗を流す、勇も口ぶりも堅いため同じものが脳裏に浮かんでいるのだろう。
「知っているのか?」
ユナもタウロの姿が大きく変化していくのを見て、脅威を感じているようだった。
「ああ、文献などに出てくる空想上の生物なんだが、半分牛で半分人間の化け物だ。洞窟の奥深くに居て迷い込んだ人間を食らう、特殊な能力とかはあまり聞いたことは無いが、大抵途轍もない力を持っているな」
晶の説明のように牛の頭に人間の身体を持つ半分人間半分牛の食人を行う空想上の生き物である。
一度入ると出ることが叶わない迷宮に生息し、知らぬ間に奥地に進まされ、その最奥に居るのがミノタウロスであった。
やがてタウロを包み込んでいた蒸気が晴れて大きく変化したその姿を現した、変身中襲われないようにするためか威圧感も大分収まっていく。
「……」
「……」
しかし勇と晶は目をこすったり細めて見たりと、何度も姿を確認していた。
「勇」
「晶」
互いに向き合い目を見た瞬間に、気持ちを理解した晶は勇と同時にお互いを殴りあう、認めたくない姿を見て晶は夢か幻かと思ったのだ。
勇も同じ思いとわかり、目覚まし代わりに繰り出した拳は互いに交差する素晴らしく華麗にきまったクロスカウンター、あっけに取られる一同とともに、ミノタウロスもなにしているのだという顔をしていた。
「いいパンチもっているな」
「お前の拳もなかなかだぜ」
お互いに褒め称え堅く握手を交わした後に、改めてミノタウロスを睨みつける。残念なことにその姿はやはり変わらなかった。
「「てめえ! ふざけんな!」」
同時にミノタウロスを指差して、怒鳴りつけたその瞳に見える感情は憤怒一色であった。
「な、なにかおかしいのですか?」
突然の二人の怒りに動揺しているのだろう。マリアは困惑しながらも勇に問いかけていた。
「そうか、皆はミノタウロスの事知らなかったな」
勇は余程頭にきているのか身体は怒りに打ち震えているのが晶はその気持ちがよく分かり、青筋を立てながら怒鳴り散らした。
「あいつの姿は、全国のミノタウロスファンに喧嘩を売りやがった!」
それもそのはずミノタウロスと言えば何度も説明した通り半分牛で半分人間、頭部が牛、上半身は人間、下半身は書物によって牛又は人間、そして全身筋骨隆々である、しかしタウロはが変身した姿は違った。
顔は髭面の厳つい人間。
上半身は異常なまでに発達した筋肉を持っている牛。
下半身はブーメランパンツはいた人間。
人間は人間のサイズ、牛は牛のサイズで構成されているため非常にバランスが悪い。
「しかもなんで水牛じゃなく乳牛なんだよ!」
幻想ぶち壊された晶が言うように牛の部分が黒や茶色の荷物などを運ぶ水牛ではなかった。
白と黒の斑模様が愛らしい? 乳牛つまりホルスタインである、しかし筋肉だけは発達していてかわいくも無くまた格好よくも無かった。
「フフン! カッコイイだろう」
ミノタウロスは上半身の筋肉を見せ付けるように胸の前で手首を合わせ力むが、白黒模様の皮膚に血管が浮き出てただただ気持ちが悪い。
「ぜんぜん」
バッサリ切り捨てる晶はさめた表情で駄目だこいつ何とかしないと、と思っていたりする。
勇達も同じ感想なのだろうウンウンと頷いていき、女性達がヒソヒソと顔が気持ち悪いだの筋肉無駄について触りたくないだの直球に変だの色々囁いているが、明らかに聞こえるような音量である。
「て、手前ら、言わせておけば好き勝手言いやがって! ぶっ殺してやる!」
余りに貶されすぎて流石に堪忍袋の緒が切れたのか、怒髪天を突く勢いでミノタウロスが地面に突き刺していたカットラスに手を伸ばすが、現実は非常であった。
ミノタウロスの上半身は牛である、当然その手も爪が一体化した蹄になっており、物を掴むなど不可能であった、人間の状態が長かったのか、変身前と同じように手を伸ばしたようで、蹄が当たり虚しくカットラスが倒れる金属音が虚しく響くだけだった。
「…………」
本人も予想していなかったのか、自分の手を見てしばし呆然しており、勇達も意標を突かれ迎撃体勢のままどうするか迷っていた。
徐にしゃがみ込み蹄で掴もうと何度も挑戦するが無理である、両手で挟んで見るが滑って落とし、なんとか強引に挟んで見たようだが、とても振り回せそうに無い。
「べ、別に持てなかったわけじゃないぞ! 貴様らなんぞ素手で十分なんだからな!」
ついに諦めたミノタウロスが、カットラスを放り投げ素手というか蹄で勇達に相対する。
「不自然な体格の、むさい髭面男が吐くツンデレな台詞……ひたすらに気持ち悪い」
晶が向ける視線は汚物を見る眼であった。
「う、うるせえ!」
ツンデレは理解できていないようだが、放った言葉がすこしミノタウロス自身でも気持ち悪いと理解したのだろう、顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らすのだった。
ミノタウロスはしゃがみ込みそのまま前傾姿勢になって片手を地面に、反対の手を少しだけ浮かせる。
「いくぜ!」
裂帛の掛け声と共に浮かした手を地面に叩きつけ、額から勇達を目掛け突進、予想以上の加速で迫り勇は息を呑む。
「ッ!」
間を一瞬のうちに詰められるが勇達は素早く反応し避けた途端に、轟音が響き遺跡全体が揺れる感覚を勇は捉えていた、振り返り視線を向けると壁に頭から突っ込み、陥没させているミノタウロスの姿があった。
「「ハァァァァァ!」」
その隙を見逃さなかった勇は、背を向けた形となったミノタウロスにユナと同時に刺突する、しかしミノタウロスは平然と身体を壁から引き抜き、素早く振り返りながら蹄の突きを繰り出していた。
思わぬ反撃に勇とユナは回避するが態勢が悪く僅かに当たったにも拘らず吹き飛ばされる。
ミノタウロスが追撃しようとするが、それを防ぐようにメイが打ち出した氷の矢が襲い掛かかる。
不意打ちとなったのかミノタウロスの動きが止まったその隙に、二人はマリアの近くへ戻りの傷を癒ししていた。
「ミノタウロスとしての能力は同じか? とんでもない馬鹿力だな」
勇が構え直しながら口にするがその口調は悔しげである。
「だが速さでかく乱すればいけるかもしれん」
「最初の突進も……あの体勢にならないと……出来なさそう……」
ユナとメイの言葉に頷く勇は慎重になる、一発の威力はあるが冷静に対処すれば避けることが出来るのだ。
「どうしたどうした? 先の威勢はなんだったんだ?」
肩をすくめ悠々と歩き近づくミノタウロスは、先ほどの攻防から勇達がそれほど脅威ではないと思っているのだろう、明らかに見下していた。
「水よ、凍てつく矢となりて撃ちぬけ」――アイスアロー――
ミノタウロスに幾多の氷の矢が襲い掛かるが、ミノタウロスは避けることもせず真正面から受とめる。
「こんなものは効かん!」
ミノタウロスの分厚い筋肉に阻まれ致命傷を与えられることが出来ない、証拠にまだまだ余裕があるのだろう、ミノタウロスが悠々と前進しようとした。
その瞬間に二つの影が挟み込むように接近する、メイの魔術を目晦ましにして勇とユナが二手に分かれ両脇からが襲い掛かったのだ。
「もらった!」
ユナが首を薙ぎに行き、ミノタウロスの意識が上半身にいっている間に勇はわき腹に狙いを定める、だがユナの攻撃をギリギリでかわしたミノタウロスは体勢を無理やりかえ勇の攻撃おも避けた。
避けきれなかったのか肩とわき腹に赤い線が走るが、せいぜい皮を切った程度の感触しかなかった。
ユナと勇が追撃をするが、ミノタウロスが僅かに速い、異常な筋肉で力任せに体勢を立て直したのだ。
振りかぶるユナは無理やり割り込むミノタウロスに驚愕しているようであり、そのままユナが振り下ろす、しかし刃が僅かに腕に食い込む程度でさほど傷は深くなかったのだろう、ミノタウロスはそのままユナを殴打する。
「ユナ!」
勢い良く吹き飛ぶ姿に勇は思わず視線を送ってしまった、戦闘でユナが大怪我を負うところを見たこと無かったため勇は意識を逸らしてしまう。そこへ突如腹部を強打され視界が一気に流れる、混乱した勇が腹部を見ると、鎧が蹄の形にへこんでいたのだ、かなり強烈な力で殴られたことが見て取れる。
――コールドジャベリン――
ミノタウロスへ一本の巨大な氷の槍が襲い掛かる。
メイは二人が攻撃中に詠唱したのだろう、高度な魔術を行使したようだったが、ミノタウロスは真正面から両手で挟み込んで受け止め、地面に爪跡を残しながら後ろへ押されるだけである。
「フン!」
ミノタウロスは気合と共に氷の槍を両手の蹄で押し潰す、刺さりはしなかったものの腕を中心に氷ついているが、身体を動かすと氷が剥がれ落ち、その下にはそれといった傷はないようだった。
「なんだあのやろう、ふざけた姿をしているけど冗談なしに強い」
勇は上体を起こしながら思わず悪態をつく。
「なにもかも力でねじ伏せているな」
殴られた肩をユナは押さながらも打開策が無いか探っているようだった。
「何か特殊な能力が無いのが救いですね」
二人を心配しながらマリアは傷を癒しに回る。
「無いかわりに……あの力……」
隙を見せることなく杖を構えるメイだったが口調が悔しげであった。
「くくく、良いぜ、もっとだ、もっと楽しませろ!」
所々傷があるがまだまだ余裕がありそうなミノタウロスの顔が愉悦に歪む。残念なことに勇達が劣勢であった。