校舎が赤く染まる夕暮れ時の校庭を、詰襟の学生服を着た男子高校生が歩いていた。
黒い髪に眼鏡の奥にある瞳は細く黒い普通の男子であったが、不思議なことに周囲に居る学生達から存在されないが如く見向きもされない。
「さてと、今日は帰って何作ろうか」
のんびりと歩きながら八頭(やず) 晶(あきら)は首を傾げ、夕食に何を作るか思考をめぐらす。
両親が共働きのため帰りが遅く、必然的に家事を一人っ子の晶がやることが多くなるのである。
「晶! 久々に一緒に返ろうぜ!」
晶が振り返るとそこには親友がいた。
笑顔は凛々しくそしてかっこよく、ウェーブがかった赤い髪に青い瞳の整った顔立ちである。
晶と同じ詰襟学生服だがそれでも王子という雰囲気が抜けていない。
「勇か……確かフェンシングの世界大会優勝を祝うとか言ってなかったか?」
「彼女達が暫くしてから帰宅しろだとよ」
なぜここにいるかと首を傾げる晶の言葉からそのときの状況が脳裏に浮かんだのか、日之下(ひのした) 勇(ゆう)は楽しげに目を細めていた。
そのとき隣のグラウンドから砂埃を巻き上げながら強風が吹き抜ける。
反射的に晶は顔を背け、砂が目に入らないよう目を閉じたが、次の瞬間にはしみじみとした勇の声を聞いて晶は呆れてため息をつく。
「白、シマシマ、黒にクマか……パンスト越しもなかなか……」
隣に居る勇を見ると口元を覆っているが、その手の中ではニヤリとしているのだろう。
「勇が下着をみているのを女子が知ったら幻滅するだろうな、いくら顔が良くてもさすがに嫌がられるぞ」
「だから分からないようにしているさ」
眉間に押さえて首を振る晶に対し勇は肩をすくめるだけであった。
文武両道、眉目秀麗、品行方正、もはや完璧といわれる勇であったが、やはり誰にも欠点がある、風が吹いたら下着を見るようなむっつり助平なのだ。
それを知っているのは晶だけであったが、昔勇にいじめを止めてもらった恩義を感じている晶は言いふらすつもりは無かった。
「相手に不快な思いをさせない為に、ばれない様にしたんだっけ?」
「晶と話をしている時も、他のものを見ている時も視線でだけで捉える、俺以外は出来まい」
余程自信があるのか自慢げに話す勇だったが、無駄なことに心身を注ぐその情けない姿に、晶はなんとかならないものかと脱力すると共にため息をついていた。
「なんという能力の無駄使い」
「それはこっちが言いたい!」
晶を見る勇の瞳が光ったのは、夕日の所為ではないだろう。
「近づいても気付かれないなんて、うらやましいぞこの野郎!」
「まあ、自然に体がやるからな」
勇は握りこぶしを作るが、晶は癖だと苦笑いを浮かべる。
「お爺さんの影響だっけ?」
「そうだ、爺さんから色々教えてもらったな」
北海道で未だ現役のマタギをやっている渋く寡黙な祖父の姿が晶の脳裏浮かぶ。
孫を可愛く思うのか晶の祖父はサバイバル技術に狩猟の仕方、果ては動物の解体方法も教えこんでいた、普段寡黙な祖父であったが狩を教える時は饒舌になり蓄えた口ひげを揺らし、楽しげに笑っていたのを晶は思い出していた。
狩猟の技術の中には獲物に気付かれない方法があったが、上手く出来ない晶は家族や友人、果ては近所の人相手に日常的に練習していたのだが、それがいつのまにか癖になってしまい影が薄くなったのである。
「あとは自然の神秘だな、それにまつわる伝説や神話、妖精や超常現象を想像したからな、おかげでファンタジー物を読み漁ることになったな」
「本やネットを読み漁るインドア派かと思いきや、サバイバルも出来るアウトドア派、どっちだよってツッコミたくなる」
山々に掛かる一本の虹の感動とそれに伴う話を祖父から聞いたときの面白さは凄かったと、しみじみとする晶をよそに闊達に笑う勇であった。
「勇くーん、バイバーイ」
女生徒達が勇に向かって笑顔を向けて手を振っていく。
下校時刻ゆえに帰宅する学生は多く、晶達を通り過ぎていく女生徒は皆挨拶していた、それに答えるように勇は律儀に全員に笑顔と共に手を振り返し、女生徒達は良い物を見られたとばかりに黄色い声を上げる。
それを見ていた周囲の男子生徒はケッと言わんばかりにイラついていた。
「相変わらずもてるな、幼馴染達も大変だろうに……」
「なに言っているんだ、皆ロシア人のハーフが珍しいだけだって」
そんな訳無いだろうとジト目になる晶であったが、肩をすくめる勇は本気でそう思っているのが晶には分かっていた。
それよりもと勇が顎に手を当てながら口を開く。
「俺は晶の良さが周りに知られていないのが、不思議だと思うが……」
「それはそうだろうな、存在感無いし」
むしろそれが良いと内心思っている晶は、あっけらかんと言い放っていた。
「そうか? いまどき高校生で家事全般をほぼ完璧にこなせている、そんな奴最近いないぞ! 俺なら絶対目を付けるさ!」
「一人暮らしに近い生活をしていたら、ごく普通に出来るようになるけどな……」
熱弁する勇の姿から薔薇の雰囲気を感じ取った晶は身の危険を感じ、顔を引きつらせながらゆっくりと離れていく。
「なんで離れていくんだよ」
笑いながら勇が肩を組んだ瞬間、晶達の周囲が真っ暗に染まった。
日が残っている山の頂から発せられた黒い光が、二人を照らした結果であった。一瞬の出来事であったが、そこには晶達が居た形跡は何一つ残っていなかった。
「は?」
突然視界が暗闇に閉ざされ、何が起きたか理解できない晶は呆然とするしかなかった。
「勇?」
晶は肩に掛かっていた勇の感触が消えたことにより、より不安が募った晶はまだ近くにいるかと声をかけるが返答が無かった。
何も見えない状況に晶は焦りが増し、その場にしゃがみ込む。
「落ち着け、落ち着け……どうする? どうしたい? なにをするべきだ?」
不安から震える身体を抱きしめ晶は自分に言い聞かせていた。
暗い山を過ごす猟師として祖父から教えられた事の一つであり、すこしでも冷静になるための行動だった。
「とにかく情報……なにか光、明かりがあれば……そうだ!」
未だ不安と暗闇から身体の震えは収まっていないが、ポケットの中を震える手でまさぐり携帯を取り出す、視界を確保しようとカメラのライトを利用したのだ。
携帯が機能し画面の光で大分落ち着いた晶は電波を確認する、しかし残念なことに圏外であった。
繋がらないかと晶は落胆するが気を持ち直し顔を上げてカメラ機能のライトで周囲を照らした。
壁と天井は四角い石で作られ正方形の飾り気の無い部屋であった。
化粧台や服がかかっていることから更衣室関係、そして部屋の雰囲気と服の装飾から何処と無く中世ヨーロッパのようであり、あまりの周辺の変化に晶は口をあけ呆然とするしかなかった。
「や……会……し……!」
いまだに現状が理解できず周囲を見回す晶だったが、篭った声が聞こえた瞬間に余計な音を立てないよう身体を硬直させる。
静寂に包まれる中でかすかに聞こえる音の方へ晶は光を向けると扉があり、晶は扉の向こうの状態を少しでも得ようと耳を押し付ける。
「勇者様! お会いしたかったです!」
「女性?」
扉越しの篭った高めの声が聞こえ、女の声と晶は予想を立てていた。
「ちょ、ちょっと待てよ、勇者!? いきなりなんだよ!?」
(勇!? いるのか!?)
晶のよく知った親友の声が聞こえてきたため晶は飛び出そうと手をかける。
しかし扉の向こう側の様子と、自身に起きたことがどうなっているかよく分からない状況のため、危険が無いかと思いとどまり少し扉を開き覗き込む。
晶の居た部屋と同じ石で作られた部屋には多数の蝋燭に照らされており、そこにはおよそ二十歳前後の美女が部屋の中央で勇と向かいあっている。
美女は白地に所々青いラインが入った、全体にゆったりとしたローブの様なものを羽織っておりその姿は聖職者を思わせた。
腰まで届きそうな金髪は緩やかに波うち、瞳は黄色、目尻が下がっていて優しげな雰囲気を感じさせる女性は、両手で勇の手を握り詰め寄り瞳は涙が零れている。
(二人だけか?)
晶は慎重に顔だけ出して周囲を見回すと勇と美女しかいないと判断できた。
危険がとりあえず無いと晶は一息つき、念のため用心の為に音を立てずゆっくりした動作で中に入る。
手を握り締められ、困惑する勇は晶と視線が合い勇は驚いていたが、よく分からない状況でも美女の涙には弱いのだろう、勇は懸命に慰めているのは流石であった。
「申し訳ございません…… わたしの名前はマリア・セイ・フォトン、神官をしています」
落ち着いてきたマリアは勇に頭を下げる。
涙声であったが次の瞬間には気を取り直したのか毅然としていた。
「此処はアズガルド大陸にある王都トキ、今現在魔王が現れ襲われています。魔王を倒せるのは勇者様のみ、それ故に勇者様を御呼びいたしました」
勇を見つけ大分冷静になった晶は、説明の中に勇者や魔王といった気になる単語が含まれており、その単語から顎に手を当て予想を立てる。
「なるほど、ゲームやファンタジー小説のような勇者召喚物といった感じか?」
「誰です!?」
振り替えったマリアと晶の視線が絡んだ瞬間に、晶の背中に冷や汗が流れ仰け反っていた。
美女が向けた瞳は嫌悪や憤怒といった負の感情に染まりきっていた。
「こいつは八頭晶、俺の親友だ」
勇へと顔を向けるマリアから視線が外されるとともに、晶は体が弛緩し酷く緊張していたこと自覚する。
「なんだあの目は……」
吹き出た冷や汗を拭いながら小さく呻く晶であった。
「勇者様の親友、ですか?」
マリアの値踏みするような視線を晶にむけると、緊張した様子で晶は仰け反っていた。
「勇者じゃないけど……そうだ」
わけも分からず、勇者という正直面倒くさそうな役柄に、勝手に決め付けられるのは困る勇は断ってから頷いていた。
「一人しか召喚されないはずですが……」
晶にはさほど興味が無いのか、マリアはすぐさま勇へ向き直る。
「どういうことだ?」
現状で二人いることに首を傾げるアリアに疑問に思った勇が尋ねた。
同じく晶も不思議に思っているのだろう黙って聞いていた。
「はい、昔から一定周期で魔王が出現するのですが、それに合わせて勇者様を召喚するのです。過去に四回召喚され、全て一人であったとされています」
前にいた時の状況を思い出した勇は、あることが閃き手を叩く。
「もしかしたら一人だけ召喚されるはずだったけど、偶然晶と肩を組んだ瞬間に発動したのか!?」
「なるほど、つまりオレは巻き込まれる形で召喚された、ということか?」
なっとくした様子で晶も頷く、しかし勇には聞き捨てなら無い言葉も含まれていた。
「ちょっと待て! 俺が勇者として召喚されたとは決まって無いだろ!? 晶かも知れないじゃないか!」
勇者と決め付けられて困る勇は反論するが、チッチッ指を振る晶にはちょっとした根拠があようだった。
「そいつはどうかな? 容姿的にも能力的にも、どう考えても勇しかありえん!」
「容姿も能力も関係ないだろ!」
勇は睨みながら否定するが晶いわく、勇者召喚物はカッコ良く身体および頭の能力も高いことが多いものであり、そのことが晶には勇が相応しいとした理由であった。
「そして何より!」
関係ないと口絵を開こうとした勇に被せるように晶は声をあらげ、さも意味ありげに言葉をためる。
勢いに押され勇は黙ってしまい、つられたのかマリアも固唾を呑んでいた。
「勇が美人の願いを聞き入れないわけが無い!」
勇を指差す晶の姿は神の啓示のようであった。
「ぐ! それは……」
瞬間困り顔の勇とマリアが向き合う、勇はなんだかんだ言いつつも女性の願いを断る出来ないのだった。
勇は言葉に詰まり頭をフル回転させる、勇者という重みか美女の願いか、両天秤にかけ葛藤する。
「あの、勇者様は貴方です」
かしこまりながらマリアが勇の額を指差していた。
「な、なんだ?」
「刺青があるな」
勇は二人に注目され、自分の額に何かあると額を触ってみる、何も感触が無く眉を顰める勇だったが、見られない勇に晶が代わりに指摘する。
「それが勇者様である証です、いままで召喚された人物には皆額に証が現れていたそうです」
マリアは眩しいものを見るように目を細め、声はため息をつくような喋り方であった。
「い、いや、証があっても俺に勇者なんて大役が出来る器じゃない! 残念だけど……」
「そんな! お願いします! 貴方しかいないのです!」
マリアの願いに答えはしたいが勇者という道の事柄である、自信が無い勇は断ったがマリアは尋常ではない必死さで勇に詰めより懇願し始めた。
「御免……」
安請け合いするわけにもいかないと勇は断った。
「まあ……それが勇の判断なら仕方ないな」
勇の答えに若干驚きの様子の晶だったが、どこか納得もしているようだった。
「何でもしますから! この世界を! 私を捨てないでください!」
悲しげなマリアの視線から逃げるように、勇は苦渋に満ちた顔をしながら背る。
「そう……ですか……」
顔を下に向け、力ない声と脱力しながら手を下げるマリア、その姿を見た勇は申し訳ない気分で目を伏せる。
「っ!」
晶の息を呑む声に顔を上げた勇に鳥肌が立つ、マリアから発せられる雰囲気が陰鬱で真っ暗に染まっていたのだ。
「あ、アハ、アハハハハハハハハ」
突如顎を上げ、天井を見上げながらマリアが唐突に笑い出した。
異質な笑いの姿に気が触れたのかと晶と勇は恐れ戦き後ろへ下がる。
「アハハ、無くなりました、何もかも、全て…… 唯一の役割さえ出来ずに……ア、アハハ!」
「勇! 頷いておけ! 何かやばいぞ!」
気を取り直した晶が勇と同様に危険を感じたのか、肩を思い切り掴んで強引に目を合わせる。
「無理だって! さっきも言ったが――」
「だったらこっちも言ってやる! 容姿的にも能力的にも、どう考えても勇しかありえん! やれ!」
晶にも床を擦る足音が聞こえたのか手を止め、二人は同時に音の方に視線を向ける。
そして視界に恐怖を煽るものが入り、勇と晶は壁際まで全力で一気に下がった。
そこにはマリアがいた、笑うのを止め脱力するように手を下げジッと晶達を見ており、その瞳には何も写しておらず生気が全く無かった。
「うわ……」
身体を震わせ晶は小さく呻いている、恐ろしさの余り意図せず出た様子あった。
それほどまでに暗い目である、目を逸らすと知らぬ間に殺される様子が脳裏に浮かび勇は視線が外せなかった。
晶が急かすように片手で揺さぶるが、恐怖の余り反応が出来ずにいると、一歩ずつゆっくり近づき手を伸ばすマリアの姿があり、正に死神であった。
「わかった! やる!」
恐怖を吹き飛ばすように、勢いで出てしまった勇の言葉が部屋全体に響き渡った。
先ほどはやらないと言っていたが、マリアのあまりにも恐怖を煽る姿から逃れるために口走ってしまったのだ。
その瞬間マリアが二人に手を伸ばした体勢でピタリと止まり、そして瞳に生気が戻っていくのを見た。
二人は盛大に安堵のため息を漏らすと共に脱力して座り込むのであった。
「今までに無い恐怖だったな」
「ああ、そうだな」
晶が片手を差し出し、生きているのを確かめるためと理解した勇も片手を出し、しっかりと握手を交わす、二人の様子はやり遂げた感が凄まじい熱い握手であった。
「本当に勇者様になってくれますか?」
一瞬肩を振るわせた晶は声の方を向く、そこには先ほどと打って変わって、元の優しげな雰囲気のマリアが恐る恐る勇へ尋ねていた。
「あ、ああ、勇者とやらをやるよ、何処まで出来るかわからないけどな」
フウとため息一つつく勇は決心したのようだった。。
本人はいまだ自信が無いようだったが、美女の願いを無下には出来ず、どんな状況であれ、言ったことは覆すつもりは無いのが、晶にも分かっていた。
「本当ですか! ありがとうございます」
答えを聞いたマリアは余程嬉しいのだろう、目頭に涙を溜めて勇の手を握り締めていた。
「そういえば名乗ってなかったな、俺の名前は日之下勇だ、勇でいい、これから宜しく」
勇は女性に対する癖なのか笑顔を浮かべる、先ほどの恐怖が残っていないのかと晶は感心するばかりである。
「よ、よろしく、お願いします……あ!」
直視したマリアは顔を赤らめ恥ずかしげに俯いき、そこでずっと手を握っていたことに気が付いたのだろう、慌てて離れていた。
「あ」
晶は思わず声を上げる、視線の先ではマリアが着ているローブの裾を、自分自身で思い切り踏みつけている姿があった。当然そんな状態では体勢が持つはず無く、後ろへ倒れかけているところであった。
「わ! うわわわわ!」
足が使えず立て直そうと試みているみたいだが、当然無理な話であり後ろへ倒れていく。
「おい!」
勇は素早く手を伸ばし抱き寄せる、さすが勇だと感心しながら晶は傍観していた、こうなることが分かっていたのだ。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫で……」
勇に問われマリアは答えるが途中で硬直する、勇の顔を近くで直視し優しく抱きしめられた状態だからなのだろう。
マリアの顔は瞬時に真っ赤に染まり、アウアウとよく分からない言葉を発し、それを見ても勇は首をかしげているだけであった。
その様子を晶は気づかれない様ニヤニヤと見るばかりである。
(やっぱり何処でも勇は勇だな、異世界でもその何処かの主人公ばりのフラグ立ての早さ、楽しめそうだ……)
実は勇に惚れた女性達のゴタゴタを楽しんでいるのである。
女性達にアドバイスという形で裏から色々と手を出し、引っ掻き回すのである、勿論殴り合いなど酷くならないように調整はしていた。
「……」
「……」
「……何時まで抱きついているんだ?」
なかなか動かない二人を見かねた晶は声をかける。
「いや、マリアが離してくれなくてな」
勇は困り顔で未だ硬直しているマリアに視線を送る、しかし晶には自分から離さない理由が分かり半目になっていた。
「そう言いながらも堪能しているんだろ?」
勇は親指を立て歯が光らせ笑顔を作る、よほどいいものだったのだろう。
「まあいい……この後はどうするんだろうな?」
ため息をつきこのままでは埒が明かないと晶はマリアの肩を叩き、いまだ顔を赤らめて硬直しているマリアの正気を取り戻させる。
「す、すすすす、すみませんでした! ごめんなさい!」
コメツキバッタの如く頭を下げるマリアに勇は気にしないと手をふり、これからどうするかと落ち着かせるようにゆっくりと聞いていた。
その辺りの女性の扱いは上手いなと思う晶であった。
「そうでした! 王が謁見の間でお待ちです、行きましょう!」
どうやらマリアは思わぬ勇との接近に意識が飛び掛っていたようである。
気を取り直しそのまま両開きの扉まで進むが開けず立ち止まった、何事かと二人は首を傾げる。
「あの、この衣装は召喚用なので、着替えてきます」
恥ずかしげに顔を真っ赤に染め、そそくさとマリアが入った別の扉に入っていく、その扉を見て晶はあっと思い浮かぶ、自身が出てきた扉であった。
「やっぱり更衣室だったのか……」
扉がしまった直後晶は呆れ顔になった。
「勇、その姿は本気で情けないぞ」
「今は晶しかいないから気にしない、 それよりも静かに……」
勇がべったりと扉に張り付いていた、更衣室だとわかり室内の音を聞き漏らさないようにしている姿をみて、晶は肩をすくめた。
細かい装飾が施された冠をかぶり、真紅のマントを肩から掛け、口元に髭を生やして見下ろす瞳は強い意志を感じさせる、一目見ただけでも王と分かる威厳がそこにはあった。
王様が居る位置から数段下がった場所で、謁見用かはたまた神官用か白い衣装に着替えたマリアが膝を付く、晶と勇が後ろで見よう見まねで同じ体勢になっている。
「流石に物凄く注目されるな」
勇は周りに聞こえないようするためか隣にいる晶に小声で話しかけた。
晶も厳格な場所で話すのは不味いかと最小限に声を抑える。
「それは勇だから、というのもあるだろう、オレには気付いて無いみたいだからな」
謁見の間の両壁には騎士やら貴族と思わしき人達が居る、皆勇に注目するだけで一度たりとも晶へ向かなかったのである。
(勇には存在感あるからな)
目立ちたくない晶は密かにほくそえむ、さすがに存在感の無い晶でも目立つ場所では気付かれていた。
しかし容姿が良い勇が居ると注目され、存在感の無い晶はますます分かりにくくなるのである。
真正面に居る王様ですら勇を注視し、晶の存在に気がついていないのか視線を感じなかったほである。
「マリアよ、其の者が勇者か?」
天井が高く大勢居る広い謁見の間に渋い声を響かせ、王が勇を差しながら問う。
「はい王様、名を日之下勇と申します」
マリアが片膝を付きながら答えた、周囲からざわざわと囁き晶にとどく、「あれが」と希望に満ちた声と「子供じゃないか」と心配そうな声は半々といった具合である。
「静かに」
片手を上げ静止する王のたった一言で静かになる。
「では勇よ、我々の為に魔王を倒してくれるか?」
「はい! 必ずや倒して見せましょう」
勇は明朗にかつ全員に聞こえるように声を張り上げ答えていた。そのようすに王は満足げにうなずく。
「勇者よ、この者達を連れて行け」
左右の人ごみの中から二人の女性が前に出るのを晶は視界に捉えた。
右側から出てきたのは二十代後半の大人びた女性である、腰まで届く赤い髪を首元で縛っており、凛とした顔立ちでつりあがった真紅の眼は鋭い眼光を放っている。
高い身長の体はスラリとして猫を思わせ、腰に剣を挿し、動きやすさを重視した鎧を着た騎士姿はとても凛々しい。
反対側からは晶と同い年ぐらいの少女であった、鍔の広いとんがり帽子に黒いマント、袖口が大きく開いたローブから所々見える神秘的な白い肌の全身を覆っている。
いかにも魔術師といった姿で緑のショートカットが僅かに見え、深緑の瞳の目元に魔術的な刺青は知的な雰囲気を感じさせる、無表情だがそれでも見ほれるほどの美貌であった。
「騎士ユナ・キ・ロードと魔術師メイ・フォー・マグダリアだ、二人とも優秀だと自負している、本当なら最高の騎士と魔術師を宛がえるのだが、なにぶんこの国も一枚岩ではないのでな……」
苦笑する王様であったが、晶はなんとなく理解した、どんな組織であろうと派閥は存在するものである。
「足手まといにはならぬ、協力せよ。そして神殿にて宝玉を受け取るがよい、詳しいことはマリアに聞け、では頼んだぞ」
ユナとメイを連れ謁見の間を晶達は退出し王との謁見は終了するのであった。