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No.25115の一覧
[0] ラピスの心臓     【立身出世ファンタジー】[おぽっさむ](2013/07/07 23:09)
[1] 『ラピスの心臓 プロローグ』[おぽっさむ](2012/02/17 17:38)
[2] 『ラピスの心臓 無名編 第一話 ムラクモ王国』[おぽっさむ](2012/02/17 17:38)
[3] 『ラピスの心臓 無名編 第二話 氷姫』[おぽっさむ](2012/02/17 17:39)
[4] 『ラピスの心臓 無名編 第三話 ふぞろいな仲間達』[おぽっさむ](2012/02/17 17:40)
[5] 『ラピスの心臓 無名編 第四話 狂いの森』[おぽっさむ](2012/02/17 17:40)
[6] 『ラピスの心臓 無名編 第五話 握髪吐哺』[おぽっさむ](2014/05/13 20:20)
[7] 『ラピスの心臓 息抜き編 第××話 プレゼント』[おぽっさむ](2014/05/13 20:19)
[8] 『ラピスの心臓 従士編 第一話 シワス砦』[おぽっさむ](2011/10/02 18:21)
[9] 『ラピスの心臓 従士編 第二話 アベンチュリンの驕慢な女王』[おぽっさむ](2014/05/13 20:32)
[10] 『ラピスの心臓 従士編 第三話 残酷な手法』 [おぽっさむ](2013/10/04 19:33)
[11] 『ラピスの心臓 息抜き編 第××話 蜘蛛の巣』[おぽっさむ](2012/02/12 08:12)
[12] 『ラピスの心臓 謹慎編 第一話 アデュレリア』[おぽっさむ](2014/05/13 20:21)
[13] 『ラピスの心臓 謹慎編 第二話 深紅の狂鬼』[おぽっさむ](2013/08/09 23:49)
[14] 『ラピスの心臓 謹慎編 第三話 逃避の果て.1』[おぽっさむ](2014/05/13 20:30)
[15] 『ラピスの心臓 謹慎編 第四話 逃避の果て.2』[おぽっさむ](2014/05/13 20:30)
[16] 『ラピスの心臓 謹慎編 第五話 逃避の果て.3』[おぽっさむ](2013/08/02 22:01)
[17] 『ラピスの心臓 謹慎編 第六話 春』[おぽっさむ](2013/08/09 23:50)
[18] 『ラピスの心臓 息抜き編 第××話 ジェダの土産』[おぽっさむ](2014/05/13 20:31)
[19] 『ラピスの心臓 初陣編 第一、二、三話』[おぽっさむ](2013/09/05 20:22)
[20] 『ラピスの心臓 初陣編 第四話』[おぽっさむ](2013/10/04 20:52)
[21] 『ラピスの心臓 初陣編 第五話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:22)
[22] 『ラピスの心臓 初陣編 第六話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:23)
[23] 『ラピスの心臓 初陣編 第七話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:24)
[24] 『ラピスの心臓 初陣編 第八話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:25)
[25] 『ラピスの心臓 初陣編 第九話』[おぽっさむ](2014/05/29 16:54)
[26] 『ラピスの心臓 初陣編 第十話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:25)
[27] 『ラピスの心臓 初陣編 第十一話』[おぽっさむ](2013/12/07 10:43)
[28] 『ラピスの心臓 初陣編 第十二話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:27)
[29] 『ラピスの心臓 小休止編 第一話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:33)
[30] 『ラピスの心臓 小休止編 第二話』[おぽっさむ](2014/05/13 20:33)
[31] 『ラピスの心臓 小休止編 第三話』[おぽっさむ](2014/06/12 20:34)
[32] 『ラピスの心臓 小休止編 第四話』[おぽっさむ](2014/06/12 20:35)
[33] 『ラピスの心臓 小休止編 第五話』[おぽっさむ](2014/06/12 21:28)
[34] 『ラピスの心臓 小休止編 第六話』[おぽっさむ](2014/06/26 22:11)
[35] 『ラピスの心臓 小休止編 第七話』[おぽっさむ](2015/02/16 21:09)
[36] 『ラピスの心臓 小休止編 第八話』[おぽっさむ](2015/02/16 21:09)
[37] 『ラピスの心臓 小休止編 第九話』[おぽっさむ](2015/02/16 21:08)
[38] 『ラピスの心臓 小休止編 第十話』[おぽっさむ](2015/02/16 21:08)
[39] 『ラピスの心臓 外交編 第一話』[おぽっさむ](2015/02/27 20:31)
[40] 『ラピスの心臓 外交編 第二話』[おぽっさむ](2015/03/06 19:20)
[41] 『ラピスの心臓 外交編 第三話』[おぽっさむ](2015/03/13 18:04)
[42] 『ラピスの心臓 外交編 第四話』[おぽっさむ](2015/03/13 18:00)
[43] 『ラピスの心臓 外交編 第五話』[おぽっさむ](2015/04/03 18:48)
[44] 『ラピスの心臓 外交編 第六話』[おぽっさむ](2015/04/03 18:49)
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[25115] 『ラピスの心臓 息抜き編 第××話 ジェダの土産』
Name: おぽっさむ◆96f21d48 ID:7beec06a 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/05/13 20:31
     ジェダの土産










 「今日中にここを出ようと思っています」

 ジェダ・サーペンティアは、整った顔に涼しげな笑みを浮かべて、対するアミュ・アデュレリアにそう告げた。

 「行くか。そなたがおると、一族の腑抜け共に気合いが入って丁度良いと思っていたのじゃがな」

 「これ以上、ヨダレを浴びせられるのはごめんですから」
 ジェダは戯けて肩をすくめてみせた。

 アデュレリアの主は、それを見ておかしそうに笑っている。
 「どうにも、そなたからはサーペンティア特有の嫌らしさを感じぬ」
 「それを聞いた僕は憤慨すべきかどうか。反応に困りますね」

 アデュレリア公爵は、卓に置かれているアカ茶を杯に注ぎ、向かいあって座っているジェダにすすめた。

 「結局、そなたの目的はすんだのか。なにかなければ、わざわざこんなところまで出向いてはこぬであろう」

 ジェダは熱い茶を品良く手に持ち、ほのかな甘い香りを楽しんだ。

 「父からはサーペンティアの名と共に、サーサリア王女への顔見せをしてこいと言われています。その意味では完全に敗北しましたよ。あの夜以来、ひさしぶりに王女の顔をお見かけした時には、お前は誰だといわんばかりに首を捻られました。この顔は記憶の端にも残らなかったらしい」

 アデュレリア公爵は、茶器をかまいながら、上目遣いで聞く。
 「本当にそれだけか?」

 ジェダは茶を喉に流すことなく卓に置き、微笑しながら溜息を漏らした。

 「本当の所は、あのシュオウとかいう従士の様子を窺ってこいというのが、父から出された命令です。あなたがあまりに彼に執心しているご様子だったので」

 アデュレリア公爵は、憎々しげに顔を歪めた。
 「馬車に轢かれたトカゲのような面で、よくも小賢しい事ばかり考える」

 目の前で父親を愚弄されてもなお、ジェダは温和な態度を崩さず、ほんのりと笑みを浮かべていた。

 「それで、そなたはなんと報告するつもりじゃ」
 公爵の問う視線に強みが増した。

 「優れた武人としての素養あり、といったところです。晶気を操る術を持たない身でありながら、狂鬼を相手に互角に渡り合うだけの技を、いったいどこで得たのか気になりますが、寝たきりの彼の部屋の前で、カザヒナ重輝士が鬼の形相で番をしているものですから。僕としてもこれ以上は調べようがないので」

 シュオウという従士に関しては、何度か直接聞き取りをしようと試みた。だが、彼が休んでいる寝室の近くを通るたびに、アデュレリア公爵の副官が、睨みをきかせて腰の剣に手を乗せるので、ジェダは目的を達成する事ができなかった。

 「そうかそうか」
 アデュレリア公爵は、ジェダの失敗談を鼻で笑い、満足気に頷いていた。

 僅かな沈黙が生まれ、ジェダは初めて入った公爵家の応接室を見渡した。
 無骨だが出来のよさそうな刀剣類が飾られ、透明で鮮やかな色のついたガラス杯が棚一杯に並んでいる。背の低い飾り棚の上には趣味の良い銀器がまばらに置かれていて、さらに視線を流すと、そのすみにあった、見慣れない小さな物に興味を誘われた。

 手の平に乗る大きさの箱。それをじっと見つめていると、アデュレリア公爵に問われた。
 「気になるのか?」
 「ええ、まあ……薬入れか、何かですか」
 「手に取ってかまわんぞ」

 許可をもらい、ジェダは席を立って箱を手に取った。表面は銅製、中は上質な木材、箱の背中にはくるくると回す事が出来るハンドルのようなものがついている。

 「仕組みはよくわからんが、それを回すと中から音が流れてくる」
 言われた通りにしてみると、小さな箱の中からたしかに、回すたびに軽やかな音色が聞こえてきた。音楽と呼べるほど洗練されてはいないが、透き通るような音質が耳に心地良い。

 「面白いものですね」

 強く興味を惹かれたジェダは、しばらくの間、箱から漏れる小さくて優しい音に耳を傾けた。

 「付き合いでしかたなく購入した物じゃ。気に入ったのなら持っていけ」
 ジェダは咄嗟に振り返った。
 「いいのですか?」

 気を良くしたジェダとは反対に、アデュレリア公爵は表情を曇らせる。

 「そなたを拘束した際に没収した持ち物を、うちの若い者が許可なく処分してしまった事は、恥ずべき行為であったと思っておる。償いというわけでもないが、この部屋にある物で欲しい物があれば、持っていくがよい」

 ジェダは公爵の言葉もそこそこに、思いがけず手に入った、音を奏でる小さな箱に夢中で見入っていた。
 「これだけで十分ですよ」

 「しかし、そなたも変わり者じゃな。市井の民が買い求めるような、なにげない品を買い込んでいたと聞いたが」

 「各地での任務の度に、その土地の土産物を買って帰るのが趣味なので。おかげで思いがけず、良い物が手に入りました。ここへ来るときは命を賭けるくらいの覚悟をしていたのに、土産を頂いて帰る事になるなんて、不思議なものですよ」

 ジェダは軽く頭を下げた。
 アデュレリア公爵は不敵に笑みを浮かべる。

 「頭に石塊を詰めているような血族者の中には、実際にそれを望んでいる者もいる。不幸な事に生まれの良さは、人としての出来の良さには関係がないからな。用が済んだのなら、早々に出立の支度を整えるがよい。そして二度とアデュレリアの地を踏むな。面倒事はごめんじゃ」

 アデュレリア公爵は、しっしと手で払うような仕草をした。
 「僕もそう願いたいですよ」

 挨拶もそこそこに、ジェダは貰った土産物を懐に忍ばせて応接室を後にした。
 父であるサーペンティア公爵からは、報告のために一度領地に戻れとの命令が届いている。それは雪の残る山中で、意識を失った男を担いで歩けと言われたときよりも、ずっと憂鬱な任務だった。



 サーペンティア公爵領、サーペンティア。かつてのこの地はアデュレリアと呼ばれていた。
 遙かな昔、この地を要していた部族を、アデュレリアは実力で排し、苦労してここを領土とした。

 だが間もなくして、東地で台頭し始めたムラクモへの帰順を決めたアデュレリアは、忠誠の証として領地の半分を手放す決断をしなければならなくなる。

 そして、サーペンティア一族は西から東へと移る際、ムラクモへの忠誠を誓う代わりに見返りを求め、ムラクモは王の石を持つ彼らに、相応しい待遇を用意した。

 今日まで長く続く、両家の憎み合いの歴史はここから始まったのだが、決定的だったのはその後の出来事だ。

 サーペンティアが難無く手に入れたその地には、アデュレリア一族の戦勝を祝う社があった。彼らは手の届かなくなったその場所の最低限の管理を頼んだが、それに対し、サーペンティアは、社とそこに飾られていたものをすべて取り除いて、そこに娯楽のための豪華な湯殿と、酒蔵を建築した。

 それを知ったアデュレリア一族がなにを思ったのかはいうまでもなく、両家の人間は顔を合わせれば、その瞬間に相手の死を心から願うような、殺伐とした関係を築いていったのだ。



 サーペンティア領、風蛇の城。その一室の戸を叩き、ジェダは返事を待った。
 間を置かず、入れ、という力無い父の声が聞こえた。

 使用人が開けた扉を抜けると、領主の執務室の中には見知った顔が並んでいた。
 中央の大きな卓には領主、オルゴア。その隣には伯母であるオルゴアの姉ヒネア。そして部屋の両左右に八人の兄姉達が居並んでいる。彼らは一様ににやついた表情で、こちらに舐めるような視線を寄越していた。

 左右に立つ兄姉達。その並びの意味は単純だ。向かって左側に並ぶ四人は、オルゴアの一人目の妻の子。右側に並ぶ四人は二番目の妻の子供達。そして自分は、そのどちらにも並ぶ事はない。

 あまりに間の悪い帰郷だった。この部屋には、この世で最も顔を見たくない人間が勢揃いしている。

 ジェダはひらひらとした外套をくるりと左手に巻いて、片膝をついて頭を落とした。
 「ジェダです。アデュレリアより、ただいま戻りました」

 それを受け、父であるオルゴアはちらちらと姉の方に視線をやりながら、歯切れの悪い受け答えをした。
 「う、うむ……よく、もどった」

 頭をあげると、左側の列に並んでいた長兄が鼻をつまんで声をあげた。

 「お前達、ジェダが部屋に入ってから妙に臭わないか? 犬の臭いが鼻について、さっき食べたばかりの昼食を吐きそうになったよ」
 長兄が意地悪く戯けて言うと、他の兄姉達はつられるように一斉に吹き出した。

 「犬小屋に長く居すぎたんじゃないのか、ジェダ」
 歪んだ笑みを浮かべながら、長兄は言う。ジェダはしかし何事もなかったかのように表情を崩す事なく対応した。
 「はい、そうですね兄上」
 言うと、長兄は勝ち誇った顔で鼻から息を落とした。

 父、オルゴアは苦虫を噛んだような表情で咳払いをした。

 「ジェダ、お前からの報告はすでに目を通してある。新たにまかせたい仕事があるが、詳細は落ち着いてからでかまわんだろう。しばらくは体を休めておけ」

 オルゴアは額に汗を浮かべ、視線を泳がせている。
 蛇紋石を継ぐ現サーペンティア一族の長は、持って生まれた物の大きさのわりには、気の小さな男だった。

 子供の頃から頭があがらない姉の言葉に、いまだに言いなりになっている。小さな身一つで血の気の多い氷狼の一族をまとめ上げているアデュレリア公爵とは比べものにならないほど矮小な人間。それがジェダの父、オルゴアだった。

 裏で実際にサーペンティアを取り仕切っているヒネア・サーペンティアは、皺だらけの顔に凄みをもってこちらを睨みつけている。ジェダはこの伯母に蛇蝎の如く嫌われていた。

 「用がすんだなら出ておゆき。家族の話をしていたところよ」

 枯れた声でヒネアに言われ、ジェダは微笑みを返して部屋を後にする。その途中、兄の一人に足をかけられた。
 ジェダはそれと知りつつ、わざと伸びた足に転んで見せた。

 兄姉達は声をあげて笑い、ヒネアは軽蔑の眼差しを寄越し、オルゴアは苦い顔で視線を逸らしていた。
 足をかけた兄が、床に突っ伏したジェダに下卑た笑い声を浴びせる。

 「また、あのゴミの世話をしにいくんだろ、ジェダ。犬の世話の次はアレのお守りなんて、本当にごくろうなことだよ。心から同情するね」
 体をおこし、ジェダは埃を払う事もせず、足をかけた兄に微笑みかけた。
 「ご心配いただき、ありがとうございます、兄上」



 風蛇の城から遠く離れ、森の中の細道を進んだ先に、ジェダの家はある。
 申し訳程度の石垣の奥には、一般的な平民が暮らす家に毛が生えた程度の建物がある。簡素な造りで見栄えもよくないが、へんぴな場所での仕事と、従事させる事のできる人員は最小限に抑えなければならなかったせいで、こんな家でも手持ちの財産をかなり減らす事になった。

 門の入口には見張りが一人立っていた。彩石を持った若い女で、彼女は父が雇っている人間だ。
 近くにある小屋の中で生活をする彼女は、サーペンティアの遠縁だと聞いていた。おそらく親が弱みを握られたか、借金を背負わされて面倒な仕事を宛がわれたのだろう。
 見張り役の女はジェダの姿を見ると、性格の悪そうな口元をさらに歪めて、軽蔑の眼差しでこちらを睨んでいた。

 ひさしぶりの帰宅。二重にかけた家の鍵を開けて入ると、部屋の奥から明るい女の声があがった。

 「おかえりなさい!」

 ジェダは鍵をかけて寝室に向かい、戸を開けてその先にいる人物に顔を見せた。

 「ただいま、姉さん」

 いつも発する声よりも一段高く、ジェダは寝台の上で体を起こした双子の姉、ジュナ・サーペンティアに戻った事を伝えた。

 長い髪は艶やかな黄緑色。一族の特長である大きな瞳は宝石のように目映い。だがサーペンティア一族特有の温度の低いにやけ顔はなく、ジェダによくにた端正な顔立ちには、愛に満ちた美しい笑顔が輝いていた。

 ジェダは寝台の横にある椅子に腰かけた。くたびれた肩を癒すように首を回していると、ジュナが心配そうにジェダの顔を覗き込む。

 「疲れているみたい」
 「手紙を送っただろ。こんどの任地はアデュレリアだって」
 「アデュレリアって、私たちをとても嫌っているっていう家でしょ。お父様はどうしてそんなところにあなたをやったのかしら……」

 気を落として呟いたジュナに、ジェダは笑って言う。

 「たまたま手が空いていたのが僕だったというだけだよ。それでも王女殿下に顔を繋ぐために、当主名代として使わされたんだ。名誉なことさ」

 ジュナは少し気を取り直して、笑顔を見せる。
 「そうだったの。王女様とはうまくお話ができた?」
 ジェダは即答できず、一つ間を置いた。
 「……とてもね」

 「ジェダは綺麗な顔をしているから、王女様に気に入られたら大変ね。そうしたら、私は未来の女王陛下の姉になるのかもしれないのね」

 戯けて言うジュナが、冗談を言っているのだという事はすぐにわかった。そんな未来がたとえ訪れたとしても、彼女は決して表舞台に顔を出せる立場にはないのだ。
 ジュナはからからと笑いながらも、自身の左手の甲を無意識に撫でていた。しかし、本来ジェダと同じような色をしているはずのその輝石は、白く濁っている。

 現当主オルゴアには三人の妻がいた。一人目の妻は一族の遠縁で、もう一人は他家の人間。二人の妻はそれぞれに、サーペンティアの名にふさわしい性格のねじ曲がった子供を四人ずつ産んだ。

 ジェダとジュナを生んだ母は、オルゴアの三人目の妻だった。だが世間一般にはサーペンティア当主の妻は二人しか知られていない。なぜなら、オルゴアが選んだ三人目の妻は平民だったからだ。

 ジェダは父の特性を受け継ぎ、ジュナは母の側の特長を濃く受け継いだ。ただそれだけの事だが、彩石を有し、受け継いでいく貴族の間で、濁石を持つ平民の血を中に入れる事は不文律として忌避されている。

 たとえ彩石と濁石を持つ両者の間に生まれた子が、彩石を受け継いで生まれたとしても、あとの代になってひょっこりと白濁した石を持った子が生まれてくる事がある。それは、名のある貴族家にとって、もっとも忌むべき出来事でもあった。

 オルゴアが平民の女と思いを結んだ事が、彼の姉であるヒネアにバレた時。母の運命は決した。

 目の前で母を惨殺されたジェダは、心を病んだ時期もあったが、姉の存在が自分を現実に引き戻した。
 ジェダが暗闇に溺れて自傷行為を繰り返していた間に、ジュナは誰かに毒を盛られて両足の自由を失ってしまったのだ。

 姉を守るため、ジェダは父に貴族としての教育を受けさせてほしいと頭を下げた。
 オルゴアはヒネアの猛反発を受けたが、気弱な父にしてはめずらしく姉に反抗し、ジェダは宝玉院への入学が許され、ジュナは独房にも似た城の一室に隔離される事になったのだ。



 「ジェダ?」
 遠くをぼんやりと眺めていた弟を心配し、ジュナがそっと手に触れた。

 ジェダは咄嗟に微笑みを返す。しかし、そんな自分の顔を見て、姉は悲しそうに眉をひそめた。
 「無理に微笑むのはやめてって言ったでしょ。一日中笑顔でいられる人間なんて絶対におかしいもの」

 ジェダはそれを聞いてさらに笑みを濃くする。
 「だったら、サーペンティアは皆おかしいんだよ」

 ジュナは突然ジェダの顔を両手で掴んだ。ぐにぐにともみほぐし、引き攣ったように微笑みを作っていたジェダの顔を、あるがままの形に整える。

 「自分がおかしくないのだという事を恥じないで。私はあの人達の笑い顔が大嫌いだった。それにお父様だって、いつも仏頂面で笑った顔なんてほとんど見た事なんてないじゃない」

 偽りのない表情で、ジェダは一つ頷いた。
 「たしかに、ね」

 ジュナは上半身を乗り出して幼い笑顔をみせる。
 「ねえ、アデュレリアではどんな事があったの?」

 外の世界を知りたがる姉の無邪気な表情を見て、微笑ましく思う。人の世に汚れていないまっさらなまま大人になった姉は、激しく照りつける太陽のように眩しかった。

 「面白い物を手に入れたよ。向こうである事件があってね、その解決に力を貸した褒美にアデュレリア公爵からもらったんだ」
 言って、ジェダはアデュレリア公爵からもらった土産物を渡した。

 ジェダは自分を主人公に仕立て上げた、王女殿下の遭難事件を、嘘を交えてジュナに聞かせた。隔離された世界で自由を乞い願う姉に、一時でも楽しい時間を過ごして欲しいと願いながら。



 しばらく話し込んだ後、ジェダはしばらく家に滞在すると告げて部屋を後にした。

 廊下に出ると、ジュナの身の回りの世話をさせている使用人の少女と鉢合わせになった。
 「わ、若様ッ、お帰りになられていたのですね」

 ジェダは咄嗟に頬を釣り上げて笑みをつくった。
 「少しの間だけど休みをもらってね。手間だろうけど、夕食は二人分頼みたい。僕は姉の部屋で食べるから、そのつもりで準備を頼むよ」

 「は、はい。手間だなんてとんでもありません」

 顔にそばかすのある純朴そうな雰囲気をした黒髪の少女は、父ではなくジェダが輝士として国から受け取っている金で雇っている使用人だった。姉に関する口止めのため、借金に喘いでいた一家の肩代わりをして、その分しっかりと弱みを握っている。

 実質的な人質として雇い入れている少女に、僅かばかりとはいえ給金を渡しているのは、二重の意味での安全を買う行為でもあった。



 ひさしぶりに入った自室は、塵一つなく綺麗に掃除がされていた。前回滞在していた時のまま、読みかけの本はそのままにあり、流れた時間の感覚が狂いそうになる。

 外套を放り投げ、靴も脱がずに寝台に体を預ける。
 「ああ――」
 狂おしいほどの安寧に、体が熔けてしまいそうだった。

 数日もすれば、父はまた新たな仕事を言い渡すだろう。そしてその内容は、姉や他の子供達の手前、酷く面倒なものだったり、危険を伴うものが大半だった。

 自分達姉弟をかばう唯一の人間、蛇紋石の主にして、名ばかりの当主オルゴアは、才に恵まれた人間ではない。燦光石を継承しても、その老いは並の人間と大差なく加速している。

 父が死ぬ頃には、間違いなく影の長であるヒネアも死んでいるだろう。しかし次に蛇紋石を継ぐのは、間違いなく異母兄姉の誰かだ。その時、自分達はどうなるのだろうか。

 ジェダにとって生きるという事は、終わりのない坂をゆっくりと転げ落ちているのと同義だった。

 ――知ったことか。

 ジェダは目を閉じ、自嘲するように笑った。今の自分に、それ以外になにができるというのだろう。




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