抜き足、差し足、忍び足。 まさにそんなノリで真夜中のお城を徘徊する僕とボーマン。 昼間と夜では全然違って見えるせいで、自分達が今どのあたりにいるかすらわからない。 初めて来た城の中だし、まぁ仕方のない話ではあるんだけれど。 時折見回りをしている兵隊さん達に出くわすも、なんとか物陰に隠れたりしてやり過ごせている。「姫様、次はどっちに行けば良いんですか?」「あー、うんとねぇ……多分左かな?」「左ですか? どう見ても行き止まりっぽいんですが」「じゃあ、右行こう、右!」「そんなアバウトな……」「しょうがないじゃん! 一回で道なんて覚えられないよ」 口を尖らせて抗議するも、ボーマンは納得していないみたいだ。 そんなに不満に思うなら、その時昏倒していた自分はどうなのかと問い詰めたい。 ま、寛容な僕はそんな事はしないけど。 ボーマンは心の広い僕に感謝すると良いと思うんだ。「兎に角あの下の庭にまで降りれば、内壁沿いに正門へと行けそうです」「そか。じゃあ取りあえずは階段を探さないとだね」「出来れば侍女達が日頃使う方の階段なんかあれば良いんですが」「兎に角、先に進もうよ」 僕の言葉に軽く顎を引いて頷くボーマン。 このまま誰にも見つからずに下に降りられたら、あとは夜陰に紛れて逃げるだけなんだけど。 遠めには巡回をしている兵士のように振舞いながら、僕とボーマンは階下へ降りる階段を探す。 今度はすれ違う人も無く、無事に階段まで辿り着いた。 ボーマンが先に階段の下を覗き込み、人が居ないのを確認する。 どうやら階段付近には誰も居ないみたいで、ボーマンがゆっくりと階段を降り始める。 無論僕も背後を気にしながら慎重に後に続く。 階下に来たが、運の良いことに人気はなさそうだ。 これなら無事に庭に出て、そのまま逃げられそうな気がしてきた。「順調だね」「はい。ですが気を抜かないでください。むしろここからが本番と思ってもいいかと」「うん、わかった」 気を引き締めなおして庭に面している廊下へと向かう。 そこまで行けば窓なり裏口なりを使って庭に出られる。 逸る心を抑えながら、僕達は慎重に廊下を進む。 その時、僕たちが捉えられていた部屋の方角から鋭い警笛の音が響く。 どうやら僕たちが脱走したのがばれたらしい。「どうしよう、ボーマン!?」「兎に角なるべく目立たないように移動しましょう」 兵士の格好をしてこそこそするのは逆に目立つ。 だから僕達は巡回している兵隊さんに見えるよう、どうどうと廊下を進むことにする。 何度か慌てて部屋を飛び出してきたメイドさんたちとすれ違う。 幸いなことに相手は慌てているようで僕たちを不審がる様子はない。 このままなんとか外にまで出られたらと思った矢先。「おい、そこの二人! お前達の持ち場に戻らんか!」 瞬間、ボーマンが僕の手を掴むとがむしゃらに走り出した。「くそっ、思ったより早かった!」「ちょ、ボーマン! そんなに引っ張ったら転んじゃうよっ!」「頑張ってください。こっからは一刻の猶予もありません。下手したら出入り口を固められてしまいます!」「わ、分かってるけど! あ、足が付いてこないんだよぉ」 前につんのめる様になりながらも必死にボーマンについて行く。 前々から外の人の体力の無さは分かっていたけど、ちょっと走るだけでも息が切れる。 まったくどんだけ運動不足だったんだよ!「居たぞっ! こっちだ!!」 後ろから兵隊さん達の声が追いかけてくる。 まずい、横腹が痛くなってきたし、息が苦しくなってきた。「姫様、もう少し頑張ってくださいっ!」「はひぃ、はひぃ、はひぃ」「見つけたぞ! 小娘はこっちだっ!」 前からも兵隊さん達が現れ挟み撃ちにされた。 ぜぇぜぇと荒い息をしながらどうしようと悩んでいたら、ボーマンが突然僕を抱きしめる。「ほえ? な、なに!?」「すいません。ちょっとだけ怖い思いをさせます!」 そういうとボーマンは僕を抱えたまま肩から廊下の窓へと突っ込んだ。 一瞬浮き上がる身体。 だがすぐに重力に捕まって僕達は落下し始める。 地面まではおよそ3mほど。 鍛え上げたボーマンにとっては然程の高さではないけれど、僕からしたら2階から飛び降りるそんな感じ。「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」 恐怖に引き攣った悲鳴を上げる僕を抱えながら、ボーマンは見事裏庭に着地する。 僕を地面に降ろすと、また手を繋いで問答無用に走り出す。 青い顔をしたまま文句を言う暇も無く走り始めるも、またすぐに酸素不足に陥る僕。「庭へ逃げ出したぞ! 追えっ! それと正門と通用門にも人を詰めさせろっ!」「くそっ、簡単には逃がしてくれないか」「はひぃ、はひぃ、はひぃ……く、苦しい……ひぃ、ひぃ」「頑張ってください、姫様。どこか奴等の目をごまかせる場所までの辛抱です」「ひぃ、ふぅ、ひぃ、ふぅ…わ、分かってる」 薄暗い庭の中、僕たちは必死になって外へと向かって逃げてゆく。 でも、僕の体力の無さがどうにも足を引っ張っている。 これってなんとかならないんだろうか? 治癒魔法でこの酸欠やら溜まった乳酸とかどうにか出来ないのかな? そう思って深くも考えずにボーマンの傷を治した力を発動させる。 もちろん対称は自分。 渦巻く魔力を体中に行き渡らせ、イメージをしっかりと固定する。 するとぼぉっと髪が淡く輝きだして、自分の周りを照らし始めた。「ちょっ、姫様、何してるんですかっ!!」「おお、苦しいの治った! 凄い! 酸欠や筋肉疲労も治るんだっ!」「姫様、そんなに輝いたらもろばれですからっ! 輝かないでっ!!」「どうせ見つかるんだから、そこは気にしないで行こうよ! 足元がちゃんと見えるほうが走りやすいしね」 遅れ気味だった僕は徐々にピッチを上げていって、ついにはボーマンの横に並ぶ。 うん、持久力が無いだけで瞬発力は然程悪くない。 これならボーマンと同じくらいは走れそう。「兎に角、正門や通用門は駄目になったから、違う逃げ道を探そう!」「他に逃げ道って!?」「とにかく城壁に向かってダッシュだよっ!」「わっ、ちょ、姫様!!」 後ろからわらわらと追っ手の気配が近づいてくるも、相手は帷子や装備品を付けている分、身軽な僕たちよりは足が遅い。 だけどいずれ狐狩りの狐の如く逃げ場を失ってしまうのは自明の理。 余裕のある今のうちになんとかしないと。 走っていると前方に生垣が何重にもなって何やら迷路のような造りになっている場所にでる。「ここだっ!」 ボーマンが僕を抱えて生垣の中に身を躍らせる。 僕も魔力をいったん切って身体の発光を止めた。 お互い四つん這いになって場所を移動し物陰に身を潜める。 案の定僕の光を目印に追ってきていた兵隊さん達は右往左往し始めた。「くそっ、どこに隠れた!」「生垣の中もきちんと探せ!」 生垣の迷路から少し離れた納屋の影までやってきて、ようやく僕とボーマンは一息いれた。 捜索隊は生垣を中心に僕たちを探し回っているので少し考える時間が確保できた。 僕は隣で息を潜めるボーマンに寄り添うように身を寄せ、これからどうするか訊ねた。「城外に出るには二つ方法があります。一つは城壁沿いに正門なり通用門なりへ行き強行突破するか……あるいは城壁の上から水掘にダイブするか、です」「城壁ってさ、結構高いよ?」「あれ位の高さなら水に飛び込む分にはなんとか大丈夫でしょう」「堀の深さって十分にあるの?」「人の背の倍以上はあるはずです」「飛び降りたとして、堀の向こう側まで泳いでいる間に先回りされない?」「……そこはなんとも。なるべく門から一番遠い場所で飛び降りるべきですね」「となると……あの階段を駆け上がって右回りにいって……」「赤い屋根の櫓辺りが一番最適かと」 とは言うもの、城壁の上にも結構な人数の兵隊さん達がうろついている。 特に櫓あたりには4、5人くらい固まっているのが見えた。 なるべくなら誰とも争わずに逃げたかったけど、それも無理っぽい。「あの人数じゃ無理かな?」「いえ、城壁の上なら足場はそう広くないので、俺だけでも何とかなります」「そうなの?」「囲まれるのが一番怖いんですよ、こういう時は。でもあの城壁なら前にだけ集中すればいい。といっても追いつかれるまでの間ですけどね」「出来れば切った張ったは嫌なんだけどね?」「贅沢は言っていられません」 そりゃそうだと言いながら、僕達は城壁へ向かって駆け出した。 なるべく相手に気取られないように治癒魔法を使うのはギリギリまで我慢する。 城壁までそれほど距離は無いのだけれど、それでも僕の体力では結構な試練だ。「居たぞ! 奴ら、城壁に上がるつもりだ!!」 あと少しで城壁というところで見つかってしまう。 ボーマンが僕に振り向いて頷いてみせる。 魔法を使って良いという合図だ。 合図と共に自分の身体に魔力を通した瞬間、すべてが軽くなる。「一気に駆け上がるっ」「うん!」 鞘から剣を抜いて階段を飛ぶように駆け上がるボーマン。 彼の後について駆け上がる僕。 そして階段の上で槍を構えた兵隊さんが2人待ち構えていた。「ボーマン!」「任せろ! あと、もう少し遅れて付いてこいっ」「うん!」 剣を構えて突っ込むボーマン。 そのボーマンに兵隊さんは槍を突きつけ牽制する。「舐めるなよ、小僧!!」「うぉぉぉぉぉぉっ!!」 ボーマンは突きつけられた槍を剣で払い一段上に進む。 兵隊さんは次の刺突を繰り出すために、払われた槍をすぐさま戻す。 その引きに合わせてさらに一歩前に出るボーマン。 引かれた槍はまた凄いスピードを持って前に突き出される。 ボーマンはその攻撃を見切って剣の腹で槍の軌道を逸らしつつ、兵隊さんとの距離を一気に詰めた。 焦った兵隊さんは槍を離して、腰の小剣を抜きにかかる。 だけどボーマンの方が一手早く兵隊さんを殴り倒した。「邪魔だっ!!」「ぐわっ」 狭い階段でしかも手すりもない場所。 倒された兵隊さんは城壁から足を滑らせて宙へと身を投げ出されてしまう。 その隙にボーマンは次の相手に向かって突き進む。「くそっ、落ちて堪るかぁっ!」 殴り落とされた筈の兵隊さんが、辛うじて右手一本で階段にしがみついている。 剣戟の音が聞こえる中、僕は思わず兵隊さんと見詰め合ってしまう。 城壁下までは多分5、6mはある。 重い武装もしている兵隊さんだ。 落ちたら多分……死ぬ。 ぶら下がっている兵隊さんの顔は徐々に青ざめている。 それはそうだろう、僕が彼の手を踏むなり何なりすればたやすく落とせるのだから。「は、ははは、おい、止めろ……、止めてくれ……」 引き攣った顔で僕に「止めろ」と懇願してくる兵隊さん。 この人が上ってくれば、僕達は捕まるかもしれない。 後のことを考えれば、きっとここで蹴落とすのが最善だ。 だから僕はゆっくりと彼に近づく。「止めろ! 止めてくれ! 俺にはまだ小さい娘が居るんだ! 死にたくないっ!!」 腰を落として彼の手に僕の手を重ねる。 後はこの手を階段から離せば障害が一つ減るんだ。 そうしたら僕達は一歩危険から逃れられる。 だから僕は……。「やめろぉぉぉぉぉぉ! ……お?」「そっちの手も上げて!」 かかっている彼の手首をしっかりと持ちながら、もう一方の手にも僕は手を伸ばす。 そんな僕を不思議そうに見上げる兵隊さん。 ま、気持ちは分かるけど、ね。「娘さんいるんでしょ? だったらちゃんと帰らないと!」「あ、あぁ……す、すまない」「いいから早く手を! ボクだってそんなに力があるわけじゃないんだから!」 恐る恐る手を伸ばしてくる兵隊さん。 僕はその手を掴んで何とか階段の縁へと引っ張り上げる。 階段の淵に両手さえかかれば流石は兵隊さん、すぐに上半身を階段の上へと引き上げてきた。「姫様っ!!」「あ、待って! 大丈夫だからっ!!」 もう一人の兵隊さんを伸したボーマンが、今にも這い上がってきそうな兵隊さんをみて慌てて戻ってくる。 僕はそんなボーマンを慌てて押し戻しつつ、兵隊さんを振り返った。 兵隊さんは僕の顔を見ると苦笑して行けと手を振る。「これで貸し借りなしだ、嬢ちゃん」「うん、怖い思いさせてごめんね。娘さん、可愛がってあげて!」「ははは、帰ったらそうするよ」「それじゃ!」 ボーマンに急かされながら、僕はこの場を後にした。「脱走者が来るぞっ!!」「おうっ!!」 目の前の赤い櫓から4人ほど人が出てきてボーマンと相対する。 そしてその後ろには大きな弓を持った兵隊さんが1人。 「堀に飛び込むにしても、あの弓持ちをなんとかしておかないとまずいな」 ボーマンは鞘が付いたままの剣を構えつつ、じりじりと彼我の距離を詰めてゆく。 鞘を付けたままにしているのは、多分僕に遠慮してのことだと思う。 人死を見たくないという僕のわがままを、言わずと理解してくれたのだ。 なんとも足手まといだな、僕は。 なのに僕といえば、相変わらずボーマンの後ろに隠れていることしか出来ない。 自分自身に少し歯がゆく感じてしまうけれど、他にやり方が思いつかない。 「姫様、俺が突っ込んで血路を開きます。その隙にあの櫓に駆け込んでください。お互いの位置を入れ替えられたら守るのが楽になります」「うん、分かった!」 僕が頷くのを見て、ボーマンは雄たけびを上げながら4人へと向かって突っ込んでゆく。 城壁の上は階段よりも広いとはいうものの、2人並んで武器を振り回すには狭い。 だからどうしても1対1にしかならない。いや、むしろそういう風に設計されているのだろう。 そして一対一なら、ボーマンはびっくりするほど強かった。 一人を殴り倒し、2人目を掘に突き落とし、今は3人目と切り結んでいる。 あっという間の出来事だ。 これなら隙を見つけるまでも無く簡単に制圧出来そうだ。「嬢ちゃん、後ろだっ!」 突然掛けられた声に思わず後ろを振り向く。 その頬の横を凄い勢いで何かが通り過ぎていった。「ほぉ、命拾いをしたな、蛮行姫?」「っ!」 名無しと呼ばれていたあの男の人が、大きな弓を構えて僕を狙っていた。 警告が無ければ多分、僕はあの弓に頭を射抜かれて死ぬところだった。 ちらりと階段のほうに目をやると、さっきの兵隊さんが身振り手振りで逃げろと言ってくる。 でもここで堀に逃げても、弓で上から射掛けられては逃げられない。 といって増え続ける兵隊さんを全員倒すのも無理な話。 きりりりっと弓を引き絞る音が不吉に響く。 僕はじりじりと後に下がりながら、名無しの騎士と睨みあう。 不敵に笑う彼の目は一点を指して動かない。 彼の狙いは……「ボーマン!! 危ない!!」「っ!?」「遅いっ!」 とっさに振り返って僕はボーマンを突き飛ばす。 僕とボーマンの間を矢は突き進んで、櫓の柱に突き刺さった。「うわっ! とっ、とっ、わわわっ!!」 突然僕に突き飛ばされたボーマンはなんとそのまま水掘へと落下してしまう。 あっれー? もももも、もしかして孤立無援になってしまった?「くはははは、なんとも間抜けだな、蛮行姫。手ずから自分の護衛の始末をしてくれるとはな」「あははは、そんなつもりは無かったんだけどね」「まぁ、いい。手間が省けた。投稿しろ。さもなくば手足を砕いて連れ帰るぞ?」「僕を傷ものにしたら侯爵様に怒られるんじゃないの?」「子供を生む機能さえ無事なら問題ない。むしろ手足など無いほうがいいかもしれんな」「うわぁ、寒イボ立った」 だるまになってしまった自分の姿を想像して背筋が寒くなる。 そんな未来は死んでもご免こうむりたい。 逃げ道はないかと周りを見回す。 水掘ではさっき僕が突き落としてしまったボーマンが泳いで堀の外へと向かっている。 城壁の内側は下の方が末広がりな形、丁度ダムの壁面のような感じといえば分かるだろうか。 あんなにつるぺたではなく所々に足場になりそうなでっぱりがあったりする。 逃げるなら内側だろうけど、こんな高さからこの城壁を駆け下りて無事に済むだろうか? 自分が鹿かヤギの生まれ変わり出なければ無理っぽいんだけれども。「諦めろ。お前に逃げ道などない」 普通に考えればそうだろう。 でもここまで来て捕まるのは嫌だ。 もちろん死ぬのも殺されるのも嫌だ。 僕が捕まるのが確定したからか、正門がゆっくりと押し開かれてゆく。 あそこまで…… あそこまで辿り着ければ、正門から逃げ出せるのではないだろうか。 それならば一か八かに掛けてみようと思う。 魔力が体中を駆け巡る。 僕の髪が淡く光りだす。「ふっ、治癒魔法を発動させたとて貴様に何が出来る」「そうかな?」「なに?」「人間ってね、本当は身体の潜在能力の数割しか使いこなせていないんだ。何故だか分かる?」「……知るか」「100%の力を出すと、筋肉はもちろん骨自体も耐えられないんだ。だから人は常に痛みというリミッターで全力を出せないようにしているんだ」「……」「でもね、その耐えられず壊れた身体を片っ端から治せるとしたらどうだろう?」「……まさか貴様は100%の力が出せると言うのか?」 嘲るように半笑いで僕を見つめる名無しの騎士。 だから僕もそれに負けないように不敵に微笑んでみせる。「100%を出す必要もないと思うよ。そうだね、取りあえずは第一段階30%の力で十分かな。それでもボクの身体能力は貴方に匹敵する」「世迷言を」「そう? 試してみれば良いよ」 そういって僕は腰に差していた剣を片手で抜き放つ。 なるべく余裕を見せ付けるように。 そして遠心力を利用して、全身の筋肉のバネを利用して思いっきり打ち付ける。 名無しは僕の斬撃の軌道を先読みして、僕の剣を受け止めた。 が、その勢いに押されて数歩後ろに下がってしまう。「!? なるほど、思ったより重いな……」「どお?」 僕は身体を巡る魔力を強く意識する。 強く意識すればするほど僕の体の輝きは増して、治癒のスピードも上がってゆく。「ふふふ、これが第2段階。ちなみにあとまだ、2回レベルアップできるんだ」「くっ……」「全力の一撃は城壁ですら砕くことが出来る。果たして貴方に受け止められますか?」「舐めるなよ! 小娘ぇぇぇぇ!!!」「はぁぁぁぁぁっ!!」 僕は出来るだけ大きな声を上げて剣を振り上げ、名無しの騎士に向かって放り投げる。 鋭い斬撃がくると思っていた名無しの騎士は、投げられた剣をもろに顔にぶつけて蹲った。 その隙に僕は城壁の内側の縁に立ち、少ない足場に足を掛けて駆け下りた。 あははは、見事に僕の口車に引っかかってくれた! そんなお手軽に強くなれたら苦労しないってーのっ!「ふなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」 まるでどこぞの未来少年の様に城壁を駆ける僕。 というか落ちているのか、駆けているのかも良く分からない。 一応足の裏にしっかりとした石の感触があるから、何とか大丈夫なんだろうけど。 とりあえず半分! 半分の高さまで駆け下りたら、あとは落ちても治癒魔法でなんとか助かる可能性がある。 頭の上のほうから「逃げたぞぉ!」という叫びが聞こえるがもう遅い。 恐怖に顔を引き攣らせ、悲鳴を上げつつ地面に向けて疾走する。 そしてついに地面へと降り立った。 というか、勢い付きすぎてごろごろと凄い勢いで転げてしまった。 最後は生垣に突っ込んで何とか九死に一生を得る。「あははは、全身ボロボロだよ……」 といいつつも、治癒魔法のお陰で負った傷は直ぐに治ってゆく。 立ち上がろうとして、足に激痛が走る。 どうやら足の骨が逝っちゃってるみたいだ。 ま、当然ではある。 脂汗を流しながら治癒魔法を全力でかけると、程なくして傷は癒えた。「こんなところでまごまごしてられない!」 治ったとはいえ痛みまで完全に引いたわけではないので、歯を食いしばりながらなんとか前へと進む。 酸欠と疲労を魔法で騙しながら、広い庭園の中を逃げ回る。 それでも一路正門に向かって走っているつもり。 でもなんかやばい。 何がやばいって、意識が朦朧としてきてるのだ。 多分、魔法を使いすぎてるんだと思う。 霞む視界に、時折跳ぶ意識。 くそっ、あともう少しなのに。 あともう少しで逃げられるんだ。 そうして僕は意識を失ってしまった。