凍てつくような寒さを運ぶ風にはリトラセ砂漠北部特有の細かな砂の粒子が混じる。
そんなリトラセ砂漠を旅する者は防寒と砂よけをかねて、肌の露出を減らした厚着の上に全身を分厚い外套で覆うのが昔からの習わしだ。
それは旅人達の移動手段が徒歩や騎乗生物から、防砂防寒対策の施された砂船となった今でも変わらない。
特に先行偵察を行う先守船に乗り込む者には、未だに必須といえるだろう。
先守船は役目の性質上、索敵地形確認を行いやすくする視界の確保と迅速な戦闘移行のために、小型水上船と同様のサイズで、屋根のないむき出しの構造となっている。
そんな典型的な先守船の舳先に立ち、これまた典型的な分厚い外套に身をくるむ二十をすぎたばかりの若い男性探索者は、頭上で行われる母船への収容作業を見守りながら周辺警戒を行っていた。
僅かに青白い肌の右手には鋭い穂先を持つ長槍。
背中からはコウモリのような形の翼が突き出ていた。
高魔力地帯に適応進化した人種の出身。俗に魔族と呼ばれる種族の青年だ。
「いつもなら母船が見えると安心できるけど今日は不安しかねぇな。手早く頼むぜ」
寒さが堪えるのか身体を小刻みに揺らしながら、若者が祈るような言葉を発する。
小さな先守船を木の葉一枚だと例えれば、母船である貨客砂船は中型と言ってもそれこそ巨木だ。
船体の中ほどに開かれた下部倉庫への搬入口からは滑車が姿を見せ、遭難者を乗せた吊り板がゆっくりと持ち上げられている。
分厚い砂の幕に閉ざされ暗闇と極寒が支配する木田リトラセ砂漠迷宮群においては、その城塞のような巨体は頼もしい限りだ……普段ならば。
異常を知らせる灯台で発見した遭難者。
遭難者をかつきあげて船まで運んだ後に倒れてしまった幼馴染みのパーティーメンバー。
砂漠内では襲撃を避けるために、本来は昼夜を問わず走り続ける母船の完全停泊。
こうも立て続けに想定外の事態が起きたとなると、この先もまだ何かあるかもしれないと警戒して彼が不安を覚えるのも止む得ないだろう。
「あの子は特に問題無く収容完了」
搬入口の前に吊り板が届いた所で、中から鈎棒が出てきて吊り板を手早く収納され始めると、船体中央で下から指示を出していた女性が安堵の息を漏らす。
先端に女性的なデザインの施された飾りを持つ身の丈ほどの長い魔術杖を背負った典型的な魔導師スタイル。
こちらも防寒用のぶ厚い外套を纏っているが、声の感じからまだ年若い事が判る。
おそらく青年と同年代。もしくは少し下だろうか。
「ご苦労さん。お嬢。ボイドの固定は大丈夫か? 手足が麻痺してるからちゃんと固定してあるよな」
青年は問いかけながら女性の方を見る。
視線の先には先ほど遭難者をつり上げたのと同じ吊り板がもう一枚あり、その上には重鎧の上に、同じく外套を纏った大柄の男性探索者が寝かされロープで固定されている。
彼が前衛を務めるパーティリーダー兼マッパーのボイド。
魔族出身の魔術戦士で哨戒役のヴィオン。
そしてボイドの妹である魔術師兼先守船の操舵士であるセラ。
この3人の下級探索者達が貨客砂船護衛探索者Bチームとなる。
彼等は護衛ギルドに所属し、同じく前衛後衛三人で構成された同ギルド所属のA、Cの三チームでの八時間交替での護衛任務へとついていた。
「問題ないない。大丈夫ちゃんと縛ってあるから。まぁったく探索者なら用心深く慎重に行動しろっていつも口うるさい癖に、遭難者に迂闊に触れて倒れましたって笑えないっての馬鹿兄貴」
痺れて動けないボイドの身体を、杖で突きながらセラはわざとらしく溜息を吐いた。
「うっせぇ愚妹。目の前で女子供が倒れてたら無条件で助けるってのが人情って奴だろうが」
ボイドはフードの奥から妹をぎらりと睨む。
言葉の呂律ははっきりとしており、痺れているのは末端の手足だけで済んだのは不幸中の幸いだ
「はいはい。そう言う台詞は妹の手を煩わせて無いときに言ってよね」
前衛専門であるボイドがまともに動けない状況で、さらに意識のない遭難者を抱えて特別区とはいえ迷宮内で立ち往生。
船を寄せていた灯台に魔物避けの簡易結界が施してあると言っても、その周辺に砂漠の魔物が絶対に出ないというわけでもない。
張り詰めていた気をようやく弛めることが出来たセラの声には多少の疲れが混じっていた。
「そこまで二人とも兄妹喧嘩は後にしとけ。今は仕事なんだからよ……よしAとCの連中も配置完了したみたいだな」
いつものじゃれ合いに近い口げんかを始めた兄妹に呆れ顔を浮かべていたヴィオンは、他の護衛チームが船体周囲に展開を終えたとの通信を聞いて、長槍を肩に担ぎ直した。
「お嬢ここは任せる。本船の結界もあるしミッド達もいるから大丈夫だろ。俺は灯台岩の周辺をざっと見てくる。他の遭難者が近くにいるかも知れないからな」
いつまでも危険な迷宮内で本船を停泊させているわけにはいかない。
周囲を探索し他の遭難者を捜す事ができる時間は、ボイドの収容が終わり本船が動き出すまでのごく僅かしかない。
「ヴィオン。わりぃ。あの子の握っていた剣の本来の持ち主を見つけてやってくれ」
「気をつけて。難破した砂船が近くに有るかもしれないから、砂山の影とかも確認してみて。それと探しすぎ注意よ。ここから離れる前に光球を上空に上げて知らせるからすぐに戻ってきなさいよ」
助けた少女がきつく握りしめていた柄は大剣の物だ。
折れた刀身がどのくらいの大きさだったかも想像するのは容易い。
常識で考えればそんな大剣をあんな小さな少女が使うわけもない。
だとすれば本来の持ち主がいるはずだ。
気を失っていても手放さないほどに強く握り締めているのだから、よほどの思い入れがあるのだろう。
ひょっとしたら少女の肉親なのかも知れない。
この常夜の砂漠を移動するなら、探索者ならともかく旅人が砂船を使うのが昨今の常識。
おそらく事故か襲撃で砂船を放棄せざるえなかったのだろう。
そして外見から見てもまだ10代前半。下手すれば一桁台の少女が歩ける距離などたかが知れている。
セラの言うとおり、動けなくなった船が近くに有る可能性は高い。
なぜ少女がたった一人で灯台に倒れていたのか疑問も残るが、探してみることは無駄ではないはずだ。
「おう。ざっと見てくる」
左手をあげて二人達に答えると、凍てつく冷気で固まっていた背中の翼を一度動かし積もっていた砂を振り落とす。
背中の翼へ魔力を込めてから軽く船体を蹴ると、翼の持つ魔術特性『浮遊』が発動し、ヴィオンの身体は音もなく宙に浮かんでいく。
途中で先ほど回収されたばかりの少女を中心に人だかりができ、ざわめきが起きている搬入口の横を通り過ぎる。
一瞬で通り過ぎた為に何を騒いでいたのかはよくは判らなかったが、あのざわめきはまさかあそこまで幼い子供だと思っていなかった事で起きたのだろうか。
「驚いてるな。まだ小さな子だもんな……まずは、灯台岩の周りをぐるりと飛んでみるか」
あっという間に本船の見張り台よりもさらに高い位置へと浮かび上がったヴィオンは、上空からざっと周囲を見回して探索範囲の見当をつける。
ついで左手で魔術触媒である黒い小石を懐から取り出し、鋭く細い口笛のような短縮詠唱を鳴らす。
左手の小石が砕け散って砂へと変わると同時に、ヴィオンの周囲で強い風が巻き起こりその背中を押し始めた。
空中高速移動を可能とする高位魔術と違い、浮遊はただその場でぷかぷかと浮かび上がる事しかできない。
だがこれに風系の魔術を組み合わせることで、自由自在にとまでは行かなくとも、帆に風を受けて奔る帆船のように動ける。
魔術の組み合わせとしてはオーソドックスな合わせ技だ。
もっとも異なる系統の魔術を同時に操るには、それなりの修練が必要となるので、そこそこに難度は高い。
だがヴィオン達のような稀少特性、翼のある魔族や翼人達。翼その物が魔具のような種族は別だ。
僅かな魔力を翼に通すだけで浮遊が発動させることが出来るので、比較的楽に空中移動を可能としていた。
「ちっ……砂に足を取られないのは良いがやっぱ見えづらいな。だからって光球をばらまくと余分な物も呼び寄せるかも知れねぇしな。灯台の灯りがあるのが唯一の救いか」
空を飛びながらヴィオンは小さく舌を打つ。
短時間で少しでも探せる範囲を広くする為には、なるべく高い位置を飛ぶしかないが、この暗がりの中で地上の痕跡を発見するのは容易ではない。
それに北リトラセ砂漠のモンスターはその大半が地上や地下を住処とするが、空を活動の場とする物も僅かにいる。
そして砂漠特有の起伏に富んだ地形は、幾つも大きな影を作り出し見通しを悪くしている。
大型の砂船であれば発見も用意ではあるが、あの少女の乗っていた船が、小型であれば見落とす可能性は高い。
灯台の設置された岩場を中心にしてゆっくりと飛び、上空からの襲撃を警戒しながら、灯台からの僅かな灯りを頼りにヴィオンは真っ暗な地上へと目をこらしていく。
だが見通せる範囲内に動く人影や砂船らしき形を発見することが出来ない。
なにも発見出来ないままヴィオンは灯台岩を半周して、本船が停泊している反対側へと出てしまう。
残り半周でもなにも発見が出来なければもう少し範囲を広げてみるべきか?
まだ本船が動き出すまでは時間はあるはずだ。
「まだ動き出してないよな…………ん。あれは?」
セラからの合図が無いことを確認する為に振り返ろうとしたヴィオンは、違和感を覚えてその場で止まる。
暗がりとなっていた為に判りづらいが、灯台岩から少し離れた結界を構成する為の子岩で何かが光っていた。
何らかの手がかりになるかと、先ほどとは違う触媒を一つ取り出して、再度口笛のような短縮詠唱を唱える。
ヴィオンが術で呼び出したのは小さな光球だ。
それを何かが光った位置へと放り投げる。
淡い光に浮かびあがったのは、白くぶよぶよしたミミズのような形の長い身体を持つモンスターだ。
しかしその大きさはミミズなどとは比較にならない。
「ありゃサンドワームか?」
ヴィオン達の乗る先守船すらも一飲みにする事が出来そうな巨大な口蓋に、巨木のような太い胴体。
ここ北リトラセ砂漠特別区に君臨するサンドワームだ。
だがこの大きさでも、これは幼生体に過ぎない。
老体まで成長すれば街一つを飲み込んでしまうほどまでに巨大化し、大陸の地下に広がる迷宮を拡張、再建、改造していく代表的な迷宮モンスターになる。
そんな巨大なサンドワームが、まるで昆虫採集された虫のように岩壁に縫い止められて息絶えていた。
ヴィオンは下降して岩へと近付いてみる。
サンドワームが縫い付けられた岩はよほど強い衝撃が加わったのか、全体に細かいヒビが入っている。
ぐちゃぐちゃに砕けたサンドワームの頭部には折れた大剣が一本突き刺さったままで、さらには腹が切り開かれていた。
刀身だけが残り、周囲には柄は姿形もない。
その折れ口は先ほど助けた少女が強く握っていた柄の折れ口とそっくりだ。
おそらく両者はピタリと合わさるだろう。
そしてサンドワームの下には巨大な何かを引き摺ったような線が色濃く残っていた。
その線を目で追ってみると、途中で途切れておりそこには何かを引き抜いたようなくぼみが出来ていた。
状況から素直に予測すれば、強烈無比な突きでサンドワームの頭部を貫き、勢いそのままに砂地から引き抜いただけでは飽きたらず、そのままの勢いで壁に打ち付けた。
「……おいおい。どれだけ力任せだよ」
思わず湧いた自らの想像に、呆れが混じった感想がヴィオンの口から思わず漏れる。
さすがにそれは無茶すぎる。
どれだけの力があれば、こんな芸当を可能とするのだろうか。
力業が得意なボイドでもこの足場が悪い砂漠において、能力開放状態は別としてもこれほどの膂力を発揮できるかは微妙だ。
それ以前にこのサンドワーム相手に、近接戦で挑もうと思う事自体が間違いといって良いだろう。
弾力性の高い肉体は生半可な斬撃を軽く受け止める。
巨体にもかかわらず高い敏捷性と砂の下を自由に動ける特性。
自然とこちらの攻撃機会は少なくなるサンドワーム相手の戦闘は距離をとりつつ、顔を出した所で遠距離攻撃がセオリー。
そうでなければ逃げの一手がもっとも無難な選択肢になる。
周囲には矢等の飛び道具や、魔術が使われた跡を見る事はできない。
この剣士は近接戦闘で倒しきるのは難しいサンドワームを剣一本で倒しきったというのだろうか?
「と、感心してる場合じゃないな。まだ砂に跡が残ってるって事はこれやった奴が近くにいるか」
どんな人物だろうかと想像を始めようとしていたヴィオンだったが、探索が先だと思考を打ち切る。
リトラセ砂漠の砂は細かい。
僅かな風でその形をすぐに変えてしまう砂漠に、ここまでくっきりと虫を引き抜いた跡が残っているということは、まだ戦闘が行われてからそう時間は経っていないはずだ。
この周囲を地上から探した方が見つけやすいかも知れない。
翼に込める魔力を減少させてヴィオンは一気に下降する。
――シャリ
砂漠に降り立ったヴィオンの足下で軽い抵抗と共に、まるで冬場に霜を踏んだかのような音が一瞬だけ鳴り響く。
違和感に膝を着いて足下の砂を掬ったヴィオンは、フードの奥で眉を顰める。
本来はさらさらと手からこぼれ落ちるはずの砂が掴めてしまう。
表面の僅か下。極浅い部分だけが、どうやら水分を含み凍りついているようだ。
その上下は本来のさらさらとした砂地のままだ。
二、三歩歩いてみると同じように軽い抵抗と共に氷を踏み抜く音が響く。
「なんでこんな所で……この辺り一面そうなのか」
表面を普通の砂が覆っているので気づかなかったが、凍りついているのはヴィオンがたまたま降り立ったここだけではなさそうだ。
新たに砂が覆っているということは戦闘が行われてからはそれなりに時間が経っているはずだ。
「跡が残っているのは時間が経ってないからじゃなくて、凍って形が崩れなかっただけ……っ!?」
どうするべきかと考えていたヴィオンは氷が割れる僅かな音に気づく。
本能がならす警鐘に従いヴィオンは、翼に魔力を込めて一気に空中に飛び上がる。
ヴィオンの身体が地から離れたその刹那、先ほど立っていた場所が盛り上がり巨大な何かが姿を現した。
光球の灯りにうっすらと浮かび上がったのは、白い頭部と固い岩盤を容易く砕くぶ厚く頑丈な放射状の歯。
「別口のサンドワームか!」
崩れてた体勢を空中で直しながら、ヴィオンは右手で槍を握り左手を外套の中に突っ込む。
砂漠を行き交う商船護衛で幾度も戦闘経験のあるサンドワームだ。
次に何を繰り出してくるかなど予想するのは容易い。
ヴィオンが取り出したのは鉄のような硬い鱗をもつ剣魚の牙。
「ファルンの牙よ! 壁となれ!」
魔術触媒を左手に構えたヴィオンの口から簡易詠唱が放たれると同時に、サンドワームの口蓋から空中を飛ぶヴィオンに向かって圧縮された砂の固まりが撃ち出された。
元が砂といえど硬く固められた硬度と勢いは、鉄の砲弾が飛んでくるのとさほど変わらない。
まともに当たれば骨は砕け肉は引きちぎれる。
しかしヴィオンの術発動が、ほんの一瞬勝る。
間一髪ヴィオンの目の前に薄い白銀色の六角状の幕が広がって、寒気を覚える勢いで迫っていた砂弾を受け止めた。
幕にぶち当たった砂弾は弾け飛びヴィオンの周囲に渦巻く風に乗って漂いはじめる
。漂う砂は、外套から飛び出てむき出しになったヴィオンの翼にも纏わり付いてくる。
砂弾を受け止めてみせたのは、ヴィオンが唱えた剣魚の牙を触媒として発動した魔術盾だ。
魔力で作られた盾は打ち消し合う為に魔力攻撃には弱いが、物理攻撃に対しては極めて有効的な術。
そしてサンドワームの砂弾は硬さと勢いは砂船の装甲版を貫くほど強力だが、魔力を持たない。
サンドワームからの攻撃を受け止めつつ、長槍に風を纏わせた遠距離攻撃で仕留めるのがヴィオンのいつものやり方だ。
「なっ!?」
だが今回は勝手が違った。
砂弾を受け止めた魔術盾が魔力攻撃を受けかき消された時のように、音も無く消失していく。
ヴィオンの顔と驚愕の色が浮かぶ。
砂弾の一撃で魔術盾が消失したことなどこれまではなかった。
狼狽しながらも、ヴィオンは状況を手早く判断する。
術の詠唱に間違いはない。
触媒も管理協会公認の工房で作られた高信頼度の物。
術は完全に発動していた。
そうなればサンドワームの吐き出した砂弾を疑うしかない。
迷宮モンスターは常に同じ能力を持っているわけではない。
個体が突然変異で特異能力を持つこともあれば、種族その物が進化しまったく違う特性を持つ事もざらにある。
サンドワームが魔力を持つ攻撃を繰り出したとしてもおかしくない。
明確な確信は持てないが、いつもとは違う相手の攻撃に策もなく挑もうと思うほど、ヴィオンは無謀ではない。
だが逃げるわけにも行かない。
攻撃の質も見極めないまま、このまま本船に戻る選択は有り得ないからだ。
ヴィオンの作りだした魔術盾とは規模も出力も違うが、本船の防御結界も同様に魔力を用いた術。
万が一だがかき消されないとも限らない。
幸いサンドワームの敏捷性は、砂から飛び出てから砂弾を吐き出すまでの時間から見て、いつもとさほど変わらない。
ここは距離をとりながら砂弾を回避。
サンドワームが何をしたのか見極めるべきだ。
「嫌な予感が当たりやがったか! っっておい!」
背中の翼にさらに魔力を込めて高く飛び上がり距離をとろうとし、またも驚きの声をあげる事になった。
翼に思うように魔力が込められない。
ヴィオンにとって翼は生まれたときからある物。手足を動かすのと同じくらいの気安い感覚で魔力を通すなど造作もないはずだ。
だが今は違う。魔力を送りこんでも翼に貯まっていかない。魔力が送れていないのではない。
まるで穴の空いた桶に水を汲んでいるかのように、翼に留まるはずの魔力が外に抜けていく。
「ちっ! マジか!?」
立て続けに想定外の事態が続きヴィオンは悪態を吐く。
このままではすぐに魔力は尽き浮遊の効果は切れてしまう。力を失えばあとは地上に叩きつけられるだけ。
いくら下が柔らかい砂地とはいえ、この高さから落ちたのではダメージは免れない。
絶対的な有利である空中を即座に捨てる決断をしたヴィオンは地上にむけて一気に降下した。