頂点まで昇った月のほのかな明かりが、林の中にぽっかりと空いた野原を照らす。
高い草に囲まれぽつんと存在する古井戸からズレ落ちた石蓋の横に膝をついて、フォールセン・シュバイツァーは錆びついた鉄鎖をその手に取る。
鋭利な刃物で切断されたとおぼしき断面だけが、月の明かりを受け鈍く輝いていた。
「申し訳ございません旦那様。屋敷内や敷地内をくまなく探したのですが、ケイス様はおられません」
カンテラを片手に井戸を照らす老家令のメイソンの顔には、焦りの色が浮かんでいた。
ケイスの姿が、屋敷内で最後に確認されたのは昼を少し過ぎた辺り。
庭の一区画にある修練場で稽古をしていた院生達が、遠目に稽古を見ていたその姿を発見したのを最後に行方が知れていなかった。
屋敷に滞在中のケイスは基本的には日中は調べ物があるからと図書室に閉じこもっていることが多く、夕刻までは姿を見ないのがざらだった為に、その不在にメイソンが気づいたのは、何時もなら時刻きっかりに来る夕食の席にケイスが来なかったからだ。
ケイスはロウガに潜んでいる陰謀劇の証言者であり、実際にその身を狙われていたからフォールセンの邸宅でその身柄を預かり、安全を確保していた重要人物。
その行方が知れないという事態に、メイソンはすぐに使用人達と共に敷地内の捜索をしたのだがケイスの姿は見つからないままだった。
「正門や裏門にも異常はなく、こちらの井戸の封印が破られていたのを院生達が見つけたそうです」
大人達がなにやら右往左往してケイスを探している様子に、興味を引かれた一部の子供達も勝手に探索に出ていたようで、ケイスの代わりに固く封印されていたはずの井戸の蓋が開いていたのを発見したという経緯をメイソンは語る。
井戸の位置はケイスが最後に目撃された小道から、少し林の中に入った場所にあり、他には何もないので普段は誰も近づかない奥まった位置だ。
だが孤児達の中でも冒険好きな子供達にはその存在が知られていて、草木が絡み朽ち果てている外見や厳重に封をされている所為か、呪いの井戸だとなんだと言われている場所だ。
しかしまだ少年と呼べた若い頃から屋敷に仕えているメイソンはこの古井戸が、かつては緊急時の抜け道として整備されていたという逸話を聞かされていた。
「この乱れの無い切り口はケイス殿だな。おそらく自身の意思で抜け出したのであろう」
四隅に施された鎖が見せる切断面は滑らかな鏡面のようで、これだけの剣の冴えを見せるのは屋敷内にいた人物ではケイスしかいない。
ケイスの出自がフォールセンの想像する物であるならば、この古井戸がロウガの地下を縦横無尽に走る水路と繋がっているのも知っていてもおかしくは無い。
だがケイスが抜け出した理由が判らない。
犯人がわかったから斬りにいったと考えるのも無理がある。
いろいろな伝手から情報を集めているフォールセンですら、ようやく事件の黒幕とおぼしき人物の目星をつけたばかりで、まだ確信や証拠を得ていないというのに。
ただ資料室にある物を調べただけでは、自分と同じ推測までは至らないはずだとフォールセンは確信を持っている。
「ケイス殿は今日どのように過ごしていた?」
「はい。いつも通り朝食後は午前中から資料室に篭もっておられました。途中にウォーギン君とご友人のルディア嬢がお見えになってご歓談をなさった以外は、別段お変わりは無いご様子でした。会話を盗み聞きさせていただきましたが、ケイス様はロウガの権力争いの根の深さに憤りを覚えておられましたが、その複雑さ故に計画の主犯を絞り込めていないとおっしゃっておられました」
ケイスの無軌道な性格、常識外れの行動力、人間離れした身体能力と精神力、そして端から見れば馬鹿ではあるが極めて高い知能を持つという、何とも難儀な性質はフォールセン邸の使用人達も重々承知している。
何をしでかすか判らないと聞かされていたので、その言動を密かに見張るようにとフォールセンも指示を出していた。
「やれやれ……レイネにまた叱られることになりそうだな。この状況でケイス殿が屋敷から出て行った理由の推測は出来無いな」
ケイスが取り返しのつかないことをしでかす前に、フォールセンは今回の件を終わらせようとしている。
その為多少のリスクは覚悟の上で、わざわざロウガ支部まで今日は赴いたというのに、肝心のケイスの所在が不明では意味が無い。
「万が一を考えシドウ家周辺への監視の使い魔を増やしますか? ケイス様のあのご容姿では、ユキさんへの怨恨を持つセイカイ殿とトラブルの種となる可能性もあります」
フォールセンが黒幕として目星をつけている名家シドウ家の一員であるセイカイにケイスが現状でたどり着けるはずが無いが、その可能性は0では無い。
何よりの懸念はケイスの容姿だ。
ケイスはあまりにユキ・オウゲンと似すぎている。
シドウの本家筋でありながら、傍流として冷遇されることになった件には、ユキも深く関わっている。
メイソンの懸念はフォールセンも同様に覚えていたが、
「いや止めておこう。下手に増やせばそれだけで私の動きを勘ぐって余計な者達が動き出すやもしれん。あくまでも平時と同様に街中の監視程度に留めるしかあるまい」
フォールセンが現役管理協会支部長時代に街中に使い魔を使った監視網を創っていたことを知る者もまだ多く、今も細々ではあるが残っていると気づいている者達も存在する。
強い影響力を持つフォールセンが疑惑を口にしたり、平時と違う行動すれば、それだけでその言葉や行動を自分の益のために使おうとする者も多くロウガは大きく荒れることになる。
あくまでも平時と同様。もしくは疑われない程度に収める行動しかない。
そしてその行動許容範囲内で、ケイスを探すしか無い。
なるべく気取られないようにする為にも、あまり人手を割けない。
一番確実にケイスを探すにはフォールセン自身が動く事だ。
ケイスにはフォールセンと同じ龍の血脈が流れる。
近くにいれば確実に気づくほどに濃い龍の血が。
ケイスが現れそうで、そしてフォールセンが屋敷から出ていても疑われない状況。
しばし考えてからフォールセンは、見事にその状況に当てはまる舞台を思いつき僅かに息を吐く。
ロウガの有力者達が一斉に集まり、それだけでなく有望な探索者や探索者を目指す若者達が集まる式典が明日、ロウガの大広場で執り行われる。
始まりの宮へと挑む探索者を目指す若者達を激励し、迷宮へと送り出す出陣式が。
有力者達の顔を直接確かめられる機会。そしてなにより探索者を志すケイスが、その場に現れる可能性は極めて高いはずだ。
「あまり祭り上げられるのは引退した身としては好まないが仕方あるまい。メイソン。明日の出陣式に私も出席すると連絡を頼む」
大英雄であり、元支部長でもあるフォールセンにも、毎期ごとに執り行われる出陣式への招待状が届けられているが、あくまでも主役は若者達であり自分では無いと、出席を固辞し、祝辞のみで済ませてきた。
普段は出席しない自分が出れば、それだけで今期の探索者達に過剰な期待が寄せられるかも知れないが、背に腹は代えられない。
「かしこまりました。旦那様がご出席となればサナ王女殿下も大変お喜びになられます。是非とも自分の晴れ舞台を、師である旦那様にその目で見ていただきたいと何度もおっしゃっておられましたので」
前ロウガ女王であり祖母でもあるユイナとよく似た容姿に、ソウセツと同じく背には大きな猛禽類の翼を持つロウガの若き王女サナ・ロウガは、フォールセンを大爺様と慕っており時折屋敷を訪れ、院生達に混じり剣技の手ほどきを受けていた。
「少しだけアドバイスをしただけで師と呼ばれるほどではないのだがな。それに今回はサナ殿を出汁に使うことにもなりかねん……セイカイ殿の孫。セイジ殿をこの目で見る良い機会ではあるな。ナイカ殿の話では傑物として知られる若手の有力候補とのことだ」
そして今期の始まりの宮に挑む若者達の中には、セイカイの孫であり、ロウガで行われている武術大会で何度も優勝をし将来を期待されるセイジ・シドウという青年もいるという。
もしフォールセンの推測が当たっているならば、今回の一連の企みはセイジ・シドウという青年を、今期でもっとも有能な新人探索者として仕立てるために、仕組まれた可能性が極めて高い。
ナイカの評価では、そんな企みが無くとも今期の探索者志望の中では一、二を争う実力があるというのに。
そんな無駄であり、無謀な陰謀を企てたのも、全てはセイカイ・シドウが深く持つ怨嗟ゆえ。
半世紀も前に過ぎた過去が今に悪影響を及ぼす。
「祖父母時代の遺恨を、若き者達へと押しつけるわけにはいかん……な」
深く息を吐いたフォールセンは天を見上げる。
薄雲がかかり、月の明かりが僅かに遮られる様に、何ともいえない不安がその胸を過ぎっていた。
普通に考えれば式典は何事も無く終わるはずだ。
そこでケイスを発見できれば、それで凌げる。
何も起きず、決められたとおりに式典は進み、始まりの宮に挑んだ若者は、探索者と至る者、力尽き至らぬ者と明暗が分かれる。
それが何時ものこと。
だが今期は違う。
不可測的要素の固まりがこの地にはいた。
先も見通せない暗闇の中をケイスはただひたすら水路沿いに進む。
部屋中を埋め尽くさんばかりにいた死霊の群れは既に影も形も無く、じつに静かな物でケイスの足音とちょろちょろと流れる水の音だけが響く。
上の水路と違い生きものの姿は皆無。
時折、足音と水音に混じる胃が訴えるか細い悲鳴に対し、ケイスは胸元から出した角砂糖を囓りながら何とか誤魔化す。
空腹や精神的な疲れもあるので、周辺警戒はラフォスに任せきりで、今のケイスはただ歩くだけだ。
『娘。その非効率な身体はどうにかならんのか。全力で動けば動くほど、すぐに動けなくなるのでは先が思いやられるではないか』
「ん。私が美味しそうなのか獣やモンスターも襲いかかってくるからな。ご飯には困らないんだが、いないとなると問題だな。その辺に新しい死体でも転がっていないか?」
『……同族食いだけは止めておけ。碌な事にならん。人の世から排斥されるぞ』
人の死体だろうと全く気にせず腕にかぶりつくケイスの姿が容易に想像できて、ラフォスはゲンナリとする。
龍とも人とも違う常識を持つ頭のおかしいケイスが、人間を同族と見ているか微妙だが、世の常識をケイスに諭す。
龍が、人間に、人の世の理を諭すという、当事者で無ければ実に滑稽な事態だと笑えるであろうに。
「むぅ。違うぞお爺様。何か食べ物を持っているかも知れないからだ。人だけは食べちゃダメだとミュゼにも散々に叱られたからな。それに歯しか使えず指を噛みちぎったことならあるが、人の血肉はたいして美味しくないぞ。たばこ臭かったからすぐに吐きだしたな」
『お前の発言では美味かったら食うというようにしか聞こえんな……娘。いたようだ。この先すぐだ』
どうにも不穏なケイスの返しにぼやきながらも、力の落ちているケイスに変わり周囲を探っていたラフォスが先にその存在に気づく。
足を速めたケイスが進むと、水路が軽く湾曲した部分に引っかかっている死体が1つ明かりの中に浮かび上がってきた。
うす焦げ茶色の髪をした男性の遺体は旅人用の頑丈な外套を纏っている。
その外套の背中側に大きな切り傷があり、途中で折れた矢が肩や脇腹辺りに刺さっている。
執拗に追われていた姿が想像できる。
燭台を横に置いてから、半分以上が水に浸かっていた死体を手足が千切れないように慎重に掴んで引き上げてから、ごろんと裏返す。
青白くなり苦悶を浮かべる髭顔にも、いくつもの傷があり、特に頬の辺りはひどく裂けていて歯が見えていた。
左目は腐り落ちたのか、それとも鼠辺りに食われたのか抜け落ちている。
右手をとってよく見てみれば親指以外の指が欠損していた。
切断面から見るに分厚い短刀辺りで叩き斬られていて、その人差し指がケイスが拾った指の切断面と同じ形をしていた。
指と指輪は写しを取るために上の店に置いてきたので今は持っていないが、自分が剣の切り口を見間違うはずが無いので、この中年男性の死体が探していた人物で間違いと結論づける。
「思ったより原形を留めていて良かった。水が冷たい所為だろうな。これならそのまま肩で担いでも問題は無さそうだ」
短身のケイスでは成人男性を背負うのは無理だが、腐敗が思ったより進んでいなかったので、連れて帰るにはそう苦労し無さそうだ。
場合によっては手足を切断して背中で背負えるように一纏めにする事も考えていたが、これなら大丈夫だろう。
死霊術師の店だけあって、薄いが頑丈な麻で出来た死体袋がいくつもあったので、大きめな物を一つ借り受けていてたケイスは、腰に吊していた死体袋を取り外して、小さく折りたたまれていた袋を早速広げていく。
あとは上につれて帰り、身元を確かめ、家族の元に送ってやるだけだ。
なにやら事件に巻き込まれて殺されたようだが、ケイスはそれについては特に何も思わない。
もしこれが生前を知っている親しい者だったり、送り届けた家族から、敵をとって欲しいと懇願されれば、その敵をとるために動くであろうが、今の現段階ではケイスの琴線にはただの死体というだけで何も作用はしない。
ケイスはただこうした方が良いという教えられた事にしたがっているからに過ぎないからだ。
もし迷宮内で朽ち果てていくだけの探索者の死体を見たら、それが自分とは関係なくとも余裕があれば連れて帰り、弔ってやるという、探索者達が基本的に行っている流儀をただ守っているだけだ。
ただ淡々と死体を詰めていくケイスの行いに、ラフォスはどうしても考える。
ケイスの価値観は一年近く一緒に過ごしたラフォスでも、未だに理解しがたいときが多々とある。
他の者であれば心に傷を負って気にするようなことを、一切気にもせず、ただ己の思うがままに振る舞ったかと思えば、他者ならば諦めたり、傍観するような難儀に、自分から飛び込んでいく。
それらを決定する要素は全てただ自分が好きか嫌いかその一点だけ。
あまりに無謀で後先を考えないケイスの行動は、万事その意思に従い動いている。
結局の所だ。ケイスの行動を決定づけるのはその意思だけであり、それが己を窮地に追い込むやとしても、ただ飛び込むだけ。
あまりに歪で純粋すぎる生き様は、神々が望む存在として、神々の享楽を、渇望を、そして閑暇を満たす為に、最適すぎる。
ウェルカはそんな神々の思惑さえもケイスなら越えるはずだと楽観しているようだが、ラフォスにはそう思うことは出来無い。
龍はその魔力を用い理を塗り替え改変する。
しかし神は、その理さえも無から作り上げる。
あり得ない事が起こり、起こるべきはずのことが起こらない。
全てが神の思うままに動くこの世界において、全ての生物は自由に動いているように見えて、ただの遊戯版の駒。
それが自分達なのだと、ラフォスは、古い龍王達は誰もが知っている。
「ん。お爺様どうかした? なにか不穏な気配でも感じ、っと」
何時もなら小言をあれこれと五月蠅いラフォスが珍しく黙っていることに気づいたケイスが気を一瞬そらした瞬間、外套の一部が大きく裂ける。
元々切れ目でも入っていたのか、びりびりと裂けた裾を上手く掴み直したケイスは、そこで気づく。
気づかされる。
表地と裏地の間に設けられた隠しポケットに挟まっていた羊皮紙の束が床に落ちた。
しっかりとした防水処理がされていたのか、しばらく水に浸かっていた外套の中に隠されていたというのに、そこに描かれた図柄や、文字にはにじみ1つ無い。
ゆらゆらと動く燭台の炎の中に映し出されたその図はケイスには見覚えがある物が描かれていた。
「これは……お爺様。この形はあの妖水獣の卵や成獣の写しだな」
『そのようだな』
詰めかけの死体を床へと下ろしたケイスはその羊皮紙の束を取り一枚一枚確認していく。
そこに書かれていたのは、酒の交易商人だった男の十数年にも及ぶ怨嗟と執念の記録だった。
ロウガから遥か西国で起きた、名も知らぬ村と蔵元が使う水脈に、妖水獣が発生し、それが解決したあとも、風評によって滅びていく様を。
そしてその裏側で起きていた一人の若手探索者が名声を得るために起こされた陰謀劇を克明に記録していた。
羊皮紙にはケイスが戦った探索者達の似顔絵や、その手口、そして類似した件がいくつも記録されていた。
もっとも新しい日付にはケイスが関わった牧場の件。
そしてその依頼者とおぼしき名家の名と、名声を得るはずの探索者希望の男の名も記してあった。
長年追い続けようやくその尻尾を掴んだ商人だったが、そこで気づかれ、こうして屍をさらすことになったようだ。
商人の残した人生の記録を一枚読むごとにケイスの顔には険しい色が浮かんでいく。
これはケイスには許せない。
ケイスの心を苛烈に動かすには十分すぎる。
全てを読み終えたケイスは姿勢を正すと、目の前の倒れ伏した商人へと向かって深々と一礼をする。
「生まれ故郷を汚され、全てをその汚名を晴らすために注がれた貴殿の思いはしかと読ませていただいた……その無念。私が受け止める。これは私の敵でもある。私がこの卑劣な企みを白日の下に晒して見せよう」
敬意と哀悼の意を持って頭を下げたケイスは、顔を下に向けたまま誓いの言葉を口にする。
「お爺様。明日の朝にはロウガの大広場で始まりの宮に挑む者達の出陣式が執り行われる。その場でセイジ・シドウという輩を斬り、この企みを全て暴くぞ」
この男を、探索者としてはならない。
こんなやり方で自分の進むべき道を汚されて良いわけが無い。
ケイスの心は既に決まっていた。
『あの薬師がいうには、出陣式とやらにはこの地域の王族や有力者も多数集まるという話だったな。警備は厳重となっているはずだ。碌な装備も無くどうする気だ?』
そんなところに単独で斬り込むなど正気の沙汰では無い。
斬り殺すべき相手までたどり着く前に拘束魔術の良い餌食となるだけだ。
いくらケイスといえど、剣一本でどうこうなる状況でない。
「この上は旧工房区画だ。そしてウォーギンも今はこの区画に居を借り受けている。ウォーギンならば拘束魔術を一時的に遮断する魔具の1つや2つ持っている。昼間に住んでいる場所を聞いておいて良かった。私はやはり運が良いな」
ケイスは迷い無くすぐに答えを返す。
自分が斬るべき者を見つけられなかったケイスだったが、目標が明確になったことでその持てる限りの能力が全稼働を始めていた。
『……出来過ぎだな』
己の懸念が見事に当たった事にラフォスは忌ま忌ましさを覚える。
おそらく何かがねじ曲がった。
本来あるべき道が歪み、運命がケイスの前に現れた。
地下水路で拾った偶然拾った指から、元々ケイスが関わっていた案件まで繋がる。
都合が良すぎる。
あり得ない。
だがケイス故にそれは起こりえる。
”本来”であれば、この死体と羊皮紙は数十年以上もこの薄暗い地下に眠るはずであった。
深く暗く蓄積された怨嗟の感情はやがて死霊となり、周囲に溢れる自我を失った死霊の群れに感染し、祟りとなりロウガの街に壊滅的な破滅をもたらすはずだった。
それを解決するのはロウガで生まれ育った一人の英雄。
だが英雄はその最後に知る。
自らの始まりの功績こそがこの悪夢の全ての元凶であったと。
自責の念により英雄は自死をして果てる。
それは数十年後に起こるはずの悲劇
だがそれは起こらない。
眠るべき思いを掘り起こし、祟りとなるべき死霊を全て取り込んだ者がいる。
周到に仕込まれたいくつもの運命がねじ曲げていく。
世界中に張り巡らされた運命という名の糸を全て自分の元へと引き寄せていく。
この世に溢れる怨嗟や、災いを全て飲み込み、やがて世界の敵となるべき者がケイスがいる。
全ての運命はケイスが存在する事でねじ曲げられる。
なぜならばケイスは神によって選ばれた者。
神木を持って生まれた生粋の特異存在だからだ。