「どうなっている!? あの件が調査される事はなかったはずだろ!」
「落ち着け! 既に事は起きている! 今更いっても始まらん!」
重苦しい空気に包まれた船室に、苛立ちを隠そうともしない声が響く。
ロウガ沖合に泊められた大型貿易船に、港湾部を取り仕切る一部ギルドの長達が集まり開催される合同会議も既に数十回を数える。
今も急速に拡大を続けるロウガの街。
陸上で拡大を続ける各種設備と違い、日に百隻以上もの大型船が出入港を繰り返す国際貿易港ではあっても、港湾設備拡張がその拡大速度に追いついているわけではない。
入港までの時間が取られる上に高額な停泊料を請求されるよりも沖止めを選ぶ船も数多く、そしてそれらの貨客を小型船や、騎乗生物で運搬する業者も数多く存在する。
港の拡張は誰もがそのうちに必要だとは、頭の片隅で考えてはいる。
新たな大型港湾開発ともなれば国家的事業となるが、都市国家ロウガにおいては国とは王家とは、あくまでも象徴。お飾りであり、その国家運営は復興最初期よりから委託を受けて探索者管理協会ロウガ支部が取り仕切っている。
港湾開発に掛かる膨大な手間や資金、既存、新規の利権問題など諸々が絡み合い、他の優先すべき事案が優先され、港湾設備拡張は時折議論にあがるだけの状況が長年続いている。
停滞している状況をどうにか改善する為に発起された合法的な会合が、いつの間にやら陰謀の色を帯びてきたのは、積もり積もった焦燥感の所為だろうか。
「管理協会への働きかけはどうする?」
「今は下手に動けん。『鬼翼』が監視の目を強めている。あくまでも正当な要請をしていくしかあるまい」
「老いぼれが。今更何をしゃしゃり出てきている」
舌打ち共に吐き捨てた台詞に誰もが我知らず頷く。
少し前までのロウガ支部ならば、多少の不祥事は金とコネによりいくらでも簡単に握りつぶすことが出来ていた。
だが今は状況が変わり始めている。
『鬼翼』の二つ名を持つ上級探索者ソウセツ・オウゲンが調査治安部隊の長へと就任し組織が一新されて以来、旧組織では漏洩させるのが容易かった詳細な捜査情報や活動内容が秘匿されてしまっている。
ロウガ支部上層部への足がかりはまだ掴めていないようだが、すでに不正行為を行った一般職員クラスは幾人か拘束されており、ソウセツは己の立ち位置をはっきりさせている。
法を、秩序を犯すものは誰でも罰せられると。
本来あるべき姿に戻っただけだ。
しかし勢力争いを繰り広げている彼らにとっては、正論は受け入れがたい物になっていた。
自分達が引けば他の勢力の利となるかも知れないと、どの勢力も考えている以上、目立つ真似も出来無いが、傍観するだけもできない。
それほどまでにロウガの権力争いの根は深く広がりきっている。
「代わりは用意してあります。あちらに食らいつけば問題はないでしょう。彼の立場上、中立で無ければならない。だから実行犯であるあちらを見過ごすことは出来ません。当初の計画通り粛々と進めましょう。ロウガの繁栄は私達に掛かっているのです」
もっとも年かさの、この集まりの盟主ともいえる海運ギルド長が動揺を見せる仲間達にむけて、にこりと微笑みながら告げる。
全てはロウガ繁栄のため。
自分達の活動がこの街をより大きくし、いつかロウガはトランド大陸一の貿易港となる。
それがこの街に住まう住人や、拠点とする探索者達に与える大きな恩恵は言うまでも無い。
その為なら多少の不正や、犠牲は致し方ない。
自分達の活動を正当化する為の論理の元、ロウガでは数多の策謀がうごめいていた。
「なぁ。俺本当に必要か? 不義理が多くてあんまり顔出せる立場じゃねえんだが」
足取り重いままフォールセン邸へと続く坂道をダラダラと台車を押しながら坂をあがっていくウォーギン・ザナドールは昨夜の酒が残って痛むこめかみを押さえる。
時刻は日が半分以上昇った昼少し前。
どうせ仕事も無し。もう少しダラダラとしていたいのだがそうもいかない理由がある。
「あたし一人じゃ適当な理由が無いんだから仕方ないでしょ。荷物持ち代の前払いで散々飲み食いしたんだからウダウダ文句を言わないでよ」
ルディアは大きな背負い袋を担ぎながらスタスタと進んでいく。
迷宮への侵入ができなくなる閉鎖期『始まりの宮』もあと数日で終わる。
閉鎖期がすぎれば、トランド大陸全土に広がる大迷宮『永宮未完』はその姿を一新させる。
内部構造があちらこちらで変化し、生息するモンスター達の分布や強さも変わり、新種や変種といった今まで見たことの無いモンスターや、新たな地域が迷宮化したりといった形だ。
そして何よりも迷宮内の資源が再発生し、新たな宝物がいくつも出現していく。
故郷に戻ったり、観光地で豪華な休暇を過ごしたり、ストイックに修行に励んだりと思い思いに過ごしていた探索者達も徐々に意識を切り変え迷宮探索の再開に備え準備に余念が無い。
ルディア達が運搬しているのも、ロウガのあちらこちらにある探索者向けの宿屋や紹介所から、ルディアのアルバイト先の薬屋に注文された各種魔法薬の類いだ。
普段なら店主の老婆一人だけなので専門業者に配達を頼むらしいが、干されて金欠状態のウォーギンに対する店主の気づかいであり、同時にフォールセン邸で保護されているケイスの様子を見にいく理由をつけてくれていた。
「配達ついでに里帰りで顔を出してこいってフォーリア婆さんも簡単にいってくれるよな……あいつが大人しくしてるとは思えんが、レイネの監視から外れて迷惑掛けまくってないだろうな」
見た目だけなら極上の美少女だというのは、ウォーギンも諸手を挙げて認めるが、あの傍若無人で常識のない性格だ。
これまでケイスの監視役をしてくれていたレイネも管理協会職員として始まりの宮期終了前とあって、本業の方が忙しくなっている。
「だからそれが心配だから様子を見に行くんでしょ。2、3日前からレイネさん達はお仕事が忙しくて顔も出せなくなったそうだし」
ケイスとの関連を疑われないために、レイネ達とも極力連絡を取っていなかったので、ケイスがどう過ごしているかルディア達には知る術が無い。
あれでも義理堅い性格ではあるので、命の恩人であるレイネに対しては信頼やらなんやらを向けているので、その手前、大人しくしているとは思いたいが、その監視が外れた今はどうなっているか……
「あそこも複雑で捻くれているのも多いからな。悪ガキ共全員をぶん殴り倒していても不思議じゃねぇな」
「それなら斬ってないだけマシでしょ」
手が出る前に刃を振り抜いているであろうケイスなら、そちらの方がまだマシだとルディアは乾いた笑いで答えるしか無かった。
「ケイス様でしたら、本日も資料室にお籠もりになって調べ物をしていらっしゃいます。孤児院の子供達からは、『本邸の隠れ姫』などと呼ばれていますが、あの見目麗しさに気後れして近づきがたいみたいで遠巻きに見られていますよ」
「「…………はっ?」」
全ての配達を終えてフォールセン邸に訪れたルディア達は、出迎えてくれた家令のメイソンの返事に思わず間の抜けた声をあげる。
ケイスはどうしている?
同敷地内に建つ孤児院の子供達と揉めていないか?
そんな質問に対して廊下を進むメイソンから返ってきたのは、ケイスを形容するには実に不釣り合いな言葉だった。
「あー……メイソンさん。ケイスですよ。ガンズの親父さんとレイネが連れてきたあの剣術馬鹿の。あれが大人しくしてるんですか?」
この老家令が下手な冗談や嘘を言わないことを知っているウォーギンですら思わず再度聞き直す位の異常事態だ。
「えぇ。ウォーギン君と同様の心配をガンズさん達もされていましたが、初日に旦那様相手に剣を振るわれた後は怪我の療養に専念されておられます。ケイス様は孤児院ではなく本邸で寝起きをされておられますので、子供達との接触も極力少なくなっていますので、お二人がご心配なされるようなことは起きていませんよ」
「あー剣は振ったんですねあの馬鹿。しかも大英雄相手に」
どういった経緯や理由で英雄フォールセン相手に剣を向けたのか知らないし、知りたくも無いが、その一言でようやくルディアはメイソンの語る人物とケイスと重なった。
これから世話になる屋敷の主人で、しかも歴史に名を残す英雄相手だろうが、平気で剣を向けるのはルディアが知る限りあの剣術馬鹿しかいない。
「あいつ相手が何でも噛みついていく狂犬だからな……フォールセン先生が怒ってませんか?」
「旦那様も久しぶりに良い剣を振れたとお喜びでしたので気にすることはありませんよ。こちらです……お調べ物中に失礼いたします。メイソンです」
微かな笑みを浮かべていたメイソンが扉の前で足を止めると軽くノックして中に声をかけた。
「ん。入れ」
必要以上に丁寧なメイソンに対して、中から返ってきたケイスの返答は実におざなりなものだ。
メイソンが扉を開けると、ファイルや本が山積みになったテーブル前の寝椅子にうつぶせでゆったりと身体を預ける気怠そうなケイスがいた。
何時もは適当に後ろで縛っている髪は綺麗に結い上げられ、動きやすさ重視なケイスの嗜好真反対のレース付きのヒラヒラとした青いAラインドレスに身を包んでいる。
生まれ持った美貌だけでもあれだがこうした恰好をしていれば、行儀が悪い寝そべった恰好だというのに、深窓の令嬢めいた雰囲気を出せるのだから反則級だ。
「丁度いい所にきたな。昼ご飯にはまだ早いが小腹が空いた。お茶と茶菓子を持ってきてくれ」
ケイスは入り口に目を向けようともせず資料に目を落としたままだ。
気配に敏感なケイスにしてはめずらしく、メイソンの後ろに立つルディア達のことには気づいていないようだ。
「かしこまりました。それとケイス様。お客様がお見えになりました」
「客? ……ルディとウォーギンか。むぅ。針の所為で探知能力がほとんど発揮できていないな。レイネ先生の治療は治りはいいが闘気使用が限定されるのが難点だな」
ここで初めて顔を上げたケイスはごろりと横になってダラダラと身を起こすと、あくび混じりに眉根を顰めた。
どうも本調子で無いのか動きに精彩さが無い。
「メイソン。茶と茶菓子は三人分だ……二人ともよくきたな。何か街の方で動きでもあったのか?」
「ケイス…………あんた本当に傍若無人よね」
「基本的に偉そうなのは元々だが、お前もう少し遠慮しろよ」
保護されている居候だというのに、まるで自分が屋敷の主の様な横柄な態度を見せるケイスにルディア達は呆れるしか無かった。
「むぅ。そうは言うがな。主と同様に振る舞えといったのはメイソン達使用人の方からだからな。私としてはもう少し放って置いてくれても良いのだが、色々と構ってこられて面倒で叶わんのだぞ」
いきなり向けられた非難めいた言葉にケイスは不満をあらわに反論する。
秘匿されてはいるが皇帝唯一の諸子としての生まれ故に、使用人に傅かられるのはケイスにとってはある意味生まれたときからの当たり前の状況。
無論それが実家においてのみで、外に出れば関係ないのは判っているし、必要以上に構われるのは面倒だという思いの方が強い。
だが今回に関しては、この態度を望まれたからという方が強い。
「メイソンには何度も言ったが私を客人扱いせずともいいのに、フォールセン殿の名誉に関わると言われればそうもいかないだろう」
「ケイス様には金貨500枚もの過分な寄付金をご提供いただきましたので、当家の大切なお客様としてお泊まりいただくのは当然の事です。そうさせていただけなければ、当家の、そして旦那様の沽券に関わります」
「だからあれは私の気持ちだと言っただろう」
「ケイス。あんたね……相変わらず出入り激しいすぎでしょ。どういう金銭感覚なのよ」
金貨500枚と聞けば普通なら目を剥くような大金で、それを寄付したという話を疑いそうな物だが、金銭に無頓着なケイスに関してはルディア達に驚きは無い。
気に入れば平気で通常剣に金貨100枚を払い、決闘となれば相手の装備を揃えるために糸目もつけない。
必要になったら剣で稼げばいいと考える、この馬鹿には常識は通用しない。
「この家にまともに恩返しも出来てない俺が聞ける立場じゃ無いが、メイソンさん結構やばいのか?」
「ウォーギン君が住んでいた頃より子供の数が増えて困窮はしていませんが、あまり余裕は無い状況が続いていましたが、ケイス様のご寄付のおかげでしばらくは安泰ですよ」
「あれはフォールセン殿に敬意を表した私の気持ちだ。見返りなど求めていなかったのだぞ」
世話になるのだし、感謝の気持ちもあって手持ち全額を寄付しただけの話だ、
大叔母を知っているであろう年輩の使用人達のみならず、若い使用人達も突然の臨時給金の出資者であるケイスに感謝の意を込めて、最上級の客として世話を焼き始めてしまったのだからそれが失敗だったとケイスは唇をかむ。
「この恰好だって私は動きにくいから嫌なのだぞ。これではすぐ破けそうで身体を動かす事さえ出来無い。だが私のために仕立てたと言われれば、着ないわけにはいかないであろうが」
青いドレスの端をつまみ上げたケイスは憮然とした表情で反論する。
このドレスを仕立て上げたのもデザイナー志望という若いメイドだ。
黙っていれば令嬢なケイスに製作意欲を刺激されたとかで、着せ替え人形にされているが、善意からの行動ではケイスも無碍にはできない。
「うら若き女性が服に無頓着なのは美の神に対する冒涜だという声もありますのでご理解ください。それにまだレイネさんから激しい運動の許可は下りていませんのでご自愛ください」
「そうやってすぐレイネ先生の名を出す……マネキンになるのは怪我が治るまでだからな。それよりもメイソン、早く茶と茶菓子を持ってこい」
レイネには無理したことを散々叱られて心配もかけたので、どうにも頭が上がらないので、これ以上は話しても不利は変わらないと諦める。
「はい。かしこまりましたすぐにご用意いたします」
「甘いので頼む。二人とも立ってないで座ればどうだ」
手を振るってメイソンを追い出したケイスは寝椅子に座り直して、対面の椅子を指さしてルディア達に着席を勧める。
「それで二人とも今日はどうした? 街の方で何かあったか」
「今のところは何もないわよ。今日はあんたがなんか問題を起こしていないか気になってきたんだけど……なんであんたはこう毎回毎回、予想を外してくるのよ」
ルディアが釈然としない顔を浮かべる。
心配して損をしたとその顔にははっきりと書いてあった。
「しかしお前、詐欺みたいに化けるよな。ガキ共がちょっかいをかけてこないのも判るわ。からかいづらいって言うか、話しかけづらいだろ」
ほどなくしてメイソンが持ってきた茶をカップに注ぎカップを傾けるケイスをみてウォーギンが感心したか感嘆の声をあげた。
令嬢然としたのは見た目だけで無く、その仕草一つ一つが作法をきっかりと守っているからだ。
遠くで見ている分には孤児院の子供達が誤解したのも判らなくはないと、合点がいって頷いている。
「考えてみれば、あんた量は異常だけど食事作法はきっかりしているのよね」
「……ルディ達とは食事を一緒にしたこと無いぞ」
「まだ言うかあんたは……それで何を柄にも無く引きこもって調べてたのよ」
この期に及んでもカンナビスでは会ってないと言い張るケイスにルディアもあきらめ顔だ。
この様子では一生認めようとはしないだろうと確信して、さっさと本題の話題に移る。
ルディアが指さしたのはケイスの背後に山と積まれた本やファイルの山だ。
「色々だ。そっちの本は妖水獸の生態やその被害範囲と影響を記した記録本。こっちのファイルはあの街道の通行量記録や街道沿いの経済状況の推移を書いた分析書。それとロウガ近隣の資産家や権力者の来歴や資産、最近起きた事件などの情報なんかを中心に調べているところだ」
「管理協会発行の白書は別にしても、他は専門的な情報ばかりだけど意味は判るの?」
試しに数冊を取ってみたルディアはぱらぱらと中を捲ってみるが、専門書の類いに書かれているのは専門用語と細かな数値の羅列やら、共通言語が出来る前の古語で書かれた紀行文など難解な物ばかりだ。
「意味や言葉は判らなかったからそこの一番下にまとめてあるの入門書やら、古語辞典で覚えた。治療中で時間だけはあったからな。とりあえず中身を適当にかみ砕いてみただけだから、細かい違いはあるかもしれないが大体あってるはずだ。久しぶりに本ばかり読んだ所為で眠くて叶わん」
机の下に無造作に置かれた十数冊のそのまま枕に出来そうな分厚い本の山を指さしたケイスは、必要だから覚えたとあっさりと告げるとあくびを漏らす。
「それで怠そうなのね。ケイスにしては珍しく動きが緩慢だと思ったら」
背後の机に山になった資料の類いも含めればまともに読めば数ヶ月は掛かるであろう量だが、いろんな意味で人外なケイスのやることなすことにいちいち驚いていては身が持たないと理解しているルディアは、疑いもせず納得する。
「ん。動きはそうじゃないぞ。レイネ先生の治療で身体に針を打ち込まれたからだ。闘気を治癒に向けるのは私もよくやるが、それをさらに強化する治療術だ。ただおかげで身体強化があまり出来無くて難儀している」
「あーお前あれうけたのか。治りは良いがあれ、怠くなるんだよな。痛くないのはいいが違和感もあってあんまり気分がいい物じゃねえよな」
治療を受けたことがあるウォーギンもそれを思い出したのか同意するが、聞き捨てなら無い一言にケイスの顔色が変わる。
「……待て。私が受けたときは思わず泣くくらい痛かったぞ」
「それレイネをなんか怒らしただろ。効果は変わらず無痛も激痛も自由自在にやれるそうだ。あいつ顔に合わず体罰容認派で言っても判らないなら、痛い目を見せたほうがいいってタイプだ」
「う、うむ。気にとめておくことにする」
痛みには耐性がある自分が思わず悲鳴をあげるほどの激痛だったのを思いだして、ケイスは身を震わす。
今現在ケイスが稽古をせず大人しくしているのも、調べ物があると言うこともあるが、下手に動くと効果が切れて、またもう一度針を打たなければならないと脅されているからだ。
無茶はしないと約束していて破ったのは自分だから、レイネを恨む気はサラサラないが、笑顔で怒ってくる辺り祖母や母を思いだし、またもレイネに対する親愛の情や苦手意識が募りケイスは複雑な顔を浮かべるしか無かった。
「どうせあんたの事だから怪我しているのに、剣の稽古でもしようとして見つかったんでしょ。話を戻すけどそれで犯人の目星は付いたの?」
「決めつけるな……目星というか怪しい奴らは見つけた」
どうでも良さそうに正解を言い当てたルディアを軽く睨んだケイスは、手元にあった本をテーブルの上に投げ出す。
ケイスが投げたのはロウガの街で活動するギルドや商家の最新所在地目録だ。
「採掘ギルドに、飛竜ギルド、魔術師ギルド、海運、薬師に料理と、大御所から流派違いのマイナー系と諸々。商人は大陸中だけじゃ無くて、別大陸からも結構な数が来てるわね。でどれよ怪しいのって」
数百ページにも渡るリストには付箋も書き込みも一切無いこれではケイスが目星をつけたのがどれかは判らない。
「ほぼ全部だ。調べてみたのだが、ロウガの不正の根は深く広すぎる。今回の件にどのギルドや商家が関わっていたり仕掛けていてもおかしくない状況だ。裏金、不正行為。犯罪行為がはびこっているようだ」
ケイスが調べて判ったのは、誰が起こしたか判断するのが極めて難しいと言うことだ。
敵対するギルドや商家が右手で殴り合いつつも、左手では秘密裏に手を組んでいるとおぼしき状況も数多く見られる。
あらゆる利益や損益が複雑に絡み合い、一概で判る利害関係を形成していない。
「相変わらずだな。ロウガの発展速度は大陸でも有数。その分色々と内部は複雑だからな」
ロウガ出身のウォーギンはケイスの説明に思い当たる節が多すぎてウンザリとした声をあげる。
「また面倒な。どうしてそんな状況になってるのよ」
「フォールセン殿が支部長だった時代はまともだったが、引退した後の後継者争いで支部内部が揉めに揉めて今の禍根がばらまかれたそうだ。大まかに保守派と改革派と別れているがどちらも内部は固まっていないようだ」
フォールセンが表舞台から引退した理由を知るケイスとしては、腹立たしい思いしかない。
それが丁度ロウガの復興に向けた下地がほぼ出来上がった時期だったので、競い合う勢いのまま大きく発展をしたはいいが、この混沌とした状況が出来上がったというわけだ。
「で、どうする気よあんた?」
「全部を斬ってしまうか検討中だ。特に酷い組織でさえ2、300ほどあるので骨だがな」
「止めときなさいっての。本命じゃなかったらその隙に逃げられるわよ」
「うむ、それが懸念だ」
これがやけっぱちになった返答や冗談なら笑えるのだろうか?
実に生真面目に答えるケイスが、紛れもなく本気なのを感じて頭痛を覚えていた。