地下大洞穴に築かれた街と聞くと、知らぬ者は、日の光が差さず暗く、空気がよどむ陰惨な場所と想像するかも知れない。
だがドワーフ達の技術力は、そんなありがちな想像を簡単に凌駕する。
紙一枚はいる隙間も無いほどに精密に組まれたアーチ型の石組みの通路が延々と続く隧道で繋がれた王都は、住居区や工房区、商業区などが、それぞれ小さな集まりとなり整然としたマス目型に仕切られ、非常時には大扉で各所が遮断できる独立ブロック構造となっている。
大扉には街区を現す紋章がでかでかと刻み込まれているので、自分がどこの街区にいるのかすぐに分かり、王都は初のクレハ達でも迷いにくいのはありがたい。
「何者なん? うちのおかーちゃんが、真顔って注意してくるんなんて珍しいんよ」
壁に張られた魔力導線から魔力を得た魔法陣の生み出す光球が、常に明るく照らし続け、トンテンカンとあちらこちらから金属を打つ音が聞こえてくる小さな工房街。
雑踏の中を重い足取りで歩くクレハは、低身長の自分に合わせて小さな歩幅で歩いてくれている横のノルンに尋ねる。
開炉以来一度も火を落とされたことの無い大溶鉱炉の蒸気を利用した風車が、有毒な空気を排出し、新鮮な空気を常に送り込んでおり、その風には心地よい草花の香りが乗る。
地上の大気取り込み口周辺には、地熱を利用した香りの良い草花を集めた香草畑が作られており、その香りをふんだんに含んだ風車の風が、ドワーフの里特有の鉄の臭いを押さえ込むからだ。
「ティレント・レグルス。ドワーフ鍛冶師の名家【白銀のレグルス氏族】の現族長で第7工房工主ゴルディアス・レグルスの孫。第7工房見習い鍛冶師。公式情報で判る個人情報はそれくらいだ」
「情報それだけって……身体的特徴とか似顔絵とかないん?」
周囲を微かに流れる風に含まれるのは鎮静効果のあるセージの一種だろうか。
何となく記憶にある香りを嗅ぎながら、クレハはセージの鎮静効果なんて気休めだと、陰鬱な気持ちで考える。
クレハの気分が暗い理由は単純明快。
この任務が気乗りしないからだ。
休暇の予定が帳消しとなり、初めて訪れた地下大都市で人捜しというだけでも厄介なのに、どうにもその人物が怪しい。
娘で遊ぶのが大好きな母親が、真顔で気をつけろなんていった時は大抵が碌でもないと経験で知っている。
「無いな。他の者は乗っているがこの男だけない。それ以外に書いてあるのはレグルス本家の場所やら工房区画が乗った地図。それと添付された一時立入許可書一式だな」
見落としは無いかと何度もノルンは読み返しているが、本当にそれだけしか情報は記載されていない。
捜索前に配られた7工房の所属鍛冶師記載リストは、本来は工房ブロックを警護する衛兵用。
侵入者防止のためにか、他の人物は事細かい特徴や見た目などが記載されているのに件のティレント・レグルスだけは異常に少なく、年齢すらも書かれていない。
「そん人だけ少ないって、わざとやろ」
「7工房はエーグフォランの技術開発の中心。門外不出の秘伝も多いと聞く。しかも見習いといえどレグルス本家の跡取り。下手に情報公開しない方が良いのだろうな」
「せやな。それに団長の知り合いちゅーけど、あの反応は普通じゃない。ひょっとして恋人とか、婚約者かなんかかなぁ」
隠蔽されているというクレハの見立てにノルンも異論は無い。
誘拐、暗殺、籠絡。他国が利を得るために打てる手はいくらでもある。
しかも金獅子兵団団長で有り、この国の第1王女ミムとも親しい関係と見られるとなれば、その利用価値は上から数えた方が早いだろう。
そんな重要人物が半年前から行方不明。
しかも判明したのはミム達が帰還した今日になってから。
作業や製品の細工や出来上がりには細かいくせに、それ以外には大らかというかおおざっぱなドワーフだとしても、異常な話だ。
「半年も行方知らずで気づかれないとは、隠蔽工作をして自分から姿を消した可能性もありえるな。先輩方の反応から見て色々と問題を起こしているようだ」
「自分から姿消してたら面倒やね。先輩らは会ったことあるけど、うちらは無いのに、それでどうやって探せちゅうんよ。無茶ぶりもええ加減にしてぇよ……なぁノンちゃん。ここは他の先輩らに任せてうちらはお茶でも」
自分から姿を消した可能性が高い顔も判らない人物を探せなんて、無理難題を真面目にやってられるか。
クレハが回れ右して逃亡をはかろうとするが、逃亡の気配を察したノルンに首根っこをつかまれてしまう。
「却下だ。この男の部屋をまずは捜索し手がかりを探す。屋敷の者に聞けば風貌も判るだろう。失踪した理由に一番近づけるかもしれない場所を私達に譲ってくれた先輩方の厚意を無駄にはできないだろ」
クレハは乗り気がしないのに、何故か張り切っているノルンは、そのままクレハをずるずると引きずりながら街を進んでいく。
他の団員達も、街に散らばって情報収集をしている。
最大の報酬である武具一式は見つけた者の物だが、情報はそれぞれ持ち寄って打ち合わせることになっている。
誰も出し抜こうとしていないのは、この広い地下王都で人一人を見つけるのが、どれだけ大変かという事を金獅子の先達達がよく判っているからだろう。
「ノンちゃん真面目すぎや……あん人らが、こうもあっさり譲ってくれたちゅーのがいややなんけど」
あれは厚意というよりも、一番厄介な所を押しつけてきただけだ。
宿舎から出て来た時にやけに優しかった先輩達を恨めしく思いつつ、クレハはぼやきながらも、ノルンが乗り気なら仕方ないと諦めた。
しばし歩いていると二人は一際大きな隧道に出る。
王都と外を繋げる隧道はいくつか存在するがその中でも、一番大きな主道として使われているのが白銀隧道だ。
大型馬車十台以上が横並びになれるほどに巨大な通路は、大軍が攻め入りやすい形状をしていて、一見無防備にも見える。
だがその壁にはよく見れば、明かりを生み出す光球以外に、各種攻撃、防御の魔法陣がこれ見よがしにあちらこちらに刻まれていて、この区画より先には悪意ある者は何人たりとも通さないという強固な意志を感じさせていた。
「レグルス本家は白銀隧道区画の中心部か。あっちだな」
地図と壁に嵌められた案内板を見比べたノルンはその主道から枝分かれした支道の一つへと足を進める。
未だ首を引っ張られているクレハも渋々後を付いていくしかない。
ドワーフの名家というレグルス家。
白銀はそのレグルス家を現す名であり、その名をつけられた最重要な外部隧道の管理を任されているのは、王家から重用されている何よりの証だろう。
そこからしばらく歩いて巨大な鉄門で覆われた砦と見間違えるほどの建物が見えてきた。
敵国襲撃の際に、臨時指揮所として使われるというレグルス本家の表門だ。
華美さが一切無い機能性を重視した作りになっており、外部からの侵略者を拒む雰囲気を出すレグルス家の前には、門番が待機する詰め所があった。
そこで暇そうにしていたドワーフ兵に来訪理由を告げ書類を見せると、すぐに内部へと連絡がされ、大門の横の通用門が開き迎えが姿を見せる。
「クレハ様とノルン様ですね。ようこそレグルス家へ。当家の家令を勤めさせていただいております。ラックレーと申します。ミム様よりお話は伺っております。当屋敷の者は全ての質問にお答えするようにというご命令ですので何でもおたずねください」
門までクレハ達を出迎えにきてくれたのは一人の男性エルフで、家令のラックレーと名乗った。
エルフ種族は成人すると成長がそこで止まり、死ぬまで一切老化をしないので見た目では歳が判りにくいが、その佇まいや雰囲気は長年この家に仕えていたと感じさせる貫禄がある。
しかし陽光と緑に溢れた森林地帯を住居として好むエルフ族が、何故真反対の岩と鉄で彩られたこの地下王都。それもドワーフ名家で家令を?
「意外に思われましたか。家令が何故ドワーフでは無いと? しかもエルフ族とはと」
そんな疑問が顔に浮かんでしまっていたのだろうか。
ラックレーは感情の起伏があまり見られない鉄面皮でそう尋ねた。
「あ、ちゃ、ちゃうんです。もっとごっついドワーフのおっちゃんとか、おばちゃんみたいんの想像していたとかちゅーわけじゃ無くて」
「クレハ。語るに落ちてる……連れが失礼いたしました」
クレハが慌てて手を振って答えるが、カードゲームなども腹芸が出来無いクレハはその本音はダダ漏れだ。
いきなり機嫌を損ねてしまったのではと心配しつつノルンは頭を下げる。
「お気になさらず。疑問を抱かれるのは当然の事です。私が家令を勤めさせていただいているのは、当家の主であるゴルディアス様のご意向です。自分は同族の為だけに物を作っているわけでは無い。その種族のことを知らずに最高の物が作れるか。そうおっしゃって他種族の者も常に身近においておられます」
本当に気にしていないのか、それとも内心では怒っているのか。
どうにも判断しづらい顔のまま、ラックレーは愛想の欠片も無い顔で冷静に告げると、胸元から小箱を取りだして恭しく開いてみせた。
箱の中には、二つの指輪が入っている。宝石の類いは付いていないが、本体には細かな装飾とも思える魔術文字が施されている。
「当屋敷は王都防衛の拠点としての役割も求められておりますゆえに、屋敷内にも平時より外部侵入者対策の罠が仕掛けられております。こちらのリングは、その罠を一時不能とする魔具となります。どうぞお無くしにならないようにお気を付けください」
「ち、ちなみにのうなったら、どうなるんか聞いてもいいですか」
「お命の保証は致しかねます」
どうにも物々しくていやな予感がますます募ったクレハが尋ねると、淡々とラックレーは答える。
急用を思い出したということにして、このまま帰りたいなと現実逃避気味に考えているクレハの横で、ノルンは粛々と指輪を二つ取って、自分の分を嵌めている。
サイズ自動調整機能が付いているようで、少し大きめに見えたリングは締まってノルンの指にぴたりと嵌まった。
「これなら落とすことは無さそうですね。他に何か注意点はありますか?」
「そちらの指輪では立ち入れない区画もございますので、はぐれないようにお気を付けください。こちらで武器の類いはお預かり致します。内部拡張されたバック類に入っている物も全てお願い致します。私はあちらでお待ちしております。詰め所で確認なさる事がありましたら。私を気にせずにどうぞ」
いくつか補足説明を終えたラックレーはそのままクルリと向きを変え、通用門をくぐって中へと向かってしまう。
これ以上話すことは無いとでも言いたげだ。
「ほらクレハ。君の分の指輪だ」
「ごめんノンちゃん。うち怒らせてもうたかも」
必要最低限な会話しかせずどうにも冷淡な雰囲気のあるラックレーの様子に、クレハは自分の初印象が悪い所為だと思い、ノルンに頭を下げながら、彼女から渡された指輪を受け取る。
「いや。私だって驚いていたんだから君だけのせいじゃない」
「お客人。差し出がましいかも知れないが、ラックレーのダンナは愛想はないけど、別に何時もあぁだから大丈夫だよ」
気に病む二人の様子に同情したのか、門番のドワーフが告げる。
ある程度の歳をいくと、男女問わず髭を生やし顔を覆うので、他種族から見ると今ひとつ歳の判りにくいドワーフ族なのだが、どうやらその口調からしてクレハ達とあまり大差の無い若者のようだ。
「そうなん? ならよかったわ」
「それよりもこっちの机の上に装備を頼む。面倒だろうがこれも仕事なんでね。拡張袋の方もこっちで預からせてもらうが了承してくれ。何せ屋敷内には稀少な武器や材料も多いんで」
机の中から書き込み用紙を取りだした門番はテーブルを指さす。
「並べていけばよろしいですか?」
「あぁ。リストに記載していくから最後に確認のサインを。帰りには返すさいも確認してもらうから見落としの無いようにたのむ」
門番に促されて二人は探索者の必須アイテムである内部拡張された腰のポシェットから、装備を取りだしてテーブルの上に並べていく。
基本的にその両手足で戦う近接戦闘型のクレハの方は、手甲とナイフ数本を取り出すだけですぐに済む。
だがノルンは違う。
愛用の長剣と、神官騎士用の戦闘錫杖のメイン武器は予備を含めて三本ずつ。
サブ武器として護身用ナイフが10本に、距離ごとに用意した投げナイフ各種が5本ずつ。
矢頭を変えたボルト類の束は100本単位で8種に、通常用クロスボウと手甲に組み込んだ短弓装置。
各種属性魔具は単発使用の爆発、氷結系から、繰り返し仕様可能な幻影系の短杖や周辺一帯に音波攻撃を行う戦闘ベルなど一通り。
そのまま武器屋でも開けそうな豊富な装備類が、机の上にずらりと並んでいく。
「結構多いな。確認作業に時間がかかりそうだな」
いくら探索者と言えどここまで過剰な装備をしている者は滅多におらず、普通なら呆れるか驚くのだが、一つ一つリストに記載しながら預け入れ箱に仕舞う門番は特に驚いた様子も見せずリストに記載しつづける。
「兄ちゃん。びっくりせえへんの。こんなぎょうさんあるって」
「あー……普通なら驚く量かも知れないがこの家に勤めてると慣れるからな。なにせ7工房のレグルスだ。それにあんたらが探してる坊ちゃんの部屋なんて、もっとすごいことになってる」
感覚が麻痺していると語る門番が、口にした名にノルンが反応する。
ラックレーはこの屋敷のも全てが質問に答えるようにとミムが命令していたと言っていたし、自分達もそう聞いている。
「その人のことを少しお伺いしても良いですか。私達は会ったことは無いので。どういう方か知らなくて」
「なんかノンちゃん必死やね」
荷物を預ける僅かな時間でも情報収集をしようとする辺りに、今回の件に賭けるノルンの意気込みが、クレハには判る。
生真面目なノルンが仕事をさぼることは元々あり得ないのだが、どうにも熱の入れようが違うようにクレハには思えていた。
「坊ちゃんか。何とも説明しづらいんだが……鍛冶師だな」
いきなりの質問にも嫌な顔もせず答えようとした門番が一瞬筆を止めて考えてから口にした答えは、期待はずれも良い所だ。
そんな事は今更教えてもらわなくても判っている。
「それはしっとるって。顔とか声とかほかの特徴を教えてえな」
事情は判らずとも友達のノルンが本気なのだからと、自分自身はあまり気乗りはせずともクレハはもっと他にあるだろうと、再度問いかける。
「他って言われてもなぁ……実は俺も声と顔を知らないんだよ。ここには坊ちゃんはよく見えられるんだが、声は聞いたこと無いし、顔も見たこと無い。何時も耐熱用鍛冶服で全身を覆ってるし、無口だからな。俺だけじゃなくて他の門番連中や、屋敷内の使用人も知らない。下手すると素顔を知ってるのはミム様と御当主様だけかもな」
返ってきた答えは予想外にもほどがあるものだ。
出入りを管理する門番が、顔を見たことも無ければ、声も知らないとは。
二人が目を丸くすると、門番はあまり役に立てず申し訳ないとさらに頭を下げた。
その表情から見るに嘘は無さそうだ。
「使用人とは話さないし、顔も見せる気が無い。そういう方ですか?」
「あーちがう。それはない。坊ちゃんはここにわざわざ夜食を届けてくれたり、忙しそうだったら武器預かりリストの書き込みとか手伝ったりと、俺が申し訳なく思うくらいに気遣ってくれるよ」
傲慢な名家の跡取りを想像するノルンの問いを、門番は即答で否定し、変わり者だと強調する。
「さっきも言ったが、坊ちゃんを説明するには鍛冶師って言葉だけなお人だな。昔は武具以外には一切興味を示されないかったが、ミム様にぶん殴ら……躾けられてからは、少し普通になったんだが、それでも、とにかく変わってるんだよ。この詰め所によくお顔を出す理由も、ここで預けられた武器を見たり、持ち主に断りも無く整備する為だからな。ふらっと来て、一言も喋らずに研いだり調整して、満足なされるとそのまま帰られるようなお人だ」
「ちょいまち。預けられた武具を整備って勝手にやっていいんか? うちは絶対いやや」
知らない者に勝手に自分の命を預ける武具を弄られるというのいい気がしない。
戦士として当然の反応を見せたクレハに門番は真顔で頷く。
「あんたみたいな反応を見せる人は多いよ。普通そうだよな。だが坊ちゃんは普通じゃない。整備された武器を受け取ると誰もが黙り込んじまうんだよ。挙げ句の果てには金を払うって無理矢理に置いていく客人やら、坊ちゃんに会わせてくれってのはいくらでもいるが、武器を受け取った後も文句を続けた客人は今のところ一人もいないな。坊ちゃんが整備した武器ってのはそれくらい違う。武器の持つ力を完全に引き出し、大衆品だってのにそいつ用にカスタマイズされた一品に早変わりさせちまう」
「……見た目だけで判るっていうことです。この武器が変わったと。にわかには信じがたいんですが」
「見た目じゃないな。俺もたまに坊ちゃんに整備してもらうんだが、持った瞬間に判るんだよ。これはやばい。この武器は違うって。魂で感じるって奴だな。信じがたいかもしれんが」
「なんで、そんなすごい人が行方知れずになっとって騒がれておらんのよ」
話半分だとしても、ティレント・レグルスがとてつもない技術を持ち合わせている事が門の浮かべる真顔からは伝わってくる。
だからこそ逆におかしい。
自分で姿を消したのではとここに来るまでに予想していたが、それにしては行方知れずと判明するのが遅すぎる。
周りがもっと騒いでいてもおかしくないはずだ。
「それがこの半年間、坊ちゃん自体はよく姿を見かけられていたんだよ。どこぞの工房にいて道具を漁っていたとか、工房近くの食堂で包丁を研いだ駄賃で飯を食わせてもらっていたとかって感じで。ただ誰もが、自分達の工房以外のどこかの工房で手伝ってるんだろうって感じで、まぁ日常風景として受け入れてたんだよ。屋敷に戻ってくる時も、ちょっと帰って物を取ったらすぐに出かける感じで、だから俺らも行方不明だって気づいて無くてな。ミム様にすごいお叱り受けそうで気が重いんだよ」
「はぁ!? ち、ちょいまち!? なにゆーてんの!? 帰って来てたりしてたんか!? それ行方不明っていわんとちゃうん?」
「普通はな。ただ坊ちゃんの場合はさっきも言ったが普通じゃない。何時もフラフラと7工房のどこかに出入りして、屋敷かその工房の端っこで寝泊まりしてたが、今回はどこで寝泊まりしているのか、それどころか何の仕事をしているのか7工房の誰も知らなかったそうだ。十分に行方知れずだろ」
慌てて問いただすクレハに、門番は遠い目で答える。
常識なんぞ捨ててしまえと如実に語っている。
「今の話はおかしくありませんか。彼は7工房所属の見習い鍛冶師ですよね。何故他の工房にもそう易々と出入りが出来ているんですか?」
「それも坊ちゃんだからこそだ。特例で坊ちゃんだけは、7工房のどこでも自由な出入りと、請われた時は手伝い作業が許されている。坊ちゃんを知った他の工主達が、第7工房だけで独占するなって、御当主の所に直談判に来たくらいだからな」
「……」
天才、名工達がひしめくドワーフが誇る7つの工房は、エーグフォランの心臓部。
そのどこからも必要とされる見習い鍛冶師。
彼の発見に高額の賞金がかけた意味を、個人情報が極端に少なかった理由をクレハ達は目の当たりにする。
「戦士なら誰でも剣を預けたくなり、鍛冶師なら誰でも技術を仕込みたくなる。顔も知らず、声も聞いた事が無いが、7工房の誰もが知っていて、7工房の工主全員から弟子扱いされる見習い鍛冶師。【レグルスの秘蔵っ子】そいつが坊ちゃんの通り名だよ」
全てをリストに記載した門番は、ティレント・レグルスが天才だと、それが常識だと淡々とした口調で断言していた。