「なんだその事か。赤龍王のゴーレムが復活した理由は簡単だ。私の身体にはお爺様達、青龍王の血以外にも、赤龍王の血が流れているからな。あの手の血印魔法陣は術者の血脈でなければ復活しないのだから当たり前では無いか」
何故、ケイスの血でカンナビスゴーレムが復活した?
ラフォスの問いに対してケイスは何事も無いように、それこそ朝になったから太陽が昇ると、世の常識を説くようにあっさりと答える。
血を用いた魔法陣は、本来は術者本人かその血を引く者でしか反応しない。
カンナビスゴーレムの制御魔法陣は、赤龍王の血によって描かれた魔法陣。
同じ龍王であろうと、青龍王であるラフォスの末であるケイスに反応するはずがないもの。
「娘。我の血を引くお前が、異種たる龍王の血も引いていると……正気でいっているのか」
しかしそれが反応し復活までしたのだから、ケイスの言うことは道理。
確かに道理だ。
道理だからこそラフォスには、にわかに信じがたかった。
「引いていると言っても直系ではないぞ。御婆様が赤龍王を討伐したときにその血肉を喰らったからだ。龍を倒した者はまた龍となる。だから私にはお爺様達の血脈と赤龍の血脈が流れているぞ」
龍の血肉を喰らった者は、類い希なる力を手に入れる。
それはこの世の道理。
当然だこの世の最強主たる龍を倒す者。
それはすなわちこの世の最強種。
最強たるこそ龍と成り上がる。
だからそれは道理。
「……娘。龍王は異なる龍種の王と交わらずという不文律を知っているか」
「ふむ。始母様にどの龍王がもっとも強いか聞いたときに教えられたな。属性が異なるが互いに最強種の中の最強。しかしどちらかが破れればこの世の理が崩れる。それを防ぐ為両者とも存在できず滅びてしまうのであろう」
ラフォスの問いにケイスは詰まることも無くまたすらすらと答える。
永遠に燃えさかる火と、永遠にわき出る水。
この両者が交わればどちらが残るかと聞かれれば、万物を知る賢者であろうと答えられる者はいないだろう。
どちらも永遠、不変の存在であるからだ。
それなのにどちらかが滅びてしまえば、それは不変たりえない。
この世の理が崩れないように、互いに拮抗し合う龍王達が争えば、果てには対消滅を起こしこの世から消え去る。
それもまた道理。
「では改めて聞くぞ娘……ならばなぜお前の血で我らが青龍の、青龍王の血印魔法陣が起動する?」
「だからそれは私がお爺様の血を引くからであろう。さっきからくどいぞ。何を言いたいのだお爺様は。あまり小五月蠅いと斬るぞ」
答えのわかりきった質問ばかりにだんだん苛立ってきたのか、気の強さを表すつり気味のケイスの目がさらに剣呑になる。
五月蠅いからとりあえず斬るという結論に至る狂人思考のケイスと会話を重ね尋ねる難しさを、ほとほと痛感しながらラフォスは、最後の質問を、本当に尋ねたかった質問を口にする。
「……娘。お前は異なる龍王の血が、互いに喰らい合う力が、その身体に流れているのに何故生きている? 何故その力を維持できる」
ケイスには龍種の、それも最強たる龍王の血が流れている。
カンナビスゴーレムの赤龍王の魔法陣が復活し、ラフォスの補助があったとはいえ青龍王の水の魔法陣が発動するほどに濃い龍王達の血が。
2つの血を引いたとしても、どちらかが劣っているのならまだ判る。
だがそれではケイスの化け物じみた力の説明が出来無い。
血に優劣があれば、僅かに劣る血が完全に封殺され、勝る血は、負かした血を押さえ込む為に、その力の大半を使い果たしてしまう。
しかも争う血は肉体を傷つけ、やがて命さえも奪ってしまうはずだ。
なのにケイスは、全く、そうこれぽっちも影響を受けていない。
というか元気だ。元気すぎる。
異なる龍王の血を二乗させても、足りないほどの暴れっぷりだ。
「押さえ込んでいるからに決まっているであろう。私の意思を無視して反発しあう血など、力尽くで押さえ込んで言うことを聞かせれば良いだけではないか。当然であろう」
ケイスは実に簡単に答える。
争うなら従わせれば良い。力尽くで。
簡単だ。簡単すぎる。
ラフォスの問いにあまりに乱暴すぎて、あり得ない答えを道理として答える。
「………………」
常識を地平線の遥か向こうに投げ去って平然と言ってのけるケイスの答えに、ついにラフォスも撃沈される。
二の句が継げなくなる。
この世の生物からすれば理不尽で巫山戯ている力を持つ龍王たるラフォスでさえ、ケイスは存在も精神構造も理不尽で巫山戯ていると断言できるレベルだ。
「父上。だから言ったでありましょう。ケイネリアスノーは我ら龍から見ても化け物だと。この娘の行動やら、なすことに、いちいち驚いていては精神が壊れますよ。なにせその精神力だけで心臓の魔力変換機能を完全に消し去って、闘気変換に書き換える化け物ですよ。父上にも私にも無理な事でありましょう」
父と末娘の問答を黙って見ていたウェルカは軍配が上がったと判断し、黙りこくってしまった父親の顔を見上げ、ケイスに関してはそういう物だと諦めろという究極のアドバイスを贈る。
「むぅ。失礼だぞ始母さま。私だって苦労したのだぞ。第一やろうと思えばなんとかなるぞ。結局は自分の肉体なのだからどうとでもなるだろう」
「ケイネリアスノー。貴女は従姉妹の娘に何時も言われていたでしょう。自分が出来る事が他人に出来るも出来ると思わないようにと。今回のこともそういう事ですよ」
「うぅむ……た、確かに言われたが、出来るのだから仕方ないだろう。話は以上だな。私は稽古に戻る。そろそろ目が覚めて現実に戻ってしまう気がする。時間が惜しい」
幼い頃から面倒を見てくれた従者であり従姉妹でもある姉の忠告を出されては、さすがのケイスも反論に困る。
言いたい事はあるが、精神的に頭の上がらない姉の言葉では無下に否定することも出来無い。
結果、ケイスが選んだのは戦略的転進。
体力も戻ってきて目が覚めるのも時間の問題。
僅かな時間も惜しいから稽古に戻るという名目で、ラフォス達の元から走り去って剣を振り始めてしまった。
空気を切り裂き剣を延々と振り続ける音のみがまたも響いていく。
「都合が悪くなると好きな事に逃げて没頭する辺りまだまだ子供ですね」
逃げ場所が剣だというのがケイスらしいとウェルカは評しながら、ポットから新たな茶を入れ直して口にする。
現実に戻ってしまえば末娘と会話を交わすのはまたしばらくお預けになるだろうと、少しばかり惜しみつつ、1人で茶を飲むのも寂しいと、唖然としている龍体の父親を見上げる。
「それより父上。どうですかこの際、父上も人間体を作られては? お茶に付き合って頂けますと不肖の娘としては光栄の至りでございます」
「……ウェルカよ。娘には異父兄がいると言っておったな。父が異なるとはいえまた我らの末の。まさかその者もあのような存在なのか」
ウェルカの誘いには答えず、何とか精神的衝撃から己を立て直したラフォスが、剣を振るケイスを見て脳裏に浮かんだ嫌な予感を口にする。
あの唯我独尊な化け物が2人も存在すれば、対立すればそれこそ世界崩壊しかねないほどの争いとなることは目にみえている。
「……あの子は違いますよ。ユーディアスは父上の常識の元に生まれました」
僅かに居ずまいを正したウェルカはカップをテーブルに戻すと、ケイスに聞こえないように音声遮断結界を周囲に張ってから、憂慮の色を眉に浮かべその名を口にする。
ルクセライゼン皇帝を父にもつケイスには、父が異なる兄が一人いる。
ルクセライゼン準皇族たるメギウス家直系として、彼もまたウェルカの血脈の末に位置する。
メギウス家前当主が夭折した為に、生まれながらの当主となったケイスの兄の名はユーディアス・メギウス。
「ユーディアスは、ケイネリアスノーと違い、我らの血が濃いのか、赤龍の血が薄いのか定かではありませんが、父上のご推察通り生まれたときから病弱で10までは生きられないだろうと言われておりました」
「その物言い……今は違うのか?」
「えぇ。他ならぬケイネリアスノーが産まれた事で運命が変わりました。父上も先の戦いで見られたでしょ。享楽好きの神々共が降臨する様を。あの地には細い神木しかありませんでしたので中級神が精々ですが、私が微睡む地の外にはケイネリアスノーの木が生えております」
地上に降臨した神々の依り代となる神木『ケイアネリス』
ケイスの真名である『ケイネリアスノー』とはそこから取られた名。
神々の力をふんだんに含んだ実を生み出す林檎の木は、原種と亜種と呼ばれる2つに分類される。
原種は極めて珍しく、大半が亜種と呼ばれる原種からの接ぎ木された増やされた物だ。
それこそ亜種は大陸各地の神殿や王宮にも植えられ、儀式などに用いられているので、人の目に触れる事も多い。
人によっては亜種は所詮偽物。原種のみが神木と呼ぶにふさわしいと唱える者もいるほどに、原種は稀少だ。
なぜならば原種は、英雄の木。
世に大きな影響を持つ存在。
その善悪に限らず後の世に英雄や勇者、魔王、覇王として歴史に名を残すような者達。
彼らが生誕したときに、その拳の中に握りしめた種から生えた神木こそが原種と呼ばれるからだ。
神木と共に産まれた英雄が成長すると共に神木は巨大化し、英雄が死すとき、また神木も枯れる。
今現在、歴史上に存在したとされる原種は42本。
そして公式に現存するとされている原種は僅か2本しかない。
だが少なくとも非公式な一本が存在する。
それこそがケイスの生誕と共に生まれた神木。
ルクセライゼンの聖地。龍冠で一際巨大な大木に成長した神木こそがケイスの木。
「上級神すらもか……」
ウェルカの言葉に、ラフォスは悟る。
龍王達は、神木を持って生まれた真の意味を知る。
この世の秘密を知る。
最強種たる龍を討ち滅ぼそうと、最強種たる龍になろうと争う世界を。
数多の種族が生まれ争うこの世は所詮神々の遊技場なのだと。
神木を持つ者とは、神々によって選ばれた存在。
種族の英雄として、他種族を滅ぼす存在。
他種族によって倒されるべき定めを持って生まれた存在。
ケイスもまた種を持って生まれた選ばれし者。
「ケイネリアスノーは人気者のようです。ケイネリアスノーが闘う度に、神木には山ほどの実が実ります。長寿の霊薬の元たる神々の林檎が。神木の実が無ければユーディアスはとうの昔に命が尽きておりましたでしょう」
ケイスが闘うごとに、その戦いが激しければ激しいほどに、神木には多くの神々が降臨する。
ケイスの行く末を見る為に。ケイスを倒す存在を見いだす為に。
数多の神々がその戦いに注目し、降臨する。
異なる龍王の血によって滅びるべき定めを持つ者すら生かすほどの、力を宿す林檎の実と共に。
「だからケイネリアスノーは戦いが好きなのですよ。自分が戦えば戦うほど大好きな兄が元気になると。もっとも今では戦いが多すぎて、倉庫の1つが林檎の実で埋まるほどになっておりますが」
「ウェルカよ……それほどの神々を引きつける娘の戦う相手とは、滅ぼすべき種族とはいかなる者だと考える」
最強種たる龍の血を色濃く引き、さらには異なる龍王の血すらも取り込み統べる者。
この世の常識を全て覆し、全て喰らうほどに成長しかねない化け物が戦うべき相手とは……
「さて? 神々の遊戯の末に捕らわれた駒である私では見当もつきかねますが。ケイネリアスノーには、この世の全てが敵に回りましても物足りないでしょう…………全てを統べる神々共でしょうか」
父も含め自分達龍とはこの世においてどれほどの力を持とうと、所詮は世の理を外れた神々の遊戯を彩る為の駒。
だが末の娘は違う。
神々がその役目を望んだとしても、あの末娘が従うわけが無い。
どれだけ格上、強者であろうと平気で噛みついていき、最終的には喰らい尽くす戦闘狂なのだから。
この世の理よりも自分の理を優先する末娘に、神を神と思わぬ化け物に、神々如きが敵うのだろうか。
ウェルカは意地の悪い笑みを浮かべつつ、ゆっくりとカップを傾けた。