錯乱状態から、いきなり怒りの形相をみせ、自傷行為を行ったかと思うと、挙げ句の果てには、毅然とした表情で改めてラクトへと決闘を申し込む。
万華鏡のように唐突な変貌をみせるケイスの心中で何が起きたのか、誰にも判らない。
支離滅裂で前後の脈絡が判らない行動は、端から見ていれば正気を失ったと表現するしかない。
しかしケイスの双眸に宿るのは、怪我した右手の激しい苦痛を強い意思の力で押さえる者の力強さだ。
「……ち、ちょっと待て。この剣が欲しいなんて俺は一言も言ってねぇぞ!」
敵を見据えるケイスの目力の強さに僅かに気圧されながらも、ラクトが抗おうと声をあげるが、そんなラクトを無視してラクトの父親であり羽の剣の正当な持ち主である武器屋のマークスへと目線を移した。
「クマ! 値はいくらだ?」
「いくらって……わざわざ決闘しなくても、俺としちゃお前にやったつもりなんだがな」
予測不能な成り行きに唖然としていたマークスは、ケイスの突然の問いかけに戸惑う。
羽の剣は通常の売り物にならない。それがマークスの見立てだ。
重量、硬度を自由自在に変化させるその特殊能力は、戦闘に大きな幅をもたらせる反面で、十全に引き出すにはずば抜けた技量が要求される。
半端な才覚の持ち主では剣を持てあまし、自滅するのが関の山だろう。
非常識な剣を扱える剣士など、それ以上に非常識な才覚の持ち主だけだ。
長年の商売の間で現役探索者の顧客をマークスは幾人も抱えているが、剣の才能に関してのみに限れば、ケイスが断トツだと断言できる。
重量変化を用い、重心移動と四肢を合わせて軌道を変える空中戦。
硬度変化によって刃をしならせた縦横無尽な斬撃。
どちらもケイスだから出来る特殊過ぎる戦い方だろう。
「つっても聞く性格じゃねぇな。お前は……」
倉庫の肥やしにするよりも、使い手がいるなら。
そんな気持ちでケイスに譲ったので、マークスからすれば代金の話など今更なのだが、ケイスが一度言った以上は、そう易々と己の意志を曲げないであろう頑固な性格を思い出す。
「魔力剣、闘気剣10本まとめて金貨500枚で仕入れたうちの一本。だけどそいつはある程度の予想は付いても、正式な出所は不明瞭。使われた技術は独創的で主素材も不明。実戦用に使うにしても扱いが極めて困難。研究用として解析しようにも、刀身から欠片1つ採取できないほどに頑強な作りで使い物にならないと、流れに流れて俺の所に行き着いた品だ……だから売るなら金貨15枚だ」
既存文明圏ならほぼ全域で仕様可能な共通金貨で、通常の数打ち剣ならば5~10枚という所だ。
それらと比べればマークスの提示した金額は多少割高だが、製法、素材が特殊な闘気剣、魔力剣はどれだけ低廉度品でも少なく通常剣の5、6倍はするのだから、破格の値段といえる。
もっとも低評価となるのも致し方ないだろう。
振り幅の広い重量、硬度変化能力を持つ剣は、構成素材や使われた技術の解析すら出来ない。
形状は無骨で典型的な大剣。シンプルな作りに遊びはなく、美術品としての価値はほぼ無い。
報奨品としようにも、その由来が不明で、今の時点では、背景や培った歴史が無く、ほぼ無価値といえる。
そして何より使い続けるうちに使い手の意思から離れ、制御不能となる致命的な弱点を持つ。
数々の理由が羽の剣の価値を大幅に下げており、マークスは羽の剣の価値を金貨15枚と値付けした。
その値付けは同席するファンリアキャラバンの他の店主達にも十二分に納得出来る金額だ。
「うむ。ならば私がラクトに負けたなら、金貨15枚で私から羽の剣をラクトに贈ろう!」
マークスの提示した金額に、ケイスは偉そうに頷き、ラクトへと向き直ると代金を肩代わりする事を宣言した。
代金を自分が払うのは、負けた時のペナルティのつもりなのだろうか。
マークスの理路整然とした説明に妥当な金額だとさしものケイスも納得したのかと誰もが思ったが、
「だが私が勝った場合は剣をもらい、私が金貨178万と1枚を払おう!」
ケイスの馬鹿さ加減と常識の無さは、慣れてきたと思い油断した者をあざ笑うかのように余裕で上回る。
「ぶっ!?」
「1、178万!?」
勝った場合の方が遥かに大きな金額を支払うと宣言するケイスが提示した金額に、一般人と比べて、大金を扱い慣れているはずのキャラバンの商人達も思わず、噴き出しざわめき声をあげる。
共通金貨で178万ともなれば、街1つを作り上げたり、大国の爵位すら得られるほどのとてつもない金額。
永宮未完で獲得できる神具神印宝物の中で最上級の神々が認めた宝物ですら、その莫大な金額は些か過剰で、いくら特殊能力があるとしても剣一本に払う金額では無い。
「ケイス嬢ちゃん。そいつは些か大仰すぎないかねぇ。ラクトに負けない自信があるからって言ったわけじゃないだろ……178万はともかく、そこにさらに1枚って金額は故事に習う気だな」
驚きをみせる商人達の中でキャラバンを率いる長であるファンリアだけは、泰然とした様子でケイスの宣言に面白そうに顔をにやつかせた。
どうやらケイスがあげた中途半端な金額に思い当たる節があるようだ。
「うむ。知っているかファンリア。ならば私がどれだけ評価しているか、そして欲しいか判るだろう」
金額の意味を察してもらえたケイスは破顔して嬉しそうに頷く。
「ケイス。その金額でどれだけ買っているか判ったが、実際にはその金額で取引はされていないはずだ。一生掛かっても払いきれる金額じゃ無いが、でもお前の事だから本気だな?」
マークスも意味が判ったようで、その真意を確かめようと確認する。
とても個人で用意が出来る金額では無いが、しかしケイスなら、話は別だ。
「無論本気だ。ただクマが言う通り今は持ち合わせが無いから、少し待って欲しいが必ず払う。剣に誓っても良い」
言ったことはきっかりとやる。
例えそれがどれだけ無茶苦茶で荒唐無稽な事であろうとも。
何故そうなったのか、その思考は理解は出来た者は少数であるが、ケイスが冗談では無く、言葉通りに勝った時は178万枚を払うつもりなのは、今の宣言を聞いていた者の大半が理解した。
「私はその位の価値を羽の剣に見いだしている。負けた場合にも払っても良い。だがここは武器屋であるクマの見立てを尊重する。常人では使えないが、私ならば羽の剣を扱えると言ってくれたからな。だから私は剣士として負けた時は、武器屋のお前と私に勝ったラクトに最上の敬意を示して、自らの意志を曲げ言い値で剣を譲るつもりだ」
「確かに言い値だけどな……普通は逆だろうが」
マークスの武器屋としての矜持をすくい取ったつもりのようだが、周囲には判りづらい言動のケイスらしい、回りくどい気の使い方にマークスもつい呆れるしか無い。
普通こういうときは勝ったら安く、負けたら高く払う物だろう。
だがそれが真逆になるのが、ケイスらしいと言えばケイスらしい。
「そうか? それに私が勝った場合の価値は、金貨178万程度では無いぞ。私はやがてあまねくこの世界に名を響き渡る、剣においては比類する者は無き、上級探索者となる。そうなれば払うのは無理では無い。それに剣の天才たる私が望み、決闘をしてまで勝ち取った剣を託した武器屋という至上の称号がお前には与えられる。それこそ至上最高の名誉であろう。この世に流通する全ての金貨であろうが、その名誉に比べれば塵芥だ」
ケイスは傲慢で不遜な宣言を堂々と宣う。
自分は何時かこの世で最強の剣士になる。
自分が扱う剣を託した武器屋という金看板には、金銭とは比べものにならないこの世で最上の価値があると、臆面も無く言い切った。
あまりに単純で明快なその理屈理論は、子供の戯れ言のように、真実味に乏しいはずの言葉。
しかしケイスは誰よりも確信する。
自分が望む。
だから叶う。
叶えるでも、叶えば良いでも無い。
叶う。
叶わないはずが無い。
絶対的な自信と自負が込められた意思は、荒唐無稽な宣言に強固な真実味をもたらす。
「お前らしいな…………良し判った! 勝ったら178万枚と1枚で負けたら15枚。いいぜその条件で。俺は文句は無い。ラクトお前も良いな」
腕を組んだマークスは1つ頷きケイスの提示した条件を了承すると、剣を持ったまま唖然とする息子へと向き直った。
「ち、ちょっと待て親父。ケイスが勝ったら金貨178万枚で売るとかってなんでそうなるんだよ!?」
一方で今の今まで、ケイスの変貌振りといきなり飛び込んで来た剣やら再決闘宣言に唖然として固まっていたラクトが、我に返り慌てて父親に抗議する。
途方も無い金額で話がどんどん進んでいく事に驚き戸惑っている。
「お前仮にも武器屋の跡取りなら、今の金額の意味くらい知っとけ。178万ってのは至上最高金額の剣の制作費で、さらにその1枚ってのは売値だ。ケイスの奴は羽の剣にその剣と同等の価値を付けたって言ってんだよ。そうだなケイス」
勉強不足の息子に情けないと呆れ混じりの表情を浮かべながら、聞かせてやれとケイスに話を振った。
「うむ。クマの言う通りだ。かつて暗黒時代に祖国を滅ぼした一匹の赤龍に、生き延びた国民達がなけなしの金を出し合って掛けた懸賞金が178万。莫大な金額に引かれ数多の勇者達が挑むが、龍王ならずとも強大な力を持ち破れ続けた。だがある日1人のドワーフ鍛冶師が、最高の武器材料を求めてその龍に挑んだ。幾度も昼と夜を跨いで続いた戦いの末に、ついに龍を打ち負かし、生きたまま剣に仕立て上げるという神業をみせたという」
モンスターを生かしたまま武具へと変える。
それは伝説でも架空の話でも無く実際に存在する。
世界最高峰の生産国の1つとして知られるドワーフ王国エーグフォランドワーフ鍛冶師達に伝わる秘奥中の秘奥『生体変位武具鍛錬技』
「最高の剣を打てたことに満足した鍛冶師は名を残すことも、懸賞金を受け取ることも無く、僅か金貨1枚分のお酒と引き替えに、自分が見いだした若き勇者に剣を譲り暗黒時代の終焉を願ったという……剣を受け取った勇者は、その後もう一つの剣を得て双剣の英雄となり、暗黒時代を終わらせた。私が好きな英雄叙事詩の一幕だ。至上最高の剣という誉れである178万という価値。そして金貨1枚で世界を救った最高の剣士としての誉れ。私が提示した金額178万と1枚にはそれだけの価値がある。つまりは羽の剣にも私はそれだけの価値を見いだしている」
暗黒時代を終わらせた英雄にまつわる話の中でも、その剣を得た話は特にケイスの琴線に触れるのか、嬉々とした表情で語る年相応の笑顔で、輝く目にあこがれの色を強く滲ませる。
ケイスがどれだけ真剣に傍目には巫山戯た金額を提示したのか、ケイスに反発するラクトにすら理解させる。
「お前が出した条件の意味は判った……受けてやる。ただし条件がこっちも1つある」
だが意味が判ってもそれでもケイスに対するラクトの反発心は収まらない。
むしろ勝ってやろうという気が強くなる。
「ん。よかろう。言ってみろ」
「俺が勝ったら剣を15枚で俺に贈るつってたなあれは無しだ。親父が言ったとおりただでくれてやる。それに足してお前から貰った魔具分の金額も俺が払う。自信家のお前にはそっちの方が嫌だろ。負けた上に剣を譲って貰うなんて。しかも使えるかどうか判らないんだろ、この剣に認めてもらえないつってたんだからよ」
「む……うっ。ふむ! 良かろう! 私の誇りに掛けてラクト。お前に勝ってやる!」
ケイスの眉がぴくりと動き、不快そうにうなり声をあげた。
確かにラクトの提案はケイスにしてみれば屈辱でしか無い。
金銭など比べものにならないほどに、己の才に力に自信と自負を持つケイスにとって絶対に譲れない勝負だ。
「勝つのは俺だ。お前が悔しがるくらいに剣を使ってみせてやる!」
ケイスの宣言に対して、ラクトは挑発するように言葉を返す。
羽の剣は不自然に軌道を変えて、ラクトの手の中に飛び込んで来た。
ケイスが言う通り、羽の剣がラクトを選んだかのように見えるかもしれない。
しかしどうしても剣に意思があるようにはラクトには思えない。
握っている柄の感触が、あくまでもこれは武具だと勘が訴えている。
だからケイスの言うように、とても擬人化して感じ取れない。
だが同時にラクトは、例え変わっていようが、武具であるなら使えるはずだとも、感じていた。
何故この武器が扱いづらいと父親が見立て、素直に認めるのは癪ではあるが、途方も無い実力を持つはずのケイスがあれほど制御に苦労していたのか、判らないほどだ。
実際剣が手の中に飛び込んで来て初めて触れたが、驚くほどに馴染んでいて、闘気を送る量さえ気をつければ何とか扱えると確信めいた予感がしていた。
「あんたほんと馬鹿でしょ。なんで折れた右手で、当て木が粉々になるまで握れるのよ。変に力入れて折れてる骨が突き出たらどうすんのよ。ほんと馬鹿じゃ無いの」
丁寧に包帯をまき直しながら、ルディアはクドクドとケイスを叱る。
無理矢理に指を曲げた所為で折れた骨が突き出ているのではとも疑っていたが、幸いにもというか、原形を留めないほどに割れた当て木が無数に掌に刺さった刺し傷以外は見当たらず、大きな木片を抜いて洗い流して消毒をするだけの応急処置で済んでいた。
「仕方ないではないか。戦いに関する私の覚悟を示すのに丁度よかったのだ。うん。ミズハこれも美味しいぞ」
ケイスは自分にだけ通じる言い訳を返しつつ、寝て起きたらお腹が空いていたのでとい動物的な理屈で、ルディアに治療を任せつつ左手でつまめる物をパクパクと食べていた。
特にここ数週間。イチノ親子の料理はお気に入りになっていたのでご満悦といった表情だ。
「ケイス次はこれ食べる? こっちも自信作だよ」
世辞では無く、心の底から美味しそうに、しかも大量に食べてくれるので作る方として気持ちが良いのか、ミズハも試作品を次から次にケイスの前へと差し出していた。
「少しは怪我人って自覚しなさいよこの馬鹿はほんとに。ハイこれで終わり。まったくさっきのことだけじゃ無くて、なんで医者に診せに行くって喧嘩沙汰になってるのよ」
「ン……それは成り行きだ」
治療を終えたルディアの追求に、ケイスはつい目をそらす。
無理矢理に拳を作ったことは自分なりに譲れぬ矜持があるが、医者に行かなかったのは、カンナビスの町に興奮していたからや、他に興味がひかれたやらと、色々理由はあるが、はっきり言えば忘れていたというのが主要因だ。
元々怪我をした状態でも戦えるし、戦うしか無いのが常だったケイスにとって、利き手が使えないくらいの状況は日常茶飯事、自然治癒できる程度の怪我なら、医者に行く程度では無いという認識のズレがあるからだ。
だがそれを言えば、理解してもらえずにルディアはさらに怒るだろう。
敵には滅法強いが、味方には基本的に弱いケイスは、これ以上叱られるのも嫌なので、無理矢理に誤魔化した。
「これはあくまでも応急処置だから……あたしは薬師ギルドに顔を出し行くから、そのついでに明日にでも医者に行くわよ」
薬師の扱う製品は薬にもなれば毒にもなる。
旅先での無用なトラブルを避けたいのならば、大きな街に着いたらとりあえず薬師ギルドに顔を出し滞在を告げろというのが、ルディアが師から教わった忠告だ。
大抵の街では、利便関係から医療院と薬師ギルドは併設しているか、同一区画に近接している。
自分の怪我なのに無頓着なケイスに言っても無駄だと悟ったのか、ルディアは強制的に連れて行く決心を固めたようだ。
「ん。了解した。ルディ、それよりも私が昼間に渡した転血石を売ったお金はまだ余っているとさっき言ったな。どのくらいあるんだ? みせてくれ」
「医者代のつもりなら十分よ。金貨換算で600枚分くらいあるから……まぁ170万枚払うなんて言ってるあんたからすれば端金でしょ」
ルディアからすれば大金過ぎて目の付かない所に置いておくのも怖いので、幾重にも結んで腰に下げて持ち歩いていた宝石袋を取り外して机の上に置く。
「医者代の前に色々準備がある。私には負けられない理由が出来たからな」
器用にも左手一本で袋を縛っていたヒモを外したケイスは、袋を逆さにしてテーブルの上に宝石を広げた。
ごろっとした大粒の宝石が放つ華やかな色に、普通の女性なら目を輝かすことだろう
しかしケイスからすればただの綺麗な石。
あまり興味がないので、特に感想を漏らすことも無く次々手に取り、表面を保護するガラスに刻まれた額面に目を通していく。
「スオリー。昼間にも頼んだが協会傘下の練習用鍛錬場で魔具の使用にも耐えられる対魔術障壁が張れる所を借り受けたい。貸し切りだとしていくらで最短何時までに手配できる?」
「え……えぇ。早朝でしたらこの時期はさほど混み合っていないので、明日は無理でも、明後日には借りられると思いますけど、料金は金貨10枚もあれば十分です」
始まりの宮が終わり。迷宮への侵入が再開したばかりのこの時期は、再構築された内部構造解析や、新種モンスター情報など、金になる要素が多いので、数日から数週間に渡って篭もる探索者の方が圧倒的に多い。
だから鍛錬所は比較的空いており、それも早朝ならばほぼ確実に開いているはずだ。
「ふむ。ならこれで明後日と明明後日の二日分の手配を頼む。あと昼間の店の修繕費をそこから出してくれ。足りるか?」
疲れ切った表情でのろのろと顔を上げ答えたスオリーに、ケイスは換算250枚となった黄金トパーズをとってスオリーに向かって放り投げた。
無造作すぎる扱いと、他人に大金を躊躇無く預ける無頓着は、ケイスの金銭に対する拘りの無さ故だろう。
「弁償するって概念あったんですね……判りました。支部を通して決闘場所とお店の修繕を手配しておきます。ですが二日分ですか?」
壊した物は弁償するという基本概念がケイスに有ったことに驚きつつも、スオリーは渋々承諾する。
スオリーからすれば、ケイスに無駄な騒ぎなど起こして欲しくないのが本音だが、関わりを避けて下手に騒ぎが大きくなるよりも、自分が知っている部分で起きた方が幾分かマシだという判断していた。
「ん。調整と鍛錬用に使う。ボイドお前達はしばらく暇か? 他の連中でも良いんだが」
「あーとりあえず俺らは全チーム、ニ、三日は休養と武具修繕の予定だ。そのあとは次の仕事まで潜る予定だ。なんだ練習相手に付き合えか?」
ボイド達護衛ギルド所属探索者で構成されたチームは基本的に一回ごとのローテションで活動をしている。
依頼状況にもよるが、基本的には一月で二、三回の依頼をこなし装備や情報を揃え、迷宮探索を一、二回の割合でスケジュールを組んでいた。
「うむ。だが私ではないラクトの相手だ。魔具の扱い方を覚えなければならないからな。使い方のレクチャーを頼めるか? 扱いに不慣れでラクトが自滅したのでは意味が無いし、私が面白くない。ラクトを完膚無きまでに叩きのめしてこそ、私の才能をみせられるのだからな」
「お前本当にいちいち言い方が不穏だななおい」
ケイスの物言いに不快そうに顔をラクトがしかめる。
挑発するつもりで言っているならまだ良い。これがケイスの通常仕様なのだからより腹立たしい。
「五月蠅い。扱いに慣れる必要が無いと思うわけではないだろ」
「……ちっ。判ってる。ボイド兄ちゃん達頼めるか? ケイスお前余分なことすんなよ! 鍛錬にかかる経費は俺が貯金から出すからな! 初日分の鍛錬所の料金もだ!」
ケイスに同意するのはむかつくが言っている事はもっとも。
不承不承ながらもケイスに賛同の意思をみせたラクトは、手伝いでため込んでいた貯金を使い切ることになるが、これ以上の手助けはいらないと伝えた。
放っておけばケイスのことだ、鍛錬費用にと大金を渡しかねない。
ただでさえ魔具代をケイスが出しているのに、それはあまりに癪だ。
「俺は構わないが、魔具は専門外だな。ヴィオンとセラが良いだろ」
「しゃあねぇな。お嬢。手伝ってやるぞ」
「あーはいはい。もう好きにしてよ……なんかもう何でもどうでもよくなってきたから」
ケイスの目の前の宝石類をジト目でみるセラはやさぐれた声で、酒をあおる。
守銭奴なセラには、ケイスの無頓着すぎる金の扱い方はストレス以外の何物でも無いようだ。
「ん。任せるぞ。そっちはそれで良いな。あとは私の準備だ」
ラクトの方は手はずを終えたと満足そうに頷いたケイスは椅子から立ち上がると、別のテーブルへと身体を向ける。
「クマ。この間のバスタードソードが欲しい。まだあったな? それとドルザ。お前の所でリクゼン王国製のワイヤーナイフを取り扱っていたな。30本ほど用意してくれ」
武器屋のマークスと、冒険用補助アイテムを専門に扱う商人であるドルザへと、ケイスは声をかけた。
ワイヤーナイフは柄の部分に、丈夫な巨大蜘蛛由来の極細糸補助装備として組み込んであり、戦闘のみならず罠に用いたり降下用など何かと便利使いできるアイテムで、リクゼン王国の糸は特に頑丈で軽いと評判が良い代物だ。
「うちの商品も目を付けてたのかお前。ワンセット5本で計金貨6枚だな。クマさんはまた100枚か?」
「ドルザうるせぇ! 10枚だ。ケイスそれ以上は受け取らないからな」
最初に吹っ掛け過ぎたのを仲間内でネタにされるのに飽き飽きしているのか、からかい口調のドルザに、マークスが少し赤面しながら怒鳴り返し、金銭感覚の崩壊しているケイスを牽制した。
「合わせて16枚か……うむ。細かいのが無いな。いや武器以外も必要か」
テーブルの上の宝石を見比べたケイスは最小の額面でも金貨50枚分しかなく、どうするべきかと少し悩んでいたが、合点がいったのか大きく頷いた。
「ファンリア! 私用に防具一式が欲しい。ハーフリング用軽装備はキャラバン内での扱いは無かったはずだな。仕入れを頼めるか? マッドナー工房製でホルダーが多いタイプがいい」
次いでファンリアの名を呼んだケイスは、大陸ではマイナーな小型種族防具専門工房の製品を指定し手に入るかを尋ねる。
ハーフリングはトランド西部に定住する少数種族で成人でも、人の子供と変わらない背丈くらいにしかならない種族。
ケイスと同等のサイズの彼らは身体は小さくとも、手先が器用で俊敏なため、斥候役の探索者を生業としている者も少なからずいる。
絶対数が少なく需要が低いので、彼ら用の武具はあまり出回っていないが、何かと顔の広いファンリアのこと。
迷宮隣接都市として大きなカンナビスなら、扱い業者を知っているだろうとケイスは踏んでいた。
「ハーフリング用か……知り合いに当たればフィッティングも含めて明日には用意出来るが些か値が張るな。150枚って所かね」
「よし。ではこれで頼んだ。つりを2人に渡してくれ。残りは世話になった謝礼としてキャラバンに寄付する」
額面200と刻まれた大粒のサファイアを手に取ったケイスは僅か一日で準備できると明言したファンリアのいるテーブルへと、不作法にも投げ渡す。
「ふむ。あと必要な物は……」
ケイスは腕を組み、ラクトとの決戦に備え何をすべきか自問する。
武具、防具は揃った。
しかし問題は対魔具……いや魔術戦闘だ。
セラ相手の模擬戦では、魔術を避けようとして近づけず体力切れ。
始母であるウェルカの咆哮には、手も足も出ず倒れた。
今のままでは、いくらケイスでも限界はすぐに来る。
何らかの手段を考えなければならない。
ラクトのようにこちらも魔具で対応するか?
威力持続性に劣る魔力充填式の魔具でも、使い方、使い所を熟知していれば、低級魔術でも高位魔術の使い手を葬る自信はある。
しかしそれは今のように街中ですぐに魔具を仕入れることが可能な状況下でのこと。
将来的に探索者になった時には、頻繁な補給を前提とする戦い方は通用しない。
第一ラフォスに自分の才を見せつけるためには、剣で勝たなければならない。
必要なことは、魔術を突破して、相手に近づくこと。
自分の絶対戦闘圏。極々近接領域まで踏み込むこと…………
その為には……
過去の戦い方を、戦った相手を脳内に思い出し、シミュレーションを重ねる。
かつて龍冠で出会った生物。
トランドに渡り戦った人やモンスター。
自分が魔術を使えた頃の戦い方。
魔術を封じて得た戦い方。
この歳にして膨大な戦闘経験とケイスの戦闘センスが求めていた答えをはじき出す。
それがどれだけ荒唐無稽で無茶な戦い方であろうと。
「よし決めた。ルディ! ウォーギン! 時間が惜しいから今から医者に行くぞ! 色々買いたい物が出来た付き合え!」
思いついたら即断即実行。
今から医者に行くという宣言をしたケイスは、何故かルディアだけで無く、ウォーギンさえもその標的の中に納めていた。