「ずいぶん盛り上がってるよね。なんの話?」
砂船トライセル専属料理人ミズハ・イチノは自ら拵えたばかりの、癖の強い獣肉を押さえるためにふんだんに使われた香草の匂いが食欲を刺激する深皿を片手に、やけに盛り上がっていた会話の内容を手近に座っていたルディアに尋ねる。
「あーと……あの子がどれだけとんでもないかという話で大いに盛り上がってます。このお皿かたしますよ」
ケイスが寝ている二階を指さしたルディアは、ミズハの持ってきた料理を見てテーブルの中央の空き皿を重ね横によけつつ答える。
ケイスが何者かというウォーギンの質問から始まった話題は、盛り上がりには事欠かなかった。
「ミズハちゃんごめん。私はもう胃が痛くなってきたからあまり食べられそうに無いかも」
濃すぎるケイス話の連続で気疲れでもしたのか、ルディアは疲れたような顔を浮かべ、今日一日振り回されていたスオリーに至っては、気苦労を思い出したのかテーブルに突っ伏していた。
「姉貴のは単なる飲み過ぎだろうが。ぱかぱか強い酒ばかり開けてりゃそうなるっての」
「なるほどね。はいはい、んじゃそのケイスが取ってきた獲物で作った料理で話題転換ね。次の皿は砂漠狼の肩ロース東方風香草煮もみじおろし掛けとござーい。評判よければこのお店の定番メニューになるから批評よろしく」
ごろごろとした塊肉は圧力鍋で調理されているので、この短時間でも突いただけで崩れるほどに柔らかく煮込まれている。
とろりとした甘じょっぱい煮汁としゃきしゃきとした根菜の食感が食欲をそそり、上からたっぷり掛けたピリ辛でさっぱりとしたモミジおろしが全体の味を引き締め、こってりとしていながらも飽きさせないミズハ渾身の作だ。
「悪いなミズハ。さっきから作らせてばかりで」
ボイドが申し訳なさそうにミズハから料理を受け取り、ルディアの開けたテーブルの中央へと置く。
ミズハはルディアやボイド達と同席ではあるが、同じ卓を囲んでいたのは正味十分もないだろう。
父親であるセラギとこの酒場兼宿屋の店主リクライン・イドは同じ店で修行をした旧知の仲。
本来であれば今日はミズハも打ち上げ参加者の立場なのだが、セラギが持ち込んだ北リトラセ砂漠産の豊富な食材(主に魚、肉類、時折自走植物類)に2人の料理人が創作意欲を刺激されたのか、いきなり始まった大試作大会にミズハは巻き込まれ、日頃頭の中で構築していた新作をご披露という事になっていた。
「あー気にしない気にしない。リックおじさんに副菜、調味料の類を存分に使わせて貰ったから大満足。それにこれで終わりだから。あとでまとめて感想聞かせて貰うわよ。特にウォーギンさんとルディアあんた達ね」
前掛けを外して自分の席に戻りカップを手にしたミズハは生き生きとした顔でウォーギンとルディアを指名した。
セラギ達に劣らず生粋の料理人であるミズハは、普段は砂船の厨房で限られた食材で料理しなければいけない制約から解放され、むしろ楽しんでいたようだ。
「私ですか?」
ミズハの差し出したカップに瓶を傾け赤ワインを次ぎながらルディアは意外そうな顔を浮かべている。
評論家でもあるまいし、細かい感想といわれてもミズハの料理は基本的には美味しいという表現でしか答えようが無いからだ。
「ただ飯を喰わせて貰ってるから、感想くらいは喜んで答えるけどよ、あれがどうとかこれがこうとか、細かいの期待すんなよ料理人の姉ちゃん。今ん所全部美味いしかねぇぞ」
同じく指名を受けたウォーギンもルディアと同様の感想のようで、食通めいた台詞は無理だと予防線を張っていた。
「そんな難しく考えないでよ。ルディアは冬大陸出身で、ウォーギンさんは東部のロウガでしょ。ここら辺じゃそっち出身者って少ないからね。どれがより好みだったかだけでオッケーだから」
ロウガはトランド大陸最東端に位置する巨大な港町であり、暗黒時代の発端であり最終決戦地となった土地としても有名な都市だ。
暗黒時代に滅亡した東方帝国を源流に持つロウガの料理には、独特の調理法や調味料が数多く、 別地方の料理人にはなかなか敷居が高い物だが、
「あーなるほど。それでモミジおろしがけってことか……確かにこりゃ地元の味だ。ロウガで出しても遜色ないな」
ミズハの言葉に合点がいったのか、来たばかりの煮込み料理を皿に取って、肉を一口囓ったウォーギンは懐かしげな顔を浮かべながら太鼓判を押す。
「ふふん。たいしたもんでしょ。まだまだたっぷりとあるからガンガンいっちゃて……具体的には砂漠狼だけで後10頭分お肉がいるから」
胸を張って自慢げに笑ったミズハだが、この程度の消費では焼け石に水でまだまだ使い切れない量がある事を思いだし、それを忘れようとしたのか笑いながらグラスを一気に傾けた。
使い切れない食材というのは、料理人にとって嬉しくもあり迷惑でもあり。
食べ頃のうちに使い切りたいのが心情だが、その相手は未だ山のようにそびえ立っていた。
「ケイスって変な所で真面目だから、軽い冗談でも気をつけた方が良いよ」
飲み干したグラスをルディアに突き出して、ミズハはおかわりを催促しつつ、自らの言葉を思い出す
ケイスがよく食べるから食材が足りないかも。
ミズハが大食漢のケイスに対して言った冗談1つがこの結果だ。
素直というか馬鹿正直というかその性格に、あの化け物じみた能力が組み合わさった結果がこれだ。
なんせケイスの狩りで得た獲物は、最終的にはトライセルの厨房保存庫では収まりきらず小型とはいえ倉庫1つを丸まる埋め尽くすもの。
出航前より食材が増えるという怪奇現象は、ミズハどころか、長年料理人をやっているセラギでさえ初体験だったくらいだ。
「俺らとしちゃ護衛中の飯がレパートリー広がったうえ、食い放題でありがたかったけど、狩られた方は災難だな。リトラセに放置してたら一年くらいでモンスター共を刈り尽くしかねないからな」
「狩って喰って狩って喰ってってか。半年あれば十分だろあいつなら。酒場での喧嘩騒ぎも、戦って飯さえあれば十分なバーサーカー振り発揮してたみたいだしな」
ケイスに限れば、人を襲うモンスターの方が可哀想になってくるのも仕方ないとボイドの台詞に、悪のりしたヴィオンが笑いながら答える。
大の大人達しかも探索者相手に喧嘩沙汰を起こしても、何時もと変わらず暴れ回れる幼い少女の話など眉唾も良い所だが、それがケイスだと知ればさもありなんと、昼の顛末を聞いた誰もが思っていた。
「ボイド君、ヴィオン……結局また元の話に戻ってるじゃ無い」
ケイスの化け物振りを肴にした話題は、ミズハが料理を持ってくるまで散々したのだからもう良いだろうと、恨みがましい目をしたスオリーが、幼馴染みと弟を睨み付けた。
それが嘘八百なら酒の上の笑い話だと済ませられるが、ケイスに限ってはそれがほぼ真実。
過去の所行を知るスオリーからすれば、むしろ今日はまだ人死にが出ていないので、大人しい方というのが心底恐ろしい。
「でもさぁケイスってボイド達から見てもそんなに強いの? そりゃ刃物を扱わせたらたいしたもんだし、狩りも上手いけど、普段のイメージだとそこまでって感じ無いんだけど」
確かに年齢離れして強いけど、些か大げさ過ぎないかと、グラスを傾け、料理に手を付けつつ、ミズハが平然と言い放つ。
ケイスの力が一般人からは逸脱していても、人を超えた力を持つ探索者から見ればそこまではいかないだろと言いたげだ。
「ミズハおまえあれ見てよく…………そういやお前実際にケイスの戦ってる所やら戦闘痕跡は見てなかったな」
仕込みやら営業中でミズハが直接ケイスの狩りやら自分達との模擬戦闘を見ていなかったことをボイドは思い出し、どう説明したら分かり易いかと考える。
ケイスの凄みは、人づてに聞いても、あまりに現実離れしているので実感が湧かない。
実際にケイスの戦闘後を目撃し、その本人と何度も手合わせしたボイドですら、質の悪い冗談としか思えない実力だからだ。
「自分は天才だっつってるけど、ありゃそのレベルですら無いからな。ガチの化け物だろ。ラクトとの決闘を見た方が分かり易いから楽しみにしてろって。百聞は一見にしかずってな……ラクトがどこまでケイスの本気を引き出せるかわからねぇけど、どこで見ても化けもんだからな。気張れよラクト」
姉と違い物見遊山というか怖い物見たさというかほろ酔いのヴィオンが笑いながら、右隣のラクトの背中を激励の意味を込めたのか何度もバンバンと叩く。
天才ならまだ人のカテゴリー。
しかしラクトが喧嘩を売った相手のカテゴリーは化け物だ。
「痛っ! ヴィオン兄ちゃん力強ぇっての! ったくこれだから酔っ払いは……それにどういう意味だよ。あいつ本気だろ?」
酔って加減が効かないのかヴィオンに叩かれてヒリヒリする背中をさすりながら、不満顔のラクトが問いただした。
ケイスが色々な意味で本気なのは決闘相手であるラクトが一番感じているからだ。
「あー……んー……なんつーかな本気なんだが、種類が違う本気なんだろ。ありゃ。ほれミズハがさっき言っただろ。普段のケイスを見てりゃ、確かに強いけどそこまでか? って奴。具体的に例えるとな」
テーブルの皿から串盛りを引っ掴んだヴィオンは皿に移して、次いで来たばかりの煮込み肉を同じ皿の上に並べて、なぜか見比べさせる。
肉の大きさも調理法も違う2つを指さして、
「ミズハ。お前この手間暇掛けた煮込み肉に対して、串に刺して焼いただけの肉って手抜き料理か?」
「ん? どっちも本気に決まってしょ。手を抜いた料理なんて出したら親父にどやされるって……あーなるほど料理に例えられると分かり易い」
「そういうこった。ケイスと俺らは何度も手合わせしてるし、狩りも見てるけど、サンドワームをぶっ殺した戦闘痕跡と比べると段違いだ。俺らとやり合った戦闘訓練やら、ラクトとの決闘は勝負事の本気。狩りなんかも狩りの本気であって、殺す気の本気はまだまだ底があるんだろ」
ケイスがリトラセでサンドワームと繰り広げた戦場跡を二回見ているのはヴィオンだけだ。
だからこそ判る。
ケイスの本気はまだまだあんな物では無いとヴィオンは断言する。
「……」
ヴィオンの説明に合点はいったのだろうが、ラクトはすこし不満顔だ。
ただでさえ魔具を買い与えられた上に、ケイスは実力全部を見せていないと指摘され、手を抜かれていると感じたのだろう。
「まぁ、そう言っても侮ってるわけじゃ無いから気にすんな。ケイスの奴巫山戯た言動はしてるけど、根がくそ真面目だから、本気でお前と決闘する気なのは間違いねぇわ」
「なぁ、じゃあケイスに本気の本気を出させる方法ってなんかねぇの?」
「本気の本気ね……お嬢なんか良い方法ってあるか?」
少しだけ考えた素振りを見せたが思いつかなかったのかすぐに諦めたヴィオンが、ケイス絡みは避けたいので黙っていたセラへとわざと尋ねる。
「あたしに振らないでよ……ったくヴィオン。あんた煽ってるでしょ」
ケイスとの相性が一番悪いのが、この席ではセラで間違いないだろう。
接近戦を得意とする剣士と、遠距離専門魔術師。
浪費家というか金銭に無頓着なケイスと、節約家という名のどけちのセラ。
気が合う合わないではなく、考え方が根っこの端から違うので致し方ない。
もっともケイスの方は傲岸不遜の極みで一切気にしないような性格なので、セラが一方的にケイスを苦手としているというだけでもあるのだが。
「ラクト。乗せられないようにしときなさいよ。変なこと考えないで魔具を使って遠距離で封殺。お腹すくまで待ってりゃあんたの勝ちなんだから」
ケイスが本気を出さない、出せないならそれで良し。
とりあえず勝ちに行くだけなら、簡単では無いが、絶対無理なわけでは無い。
昼間に買った魔具の種類を見て、ラクトの戦術は遠距離からの足止め、接近戦の妨害だと察していたセラは、無難なアドバイスを送る。
「なんだお嬢、一度くらいはケイスは痛い目をみた方が良いとか、昼間に吠えてたじゃねぇか。本気の本気で負けたらケイスに取っちゃ痛恨の負けだろ」
「うっさいわねぇ。もしケイスが負けたとしてもすぐにリベンジに走るでしょが。そりゃあたしだって、もしあの子の泣き顔が見られたら少しは溜飲下が、あいたっ!? なにすんのよ兄貴!」
話の途中でいきなり拳骨を落とされたセラは、頭を押さえながら叩いてきた兄に文句をつけるが、そのボイドはあきれ顔だ。
「年下の泣き顔が見たいって性悪すぎんだろうが。それこそお前の方が先にケイスに敵認定されんぞ」
「例えよ例え! 第一ケイスが泣くわけ無いでしょうが! あの性格で……」
いきなり勃発した兄弟喧嘩に周りが慌てて止めに入ろうとする前に、やたらと大きな音が二階から響いてきた。
まるでドアを勢いよく蹴破ったような破砕音。
そして今二階の客室で寝ているのはケイスのみ。
さらには二階からは殺気のような怒気が背筋を寒くさせるようなレベルでだだ漏れてくる。
店内の者は何事かと誰もが二階を見上げ、通りからあちらこちらで犬の遠吠えやら、猫の鳴き声、夜だというのに一斉に羽ばたく鳥の羽音、馬のいななきが響いた。
「ほれ見ろ! お前が変なこと言うからケイスの奴、怒って起きたじゃねぇか!」
「お酒のつまみに散々変なこと言ってたの兄貴とヴィオンがメインでしょ!」
ケイスなら例え睡眠状態でも自分の悪口には反応し怒りて起きかねない。
いきなりのご立腹状態に慌てる兄妹が言い争いをしている間にも、バタバタと大きな足音を立てながら、階段を下る足音が響き、件の主が姿を現した。
その寝乱れた長い黒髪でうつむけた顔は隠れているが、なぜか左手にふにゃりと垂れ下がった大剣をしっかりと握っており、肩を小刻みに揺らしながら大人も後ずさりするほどの怒気を発している。
きょろきょろと店内を髪の隙間から見渡したらしきケイスの視線が一カ所で止まる。
その狙いは紛れもなくボイド達の卓だ。
ケイスの全身に力がみなぎるのが遠目にも判る。
次の瞬間にはケイスは獣じみた速度で床を蹴って、ホールの天井ギリギリまで跳び居並ぶテーブルを一直線に飛び越える。
剣を持ったケイスに対して、ボイド達は丸腰。
いくら何でもテーブルの上のナイフでは心許ないにもほどがある。
「だっ!? ちょっと待てケイス! 冗談だ冗……」
「っ! ミズハァ! 料理だ! ぅぅっ! ぐずっ! 美味い物を出してくれ!」
しかし着地したケイスは、落ち着かせようと慌てるボイドを無視して横を通り抜けると、すぐ側で固まっていたミズハに泣き付いていた。
近くに来て判ったがケイスは怒っているのではなく、何故か泣いていた。
黒檀色の目からは流れた大粒の涙が紅色した頬を伝わり床に落ち、嗚咽で身体を震わせるその様は怒り心頭というよりも、どうして良いか判らず、ぐずって癇癪を起こしている子供のようだ。
「え………………え、えっと、ケイスお腹がすいたとか?」
いきなりの頼み事とマジ泣きをしているケイスに、ミズハは驚くのを一回りして素に戻って問いかける。
まさか空腹のあまり泣き出したのでは無かろうかというミズハに対して、ケイスは何故理解してくれないと絶望した表情を浮かべ、
「ちがう! お爺様にだ! うぅぅ! 怒って! 話を聞いてくれないんだ! うぅぅ、わ、私にだってり、理由が、っえくっ! うぅぅっわーん!」
何故か剣をミズハの目の前に突き出し、さらには説明している間に感極まったのか、声を上げて号泣しだした。
しかも普段は無駄にもほどがあるほど無駄にしている幼い美貌を、余すこと泣く使って泣きじゃくっているのだから質が悪い。
何とも保護欲をそそるその声と姿は、子供がいないミズハでさえもつい母性に覚醒しそうになるほどだ。
「おい愚妹……溜飲は下がったか?」
「聞かないでよ! 罪悪感ばりばりよ! あたしが直接何かしたわけじゃ無さそうだけど胸が痛んでるわよ!」
予想外のケイスの号泣で喧嘩を止めていたボイドの問いかけに、自他共に認める貧乏性ではあるが、無抵抗な子供を虐めて愉悦に入るような腐った性格ではないセラは青ざめた顔で怒鳴り返す。
ケイスが何故泣いているのか、何を言っているのか誰にも判らない。
だがそれを本人に問いかけるのには誰もが二の足をふんでしまっている。
下手な問いかけをしてさらに泣かせてしまうのではないかと、手をこまねくなか、
「……ごめん意味が判らない。あんたどうしたいの?」
ケイスの泣き声だけが響いていた酒場にため息混じりの声が響いた。
声の主はルディアだ。
この中では一番ケイスと付き合いがあるので多少なりとも耐性があったのだろう。
「お、美味しいものを食べれば! ぐす! き、機嫌が良くなるだろ! ミ、ミズハ達の料理は美味しいから! うぅぅ! わ、私じゃなにしても聞いてくれないんだ!」
だが返ってきた答えは、質問したルディアのさらに頭を悩ませる物だ。
一体誰を怒らせたというのか。
誰に食べさせようとしているのか。
何を聞いてもらえないのか。
「えーと誰に?」
頭痛を覚えつつもルディアは忍耐強く再度問いかける。
ケイスの意味の判らない言動に対してはともかく辛抱強く、一歩一歩歩み寄るしか無い。
野生動物に相対する寛容さと慎重さ、忍耐が必要だというのが、対ケイス対策にルディアが見いだした物だ。
「だからお爺様だ! お、怒ってるんだ! 私の、い、言うことを聞いてくれないんだ!」
ぐずり泣きながら答えるケイスが鼻を啜りながら長身のルディアを見上げる。
先ほどのセラではないが、どうにもこの泣き顔と声を真正面から相対すると、自分が泣かせているような気になってくるので、あまり心情的には良くないなとルディアは思う。
しかし今この場でケイスに対応できるのは自分だけ。
周りは全員固まって……スオリーだけが何か違うような目でケイスを見ているような。
一瞬、何かの違和感がルディアの思考をよぎるが、
「怒っているのは判ったが、私にだってぐすっ、り、理由が、だってあいつが可哀想では無いか! わ、私の未熟さで傷つけてしまったのに、それでも頑張ってくれたのだぞ! だったら剣士である私が、ううっ、こ、答えてやるのは当然の義務であり心意気ではないか! ルディもそう思うだろ!」
しかしケイスの声がその思考をあっさりと乗っ取りルディアの思考を支配する。
さて困った。
それが紛れもないルディアの意見だ。
さらにここで第二の謎の人物の登場。
お爺様とあいつ。
これは別人のことを指しているのだろうが、ますます訳が判らない。
「でお爺様って誰。あいつってのは誰?」
考えても判らない。なら聞くしか無い。
そう結論付けてほかに問いかけようも無いくらいドスレートに問いかけたルディアだったが、
「お爺様はこの羽の剣だ! あいつはこの間私が駄目にしてしまったバスタードソードに決まっているだろ! ちゃんと私の話を聞いているのか!?」
怒鳴るように返したケイスは左手の剣。通称『羽の剣』という奇剣をぶんぶんと振り回しながら、さらに声を立てて大泣きを始める。
その泣き顔、声、態度は、辛くて悲しくてどうして良いのか判らなくて、何よりも寂しいと全身と声で訴えかける物。
どうして理解してくれない。
どうして自分のいうことが伝わらない。
ケイスは全身でそれを表現している。
この大泣きは紛れもなく自分が原因だろうと頭痛をさらに増す頭で更なる問いを考えようとしたルディアだったが、
「…………………」
なにも思いつかない。
聞いてはいた。
ケイスが何を差していたのかも判った。
しかしだ。理解は出来無い。
「……剣だと食べ物を食べる口は無いわよ」
とりあえず理解は止めて、ケイスの望むことは無理だと現実的な答えで返すのが精一杯であった。