「ルクセライゼンに宣戦布告したって……療養に専念するって言ってたのにどうとち狂ったらそうなんの」
水狼の二人が訪れたから来てくれと呼びされた時から嫌な予感がしていたが、想像さえしていないケイスの暴走にルディアは気が遠くなる。
愛剣を狙われたケイスが示す怒りは想像は出来たが、いくら何でも個人が一国相手に喧嘩を売るわけがないだろうという常識が、無意識に選択肢から外していたようだ。
怪我も気にせず斬りにいくと騒いでいたなら警戒もしていたが、資料室に引きこもっているからと、ファンリア一座の治療薬作りに専念していたのは失敗したと、ルディアは後悔しかない。
「お前。相手を選べよ」
「あきらめろウォーギン。ケイスよりその辺りをうろついている狂モンスターの方がまだ理性的だ」
「ぁーケイだからね」
ケイスの奇行にある程度慣れていると自負していたパーティメンバー達でさえ、呆れとあきらめが混じったルディアと似たり寄ったりの反応をするしかない。
ロッソとナイカはそんなパーティーメンバーと呼ぶよりも、ケイス被害者の会常設メンバーと呼んだ方がしっくりくる、ルディア達に同情と憐憫のまなざしを向けている。
「別に苦情を入れただけだ。あっちの捉え方が悪いと言い張れる程度の内容だ。公の場に彼の国を引き出すのが目的だったから問題はあるまい」
一方でこの反応を狙っていたと平然としたケイスは、横に立つメイソンの入れた茶に砂糖、蜂蜜をどばどばと足して味わっている。香りも味もあった物じゃないが満足気だ。
「ふむ……しかし反応があったのはまだルクセライゼンだけか。他国はまだ態度を決めかねているか、裏で手を組んでいる最中か。メイソン。こちらにも返答は無しか?」
唖然としている周りを気にもせずしばらく思考したケイスは、続けざまに不穏な台詞を吐いて、一人で納得してしまう。
「はい、当家の名で各国管理協会支部に出しましたので、無視されることはないと思いますが、返信は一切ございません」
ケイスの企みに荷担した家令は恭しく頷く。
引退したとはいえ大英雄フォールセンの名は絶大。その屋敷から出された書状ならば、最優先で、管理協会支部から国のトップに渡されているはずだ。
「フォールセンの旦那の名前まで使って、騒ぎを大きくしてどうする気さね。どこの国に仕掛けたんだい」
口調はゆったりだがナイカが鋭い目つきから繰り出した詰問に対して、ケイスは正々堂々と胸をはる。
「後ろめたいことも恥じることも一切ないぞ。探索者としての義務を果たしただけだ。私が迷宮に飛び込んだのは悪夢の島であろう。あの島はロウガだけでなく、周辺国家が共有していた流刑地から今回の迷宮に飛び込んだ。故にロウガを含めた7つの管理国家に迷宮の存在やそこで得られた情報を報告したまでだ」
言っていることは間違いなく正論ではあるが、あまりに杓子定規すぎて、今回は時と場合を考えろという悪手にしか思えない。
「どうせロウガ評議会はこの街の地下水道から繋がった迷宮だとして、自分達が管理して当然となっていて、現段階では他国と情報共有をするという発想には未だ至っていないであろう」
「間違っちゃいねぇが、また七面倒くさい勢力争いの爆弾ぶっ込みやがったな」
その厄介さを察したロッソは、下手したら争乱の一つや二つ起きてもおかしくないと懸念する。
迷宮は未知のモンスターが跳梁跋扈する危険地域。隣接した村々や都市、国家が迷宮からあふれ出たモンスターの襲撃を受けることも珍しくない。その最たる物が暗黒時代だ。
だが同時に迷宮は資源の宝庫であり、物によっては迷宮を1つ抱えただけで、その国の流通や財政が劇的に改善する起爆剤。
それ故に迷宮を有する土地の所有権は、時に戦争さえ引き起こす勢力争いの種ともなり得る物だ。
ましてや今回は複数の迷宮を抱え込んだ大迷宮群。
膨大となるであろう維持費や開発費を考えると多少は躊躇するであろうが、そこから半永久的に得られる利益を鑑みれば、どこの国も喉から手が出るほどに権益をほしがるだろう。
「だけどあの島は嬢ちゃんが突っ込んだあと山体崩壊を起こしてほぼ水没してんぞ。火道の下に迷宮があるつっても掘り起こすのに、どれだけ技術と金が掛かるとおもってんだ。正直、ロウガと周辺国家で力を合わせてもどうこうできるレベルじゃねぇぞ」
「ロッソの言う通りさね。ガーディアンの問題はあるがまだ地下水路に道を開いた方が容易い。ロウガは直接的な領土こそ狭いが、勢力としちゃトランド東域最大の都市国家さね。一カ国じゃ縄張り争いなんてなりゃしない。だけど他六カ国が纏まったら話は別って事で、地下水路側に1枚噛ませるきかい。ロウガに不利益を与えて嬢ちゃんはどうする気さね」
「別に地下水路側は狙いではないぞ。私の目的は別だ」
新規迷宮の独占を当然と思っているロウガのお偉方からすれば、一応は管理協会ロウガ支部に所属するケイスの行動はロウガに対する背信行為その物だが、この化け物にはそんな狭い領域の話は元から意識にはない。
「じゃあその狙いって何よ。あんたここまで騒ぎ大きくして収拾を付ける算段あるの」
下手したら戦争を引き起こす引き金さえ躊躇なくひきかねないケイスの真意を推測するのは不可能だ。何せ考え方、価値観があまりに違いすぎる。
ケイスのことだ。いくら問い詰めても心配するなの一言でスルーしかねないと判断したルディアは、最終手段を導入する。
「ケイス。今からレイネさんに今回の悪行、全て話して怒ってもらう? 子供の悪戯だってことにして無難に収める方が現実的っぽいって私は考えるけど」
対ケイス最終兵器ことレイネの名前が出ると、ケイスの頬が引きつる。
傍若無人で他所をあまり省みず誰にでも強気なケイスが、抗いにくい希少な人物だ。
何せ数え切れない恩やら迷惑をかけているうえに、叱られる、お仕置きされるなどを嫌がるが、なによりケイスが嫌がるのは心配させすぎて泣かれるパターンだ。
ケイスが今着込んでいるドレスも、始まりの宮を突破した後に開かれるロウガ城での祝賀会用にと、レイソン夫妻がケイスに内緒で仕立てていた物になる。
ケイスならばきっと輝かしい功績を立てて城に呼ばれるだろうと用意してくれていたのだが、結果はあの有様で、レイネを過去最大に悲しませることになっていた。
それもあって今回はおとなしくする証として、療養中はそのドレスを纏っている。
「むぅ分かったから短慮を起こすな。今レイネ先生に出られたら、せっかく我慢しているのが無駄になる。賽は投げたのだ。説明してやる」
ケイスはこのまま自分1人の脳裏でなにやら企てていた計画を推し進めるのを諦めたのか、積み上げていた本を二冊引き抜きテーブルの中央に広げる。
「なにその本?」
「結果から先に言えば、ルクセライゼン現皇帝派と紋章院が手を組むことはあり得ない証明だ」
ケイスがみせるのは【ルクセライゼン旧国解析】と評された20年ほど前の交易商人向けの書籍。
もう一冊はロウガで今も発行されている演劇雑誌。こちらはずいぶんと古い号らしく表面が変色している。
「元来ルクセライゼン帝国は、暗黒時代に力を集結するために、複数の国があった南方大陸を統一して出来た連邦帝国だ。現在も元の国家事に高度な自治権が有り、かつての王族は大公としてそれぞれの領域に君臨している。そして今ロウガを訪れているルクセライゼン全権大使の女公爵は現皇帝の姪であり、皇太后の出身家系であるメギウス家の大公代理でもある」
トランド大陸ほどではないとはいえ、ルクセライゼン大陸もかなりの大きさを誇る。
共通言語が普及し、各種数値や単位が統一されてはいるが、領土は広大で、それぞれの地域ごとに文化や歴史が色濃く残っているので、地域ごとに異なる売れ筋だったり、商売慣習を紹介する内容が主ではあるが、各大公家ごとの関係性を解説した章にも多くのページが割かれていた。
「現皇帝は善政とはいえその治世が長くなりすぎており、帝位を望む準皇族と呼ばれる他の大公家出身の妃達との間に後宮も形成しているが、御子も誰1人おらず関係性は悪化していると、20年ほど前でさえはっきり書かれている。現状は言わずもがなであろう」
「派閥争いはどこのお国も常とはいえ、あそこは確かに色々あるさね……で、そっちの本は」
ケイスの出自をおおよそ把握しているナイカは、ルクセライゼンを乱す最大の原因となりかねない存在が何を白々しくと思いつつも、未だその真意が不明なケイスに続きを促す。
「こちらには当時公開後すぐに公演中止となった演劇の内容が記されている。内容は多少変えているが、実際に起こった事件を元にしたからだ。内容はある大国の皇子と恋仲に落ちたメイドを主役にした悲恋劇。この劇の中で悪役のモデルが件の紋章院。皇子の子を身ごもったメイドは、国体の維持、皇室も含めた貴族血脈の管理を司る紋章院によって、腹の子共々、殺害された……皇子のモデルが現皇帝となる。ナイカ殿やメイソンなら知っているであろう」
「嫌な事件を思い出させてくれるさね。そいつは今もタブーってやつで関係者なら誰も触れたがらない件だよ」
「その方は当家に仕えていた当時のメイド長であり、私の師でありました。旦那様も大変心を痛められ、事件が収束後、協会支部長を辞められ引退なさりました」
ひどく顔をしかめたナイカや、つらそうなメイソンの反応がそれが事実だと、この場にいる誰にも伝わってくる。
「すまんな2人とも。私も掘り起こす気なぞ無い。お前達もこれ以上は聞くな。ルディ達が心配するからついでに見つけただけだ。ともかくこのような遺恨がある以上、ルクセライゼン皇帝派閥と紋章院が手を組んで、私の剣を狙ったわけではない。狙いは別件だ」
「別件って……まさか!?」
「ふむ。ルディの推測通りだ。先ほど説明したとおり、紋章院の本質は血の管理。あの者達が出張ってきたのは、あの日、あの瞬間、ルクセライゼン皇族に極めて近い血の反応を確認した所為だ」
「まてまて。ケイス嬢ちゃん。血の反応ってどういうことだ。まさかお前」
ロッソは疑惑の籠もった瞳をケイスに向ける。
「ん。違うぞ。発生源はカティラだ。あの者はどこの家かは知らぬが、ずいぶんと濃い青龍の血をひいている。現在あの者の瞳が青く染まっている。それが何よりの証左だ。そうであろうルディ?」
自らの最大の禁忌をケイスは瞬時に否定して、無理矢理に話を切り替え、先ほど反応したルディアに振る。
「え、えぇ確かにケイスの言う通り、カイラさんが強い魔力を発するようになってから、瞳が青く染まっています。ただ本人の意識が戻らなくて魔力も制御不能状態なので、今は魔力安定用の点滴を打って、医務室の方で隔離療養中です」
「青い瞳。皇族の血をひく証ってやつかい。正当な血筋なら良いが、隠し子なら下手に紋章院に引き渡したら処分対象だね……あの人にまで手を出した奴らだ。躊躇なんぞしないだろうね」
「強い魔力攻撃に晒され、身体が防衛本能を発揮し、眠っていた魔力に目覚めたのか、それとも何かの隠匿魔術で隠していたが魔術式が壊れたのか。本人がそれを自覚していたのか含めてどちらにしろ正体不明だ。ファンドーレ。あの者の意識はいつ戻りそうだ?」
「もう数日はかかるな。魔力が安定するまで自己防衛本能が働いている状態だ。だが確かにお前が言う通り、魔力反応を見せてから目の色が水色に変わってはいたが、それにしては対応が早すぎないか」
「準皇族も含むルクセライゼン使節団が来訪してから、紋章院も活動を活発化させたのであろう。羽目を外した者によって、他国に血が拡散するのを嫌うであろうからな。そして時を同じくして、剣戟劇の練習や公演で羽の剣を使ったそうだな。私の剣は語ったとおり、前深海青龍王ルクセライゼンの魂を宿した闘気剣だ」
ドレス姿であろうとも常に肌身離さず携行していた羽の剣を、ケイスがテーブルの上にそっと置く。
力を込めなければ、名前通り羽のように軽く、触っても切れ味など無くふにゃりと曲がる摩訶不思議な剣。
物言わないこのおもちゃのような剣に、彼の龍王の魂が宿っていると聞かされても信じられぬだろう。ケイスの剣技をみた者以外では。
剣に触れたケイスが少しだけ力を込めると、刀身が硬質化し重量を増しみしりと机がなりはじめる。
それに合わせどうにも居心地の悪い、ぞわぞわとする気配が刀身からは発せられる。
普段ならば、ケイス本人の苛烈すぎる剣気に隠れて感じ取りにくい気配であるが、今はケイスが調整しているために剣の気配の方が強まっている、
皆が感じるのは絶対捕食者を前にした恐怖が生み出す防衛本能。すなわち龍の気配を感じた人が示す当然の反応だ。
そしてカイラの出す魔力も確かに似たような圧力を感じる物だ。
「ルクセライゼン皇族は龍を殺し、龍殺しの力を得た。元が同じなのだ。似通った反応で誤解を起こしてもおかしくはなかろう。出たり消えたりで確信を持てなかったかも知れぬがな。ウォーギン。魔導具で反応を拾う場合、今の気配とカティラの気配の判別ができるか?」
「使っているのが魔導具だとして様式が不明だが、魔力だろうが闘気だろうが反応を拾って分けるとなると、そうとう細かく調整しないと難しいな。しかも出たり消えたりか。俺なら機器の誤探知を疑うわな。頻発するからって、最初から目を付けられてたって言いたいのか?」
「うむ。そう考えている。そしてあの夜、カティラが魔力を発揮し確信を得て、確認する為にあの魔術師を出したのであろう。だがすぐにウィーの鎧で覆われたカティラからの魔力反応は途絶えた。そしてその代わりに羽の剣を使った私に誤認して捕縛しようとしたのであろうな。魔術師はなんと供述している?」
件の魔術師はそのまま置いていてはケイスに斬られそうだからと、当日に水狼の手によって連行、もとい保護され、事情聴取を受けている。
「最初とかわらねぇよ。閉鎖期だからってロウガに買い出しに来たら、モンスターが出たって聞いて一稼ぎしようとしたら、怪しい人影を見かけて、火事場泥棒かと思ってとっさに捕縛魔術を使ったとよ」
範囲外に魔力を漏らさないようにした術式や、登録しているのが中央の街で遠すぎるなど、怪しいことはいくらでもあるが、一応筋は通る供述を件の女魔術師はしている。
このままなら厳重注意のみでおとがめ無しですむだろうとロッソは付け加えた。
「ふむ。カティラの存在が気づかれていないのであれば、そのまま返した方が面倒はないか」
「ルクセライゼンが剣を狙ってないのは分かったし、カイラさんを隠そうとしてるってのは分かったけど、それがどうしてルクセライゼンやら他国まで巻き込むような危ない橋渡ることになんの」
ケイスの行動が無茶なのはいつもの事と言えばいつもの事だが、今回は度が過ぎている。
どれだけとんでもないことを考えているかしれた物ではない。
「様々な思惑が絡んで雑音が多すぎる。標的を一本に纏めるために、強硬手段を使ったまでだ。そうでなければ私の目的を果たせないからな」
空になったカップをメイソンに付きだして二杯目を請求しながら、ケイスは状況を混乱させるだけ混乱させた目的を話し出す。
「主な目的は4つ。一つ目は羽の剣を私の所有物とはっきりさせる。二つ目はあの夜の観劇街で感知された青龍の気配の出所は、羽の剣であると正式に認めさせる。そして三つ目は悪夢の島を掘り起こすための資金を、ルクセライゼンに出させるためだ」
「……………一つ目と二つ目はまだ良いけど、三つ目はどう考えても無理筋でしょ。そのうえあともう一つって」
無理筋、いちゃもんで喧嘩を売った相手に金を出させる気らしいが、どうやって国家プロジェクトクラスの金を得る気だ。
とても正気とは思えない。無論ルディアの知る限りケイスの言動が正気であった事など無いが、さすがに今回は正気を疑って当然の無理くりだ。
「やらせる。火道を掘り起こしたついでにあの研究所も掘り起こさせる。私を狙うなら歓迎してやるが、狂乱結界を使ってまで私の仲間に手を出した以上、どのような手を使ってでもその企みを白日の下に晒し出し斬る。それが四つ目の目的だ」
ケイスの四つ目の目的に、ロッソ達の目の色が変わる。
違法実験が悪夢の島で行われていたという物質的証拠はなく監獄長の証言のみで、ロウガ評議会の有力議員でもあるギルド長にまで、とても捜査の手を伸ばすのは無理だというのが現状だ。
「まて嬢ちゃん。犯人が分かったのか!? しかもその口ぶりだとあの島で研究やってた魔術ギルドの連中が絡んでいるって事になんぞ」
「おそらくだがな。観劇街で仕掛けてきた者は、既存の魔具や設備を、何らかの方法で繋げて魔法陣の基点として用いて攻撃を仕掛けてきた。私が上から見なければ気づけないほどの巧妙さだ。普通なら気づけまい。だが基点として用いたならば魔具の配置や仕様を詳細に知らなければ無理だ。だが大手の魔術ギルドであれば、それらは点検業務の一環として手に入る。今はウォーギンにそれらを証明するために確かめてもらっている」
「まだ半分も確認できてねぇっての。観劇街の登録大型魔具や設備に義務づけられてた当局からの検査記録や交換記録を漁っているとこだ。流行り廃りもあるから変えたってのもあるだろうけど、ただ現段階でも過去に明らかに不自然な交換や仕様変更がいくつかあった。そのあとにその現場から遠く離れた劇場なんかで、不自然な火事やら、魔術事故が原因不明で起きているって事もな」
「観劇街全体にトラップがあったって事か。相変わらず闇が深いなこの街は……それであの島の実験施設の掘り出しなんて無茶をやる気かよ」
活気はあるが、それに比例して勢力争いが激しいのもロウガの特徴だが、今回はそうとうに根が深いと嘆息したロッソはケイスの狙いに気づく。
確実な証拠を掴んで、動かなければもみ消されてもおかしくない。それこそ火龍転血石を用いた違法な人体実験という重大な案件でさえだ。
だがそこにルクセライゼンや、あの島での権益で利害関係がある他国も絡むとなると話が変わる。
悪事を隠そうとするならば、迷宮の発見という見逃せない利益を表に出して、全てを白日にさらそうとケイスは企てているようだ。
「ロッソを呼んだのは観劇街の魔具や魔術施設の交換、点検記録の最新情報を調べてもらうためだ。とくにここ一月のだ。ここの資料室にある保管資料では古くて確かめようが無い。あの島で借りた手甲や武器は全部使い潰してしまったからな。手持ちがなくて悪いが、その詫びと礼だ。お前達の手柄にしてくれ」
「義理堅いんだが、迷惑なんだが微妙なところが嬢ちゃんらしいな。ありゃ必要経費って奴だから気にしなくて良いんだがよ。聞かされた以上、動かないわけにゃいかねぇか。ナイカさん。従姉妹のミルカ嬢にご助力を頼んでくれ。保管庫の主なら、もし資料が改竄されていてもそこに気づけんだろ」
「あいよ。あの子も閉鎖期で資料整理に忙しそうにしてたけど緊急事態だ。仕方ないね、すぐに捕まえるよ」
迷宮閉鎖期になると、各地から送られてきた探索者や支部からの新規情報報告書が集中して山積みとなるので、帰る暇さえないほど仕事が立て込んでいる。
さすがに重大案件とはいえ繁忙部署から人の引き抜き等、普通は不可能だが、そこはナイカの名声と親戚の立場をフル活用する気のようだ。
だがそこにケイスがストップをかける。
「まてナイカ殿を呼んだのは別件だ。もうしばらくここに滞在してくれ」
「指名された段階で嫌な予感したけど何をやらせ……っ!?」
やれやれと肩をすくめていたナイカだったが、ケイスが取り出した古い魔具を見た瞬間、息をのんだ。
普段から飄々としていて焦りを感じさせないナイカが珍しく驚きのあまり声を失っている。
「ウォーギンついでにもう一つ仕事だ。これを開けろ。ナイカ殿はこの中にいた者達の本人証明をしてくれ。それと上級探索者としてナイカ殿の政治力を駆使して、今回の件に対して私の公開査問会を開け。本来であればフォールセン殿に頼む気であったがまだお戻りになっていないからな」
「あ、あんまり驚かせないでほしいさね……しかも公開形式かい。本気で全部をあぶり出す気にしても……あぁわーかったよ。どうせその中身が出て来たら隠しきれず大騒ぎになるんだ。やってやるよ」
やけくそ気味に承諾したナイカをちらりと見ながら、ウォーギンがケイスの取り出した魔具を観察する。
「ずいぶん古いな。緊急避難用魔具か……まだ稼働中だな、開けるとなると専用の魔法陣をひかないと無理か」
「ギン坊まだ開けるんじゃないよ。ファンドーレだけじゃ手が足りないかも知れないから、ウィーはひとっ走り支部に行ってなんとかごまかしてレイネを連れてきな。あとルディアもありったけの回復薬を用意しな。下手を打ったら、それこそ戦争になるクラスの国際問題になるよ」
脅しにしてはやけに迫真に迫った台詞を零すナイカが過剰とも思える医療体制を整えようとする。
予想外の展開について行けなかったルディアは我に返る。
「いやーさすがに無茶なんじゃ。この間の騒ぎの怪我人でものすごく忙しいらしくてケイの治療に来てもらっただけでも、あっちのお医者さん達にかなり恨まれてんですけど」
「医療神術士を二人もか。よほど重要人物かその中にいるのは。転職した身としては、任せられても困るんだが」
「ちょっと待ってください。いきなりすぎて理解が追いつかなくて、ちょっとケイス! どこで拾ってきたのよそれ。中身って一体!?」
「拾ったのはナーラグワイズの転血石の中だ。ルディ。先ほどの質問の答えだ。お二人をお救いすればルクセライゼン、そして上手くいけばエーグフォランから資金と技術を引き出せるはずだ」
全てを企んでいる狂人は、説明不足で混乱が増しただけのルディア達を尻目に、ほどよく冷めた二杯目の茶にまたもや正気を疑うほどに砂糖と蜂蜜をドボドボ入れてから、小憎たらしいほどに優雅に茶を嗜み始めた。