とっさに地を蹴って飛び上がったケイスは、無理矢理に鉱石モンスターの隙間をくぐり抜けた代償として、モンスターの鋭い身体に触れ、四肢にいくつかの浅くない裂傷を負う。
借り受けた外套や衣服と共にすぱっと切れた皮膚からは鮮血がほとばしる。
周囲一帯の石畳が盛り上がり破裂し、鉱石モンスター達が吹き飛ばされ、いち早く上空へと逃れたケイスを追って、瓦礫と鉱石モンスターの破片を含んだ焔混じりの爆風が牙を剥く。
しかし手傷を負いながらもケイスが生み出したのは、死地に抗うための値千金の刹那。
愛剣であるラフォスと交わす言葉も、意志もいらない。
ケイスは剣士であり、ラフォスは剣。すなわち人刃一体。
立ち上る爆風に対し、振るうは轟風。
羽の剣の先端の一部を軟化。
高速で迫り来る瓦礫の最初のいくつかを切っ先が受け止めたと意識するよりも先に剣技を発動。
最小限の手首の振りに合わせて、羽の剣の特殊能力、加重、硬軟変化を同時に行い、邑源流弓術を模した剣技、本日二度目の轟風道を敢行。
バネ仕掛けの要領で高速で跳ねた刀身によって、受け止めた瓦礫を真逆へと、地上に向けて打ち返す。
空気の壁を越えた音速越えの大気の刃が、爆炎を真っ正面から切り裂き、炎を両断しかけた。
しかし完全に断ち切る前に、轟風道を生み出す瓦礫が一瞬で蒸発するほどの熱量が、地上から発せられる。
圧倒的な剣技を持ってして生み出された技さえも飲み込む、その焔は先ほどまで感じていなかった圧倒的な強者の魔力の匂いを醸し出す。
石さえも一瞬で蒸発させるほどの熱量を生み出すは、龍の焔に宿るは火を司る轟炎火龍の気配。
まともな防御装備を持たない今のケイスでは、一瞬で骨の一欠片を残すことも無く消失するほどの獄炎は、火柱となって一直線にケイスへと向かう。
その絶体絶命の窮地のただ中、火が強まった理由を見たケイスは笑う。
なるほどそういう絡繰りか。
なら相手が”まがい物”であろうともその力が龍であるならば、自分の本気を出してやろう。
故にケイスは謳う。
死地を覆す為の誓いを。
己が全力を出すための最後の枷を外す言葉を。
「帝御前我御劔也!」
知っている親類以外にも、知らぬ親類もどうも近くにいるようだから、正体がばれると面倒になると思い、一瞬程度の使用に限定していた心臓の力を最大可動。
羽の剣を用いて一緒に吹き飛ばされていた鉱石モンスターの破片の中からスモールシールドほどの大きさを選び突き刺し、生み出したばかりの青龍闘気をこれでもかと注ぎこみ、獄炎火柱へと真正面から打ち込む。
万物を燃やし尽くす無限熱を持つ赤龍魔力火柱を、万物を凍てつかせる絶対零度の闘気を纏わせた青龍闘気の即席盾が受け止め、その熱を遮断しケイスの身を守る。
轟炎火龍と深海青龍。
異なる龍種の力はぶつかり合い激しい轟音と共に互いを喰らおうと消滅を始め、即席盾の一部がじりじりと消えていく。
力と力は一進一退の互角の攻防を繰り広げるが、勢いの差で見ればその差は歴然。
圧倒的な勢いで吹き出す火柱に対して、小柄なケイスではあらがえるわけも無い。勢いに押し負けるケイスの身体は打ち上げたれた花火のように、空気を切り裂きながらまっすぐに天空へと向かって火柱の先端として駆け上がっていく。
あっという間にファルモアの塔の高さを超え、地上の劇場街がみるみるうちに遠ざかっていき、それぞれの建物がミニチュアサイズに見え、さらには隣の街区、さらに隣りの街区、終いにはロウガ全域が見渡せるほどの天空の高みへと至るまで、ほんの僅かな時間しか必要では無かった。
既に雲にさえ手が届くほどの上空までケイスが打ち上げられたところで、ようやく火柱が勢いを無くし、圧倒的な熱だけを残して消滅する。
地上を見れば、あまりの熱量で直接に火に当たったわけでもないのに、劇場街のあちらこちらで幾つもぼやが起きているほどだ。
しかしそれ以外にも、明らかに不自然に灯りが消えている場所がいくつかある。
この高さまで上がったおかげで、先ほどの予想に確信を抱くことが出来た。
ここから見れば一目瞭然だ。
だから、ウィーが魔力の集中点を見極めきれなかったか。
だから、ラフォスが変動に気づかなかったか。
だから、まるで事前に攻撃を知らせるかのように灯りが消えたか。
それらを、上手く隠していたが私の血で反応したか。
得心がいったケイスの身体が、重力を思い出し落下を始めると同時に、つい今し方まで剣の制御に全力を傾けていた為に集中していたラフォスの説教が響く。
(娘! なぜ我に加重を掛けなかった!? この高さからどうする気だ!?)
確かに立ち上る獄炎火柱の勢いはすさまじいが、それでも羽の剣の加重とケイスの技量を持ってすれば、逆に押さえ込むことも出来た。
実際に一切ぶれること無く受け止める向きを調整して、まっすぐにここまで上がってきたぐらいの余裕があったほどだ。
「ふむ。少し確認したいことがあった。それと斬るために決まっているであろう。先ほど言いかけたが高さが足りなかったが、これならいける。周りに最小限の被害でやれる。詳しい話は斬ってからだ!」
説教に対してケイスはぞんざいに返すと、体勢を変えて頭を真下に向けて一直線に地上を目指す。
この状況からどうやって助かるつもりなのか、そもそも斬るのを優先して自分の命に無頓着なのか。
色々と思うところはあるが斬ると決めたときのケイスには何を言っても無駄。
そうと知るラフォスは、どれだけ無茶をする気だとやきもきしつつケイスへと身を預ける。
先ほどまで行われていなかった加重が小刻みに始まり、羽の剣が重量を増すたびにケイスの身体が加速を増していく。
ばたばたと外套を風にはためかせながら、先ほどとは逆回しで、しかも比べものにならないほどの速度で近づいてくる地上の中から、斬り潰す標的を見つけ、剣技を放つために構えを取る。
両手で握った羽の剣を上段構えから、肩に担ぐように這わせ、心臓と丹田より生まれる闘気を全身に張り巡らせる。
そういえばこの技を、足場が悪いどころか、空中でやるのは初めてだと、ケイスはふと気づく。
しかも今から放とうという技は本来は迎撃技。高速移動、超重量級相手の攻撃を迎え撃ち、打ち落とすための防御剣術が本来の使い道だ。
こちらから襲いかかろうとしている今の状況で使うような技ではないのだが、なに考え方を逆にすれば良いだけだ。
相手が動く代わりに自分が動く、重さも速さも自分が生み出せば良い。
打ち込む一瞬の見極めのための極集中が必要なこの技を習得しようとしても、並の天才ではまともに使いこなすことが出来ず、邑源流の中でも使い手が限られていた高等技だというのに、簡単に度を超えた天才剣術馬鹿は気軽に考える。
未だうっすらと降り注ぐ小雨を激しく打ち破りながら最大加速したケイスは視界の中心に斬るべき物を捉える。
それは観劇街の象徴的な建物で、特徴的な尖塔を持つファルモアの塔。
ウィーがそこに術者がいると伝えてきたがまだいるかどうかは正直不明。だが先ほどまでの魔術攻撃はあそこが基点となっている。
ならば斬る。
斬り潰す。
自分の邪魔をする万物は全て斬る。
この世に切れぬ物など存在しない。
最大まで高めた闘気と意志が常識を越える。
塗りつぶす。
食いつぶす。
斬り潰す。
「邑源一刀流! 御前平伏!」
ケイスが生み出した速度と、最大加重まで高められた羽の剣の超重量を、呼気と共に振り下ろした切っ先に一点集中させ、尖塔の針ほどに細い先端部へとぶち当てる。
ケイスが放つ剣技は、対大型モンスター用剣技『御前平伏』
突進してきたモンスターの重心を崩して地面へと叩きつける技は、重心を崩せる一瞬、一点を見極める眼力と、見極めた箇所、時に正確に打ち込む技量、そして打ち込みの瞬間に生じる膨大な負荷を受け止めてみせる強靱な肉体の三者が揃って初めて完成を見る。
だが今の御前平伏の威力は、モンスターの突進とは比にならないほどの勢いと重量を併せ持つ。
今のそれは地上に落ちてきた流星を剣で打ち返すほどの無茶。いくらケイスといえどその勢いをまともに受ければ身体が持つはずが無い。
しかしこの天才はさらにその上を行く。
「木霊綴!」
打ち込んだ致命的な反動が剣を通して、自らへと襲いかかる前に、羽の剣を形状、硬度変化。
衝撃を僅かに遅延させ、その隙にくるりと回り、本来は二刀流で放つべき剣技を一刀で敢行。
フォールセン二刀流の神髄。相手の力を取り込み打ち返す迷宮剣技の極みを、自らの剣の力を取り込む形へと昇華。
剣に籠もっていた反動をそのまま折れ曲がった尖塔に叩きつけ、とどめの一撃へとする。
塔だけで無く周囲一帯を激しく鳴動させるほどの地響きを持って打ち込まれた極大の剣技によって、ファルモアの塔は内側にむけて崩壊を始めた。