久しぶりに手にした愛剣を片手に、ケイスは観劇街中心部に近いファルモアの塔を目指して小雨が降る中、屋根伝いに飛び渡る。
ラフォスと積もる話もあるが、それらは後回しにし、先ほど劇場内で起きた状況をラフォスに確認し、頭の中で整理する。
東方王国時代に建造された地下水道網は複雑な構造で、ロウガ地下で四方八方に広がっており、その一部は未だ現役で使われているほどに頑強。
出現した迷宮モンスターに対応するために、警備隊や探索者の一部が地下で防衛網を張っているが、抜けられた時に即時対応を可能とするために、地上にも、いつもより警備が多く、その代わり外出制限が出ているためか一般人の姿はまばらだ。
見回りらしき兵や探索者の姿が見受けられ、街灯のみならず各劇場や店舗は明かりを燦々と輝かせて、暗がりを無くそうとしている。
なのに観劇街のシンボルでもある鐘楼は、いつもなら真夜中でも様々な色彩の光球によって艶やかに飾られているのに、現在は真っ暗な影を天に向かって伸ばす。
飛行型のモンスターならばともかく、地下からモンスター達が出現するかもしれない非常事態状況下で、灯火管制をする必要性は皆無。
ウィーの探知では、劇場に仕掛けてきた敵は塔の上の方にいるとのこと。その襲撃者が消したのだろうか?
ケイスが思考を回していると、呼び子が幾つも鳴り、合図のためとおぼしき点滅したり色が変わる光球が打ち上げられた。
どうやら先ほどの轟風道で鳴り響いた破壊音の現場を調べるために、劇場に急行している者達がいるようだ。
襲撃者の数は分からないが、人が集まってくるならば無茶はすまい。ウィー1人でも大丈夫だろうが、あれだけの人数がいるならば、とりあえずルディア達の安全は問題ない。
なら今ケイスがすべきは、友人、知人へと手を出した者を斬るそれだけだ。
(今はまともな対魔術装備も無いようだがどうする?)
ラフォスの指摘に、ケイスは思考を再開する。
先ほど劇場に仕掛けた魔術からして、襲撃者の中には罠型魔術の使い手がいると考えた方が良い。
ウィーでさえ基点を特定できずにいたから一時解除しか出来ず、時間も無くて屋根ごと斬り飛ばして破壊する以外に手が無かった。
それだけの力量を持つ魔術罠使いが、わざわざ逃げ場の無い塔にいつまでもいるとは思えない。
だが逃げたと思わせる手で、塔に残っている可能性もある。
逆に塔で待ち構えて罠を仕掛けていることもあるだろう。
もしくは罠を仕掛けた上で飛行魔術で脱出するか。
どちらにしても、何の対策も無く塔へ飛び込むのは自殺行為。
かといって塔を斬り倒すのも無しだ。
ファルモアの塔周囲は狭い広場となっており、建物が密集している。下手に切り倒せば、先ほど壊した劇場の比では無い被害が発生する。
しかも今のケイスは赤龍麟の額当てを持っていないので、ノエラレイドによる熱探知を使えないので、周囲の建物内に人がいるかどうかすら探査できない。
複数の予測が脳裏に浮かぶが、羽の剣以外の武装をまだ取り返していないケイスに出来ることは少ない。
今の手持ちの中でもっとも確実かつ最短の手は……
「ふむ、上から斬りつぶすか」
(周りの被害がひどくなる。もう少し考えろ)
「考えた結果だ。自力だと少し高さが足りな」
思いついた手を即却下されたケイスが頬を膨らませた瞬間、着地しようとした建物の灯りが一斉に消失。
とっさに羽の剣を後方に振りながら加重。無理矢理に重心をずらして軌道を後ろ向きに修正。
後方宙返りの態勢へと移行してそのままメインストリートの石畳を叩き割りながらも後ろに着地。
次の瞬間、目の前の建物が、建物中央から立ち上がった爆炎と共に一気に焔に包まれる。
あのまま飛び移っていたら、ケイスも一瞬で火だるまになっていたのは疑うまでも無い。
「お爺様! 魔力反応は?」
(別段急激な変化は我が感じられる範囲では無い。それよりも地下水路から何か来るぞ)
ラフォスの警戒に僅かに遅れて地下水道に繋がる鉄柵や路上の蓋が吹き飛ぶ。
その暗がりからぞろぞろとモンスターが出現を始めた。
姿を現したモンスターは、透明な身体で二足歩行の、大男並の巨体を持つ鉱石モンスター達。
角張ったブロックを積みあげたような身体は鋭角にとがった部分が多く、その爪先は石畳に軽く突き刺さるほどに鋭い。
数十はいるであろうそれらは一斉にケイスに向かって、前後左右、さらには飛び上がり上から覆い被さる形で群がってくる。
死霊術士のヨツヤに借りた外套や服に身を包むケイスは、まともな防具など身につけておらず、鉱石モンスターに触れただけで致命的な一撃になる。
「……ふむ?」
首を捻ったケイスは、無造作にその場で一回転しながら、羽の剣を振りまわす。
重心や硬度を自在に変化させながら、鞭のように自由自在に動く剣を持って周囲を取り囲むモンスターの先陣を迎撃。
だが打ち落としたのは、先頭の数匹のみ。その後にはまだまだ鉱石モンスターが続く。
しかしそれでケイスには十分。
無理矢理空けた隙間に飛び込み、小刻みに立ち位置を変えながら、さらに縦横無尽に剣を振り、絶え間なく襲いかかって来るモンスター達をはじき飛ばし、切り裂き、粉砕していく。
羽の剣が一振りされるたびに、鉱石モンスターが両断され、その身体が作り出した隙間に潜り込み、死角からくる攻撃を除け、身を守り、さらに斬り分けたつるりとした断面を力任せに蹴りつけ、死骸を別のモンスターに突き刺し、突き破らせる。
触れれば斬られる。ならば触れずに斬る。斬ったモンスターを我が身の盾とし、我が剣とする。
それは最小限かつ的確な一撃をもってして制圧する迷宮剣技。
(また腕を上げおったか)
ラフォスが知るケイスの剣術は元々非常識その物だが、久しぶりに我が身を任せた剣技は、格段に向上した物となっている。
特に対集団戦での位置取りや力加減の配分は別格。四方八方を囲まれたこの窮地においても、全く危なげなく支配下に置き、蹂躙してしまう。
離れているこの僅かな間に、どれだけ斬ったのか想像もつかないほどに、洗練された動きだ。
だがラフォスの賞賛にも反応せず。ケイスはいぶかしげに剣を振り続ける。
(どうした?)
「ん。少し気になる。こやつら逃げぬぞ」
いつもの天才だから当たり前だと返す傲慢すぎる答えと、さほど変わらぬ返答をしたケイスは、疑問を確かめるために、突き出された鉱石モンスターの鋭くとがった爪先にいきなりかぶりつき、そのまま跳ねる。
バキリと音を立てながら指先を砕き折ったケイスは、そのまま口の中で切り取った爪先をころがし、すぐに吐き捨てる。
(……さすがに石まで食べようとするな。どういう食性だ)
「こやつらは切り取った一瞬だけ甘いぞ。糖分が鋼鉄のように凝縮し固まった身体を持つようだ。もっともすぐにはき出さないと変化するのか苦くなるが難点だ……はむ……甘いと分かってから散々食らいついてたから……あむ……私を天敵と認識してすぐに逃げはじめおったはずなのだがな」
剣を振りつつラフォスに答えながらも、次々に無造作にモンスターに噛みつき折り砕き、一瞬だけ口に広がる極上の甘みを堪能し、吐き捨てる。
貪り食う。
自分よりも巨体のモンスターの群れに取り囲まれているというのに、ケイスが行う捕食行為はまさにそれだ。
明らかな力関係がそこにある。だが喰われているモンスター達は一切の恐怖をみせること無く、ひたすらにケイスへと襲いかかってくる。
しかしラフォスにとって今一番の問題は、ケイスが明らかにこのモンスター達を知っていることだ。それもこの狩り慣れた様子から見て……
(娘……まさかと思うが、今回のモンスター共の出現騒ぎは)
「こやつらが逃げた先が、偶然かロウガの地下水道に繋がっておってな。ふむ私は運が良い」
ロウガ地下水道に大量の迷宮モンスターがわき出した原因がケイスでは無いかというラフォスの懸念をケイスはあっさりと肯定する。
数万を超えるモンスターに単独で渡り合って、喰われる恐怖で敗走させる。まさにこれぞ龍の所業。
龍はこの世界の絶対捕食者。迷宮の王。
その行動はともかくとして、同じ龍であるからこそ、ケイスが疑問が抱いた理由をラフォスは悟る。
(操られているか? となると足止めか)
「であろうな。そうなると次に来るのは、ん! また消えたか」
周囲の街灯にともっていた光球が消失。暗闇の中で足裏が振動を感知したと判断するよりも早く本能でモンスター達の身体を蹴って、隙間を縫いながら高く跳躍。
次の瞬間、石畳が強烈な衝撃と共にはじけ飛ぶ。
おそらく地中で何か爆発したと判断したが、さすがに回避は間に合わず、ケイスは打ち上げられた鉱石モンスターの群れと共に吹き荒れる爆炎に包み込まれていた。