「時間が無い! 天井ごと斬り飛ばす! 上手く避けろ!」
「まぁたぁ無茶ぶりする」
劇場の天窓を斬り砕きウィーの抗議を聞き流し、内部へと進入。
借り受けた長剣は、丹田で生み出した赤龍闘気を送り込み強固にしたが、それでも今の一撃で僅かに歪みが生じ、刃こぼれを起こす。
まだまだ精進が必要だと悔しさを覚えながら、高速思考を発動させ状況把握。
詳細不明だが状況がまずそうだからと、とりあえず飛び込んだはいいが、劇場内の構造も建物内にいる人数や、それどころか敵の有無さえ不明の全く手探りの状況だ。
そのうえウィーの爪による一時的な魔術効果消去をもってしても、劇場全体を覆う何らかの敵対魔術効果を遮断できるのは、もって十数秒とのこと。
時間が過ぎれば自己再生機能により、再度魔術効果が劇場を覆う。
魔力を持たない、捨てたケイスでは、魔術攻撃に抗う術を持たず、簡単に捕らわれてしまう。自ら絶対に逃げられない罠にはまりに行くなど、愚の骨頂。
だがそれがどうした。
己が世界と定めた刹那の判断が生死を分ける極近接圏に合わせ、数千、数万の魔術の並行使用が可能なほどの、高速分割思考能力を適応進化させ続けるケイスにとって、一瞬は永遠と同義。
何らかの魔術攻撃発動に合わせて劇場内は、明かりが消失しているため視界は極めて悪い。
雨が降り出してきた夜空は、雲に覆われ月明かりも期待できない。真の暗闇の中で、おとり兼偵察役で先行させたホノカを舞台中央に確認。
ホノカが放つ灯りに照らし出されるのは、狂化状態とおぼしき者が1人。背丈や武装から見るにおそらくあれがホノカが言っていた自らの替え玉。
替え玉、周囲には呪術に抵抗しているとハグロア一座の座員達。
話によればルディア達も行動を共にしているはずだが、姿は確認できない。
仲間の安否は気がかり、しかしまずケイスにとって優先すべき事項は一つ。
目標を定めたケイスは、斬り破った天窓の破片を蹴りつける加速。
自らが砕いた木片や硝子片を追い越し、ホノカに重なるように舞台上に激しい音と共に着地。
いきなりの侵入者に、恐怖を覚えたのか、それとも近づく者をひたすら排除しようとしたのか、深紅の長巻を力任せに振り回し、ケイスに打ち込もうとする。
「あぁぁぁっっ!?」
そういえばこれの本物をまだ禄に振っていない。あっちも取りに行かねば。
「心打ち!」
意識の一部でリストに加えつつ、右手の長剣を空中に1度置いて手を離し、空けた右手で替え玉の胸へと掌底を打ち込む。
闘気を込めた心打ちをもって、暴走状態の替え玉を一時的な仮死状態へと一撃を持って沈静化させるついでに、ながした闘気を手がかりに、最優先目標を探り当てる。
みつけた!
歓喜の喝采を心の中であげながら、胸に当てた右手を滑らせ上着の中に手を突っ込み、折りたたまれた状態で仕舞われていた目当ての物の柄を掴み、闘気を込めながら一気に引き抜く。
服を斬り破りながら掴みだしたのは愛剣『羽の剣』だ。
ケイスをケイスたらしめる物、それは剣だ。今の状況も、何者が襲撃を掛けてきたのかも知らぬが、ケイスは剣を迎えにきたのだ。
ならまず優先すべきは己の剣をこの手に収めることだ。
だというのに、
(この馬鹿娘が! 今の状況を分かっているのか! 魔力を持たぬ娘が考えも無しに突入するな! 狂乱結界に捕らわれたらそこら中を切り裂く事になるぞ!)
(むぅ! せっかくいの一番に迎えに来てやったのに五月蠅いぞお爺様! ならそうしないようにするから合わせろ!)
脳裏に轟雷のごとく響く羽の剣に宿るラフォスからの説教にケイスは不満を返しつつも頭の中に考えていた対策を思い起こし伝え、即座に次の行動へと移る。
(その前に他の者に対処しろ。前に娘に斬られた座員の一部が、娘と気づいて恐怖で狂ったようだ来るぞ!)
ラフォスの忠告に注意を向ければ、替え玉の周囲で膝をついて倒れ込んでいた座員達はほとんどがそのまま術に抗っていたが、そのうち3人だけが狂乱しケイスへと素手で殴りかかろうと身体を起こし始めていた。
どうやら先ほど心打ちを告げた声でケイスと認識して恐怖を覚えたのか、術中に捕らわれたようだ。
襲撃者それぞれの配置、先ほど離した長剣、意識を失った替え玉の手からこぼれ落ちつつある模造紅十尺を認識。
その気になれば襲いかかって来る座員達を一瞬で斬り殺せるが、殺意を向けてきているとはいえ術によって狂った状態でのこと。
ケイスが斬りたい者では無い。
羽の剣を引き抜いた動きのままに、今度は左手で長剣を掴みその場で迎撃態勢へ、
「弧乱真白!」
もっとも手近の座員の服に左手の長剣を引っかけ引き寄せながら、右手の羽の剣を超加重。自らの身体を軸にして勢いを増して、最初の1人を残り2人へと投げつけてまとめて吹き飛ばす。
相手の陣形を崩すレディアス二刀流の術技を用いたケイスの耳に鈍い音が聞こえる。
骨の一つや二つは折れたかも知れないが、ハグロア一座の座員達は下級探索者だ。このくらい怪我のうちに入らないだろうと、自分基準で自分勝手に考えたケイスは、本来の行動に復帰する。
超加重を掛けて回転したのは、攻撃を防ぐ為だけではない。足を曲げてその勢いのまま左手の長剣を天井に向かって投げつけ、次いで空いた左手で今度は模造紅十尺を掴み、心臓から産みだした青龍闘気を一瞬で送り込む。
闘気を込めた模造紅十尺も、先に投げた長剣を追うように天井に向かって投げつけた。
「双龍石垣崩し!」
属性の異なる闘気を自在に使い分けるケイスのみが成し遂げられる秘技を持ってして生み出された剣達は、劇場天井を支える一番巨大な棟木の同箇所に突き刺さった。
剣達に込められた異なる属種の龍闘気は、互いを喰らおうと巨大な圧力となって急速にふくれあがり剣もろとも炸裂する。
激しい破壊音と共に天井を支える棟木は剣達が刺さった場所を中心に吹き飛ばされ、さらにその衝撃が棟木や梁を伝わって天井や建物全体を揺さぶる。
さらには棟木が砕け折れ、梁ももろくなったせいが、ばらばらと破片を落としながら天井が崩落を始め出す始末だ。
「や、やり過ぎ! 潰れちゃう!?」
「霊体のお前は無事であろう。いちいち騒ぐな斬るぞ」
このままでは崩れてきた建物の下敷きになってしまうとホノカが青ざめるが、ケイスは一息をついて落ち着いた物だ。
元より狙ってやったのだ。むしろこれで天井が崩落しなかった方が大事だ。
右足を振りかぶって舞台に叩きつけ、木造の床を砕く。
衝撃で打ち上がった破片がホノカの明かりで浮かび上がる中から、形や大きさが適した物をいくつか選別。
羽の剣をその破片に向けて振りながら形状変化。複雑に折れ曲がった羽の剣が生み出した隙間に選んだ破片を取り込んだ。
両手に構えた羽の剣を肩で担ぐように大振りにかまえ、
「邑源流轟風道!」
裂帛の気合いと共に一気に振りかぶり、同時に羽の剣を再度形状変化。
本来邑源流弓技に属する技である轟風道を剣術を持って再現した技によって、超高速で打ち出さされた木片が、空気の壁を切り裂く轟音を奏で四方へと散らばって広がりながら、衝撃を伴う不可視の波を起こす。
うなりを上げながら立ち上る複数の轟風が重なりさらなる破壊の衝撃となって、内側に崩れてくるはずだったがれきをその暴虐的な力で打ち返し撥ねのける。
周囲の被害がひどいのであまり地上付近では使うなと忠告された技だが、今回は緊急事態だやむを得ない。
石垣崩しと轟風道。暗黒時代に消失したはずの古の技達の効果か、それとも天の神さえもケイスを見ようとしたのか。
空を覆っていた雨雲の一部が途切れそこから顔を覗かせた月が仄かに放つ灯りが、天井を失ってぽっかりと空いた大穴から客席の一部を照らし出す。
そこには唖然とした顔で膝をついたルディアと、その肩であきれ顔で息をつくファンドーレの姿が浮かび上がっていた。
「うむ。成功だな……ん。そこにいたかルディとファンドーレ。一体何をしたのだお前達? 妙な術に狙われていたぞ。だが安心しろ。術を作り出していた結界を天井もろとも斬り飛ばして排除したからもう安全だぞ」
言っていることはともかく、仲間達との再会に心の底からうれしさを覚えたケイスは大輪の笑顔を浮かべ満足げに頷いた。
ケイスの声が最初に響いてから30秒も経っていないだろう。
ルディアの目では追いきれないほどの早さでクルクルと舞台上でケイスが動いたかと思えば強風が吹き荒れ、気づけば天井が消し飛び、屋内のはずなのに雨に打たれながら、雨雲の隙間から顔を覗かせる月光に照らし出される。
現実感が無いにもほどがある状況変化は、先ほどまで受けていた精神魔術攻撃以上の衝撃をルディアに与えていた。
なんせ舞台に立つのは、同性で有りながら思わず見惚れるほどの極上の美少女風化け物だ。
現実が裸足で逃げ出すほどの、おとぎ話の怪物がケイスにはふさわしい。
「……いや、もう突っ込みどころが多すぎて、何から言ったら良いか」
「久しぶりだから耐性が落ちたか? それよりケイス、ウィーはどうした。あのまま一緒に吹き飛んでないか」
疲労困憊のルディアよりも、いささか現実主義なファンドーレは建設的な問いかけを優先した。
「心配するな。ウィーがあの程度でどうこうなるか。結界を壊したときの反応で術者の居場所を特定できるかと思って残ってもらっていた」
「ケイスあんたね。ウィーにそのうち噛まれるわよ」
信頼していると言えば聞こえは良いが、その仲間がいる天井をどうやったかは知らぬが、一気に破壊し尽くすのはどうだろうかと、ルディアは思わずにはいられない。
だがこの正気を失う言動の数々は確かにケイスだ。間違いようも無くケイスだ。死ぬはずが無いとは知っているが、もう少し穏便に帰ってこられないのだろうかこの馬鹿は。
状況把握をするための気力さえ易々と戻させてくれないので、少し黙っていて欲しいところだが、状況はルディアを休ませてはくれない。
「ほら見ろ、無事だ」
ケイスが天井を見上げると、崩れた天井の端からウィーが飛び降りてくる。
隠匿用の魔術薬の効果が切れているのか、白色の体毛がふさふさとなびいていた、
「いやぁー、ほんと無茶だよね。もう少し気遣って欲しいんだけど、で術者はファルモアの塔だっけ? そこの上の方にいるっぽいけど」
匂いか、気配か、それとも声でも捉えたのか、手段は分からないが、先ほどの精神魔術攻撃を仕掛けてきた術者の位置をウィーは特定してきたようだ。
「ふむ。とりあえず斬ってくる。ファンドーレ。ハグロア殿達の治癒を頼む。近くで轟風道の余波を受けたから気を失ったようだ」
「ち、ちょっとまちなさい! 事情説明しなさいよケイス! 一体何と戦ってるのよ!?」
「私は知らんぞ。剣を取りに来たら何かまずそうだからとりあえず斬り込んだだけだ。その辺りも術者を捕まえれば分かるであろう。ではいってくる」
きょとんとした顔で答えたケイスは、そのまま壁を蹴って天井の穴から飛び出していってしまう。
言葉を発す気力を無くしたルディアが目線で問いかけるが、ウィーは頬を掻き、ホノカは気まずそうに目をそらす。
二人の反応を見る限り、ケイスが何も知らないのは間違いなさそうだ。
胃薬の新しいレシピを考えよう。もっと効く奴を。胃に穴が空く前に。
ルディアが最優先事項にすべきことが決まった。