硬い金属音が高らかに響く。
「硬ぁっ!? 鉱物系みたいだがどうする!?」
たった一撃で折れはしないが刃こぼれした愛剣を片手に、前衛を務める重戦士は目前のモンスターに蹴りをぶち込み、その反動を利用して距離を取る。
しびれを伴う手応えや蹴った感触が重い、見た目だけで無く中身まで詰まっているのは今の一撃で確認できた。
戦士が待避してからワンテンポ遅れて、対峙するモンスターが、赤色でクリスタルのような光沢を持つ足を振り下ろした。
鈍い斧のような一撃が地下水道の硬い石畳を粉砕し砕く。
宝石で出来た虫とでも呼ぶのが適切だろうか。馬ほどはある太い胴体から、先ほどの重い一撃を放った足が3対6足生えた新種モンスターは、その後ろに同型がここから見えるだけでも10匹以上は蠢く。
先ほどの攻撃を見る限り、自重で力任せに押し切るのを主戦法としているようだ。
「真正面から対峙できるだけマシだわな……ここで討つ」
パーティーリーダーの魔術師が、管理協会から支給された地図を確かめ、後方からの回り込みが無いことを確認し、戦闘継続を即断。
幸い探索者達の現在位置は、広い主水道では無く、脇の支道部分に当たり、狭く細い。対峙するモンスターの巨体なら前に出てこられるのはせいぜい二匹まで。
硬い外殻で並の攻撃を物ともせずはじき、典型的な防御型近接種相手ならば、広い場所で戦って包囲されるよりも、狭い支道のほうがやり方はいくらでもある。
リーダーの判断に即座にメンバー達が動く。
神官が武器への強化神術を発動させ、シーフがワイヤートラップ魔術を壁面に打ち込みモンスターの行動をさらに制限。魔術師でもあるリーダーが貫通特化魔術の詠唱を開始。
「しゃっ! これだけ堅けりゃ素材として高値になんだろ!」
仲間達の準備が終わるまでの時間を稼ぐため、戦士が気合いと共に壁となるために突っ込んでいった。
「ナイカ殿。戦況は?」
地下水道にあふれ出てきた迷宮モンスターの出現は、同時に地下水道に今も息づく防御機構東方王国時代のガーディアンの活性化も伴う。
資格を持たない者を容赦なく排除するガーディアン
普通の中級探索者たちでは即時撤退するしかないほどの強固なガーディアンを、長大な黒槍で次々に打ち砕きながら地下水路を駆け抜けるソウセツは、涼しい顔でついてくるナイカに尋ねる。
「上層境界までには完全に防いでるようだね。剥ぎ取り自由ってしたから士気は高いさね。こっちはガーディアンに集中。あっちは若い連中に任せて問題はなさそうかね」
高速移動をするソウセツに追随し補佐する為、飛行魔術を使用するナイカは、地図を確認しながら視界に入る新種モンスターへマーキング魔術を打ち込みつづけていく。
ナイカが確認した地図はルーキー達が始まりの宮で使用した魔導技師ウォーギン謹製の、魔導地図と同型の物となる。
今現在地下水道に潜っている全探索者に渡された地図は、リアルタイムでモンスターやガーディアンの移動進路や数の情報が更新されており、ロウガへの進入や地下施設への被害を完全に防ぐ為に大いに役立っている。
マーキングは最終防衛ラインと定めた上層部との境界線までには完全に殲滅されている。
無論ソウセツとナイカなら上級探索者である二人ならば、能力を限定された今の状態でもただ硬いだけのモンスターに苦戦することはないが、如何せん数が多すぎる。
一々足を止めて戦闘をしていれば、ガーディアンへの対処がおろそかになる。
なにせ東方王国時代のガーディアンはどこからか魔力を得ているのか、並外れた再生能力を持つ。粉々に砕いても十数分もあれば完全再生してしまうほどだ。
広大な地下水道は複雑に入り組んでいる上に一部が迷宮化していることも有り、資格が無く立ち入れない区画もあって通れる通路も限定される。
遠回りを強いられることもあって、上級探索者の二人がひたすらにガーディアン潰しに専念して、何とか被害を出さずに討伐は順調にいっていた。
だが問題が一つ。
ソウセツ達が入れない初級迷宮らしき迷宮口から無限とも言えるほどに途切れること沸いて出る新種モンスターだ。
姿形や構成物質は異なるがそのどれもが鉱物系モンスターばかり。
獣系や虫系など生物系モンスターが多いロウガ周辺の迷宮群とは明らかにモンスターの分布構造が違う。
異なる迷宮群に属するモンスターが出現したと、どれほど間抜けな探索者でもすぐ気づくだろう。
そしてわき出るモンスター達からは一つの感情が読み取れた。
鉱物系のモンスターに表情があるわけでも無く、鳴き声一つさえあげないが、モンスター達から伝わる感情は恐怖だ。
統率された動きも無く、蜘蛛の子を散らすように我先にと地下水道の四方へと散らばり、時には同族すら踏み砕きながら迷宮から離れようとしている。迷宮モンスターがだ。
そしてその理由も二人にはおおよそ察しがついていた。
新種迷宮モンスターの出現を確認してからしばらくして一瞬だけ地下深くで発生したおぞましい気配が悟らせた。
上級探索者である彼らを持ってしても、化け物と呼ばずにはいられない人外の気配。それはある意味で慣れ親しんだものだと。
「しかし飽きずにわき出してくるね。こりゃ未探査の深層からと見て間違いないけど、なにやらかしやがったかね。あの嬢ちゃんは?」
「……俺相手では一言も口をきかん。ナイカ殿に任せる」
剣さえ刃こぼれする外殻を持つ新種モンスターには、時折小さな歯形がついていたり、食いちぎられたような欠損部があるように見えるのは気のせいだと思いたい。
そしてナイカと同じくそれに気づいていたソウセツは、渋面をさらに渋く歪ませ、苛立ちを穂先に乗せ、再生したばかりのガーディアンを一撃で打ち砕く。
未だにケイスになぜか一方的に嫌われ、まともに会話を交わしていないソウセツの苛立ちは最高潮へと来ているようだ。
「フォールセンの旦那か、ユイナ様のお早いご帰還をいのるかねぇ」
どれだけ正気を奪ってくる発言が飛び出すかとげんなりしたナイカは、せめて騒動が収束に向かうことを祈りながら、終わりの見えないマーキング作業へと戻った。
「どうだ。なんか分かるか?」
「いや無理でしょこれ。完全に正常ですよね」
魔導技師ソクロからの問いかけに、ウォーギンは両手を挙げる。
避難警報が出て中止された夜会からウォーギンは無理矢理に引っ張ってこられ、劇場艦リオラの機関部にいた。
ソクラとその部下達だという魔導技師に囲まれながら、図面と現物をチェックしていたが不審な所は一切無い。
機密情報の機関部に部外者が普通なら立ち入る許可など取れないが、ソクロの推薦とウォーギンの魔導技師としての高名、そしてロウガが緊急警戒体勢に移行したことで、リオラも防御魔術を展開することになるかも知れないという事情がかみ合って、特別に許可されていた。
変換率向上をしているのは良いが、それが原因不明とあっては、防御魔法展開中に、急に変換魔力が低下し、防御魔術消滅という事態もあり得るので、緊急対応を必要とするのは間違ってはいない。
もっとも一通りチェックを終えたが、ウォーギンでも確認できる範囲では異常なしという結論しか出しようがないというのが現状だ。
記録を見る限り、ロウガに近づいてから発生したという、変換効率異常向上は確かに発生しているが、通常部分には一切の異常は見られないとなれば、疑うなら厳重な封印魔術が施され、一部は中身が隠された増幅機構部。
「となるとやっぱり……これか」
ソクラが目を向けたのは炉本体から伸びた配管が複雑に繋がる増幅部機構の中の一つを指さす。
たとえは不吉だが棺ほどの大きさで、黒塗りで厳重に封印が施された機構が鎮座していた。
図面を確認し、実際に視認したウォーギンは、全ての魔力の流れが一度は確実にその区画を通過する構造であることを確認する。
本来転血炉の最重要機関と言えば、文字通り転血石を魔力に戻す炉だ。取り出した魔力をさらに強める増幅機構や、使用する魔具に合わせた適した魔力に変える調節機構はあくまでも付随物となる。
だがこの炉には何か違和感を感じる。
「炉の配置云々以前に、どうもこいつをまず中心にして考えられているような設計思考が見て取れるんだが中身は?」
「不明だ。開放に必要なキーさえ俺らには与えられてない。どう見る?」
「どうってなぁ、やばい物を積んでるって確定じゃないですか。出力向上は明らかにこいつが原因だってくらいしか」
ぱっと見でも相当厳重な封印が施されており、中身は気になるが、開けてみようという気にもならないほどに厄介な匂いしかしない。
「とりあえず今は緊急事態だ。中身不明のままで安定した魔力制御方を、どうにか確立させる方法はなんか無いかなってとこだな。女公爵様からはやれる処置は何でもしろと許可をもらってる」
天然魔力増幅生物でも最高峰の生きた龍でも封印しているんじゃ無いだろうなと嫌な想像をしながらも、ウォーギンはソクロからの依頼にいくつかの案を思案する。
「防御魔術機構を弄った方が早そうですね。魔力蓄積量を増やす増槽処置をして低下時にすぐに切れないように対処。後それとは逆に数値以上の変換魔力が発生した場合のバイパス回路か。なんか無害かつ魔力バカ食いする魔具があれば」
「それなら安心しろ。ここは劇場艦だ。舞台演出用に派手な装置がいくつもある。それらを緊急起動させる感じで組めばある程度は消費できるはずだ。不具合を押さえるとなると厄介だが、お前ならどうにか出来るだろ」
ソクラもまた一流の魔導技師。
聞いている分には簡単に聞こえるウォーギンの処置が、完成品を弄ることで魔力干渉等の影響などで不具合が積み重なり転血炉全体が停止する危険もあることを承知の上で、即断で採用する。
「急ぎ、徹夜仕事なんでふっかけますよ」
これだけ大きい炉を弄るのはさすがのウォーギンも、中央にいた頃に2、3回くらいだ。
興味はあるが、万が一壊したときの賠償請求が怖いので出来たら遠慮したいところだが、雰囲気的にも断れる空気ではない。
何せウォーギン・ザナドールの名は若き天才魔導技師として、魔導技師達にはよく知られている。
ソクラの部下達もどういう調整をするのかと興味ありげな表情を隠そうともしていない。
別に自分の名を守ろうという気はさほど無いが、魔導技師として必要とされるうちが華が今は無き師の教え。
「うちの女公爵様は金払いが良い。大事な船に傷がつく危険性を下げたってなら、工房の一つや二つ買える金額でも請求しても払うだろうよ」
「あーそこも噂通りですか」
剣戟狂いだというメルアーネの噂を思い出したウォーギンは、なにやらルディア達の方も騒がしい事になっているようだが、こちらに専念するしかないと観念することにした。
ウォーギンがリオラでの魔力変換安定制御作業に入り始めた頃、ルディア達はファルモア街区のハグロア一座が仮拠点としている劇場に戻っていた。
望んだわけでは無いがロウガ地下水道内の戦闘経験もあるルディア達にも、協力要請は出ていたのだが、如何せん戦力不足が甚だしい。
最高戦力のケイスは行方不明、ウォーは雲隠れ中。戦力としては当てにしにくいウォーギンは昔なじみに引っ張られ件の劇場船でなにやら仕事と、まともなパーティ行動が取れる状況ではない。
サナ達はフルメンバーが揃っていたのと、狼牙領主の血を引くサナならば新種モンスターよりも厄介なガーディアンも資格者と見なしておとなしくなる可能性もあるので、地下水道への討伐へと赴いていた。
劇場へ戻ったのはルディア、ファンドーレ、そしてハグロアやカイラを含むハグロア一座の面々だ。
ロウガ城内や近場の避難所では無くわざわざ劇場へと戻ったのは、内密にどうしても確認しなければならない懸念が生じたからだ。
その懸念とは無論、ケイスに扮したカイラと対峙した男装令嬢剣戟師ミアキラが、最後に見せた一連の言動についてだ。
ミアキラはカイラを明らかに知っているようで、カイラ自身も彼女の事を愛称らしきミーととっさに呼んでいたのは、ルディアも聞いていた。
「それであの状況って一体どういうことです?」
舞台裏の一番大きな楽屋に集まった一同のなか、ばつが悪そうにしているカイラでは無く、まずはハグロアへとルディアは問いかけた。
一座を率いるだけあって何かと食えない老剣戟師だ。カイラの事情も知っているのではないかとかまを掛けてみるが、
「いやいや俺もさすがにそこまで見抜いてないよ。ただあの一連のやり取りでその時に初めて気づいたよ」
ハグロアは手を振って否定して、驚きと感心が入り交じった顔でカイラへと目を向けた。
相手は剣戟と頭につくとはいえ役者。しれっと嘘を言っている可能性もあるが、ハグロアはある程度の事情には先ほど気づいたと答える。
ルディアもある程度の予測はついたが、ハグロアはさらに詳細に気づいたようでそちらはルディアには分からない。目で尋ねたファンドーレも首を横に振る。
「ん。どういうこと座長? カイラが替え玉だってばれたって事じゃないの?」
一般招待客の立ち入りが制限されていた東庭園にあの場にいたのは、この場ではカイラを除くと、ルディアとファンドーレ、ハグロアのみで、一座の他の者達は、正確な状況をまだ把握していなかった。
「それより厄介なことになってそうでな。どうするカイラ? 俺から話すか」
「あー……うちから言うんよ。あんがとセドリックジイジ」
ハグロアの気遣いにカイラは申し訳なさそうに頭を下げてから、室内の全員を見渡し、
「あんま信じてもらえんかもせけど、うち、前にあの剣戟狂いの舞台にでとたんよ。んで、ミー、ミアキラはそんときに色々とあったんね」
どうにも歯切れの悪いカイラから出た事情説明は、ここまではルディアの予測範囲内の物だ。だがそれではまだ足りていない。
「はぁっ!? まじ!」
「なるほどあの技量もそれなら納得だな」
「すごいじゃん! メルアーネ女公爵って相当な剣戟ファンで、端役で出るだけでも剣戟役者としてはすごい名誉だってあっちじゃ有名なんでしょ!」
一方でハグロアの一座の者はカイラの告白に一気に沸き立つ。
ルディアも名前を聞いたことはあったが、あの女公爵は剣戟業界では相当な有名人らしく、座員の興奮の度合いが大分高い。
「で、どの舞台!? 出たのって! どの役よ」
剣戟師としては、替え玉だとばれたことよりもそちらの方が気になるのか座員の一人が興奮気味に問うと、カイラはなぜか覚悟を決めたかのように1度息を吸い、
「うそはいわんて、マジなんけど、双剣……の片方。そんときの芸名がカティラ・シュアラ……やけど」
一瞬で空気が凍った。誰もが黙ってしまう。
先ほどまではしゃぐように尋ねていた座員など、信じられない物を聞いたと言わんばかりに微動だにしていない。
そして当のカイラはやっぱなったと、あきらめ顔で息を吐いている。
このままだと場がなかなか進まないと感じていると、空気を読まないファンドーレが切り込んだ。
「大ボラでなければ、相当な身の程知らず、もしくは精神錯乱を疑われるな。お前がその名を名乗ると」
「ひどっ!? ひどがない!? マジってったのに!?」
「実際そういう空気だろ。俺ですら噂を聞いたことがある有名な新人剣戟師だったなそいつは。
若き天才、妖精剣戟師、あとは神が使わした神秘の少女、ほかには剣の乙女」
「ぎゅにゃっ! やからやなんよ! なのんの! そのこっぱずかしい二つ名! あの変人公爵が面白がってつけたんよ!」
悪気は無いが言葉をオブラートに包むという事を知らないファンドーレがやけに仰々しい二つ名をあげていくと、赤面したカイラが耳を塞ぎ悶絶する。
どうやら本人的にはどうにも受け入れがたい呼び名らしく、心底から拒否していると分かるくらいだ。
「……え、マジで。あの絵姿の美白美少女の中身がカイラなの!?」
「楽器より美しい声を持っているって評判のカティラが、なまり全開ってどうよ」
「詐欺でしょ! いやまじで! どこかの貴族の御落胤やら、下手したら皇帝の隠し子なんて噂もあったのに!?」
カイラのあまりの恥ずかしがる態度と奇声が気付けになったのか、フリーズしていた座員達も再稼働を始め、カイラの態度からそれが本当の事だと悟ったようだが、その驚きもまたカイラには突き刺さるようだ。
「……有名なの? 私は知らないんだけど」
しかしルディアにはその名前に聞き覚えが無く、今ひとつ皆が何に驚いているのか、そしてカイラが恥ずかしがっているか理解が追いつかなかったが、ハグロアが補足説明をし始める。
「カティラ・シュアラが表舞台で名前が大々的に出ていた期間は短いからな。一年、いや二年ほど前か。あのリオラって劇場艦がこけら落としをしたルクセライゼンの公演で一躍有名になって、その後すぐに無期限休業になってな。ロウガはルクセの剣戟情報もよく入ってくるが、薬師さんは聞いたこと無いかい」
「あーそのくらい前だと、ロウガにはまだいませんね。旅の途中です」
ハグロアの言う頃はルディアはカンナビスを出てしばらくした頃だろうか。
ケイスの行方を追うのに躍起になっていたので、興味が無かった剣戟の情報となれば聞いたとしても覚えているはずも無い。
カティラ・シュアラ。
メルアーネ・メギウスの秘蔵っ子とも呼ばれたその少女剣戟師は、芸名以外は正体は不明とされていた。
舞台上で見せる勇ましい剣戟とは裏腹に、目を引く容姿に透き通るような肌の美貌を持ちながら、その美しさを鼻に掛けることも無く優しげに微笑む仕草はまるで妖精。
楽器のように響く美しい声は、舞台では声を発しない剣戟師でいるのがもったいないと言われるほど。
彼女を一目見ようと連日押しかけた観客の中には、ルクセライゼン現皇帝フィリオネスの姿まであったという。
「やからあの女公爵の嫌がらせやんの! うちがリオラ先生の再来やとか、言われるのが嫌って妙な二つ名目一杯つけた癖に、素のウチやと、先生の名声や、舞台の品格さげっから、言葉遣い強制させたり、普段でも気づかれないようにって、舞台立つときは魔術で容姿まで変えてたんよ!」
もっとも蓋を開ければ、それはメルアーネ女公爵のプロデュースの一環とのこと。
捨てられたのか、はぐれたのかカイラ自身も覚えていないそうだが、物心ついた頃にはカイラは地方を廻る小さな剣戟劇団に預けられて育っていた。
そのうちにその劇団の公演でカイラを見いだしたメルアーネがカイラを引き取りパトロンとなり、剣戟師として教育や生活を支援され、やがてメルアーネの主催する舞台で頭角を表し初めて行ったという。
敬愛する義姉と呼ぶ今は亡き剣戟師リオラに対する行きすぎた愛情が、その後継者とも呼ばれはじめたカイラに対する締め付けとなったというのが、カイラの弁だが。
言葉の端々からは、メルアーネへの感謝もあるようだが、相当思うところがあるのがよく分かる。
あまりに素の自分とかけ離れたカティラの人物像に、今まで世話になった劇団では素性を伝えても、疑われるか冗談かと笑われるならまだ良いが、熱心なカティラファンを名乗る者からは嫌がらせめいた事も受けそうになったのも有り、本名であるカイラで通しているとのことだ。
その勢いはさすがのファンドーレでも切り込めないほどだ。
「……ミアキラさんってあの人も同じ舞台だったんですか?」
このまま流れに任せていると、いつまでもカイラの愚痴が続きそうだったので、ルディアはカイラが息継ぎをした瞬間を見計らい軌道修正を図る。
「うー……ミーは、リオラこけら落としん時のあんときのもう一人の双剣やんよ。うちら相棒だったんよ。名前はきいとっても、やんのは初めてやっけどライバル視っていうんか、こっちも負けられんってバチバチで楽しくやってたんやけど。素は知られとったけど、あん子の演技まであっちの人には見抜けるわけないと思ってたんやけど」
カイラは困惑の色をみせる。自分の演技に自信が有ったのか、見抜かれたのは予想外だったようだ。
「それだが、どうもあの男装剣戟師は見た目だけで無く、中身も相当変なようだな」
「どういう意味ファンドーレ?」
「あれの発言だが、『魔力変換障害持ちであれだけの剣の腕を持つ者が他に存在するか』と言っていたはずだ。正体を見抜いたと捉えるより、ケイスと名乗っていたと考えていたんじゃないか?」
「あ……そっち!? いやいや冷静に考えて魔力を持たない人が、探索者目指すなんて思うわけ無いでしょ。さ、さすがにそれは」
ケイスと初めて出会った頃に魔力を持たず魔術も使えないと知って、ルディアは探索者を目指すなんて危ないから止めておけと忠告した事を思い出す。
ケイスを見ていて慣れたというか、麻痺したと言うべきか、それが極めて異常で、無謀なことだとなかなか思い当たるようにはなっていなかったのは不覚だ。
「いやウチの劇団は私達も探索者ですけど、剣戟舞台用に魔術を使えた方が便利だからってだけで、探索者でない剣劇師はそれなりにいますし」
「南式剣戟師じゃ、探索者って方がむしろ珍しいだろ。さすがに考えすぎじゃ」
「ルディアさん達には悪いけど、第一比較対象があの化け物でしょ。良いも悪いも、あんなこと出来る子って普通はいないっていうか、現物見てなきゃ私だってデマだって笑うっての」
並の探索者になるだけでも常識からずれているというのに、ましてやケイスとなればその功罪や実績を、多少体質がかぶったり、剣が使えるからと言って知り合いに当てはめるのは無理がある。ありすぎる。
「う、うーん。ミーって思い込みはげしいっちゅうか、人の話きかんと決め付けんところ有るから当たりかも。そ、そこまで常識無いちー思われんのやーなんやけど」
だがカイラには思い当たる節があるのか、納得したくはないが、納得せざる得ないと苦渋を浮かべる。
何とも言いがたい空気が場を占めはじめると、空気を変えようとしたのかハグロアが尋ねる。
「替え玉ばれるよりもそっちの方が面倒なことになりそうだな。しかしカイラ。お前さんまたなんでそんな良い舞台からこっちに渡ったんだ? 愚痴は多いがメルアーネ女公爵殿から扱いが嫌になったってほどじゃなさそうだったが」
「ん……口で言うよりもみたんが早いかも。舞台にちょいよい?」
説明するよりも剣を見せた方が早い。
一瞬考えたカイラは、ケイスめいた誘い文句で皆を舞台へと来るように促した。