「そこの剣戟師! 私”が”試してやろう! お前達が誇りに思う舞台が、私が剣を振るうにふさわしいかをな!」
心臓に悪い。
気の強さと傍若無人さをたっぷりに含む、変調した少女の声が東庭園に響き渡り、動悸が跳ね上がったルディアの心情を一言で表すならこれだ。
周りを見れば、その正体を知っているか知らないかは分からないが、ロウガの主立った役職者達も青ざめた顔を浮かべている者が大半。
彼らにとっては南方大陸の大貴族たる主賓格達にさえ平気で噛みつく狂犬の登場といった所だろうか。
対して暴言を吐かれた二人の反応は対照的だ。
女公爵メルアーネの方は先ほどまでの険悪的な口論から一転、なぜか楽しげな笑みを一度浮かべてから芝居を楽しんでいるかのようにまじまじと仮面で顔を隠したカイラを見ている。
一方で男装剣戟師ミアキラといえば、先ほどまでよりさらに激しい怒気を覚えたのか、鋭い視線で睨め付けている。
その怒りの強さは極めて強く、魔力が自然とあふれ出て、周囲で魔力で発生した小さな雹の粒がはじけ飛んでいるほどだ。
「この俺に向かって、試してやろうだと! どういうつもりだ!」
しかしさすがに怒り心頭であろうとも、他国の宴でいきなり魔力攻撃を行うほどに冷静さを欠いているわけでは無く、ミアキラが向けたのは舌戦の矛だ。
「当然だ。そちらの女公爵が私の剣技を望んだのであろう。請われて出てやるのだ。私が試す立場で当然では無いか。何を言っているのだ?」
離れている位置に立つルディアでも冷気を感じるほどの魔力を醸し出すミアキラの怒りに対してカイラは怯む様子も無く、理路整然と当たり前だといわんばかりの正論で返し首をかしげている。
なぜなら今のカイラはケイス。自分絶対主義者の権化なら、場の空気など読むはずがない。
むしろ言葉にするだけカイラの模倣はマシで、本物のケイスなら、まずはとりあえずそこらにあるナイフ一本で斬りかかってから、さも当然としていただろう。
もっともそう思えるのは、奇天烈なケイスの言動に幸か不幸か慣れ、いや多少なりとも適応してしまったルディア達一部の不幸な関係者のみ。
カイラの模倣は、その中身が偽物だと知らぬこの場に居合わせた者達に、仮面の下に隠した素顔を完全に錯覚させる抜群の効果を生み出し、少なくないざわめきを生み出す。
「剣狂い娘……行方不明という噂だったが」
「話半分だとしても数々の問題を起こしただけはある。やはりロウガが隠匿していたか」
「あのような無礼な小娘が双剣殿の弟子だと」
この場には近隣諸国から招かれた為政者や、それに近しい関係者も多い。
世間一般で囁かれていた噂よりも、幾ばくか真実に近いケイスにまつわる情報を知っている。
値踏みする者もいるが、敵意を含んだ厳しい視線も少なく無いのが、ケイスが起こしてきた蛮行や騒動の多さを物語っていた。
騒然とした庭園で次に動いたのは、カイラを黙ってみていたメルアーネだ。
「そこの貴女。私の話を聞いて無かったのかしら。私は貴女の剣をお披露目するのにふさわしい舞台を用意したつもりですけど」
口元を隠しているが挑発的な目には楽しげな色が浮かび、どう答えるか期待しているようにルディアには見えた。
「侮るな。私は剣士だ。剣を一振りすれば成長するに決まっているであろう。剣を打ち合わせるのが、人の力量を見る才が無い剣戟師であろうとも同じ一振りに変わらん」
「貴様!」
無自覚にこき下ろしたミアキラの向けた刺すような視線などどこ吹く風。
口を挟む余裕も無くおろおろしていたサナのそばに控えていた護衛のサムライ、セイジへと無造作に近づく。
「刀を貸してもらえるか。私の剣は受付で取り上げられてしまったからな」
「真剣ですが、よろしいですか?」
「うむ。私は斬りたい物を斬り、斬りたくない物は斬らぬ。ならば真剣であっても何の問題も無い」
請われたセイジがサナへと視線で尋ねると、女公爵と男装剣戟師の様子を伺ってから大きく肩で息を吐いたサナは無言で頷く。
二人の様子を見て、口で止めるなんてもはや不可能。実際に剣を合わせさせるしか、この場を納める手段は無いと判断したようだ。
セイジが腰から鞘ごと外すと、受け取ったカイラは、無造作に刀をぬくと、重さや重心を確かめるため一度軽く素振りしてから鞘に戻して、ミアキラに上から目線で命令を下す。
「むぅ、まだ準備が出来ていないのか剣戟師。お前が試させろと言ったのではないのか? お前も護衛から借りるか、自前の剣を持ってくるがよかろう。仕方ないから待っていてやる」
身勝手かつ独断専行。
剣士ならば剣で語る。それはケイスが普段から見せる言動であり、何より好む傾向。
「俺の剣を持ってこい! もちろん真剣だ!」
無視された故か、それとも基本的に他人を顧みない模倣ケイスの言動に怒り心頭になったのか、ミアキラは耳まで真っ赤に染めて、護衛役らしい女性騎士へ荒げた声で指示を飛ばす。
「アレ……やり過ぎなんじゃ」
観客その1となっていたルディアは、一連のやりとりに思わず口からこぼす。
いくらケイスのふりをするとはいえ、律儀にそこまでしなくてもと思わなくも無いが、あれだけやらかせば、この場にいる者達は中身がケイスでは無いとは夢にも思わないはず。
ケイスの不在を隠すというロウガ支部からの極秘依頼を、極めて真面目に達成しているといえば達成している。
問題はこの騒動の落としどころを、カイラがちゃんと考えているかどうかだ。
自らの剣の腕を疑われる。これが本物のケイスならば、文字通り剣でねじ伏せる。
圧倒的な力量を持ってして、常人では理解できない剣の極地を繰り出し、ケイス本人の人格への評価を別として、誰もが天才だと認めざる得ない剣を振ってみせる。
だからいくらカイラが剣戟師として才能があろうとも、さすがにケイスと同じ事を出来る訳は無い。
「嬢ちゃんは即興の組み立てがかなり上手い……あっちのご令嬢も相当やるな。こりゃ見物だ」
不安を覚えるルディアの心情を察したのかハグロアは、カイラの腕に太鼓判を押し、女性騎士から剣を受け取ったミアキラが剣を抜きはなった所作、立ち姿からその力量を高く評価したようだ。
他の客達もこの流れはもはや止められないと悟ったのか、対峙する二人から少し離れて観戦しやすい位置にそれぞれ陣取り始める。
「……そういやソウセツさんやナイカさんの姿がねぇな」
その顔ぶれを見渡したウォーギンが、ルクセライゼンの大貴族であろうとも万が一の時に止めれるであろう力および権力を持つ上級探索者の二人がこの場には不在であることに気づく。
夜会には二人とも警護ではなく賓客や主催者の1人として参加していたはずだ。
生真面目ならソウセツならばここまで事態が悪化する前に止めていただろうし、物見高いナイカがこのようなおもしろげな催しを見逃すはずが無い。
ウォーギンの疑問にハグロアが答える。
「あぁ、この騒ぎが始まる少し前になんか慌ただしく出て行った。それで本来ならナイカ殿を介して紹介してもらう予定だったのが、姫殿下に急遽変更になってな。なにか問題でも起きたかもしれんな」
「それでサナさんが矢面に……あとでいつもの胃薬差し入れしときます」
ケイスの被害者仲間というか心労仲間のサナが胃の辺りをさすっている気持ちが、ルディアには自分のことのようによく分かった。
出来ればそばに行って一言でも掛けてあげたいところだが、場の空気は既にそんな目立つ真似が出来るような雰囲気では無かった。
数ケーラほど離れて対峙する2人が、この場を支配する。
仮面をつけたカイラと、男装令嬢ミアキラ。
演劇の一場面を切り出したかのように向かい合う2人は、対照的な姿をみせる。
カイラの方は、納刀したまま両足を肩幅に開いた自然体。
一方ミアキラは、細身の刺突剣を右手で構え僅かに身を低くした戦闘態勢だ。
準備万全に待ち構えているのに未だ剣を抜こうともしないカイラに、ミアキラがじれたのか怒りの色をさらに強める。
「構えろ! 臆したか!」
「試してやるといったであろう。私が刃をぬくだけの価値をし」
カイラが言い切る前にミアキラが電光石火で突っ込む。鋭い切っ先が狙うは顔の中心。仮面を剥がして素顔を晒してやろうという意図か。
不意の突撃に対してカイラは、逆に切っ先にむけて突っ込み、タイミングを外す。
体捌きと首の捻りで、狙われた仮面の縁で切っ先を受け流しつつ、同時に左手で鞘の根元を掴み、柄頭をミアキラの脇腹に向けたたき込む。
攻防一体の返し手に対して、ミアキラは無詠唱魔術を発動。
空気中の水分を集め氷結させ、手のひらほどの盾を一瞬で生成させる。
躊躇無く打ち込まれた柄頭に当たって、氷盾が炸裂音と共に派手な氷飛沫となって飛び散った。
本来の氷盾なら、あの程度の衝撃で弾け砕けるような事はないが、これも一種の演出として用いる剣戟用魔術として調整しているようだ。
キラキラと光る氷雪の中央で交差した2人は、目まぐるしい攻防を始める。
間断なく打ち込まれるミアキラの刺突を、カイラがすれすれで躱し、または鞘ではじき、柄頭や徒手空拳をたたき込み反撃をする。
しかしその攻撃は、ミアキラが的確に生み出す氷盾によってことごとく防がれ、氷飛沫をまき散らすだけだ。
両者共に未だ無傷であるが、ミアキラが完全に防いでいるのに対し、カイラはぎりぎりで凌いでいるため、袖の部分や仮面の縁などにいくつも切り裂かれたり、傷がつき始めている。
状況だけみればミアキラが押しているかのように見える。
だがミアキラは剣を一つ突くごとに、氷盾で防ぐごとに、眉間に皺を寄せ、悔しそうに硬く歯をかみしめて、表情を険しくしていた。
「ご令嬢のままごとではないな。あれほど鋭い剣技をみせるとは……」
「無詠唱魔術であれほど的確に、しかも最小限でガードとはなかなか……なのになぜ」
優勢なミアキラが、なぜ怒気を強めていくのか、理解でき無い者も多いのか、戸惑いの色を含んだざわめきが聞こえてくる。
「またえげつないやり方を選んだな」
「どういう事です?」
だが同じ剣戟師であるハグロアには、ミアキラの怒る理由が分かるようだ。
周囲の客と同じく理解が出来無かったルディアは、ハグロアにえげつないと評した意味を尋ねる。
「実戦じゃなく、即興とはいえこれが剣戟劇だからだよ。盛り上げるならぎりぎりの攻防を演出したくなるってのが剣戟師の本能だ。だけど嬢ちゃんは、さっきからそれをさせない一撃を的確に打ち込んでる。回避ができず、完全にガードしないと動けなくなる急所狙いで」
いわれてみてみれば、先ほどからのカイラの反撃は、首元や背中の中心、間接部など一撃で勝負を終わらせる事ができる箇所を的確に狙っている。ミアキラの攻撃を躱した直後に流れるように手早くやっている為か、ミアキラ側は受けるという選択肢しか選べないようだ。
弾ける氷盾は、場を盛り上げるせめてものミアキラの窮余策なのだろう。
「しかもだ。ご丁寧に自分からは攻撃しないで、わざと紙一重で避けて、一撃は一撃とばかりに返してやがる。そりゃなめてかかられていると怒るわな」
ハグロアの分析を解釈すれば、ミアキラが押しているように見えるが、実際は真逆。カイラが一方的にミアキラを手玉に取っているということになる。
ルディアが思っている以上にカイラの実力があったということだろうか。
だが今問題にすべきはそこでは無い。
「怒っている相手をさらに怒らせるって……どうする気ですか?」
この状況の収拾の付け方だ。
「むかついたから鼻っ柱叩き折ろうってわけじゃないとは……思うんだが」
さすがにハグロアでも、わざと挑発を強めているカイラの意図は分かりかねるのか、首をかしげていた。