「こりゃ。すげえ……嬢ちゃんの仕業か?」
腹を割かれ内側からめくれ上がったサンドワームの死骸が、うずたかく積もった砂山にもたれかかるように横たわって居る様に、先頭を歩いていたボイドが感嘆の声をあげる。
周囲に漂う異臭は、つい先ほどまでここで激戦が行われていたことを色濃く物語っていた。
「ちっ。だめか」
ボイドの舌打ちと共に、不意にカンテラの明かりが点滅を繰り返したかと思うとすぐに消えてしまい、辺りが暗闇に包まれる。
「魔力型はやっぱ無理っぽいな。さっき打ち上げた信号矢ももう消えてやがる。待ってろオイル型があったはずだ」
殿を務めていたヴィオンが腰に下げていた『天恵アイテム』であるポーチをまさぐる。
天恵アイテムとは迷宮を踏破した探索者達に与えられる神々の力を宿したアイテムである。
ヴィオンの持つポーチは内部圧縮と軽量の奇跡が施されており、掌大の大きさのポーチは倉庫一つ分の内部容量を持つ。
長期間迷宮に潜り大量の収穫物を持ち帰る事ができるため探索者達の必需品の一つとなっている。
ポーチよりも二回りほど大きいカンテラを取り出したヴィオンは、はめ込まれた火打ち式の着火装置を弄り明かりを灯してからボイドへと手渡した。
油の焼ける匂いと暖かな熱を放ちながら、ゆらゆらと揺らめく火が周囲を照らし始めた。
オイル型の灯りは魔力型に比べて若干薄暗いが、消える兆候は今のところ見られない
「やっぱり、これもあの子が言っていたリドの葉を含んだ砂の魔力吸収の影響でしょうか?」
「だろうな。歩きで接近して正解だこりゃ」
隊列の中央で護衛されるルディアの問いかけに答えながら、ボイドはほっと安堵の息を吐く。
カンテラに使われる魔力とは桁が違うが、先守船の転血炉もやはり魔力を用いることに変わりはない。
転血炉が停止してしまえば、先守船などただの重たい置物。
浮遊魔術が消失してすぐに砂に沈んでしまうだろう。
現役の探索者であるボイド達といえど、こんな砂漠のど真ん中で立ち往生は勘弁してほしく、先守船を少し離れた位置で停船させ、砂に沈まない用に底が広くなった靴を履き歩きで戦闘現場へと接近していた。
「さてと問題は嬢ちゃんの居場所だが……砂山に埋もれちまったか、それともサンドワームの下敷きになってんじゃないだろうな。気配が感じ取れねぇ」
耳を澄まし意識を集中させてボイドは周囲を軽く探ってみるが、三人以外の気配を感じない。
こういった時は生体探知の魔術を使うのが手っ取り早くセオリーだが、魔力が影響を受ける今の状況下ではまともに発動するかも疑わしい。
地道に探ってみるしかないだろう。
「ヴィオン。ポーチの空きあるよな? 死骸を回収してから下の方を見てくれ。俺は砂山の方を探ってみる。薬師の姉ちゃんはそこらから動かないでくれ。砂漠の地下は何がいるか判らない。すぐ助けにいける場所にいてくれ」
「あいよ。とっととしまっちまうか」
「はい。じゃあ、あの辺りにいます」
ヴィオンは気楽に答えるとサンドワームに近付き、ルディアがきょろきょろと見回してから死角になりづらい平坦な位置を指さして頷く。
ルディアを先守船に待機させておくことも考えたが、さすがに一人で残しておくのは不安があり、かといってボイド達のどちらかが残って一人で探しても埒があかない。
まだまだ年若い女性とはいえルディアはそれなりに肝も座っているようなので、手の届く範囲にいてもらうのが一番という判断であった。
腰のポーチを取り外したヴィオンが、サンドワームの死骸へと押し当てる。
すると小さなポーチの口よりも遙かに大きいはずのサンドワームの死骸が、ポーチの中にゆっくりと飲まれはじめた。
容量的には余裕があるが、巨大なサンドワームの死骸を全て飲み込むには、5分ほどはかかるだろうか。
しかし所詮は特別区のモンスター。
皮や肉を売り払っても二束三文の売値にしかならず、血にしても転血するほどの魔力を持たない。
回収する目的は少女を探しやすくするためと、新種もしくは変種の疑いが濃厚なモンスターは、出来れば捕獲もしくは死骸を回収し、管理協会へと報告する義務が探索者達に課せられているからだ。
「にしても小さな女の子が砂漠でサンドワームに襲われたって普通なら絶望する状況なんだが、此奴を見ちまった後だとしぶとく生き残ってる気がするわ……ボイド。こりゃお嬢の勘が当たってる。あのガキンチョまともじゃないぞ」
「みたいだな。しかしどうやったらこんな状況になるんだかいまいち判らん」
砂山に直接手を当てて中の気配を感じ取っていたボイドが周囲を一瞥して、訝しげな声で答える。
状況から見てこの不自然な砂山は、腹を割かれめくれ上がったサンドワームから噴き出した堆積物だろうとは推測できる。
しかし、どうやったらサンドワームの腹を割くことが出来るのか?
と、問われれば答えに窮す。
無論切れ味の良い頑丈な武器と適切な技量があればやれるだろう。
もしくは魔術を用いれば幼生体であるサンドワームの皮膚を切り裂く事はさほど難しくない。
だがあの少女が有していたのは折れた剣一つで、自ら魔力を持ち合わせていないと言っていたという。
「考えてもわからねぇな……直接聞いてみるか」
女子供は無条件で助ける者。
それが信条のボイドだが、今回ばかりは好奇心が勝っていた。
「寒…………」
ボイド達から少し離れた場所で待機していたルディアは小さく呟き身体を軽く揺する。
トランド大陸よりも北にあり年中雪が降る冬大陸出身のルディアでも、この砂漠の冷気は耐え難い物があった。
空を覆うぶ厚い砂の幕が太陽や月の明かりを遮っているからだろうか。どうにも重苦しく、気温以上に寒さを感じてしまう。
少しでも寒さを紛らわそうとルディアは、身体を揺すりながら足踏みするように少しだけ移動する。。
といってもあまり動かないでくれと注意されているので、精々10歩ほどの範囲内をグルグルと回るだけのつもりだ。
「?」
だが歩き始めてすぐにルディアは、小枝を踏んだような音と感触が足元からして立ち止まった。
しゃがみ込んだルディアは手袋を外して今踏んだ足元を調べてみる。
砂をまさぐった指がすぐに硬くひんやりとした物体を見つけ当てる。
「…………氷?」
つまみ上げたそれは砂を含んだ氷の破片だった。
なんでこんな所に氷が?
疑問を感じたルディアだが、ヴィオンが灯台岩の方でもサンドワームの死骸を見つけ辺りが氷に覆われていたと話していたことをすぐに思い出す。
これも何か関係あるのか。
「すみません! ここにも氷…………っえ?!」
ボイド達に発見したことを伝えようとしたルディアの目の前の地面から、木の枝のような太さの何かが砂をかき分けズボッと飛び出してきた。
驚きの声をあげるルディアがそれが何か認識する前に、それが氷の破片を掴んでいたルディアの腕に食らいついて引っ張ってきた。
「ちょ!? な、なに!? って! わっ!!!」
恐ろしいほどの力でぐいぐいと引っ張られたルディアは、あっと言う間にバランスを崩し砂漠へと倒れ込んでしまう。
しかも砂の中から這い出してきた何かは、ルディアの上に覆い被さるように乗りかかってきた。
このままルディアを砂の中に引きずり込もうとしているのだろうか。
何か唸り声のような物が背中から聞こえてくるが、慌てふためく今のルディアでは聞き取れるわけもない。
「おい! 姉ちゃん!? 大丈夫………………」
ルディアの悲鳴にボイド達が慌てて駆け寄り、カンテラの光で照らし出して状況を確かめて声を呑む。
「あー……姉ちゃん落ち着け。嬢ちゃんだ」
カンテラの明かりに照らし出されたルディア達の姿を見てボイドが呆気にとられた声を出す。
「ご飯……私のご飯……お腹すいた」
ルディアの腕を掴んで自らの身体を引っ張り上げてのし掛かっていた者。
それは空腹で意識が朦朧としているのか、ルディアの服の裾をハムハムと噛む砂まみれの少女だった。
「はっ!?? さ、砂漠を単独で越えようとしていた!? しかも歩きでだ!?」
砂船の大きな食堂にボイドの驚きの成分を多量に含んだ声が響く。
食堂の大きなテーブルには少女その右隣にルディア。
対面にはボイドとヴィオン。
それに修復と周辺警戒の指示で忙しい船長の代理として頼まれた老商人のファンリアが腰掛けていた。
離れた席では商隊の者達が件の少女を一目見ようと遠巻きに陣取っていた。
発見……というか遭遇した少女を連れて本船に戻ったボイド達は、ジュース一杯で意識がはっきりとした非常識な少女に尋問を開始したのだが、その口から出てきた答えはボイド達を混乱させるものであった。
他の遭難者がいるかと連れは何人かと尋ねてみれば一人だと答える。
ファンリア達の話から大金を持っていた事は判っていたので、じゃあ砂船をチャーターしたのかと思い改めて雇いの船員がいるのかと尋ね返してみれば、歩きで砂漠を超えようとしたから一人だと平然と返してきた。
「ん。何を驚くんだ? 昔は歩いて踏破していたのだろう。しかも暗黒時代はもっと強い魔獣が跋扈していたのだから、それから考えれば楽になっただろう……ん~蜂蜜のおかわりもらってもいいか? 次のパンに塗る分が足りない」
ボイドに驚きの声をあげさせた少女は、ボイドの大声に驚いたのか目を二、三度ぱちくりとさせて平然と答えてから、蜂蜜の入っていた小瓶を逆さにして振って中身がでてこないのを見るとむぅと唸る。
唖然として言葉に詰まっているボイドの様子に気づいていない、それとも気にしていないのだろう。
「お嬢さん。塗るじゃなくてそれは漬けるって言うと思うんだがね……誰かひとっ走りして倉庫から蜂蜜持ってこい。ミレニア産のがあっただろ」
小皿の蜂蜜の海に沈むパンを見て、ファンリアが面白げに口元に微かな笑みを作ると、遠巻きに見ている配下の商人へと指示を出す。
食えない老商人は、他の者達が唖然とするこの少女の言動を面白い見せ物程度に楽しんでいるようだ。
「感謝するぞ。ありがとうだ……ん~でもお腹が空いているし待つのも……ん」
嬉しげな笑顔を見せた少女はファンリアに軽く頭を下げ礼を述べていたが、小さくお腹が鳴り眉を顰め辺りを見渡し一点で目を止める。
その目は横に座って少女の右手を治療しているルディアが広げた薬箱の中の瓶を見つめていた。
「なぁ薬師」
「何? 痛い? 本職じゃないから上手くできないわよ」
折れている少女の右手を洗浄し痛み止めを塗ってから当て木をして固定していたルディアが疲れた声で答える。
大怪我をしている右手の治療よりも空腹だからと食事を優先しようとする少女に、食事と同時に治療を受けさせることを納得させるまでが一仕事だった。
少女本人曰く『食事中に他の事をするのはマナー違反だろ?』との事。
なら治療を先にさせろと言っても、お腹が空いているから食事が先の一点張り。
しかも食べるのは先ほど少女が倒したサンドワームの死骸だという。
ルディアから見て巨大なミミズにしか見えないサンドワームは、大金を積まれたとしても食べようという気になる類のものではなかった。
「ん~痛いけど我慢できるくらいだ。それに痛み止めが効いているから少し楽になった。うん。良い薬師のお前に出会えた私は運が良いな。それよりその薬をもらっていいか?」
にぱと陽性の笑みを浮かべた少女は、傲岸不遜な口調でルディアを褒めてから、薬箱に収まった瓶を指さす。
それは先ほど少女に塗った痛み止めの練り薬が入った瓶だ。
「これ以上薬の量を増やしても痛みは引かないわよ。むしろ多めに塗ると肌荒れしたり悪影響出るから」
「いや痛み止めじゃない次のパンに塗る」
「…………は?」
何を言っているんだこいつは?
それがルディアの正直な感想だ。
刺激が強いから適量で止めておけと伝えたはずなのに、何を思っているのかパンに塗ると答えた少女の思考はルディアの理外の外をひた走っている。
「ん。だってそれミノアベリーの実と種が主成分だろ。匂いで気づいた。ミノアベリーのジャムは好きなんだ」
唖然としているルディアに対して少女は答えると左手を伸ばして勝手に薬瓶を掴もうとする。
言葉通りパンに塗るつもりのようだ。
「こ、この馬鹿! た、食べようとするな! 劇物まじってんのよ!?」
我に返ったルディアは急いで薬箱を閉じて少女から離す。
薬と毒物は紙一重。そのままでは毒があるものでも薄めるなり、他の毒物と混ぜれば薬効成分となりうる。
薬師にとっての基本だが、塗り薬を食するとなれば話は違う。
この痛み止めにしても少女の言った通り、食用に使われるベリーを主に使っているが他にもいろいろ混じっている。
皮膚よりも吸収されやすい体内に入れたら、身体に悪影響が出るのが必至な劇物も混じっている。
「むぅ。心配するな。最初に会った時に言っただろ。私は毒物に耐性がある。問題なしだ。だから食べさせてくれ。お腹が空いているんだ」
馬鹿と言われて気に障ったのか少女は不満げに唸りすぐに拗ねた顔を浮かべる。
人を引きつける強い光を持つ目と、幼いながらも気品を臭わせる整った顔立ちに拗ねた表情を浮かべる少女は、同性であるルディアにも思わず保護欲を覚えさせるほどに可愛らしい。
「あ、あんたね。そういう顔を浮かべるような頼み事じゃないでしょ。すぐに来るんだから我慢しなさい」
これで言っている事が無茶苦茶で無ければ、思わず頷いてしまったかも知れないと思いつつルディアは首を横に振った。
荒れて無造作に縛った髪に油を塗り髪型をを整えて、綺麗な服を着せれば化粧無しでも貴族の令嬢として通用しそうな美少女と言った外見の癖に一事が万事この調子だ。
少女の言動は明らかに異常な類なのだが、少女自身はそれを一切異常だと思っていない節が随所に見受けられる。
しかも極端なほどにマイペースだ。
骨が折れていれば大の大人でも叫ぶほどの激痛があるだろうに、少女はたまに顔をしかめるくらいでぱくぱくと食事を楽しんでいた。
だがその食事も変の一言。
極端な甘党なのか横で見ているルディアの方が胸焼けしそうなくらいに蜂蜜やら砂糖、ジャムをどばどばと塗りたくっていた。
ベーコンエッグに蜂蜜を掛けているのを見た時は正気を疑ったほどだが、当の少女は実に美味しそうに食べていた。
「ったく話進まねぇな。ガキンチョ。一つ尋ねるんだが最初に見つけた時、お前さんは倒れていたよな。そっちの姉ちゃんの話じゃサソリの毒で死にかけてたみたいだしな。それに嬢ちゃんが倒れていた灯台岩にもサンドワームの死骸があって、お前さんの持っていた折れた剣ぽいのが刺さってたが何があったんだ?」
困惑しているルディアを見かねたのか、蜂蜜入りワインの湯わりで冷え切った身体を温めていたヴィオンがカップをテーブル上に置いて話に割り込む。
一々驚いていては話が進まないと、とりあえず気になることをどんどん尋ねるつもりのようだ。
「うぅ……アレを見られたのか。アレは私の未熟さ故だ。本当は逆手蹂躙で心臓を抉り貫くつもりだったんだが、狙いが逸れて頭に当たってしまった。奴の頭骨が思ったより硬かったので完全には貫けなくて岩に叩きつけて潰したんだ」
剣を折ったことを恥じているのか少女は悔しそうな顔を浮かべている。
だが言っている事は相も変わらず無茶苦茶だ。
極端ではあるが甘い物好きという年相応の嗜好をみせる少女が語る行動とは思えない。 実際に岩に縫い付けられたり、腹を割かれたサンドワームを見たヴィオンでなければ、できの悪い法螺話と思うような内容だ。
「あぁあっと…………逆手蹂躙ってのは?」
「私の使う流派の剣技の一つで加速力を全て突きへと変換する対軍の陣形貫通を意図した大技だ」
「いや剣技で対軍とか陣形貫通っておい。ボイド聞いたことあるか?」
何とか驚かず進めようとしていたヴィオンだが、対軍を想定した剣技があるという荒唐無稽さぶりに思わず横のボイドに尋ねる。
「ねぇよ。ファンリア爺さんあんたの方は」
「剣で山を貫いたって話ならあるが、流派の剣技としては聞いたことがねぇな」
交易商人として見聞が広いファンリアをボイドが見るが、老商人はタバコを吹かせながら首を横に振る。
剣で山を貫き道を造ったというのは有名な伝説でボイドも知っているが、それは大昔の上級探索者しかも能力開放状態での事だ。
呆気にとられているボイド達を見た少女が申し訳なさそうな表情をしたかと思うと深々と頭を下げた。
「むぅ。すまん。どうやら誤解があるようだ。本来ならと言うことだ。今の私の力量ではそのレベルまではいかんぞ。精々対大型モンスター程度の威力しか出せん。しかも1回放つ事に生命力をほとんど使い果たす。おかげであの程度の毒物の存在にも気づかずたべる事になったし、身体から抜くにも時間が掛かったんだ。だからお前達に助けてもらって助かったぞ。改めて礼を言わせてもらう。ありがとうだ」
「謝るのとか礼はいいが、問題はそういう事じゃないんだけどよ……つーか食ったって何を?」
どうにも見当外れの謝罪をしてきた少女の言葉に気になる部分があったボイドは頭痛を覚えたのか額を抑えながら少女に問いかける。
「サンドワームだ。ただサソリの毒を体内に蓄積していたようで毒があった。食べている最中に気づいたんだが、お腹が空いていたし今更だったからな致死量ギリギリまで食べて後から抜こうと思っていたんだ」
「………………実際に食べたのアレを? しかも毒があるって判ったのに」
腹が空いているからサンドワームを食べると言っていたが、既に食べた後だと思っていなかったルディアの手から包帯がぽとりと落ちる。
ボイド達も予想外の答えに今度こそ言葉を失い、さすがのファンリアも唖然としていた。
「ん。火を通せばもう少し美味しかったのだろうが、あいにく砂漠では薪は拾えないからな生で食べてみた。肉は硬くて不味いが内蔵は貝類みたいでコリコリして美味しかったぞ」
少女は味を思いだしたのか嬉しそうな笑顔を浮かべている。本当に美味しいと思ったようだ。
「よ、よりにもよって生って……あ、あんた一体何なのよ?」
ミミズの化け物を倒してのけて、その内蔵を生で食すという暴挙をおこなう幼さの残る美少女。
相反するという言葉も生ぬるい意味不明さ。
「うん? そう言えばまだ名乗っていなかったな。むぅ助けられたというのに礼儀がなっていなかったな。済まない」
奇妙すぎる少女が一体何なのかという疑問が思わず口に出ただけだったのだが、当の本人は名前を尋ねられたと誤解したようで、まだ名乗っていなかったことを謝罪してから胸を張る。
「私の名はケイス。探索者を志す旅の剣士ケイスだ」
威風堂々と少女は、『ケイス』は強い言葉で名乗りあげた。
戦闘完全終了。
サブクエスト『聖剣ラフォスの使い手』シナリオ消失。
メインクエスト最重要因子『赤龍』に吸収。
シナリオ改変準備。
賽子が転がる。
賽子の外側で無数の賽子が転がる。
無数の賽子の外側でさらに無数の賽子が転がる。
賽子が転がる。
世界を丸々ひとつ埋め尽くす膨大な数の賽子が転がる。
神々の退屈を紛らわすために。
神々の熱狂を呼び起こすために。
神々の嗜虐を満たすために。
賽子が転がる。
迷宮という名の舞台を廻すために転がり続ける。
賽子の名前はミノトス。
人々に対しては迷宮を司る神。
神々に対しては物語を司る神。
迷宮神ミノトスは休むことなく迷宮にまつわる物語を紡ぎ続けていく。