まず最初に剣を突き込んだのは、先ほど斬り殺した竜人が飛び出してきたクローゼット。
背板に食い込む重い切っ先を力任せに貫くと、堅い石壁の手応えと鈍い反響音が返り、突き破ることは不可能と思い即座に剣を引く。
次いで床についた傷から見て、かすかに動いたばかりの形跡があった隣の書棚へ横なぎに剣を振る。
書棚に刃を食い込ませたまま、自らの体重を剣へと預け重心を崩して、そのまま前方へと引き倒す。
傾いた書棚からばさばさと書籍がずり落ちていくが、露わになった内容や表紙は、さしものケイスでもこの暗闇の中では見ることが出来無いまま、轟音を立てて倒れた書棚の下敷きとなる。
中身を検分できなかった本を引っ張り出す手間を考えれば先に確かめるべきだったかと思いつつ、次にケイスが狙いを定めたのは、壁際に設置された細やかな金属糸で編み込まれ目や爪の部分には宝石が彩られた鳥形彫金が施された豪奢な魔導ランプ。
燭華の高級店で幾度か見た物と同型のランプには、光量調整が可能な光球を発生させる魔具が埋め込まれており、これだけ室内が暗ければ常夜灯としてかすかな明かりを自動で放つ高級品。
だが金物の鳥は僅かな濃淡の陰を晒すだけで、室内は暗闇に閉ざされたまま。
共通金貨200枚だか300枚すると聞いた記憶もあるが、今のケイスにはそれは気にとめる必要もない些細な情報。
逆袈裟気味に左斜め下から剣を振り上げ、火花を放ちながら金属鳥を一刀両断。
かすかな火花で見渡した内部には光球を発生させるための魔方陣を描く魔力導線が細かく組み込まれていたが、肝心の魔力発生源である転血石と魔力に変換するする転血炉機構は見あたらない。
代わりに燭華で見た物とは違う外部から魔力を引くための、白銀色の魔力導線が壁の中に消えていた。
その行く先を確かめたいが、今の手持ちの長剣で石壁を斬るのは、強度的にいささか心許ない。
闘気による爆破技。石垣崩しには、対象が生体でないので、異なる龍種の闘気を用いた双龍技を用いる必要があり手持ちのナイフが二本必要。
そちらも補給もままならない今の状況では使えない。
つくづくラフォスが宿る愛剣、羽の剣が恋しい。
羽の剣を手に入れるまで、ケイスが愛用した剣は、だいたいが戦闘中に損壊し、良質な物でも一戦、最大に持っても二戦程度の戦闘で使用不能となっていた。
ケイスの扱いや、使う技が、かなり無茶苦茶なこともあるが、それ以上にケイスが切りたい対象があまりに多いからだ。
いつだって斬りたい物は斬りたい。
斬る条件が満たされないならば、自ら満たすのみ。
貪欲、いや渇望的に斬ることを望む剣の申し子にして化け物は、暗闇の中に己の剣を見いだす。
切り落とした鳥彫金の断片を左手で掴み、双剣を扱うために強化しその気になれば鉄板を引きちぎるほどの握力で握りつぶし、細やかな五指の動作で、金属糸をこより、即席の棒をいくつも作り出す。
元が細い金属糸であるから一瞬でへたれ自重で曲がるほどにか細い棒。
だがケイスの手にあれば、それは剣となる。剣とならなければならない。
なぜならケイスは剣士。剣士が手に構えるならばこの世の万物は剣である。
剣と呼べぬ物さえも剣となる。なって当たり前だ。
ならば今より金属糸で編み込まれた棒ではなく、極細剣となる。
血流に意識を這わせ、手の細やかな毛細血管の一本一本まで支配し、心臓と丹田から生み出す火龍と水龍の異なる龍種の闘気を完全に分別し、火6、水6計12の血流を作り、作り出した極細剣12本を指間に挟みそれぞれに闘気を込める。
まだ幼い少女らしい細腕を電光石火に振り、12の極細剣を二本一組それぞれ狙った6点。
ランプ真後ろ、壁、部屋中央天井、そしてテラス真正面の扉へと打ち込む。
込めた闘気はごく少量。だが相反する龍種の闘気は互いを喰らいあい争い、極細剣が大きく破裂しながら消滅するのと引き替えに、壁や天井の一部が崩れ、高級な調度品が揃った部屋には似付かわしくなかった金属扉を強い衝撃で蝶番ごと通路側に吹き飛ばす。
ケイスが通路側への扉を破壊した直後に、待機していたロッソが打ち合わせもしていないのにすかさず通路へと出て視線を飛ばし周辺警戒をはじめる。
自らが破壊した室内を一瞥してから、ロッソに少し遅れてケイスも通路へと飛び出す。
通路にも明かりはついておらず闇が濃いが、敵影は見えず、差し迫った脅威も感じられない。
これだけ大きな破壊音を立てたのに、何の反応もないのがむしろ気にくわない。
「隠し通路の類は無し。魔力導線は大本から供給が絶たれている」
「いくら嬢ちゃんの剣つっても、これだけ簡単に扉やら壁が壊せたって事は、脱獄防止に仕掛けられた建材強化魔術も切れてるな。異常魔力を感知して緊急停止したってなら上出来か」
剣を打ち込んだ反響音や引き倒した書棚などから分かった情報を手短に伝えるが、ロッソもケイスの意図を読めたのか、全部を語らずとも同様の結論へと至ったようだ。
隠し通路がないのであればクローゼットの中にいた竜人は、元からそこに潜んでいたことになる。
だが互いに気配がわかるケイス相手にわざわざあんな稚拙な待ち伏せをするとは思えず、それよりも変化元となった看守があそこに隠れていたと見た方が自然な流れだ。
「隣の部屋を確かめる。ロッソは通路で警戒を頼む」
最初に飛び込んだ監獄は通路の端っこにあったので、反対側の右側に駆け、最初に見えた扉に、こよりで作った極細剣をまたも打ち込み、扉を今度は外側から破壊して、室内へと踏みいる。
こちらの部屋も広さは同じくらいだが、調度品の雰囲気が大きく異なり、蔓で編んだ家具やあでやかな色彩の毛織物が床に敷き詰められているが、明かりもなく人影は無し。
同じ形の作り付けのクローゼットへと剣を打ち込んでみたが、こちらは予想通り誰もおらず、仕立ての良い服をいくつか貫いただけだ。
角山羊が目立つ服の意匠から、ロウガの二つ隣、北方山脈を望む高地の国ゼラスランド、それも角の意匠には一部の者にしか使用が許されない金染めの糸を用いていることから、相当高位者の独房。
ただどうしてもちぐはぐな印象をケイスは覚える。
囚人という割にはやけに優遇されている。
家具に用いられている木材や、細部の細かな飾りも含めて安物は皆無。どれも本国で一級品とされる代物ばかりだろうと容易に想像がつく。
だが部屋の作りは厳重な監獄であることは間違いない。
今は稼働していないが、部屋全体を強固にする魔術式が発動していれば、いくらケイスといえど抜け出せないほどの強度を持つ作り。
しかし室内には手洗い場や便所などが無く、寝室や私室といった印象を覚えてしまう。
「特別棟収監者の一覧や、犯した罪が分かる物は何か無いか? 罪人を閉じ込めるにしては部屋の調度品が良すぎるし、足りない設備が多く違和感がある。どこかにこの部屋の主達が大半の時間を過ごす場所があるはずだ。生き残りがそこにいるやもしれん」
「収監者情報は極秘だ。国の威信に関わる部分もあるからな。噂で聞くところには、特別棟収監者はお偉いさん、それも上位の王侯貴族が主。このあたりの国でその地位となれば、ほぼ間違いなく色濃く始祖英雄の血を引き継いでる4世、5世あたりだ。そんなのを閉じ込めるとなりゃ、厳重な警備が必要になるのは分かる、血脈である程度の敬意をもたれるのは仕方ないだろうな」
ロウガやその周辺は最後まで火龍の勢力下にあり、最終的に開放された地域。
それ故に周辺国家を立ち上げた王族やそれを支えた高位貴族は、暗黒期の終わりを告げる最終決戦となったロウガ解放戦にも参加した者も多い。
元々遠い祖先との縁のあった者達もいれば、その土地とは無関係ではあるが、募集された開拓民達に慕われ、王として請われた、その当時であれば誰もが国主、領主として認められるほどの人望と実力を備えた英雄達。
例外があるとすれば、解放戦に参加せず、戦後に大英雄達が見つけ、フォールセンが後ろ盾となった東方王国狼牙領主の血を引くロウガ王家くらいだ。
秘密魔導実験所と英雄の血を引く囚人達。それに火龍の転血石。
断片的な情報から、対極的な二つの筋がケイスの中に浮かんでくるが、それを決定づける情報はまだ無い。
「どうする大部屋を探すか? それとも転血炉を先に確認するか? 建物の大きさ的に独立した転血炉があるはずだ。魔導研究所となれば使用魔力も大きい。そっちの線からたどるのもありだ」
「転血炉から探す。いるかどうかも分からない生存者よりもまずは確実にある物からだ」
ロッソの問いかけに即答したケイスは、明かりの消えた通路をとりあえず道なりに走り出す。
ゆっくりと曲線を描いて伸びる通路には等間隔で扉が並ぶが、固く閉ざされた室内からは何の気配も感じられない。
扉は10を数えたところで終わり、そこから先の通路が金属の格子と、無骨な金属扉で区切られている。
格子の先にも暗い闇が続き見通しがきかない中、ロッソが先に足を止め、僅かに遅れてそれに気づいたケイスも足を止め剣を構え直す。
20ケーラほど先の格子に設けられた扉すぐ横の床には、暗闇と同化しているのでわかりにくいが、人影のような物が二つ倒れていた。
耳を済ますが呼吸音のような物は聞こえず、人影も微動だにしない。
ケイスの肩をロッソが人差し指と中指で軽くタップして、明かりをつけ確かめると合図を送ってくる。
同意を表す足音をケイスが一つ立てると、すぐにロッソが腰の小袋から何かを取り出して、前方へといくつかばら撒いた。
木の実のような形のそれは、壁や床に落ちると小さな音共に割れ、中に蛍光塗料でも含んでいたのか淡い光を放つ液体を散乱させる。
魔術は使えず、松明のような火を用いた物は熱を司る火龍によっていつ暴発するやもしれない中、かすかな光でも十分に有り難い。
そのか細い明かりが倒れていた人影を照らし出すが、光に照らされながらもそれは未だ真っ黒な外観を晒す。
よく見れば人型を取るそれは、人の手のひらほどの真っ黒な羽を持つ無数の蝶が描き出す形だった。
光に当てられた所為か、それとも奇襲が出来ぬと悟る知恵でもあったのか、蝶達が一斉に飛び立ち、ケイス達の方へと向かってくる。
表側は真っ黒だが、羽の裏側はまがまがしいまでの赤色に染まり、こちらに襲いかかって来る蝶はまるで火炎津波のような様相を表す。
蝶が飛び立った後には、焦げあと1つ見えない無傷の甲冑と、それとは真逆に肉や皮が炭化したらしき欠片が僅かに残る頭蓋骨が転がっている。
「また質の悪いのが出やがったな。あれは俺が引き受ける」
ロッソは一目で正体に気づいたのか、嫌そうな声を上げながらも、突っ込もうとしたケイスを押さえ、長棍に何かの薬を塗りつけている。
「分かるのか?」
「あの羽模様は、人に植えつけた卵から孵化する寄生蝶の一種。幼虫の時に自らはなった高熱で宿主の焼いた肉やら内蔵を食べる悪趣味なタダレビ蝶だ。ただ普通の奴より、大きすぎで成長も早すぎるから迷宮モンスターで間違いない。刺されると厄介だから一気に殲滅する」
長棍に薬を塗りおえたロッソがそのまま棍を蝶の群れの中心に投げつけると、棍には触れてもいないのに不気味な蝶達が次々に床に落ちていく。
そのまま一、二回力なく羽をばたつかせていたかと思えば、絶命したのか死骸の山が一気にできあがった。
「気化毒か。むう斬ったことがないのだから一匹くらい残せ」
せっかく構えていた剣が無駄になったケイスは頬を膨らませるが、ロッソは拍子抜けした顔を浮かべる。
「そこはあの数を一瞬でとか驚いてくれてもいいんじゃねぇのか? 人体には無害だから呼吸は止めなくていいぜ」
「ロッソならばそれくらい出来るであろう。なぜ驚く必要がある……それよりも迷宮モンスターだと言ったな。そっちの方が重要だ」
蝶の死骸を足でかき分け床に落ちていた長棍を無造作に拾ったロッソが、布で軽く拭き取り棍を担ぎ直す横で、ケイスは再度格子の向こう側に目を向ける。
おそらくあそこが境界線だ。
ケイスの勘が告げ、心が躍り始める。
迷宮モンスターとは、文字通り迷宮で発生するモンスター群。
迷宮に住まう彼らは、迷宮外の同種とは比べものにならないほどの、生命力であったり、繁殖力であったり、成長力を発揮する。
それが現れたということは、ここに迷宮が現れたと言う何よりの証左に他ならない。
「ふむ。魂だけとはいえ主が戻ったことで蘇ったようだな。迷宮が」
「かなり予想外の状況で進んでいるんだが、どうするよ?」
「殺しても殺し尽くせぬモンスター共が群れているなら望むところだ。突入する」
ロッソの問いかけに、ケイスはいつもの調子で答え極上の笑みを浮かべる。
物騒な台詞とは裏腹に、まるでお菓子の家を前にした少女のような嬉しげな顔だ。
「今更ながらだが……その美少女笑顔で言う台詞じゃねぇなホント」
この島は元は迷宮。そしてその迷宮主は転血石となった火龍。
迷宮と迷宮主が揃ったのだ。死んだ迷宮が生きた迷宮に戻るのは道理だ。
迷宮モンスター以上に、迷宮と共に生き、成長をし続けているケイスにとって、目の前に迷宮が現れる以上に、嬉しく、心躍る物はなかった。
メイン【討伐】クエスト対象【赤龍】特殊クエスト条件達成
特殊クエスト【龍の血に抗いし者達】発動確認
迷宮群【悪夢の島】再稼働確認
プレイヤー未発見迷宮群への到達可能性極めて高し
新迷宮群発見時メインクエストへの影響極大
シナリオ改変を開始
賽子が転がる。
賽子の内側で無数の賽子が転がる。
無数の賽子の内側でさらに無数の賽子が転がる。
賽子が転がる。
神々の退屈を紛らわすために。
神々の熱狂を呼び起こすために。
神々の嗜虐を満たすために。
賽子が転がる。
迷宮という名の舞台を廻すために転がり続ける。