時は少し遡る。
ロッソが引き渡しのための書類制作に難儀していた頃、島内に無数にある溶岩窟の一つに建設された通常監獄棟へとケイスは連行されていた。
塀は二重化されており、物資搬入用大門と出入り用小門が併設されており、それぞれ塀と塀の間が、出入りする物資や囚人を調べる検問室として使われている。
「今日の収監は例のこのガキだけですか。いつもよりは楽でいいですね」
「ガキでも一応女だ。野郎どものけつの穴まで一人、一人をみるよりは遙かにましだろ。ただ気をつけろよ。見た目より凶暴だぞ」
「首輪をつければどいつでもおとなしくなりますよ。今月の担当がこっちだったんで、貧乏くじを引いたと思ってましたが、まさかここで女をみられるとは思ってませんでしたから」
ここまで連行してきた人間種の上級看守が軽口混じりの注意をするが、検査担当の下級看守は下卑た視線をケイスへと向け、闘気を生み出そうとすれば、電撃を発生させ着用者を無力化する護送用の手枷、足枷の代わりとなる、首輪と囚人用の拘束服を取り出して、まずは首輪だけをケイスへとはめる。
刻みこまれた魔術印や文字からみるに首輪は、手枷と同じ効果を持ち、拘束服には首輪の効果を殺傷レベルまで上げる術式に加え、建物内の出入りを制限し、居場所を知らせる発信機能も組み込まれた代物。
看守たちの手首をみれば無力化をのぞく機能が施された腕輪を身につけており、彼らの動向もつぶさに監視されているようだ。
出入り検査を担当する下級看守の持つ剣にも、上級看守ほどではないがそれなりの装飾が施されている。
ここに来るまでに遠目で確認した、暇そうにしている警備の下級看守たちの装備は、つぶさに見たわけではないので断言は難しいが、そのような余分な、分不相応な装飾は施されていない。
なんらかの関連性があるとみていいだろうか?
監獄棟は外と内の門は両方が同時に開かない脱獄防止機構が施され、警備体制は厳しいものだが、四方を海に囲まれた孤島ということもあり、脱獄などできないと高をくくっているのか、逆に看守たちの間にはゆるみがみられる。
ケイスの前で内情を、べらべらとしゃべってしまっているのが何よりの証だ。
「無駄話していないでとっとと剥いちまえ。毛無しのガキの裸なんてみて何が楽しいかしらんが、背中を確認しろ。あまり待たせるとうるさいぞ」
先ほど蹴り飛ばした獣人看守は、種族としての嗜好が異なる所為かケイスの裸身に興味などないのか、忌々しげな目をケイスに向けた。
「ディアスが戻るまで待ってくださいよ。このガキが来るって聞いて楽しみにしてたみたいですから。あとでおこぼれにありつけるかもって」
「そういえばおまえ一人だな。何かあったのか?」
「また飯の配分を巡っての囚人同士のもめ事ですよ。もう少し実際の人数が減ってくれるとこっちも助かるんですけどね」
「これ以上減ると鉱山採掘量に影響が出る。そういうわけにもいかねぇだろ。騒動が長引けば一時間は戻ってこねぇだろ。後でディアスの好きにさせてやるからとっとと運び込むぞ」
上級看守たちは多少はケイスを警戒していたが、下級看守につられたのか、その警戒色がわずかに弱め、ケイスを着替えさせるために手枷、足かせを取り去って、乱暴に服をはぎ取り全裸に剥く。
「はっ。悲鳴の一つもないか。可愛げのないガキだな」
「ガキっても見た目はいいからな。飽きたら囚人どもに飯代わりの慰み者にでもさせてやるか」
「それより背中だ……痕は無いな。翼無しで生まれたから捨てられたか」
ケイスは無手な上に、首輪をつけられ服をはぎ取られ裸身にされようが完全無抵抗状態。
さらにこの場には上級看守が三人と、下級看守が一人。4人に囲まれた小娘など、好きなように弄べると思っても仕方ない。
だが彼らは大きな勘違いを、いや過失をすでに三つ重ねている。
一つ目はケイスの知識量と頭の良さを見誤っていたこと。
「なるほど食料費の着服かとも考えたが、それでは計算が合わんな。おまえたち食料品を減らして密輸に手を出しているな。それも大量に」
今まで黙っていたケイスは、気づいた核心をいきなり切り出す。
ここまでつれられてきた護送船の中でケイスは、錆臭さに混じってわずかに残るかすかに覚えのある残り香をとらえていた。
薬師のルディアが用いているが、細かな帳簿をつけ厳重に管理し月ごとに利用量や購入量の報告義務があると愚痴っていた、利用制限がされた準禁制品であるはずの常習性の高い魔術薬の香り。
さらに現在のロウガ港の現状。
ケイスがいつか斬ってやろうと今でも思っているセイカイ・シドウは一年ほど前に逮捕されているが、その際、逮捕案件に絡んだ捜査で、港湾関係ギルド役職の立場を利用し密輸出に関わっていたことも判明し、大規模な摘発が行われていた。
だがその捜査対象はあくまでも民間の商工ギルドに関しての話。
治外法権を持つ他国の公船や軍艦には適用されておらず、ケイスをここまで運んできた護送船や、この海底鉱山監獄へと物資を搬入搬出する各種輸送船も各国の共同運営が行われている。
ロウガ治安部隊に属するロッソが乗船する際にも、各種手続きが必要となっていたのを横目でケイスも見ていた。
故にこの島に関わる船も検査対象外。
潰された民間密輸ルートを補うために、公船ルートが強化されているとみても不可思議はない。
駆け引きのためのブラフでもなければ、当てずっぽうでもない。ケイスの頭脳が引き出した明確な予測。
「……このガキ。やっぱりあの鳥野郎の関係者か。紫炎棍を送り込んできた段階で怪しいとは思っていたが」
だが看守たちは、そうは思わなかったようで。驚き顔を浮かべていたがすぐに無言で目を合わせて頷き、ケイスを改めて包囲した。
どうやらケイスが潜入捜査のために送り込まれたとでも勘違いしたのだろう。
先ほどまでの言動からみて獣人看守が嗜好から外れるケイスの背中を気にしたのは、ケイスにまつわる噂の一つ。ロウガ警備隊の長であるソウセツの血縁者だということを確かめようとでもしたせいだろう。
「むぅ。おまえたちも勘違いしているか。あれにも私にも失礼だぞ。だがその態度が私の予測を裏付けるぞ。とぼけてみせるくらいしてみろ」
確信はしていたが物的証拠はないというのに、すぐにむき出しの敵意を見せたことに心底あきれながら頬を膨らませる。
彼らの二つ目の失敗は、ケイスに害意を持っていたこと。
殺意とまでいかないが、ケイスを傷つけようとしたのか、それとも利用しようというのかは分からないが、何かしらの悪意を持ってみているとケイスは感じ取って、潜在的な敵として認定していた。
その言動や装備をつぶさに観察していた所に加え、下級看守がうかつにこぼしたおこぼれに預かれるという台詞や、囚人どもの慰み者にするという発言が、まともにケイスを扱う気がないと確信させ、この場で攻勢に出る意志を固めさせた。
性的な意味や言動には不慣れではあったが、色町である燭華で過ごしたことで多少の知識を得て、さすがのケイスも、おこぼれや慰み者がどういう意味で使われているかを知っている。
ロウガ支部から下されたケイスへの刑罰は、海底鉱山監獄での二ヶ月の禁固刑。
だが看守である彼らはケイスをおとなしく閉じ込めておく意志など、端から持ち合わせていない。
ならばケイスがおとなしく閉じ込められている道理もない。
ケイスはロウガ支部が決めたから、刑に服そうとしていたわけではない。
ただ自分が責を負うと決めたから従っていたに過ぎず、自らに許容できない危険が及ぶとなれば、相手が誰であろうと、何であろうとも敵に回すのに一切の躊躇などない。
「いきがるなよガキが。とっとと首輪から電撃を当てて、ションベンと糞まみれにしてやれ。どこまで掴んでいるか吐か」
すでに制圧できた気になっている獣人看守から目線を外し、右手側に回っていた切れ味を重視したサーベルを帯刀した上級看守へと殺気を飛ばす。
いきなり湧いた凶暴凶悪な殺気に当てられた看守は、とっさに抜き打ちで剣を抜き放つ。
ケイスがもどきと見下していても、曲がりなりにも中級探索者。
宙を一瞬で駆けた銀線がケイスの首筋にはめられた首輪の下側に吸い込まれるように打ち込まれ、一気に突き抜ける。
とっさに首をかばおうとしたのかケイスの腕がわずかに遅れてあごのあたりに当たり、その勢いで空中に打ち上げられた首が一回転しながら宙を舞い、首輪が外れてカランコロンと乾いた音を立てる。
「馬鹿野郎! 何でいきなり殺して!」
「か、体が勝手に!」
まさか同僚が脅しでない本気の剣を振るとは思っていなかった獣人看守が血相を変え、一番狼狽するなか、誰もが視線をケイスから一瞬外してしまう。
彼らの三つ目にして最大の間違い。
それはケイスを無手と侮ったこと。
ケイスは世間一般から隔絶した剣の天才にして、常人の常識から外れた狂人。
フォールセンより学んだ相手の力を使うフォールセン二刀流の神髄。
そして以前に剣を打ち合わせた老剣戟師セドリックより学んだ、目線や息づかいで相手の剣を振らせるタイミング、打ち込む場所を操る技能。
この両者を融合させたケイスは、やっかいきわまりない首につけられていた首輪を、まず排除することにしていた。
肝は痛みを感じるか否か。痛みを感じればその段階で失敗。鋭く正確な剣があって初めて成立する妙技。
自らの技量であるならば、一度成功すれば、何百、何千、何万と繰り返しても成功させる自信はあるが、今回は他者が持つ剣による技。
だが剣がそこにあれば、ケイスの手に届く範囲であるならば、誰の剣であろうとも、それこそケイスには及ばずとも類い希なる剣の才能を持つ者の剣さえも、ケイスの剣にほかならない。
打ち込まれた剣にあわせて、自ら体を動かし相手に足りない技量を補い、打ち込ませる周囲の筋肉をゆるめ、逆にその上下の筋肉には力をこめ血管をとめ血流を最低限にとどめる。
さらに剣速に合わせて右手をぎりぎりのタイミングであご先に打ち込み、首を打ち上げ正確に一回転させる。
空中に打ち上げた頭を計算通りに寸分違わずに切り口へと着地させたケイスは、心臓と丹田から闘気を産みだし、肉体修復力をあげ傷口を繋ぎ直しながら、一番隙のあった下級看守へと体重を乗せた蹴りをぶち込み、水龍の極寒の闘気を打ち込み、凍り付いた血液で体の内側から心臓や内臓を食い破らせる。
「がっ!?」
全身から鮮血色の氷刃を生み出し、血を吐きながら下級看守は絶命。
「飾った柄は趣味ではないが借りるぞ」
手足で試したことはあるがさすがに首での切り戻しは初めてだ。少し首がぐらつくので右手で押さえつつ、断って左手で腰の剣を拝借。
斬り飛ばされたケイスの首が一回転してくっつくなど予想もできるはずもない。
その信じがたい光景に唖然とした獅子獣人が棒立ちになっているとみるや、間髪入れずに突きを撃ち放ち、脳天を貫き、そのたてがみを血と脳漿で赤黒く染める。
「っ!? んな、ば、ばかっ!?」
獅子獣人の頭に刺さった剣をそのまま横降りにして、頭部を分厚い頭蓋骨ごと切断したケイスは、その横でようやく再稼働したが、防御ではなく驚愕混じりの悲鳴を上げていた看守の首を斜めに断ち切り一刀で命を絶つ。
あっという間に三人を斬り殺したケイスは、残った一人へと目を向ける。
凄惨な場面には多少は耐性があるはずの上級看守も、同僚たちを一瞬で殺戮した左手に血肉に汚れた剣をぶらりとさげ、自らの首から流れる血と、返り血に全身が染まる全裸の美少女という、日常からあまりにかけ離れた光景に、正気を保つのは難しい。
「ひっぃ! く、くるな。ば、化け物!」
抗うどころか、背を向けて逃げる意志さえもぽっきりと叩き折られたのか、腰を抜かして、震えているだけだ。
だが化け物呼びされたケイスからすれば、このような反応はいつものこと。むしろ自分を侮っていた者たちが、ようやく自分の力を認めたとむしろ気分がいいものだ。
「ふむ。ならば殺さぬから密輸品を隠した倉庫まで先導しろ。証拠を掴む前に騒ぎになっては、さすがにここの全員を斬るのは骨が折れるから何とかごまかせ。ロッソをこちらに引き込むために物証がほしい」
武装の装飾を見る限り、見て見ぬふりはあるかもしれないが、ここの職員や看守全員が密輸に関わっているわけではなさそうだ。
しかし今のケイスの姿を見れば、全員を敵に回す必要が出てくる。やってやれぬことはないが、その後を考えるといろいろと面倒になりそうだ。
いっそのこと看守たちがしていた勘違いを、本当にしてしまえばいい。
この島でまた再び、しかも今度は官による密輸が行われていることを調査するために、ロッソが来たと。
手柄を譲れば、この間の燭華でソウセツ達に事後処理を押しつけた詫びともなろうと。
それがさらにやっかいな事後処理を押しつけることになるとはケイスは考えもせずに、自分の思いつきをよき案だとうなずく。
そのとき濃厚な血肉の臭いに食欲が刺激され、そういえば朝から何も食べていないことを思い出し、ケイスの胃が強く抗議の声を上げ主張するが、さすがに人種を食うのはケイスを持ってしても禁忌。
だが唯一生き残った看守からすればそれどころではない。この状況下ではケイスが殺人鬼どころか食人鬼にみえでもしたのだろう。
「く、食わないでくれ! 案内する! するから!」
「ふむ。ならば着替えるからしばし待て」
必死で命乞いをする看守の声を聞きながら、ケイスは鷹揚に頷くと先ほどまで来ていた服で血を適当に拭き取ってから、その代わりに、テーブルの上におかれて被害を免れた拘束着を手に取る。
この格好ならほかの看守達に目をつけられても多少はごまかせるだろう。
そんな適当かつ行き当たりばったりにもほどがある調子で、看守を先導させて倉庫へと移動したケイスは密輸の物証を手に入れたあたりで空腹に限界を迎え、この先は闇に葬れぬようにむしろ騒ぎなった方がよいと判断し、看守を約束通り死なない程度かつ再起不能になるように斬ってから、石垣崩しで倉庫の壁を破壊。
そのまま白銀狼をおびき寄せ食料に変えつつ、この島で現状唯一完全に信頼できるロッソを捜し、すぐに目星をつけていた管理棟で見つけ合流する運びとなった。
「まだ1時間も経ってねぇ……なんでそんな事になってんだケイス嬢ちゃん」
あきれ顔と呼ぶべきか、唖然としているというか、困惑していると呼ぶのが正解か。様々な表情が混じったロッソの問いに対して、
「ん~色々有るが、食事量が少ないのが気になったのが切っ掛けだな」
ここまでの諸々を説明するのが面倒だったケイスは、単純と呼ぶのさえ乱暴すぎる答えを返し、論より証拠と提示することにする。
両手が手がふさがっていたので、白銀狼の左耳に噛みついて口にぶら下げると無手になった右手で腰にぶら下げていた倉庫から持ち出してきた禁輸品を詰めた袋を、その場でぶちまけてみせる。
ケイスが気になった準禁制の魔術薬だけではなく、無断取引が禁止されている迷宮産の高純度鉱石の粒や、違法植物の種など様々な違法物が袋から転がり出る。
「ふぉふぉのふぉくいん、ふぁんしゅが……ごく。ここの連中が密輸に関わっている。これは極々一部だ。囚人関連の搬入物資を減らして荒稼ぎしているようだ。どうもその絡みで私がアレと関連があると疑い、いろいろ企てていたようだ。量や認可印からみても、ここの監獄長が関わっているのは確実だ。私が締め上げてくるから、ロッソはここで看守を押さえてくれ。少数ならともかく対集団戦では私は手加減できないが、ロッソなら怪我をさせずに押さえ込めるであろう」
口にくわえたままではさすがに喋りにくかったので、耳を一気にかみちぎって飲みこむと、手短に、そして端的に事情と要望を伝えると、その返事も待たずに一方的に背を向けた。
「あー、まてまて! いきなりはいそうですかで動けるわけが」
「むぅ、何を言う。おまえはアレとナイカ殿が選んだロウガに治安を守る隊長の一人であろう。ならば任せた!」
なにやら未だ困惑するロッソの抗議に対して、振り向きもせず、だが信頼する理由を告げたケイスはその場を任せると再度伝えて、切り倒す目標を求め上階へと駆け上がっていた。